第七話『死の足跡』


「ふー……とりあえずここまで来れば大丈夫か?」


 変態共の集落を抜けた先。

割と全力で走って来たのだが、周囲には未だに木々が生い茂っており町の気配なんてものは無い。


「はぁ、ちょっとヤバいな……」


 割と長い時間ぶっとうしで走っていたせいだろう。

隆起する胸を抑えながら、ひとり呟く。


やはり今後の事を考えると、体力面の強化が必須だな。こんな体たらくでは命がいくつあっても足りないよ……


とまぁそんな訳で、流石に疲れてしまった私は木に寄りかかって休憩をとる事にした。


「まぁでも、私にしては長く走れたな……」


 走ってきた道を眺めて、物思いにふける。


今まで拠点にしていた洞窟は、とうの昔に見えなくなっているし、先程通った変態共の集落でさえ既に小指の先程度しか認識できない。


「全く、ふとんスキル様様だな」


 疲れを紛らわすようにステータスを召喚し、ぼぉーっと眺める。


ふとんスキルの中にある、疲労軽減スキル。

半径Lv,km分疲労を軽減するというスキルなのだが、恐らくこれに相当助けられた。


というのも、変態共に追われ走っている時に気づいたのだが、本当に疲れが軽減されているのだ。

多分疲労感が十分の一ぐらいになっていたんじゃなかろうか?


走ったら一瞬で息切れする私でも、数十分は全力疾走できたからな。めちゃくちゃ有用なスキルである。


しかし、まだLv1だから半径1kmしか軽減されない。

今になって考えてみると、途中で効果が切れたのかどっと足が重くなる瞬間があった。


その時は夢中で気が付かなかったが、全く、素晴らしい能力だ。


「それに、材質変化にも助けられたし、多分ホーミングにも助けられた……」


 『材質変化』は【掛け布団】に粘着性を付与するのに使ったし、おそらく『ホーミング』がなかったら、変態共のボスを捕まえることが出来なかっただろう。


「あの怪物、避けようとしてたもんなぁ……」


 【掛け布団】を投げた時、変態共は集団で追ってきていた。


何故ならば私が洞窟を出た瞬間、"逃げる演技"を見せつけて引き寄せたからである。……いや、まぁ半分は全力で逃げてたけど。


というわけで、変態共は私が何か仕掛けてくるなんて考えてなかったはずだ。アイツらにそんな頭は無いからな。


事実、ボス以外の変態共は驚いて足が止まっていたし、されるがままに【掛け布団】の餌食になっていた。


───しかし、ボスは違った。


あいつは確かに他の変態たち同様驚いていた。

足は止まっていたし、どうすべきか一瞬迷っていたように思う。


でも、ギリギリ、【掛け布団】が肌に触れる本当にギリギリで横に飛ぶという判断をした。

あれは『ホーミング』によってふとんが追従してなかったら、避けられていたはずだ。


さすがはボスだと思うよ。

一瞬であの判断をするのは、他の変態共には出来ていなかったし。身体能力も場数も、私より上なんだろう。


「でも、私の勝ちだ……!」


 無意識にそれを呟いて、自分が笑顔になっていることに気づく。自然と握り込んでいた拳が、震える。


それは恐怖の震えではない。


それは、明らかな高揚感。


力では絶対に勝てない相手に、知略で、自分の技術スキルによって丸め込んだという高揚感。


走ってアドレナリンが出ているせいかもしれない。


しかし、確実に昔の私ではありえなかった感情であり、こんな達成感は今までの人生を通しても見当たらない。

……いや、『超高性能移動式ふとん』を作り出した時ぐらいの高揚感だ。


勝った。

それがたまらなく嬉しい。


生きている。

それがたまらなく嬉しい。


自然と隆起する胸部が、どくんどくんと脈打つのを感じた。


「ふふっ……

少し前までは元の世界に帰りたいと思っていたのにな?」


 今は、今はもう、この世界をもっと知りたいと思っている。


この世界をもっと冒険したいと思ってしまっている!


「あぁ……私は狂ってしまったんだろうか!?はははっ!」


 こんなところで止まってられない!


早く先へ進みたい!もっと、もっとスリルのある冒険を!


「疲労もそこそこ回復したし、行こう……!」


 私はその言葉と共に、先へ向けて歩き出した。


その足取りは、『疲労軽減』のお陰か……はたまたそれ以外のお陰か。


───とても、とても軽いものだったのを覚えている。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



「んー。こっちで合ってるのか……?」


 森の中を歩くこと恐らく1時間。

変態共が追ってくる気配は無いので、ゆっくりと歩きながら人族の村を探してまわる事にした。


まぁ探すと言っても、ただただ真っ直ぐ進むだけなのだが……


「こっちだと思うんだけどなぁ……?」


 首を傾げながらも、自分の考えに従い歩く。


え?なぜ人族の村がこっちあると思うのかって?


それは、長いこと変態共を観察してきて分かったことなのだが、とある出来事が数度あったからなのだ。

というのも、偶に、本当に偶になのだが、変態共があるものを持ってくることがあった。


それは、道具。

変態共が使う棍棒のような雑なものではなく、精巧に作られた装飾の施された道具。


しかも、しかもだよ?


それを持って帰ってくる時、必ず同じ方向を通って帰ってくるのだ!


以下のことから、今まさに私が歩いているこの方向、それこそが人族に繋がる道だと私は考えた!


考えたのだ!


考えた……


「考えた……んだけどな?」


 一向に見つからん。


なぜだ?


確実にこっちのはず。

もしかして私の理論が間違っていたのか?

それか道間違えたとか?


うーむ……わからん。


「まぁでも、ここまで来てしまったら前に進むしかないな。

……ん?」


 ───今、何か変な匂いがした気がする。


一度立ち止まり、感覚を研ぎ澄ませる。

目を瞑り、すんすんと鼻を効かせた。


……すると薄らとだが、森にそぐわないような臭いを嗅ぎとる。


これは……?

なにかの燃える……いや、焦げるような臭い。


「あっちからか……行ってみよう」


 私は匂いのする方向へ走り出した。


火を使うという行為は人間の象徴だ!

きっとこの先にいるはず……!


「こっちか……?」


 生い茂る木々を避けながら前へ進む。

見える景色はあまり変わらないのだが、前に行くほど臭いは強くなっていった。


いくつもの木々を過ぎ去り、草をかき分けていく。

その度に臭いは強くなり、臭いの元へ近づいていることが分かった。


……しかし、人に会えるという気持ちは、臭いが強くなるほど薄れていく。


かわりに増幅していくのは不安感。

先程まで感じていた冒険に胸踊る感情など、とっくの昔に掻き消える程の不安感。


「……」


 不安感の正体について、私はとあることに気がつき始めていた。


しかし、私の脳がそれを認めようとしない。


この先に進んでいいんだろうか?

この先には本当に望んでいるものがあるんだろうか?


だって……この臭いは……


「あっ……!」


 そんなことを考えていると、突然木々の影が消え陽のあたる場所へと飛び出した。


───眩しくて視界が白ける。


今までは鬱蒼と茂った木々によって陽の光が制限されていたため、太陽に目が慣れていなかったみたいだ。


軽く目を擦り、目を慣らしていく。


……そして、周囲の状況が目に入った。


「これは……村、なのか?」


 唖然とした顔で、舗装された土の道を駆ける。


しかし、私の足は徐々に勢いを落としていき、最後に少し歩いた先で立ち止まった。

ちょうど村の入口、中の様子がよく見えるその場所から、辺りを見渡す。


木でできた家々に、井戸や矢倉。

それらを包み込むように、私の胸の高さ程の木の柵が囲っている。


通常の状態であれば、古い時代の村といった様子の場所。


恐らくはそうだったのだろう。


少し前まではそうだったのだろう。


───だが、今。その面影は影も形もなくなっていた。


村を守る為に作られた柵は、所々がバラバラに砕け散っている。

無理矢理突き破ったのだろう。鉄の継ぎ目がひしゃげ飛び散って無惨な姿を見せていた。


村の各所からは真っ黒な煙が上がっている。

今も緩やかながら火の手が続いており、村人たちが慎ましく暮らしていたであろう家は、数軒を残して灰になっている。


肺を満たす空気は、正しく絶望。


眩いほどの太陽が照りつける空と対をなすように、その場所には重く苦しい空気が漂っているのだ。


「なんだ……これは」


 そんな中、私の目はひとつのものに注がれる。


見たくない。しかし、目が逸らせない。


村の中心。


そこにそれはあった。



それは、うず高く積み上がった人間。


見せしめか、ただ単に一纏めにしていただけなのかは分からないが、その一角からは確かに死の香りが漂っていた。



「いったい……ここに何が……?!」



私の声は、不気味な静寂に呑まれ消えていく。


土がむき出しの地面には、大量の足跡が残されていた。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 その後、私はしばらくの間この悲惨な状況に唖然となり、村の入口で突っ立っていた。


こんな状況、今までの人生であったことがない。日本という平和な世界に住んでいたから当然ではあるのだが、それにしてもこれはやり過ぎである。


積み重なった死体に刻まれている傷跡から血が流れている。

遠目から見ていてもわかるほどむごたらしいその惨状に、私は思わずたじろいでしまう。


「いやまて……落ち着け私!」


 こんなことではダメだ!

深呼吸をし、パンと両手で顔を叩いた。


これくらい分かっていたことだ。

私はこの世界に来たあの日の夜に決めたのだ!


強くなってこの世界を生き抜く!


そのためには、こんな所で止まってられない!


「よし、行こう!」


 覚悟を決めて、村へ歩みを進める。

入口を超えて村の中に入ると、より濃度の濃い死の香りが私を襲った。


「嫌な匂いだ……」


 手で鼻を覆う。

こうでもしないと、吐いてしまいそうだ。


周囲を見渡し、何かないか確認する。

役に立ちそうなものでも何でもいいのだが、やはり1番は誰か人と会えると嬉しい。人が怪我していたら助けてあげたいし。


「それにしても……覚悟して入ったのはいいのだが、やってることは火事場泥棒と変わらないな」


 しかし、仕方ない。

この先生きていくために、しっかりした武器が欲しいし、ちゃんとしたご飯も食べたい。


それに……服が欲しい!

今着ている服は、死ぬ前に着ていた上下一体型の猫耳フード付きパジャマなのだ。

こんな格好でサバイバルとかナメてるとしか言いようがない。


しかも、このパジャマをずっと着ている為、汚れはついているわ破れている所があるわで大変な状態だ。


一応何度か洗ったが、臭いも……


「いけない。これは乙女として非常にいけない!」


 という訳で、せめて服だけでも……!


ということで、私はなるべく中心部に近寄らないようにしながら、比較的綺麗な状態の建物に目をつけた。


何軒か無事に残っている建物があったが、その中でも端にある二階建ての家。

少し離れているお陰か、ほとんど、いや、全く外傷がない。


「あそこなら……」


 きっと服の一着ぐらい見つかるだろう。

欲を言えば、調理道具や食糧なんかがあると嬉しいのだが……


そんなことを願いながら、私はその家へと向かっていった。



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異世界ふとん至上主義! 一人記 @Hitoriki_Lia

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