第12話
そして昼休み。
ユウトとリンネは人影がまばらな廊下を歩いていた。
手にはお弁当と水筒。
ランチデートという言葉の響きが死ぬほど恥ずかしい。
ユウトの気持ちを知らないクラスメイトは勝手に盛り上がっていた。
『とうとう早瀬が彼女をつくった!』
『しかも相手はあの舞原リンネさんだぞ!』
『くぅ〜。水谷ショウマの双子ってうらやましい!』
1点だけ訂正させてもらうと、まだ正式に付き合っているわけじゃないから、仮カレ仮カノの関係といった方が正しい。
とりあえず1週間。
ユウトの人となりを見極めたら、この子も飽きるに決まっている。
「どうしたの、早瀬くん、黙り込んじゃって。もしかして、寝不足?」
「昨日からしゃべりすぎて疲れたんだよ。舞原さんは理解できないだろうが、喉のあたりが筋肉痛なんだ」
「へぇ〜。喉って筋肉痛になるんだ」
「あるいは、炎症かもしれない」
リンネは鍵を取り出して、リングを指でクルクルさせる。
「何それ? 部室の鍵?」
「そう!」
映研に所属しているらしい。
意外すぎるくらい意外。
ダンスサークルとか、軽音部とか、そっち系の集まりが似合うのに。
「ほら、映研って、学園祭用にショートフィルムを作成するでしょう。いくら脚本が良くたって、女優がかわいくないと、まったく人が集まらないから。客寄せパンダをやっているわけ」
腰に手を当てて誇らしそう。
「ボランティアで出演しているってこと?」
「当たり前よ。私って必要とされたらがんばっちゃうタイプだから」
「ふ〜ん。それで映研ね」
舞原リンネという子は、ユウトが思っているより、優しい心の持ち主なのかもしれない。
映研の部室は、日当たりのいい3階にあった。
長テーブルが4つとパイプ椅子が8つ置かれている。
ユウトはキョロキョロしながら、きちんと清掃された室内を一周してみた。
「これって舞原さんが掃除したの?」
「みんなで掃除した。部室がきれいにならない限り入部しません、といって」
ありそうなエピソードだ。
ユウトはパイプ椅子を引き、リンネと向かい合うように腰かける。
一緒にお弁当を広げた。
2人とも母の手作りだが、リンネの方は冷凍食品が中心となっている。
「早瀬くんのお母さん、マメなのね。品数が多いから」
「いや、これは偶然だよ。今日だけ特別っていうか……」
「電子レンジならそこにあるから。使いたかったら自由に使って」
「マジで⁉︎」
ありがたく利用させてもらった。
おいしさも3割増というやつだ。
「ひとつ訊くけどさ、どうして早瀬くんは今まで彼女をつくってこなかったの?」
「嫌味かよ。逆に訊くけど、どうして舞原さんは彼氏をつくってきたんだよ。全部別れているじゃん」
「だって、彼氏がいた方が楽しいから」
「ああ……」
ど正論だな。
楽しくなけりゃ、誰だって恋人なんかつくらない。
「これも舞原さんに訊きたいのだが、いずれ別れるって分かっているのに、付き合う気になれるの?」
「え〜、だって、結婚前提とか重いじゃん。それに理想のパートナーなんて、10人とか20人とか付き合わないと分からないじゃん」
「たしかに。一理あるな」
「もしかして、早瀬くん、初めての人と結婚したいタイプ? 子どもは一男一女ほしい、みたいな」
「そうはいってないけれども……」
「卵も〜らい」
だし巻き卵を奪われた。
ユウトが文句をいうと、
「男女でご飯を食べると楽しいでしょう」
「まあね。否定はしない」
楽しいか、楽しくないか。
それがリンネの行動を決定しているらしい。
「あと、ここの空間は秘密基地みたいだし、悪くないかも」
「そう! それ! 秘密基地! 昔からちょっと憧れているんだよね。男の子って、みんなああいう遊びをするのでしょう」
「いいや、みんなじゃないだろう」
「早瀬くんは秘密基地の経験者?」
「少しはやった」
家の近所に空き地があった。
今はマンションに変わっているが、
ある日、落雷で木が根元から倒れた。
倒木にブルーシートをかぶせると、隠れ家みたいになったのだ。
あのブルーシートはたしか……。
ユウトが家から持ってきたんじゃなくて……。
そうだ、マミだ。
マミの発案でブルーシートの隠れ家を作った。
とても懐かしい。
草の匂いとか、セミの鳴き声とか、コーラの味とか。
あの頃は男女の差なんて意識しないから、本当の意味で対等だった気がする。
「どうしたの、早瀬くん?」
「ううん……昔にあった秘密基地、今はでっかいマンションが建っていると思ってね」
「そうなの? 残念……」
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