第3話 魔王、放課後を過ごす

 ――キーンコーンカーンコーン…………。


「――ねぇ、ちょっと! ねぇってば!!」


 なんだ……何者かが俺の肩の辺りをツンツンと攻撃している。地味な痛みがとても不快だ。だが、そのお陰で俺は長い眠りからようやく目が覚めた。


 あれは数十分前、壇上に立っていた”先生”と呼ばれる人間が何かを話し始めた途端、急激な睡魔が俺を襲ってきた。

 推測するに、あれはおそらく眠気を誘う呪文だ。魔王たる俺に対して状態異常攻撃を成功させるとは、奴はなかなかの手練に違いない。周りの者たちが”先生”と呼ぶのも頷ける。

 しかし周りを見てみると俺のように寝ていたと思われる奴はいない。つまり……この世界の人間は呪文に対する耐性があるのか? それとも、俺のみを標的としていたのか? ともあれ、今後は先生の言葉をまともに食らうのは危険だな。


「――ちょっと、って!」


 さっきからうるさい奴だ。俺をツンツンしてきた隣の席の女か。そんなに俺に構って欲しいのなら素直に言えばいいものを。

 しかし――よく見れば案外良い女だ。オニキスのような艶めく漆黒の長髪。さらりと真っ直ぐに伸びた髪が揺れる度、九条とは違った爽やかで甘い香りが俺を誘惑しているみたいだ。

 それに、もしかするとこいつが勇者カリンの可能性もある。邪険に扱うよりも、まずは探りを入れるとするか。


「……なんだ?」

「今日の授業、もう終わったわよ。みんなもう帰っちゃったし、私も日直だから……早く帰ってくれない?」

「ニッチョク? なんだそれは?」

「だから……日直は最後に教室の戸締まりしないといけないの。あなたがいつまでもそこにいたら私も帰れないし戸締まりできないじゃない」

「……なるほど。つまり俺と一緒に帰りたい、と。そういうことだな?」

「……えっ!?!? なっ、そ、そんなわけないでしょう!!」


 黒髪の女は声を荒げた。魔王ジョークも通じないとは、全く……固い女だ。だが、悪くない。そう言えばこの女、名前はなんと言ったか。


「ところで貴様……名はなんと言う?」

「な、何よ……突然…………」

「名前だ。何もおかしな事は聞いてないだろう」

「そうだけど…………まぁいいわ、同じクラスだし。私の名前は――今宮ユウリよ」

「俺はフェルツだ。ヘルヘイムを恐怖の――」

「あぁぁ、それはもういいわよ! あんな恥ずかしい自己紹介、もう聞きたくないわ!」


 ユウリは手を突き出し、俺から顔を背けた。

 なるほど、年相応の恥じらい……実に良い。それにこの気の強さ……もしやこいつが勇者カリンなのでは? いや、可能性は大いにある。ひとつ、確かめてみるか。


「今宮ユウリ……俺の女にならないか?」

「……………はっ、はぁぁぁぁっ!?!?!?!?」


 ユウリは雪のような白い肌を一気に赤面させ、慌てふためきながら驚愕の表情を俺に向けた。

 しかし、なんとうぶな反応だ。もしや男の経験がないのか? それとも、こちらの世界はそういう部分はまだまだ未熟なのか。ヘルヘイムでは十二歳にもならぬ女子供と契を交わす事など日常茶飯事だと聞くのに。


「――で、返答はいかに。今宮ユウリ」

「そ、そそそそ、そんな事いきなり言われてもー!!!!!!」


 ユウリは雄叫びのような声を上げながら凄まじい勢いで教室を抜け出した。

 教室にただ独り残された俺は、その後ろ姿を遠目に追うことしかできない。どうやらこちらの世界の人間は走るのが速いらしい。念のため考慮しておくとしよう。


「そういえば……ニッチョクがどうのとか言っていたな。ふん……仕方ない。これは貸しだぞ、今宮ユウリ」


 俺は九条を呼び寄せ、教室の戸締まりなるものを取得し帰路についた。

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