貴方だけの花

aqri

貴方に似合う花は

“貴方にぴったりの花をお選び致します”


 そんな文言が花屋の入り口に張り付けてある。女性なら心くすぐられる一文かもしれない、あるいは花を女性に贈りたい男性などもそうだろうか。

 雨が降っていて、周囲はどんよりと薄暗い。少し風が吹いていて、雨が前から降って来るので傘を前に傾けて歩いていた。そんな中、ふと傘を上げた時に目に入った花屋。灰色の世界に色鮮やかに映った。

 花を買う気などなかったし、家に花瓶などもないのだがなんとなく、本当になんとなく自分にはどんな花があっているのだろうかと思い花屋に入った。


 入り口を開けるとカランカラン、と鈴が鳴る。店員はいないので、音で客が来たことを知らせているようだ。花屋はこぢんまりしているがおいている花はどれも見たことがないものばかりだ。一般的な普通の花は置いていないようにも見える。店の中をぐるりと見渡してみても見覚えのある花は一つもない。


「いらっしゃいませ」


 奥から現れたのは若い女性だった。柔らかい雰囲気で穏やかそうな印象である。目を引いたのは髪につけている花だった。遠めに見る限りでは本物なのか造花なのかわからないが、花屋なのだから本物の花だろうかと思う。生花を髪につけるのも珍しいが。これが、自分だけの花というやつなのだろうか。

 女性は微笑みながら、しかしまじまじと見つめてくる。主に顔だ、全身ではなくじっと表情を見るように。

こちらからは何も言っていないのに、女性はガラスケースの中に入った一本の切り花を差し出してきた。


「こちらはいかがでしょうか」


 その花はオレンジの百合にも見えた。ただし花はかなり小さいので百合ではないようにも見えるし、何より葉が違う。あまりはっきり覚えていないが、百合の葉はたしか細長く上向きに伸びていたはずだ。その花の葉は花弁の周りにヒマワリのようにぐるりとついている。切り花に葉がついたままなのも珍しい。


「こちらはセルメチアと言います。香りが強く、蜜が多いので蝶や蜂がよくとまります。」

「……」


特に言葉を返さずにいると、女性は何を納得したのか小さく頷き、ひとまず花をカウンターに取り置きをした。そして入り口近くにある小さな鉢植えを持ってくる。


「こちらはいかがでしょうか」


 鉢植えの花は青白い小粒の花だった。パンジーをさらに小さくしたような、少し茄子の花にも似ているかもしれない。花の中央にある柱頭と呼ばれる部分が異様に大きく反り立つように生えている。


「こちらはラピスケールと言います。花粉の量が多く、まるでラメを振りまいたかのようなきれいな見た目になります」

「……」


 それを、目を細めて見つめていると女性は再び小さく頷きカウンターに花を置いて店内を移動する。店の中央に置いてあった切り花を一本持ってきて見せる。


「こちらはいかがでしょうか」


 見るとそれは鈴蘭のような花だった。ただし花は一つしかないし、かなり大きい。下を向いているのは変わりないが、その大きな花を支える茎は意外に細く何故その花を支えていられるのかが不思議だ。お盆の時に見る提灯をぶら下げている様子にも見えた。


「こちらは桃落ちと言います。風に揺れやすく、落ちそうで落ちない花を楽しむことができます」

「……」


 それをじっと見つめていると再び花をカウンターに置く。そして女性は一旦店の奥に行き、何かを持って戻ってきた。持ってきたのはもちろん花だが、それを見て目を見開いた。見た瞬間これだ、と思ったのだ。この花が良い。


「こちらは、セネダーリンと言います」


 先ほどまでと違って食い入るように見る。花は濃い赤紫で花の形はタンポポのように円形に平らに広がっている。花弁の一枚一枚は大きいので少しスイレンにも似ているかもしれない。


「気に入っていただけましたか?」


ほほ笑む女性に、小さく頷いた。女性はセネダーリンを包み始める。

どれも一輪ずつだ、花束などではない。しかしどの花もそれが一番きれいに見えた。うじゃうじゃとたくさん集まっては花の美しさが損なわれる。


 どうぞ、と差し出された花。受け取り匂いを嗅ぐとどこかで嗅いだことがあるような匂いだ。フローラルではないし強めの匂いでもないが、いつもどこかで嗅いでいるかのような。

 一輪四千円。普段ならあり得ない価格設定にクレームをつけるところだが、今日はなんだかこの値段がすんなり納得できた。自分に合った、自分にぴったりの花。オンリーワンの価値など値段をつけられるものではない。五千円渡したので千円のおつりとレシートを渡された。


「こちらの花たちはどうしますか?」


 カウンターに置かれた花を前に、女性が笑顔で聞いてくる。


 セルメチア。蝶や蜂が多く寄って来る。


『ごめんねえ、でもタクマ君かっこいいからさ。アンタと違ってお洒落で美味しいお店たくさん知ってるし、リード上手いし?お金も持ってるし。私の事いつも可愛いって言ってくれるから嬉しくて。アンタもこれくらいできてたらよかったんだけどぉ。つーかさ、レベル低い自分が悪いんじゃん?あと、あたしが可愛いのが悪いのかなー?』


 ラピスケール。花粉が多く、受粉しやすいように柱頭が大きい。


『いやー、アミちゃん巨乳じゃん。ほっとけないじゃん?しかもお前の事つまんねーし暇だって言うからさ、ちょっと話したらそのままホテルですわ。あんな股ガバガバ女が近くにいるとは思わんかったから速攻じゃん。デリヘルじゃ金かかるし、まー良い具合でしたごちそーさん。ま、お前もともと釣り合ってないと思ってたし、俺の方が顔良いしアレもでかいししゃーないね。あ、お前下手だって言ってたよアミちゃんが』


 桃落ち。巨大な花がいつも下を向いて揺れている。


『結婚考えてたって言ってたじゃない、どうするのよご近所と実家にそう説明してたのに。ああもう、アンタに期待した私が馬鹿だったわもういい。本当、そういうところ別れたお父さんにそっくり。あの人もいつもうだつが上がらない出世できないつまらない男で。結局水商売にはまって借金まみれになった馬鹿男だった。アンタもその血を引き継いじゃってるのね、まったく。もういいわ、何も期待しない。どうしていつも私だけこんな目に合うの』


「全部、僕の人生には必要ありません」

「そうですか。では、こちらで処分しておきますね」


 そう言うと、女性はセルメチアの花弁をむしり取り、ラピケールの柱頭を切り落とし、桃落ちの花托、ちょうど花と茎を繋いでいる部分をちぎり取るとすべての花の茎もパキパキと細かく折ってすべてゴミ袋に捨てた。

 花屋とは思えない処理の仕方だが、にこりと笑いかけられ、僕もにこりと笑顔になる。気分がすがすがしい。浮足立つ気分で踵を返してドアを開けようとしたとき、女性から声をかけられた。


「そうそう、セネダーリンの花言葉。“私を愛して”、“貴方に罰を”、“嘘はつかないけど真実を語らない“」

「そうですか、とても良い花言葉ですね」


 カランカラン、とドアベルを鳴らしながら外に出る。いつの間にか雨はやんでいて雲の隙間から太陽が見え隠れし始めた。まるで今の自分の心のように。



 取調室の中で警察と青年が向かい合っている。警察に威圧的な雰囲気はなく、親しい人を一気に亡くした青年を気遣う様子がうかがえる。


「確かに母と友人と恋人が一斉に亡くなったので、僕を取り調べするのは当然です。納得してこの場にいますのでお気遣いなく」

「すみません、お心苦しいとは思うのですが身内を調査するのは警察の昔からのセオリーなので。こちらもわかっているんです、被害者の3名はほぼ同時刻に惨い殺され方をされていますが、お母様は四国ですしご友人は都内、恋人の女性は名古屋に旅行だったのですものね。同時にそんな離れた距離で殺害するのは無理ですし、周囲の目撃情報からもあなたを見かけたという人はいないのです。いないのですが、調書を作る都合上…申し訳ありません」

「いえ、警察の方に謝られることはありません。一応、その事件時刻なら僕がどこにいたか証明できるものがあります。花屋にいてレシートをもらっているので、時間書いてありますよ。今出しても?」


 警察が頷くので、財布を取り出してレシートを見せる。


「このレシート、お預かりさせていただきます、証拠品として」

「どうぞ。あ、僕が払った五千円、まだ店にあるかも。指紋ついてると思います」

「そうですね、念のため確認しましょう。お店なら監視カメラもあるでしょうし、レシートがある時点で動かぬ証拠ですけど。ご協力感謝します。どうか気を落とさず、犯人はかならず見つけますので」

「はい。よろしくお願いします」


 警察に深々と頭を下げた。口元の笑みを見られないように。


END

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