第2話 魔王、自己紹介する

「ここが入り口か……」


 目の前には”光星学園”と書かれた厳かなプレート。

 しかしここまで来たのはいいものの、この先どうすればいいのかが全くわからない。ゼゼーウスに中途半端に情報を詰め込まれたせいで、頭が混乱しそうだ。

 しばらく校門付近で考え込んでいると、奥の敷地から女と思しき姿が俺に向かって駆け寄ってきた。


「おーい! 君だね!? 例の転校生って」

「……テンコウセイ?」


 そうか。転生して高校生になった、という意味か。ふん、生意気に専門用語などを使って混乱させようとは愚かな。


「あぁ、そうだ。俺がテンコウセイだ」

「やっぱり! 早く教室に来ないとHRホームルームに遅れるよ! はぁ……せっかく今日から新学期だっていうのに、赴任して早々遅刻者なんて出せないよぉ……」


 その女はぶつぶつと何かを言いながら俺の手をぐっと引き、校舎へ向かって凄まじい勢いで歩き出した。

 あらがおうと試みるも思いの外、力が強い。もしやこの世界の女はヘルヘイムの人間と比べて膂力りょりょくが強いのかもしれない。念の為、注意しておかねばならないな。

 しかしこの女……タンザナイトのような紺色の長髪から、凄まじくいい香りを放っている。


「あっ、そうだ。山田君……だっけ? 私は担任の九条……九条カオリよ。よろしくね!」

「くんくんくんくん…………」

「えっ!? ちょ、ちょっと! 山田君!? どうしたの!? あぁ、やだ……もしかして気合入れすぎて香水つけすぎたのかな……。ごめんね、山田くん!!」


 香水……。なるほど、確かポーションのようなやつだったな。それならば害はないだろう。むしろ癒やしや体力増強などの効果があってもおかしくない。

 推察するに、大事な戦闘の前にバフをかけすぎたようなものか。ふふっ、そう考えると実に滑稽。ふっ、そしてそれに惑わされた俺も滑稽だな。


「いや、気にするな。摘みたてのバラのようにみずみずしく、そして数十年も寝かせたワインのように芳醇で刺激的な香り。それを前にして、俺もいささか困惑してしまったらしい」

「えっ、何言ってるのこの子」



 * * *



「――というわけで、今日からこの学園に転校してきた、山田フェルツ君です」


 九条が俺の名を呼び、俺は壇上へと歩みを進めた。ちなみに俺の正式な名前は、ヤグルストラーム・マディアナ・ダン・フェルツと言うが、どうやらこの学園には相応しくないらしい。

 目の前には数十人の学生の姿。同じような顔に同じような服を着て、これがこの世界の高校生という奴か。皆、物珍しいものを見るように俺の事をまじまじと見つめている。だが俺は魔王。貴様ら人間ごときに舐められるわけにはいかない。ここで俺の力強さを顕示しなければ……。


「やばっ、金髪じゃん」

「えっ、待って。めっちゃイケメン!」

「ハーフかな? やばくない!?」

「うわぁ……イケメンうぜぇ」


 壇上に立っていると、学生たちがひそひそと話し始めているのが聞こえる。だがどれも俺にとっては戯言……いや、ただの雑音でしかない。

 そして俺は両手を横に広げ、教室内の視線を一気に浴びる。そうだ、注目せよ。今、貴様らの眼前に魔王が君臨しているのだ!


「俺の名はフェルツ。暴虐の限りを尽くし、ヘルヘイムを恐怖の限りで支配した魔王だ。この世界にはある目的があって来た訳だが、それをここでペラペラと話す訳にはいかない。その目的が達成されるまで、貴様らは俺の力と恐怖を前にしてせいぜい足掻き、苦しみ、泣き叫んでいるといい。ふふふ、はっはっはっはっ!!!」


 静まり返った教室に、俺の高笑いだけが響く。教室にいる誰もが、恐怖に顔をひきつらせ、声を失っている。俺の魔王としての威厳に心を砕かれたのか。それとも声も出せないほど、恐怖に身も心も支配されているのか。全く、この世界の人間は脆弱だ。


「は、はい……あれかなっ? 外国から来たばっかりで、まだ日本語が難しかったのかなぁ? ははは……みんな、イジメないであげてね……」

「九条よ、外国ではない。ヘルヘイムだ」

「へ、ヘルシンキ? そう! ロシアからやって来たのね! 道理で整った顔立ちだと思った! あぁ、そうそう。席は空いてるところ……えーっと、じゃあ今宮さんの隣でよろしくね」


 意味のわからん事をペラペラと喋る奴だ。まぁいい。

 そうして俺は仕方なく九条に案内された席に座った。しかし隣に座る女はこれっぽっちもこちらに視線を向けない。緊張して動くこともできないのだろう。今はその不遜な態度、許してやる。


 だが頭の中でふと思う。この学園に潜んでいる勇者カリン……貴様は一体どこで誰の姿となっているのだ……? その問いに誰も答えることなく、教室内にけたたましいベルの音が鳴り響いた。

 

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