3章

第7記 ー『誰かが『おはよう』って言ったみたい』 <3章>


 ――――あの子が、ふいに向こうを見て、じっと、見つめていた。

私は、その先に何があるのか見ようとしたけど・・。

廊下の向こう側には道が続くだけで、誰か何人か歩いてる、普通の光景があるだけだった。

向こうの人が気付いたみたいに、こっちを見た気がして、私は少し、目を伏せて――――。


――――・・隣の、あの子を見たら。

向こうを見てる瞳を瞬いて。

何かに、頷いたみたいだった。

少し、唇を動かして。

何かを呟いたように見えた。

でも私は、聞こえなくて。

するとあの子は、私を見て。

その瞳を瞬かせて。

少し、唇を結んだ気がした。

「・・行きましょう?」

そう、静かに囁いて。

私は、こくこく、頷いてた。

あの子が歩き出すのを。

私は追って、ついてく。

静かに歩いてくあの子の隣で。

両手に提げた鞄を持ち直して。

私は足元を見てた顔を上げて。

あの子の横顔をちょっと、見てみたけど。

あの子は真っ直ぐ前を見ていて・・。

・・あの子と一緒に歩くその先は。

あの子が見てた方とは逆側の廊下だったから―――。



――――・・・開かない瞼を開いていた・・。

・・・朝の日の光が・・テーブルに白く・・差し込んでて。

ベッドの上で・・・私は・・目を覚ましてた。

・・・なにか夢を見てた気がする・・・。


・・時計が鳴ってた・・・。

・・・私は・・ぼぉ・・っとしてて・・・。

・・手・・・伸ばして・・・。

・・・・アラーム・・止めた・・・。

・・・眠いけど・・それから・・・。

・・それから。


・・・体を起こして。

・・起き上がって。

・・ちょっと、あくびをしてた、私は。

・・・学校に行くから、・・ベッドから、スリッパをつま先につっかけてて。




教室のお喋りの声、いつものクラスの風景。

授業が始まるまで、少しの間続く時間。

隣のあの子は、そんな少し騒がしい向こうの方を見てるみたいだった。

遊んでるような、大きな声の子たちがいるから。

体育祭が終わった次の日から、学校の雰囲気はいつもの様子に戻ってる。

授業を受けて、休み時間に友達と一緒に、廊下や教室でお喋りしたり、遊んでたり。

・・変わったことといえば、今日は設備を撤去するからって、グラウンドを使えないことだけで。

そんな体育の授業がある人は、代わりに、その時間に何かの授業が入るだけって聞いた。

私は、無いけど。

・・だから、いつもの日と変わらなくて。

・・・あの子は、向こうを見てて、・・こっちに後ろ頭で。

・・さっきから、何をじっと見てるんだろうって、思って。

向こうの方で、騒いでた子達も、少し静かになってて。

教室の中は、やっぱり、普通の、いつものようだったけど。

だから、あの子が何を見てるのかわからなくて・・。

そしたら、あの子が正面に顔を戻して。

横顔が見えた。

それは一瞬だけだけど。

あの子は、何かを呟いてるみたいに、少しだけ、唇を動かしてたのが見えてた。

そして、瞳を細めて、手元を見てて。

何か、考えてるみたいな様子に。

私は見てて。

・・あの子がこっちに気がついたみたいに見たから。

私は少しどきっとして。

ノートの方に、顔を戻してた。

不思議そうな、きょとんとした瞳は、でもやっぱり、いつものエルみたいだった。




「そいえば、ボード見て来たんだけど、無かったよ?」

ススアさんが、不思議そうに、みんなに言ってた。

「なにが?」

キャロさんも不思議そうにしてて。

「あれだよ、・・メダルっ」

ちょっと、考えたような間のあとに、ススアさんは言ってた。

「メダル?」

キャロさんは、ちょっと首をかしげたみたいだった。

「うん。」

「あれ?あったけど。」

「えぇ?うそー?」

「うそじゃないって。」

「うん。」

そう言うキャロさんにエナさんも頷いてて。

「でも無かったよ?」

でもススアさんは拗ねたみたいな顔をしてた。

「ちゃんと探した?」

「うん。」

エナさんにすぐ頷くススアさんは。

「う~ん、見落としたんだと思うよ」

「えぇー・・?」

キャロさんに言われて、やっぱり納得いかなさそうだった。

「あとで見に行こうか」

「おぉ、うんっ。」

キャロさんに、ススアさんは大きく頷いてた。

嬉しそうに、ススアさんはにこにこしてた。

「それよりさ、今日の現語の宿題、やった?」

「うん?うん。」

「やってないの・・?」

「やったよ。だけど、わかんないところあって。」

「あ、私も・・。」

「どこどこ?」

「・・ここ、わかる?」

「・・・同じで~す」

エナさんは覗き込んで見たすぐ後に降参してた。

「う~~ん・・・」

じぃっと見てたススアさんは。

「・・んーー、シアナたちに聞こう。」

一番良さそうな解決法を言ってた。

「シアナー」

って呼ばれたシアナさんは。

ビュウミーさんと、2人でさっきから、静かに何かを話してて。

振り向くと3人を見て、少し眉を動かしてた。

「ここ、ここ、わかる?ここ。」

って、ススアさんが。

「・・・・・・」

そんなススアさんを見てたシアナさんは。

・・ぷいっと、ビュウミーさんのほうに顔を戻して。

「シアナ?シアナ、・・シアナー?」

ススアさんの呼びかけもちょっと、無視だった。

「・・あれ?ビュウミー?」

って、見てたビュウミーさんは。

「・・んー、後でね」

困ったように微笑んで。

「うん?」

頷いたススアさんは振り返って。

キャロさんもエナさんもちょっと首を傾げてた。

「あ、エルザ、アヴェエわかる?」

「おぉ、わかる?」

って、ススアさんもキャロさんもこっちを見て聞いてきてて。

私はちょっと、俯いたけど・・。

「・・はい。」

頷くエルは。

「おぉー、見して・・・」

チャイムの音が、鳴ってて。

「あら。」

キャロさんたちもすぐ、気付いてて。

「じゃ、後でよろしくね。」

って。

「はい・・・。」

エルはこっくり、頷いてた。




「・・おぉぉ?」

ススアさんが。

ボードを見上げたまま声を上げてて。

「ほら、あれ。」

キャロさんが指差したそこには、ちゃんと。

紋章みたいな、絵のメダルが貼られてて。

「ぉぉ・・・」

少しずつ小さくなってくススアさんの声は。

「・・ちっちゃいね。」

素直な感想を言ってた。

「え、そう?」

キャロさんは驚いてたけど。

少し高い所にあるそのメダルは手の平よりもうちょっと小さいくらいの大きさで。

「どんなの想像してたのあんた。」

って、ビュウミーさんは笑ってた。

「こんくらいじゃない?」

って、キャロさんは腕を動かして大きな円を見せてくれた。

「そのくらいあったらかっこいいね」

エナさんはそう笑ってたけど。

「そのくらいあったらね。」

シアナさんは頷いたような、呆れたようなだった。

上をじっと見上げてたススアさんはそれから。

「触ってみたいけどなぁ」

って。

ガラスのケースに入ってるそれには触れられないから。

「職員の人に言ってみるとか・・?」

エナさんがそう言うけど。

「そこまでする?」

キャロさんは眉を上げてて。

ちょっと、考えてるような、ススアさんは。

「・・いや、いい。」

ちょっと、想像したみたいに、笑って、遠慮したみたいだった。

「そろそろ行かない?」

シアナさんがそう言ってて。

「帰る?」

キャロさんが。

「今日はミーティングあるでしょ?」

「あぁ、そっか。」

ビュウミーさんに驚いたようにしてた。

「えぇっと、じゃあ、私たちはクラブの部室行くから。」

って、エルと、私に、ススアさんは。

「じゃあね。また、明後日」

「ばいばい~」

「またね。」

手を振るススアさんに、エナさんに。

「さようなら・・。」

エルは挨拶を返して。

私は少し、頷きながら、手を振り返してた。



『―――・・あれって?・・―――』

『・・・?』

向こうを、見たら、誰かが大きなものを抱えて歩いてる。

それは学校の、備品か何か。

職員の人か、生徒の制服じゃない人。

それは何か、わからないけれど。

「・・わかんない。」

・・わからなかったけれど。

・・・隣の、あの子は、私を見てて。

立ち止まって、待っててくれて。

あの子にちょっと、頷いて。

歩き出すと、あの子は私についてくる。

少し顔を伏せたようにして。

それからときどき、私を見てて。

私が見るとすぐ俯くけど。

あの子は隣で、一緒に。

私と、廊下の道を、いつもの帰り道へ、歩いてた。




ココさんは、私を見てて。

「そっかぁ、」

体育祭の事を、いろいろ聞いてきてて。

「楽しかったのね。」

って、微笑んでた。

私は、それを聞いて。

ちょっと、考えてみたけど・・。

「あのね、私もアヴに会いに行ったのよ、知ってる?」

って。

え、・・私はちょっと慌てて、首を横に振ってて。

「お昼休みに席の方まで行ったんだけど、見つけられなかったのよね。なんだ、お友達とご家族と一緒にいたのか」

ココさんはそう笑ってた。

「さて、ご飯、食べに行きましょうか」

ココさんが立ち上がって。

私も立ち上がって。

ココさんに付いていく。

ココさんは、ドアを開けたら、私を振り返って見て。

道を譲ったように。

私を見てたから。

私はココさんの横を通って、先に、ドアの外に出て。

ココさんがそれから、ドアの裏から、ちゃりって、音がして。

顔を出して、部屋から出てきたココさんは。

「鍵、忘れたね」

そう、私に鍵を差し出して、微笑んでて。

私は、ちょっと慌てて、ココさんの手から鍵を握ってた。

「明日はお休みでしょう?やっぱり部屋にずっといる?」

歩き出したココさんの背中を追っかけながら、ココさんになんて答えようか、迷ってた。

明日は、学校に行かない、授業の無いお休みの日。

ちょっと、考えたけど。

やっぱり、何もする事は思いつかなかった。




****

朝、ベッドの上で目が覚めてから。

少しぼうっとしてた・・・。

眠いけど、・・起きて、支度して。

いつものように・・・だけど、今日は制服じゃなくて、私服で。

部屋を出たら、朝ご飯は、約束のココさんと食べて。

それから、今日は学校がないから、そのまま部屋に戻った。

部屋に帰ってきた後は、部屋の中を見回したけど。

静かで。

ベッドの方は、崩れてたのは、さっき直した。

テーブルも、上にはいつもの、小物が置いてあって。

机の方・・、宿題があったような気がして、そっちに歩いて。

椅子に座って、開いたノートには、読みかけの本や、ニュースとか、動画も・・それから、少ない宿題のメモがいくつか貼られてて。


****

―――誰かに呼ばれた気がしてた。

振り返る・・少女・・・、エルは、自分の部屋の中を少し、見回していた。

部屋の中は、いつもの通りで、動くものはない。

向こうのベッドから、横の小さなテーブル、棚に、化粧台・・、それから、たくさんの縫いぐるみ達。

静かな。

『―――・・あぅ、ミンす、とぅ・・―――』

・・何かを言いかけたような。

小さな子が、呼びかけようとしてるような。

言葉にならない、拙い・・。

耳を澄まそうとしても。

部屋の中はずっと静かなのは知ってて。

でもずっと、小さな所で、もやのように揺れてるのも、ずっと、感じてる。

小さな、・・それは、・・でも・・・。

エルは振り返っていた顔を、正面の机に戻して。

ノートの、ページを、また読み始める。

文字を、その瞳で追って。

『―――ァ・・ゅフみょォ・・・・くるよ・・―――』

エルは、ふと、顔を上げて。

振り返ろうとしたら、ノックの音が聞こえた。

扉の外からのノック。

「・・エル、入りますよ。」

扉の外からの声、がちゃりと開いて。

母親のメルが、机の方のエルを見つけて少しばかり微笑んだ。

「ケイトが遊びに来てくれたんです。ケーキがありますから、一緒に頂きましょう。」

そう、微笑んで。

「はい・・。」

エルは頷いて。

ノートの、やりかけの続きを気にして・・・、少し見てて。

・・そして、閉じたノートに、椅子から立ち上がる。

扉の方ではメルが待っていて。

それを見たエルはそれから、思い出して。

部屋の中を見回した。

部屋の中は静かで。

いるとすれば、たくさんの縫いぐるみたち。

椅子の上の、一番前に座る、マリーは。

少し首を傾けて、綺麗な瞳で遠くを見つめてる。

「・・・マリー」

静かに、名前を呼んだエルは、マリーを抱き上げ。

その瞳をじっと見つめて。

・・胸に抱きかかえて、メルの待つ扉に瞳を向けた。

メルはそんなエルの瞳に、微かに小首を傾げるよう微笑み。

エルが扉へと歩いてきて。

その小さな背中をメルは手で支えるように。

「ケイトとお話しするのは久しぶりでしょう?」

静かに扉を閉めていく。

「今は学校の方に専念してるらしくて・・・」


****

アヴェはふと、顔を上げる。

・・・何か聞こえた気がしたのは、気のせいだったみたいで。

手元の、本の、文字を、もう一度、読み直し始めた。

主人公の、盗賊が、人を殺め。

・・殺めた人の、家族と、素性を知らないまま。

ふとした助けに、共に、目的の地へと旅をする。

彼は盗賊であることを隠して。

その娘と、弟は、家族を探して。

人を簡単に殺めるのに、人情に厚い彼は、いつしか二人と共にいる事を、せめては目的の地へと連れて行くことを心に決めているみたいだった。

その地で、会える人は、誰なのかもわからずに・・・―――

―――コンコン、とノックの音が、して。

主人公と、娘が、お互いの手を見つめ合っていたのを。

・・って、顔を上げて、アヴェは、振り向く。

扉の外からの音は。

もう一度。

コン、コンって、鳴って。

「はい・・・」

小さな声は、扉の外の人には聞こえなかっただろう。

アヴェは本のカバーを置いて、扉の方まで歩いてく。

扉を開ければ、ココさんいて。

ココさんは、アヴェに微笑んで口を開いた。

「こんにちは。入っていい?」

アヴェはこくこく、頷き。

扉の横に退いて道を空ける。

「ありがと」

ココさんはその横を通り、その背中を目で追っていたアヴェはその後ろで扉を閉めた。



「実はね、今日来たのは用事があるからなの・・・」

ココさんはそう、部屋の真ん中に立って。

振り返って、アヴェをまっすぐに見つめて。

アヴェは、少し、どきりとして・・・。

「・・お掃除しましょう。」

って、ココさんが言ったから。

アヴェは、ちょっと、目を瞬かせて・・ココさんを見てた。

そんなアヴェを笑ったようなココさんに、アヴェはちょっと目を伏せて。

「ちょっと気になったのよね。あまりやってないでしょ。せっかく休日なんだから、少し念入りにやれるわ。」

って。

アヴェは。

頷かないで、俯いたまま、固まったまま、何か色々と考えてるみたいだったけども。

「はい、じゃ、掃除用具持ってきて、バケツも。バケツはもう一個外に置いてあるから一緒に水を汲んで・・。」

って、ココさんが言うのを、アヴェはまだ少し戸惑ってるような顔で見上げてて。

「ほら、あそこの扉。」

ココさんの指差しに少し慌てて、アヴェは向こうの壁にある扉に歩いてく。

あまり開けた事の無いその部屋の端っこのドアを、それから、少しがさごそとした後、ドアを閉め。

言われたものをこっちに持ってくるアヴェで。

にっこり笑うココさんは。

「それじゃ、まずは水ね。」

ドアの方に歩き出すココさんに、アヴェはその小さめのバケツと雑巾を持って小走りに駆けてくのだった。



「ほら、そこ、そういう所。あぁ、やっぱり、見えないところだとけっこう酷い・・」

って、ココさんが、ベッドの隅の、見えないところの、積もった埃に、眉を寄せてた。

覗き込んだアヴェも、ちょっと顔がむんとしたようなのを、ココにも見えてた。

アヴェが長い黒髪を後ろに結んでまとめてあるのは、掃除をするためで、ココも手伝ってあげた。

大人しく髪の毛を触らせてくれたし、アヴェにもやる気はあると見ているココだけど。

最初に、部屋の隅から掃除機で吸い込んでいたのだが、ふと目に付いたいつもは気にしない家具の裏とかの埃の塊を見つけたら、ココはどんどん気になっていったわけで。

禁断の家具裏は軽い気持ちで覗いたわけでもなかったはずだ。

ただ、アヴェのその控えめな、むんとした顔が目に入ったのだから。

「さて、どうやっつけようか」

やらないわけにはいかない、辺りを見渡すようなココで。

さっきからどこかで、フォォン、と風の音が小さく聞こえるのは室内の空気の清浄システムが頑張ってる音だろう。

「掃除機で吸い込むから、アヴェは吸い取った所を水拭きお願いね。」

水を絞った雑巾に、家具を動かしてできたスペースの埃を拭き取っていくココさんで。

「アヴ、そこの隅からお願い。手の届くところだけでいいから、狭いところはこの棒ね、先っぽに付けられるから。これをこうして使うの。簡単でしょ?カーペットは水拭きしなくていいからね」

アヴェは、こくこく頷き、さっき絞ってあげた雑巾を持ってそこの隅に屈んで、縁などをごしごし掃除し始めたみたいだった。

「いつも掃除はしてるけど、こういうところはね・・」

あまり行き届かないから、とココさんは呟きながら。

目に見える棚の辺りを拭き取ったココさんは軽くふぅっと、息を吐く。

すぐそこの、屈んだまま、身体を動かして、ごしごしと雑巾で拭いているアヴェの。

ときどき、顔を見回して、汚れをきょろ、きょろと、探してるような。

わたわたと、動くようなアヴェに。

・・ココさんはふっと口元を笑わせていて。

そのアヴェに負けないよう、腰を屈めて、ココさんも雑巾を押し当てて擦っていった。



「見えないところ、けっこう汚れてるでしょ。」

って、ココさんの言葉も何回も聞いたアヴェだけれど。

机の裏の狭い所とか、棚の後ろ、普段はあまりやらない、って言ってた所の埃は目に見えるくらい。

それから広いフローリングは掃除機をかけていく。

ココさんの姿を、ときどき瞬きしながら、じっと見つめてるアヴェは部屋の端っこで立ってて。

ココさんがちょっと、声を掛ければ、すぐ手伝ってもらい。

アヴェがきょろきょろして、汚れを見つけたらそこに行き、力を入れて拭き取るような。

そんな仕草に、時折ふと気付いて、ココは、口元を緩ませていて。

何度かそうしていると、顔を上げたアヴェが、ちょっと、気付いたみたいだけど。

見られてることに、その少し、不思議そうな表情がまた、俯いていくから、ココは少し頬を持ち上げて。

また、もくもくと、汚れ始めた雑巾で拭き取るアヴェへ。

「アヴ、交換しましょ」

ココは、今、洗ったばかりの雑巾を持っていく。

手渡しして、こくこく頷くアヴェは俯き加減で。

受け取った雑巾をバケツの水に浸したココは、力を入れて絞り始めた。

その間も、アヴェはちゃんと、ごしごしと、身体を目一杯使って、汚れた所を拭き取ってるみたいだった。

「そっちが終わったら、こっちね。フローリングを磨くから、さっきの棒を持ってきて」

振り返ったアヴェが、ココに、こくこく頷いてて。



「最後の除菌スプレーに、」

吹きかけた床の上から、最後に空中に長めのスプレーを噴射して。

無香料と書いてるけど、部屋の香りがちょっとイイ感じになる気がする。

「ふぅっ」

ココは、一息吐いて。

満足そうに綺麗になった部屋を見て。

「ぜんぶ終わり!」

同じ様に周りを見回してたアヴェに笑い掛けた。

アヴェはココを見上げて、それから、俯き加減にだけど、はにかんだようにしたみたいだった。

「綺麗になったでしょう」

って、ココは、にっと笑って。

「こんなに汚れを取ったからね」

ココが示すバケツの中、水と雑巾はかなり黒く汚れてる。

それを見つめたアヴェも、またすぐに顔を上げて部屋の方に目を戻してた。

なんだか、何か考えてるみたいだな、ってココは思ったけど。

ほうっ、とまた一息を吐くココは。

「じゃ、片しちゃいましょう。アヴはそっち持ってね。」

掃除が終わった心地よさと、バケツを持って扉の方に行くココに。

アヴェは、少し、重いバケツを引っ張り上げて。

ココの持つバケツよりも、少し小さいけど。

中を零さないように・・・気をつけてココの後ろを付いていく。

廊下では、バケツに引っ張られて、ちょっと足がふらついても。

ココがたまに気を付けて後ろを見て。

アヴェがバケツの水をじっと見つめながらなのも、ちょっと頬を笑んで。


スタッフが使う掃除用の水道場で、ココが汚れた水をざぁっと捨てた。

「あとはやっておくわ。」

洗った空の小さい方のバケツをアヴェに渡して。

「おつかれさま」

にっこり笑ったココに。

アヴェはやっぱり、はにかんだように。

微笑んだみたいだった。

「新しい雑巾はあとで持っていくから」

そう言うココに頷きながら、軽くなったバケツを手に提げたアヴェは。

「あ、夕ご飯にまた部屋に行くわ。ベッドのシーツも取り換えましょう」

もう一度の声に、アヴェは振り返りながら。

「はい・・」

少し小さな声でだけども、頷き返して、歩いていく。

廊下でのその背中を見てたココは、水を溜めたバケツに目を戻して、水をさぱぁっと捨てて。

少し、満足げに微笑んでいたみたいだった。




シャワーを浴びてると、汚れが全部落ちてく感じで。

埃とか、そういうの。

熱いお湯が頭から流れて。

湯気が立ち込める中で、瞼を閉じていて。


髪の毛を乾かしたら、少しテーブルの椅子の上で、ぼうっとしてた。

たまにノートを見たり。

ココさんは、夕ご飯の前に少し来て。

「お風呂入ったの?」

「何見てたの?アニメ? 」

いろんな話をするココさんは、笑ってて。

だから、ちょっと・・考えたけど。

私が見てた、アニメをちょっと見せて。

「良く知らないけど、面白い」

ってココさんは言ってた。


―――ココとアヴェは夕ご飯を食べて。

ココは好きなドラマの話をしたりしてた。

アヴェは部屋に戻ってきて、それから歯を磨いてきて。

それから、机の方のノートを開いて、サイトを少し見て回ってた。

少し、眠くなった気がして、時計を見ればそろそろ寝る時間で。

椅子から立ち上がって、ベッドの横でパジャマに着替えて。

・・テーブルの上の、ノートを閉じた後は、明かりを落として。

弾むベッドの端に座ってみる。

そのまま、・・少しぼうっとしてると。

明日の事とか、学校の事とか。

宿題は終わってるし・・。

・・・エルに会って。

・・ススアさんたちが、いて。

シアナさんとか・・・。

・・キャロさんとか、エナさん、ビュウミーさん・・・。

・・・段々、眠くなってきた気がするから。

アヴェは、布団の中に潜って、ベッドに横になって。

・・・目を閉じる・・。

そうしてると、いつの間にか、すぐ。

アヴェは静かな寝息に、夢の中へと入っていく。

―――・・・暫くすると、一つ、空気がうねり。

二つ、空間の色が、溶かした絵の具のように染まる。

三つは、無くて。

・・宙にできたそれは、ただそこに、たゆたう事を続けて。

少しずつ流れるように、水に漂うなにか、その中で、その色たちは、ずっとそこに在り続けた。


少女の静かに眠るベッドの傍で。

形も無いそれは、ずっと、漂い続けていた―――。




****

両手に鞄を提げて、歩いてく朝の廊下は。

今日も人がいっぱい。

・・制服のスカートが、歩くのに合わせて揺れるのを、ときどき見つめながら。

私はまた少しだけ顔を上げる。

廊下の教室を一つ、見て。

またちょっと、足元を見て。

・・少し、明るくなった気がした逆の方に、顔を上げて。

窓からの白い光が差し込む場所を歩いてて。

白い廊下は、また少し広がった気がした。

制服の子達が朝の挨拶を交わして。

何かを沢山話していて。

その中を、私は歩いて。

一つの、教室を見つけて。

プレートを見上げて。

間違ってないのを確かめて。

私が入ろうとしたら。

ちょうど目の前で曲がって、入ったその子がいたから。

足を止めて。

・・その後に、教室のドアを通って。

中を見回したら、教室はまだ、人が少ない。

空いてる席を、隅っこの方に。

そこに行って。

鞄を置いて。

静かに椅子を引いて、座った。

机の上の鞄を見つめる。

もう少し待たなきゃいけないから。

私はそうしてて。

ぼうっと、ちょっと、眠い気がしたけど。

少ししたら、教室に入ってくる人も、けっこう増えてくる。

教室の中は、騒がしくなってきて。

ふと顔を上げれば、向こうの方で男の子達が喋ったりして笑って遊んでる。

ちょっと、そっちの方を見てて。

・・・いろんな子が、いて。

・・体育祭の。

横に、誰かが来たのが、見えて。

ちょっと、驚いて。

顔を上げると。

私を見てる、あの子が瞳を瞬かせて。

少し、表情を、柔らかくした気がした。

私はちょっと、唇を堅くしてて。

少し、俯いてて。

「おはようございます・・」

あの子の声に。

「お、おはよ、うございます・・」

ちょっと、慌てて、返事してた。




隣のあの子は、ノートを見つめる、綺麗な瞳をときどき、瞬かせて。

細めた瞳で文字をじっと読み進めてる。

少し、凛々しくも見えるその表情は。

ちょっと、どきどきして。

私は、隣のあの子の、横顔を、見てた。

先生の声が、少し大きくなった気がして。

どきっとして、前を向いたけど。

先生は話を続けてて。

私は、だから、ノートに目を戻して。

テキストの通りに進んで、話してる、から。

やっぱり、全然、大丈夫、みたいで。

「・・あの」

・・誰かに・・。

「・・・ぇ、あ、はい・・っ」

横を見たら、あの子がこっちを、見てて。

私はちょっと、慌ててて。

あの子は、私をじっと見てくるから・・。

私は、もうちょっと、どきどきしてきてた・・。

「・・聞いていいですか?」

って、あの子が言うから。

私はこくこく、慌てて頷いてた。

「あの、ここの。」

って、私のノートに、指を指すあの子は肩を寄せて。

私のノートを覗き込んできて。

あの子の、頭の後ろがすぐ近くにあって。

良い香りがふわって・・。

どきどきが強くなったけど・・。

・・文字を追ってくあの子の指は。

「『政府の、承認を得て、初めて領内補区の適化の試みが開始された・・』」

「・・・」

って、あの子は、静かな声で。読み上げてて。

「・・【補区】って、『砂漠』・・?」

私を見上げて、瞳を瞬いてた。

・・私は、少し慌てて、こくこく、頷いてて・・。

「ぅ、は、はい。・・そう、ふつう、呼ばれてる、ところ・・」

「・・適化が開始、・・でも、・・・まだ、『砂漠』のまま・・・。」

あの子は呟くように、不思議そうに。

よく、わかってないみたいだから・・え、えっと・・・。

「え、えっと・・、まだ、今も、ちゃんと、やってる、けど・・。て、手つかず。・・手つかずの所は、広すぎて・・、できてなくて・・。・・でも、補外区の、パートの、所の人たちが、適化の、努力を、毎日、頑張ってる・・、って」

・・きょとんと、私を見てる、あの子の瞳は、・・・不思議そうで・・・あれ・・?

・・ち、ちがった・・・?ききたいこと・・・ぇ、えっと・・。

「あ、で、でも、予想、だと、50年も、あれば、動物も、野生の、暮らせるようになるくらいに、なるって・・・砂漠じゃ、なくなって・・・」

あの子は、まだ、私に、瞳を瞬かせてて・・。

すごく、不思議そうで。

なんか、私、間違えたかも・・・。

「ぁ、ぅ・・」

他になんて言えば、いいのか、わからなくて・・。

・・あの子は、小さく、口を開いて。

「・・ハァヴィって、」

ちょっと、・・どきっとしてた。

「もの知り、ですね、」

って、瞳を瞬かせてて・・。

どっきどっき、したけど・・。

「そ、そうでも、」

私は慌てて首を横に。

「ない、です・・・。」

振ってて。

・・俯いてて。

凄く、恥ずかしくて・・。

ちょっとだけ、見上げた、あの子は。

・・不思議そうに瞳を、私に瞬いてた。

「野生の、動物は、何も無いのに、暮らせるんですか・・?」

って、不思議そうに。

「・・え、えっと・・・。ぁ、何も、無いんじゃなくって。・・野原が、一面、広がって。」

「野原・・・。」

あの子は小さく呟いて。

「隣の、ドームの、領内まで、全部・・・ぜんぶ・・」

たしか、そう。

一面に、広がる、大地は。

緑色と茶色が、本来の姿、って。

黄色くて白い砂漠は、変えられた姿、って・・。

映像とか、見たことあるから・・・。

・・あの子は、ぼうっと、瞬いてたような、瞳を。

「・・・」

それから、優しく。

私に、少し、可笑しそうに、微笑んでた。

だから・・、私は、どきっとして・・。

俯いてた・・・。

「・・もの知り・・」

微笑んだように、囁いたのが、聞こえて。

「・・です。」

・・あの子の、顔は、見れなかったけど・・・。

私は、やっぱり、恥ずかしかった・・。



****

・・向こうで、お話をしてるあの子を見てた。

さっき話しかけてきた女の子2人は、たぶん、少し年上で。

たしか、写真、同好会、みたいな、風に名乗ってた。

・・あの子が、必要、って、みたいなことを言ってたけど。

ちょっと強引に、あの子を、引っ張っていって。

・・・遠くから様子を見てたっぽい、他の人たち。

男の人たちも混ざって、何か、説得されてるようだった・・。

こういうことは、よくあるから。

・・私は離れた所で、ちょっと、待つんだけど・・・。

待ってれば・・良いんだけど・・・。

今回は、人数も、多めみたいで。

・・・。

いつも、あの子は、そういうお話を、断ってるみたいで。

いろんなことを、休み時間とか、会いに来た人たちが、誘ってく。

内容は、よく、知らないんだけど・・。

・・前ちょっと聞いたことがあるのは、モデルになって欲しいとか。

モデル・・、って、雑誌とかみたいな、写真を撮って、って、やっぱり、やるのかな・・。

・・あの子なら、やっぱり、凄く、綺麗に、可愛いんだろうなって、思うし・・。

・・・・・。

・・写真・・・。

ちょっと、欲しいかも、しれない・・。

なんか、・・・なんか、だけど・・・。

・・この前の、メルさんが撮ってくれた、体育祭の写真も、みんなの写真も、送ってくれたし、ちゃんと、持ってるけど。

やっぱり、モデルとかって。

少し、違うんだろうな・・。

・・・お化粧したりとかして。

おしゃれして・・。

かわいい服、着て・・・。

・・まだ、話してる、あの人たちは、頑張って、食い下がってるみたいで。

あの子は、ちょっと、・・少し、困ってるかも、しれない。

そういえば、何故かわからないけど、いるだけでいいとか言われた、ただの入部の勧誘まであった・・。

運動する、クラブとか。

体育祭を見たから、って。

・・・そんなに足速くないのに。

・・私よりは速いけど。

運動部で・・なにするんだろう?

なんで、誘われるんだろう。

他にも、クラブ以外にも、話しかけてくる子は、いて。

・・あの子は、なぜか、有名みたいだった。

・・・いつも、隣で、静かに、普通に・・・いるのに。

「うん?まだやってるのあれ?」

・・って、驚いたような声が聞こえて。

振り返ると、ススアさんがいて。

教室のドアから出てきたシアナさんも。

私に気がついたみたいだった。

「う、うん・・」

私はススアさんに、こくこく頷いてた。

「エルザは人気だねぇ」

ススアさんは、少し離れたエルの方を見ながら、そう言ってたけど。

「アヴェエはもう入っちゃえば?ここ教室なんだし?」

って、私に。

私は、だから、少し慌てて、首を横にふるふると、振ってて。

「うん?なんで?」

ススアさんは不思議そうに、首をくっきり傾けてた。

「ぇ・・ぁ、の・・・」

・・だって。

あの子が、・・・先行くと、寂しがると思うから・・。

「・・あの子待ってるの?」

って、・・シアナさんが。

ちょっと、つまらなさそうな、声で。

顔を上げたら、シアナさんは細めた目で、眉を顰めたような、私を見てて。

・・ちょっと、怖いけど。

ちょっと、・・こく、こく、・・頷いてて。

・・ぴく、って。

シアナさんの眉が、ひそまった気が・・。

「・・・はぁ」

シアナさんの、溜め息みたいな声で・・。

「すぐそこなんだからいいんじゃない?」

ススアさんは、不思議そう、だけど・・。

・・・そう、なのかな・・?

・・そう、したほうが・・・。

・・・うぅ、ん・・?

「入っちゃいなよ。」

って、ススアさんの声が、聞こえて。

・・・。

「入っちゃいなよ」

って、なんか、もいっかいススアさんが。

少し、顔を上げたら、ススアさんは、不思議そうな瞳で、私を見てた・・。

シアナさんは、やっぱり、ちょっと片眉をひそめたみたいにしてて、・・・怖かった。

「あんたのこととっくに忘れてるわよ、どうせ。早くこっちに来なさい。」

シアナさんが、教室の中に入ろうとして。

・・途中で、止まる、シアナさんの足元を見てた、私は・・・?

・・・動いたような、動かないような、シアナさんで・・。

・・顔を、上げたら、シアナさんは、私を・・見てて。

・・なんか、・・睨まれてるみたいだった。

「・・こっちに来なさい。」

真顔から、急に、・・にっこり、微笑みになる、シアナさんは。

・・笑ってるけど。

・・・よく、見る、笑顔が、・・ちょっと怖い。

「・・・」

「・・・・・・」

・・・あれだ、たぶん、・・ススアさんによくやる、言うこと聞かせるときのシアナさんの、笑顔だ・・。

「・・・ん?」

ススアさんが、シアナさんと、私を、交互に、見てて、首を捻ってた。

「・・ほらこっちクル・・っ」

ちょっと力のこもった、シアナさんの声。

がっしと、シアナさんの手に、肩を掴まれて。

「ぅ・・・」

強い力で、ぐいぐい、引っ張られてった。

・・ちょ、っと、待って、欲しかったけど・・。

・・・えっと。

・・教室の中に、ずるずると。

「まあすぐ来るって。」

ススアさんは、・・・引っ張られる私の傍で、にこにこ、笑ってた。

「ほら、そこに座ってなさい。キャロたちもいるから。」

って、シアナさんに、肩を押されるまま。

・・席に、座らされた。

・・・近くの席のキャロさんたちが、こっちを見て、少し目を瞬かせてたみたいだけど。

「あ、やっ、アっヴェエ」

って、キャロさんは片手を上げて、挨拶してくれた。

「今は1人なんだ?」

エナさんも、聞いてきて。

キャロさんにエナさんに、私は少し慌てて、こくこく、頷いて返してた。

「途中で会ったの?」

ビュウミーさんがシアナさんたちに聞いてたけど。

「まだトイレ行ってなーい。」

ススアさんは元気に答えてた。

「じゃ」

シアナさんが小さく言って行くのを、ススアさんも追っかけるみたいに付いていって。

「・・アヴェエだけ引っ張って来たの??」

2人を見てたビュウミーさんが、不思議そうな目をこっちに向けたから。

私はどきっとして、また俯いてた。

「ん-なんだろうね?」

エナさんも不思議そうな。

「エルザと引き裂かれた?」

キャロさんは・・・。

・・私は、ちょっと、考えてみてても。

な、なんだろう・・・。

・・・説明、ややこしくなりそうで。

・・説明できるか、わからないような、気がしてた・・。




―――さっき。

ススアさんと、シアナさんが、『あの子』と話してたのを見たけど。

・・もう一度、『あの子』の方を見たときには、いなくなってて。

『あの子』も、いなくなってた・・。

廊下の端っこの方に、いたのに。

制服の子が通る中に、見えてたのに。

・・・いなくなってた。

「ちょっと長くなってごめんね、」

そう声を掛けられて、目の前の人たちを見たエルは、その瞳をまた少し瞬かせた。

「でも、俺達の熱意は充分に伝わっただろう・・っ!?」

「君ほどの子なんてなかなかいないんだって・・・・っ!!」

と、詰め寄りそうな男子たちの勢いにも、あまり動じる様子は見せないエルで。

「こういう熱狂的なファンは安心して。ちゃんと抑制させるから。勿論、私たちも、・・撮りたいし。」

その傍の女子の、眼鏡の奥も光る。

まだ少し、考えてるように彼らを見ていたエルは。

「な?ちょっとでいいんだ。ちょっとで・・・。」

声を出す暇もなく、話しかけてくるけど。

「そういう言い方止めろって・・・。」

エルは、少し吸い込んだ息に、僅かに胸を膨らませ、小さな紅い唇を開く。

「すいません、お断りします。失礼します・・」

律儀に、頭を下げる、清楚な仕草に、それ以上の声を掛けるのも躊躇う。

「えぇっ!?そんな!?えぇっ!?」

「あぁー・・っ、ちょっと待って・・・っ!?」

そうじゃないのも一部いるけれど。

引き止める声も聞かないで、エルはとことこ教室の方に行ってしまう。

その凛とした立ち振る舞い、姿勢の良い背中を見ていて、彼らでも流石にもう、引きとめる言葉が無いことを悟った。

「・・・失敗か。」

その背中を見つめる、難しく顔を歪めた1人も呟く。

「ていうか、男子がっつきすぎ。」

「やっぱりコスチュームとか、怪しい事言ったからじゃないですか?ミサキ君が。」

「お、俺・・?」

「あぁ、やっぱ、そういうのって女の子からしたら引っかかっちゃう?」

「なんか怪しいコスプレさせられそうだよね。」

一緒に来てた女の子達の顔を覗きこみながら言う彼女に、みんなもうんうんと頷いてる。

「君、顔とか言動が怪しいし、そういうこと考えてそうだし」

「お前ら、この案は無しにすっぞ・・・。」

「冗談です。」

真顔で返す彼女の凛々しい姿に、本心が見えないが。

「・・にしても、」

と、会話に入ってきた彼の声が。

「・・可愛かったなぁ。」

ゆるみきった声と表情で。

「・・・あぁ。」

ぽっと、頬を染めたように、行ってしまった彼女の残り香を想う彼らである。

『・・・・・・・・』

・・まあ、確かにそうだけども、と。

でもとりあえず、その場にいる女子数名の、冷ややかな視線を受けているのに気づく男子も1人はいる、男子諸君の短い幸せの時間だった。




きょろきょろと。

教室の中を見回したエルは。

向こうの方の席に座ってて、他の女の子の友達、エナたちが話してるのを見てるアヴェを見つけてた。

「・・・」

とことことそっちの方に歩いていくエルは。

・・でも、向こうを見てる、アヴェの隣は、・・席が無かったので。

・・・その後ろに、黙ったまま、すとんと座った。

「・・あ、エルザ。」

って、キャロが声を出すのと同じくらいに、アヴェもその気配に振り向いたらしかった。

「・・こんにちは」

キャロたちを見る、控えめなエルの声が向けられてて。

「こんにちは~」

エナのほんわかと微笑む声も混じる。

「二人がばらばらなのも珍しいね?」

って、エナが、微笑みながらそんな事を言うのを。

「・・・」

・・エルは、ちょっと、唇を結んだようにしながら、反応なくエナを見つめてた。

エナは、微笑んでた表情がちょっと、気付いて、不思議そうに、小首が傾くけれど。

・・横に動くエルの瞳が、エルを見てたアヴェと合い。

『・・・』

・・・エルは、それから、そのまま、キャロたちに目を戻してた。

アヴェは俯きかけた目に、ちょっと、不思議に思ったけど・・。

「でさぁ、・・アクタナ、何処まで話したっけ?」

もう、違う話を始めてるキャロたちで。

「コンサートするって」

「そうそうっ、アクタナがね、ここに来てコンサートするらしいよっ?」

エナの声がちょっと弾んでる。

「え、リリーに?」

「あ、そういえば知ってる。」

「知ってた?」

と、気がついたように、鞄を開けて、ノートを取り出して、机の上に広げるエルで。

「うん、流れて来てた。もしかして、見に行きたい?」

「チケットが取れればねぇ~・・」

「即完売するかな?」

「わかんない。こっちでも人気なのかな?」

・・ノートを見つめて、それからキャロたちを見るその、エルの横顔を・・・見てたアヴェは。

なんとなく、ちょっと、・・・いつもと違う気のするエルが、気になってて。

あまり、元気が無いような、エルは、・・・何かあったのかも、って・・思いも、してた。




「あ、おかえり」

ビュウミーが気付いたように。

「エルザが来てる!」

って、ススアの嬉しそうな声が聞こえて。

エルが振り向く前に、ススアとシアナは、エルの隣の席に座ってた。

「長かったねー」

ススアがそんなことをエルザに言うけど。

「やっぱセットなのね」

それからシアナが、エルとアヴェを横目で見てそんな事を言う。

「なに、それ。」

ってビュウミーが瞬くのを。

「・・・・」

シアナは・・ビュウミーを見つめ、少しばかり、にやっと笑った。

「悪い顔してる・・?」

ビュウミーが、傍のキャロたちに相談してた。

「なんで笑ってんの?」

ススアが不思議そうで。

「ウケるー、って思ったんだよ。」

「へぇー」

キャロの講釈にススアが頷いてた。

「違うわよ。」

むん、としたシアナはちゃんと言っといてやるが。

「あのね、エルザを待ってたからさ、シアナが強引に連れてきちゃった。アヴェエを、」

って、ススアが急にみんなに謎の真相を簡単にばらしてくれる。

「あぁ、そういうことか。」

「アヴェエだけ来たから変だと思った」

ビュウミーたちもすぐ納得いったみたいだった。

「いつも一緒だもんね」

エナも。

けどそれを聞いて。

エルがじぃっと、隣のシアナの、横顔を見つめ始めたのを。

・・・アヴェは見てて・・。

「・・・うん?」

その瞳に気付いたシアナは。

少し、目を瞬かせながら、そのエルの瞳を見返してた。

「ねぇ、アクタナって知ってるでしょ?」

「アカンタ?」

ススアがエナに首を傾けてたけど。

シアナはちょっと、瞬くけど。

なんとなく、険しいような、シアナを見つめたままの、エルの眉は。

「有名なアーティストだよ、アーティスト、」

「ほぇ~?」

それが・・・なんとなく、不服そうな、に見えるような、気がしないでもない、アヴェで。

なんとなく・・・。

・・んー・・・。

・・・エルの表情は・・。

あまり動かないのが、普通で。

・・微妙すぎて、わからないんだけれども。

ただ、ときどき瞬かせてるような、エルの瞳に。

シアナさんは、真っ向から受け続けて、見てたけども。

少し目を瞬かせるようにしてて、見つめられてるのが不思議そうでもあった。

やっぱり、気のせいかもしれないって思った。




「・・あの、ちょっと、いいかな?」

近付いてきた男の子に声を掛けられて。

エルは瞬きをしていた。

校庭の見えるレンガの歩道で、隣のアヴェはちょっと、その男の子から体を引いてた。

その男の子は、そんなアヴェをちらりと見た。

「はい・・・」

エルは頷いて。

「できれば、2人で話したいかなぁ・・」

そう言われて。

その男の子を見ていたエルは、隣のアヴェを振り向く。

アヴェは俯きながらも、横目でエルを見てたけども。

「・・少し、待っててください・・・」

「え、あ、いや、ちょっと、時間、かかる、かも・・」

って、その男の子は。

そう言われて、きょとんと、エルはその男の子を見て。

それから、言い直す。

「・・あそこの、ベンチに、いてください。」

って、アヴェに。

「すぐ、行きますから」

アヴェは俯いたまま、こくこく頷いてた。

「あ、ありがとう」

瞬くような、そう言う彼が歩き出すのを、ついていくエルの背中。

長い栗色の髪の毛が揺れる背中をふと見上げてて、アヴェはちょっと。

・・少し・・なんか、変な感じがしてた。

胸が、もや・・ってするような・・・。

1人で、大丈夫かな・・って。

・・・けど、その、エルの背中に、声を掛けることができなくて。

アヴェは、その場で立ち止まったまま。

見えなくなるまで見送ってた。

男の子と2人っきり。

・・・2人・・・?



エルは、少し前を歩く彼の横顔をときどき見上げて。

彼に静かについていく。

彼は、何も喋らないけれど。

ぎこちないような、堅いような表情をしていて。

ある方向に、真っ直ぐ歩いていくようだった。

・・段々と、人気の無い場所へと移っていく。

通りかかる人も少なく。

レンガの道は白いガゼボへ続いていて。

低木が誘う道に沿って、日陰の屋根下へ差し掛かると、また少し景色が変わったようだった。

小さなステップを登ったら、中心に大きめの円形のベンチがあって。

景色がつながる、白い柱で切り取られた景色。

緑色の木漏れ日に、外が煌めく葉々で覆われている。

「あ、このへん・・・」

そこで足を止めた彼は。


そこは静かで。


小さく息を吸うエルは。

満たされているような、木の匂いを。

ちらりと、向こうに広がる木々の景色を見て。

・・それから、彼に瞳を戻す。

ここには、彼以外に誰もいない。

彼は、何故か、こっちを見ていた目を逸らし。

・・ごくりと喉を鳴らしたようだった。

エルは、その瞳で瞬く。

「ちょ、ちょっと座ろうか?」

彼はこっちを振り向いて。

近付いてくる。


「いえ、」

って。

エルは彼を見つめたまま、短い言葉だけど、はっきり断っていた。

「え?そ、そう?」

初めて、合わせた彼の目は。

「お話、というのは、なんでしょう?」

一瞬、彼は眉を上げてから、ぎこちなく笑う。

瞳を瞬かせて見つめるエルの美しい顔は。

本当に、吸い込まれる・・・。

・・木陰に美しく差し込む、淡い光が肌に留まる、艶色の紅い唇を微かに開き、瞳が瞬き・・長い睫毛が静かに開き。

・・・瞳・・その奥にきらぶく彩色の・・繊細な・・・。

人・・とは思えない・・人形美しさのような・・・。

・・・おはなしを・・?」

――――声が聞こえて、はっとした彼は、慌てて。

「・・ちょ、ちょっと、ふ、2人っきりで・・話したかったんだ・・。君、いつも友達と一緒にいるからさ、あっは、」

「・・何のお話を?」

「え?」

えっと・・・あれ、なんでこんなに急いでるんだ?

「・・特にない・・ですか?」

「ぁ、いや、・・・」

あれ?おしゃべりしてくれる、って感じじゃなかったのか・・・?

「すみません。友達を待たせてますので」

「いや、話はある・・!ます・・!」

そう、言う彼はエルを見つめたまま。

「お、音楽とか、興味ない?実は俺、バンドやってて、いろんなやつらとも友達でさ・・・」

エルは瞬く・・・。

表情が変わらない・・やべ、興味なさそうだ。

他になにか、思考を巡らすんだ俺・・!なにか良い感じで、こう、良い感じで・・・!なんだ、あれだ・・!

「いやんなっちゃうよね、君は音楽とか好きじゃない?」

彼が無理したように笑った顔は、何かに気付いたように真顔に戻っていく。

「・・・」

エルは少し、思案しているようだった。

彼は緊張したように、動かない・・。

エルだけを、見ている。

エルの瞳を、その薄く紅く色づいた頬を。


手の触れられる距離。

身体に。

彼ははっきりと、ごくりと喉を鳴らした。


少し、エルは。

彼から、何かを感じたのか、まっすぐ彼を見上げて。

見つめているその瞳を。

―――そして、・・・。

・・そのまま。

・・彼は、動かない・・。

・・・・・・――――。

「・・あの」

つい、声を出したエルを。

エルの紅い唇がそう動き。

はっとして顔を上げた彼はエルの瞳を真正面で見た。

上げた彼の顔は、とても、・・紅かった。

その勢いに、ちょっと、ぴくっと、背中を逸らしたエルで。

一歩離れて、驚いたように彼に瞳を瞬かせてた。

・・・そして、じっと見つめる彼は。

「ぼ、ぼ、ぼくと、放課後、遊びに行かない・・っ!?」

思いっきり、裏返った声が混じってた。

「・・・・・・」

「お、お、面白い所いっぱい知ってるからさ。」

エルは、瞳を瞬かせて。

顔を真っ赤にした彼を、見つめていて。

・・・きょとんとしたような。

その不思議そうな瞳は。

何を言われたのか、ちょっと、まだ伝わってないような。

それでも、彼は・・・それ以上の口を開けないわけで。

・・開くことができないのだ。

「・・・・・・」

エルはそのまままさっきからずっと、じっと彼を見つめている。

―――いや、なんだ、この時間。

そ、そろそろ、この無言の緊張にも限界になってきてんだが。

あ、あたまが、ぐわんぐわんしてきたんだが。

「・・ごめんなさい。」

「う・・っ」

即、呻いた。

耳にやさしいエルの声は、紅い唇が少し形を変えて、間違いなく伝えてきた。

エルの見つめる瞳が、変わらずに自分へ向けられている。

・・それだけで。

・・・得も知れない圧が・・・。

「くっくぷっ・・」

って、どこかからか変な音がした。

「だっはっはっは、ふられたじゃんかよ!」

って、後ろから知らない男子たちが笑ってて。

「・・うわあああぁぁぁぁああっっ!!」

叫びながら彼は突進して、大きな音をたててその場から走り去っていく。

「あ、おーい、待てよー!クラッチー!」

「あ、ごめんねー、・・・。」

振り返り際に謝られて、瞬くエルは。

「ぁ、あの・・うん、なんかごめんね・・!」

「あいつ凄い緊張してた?」

「いや、あんな子としゃべるのは・・」

追いかけてく友達と、振り返って謝った友達もそのまま走って行ってしまった。

それを、驚いたように瞬いてるエルは。

残された日陰の中で1人。

「・・・・・・?」

まだ、いなくなった彼の姿を追って見つめてたエルで。

・・・暫く、さっきの彼を思い返しそうとしてたエルは。

ふと、思いついたように、少し目線を上げ。

振り返って、歩いてく。

とことこ、その小さなステップを降りて。

そのまま何事も無かったように、レンガの道に出て、道を歩いてくわけで。

・・エルがふと思いついていたのは、ハァヴィの事で―――。


―――そよぐ木漏れ日の隙間から注ぐ。

レンガの道の端のベンチに座りながら。

細かい日の光の中で。

風にささやく葉っぱを見上げたまま。

・・たまに、足をぷらぷらと。

なんとなく、思う。

・・まだ・・かな・・?

そう、のんびりとした時間の中で、待ちぼうけてたアヴェは。

木の葉が1枚、そよ風に乗って、くるくる落ちてくるのを見つけてた。




向こうの空が青くて。

木々の葉っぱの隙間に白い光が煌いて。

微かな風に揺れるような、葉っぱの陰たちを見てると。

なんだかぼうっとする。


ベンチの上にも白い光は零れてくる。

隣に座るあの子も。

細やかな木漏れ日の中で、静かに、・・ぼうっと、見上げてて。

・・ときどき顎をちょっとだけ、上げたり、下げたり、動かしたりして。

空から降り注ぐ、たくさんの光を見てるみたいだった。

・・・あの子はさっき、ここへ戻って来て。

・・それから、一緒にベンチに座って。

ちょっと、隣を覗き見ても。

その制服も、横顔も、白い細かな光に煌いて、綺麗で。

私は。

ちょっと、口元が微笑んで。

地面にも落ちてる、煌いて、揺れる模様を見て。

「・・あの、」

・・って、あの子が、私に。

顔を上げたら。

あの子の、木漏れ日の中の、煌く瞳は、私を見てて・・。

「・・こうしてるのって・・・」

・・ちょっと。

考えたみたいに。

「・・つまらない、ですか?」

って・・・。

「・・ぇ・・・?」

ちょっと、どきっと、したけど・・。

私は、慌てて、首を横に振ってて・・・。

「い、いいぇ・・」

いいえ、って、・・伝えて・・・。

・・なんで、そんな事を、聞いたのか、わからなかったけど。

・・・なにか、したいの・・かな・・?

・・・さっき、なにかあったのかな・・・?

あの子は、私をじっと、見てた瞳。

ほんの少し、優しく、微笑んだみたいだった。

ちょっと、嬉しそうな。

あの子は、空の、木漏れ日を見上げてた。

その横顔に、私は、まだ少し、どきどきしてたのを、感じてたけど。

・・・ちょっと、あの子は。

唇を、少し動かしてたみたいだった。

・・唇を・・・少し・・・。

・・・少し、じゃないけど。

見上げて、宙を、見つめたまま。

「・・ない、って・・・。」

何かを、囁いたように、聞こえたけど。

小さな音で、何を言ってるのかは、わからなかった。

でも、あの子は。

上を見つめながら、少し、楽しそうで。

ちょっとだけ、微笑んでるような、口元で。

だから、私も、ちょっと、あの子に、・・微笑んでたかも、しれなかった。




『―――・・ねぇ、あれは何?・・―――』

・・向こうを見たら、誰かが小さな、何かを持っていて。

「・・・?」

それを持って、友達と、楽しそうに笑ってる。

あれの、事かな。

でも、よく見えない・・。

「・・見えない。」

遠くて・・。

『―――・・じゃあ、近くに行かない?・・―――』

・・近くに、行くって・・・。

「・・・」

隣の、あの子が、私を見てて。

でもあの子は、すぐに目を伏せる。

「・・今は、だめ。」

私を待ってるあの子は、何も言わないから。

ずっと、待ち続けるかもしれないから。

「・・行きましょう」

あの子は、こくこく、頷いて。

私の隣に、歩く。

次の教室まで。

・・でも、もしかしたら、ちょっ頬を膨らませたかもしれなかった。

・・あの、行きたいって、言ってた子は・・・。

・・・あれ?

・・・あの子・・って、――――・・・・だれ・・・?





****

「アッキィーっ」

教室で、ススアが大きな声で呼んで。

「・・・なに。」

思いっきり仏頂面のアキィが振り向いた。

「うゎぉ・・、あぁっごめん」

背の高いアキィがじっと見下ろしてくる、眼鏡の奥の目を見て思い出したらしいススアは、すぐに謝っていて。

「部屋以外はだめだったんだっけ・・」

ちょっとご機嫌とりのように笑うススアだった。

「・・・おい。」

「え、まじで?」

と、振り向く隣の少女はちょっと目が爛々としてるかもしれない。

「やっほぅ、メイノン」

「やっほう。アッキィって部屋なら許してるの?」

「アッキィ言うな・・」

「うん。」

「・・シャイ、・・くす。」

って、いつの間にかアキィの隣に来ていた、黒髪の少女が笑うのであって。

「・・・うるさいから。せめて部屋でならって言っただけだよ」

睨むように言うアキィだ。

それでも彼女はまだ口元を隠す、わざとらしい笑みのフリをアキィに見せてた。

「よぉススア」

近くにいたリョオがススアに声を。

「やっ」

ススアもそう軽く手を上げて。

そっちに座ってた少女も、ススアに手を上げて見せる。

「飴いる?ススア。」

「え、くれるの?」

ちょっと嬉しそうなススアである。

「ほら。」

って、見せるその子に、ぴょこぴょこと近付いてく。

その頭を、上から怪訝そうに見ていたアキィだけれども。

「・・誰にでもついていくんじゃないかって心配してる・・・」

「・・・呆れてるだけだって」

隣の黒髪の少女がぼそっと、また意味ありげにくすっと笑うのを、アキィはまるで頭が痛そうにしてた。

その少女もそれからそのまま、ふらっとススアの方に行ってしまう。

「・・あぁ、可愛い。」

などと、ススアが飴を口に放り込んで甘いのを舐めている姿をほうっと見つめている、その飴をくれた少女で。

「ん?」

ススアもそんな彼女に気付いて瞳をくりっと上げてた。

そんな仕草にまた少し悶えた様で笑顔が蕩ける。

それから、じぃっと、隣でススアを見ていた・・静かな黒髪の少女は。

「・・・」

手をゆっくりとススアに差し出す。

「・・・うん?」

また不思議そうにその手とその子の顔を見つめてるススアの口はもごもごと飴を舐めているけれど。

「・・お手・・・」

小さく呟いた。

「・・・・・・」

目の前に差し出されてる手のひらを。

・・いちおう、恐る恐る、といった風にススアは手を少しずつ出し。

手が触れる直前に、がしっと握られてた。

「ほわっ!?」

驚いたようなススアも、やはりその手とその子の顔を交互に見てたけど。

「・・ふふ・・・」

何故か目を細めて笑う彼女だ。

「・・あに?トーコ・・」

いちおう、それを見て、ススアも笑ってたけど。

「別に」

ふるふると目の前のススアに首を横に振るトーコだった。

それでも手は離してくれないのだが。

いつの間にか傍に来てた黒髪の少女がもう1人、ススアの顔を覗いてじぃっと、それからにっと笑うのを。

ススアもへらっと、笑顔を。

「ススアっていつも小さいねぇ」

「おぉぉうっ・・」

強烈なパンチをもらったらしいススアは彼女から顔を背け、直撃から隠れようとしたっぽい。

けたけた、そんなススアをその少女も、飴をくれた少女も笑ってた。

そんなススアの手をぎゅっ、ぎゅっと何かを確かめるみたいにまだ見ているトーコで。

「人のイヤがることはしちゃダメヨ、ルコロンさン」

妙なイントネーションのメイノンに。

「んー?イヤなのー?」

「ほら、飴ならたくさんあるよ、ほらほら・・」

少女がちらちらと見せる飴たちに、すぐにそっちに気がいくススアは。

「ん・・、うー・・ん、・・・うーん・・」

何かを迷ってるような、そんな飴たちを目で追っている。

「・・なんか用があったんじゃないの?」

と、アキィは仕方なく声を掛けてあげるわけで、メイノンなんかは面白そうに眺めてたけど。

「あ、そうだ、アッキィ、」

また少しぴくっと眉を動かすアキィだが。

「あぁ、行っちゃう・・」

後ろから飴使いの少女の名残惜しげな声が聞こえてた。

トーコの握る手がするりと抜けるわけで。

「あ・・・」

話を聞いてなかったのか油断してたのか、その離れてく手を見てたトーコだったみたいだ。

そんなススアにまたふらっとついてく傍のルコロンを、アキィは目で気にしつつ。

「えーとー、次の次の授業、とってなかったよね」

話しかけてきたススアに目を戻してた。

「あー・・、うん、今日は」

「じゃちょっとあれ貸してくれない?学生カード」

「なんで。」

「あのね、シアナが忘れ物しちゃってさ。クラブの部屋に入れないんだよね」

「ロッカーは。」

「パスワード覚えてるって」

「あぁそっか・・。」

アキィは1つ納得した、けども。

「・・シアナか。」

そう呟いて、考えてるみたいで。

「うん。ね、お願いー」

愛らしく懇願こんがんしてくるススアを。

「・・・」

いちおう、周りの皆にも目を向けるアキィだけれども。

リョオやメイノンやルコロンとかは何も言わず。

散々、飴で遊んでいたナッチとかにかけては、顔を向こうに向けて目を反らしていたりもする。

「履歴とか残るのも嫌なんだけど」

「ねぇ~アッキィ・・・」

甘えるようなススアに目を戻したアキィの目は細くなっていて。

「おぉ、アキィ。」

慌てて言い直したようだった。

・・アキィは軽くため息を吐いて。

「・・わかった、あとで渡す」

「おぉー、ありがとーー」

「シアナにもお礼を言わせてよ」

「・・録音?」

「ビデオレターかよ。」

「近距離恋愛みたいな?」

首をかしげたススアに、リョオやメイノンたちからの突っ込みも心地よく入る、アキィにとっては。

「・・それでもいいわ・・・」

いちおう、それくらいならもしかたしたらやるかもしれないと、アキィは投げやりなのか、冗談ともつかない返事だった。

「わかった、言っとく」

素直なススアは頷いて、ちゃんとやってくれそうだけれども。

「あ、それと、ついでにネポキで買って来て、シャンプー切れるから。」

「ほい、いつものね。」

「うん、」

「アッキィって購買の使ってるの?」

と、ルコロンが横から。

「うん・・?」

「外の買ってる子が多いみたいだけど?」

「うるさいな・・。」

「アッキィはこだわりがあるんだよ。」

って、ススアは素直にルコロンに教えてたけど。

「ふーん?アッキィがー?」

ルコロンがきょとんとしてたけど。

「とりあえずアッキィって言うな。ルコロンも・・」

フォローにもなってない、と突っ込んでもススアにはすぐ理解できそうになかったので、アキィは先にそっちを言っといた。

「おぉ、」

言われて、はっと気付いたらしいススアと。

「あははは」

けたけた笑ってたルコロンとナッチで、こっちはやっぱり確信犯だったみたいだった。

そんなルコロンたちには、メイノンが目を細めたまったり顔を机の上に乗っけて見守ってて。

笑い声に気付いて振り返るリョオは、きょとんと少し不思議そうに見てたみたいだった、ジュースをストローでチューっと吸いながら。




「・・・まさかあいつに借りる事になるなんて・・・」

おどろおどろしい、低い、低い声が周りの音に混じっていくわけで。

その声の元である、机にしがみ付くようにしたまま、あっちであの女達と喋っているススアの方を睨むように見ているシアナが低い位置である。

そんなシアナをキャロたちは・・・何も言えずに、眉を上げたまま瞬いて見てるわけで。

さっきのススアとのやり取りは聞いてたけど――――。

「―――借りないとクラブの部屋に入れないよ?」

って言うススアに対して。

「・・・」

シアナは無言で、ススアを恨めしそうに見ていて。

「行かないとまずいんでしょ?だいじょーぶ、アッキィなら貸してくれるって」

「・・・それがわかってるからいやなの~・・っ」

そのまま心底嫌そうな突っ伏したシアナを、やっぱり不思議そうにしてたススアだったけども。

周りのみんなは苦笑いげに見守ってるしかなくて。

わけのわからなさそうなのは当のススアと、瞳を瞬かせてるエルザと、シアナたちの顔をきょろ、きょろ、顔を動かして見回してるアヴェエの3人みたいで。

―――今もまだ向こうを恨めしげに見ているシアナの横顔を、アヴェエは覗き見てる。

・・・なんだろう・・?って。

キャロさんや、エナさんやビュウミーさんをちょっと見ても。

シアナさんへの、少しの苦笑いが見えてた。

アヴェは隣のエルと一緒に少しだけ、目を合わせて瞬いてたみたいだった。

気付けば、こっちを恨めしげな目で見てるシアナさんに気付いて・・・アヴェは、その目にびくりと。

息を呑んで。

・・・その目から、動けなくなってた。




「ばいばいー」

ススアさんが、友達の女の子達に笑いながら手を振ってて。

向こうにいるあの子達も、ススアさんに手を振ってた。

放課後は、まだ机に座ったままで。

少し、お喋りをしてたキャロさんやエナさんたちも笑ってて。

ビュウミーさんもシアナさんも、そのお話を聞いてて小さく、可笑しそうに笑ってた。

教室の中はまだ残ってる人たちもいるけれど。

それも、半分くらい、かな・・。

放課後は、クラブとか、たくさんあるみたいで。

ススアさんたちは、体育祭で疲れたみたい、って言ってて。

体育祭の後はちょっと、自分達から休んでたみたいだけど。

今日はクラブが休みの日、みたいだった。

隣のあの子も、みんなの話を聞いてて、瞳を瞬かせてて。

ときどき、ちょっと可笑しそうに、微笑む。

それから、ときどき、目が合って。

優しく微笑んでくれる。

「それじゃぁやっぱり、トワつんさんってほんっとーに、ヤバいの?」

「ヤバい。料理やってて、短距離選手で、しかもすっごいかっこいい、ライブ配信しても人気らしいし。ヤバすぎだって」

「踊ったり?」

「うちの学校、配信したりするの禁止じゃなかったっけ?」

「あたしらもクラブの練習のとき、ダメだからって言われてなかったっけ」

「学校の外ならいいんだよ。中がダメなんだってさ。ていうか、大会とか自主練とか配信してるって。」

「それで人気なんだ、すごいねっ」

「ふーん。フォロワーどれくらいなの?」

「7000人くらい?」

「すごい」

「それくらい普通じゃない?」

「えーすごいよー」

「すごいモテるらしいよ、学校でも。」

「でも男嫌いなんでしょ?」

「そなのっ?」

「女子好きとか。」

「えっ、ほんとっ?」

「可愛い子と校舎裏で、・・キスしてたとか・・・」

「っぷ。」

「あっはは、なにそれ、言い過ぎっ」

「王子様じゃん」

「でもわかんないよ?告白されたからとかあるかもよ?」

「どいうこと??」

「あ、良いこと思いついた。」

「ん、なになに」

「シアナ行って来てよ。」

「え?」

「お~・・?」

「なんでシアナ?」

「私が告白しろって言いたいんでしょ・・。」

「正解。」

「まじで」

「あはは・・っ」

「きっと、2人とも、見詰め合ってぎゅううって、抱き寄せられちゃうかもよ・・?」

「・・・うわー・・。」

「ぅあぁ、ぞくっとした・・。エナ、変な想像してるでしょ。」

「し、してない・・。」

「でもシアナ、ススアにもよくしてるじゃん?」

「あれは違う。あれは・・・・」

って、きっぱり言うシアナさんは、ススアさんを見て。

ススアさんが瞳を瞬かせてるのを見てて。

「・・うふふ・・・」

なんか、可笑しそうに笑った。

「え、なんで笑ったの?」

ちょっと、自分の顔を手でペタペタ触ってる、気にしてるススアさんで、シアナさんを不思議そうにしてたけど。

「けっこうそっちでもいけんじゃない。」

「・・・うわー・・。」

「エナ、変な想像してる」

「・・し、してないっ」

「あはは。あ、そんでさ・・」

・・・ふと、立ち上がった、あの子に。

みんな気付いて顔を上げてて。

あの子は、みんなを見てて。

「・・そろそろ、帰ります。」

って、一緒に、笑って、微笑んでた、けど。

「あ、そう?」

って、キャロさんも、エナさんも、みんな顔を見回して。

「んじゃ帰ろっか」

ビュウミーさんが、ちょっと、仕方無さそうな響きで、みんなに。

「ほい」

キャロさんも、いつもの軽い感じで、すぐ立ち上がってた。

だから、みんなも、私も、鞄を持って、立ち上がっていってて。

「そんで?キャロ、」

「あぁ、えっとぉ・・・。なんだっけ。」

「うぉ、忘れたんだ。」

「待って、今思い出す、えーとぉーー、」

「ねぇ、帰り『ドノコ』寄っていい?」

「いいよ。なんか買うの?シアナ」

「スティック受け取るの。」

「あー、網引っかけったんだっけ?」

「クロス、替えてもらったの。」

「それそれ。色選べるんでしょ?」

「・・ふふふ、可愛くしてみた」

「後で見せてね」

「うん」

「なんだっけ、えーとー」

「キャロ思い出さないの?」

「ちょっと待ってよ、あのーなんかーそのー、」

「トワつんのこと?」

「うん。もうちょっと・・あっ、そうそう!トワつんさん、実は、付き合ってる人がいるっぽいよ。」

「えっ、まじでっ?」

「彼氏?彼女?」

「いや、彼氏だって」

「え??」

「え、彼氏?」

「さっきまでの話はなんだったの・・・。」

「女の子好きじゃないじゃん」

「華麗なスルぅー!これ必殺技だからね。だけどね、実はその人はトワつんの従兄弟らしくってさ・・」

「スルーされた・・・」

「え、従兄弟・・」

「それって・・・。」

「え、へー・・?」

「普通じゃないの」

「放課後デートしてるって聞いたもん」

「だからそれ普通じゃない?友達でも遊びに行くし」

「・・すっごいドラマがあったらしいんだけどさ、親の反対を押し切って卒業したら、結婚するかもって・・・」

「そこまできたらうそくさーい。」

「スルーされたんだから黙ってて。」

「ぬぁーっ」

「ぜったいウソなんだから、もういいでしょ」

「華麗なスルー!」

「・・なんか、ひどい・・・」

「あ、シアナっ」

「キャロっ、シアナはけっこう、打たれ弱いんだからねっ」

「ええー」

「それ、言われるのもなんか、やなの・・」

「ぷくっ、あははは。」

「ごめーん」

「その話、ぜったいウソじゃん。」

「私も聞いただけだもーん」

教室を出ても、廊下を歩いてても、みんな楽しそうにお喋りしてて。

それは、寮に帰る人と、外に帰る人が別れるまで。

いつもの場所で。

「それじゃーね、ばいばいー」

「ばいばいー」

「またー明日ー」

手を振って、キャロさんが後ろ向きに、シアナさんとビュウミーさんにくるりと、同じ方へ。

「さようなら・・」

小さく手を振ったあの子も、その傍で。

みんなに。

それから、私を、見てた、気がした・・。

気にしたように、だけど振り向いて、行ってしまうあの子は。

シアナさんたちの傍で、それから話し始めたお喋りに、じぃっとまたすぐ、聞き入ってたみたいで。

けっこう、・・興味津々みたいで。

みんな、お家へ帰ってくのを、見てて。

「なーん。お腹空いたなぁ」

・・私は、歩き出したススアさんとエナさん、を、ちょっと、小走りで追いかけて。

「でもさ、さっきのキャロの話、ウソっぽいよね。最初の方から、」

「・・そうだねぇ。最初のから、」

って、可笑しそうにススアさんたちが喋りだすのは、またすぐに楽しく。

「ね?」

エナさんが、私に聞いてきた・・・から。

私も、ちょっと吃驚したけど、首を傾げてたけど。

「あれ?アヴェエは本当だと思う?」

って、私は、ちょっと、ふるふる頭を横に振ってた。

「だよねー」

笑ってるススアさんとエナさんの傍で。

「そいえば、キャロも前、ライブしてみるって言ってなかったっけ?」

「あー、あれね。」

「どうなったの?」

「やることなくなったって。もう飽きたんだと思う」

「あははは」

私は、一緒に、聞きながら、廊下を歩いてた――――。




****



―――・・・・・・。

・・・・・・。

・・・・・最近、楽しそうね、エルは。

・・・・・。

・・・・・・熟睡か・・。

・・・・・・でもね。

・・・ふっふっふっふふ・・。

・・・・・・。

・・・うううぅぅ~~~っ―――――!


―――瞼を・・開けたら。

・・枕がふわふわしていて。

・・・目を覚ますと、部屋の中はもう、明るくて。

・・・布団の中のエルは、少し歪めた瞳を、瞬かせていて。

・・向こう側から透き通ってくる光を、覗いていて。

・・・ベッドから、起き上がった。

・・まだ少し眠いその表情に、脚の布団を見つめたまま、小さな欠伸をして。

小さな吐息が漏れるのを聞きながら、紅い唇を閉じると、ベッドから降りる、

スリッパの上に白く、細い足を置いた。

それから、立ち上がったら、大きく、伸びをしてた。

細い肢体は、透き通ってくる白い光を浴びながら伸びて。

寝巻きの、桃色も少し透き通る。

ワンピースのスカートの裾はちょっと広がって揺れる。

・・伸びきった細い肢体が、肩を落とせば、一緒に。

細い足首も、またすぐスカートの裾に隠れる。

白い素肌の首筋から背中へ、フリルの肩口までふわりと、落ち着いて。

スリッパで歩き出す、カーペットに擦らせるように。

―――・・・クローゼットの中にエルは、顔を覗きこませてた。

制服の掛かった、ハンガーを少し、背伸びして、取り出して。

―――・・クローゼットの前で、エルは少し、瞳を瞬いて、目の前の制服を、両手で持って、見つめてた。

・・・傍のハンガー掛けに、制服を掛けて。

『――・・・・ぁ・・ゅぃ・・・ぅ・・――』

・・クローゼットを閉めかけていた、エルは。

気付いて・・。

ふと、後ろを振り向いてた。

・・・きょろきょろと、部屋の中を、探して、瞳を。

―――・・エルは、気になったみたいに、何かを。

「・・・?」

誰も、いる筈が無くて・・。

・・エルは、不思議そうに、瞳を瞬かせてた。

『――・・ぁ・・・ぃう・ぉょ・・ゎあ・・――』

・・もっと。

もっと奥で。

まるで、形が歪みながら、鳴っているような、音。

『―――リょ・・ゥウ・・・・て・・ン・・く・・のゥ・・・・―――――』

―――遠くから歪むような、・・・『声』。

・・聞きながら、もう一度、クローゼットを閉めたエルは、・・・振り向いて。

―――探して、きょろきょろ、してる・・・エルは、部屋の中を・・。

でも・・、何も、ない・・。

『―――・・し、・・・し、・・・き、・・てる・・・?』

・・遠くから、広がっても、連なって、収束しかけたような、音・・の、それは・・。

―――・・歪んで、収束して、出てくる、『声』・・・。

息を、一息、吸った・・エルは。

「・・・だ、れ?」

エルは静かに、部屋に、呟いてた。

―――だれ・・・、・・だれ?・・・だれ・・・。

―――・・・ダレ・・・、・・・だれ・・・・?―――

――――・・・だれ・・・・?

『・・・だれ・・、って、』

連なって、幾つも聞こえたような、色んな声のような。

でもそれは、さっきよりも、・・はっきりとした、『声』。

・・もっと、はっきりと、『だれか』の輪郭を、持ち始めてる。

『わかるでしょ・・?』

そう、当たり前のように・・吐息のように・・・微笑む。

―――エルなら・・・。そうでしょ・・?

意地悪そうなのは、わざとで、からかうように、可笑しそうに、我慢できなくて、笑ったように。

――――私はだれ?

―――だれ?私は・・・?

――だれ・・・?

―――――私は・・・、だれ・・?――――――

―――・・・マリー・・』

見開いていた瞳を。

『マリー』

「・・マリー・・?」

エルは、瞳を瞬かせて。

口の中に呟いた。

・・少し、首を動かして。

・・・ベッドの傍の、・・棚に座ってる、マリーを、見て。

大きな瞳を、瞬かせてた。

―――エルは、とても・・、とても驚いてて。

『・・そう、マリーよ・・。』

エルは、・・その声を聞いても。

―――・・私は、今は、そこじゃないけど。

ぼうっとした瞳を、マリーに向けていて・・・エルは。

『・・あまり、喜ばないの?・・。』

――――泣いちゃうくらい、喜ぶと思ったんだけど・・。

ちょっと瞳を大きくしたエルは。

「・・・ううん。」

エルは、だから、・・首を横に、小さく、振っていて。

「・・マリー・・・」

―――その気持ちが、溢れたみたいに。

嬉しそうに、微笑んで。

・・小さく駆ける。

『・・そう。』

―――そんなに、喜ばなくても、いいけど・・。

マリーの声は、ちょっと、照れたみたい、だったけど。

―――・・・私は、今、そこじゃないけれど。

エルは、嬉しそうに、ベッドの傍にいたマリーを。

胸に抱き寄せていて。

「マリー・・・」

そう、マリーの人形の耳元に、長い髪の毛に隠れる耳に、囁いていて・・。

「・・マリー・・?」

ちょっと不思議そうに。

―――・・何回も・・。

『・・何回も呼ばなくても聞こえてるわよ、・・・もう。』

―――・・エルは甘えんぼだから・・。

「・・うん・・・」

少しだけ微笑む。

―――ちゃんと、私が、言ってあげないと。

「・・あのね・・」

―――・・なにか言いたそうな、エルは。

『・・なぁに?』

―――ちゃんと、聞いてあげないと・・。

「・・・ありがと」

・・嬉しそうに。

・・・微笑んで。

『・・な、なに、いきなり・・。』

まるで、紅くなって、慌てたようなマリーに。

マリーを見つめるエルは、ほのかに微笑んだまま。

見つめるエルは、嬉しそうな。

嬉しそうなエルは、でも、全然気にしていないみたいで。

・・嬉しそうなエルは・・・なんで、ありがとう。

・・・優しい、細める、綺麗な瞳の、エル。

・・・エルは。

―――・・・まあいっか。

エルは、だから、瞳を優しく細めて。

綺麗な、円らな瞳で見つめてくる、マリーのお人形を微笑み、見つめてた。



「・・お母さん、」

エルの声に気付き、振り返ったメルは。

立ち尽くしたように、見つめてくるエルを見つけ。

・・微笑み、小首を傾げてみせる。

「はい?なんでしょう?」

傍に立ったまま、何かを言いたそうなエルを見つめ返していて。

それでも少し、口を開くのも、遅れるようなエルに。

メルはソファーに座っていた姿勢の良いまま、両膝を揃えたまま、エルに向き直った。

「・・マリーが、いたんだよ、」

・・・そう、静かに伝えるエルは。

・・それから、嬉しそうに、微笑んだけれど。

とても可愛い笑顔・・・だけれど。

「・・・?」

メルは少し口元を微笑ませて、・・眉を上げてみて、少し不思議そうに、嬉しそうなエルを見ていた。

エルが、こんなに嬉しそうに笑うのはほとんどないから。

それから、エルは、少し、メルの表情を不思議に思ったみたいで。

・・僅かに瞳を円くして、じっと、見るまま。

「・・マリーは、元気だよ」

そう、メルに、言いたかったみたいで・・。

・・メルの瞳は僅かに動く。

「・・マリー、・・って・・?」

エルの瞳を見つめながら。

エルは、だから、また少し、不思議そうな瞳で、少しだけ首を、傾けていた。

「マリーは、明るくて、良い子・・。」

そう、言う、エルだけれど。

・・メルは、目の前で瞬く、その瞳じゃなく。

その、遠くのものを、見つめるように、エルの、煌く瞳を見ていて。

・・・僅かにだけれど、メルの瞳が、悲しげに歪んだ。

・・エルは、その瞳をやっぱり、不思議そうに瞬いて見つめていた。

見つめていたメルは微笑み、そっと腕を伸ばして、エルを抱き寄せていて。

エルは素直に、メルの腕の中に寄り添う。

でもエルは、肩の向こうへの瞳を、瞬かせていた。

メルの温もりを感じながら。

・・胸に抱く少女を、感じながら。

メルは、その長くて、柔らかな髪に顔埋めるように、瞳を閉じて、微笑んだ。

・・・涙は、流れないけれど。

そのままそうして、微笑んでいて。

心に感じる気持ちに、少し、こらえながら。

小さなエルの温もりを、感じながら。

どこか似てる、香りに。

・・そう、遠くない、・・昔を、自然に思い出していた。

―――・・だから言わない方がいいって言ったのに。』

「・・・うぅんぅ・・?」

むず痒ったようなエルの声に気付いて。

「あ、ごめんなさい・・」

身体を離すメルは、それからエルに正面で、微笑み。

「・・学校に、行かなくちゃ、ね・・?」

そう、微笑むメルの、気持ちが詰まった微笑みに、エルは見つめる瞳を瞬かせていた。




―――声、聞こえてたんだよ・・。

『うん?』

―――私に、話しかけてた、のって・・、マリー、・・でしょう?

『・・・うん・・』

―――聞こえてたんだ、・・ずっと前から。

・・そう、嬉しそうに微笑んでて。

『・・そっか。』

―――・・うん。

エルは、微笑んだ。

嬉しそうに、満足そうに・・。

『やっぱりね。・・それより、私の事はもう、話しちゃダメだよ』

「・・なんで・・?」

・・エルは、不思議そうに、見上げて。

『ダメ。さっきみたいなことになるでしょ。』

「さっき・・。」

『・・悲しそうだったでしょ。』

エルは瞳を伏せて。

「・・・わかった。」

『ほんとにわかった?』

「うん・・。」

ちゃんと頷いたから。

『・・だれにも、』

・・だれにも・・・。

『・・しゃべっちゃ、・・・・、―――』

・・・ダメ・・。

「・・・マリー?」

・・少し、・・おかしいのに、気付いて。

「・・マリー・・・?」

心細くなって・・、呼びかけても。

・・・声が、聞こえなくて。

エルは立ち止まって、宙を見上げてた。

廊下の途中で、エルは探すように、声を聞こうとしてた。

すれ違って、避けて歩いていく子たちがいても。

でも、聞こえるのは、廊下を歩く子達の音や、お喋りの声だけ。

「マリー・・?」

もう一度呟いた、エルの声は、周りの音に掻き消える。

それでも、あの、少し甲高い、少女の声が、聞こえてこなかった。




「・・・・・・」

気付いたら。

・・・隣で、立ったまま、じっと。

こっちを見てるあの子がいて。

私は、ちょっと、驚いて、びくりとしてた。

あの子は、私を、じぃっと・・。

だ、だから・・、ちょっと、怖かった、けど・・。

「・・お、おは、・・おは、よ・・、ござい、ます・・」

なんとか、言えて。

「・・おはよう、ございます・・・。」

あの子も、私に。

・・それから、席に、着いて、座って。

・・・ちょっと、見れば、机の上を、・・鞄を、見つめてた。

・・それから、くい、っと、こっちを見て。

私は、またちょっと、びくっとしたけど。

あの子は、私を見てるだけで、何も言わないみたいだった。

私は、ちょっと、見たり、してたけど。

・・何かよく、わからなかった。

「・・・・・・」

「・・・・・・・・・」

・・・じ、じっと、見てくるけど。

・・何か、・・言わないと、いけないのか、わからなかった・・・。




『―――んー・・?』

声が聞こえた気がして。

エルは、少し、瞳を上げて、周りを。

『・・んんん・・・』

ちょっと、唸ってる、声・・。

『・・なにやってるの?』

それから、ちゃんと、不思議そうな声だった。

「・・マリー・・」

小さく口の中で呟いて。

少しだけ、瞳を瞬かせた。

『うん。』

頷いたマリーは。

『暇そーにしてるのね。』

って。

暇、じゃないけど・・。

『そう?あ、お勉強してるの?』

うん・・・。

『へー・・・、授業中ってやつかぁ・・っ』

マリー・・。

『うん?』

さっきどうして・・?

『さっき?』

・・急に、いなくなっちゃったみたい・・。

『・・・いなく・・?・・なんだろ、眠くなっちゃった、かな・・?』

眠いの・・?

『うん・・。あでも、今は大丈夫よ。』

ぅぅん・・・?

『だって、エルは、1人にしとくと心配だからねぇー。』

・・・うん。

『・・・そこは頷かない方が、いいわよ・・』

え・・?

『・・いいや。・・で、何してるの?』

えっと・・・、授業・・。

『それはわかる。何の授業?』

・・社会学。

『・・ふーん・・?でもなんか、退屈そうね。』

・・・そうでもないよ。

『そぉ?他の子、眠そうなのも多いけど。』

・・うん。

『・・あ、あの子、隣の子』

・・・うん?

『あの子がハァヴィでしょ?』

うん・・・。

『・・・なんか、ちらちらこっち見てるわよ。』

うん・・?

確かに、マリーの言うとおりで、目が合った。

そしたら、あの子は、すぐに顔を伏せてて・・。

『・・怪しい?』

うん・・?

『こっちもそうだけど。あの子も。』

・・んぅ・・?

まだちょっと、ちら、と、気にしてる。

『んー、それより、遊びに行かない?外に、お外は晴れてたでしょ?もう一回見たいな。』

お外に・・?

『うん。』

・・ダメ。

『ダメ?』

うん・・・

『・・・ふーーん・・』

・・もうちょっと良い子にしててね。

『・・む・・・。』

顔を上げて。

先生の方を見たエルは。

ちょっと、聞いてなかった声の続きを聞いて。

マリーは・・、それっきり、話しかけてこなかったけど。


授業が終わった後に、他の子たちが席から立ち上がる中でちょっと、話しかけてみても。

―――マリー・・?

・・返事は、なかったから。

・・・たぶん、授業の途中で寝ちゃったんだと思う。

・・隣のあの子が、見てるのに気付いて。

ちょっと、口元を微笑ませて。

・・話しかけてなんかない振りを、してみて。

あの子はちょっと、目を瞬かせたような。

でもまた少し、顔を紅くして、机の上を見てた。




廊下を歩いてると。

人がいっぱい歩いてて。

『おぉ?あっちは何か変な風になってない?』

えっと・・、上級生の教室のある・・。

『あ、あれは?』

あ、あれ・・?

『ほら、なんか手に持ってる、ちっちゃいの・・っ』

んぅ、えーっと・・。

『きらきらしてるじゃない、あ、頭に何か付けてる、髪飾り?あれって』

そ、そうだと思う・・。

『珍しい形してるねー、おぉ、柄悪そうな連中ハッケン』

え・・?・・そうかな・・?

『えぇ?そうでしょー?』

ん・・ぅ・・・。

『あぁやっぱ、そんなことよりお外に行きたいよぉ・・っ』

お、お外、は、ダメだって・・。

『わかってるよ、でも、すっごい明るいんだもん』

窓の外は、白い日の光がいっぱいで。

お庭も、すごい広いけど・・。

『お、変なもの持ってるのがいるよ・・っ』

・・あの子は、すごくきょろきょろしてるみたいで、忙しかった。

「・・・あれも、バッグ・・鞄だよ・・?」

――――?・・・」

さっきから。

別に、何もないのに。

廊下のあちこちを、きょろきょろしてるあの子は。

すごく・・・、おかしい気が、するけど・・・。

・・何かを、感じてるのかも。

そしたら、何かを、呟いて。

・・・独り言?

それからあの子は私に気付いて。

ちょっと、瞳を瞬かせて、固まってた。


『―――エルって隙が多いー』

・・・んぅ・・。

『あの子も泣いて、嫌われちゃうよ?』

言った後で、にやにや笑ってるようなマリーは。

・・マリーがうるさいんだよ・・・。

『私のせい・・っ?』

ちょっと、怒ったみたいだった。

・・・うん。

『・・・ほーーー。』

なんて、意味ありげな声に。

『あーーあーーあーあーーーあーあーーっっ!!』

・・・・・・っ・・。

吃驚して身を震わせて、耳を塞ぐエルで。

『あーっはっははっっふふっ!』

とても楽しそうなマリーの声に。

・・・ぅ・・。

『・・ふふっ。・・・・・あら・・・・?』

反応のあまりないエルにやっと気付いたみたいに。

『・・え、やだ、・・泣いてる・・・?』

両手で塞いだ耳も、ぎゅっと閉じた瞳も、少し、涙のようなものが、ちょっと。

・・・・・・泣いてない・・ぅ・・。

『・・・ご、ごめんなさい?エル?泣かないで?謝る・・、謝るー・・・』

・・・泣いて、ない、もん・・、・・っ。

ぷるぷると、少し震えてる、エルを。

驚いてるような、心配してるように見てるアヴェは。

とうとう、顔を覗きこむまで、してみてて・・。

苦しそうな、エルの顔にまたちょっと、吃驚したようで。

「・・ぁ、ぅ・・・ぁ・・ぅぅ・・っ」

ぐ、ぐあいわる、くて・・、ほ、ほけん・・っしつ・・っ、いいく・・っ?で、でもひっぱったりとか、よけいわるくなったり・・だ、だれかよ、よぶ・・のは・・・ぁぁ・・ちょっと、でも、・・あぁ・・ぅうう・・???

エルの傍であたふたと、おろおろとしてただけみたいで。

エルも、ずっと、そんなみたいで・・・。

・・その後、治ったみたいだけど、ちょっと、気分が悪いような、拗ねたようにも、見えるエルの横顔を。

ちら、ちら、と気にしたまま、アヴェも隣で、歩いてるけど、まだ胸が。

どきん、どきん、さっきからずっと、鳴ってるようなアヴェだった。

『もーっごめんって、言ってるでしょ・・っ』

―――・・・・・んぅ・・・。

・・・エルの頬がまた少し、膨らんだみたいだった。




****

それは、まだお昼休みの昼食を食べる前のときのことで。

「あんたねぇ・・・、いい加減にしなよ・・」

アキィが、机に座ったままのシアナを見下ろして、傍目からは完璧に睨みつけている。

「いい加減にしてるでしょ?」

薄ら笑いにおちょくるように顔を上げて、アキィを見るシアナで。

それにまたぴくっと眉を動かすアキィである。

周りでは目を瞬かせてたり、顔を引きつらせてるキャロやエナたちが注目しているけれど。

そんなこと気にもせずにアキィとシアナは、視線をぶつけたままである。

アキィの後ろの方には、よく一緒にいる友達らが傍観しているけれども。

止めようとする気はあまり無いらしい。

中で一番困ったような顔をしてくれているのは、メイノンくらいで。

リョオなんかはアキィと同じ様な表情に眉を顰めてたりする。

他の、ルコロンやら、トーコやらは。

「・・・ぉーぉー、上を決めちまぇ、上をー」

かなりやる気の無い呟き声で煽りを入れているのを、たぶんアキィも聞こえてない。

その横のナッチがぷっと、口元に手を押さえて軽く笑うくらいである。

何が可笑しいのかはナッチしかわからないだろう。

「今日こそはー・・、今日こそはぁ・・?今日こそわぁー・・?・・・?」

なぜかどうやら、音程を決めかねているトーコの小さな声も何度もメイノンたちには聞こえているけれども。

とりあえず無視である。

にらみ合っているアキィとシアナの方が重要なので。

と、アキィが小さく口を開く。

「・・そういえば、あのときの、ビデオレター、まだ届いてないわね」

そんな事を言い出すアキィに。

シアナはぴたりと動きを止めて。

「・・・・・・・」

・・・何も言い返せないらしい。

この前の、『借り』の件であるのは、すぐにわかったらしいが。

睨む目つきにまだアキィを見ているシアナは。

・・というより、何かをじっと考えてるような。

「ありがとう、ぐらい言って。」

その態度にもいい加減めんどくさくなってきたアキィだが。

「・・・・・・は?」

・・シアナは思いっきり、意味わかんないといった風な声を出してて。

「なにそれ。」

眉を上げたシアナは薄い目でアキィを見てる。

「・・・白々しいんだけど。」

「なに、そんなの知らないって・・。忘れたんじゃない?ススアが、何か、言うの。」

「え、ちゃんと言ったよー?」

と、背後から声がする。

シアナが、ぎんっ、と鋭い眼光で振り向けば。

惚けたような顔のススアが、射竦められる。

一気に緊張したらしいススアで。

「・・ちゃ、ちゃんと言ったよねぇ~?」

周りのみんなに助けを求めるようなススアに。

キャロたちはその視線をさまよわせつつ、シアナとかを気にしているみたいで。

「えー・・、・・えぇぇ・・」

何かを言いかけてるキャロも、困ったように引きつってるようである。

そんなみんなに、優しく口を開いてあげるシアナは。

「・・・黙れ・・?」

小さく、呟くように、眉を動かして。

シアナを見てたススア一同の息を一斉にごくりと鳴らす。

「・・じゃあ今すぐ作りなよ。今聞いたでしょ、私が見ててあげる。ごめんなさいって、カメラに向かって言う所・・」

自分の思いつきに少しにやりとするアキィは。

「・・は?ススアが悪いんだから、私がやるわけないでしょ。」

「・・・はぁ?なにそれ・・」

「そだ、私がススアをお仕置きしてあげましょうか。おいで、ススア・・」

そう、禍々しい微笑みで振り向くシアナに。

ススアはぶんぶんと首を横に振って拒否しているのだけれども。

「・・・・・・来いや・・」

・・少し、どす黒いものがはっきりと混じる、囁くシアナは。

ススアが、びくっとしてた。

「・・いいから、今謝れ、お前が」

いい加減、痺れを切らしたらしいアキィが・・。

「・・・あぁ?」

・・細めた目で睨みあうアキィとシアナが威嚇しあい、なにか途轍もない迫力が辺りを覆っている。

少しでも誰かが動けば今にもどっちからかが喰らいかかるには充分な・・。

「・・・おぉぉ・・、け、けんかは・・・」

そう言いかけるススアも、・・最後まで言えなくなっていき、・・しぼんでく。

その声を聞いててもキャロたちはどうなるか、2人を恐れおおのいて見ているしかできないのであり。

『・・・き、緊迫・・。』

「・・え?」

・・少し顔を上げたエルは、宙を見てて・・。

『しっ・・黙ってたほうがいいわよ・・・、怒鳴られたくないでしょ・・。』

・・・少し、考えたような、間のあと。

睨みあっているアキィとシアナの2人を見て。

・・こくこくと、素直に1人、頷いてるエルである。

と、向こうの誰かと目が合った。

「・・っぷ」

・・と、口元を隠すみたいにして、笑ってる。

「くす・・・くす」

2人の少女は。

アキィとシアナの、その緊迫したのを笑っているような・・・―――。


「―――・・笑うとこやないと思うにゃけど・・」

傍のメイノンが、ルコロンやらナッチ、2人に小さくそんなことを言ってあげてたが。

「だって、そんなことで熱くなんな、って・・ねぇ?」

「ねぇ。」

「・・まあそだけど・・・」

と、つい、そう頷きかけて向こうに目を戻せば・・。

・・はっとする前からアキィとシアナの強力な視線がこっちを見据えていたらしかった。

・・・たしかに、アキィやシアナたちにも丸聞こえの大きさの声の2人だった。

・・ルコロンにナッチはそんな視線を受けて顔を逸らしても、まだ笑っていたが。

キャロたちにしたらそんなことを言う勇気の方に驚ける。

とくにシアナがこちらを、ぎんっ、と凝視している目に。

「ぉぉ、こわ・・」

・・メイノンは仰け反りぎみに顔を逸らしといた。

・・気がつけば、ルコロンたちも流石に顔を逸らして知らない振りをしていて。

なんか、お互い気づいて、2人で適当な睨めっこで遊び始めてた。

そんな様子をアキィも気分悪そうに睨んでいるみたいだった。

「・・・っぷ。」

・・なのに、なぜか、目が合ったトーコが口元を隠す。

いちおう、思い切りシアナもアキィも見ているからか、目を逸らしつつも、ちらちらと、視線をそっちに移してるが・・・明らかに目が薄ら笑いだ。

・・そんな様子に、シアナの、眉が一層ひそまっていて。

少し唇も尖ってきたような・・。

「あぁ、いかんよ、いかん・・っ」

って、メイノンがこちらの、その諸悪っぽい3人を腕を開いて隠すようにしてぐいぐいと押して連れて行ってしまおうとしてるけど。

遊んでるのかその3人はそれぞれにょきっと首を出して、シアナたちをじっと見てる、半笑いに。

「・・お前らはもうちょっと気持ち考えてやれよ・・・」

苦労してるメイノンを手伝おうとしたのか、傍のリョオが3人にそんな事を仕方なさそうに言ってやってたけれど。

「ふーん、リョオちんにはわかんないよ、ねぇー」

「あはは」

と、笑う。

「・・・あたしが殴った方がいいか?」

リョオが。

「・・その通り。」

って、トーコが・・・なぜか、殴る人間に含まれているトーコの賛成が得られたリョオだ。

隣でメイノンは肩をすくめてる。

「・・・きゃー」

口が開いたまま、何を言うのか考えてたようなリョオと、その反応をじっと見てるようなトーコの視線の間で。

適当に怯えながらのルコロンとナッチがあっちに駆けて行ってしまう・・のは遊んでるらしい。

さっきまでメイノンが苦労してたのに、抵抗を止めてそのままあっちに。

そしたら・・少し距離を置いた後、リョオの方を見ていて。

・・・2人が、手を差し出し。

・・・・・・その指が、くいっくいっと。

「・・・・」

・・まるで挑発されたような。

微妙な表情が、更に眉が顰まるリョオである。

・・その傍で、メイノンの腕の中で、1人残ったトーコはその逃げた2人と、アキィとシアナを交互に首を動かして見てて。

少し考えたような。

「・・きゃー・・・」

・・小さな声で、かなり遅れて、とても適当にあっちのルコロンとナッチを追いかけてた。

・・・リョオも、重い溜息を吐いて。

アキィたちの方を一瞥いちべつしてから、あっちの方をめんどくさげに歩いていくのを。

メイノンもアキィたちに振り返り。

「んじゃあっちいってますヨ?二人とも、ルコロンが言ってたミたいに、ケンカハダメヨ?」

少しお姉さん風を吹かしたような、よく聞くフレーズを変なイントネーション混ぜて、茶化したのかどうか、メイノンはリョオたちをそのまま追いかけてった。

まだあっちでルコロンたちが何か笑ってるような、こっちを見たりしてるが。

「メシクエー」

「メシクオー」

じゃれてるんだろうけれども。

そんなあっちのみんなを見てるアキィやシアナとか、ススアやキャロたちとかは。

「あれ、そんな事言ったっけ・・・?」

キャロは謎を突きつけられたような顔に。

「え、なにが?」

エナは瞬いて。

「だって、ケンカダメって言ってったっけ・・?」

「言ったっけ・・?」

「・・えっとー・・」

やっと頭が動き始めたようなエナや。

「・・すっごく好意的に解釈すれば・・・聞こえる?」

ビュウミーも、唸る直前のようだった。

『そんなことで熱くなるなんて、くす・・っ』・・っていう感じのこと言ってたが・・・。

・・・そんなキャロたちを見てたアキィは、ようやく目の前のシアナを・・・、見たけれども。

あっちを怪訝そうに見ている、その細めた目にはやる気の欠片も見えなくなっていて。

「・・はぁ・・、」

溜め息を吐いたアキィも、どうやらあいつらに白けさせられた様である。

「ススア、あとで買出し手伝って。」

「ほーい」

歩き出しながら軽く言うアキィに元気に返事するススアで。

それを聞いてから、そのまま向こうの方へ行ってしまおうとしたアキィだけれども。

途中で足を止めて振り返った。

「・・あぁあと、そのお姫様、ちゃんとしつけけといて。普通の礼儀くらい」

振り返ってまで言う言葉に。

キャロたちは一斉にシアナの背中を見る。

シアナは幸いにも大声で言い返しはしないようだ・・。

アキィの行ってしまう背中に、それを見てるシアナの背中に、ススアは何も返事しないで引きつったように苦笑いしてた。

「・・・あああぁぁぁっっ・・・!!」

・・・と、突然、魂が悶えるような声がして。

びくっと振り返ればシアナが机に突っ伏して頭を両手で抑えて唸っている。

怒ってるのか、近寄りがたいその様子に、ぎくっとキャロたちは警戒するしかないのだが。

暫くそうしてると。

ぴたりと動かなくなるシアナの背中は。

「・・・笑われたぁ・・・・」

・・・悲しそうに鳴いたような・・。

・・・その背中も、ふにゃっと丸くなった気もする。

顔を見回すみんなは・・、眉を上げて不思議そうな顔で。

「・・シアナ~?」

優しく甘やかすような声で、ススアはシアナを覗き込み。

それに気付いて合った、シアナの目が、けっこう涙ぐんでいる・・・。

「・・・・・・」

・・・じっと、目が合ったまま。

ススアはちょっと意外だったのか、瞳を瞬かせていて・・。

二人は暫く見詰め合っていて・・・。

すると、がっしと、おもむろにススアの胴が掴まれて。

「おぉぅ・・っ」

強く引き寄せられてぐりぐりと、シアナの抱きしめるススアのお腹が顔にこすり付けられる。

シアナの拗ねたような、口を尖らしたような顔を、ススアのお腹に。

ぞくぞくっと身を震わせるススアだけれども。

「うぅぅうう・・・っ」

「・・・・・・・」

それを見ている一同は。

目を瞬かせているだけである。


『・・・』

しばらく、そうしてれば。

キャロやエナや、ビュウミーも、もう円くなくなった目を見合わせていて。

わざとらしいくらい首を傾げたりして、伝わるかよくわからない合図を交わし合っているくらいである。

「・・・ぅ~・・、ススア~・・・っ」

「おー・・・、シアナは良い子よ~?」

とりあえず、ススアはお腹に張り付いた大きな子供を甘やかしてみるみたいだった。

また一段とビュウミーたちの表情からやる気が失われてた。

『・・なんなのシアナって・・。』

・・と、呆れたような声がして。

「・・え?」

エルは上を見てた。

『・・・あれ大丈夫?・・あれ。』

「・・・大丈夫・・?」

・・たぶん、シアナさんのことを言ってる、と思う、けど、ススアさん、かも・・。

「・・あぁ、ほっときゃぁ元に戻るよ」

って、あっちを見たまま、疲れたように言うビュウミーは。

「・・・はぃ・・」

エルを小さく頷かせてた。

その隣で、まだ目を瞬かせてシアナを見ているアヴェは。

向こうで喋り始めたようなキャロたちの方にも目を瞬かせてた。

「ご飯どうする?ご飯、時間無くなっちゃうよ・・?」

って、聞こえてた。




「にしても、ちょっと陰険だよねーシアナはー」

「そだねー、ありがとう、くらい普通言えるでしょ?」

「・・・・・・」

そんな事を話してるルコロンとナッチを見てるアキィは目をひそめたまま。

何かを考えているみたいだけれど、さっきから何も言わない。

「ていうか、お前らシアナを余計に挑発すんな」

なんて、リョオも言ってくれるが。

「えぇ?してないよー」

「してないよ」

そうトーコが短く言って、『お前ら』の中に自ら入ってきたのは自覚があったからか。

「ああでもしないと終わんないでしょー?」

ルコロンがそんな事を言う。

「・・そのために?」

まさか、とリョオが眉を動かして、ルコロンたちを見る目を微かに変え・・・。

「うっそーーっ」

ルコロンのお茶目が爆発してる。

「・・・・・・」

とりあえず、リョオの眉が強くひそまり握る右手拳も堅そうだが。

傍のメイノンも噴き出しそうになったのを顔を背けて堪えてた。

「そんなことしないって、シアナ怒らすとちょっと面白いんだもんー」

「ルッコン、シアナ好きだもんね」

「好きじゃないよ別にー」

ナッチにそんな風に言うルコロンだけれども、ちょっと不服で照れたみたいでもある。

「とりあえず、面白かった・・。」

傍のトーコが総括してくれた。

「でしょー?」

ルコロンもナッチもそれで納得したみたいだった。

「・・あんま遊ばないでよ」

少し切実な響きが込められたアキィの声だけれども。

「遊んでないよ、ああでもしないと、ご飯にいけないでしょー、2人ともめんどくさい。」

「あ、そっちが本音・・?」

「善処します・・」

ルコロンとナッチとトーコに。

細めてたジト目を閉じて、やっぱ少し項垂れるアキィだった。

「まあ、あたしたちがあいつら仕留めるからがっくりするなって、そのときは、なぁ?」

「・・え、うん・・あえ?・・あ・・?うん・・。」

リョオにとても微妙な返事のメイノンだったのは、意味がよくわからなかったからだが。

アキィも、こいつらには話が通じてるのか、ってまた疑いたくなったのだが。

気にしてくれてはいるんだろう、たぶん。

「・・・ありがと、」

・・その気持ちにいちおう、アキィはお礼を。

「お。」

何かに気付いたらしいトーコはこっちを見ていて。

「うん・・・?」

「・・シアナに言わせたい言葉、・・出ました・・っ」

「ぉおおぉ・・っ」

ルコロンたちが、まだ話をぶり返したいらしかった。

「・・・・・・・」

・・自分で『ありがと』と言ったのを茶化されると思ってなかった・・・眉をひそめたアキィも、リョオも口を開きかけ。

「はいはいはい、早くご飯食べに行きましょーネー、今日の献立はナニカナー?」

強引にもメイノンが、アキィやリョオたちより先に言葉を挟み。

思い出したようにルコロンたちも目を輝かせてた。

「にくーっ」

「ご飯物がいいな、ご飯、お米・・っ」

「ヴぃーふしちゅー・・」

「・・見事に毎日好きなものを食べるね」

ちょっと呆れ気味のメイノンでも。

「悪いかー」

「悪かないだろーっ」

なかなか反抗期な態度である。

「まあねぇ・・」

メイノンが目を細めて、ちょい興味なさげにあしらう・・。

「・・身体には悪いかな・・?」

トーコがぼそっとうまい事を言ってくれる。

「トーコどっちの味方さっ?」

「・・・私、の味方・・」

「おぉ・・、かっけぇ」

「・・・」

「・・照れるな」

ちょっと、頬を赤らめたように、目つき悪くそっぽを向いたトーコと、ルコロンの突っ込みに。

みんなも、アキィも可笑しそうに、噴き出してた。




『そもそも、なんで2人は仲悪いの?』

「え・・?」

マリーがそんな事を言うから、エルは上を見てて。

『シアナと、アキィって子、仲悪いでしょ。』

・・・そう?

『仲悪いでしょうがっ、どう見たってあれっ!』

・・・うん・・。

『・・ほんとにわかってるのかな・・、まあ、で、どうしてなのか知りたくない?』

・・・うん?

『やっぱよくわかってないでしょ・・、それを聞いてみてよ、きっと原因があるわ、きっと。』

・・誰に?

『知ってそうな人ぉ・・・っ』

・・・うん。

と、エルはきょろきょろと、周りを見て。

テーブルの席に着いて、ご飯を食べているみんなを。

シアナは黙々と食べているし、ススアやビュウミーたちも食べながら、ちらちら、みんなを見てたりしてて。

そして、エルは聞く人を決めたようだ。

それは、その傍の、隣に。

「・・あの。」

って、声を掛ければ。

「は、・・はぃ・・・」

小さな声であの子が私を見て・・・。

『そっちかっ?』

「・・・?」

マリーの声にちょっと、顔を上げたエルだった。

『・・・・・・』

それから何も言わないマリーに。

エルはアヴェに顔を戻すと。

「・・・・・・?」

おどおどと、困ったようにしてるアヴェがエルを見てるみたいだった。

「あ・・、シアナさんって・・」

そう、エルは口を開いて。

「・・・」

少し考えるエルである。

「・・・?」

その間が気になって、アヴェはまたエルの瞳を見たみたいだったけど。

「・・アキィさん?、と仲悪いんですか・・?」

ようやく聞けた。

「・・・・・・」

アヴェは、エルの言葉を受け取り。

目の前のテーブルの上の食事のトレイを見つめつつ。

「・・・・・・」

首を傾げる。

『やっぱりなっ、っていうかまどろっこしいなあんたたちは・・っ!』

「・・・うん?」

マリーの声にエルはまた顔を上げてた。

その視線に気付いてその先を顔を上げて追うアヴェだけれども。

食堂の天井が見えるだけである。

『もっと知ってそうな人に聞きなさいっ、その子は喋るのも遅いしっ』

「物知り、・・だけど」

『そうなのっ・・?それでも転校してきたんでしょ、友達の事なんだからもっと仲良さそうな人にっ』

「・・ぁあ」

遅まきながら気付いたようなエルで。

そういえばアヴェも、転校してきたのを思い出すのだった。

また、きょろ、きょろ、探すエルは。

『エルは知りたくないの?』

と、マリーの声が聞こえて。

「・・・」

少し考えたようなエルは。

「・・仲悪い?」

『悪い。』

「・・・うーん・・。」

まだ納得していないようなエルだった。




「なんかあった気はしないんだけど、シアナがアキィを毛嫌いしてるような感じはするね」

って、ビュウミーは口元に手を当てて、エルにだけに教えてくれたけど。

その言葉にエルは瞳を瞬かせてた。

その隣では、俯き加減の顔を覗きこませて見ているアヴェも、似たような表情をしている。

「うーん・・・、なんかあったっけ・・?」

首を捻りつつ考えてくれるビュウミーは、スプーンをトレイの上に置いて。

「最初はそうでも無かった気もするけど・・・、ああいう感じになってて、慣れちゃってたなぁ、もう」

まあ、瞳を瞬かせて見てくるエルたちに。

「それくらいしかわかんないな。」

って、ちょっと悪びれたように笑ってた。

顔を前に戻しても、まだ少し、考えてるようなエルに。

「・・シアナに聞くのはまずそうだし・・・」

と、ぼそっと、ビュウミーは考えてるみたいだった。

シアナは、と言えば、斜めの向かい側の席でさっきの事を忘れたように普通に落ち着いた様子で食べている。

その隣のススアたちも同じで、食べながらキャロたちとの話に笑っていて。

『シアナに聞こうか。』

マリーの声に、エルは、シアナを見つめてた瞳を少し瞬かせる。

そんな瞳に、シアナは気付いたらしくエルを見て。

「・・・いい。」

小さく呟いた。

『え、いいの?』

「うん・・・。」

『なんで?』

「・・・」

『ねぇなんで?ねぇー。』

マリーの声に答えないエルだけれど。

自分のお弁当箱を見つめたまま。

なにかをずっと考えてるみたいだった。




****

「・・・あの、・・ごめんなさい・・。」

「うっ。」

引きつった顔の彼は。

「うああわぁぁぁぁぁああぁぁーーっ!!?」

何回目かもわからない、聞いたような、悲鳴なのか泣き声なのかを上げて、逃げて行ってしまう。

それを瞳を瞬かせて見ていたエルは。

それから、僅かに視線を下げ。

地面を見つめ、何かを考えたようにしてた。

日の光の当らないレンガの地面は少し暗いけれど。

校庭のどこかまで一緒に来て、また一人ぼっちにされて。

『どうしたの?』

「ぁ・・起きてた?」

『うん。』

こっくりと、頷いたようなマリーを見上げて。

エルに少しは元気が戻ったみたいだった。

『あいつが変な声あげて逃げる前から。』

マリーがちょっと、冷たい。

『で、どうしたの?』

でもエルへの声は、少し、優しくなる。

「・・・いいのかな。」

エルはそう呟いてた。

『・・・いいに決まってるでしょ・・。』

でもマリーは、ちょっと呆れたようで。

「・・そうかな?」

エルはやっぱり、納得いかないように、少し頼りなげな目で宙を見上げるけど。

『・・前にも言ったでしょ?ああいう奴らには、はっきり言ってあげた方がいいの・・っ。』

マリーがそう言うのを、エルは宙を見つめてたけど。

「・・・そう?」

『そ、お。』

「・・・・・・んぅ。」

強く言われると、まだちょっと、不満げなエルは難しそうに僅かに顔を歪めてた。

『じゃあ、エルは、好きでもないのに付き合っちゃうの?』

「・・・ううん。」

『でしょ?だからこれでいいの。』

当たり前のように言うマリーだけれども。

「・・友達なら・・・」

エルはそう、呟いてて。

『・・・あのね。それも。前言った。もう一度言うぞ。好きだって言ったのにお友達から始めましょうなんて言われて喜ぶ男なんていないからっ!』

「・・・ほんと?」

『いないっ、皆無っ!』

「・・・んーぅ・・。」

そう、はっきり言われても、エルはまだ頬を膨らませる。

『んじゃあね、例えば・・、どっかの、馬鹿そうな、アホそうな、誰かが・・・、ケイジがいたとするでしょ。ケイジが。』

「・・・えっと、」

・・ちょっと、考えたけど。

「・・うん。」

・・・エルはマリーに頷いて。

『そいつがね、『エルが好きさぁ、じゅで~む』なんて言ってきたとするよ。』

「・・・・・・」

少し、むず痒そうな顔をしたような気がしないでもないエルだけれど。

『でもエルが『いや』って断るでしょ』

「・・・・・・うん。」

一応、エルは頷いて。

『そのあとで、『でもお友達なら・・』、ってエルが言ったら、『うわーい、ほんとーー?』って大喜びしたら。』

少し瞳を瞬かして。

『・・考えてよ?嫌でしょ。なんか、嫌でしょ。』

訴えるようなマリーの声に。

「・・・・・・・うん。」

エルも頷いてた。

『でしょ。なんっっか、嫌でしょ。その後だって、お友達って言ったのに、近寄ってきたり手触ってきたりしたらもう絶対嫌でしょ!?』

おぞましさに震えてるようなマリーみたいな。

「・・・・・・んぅ、・・・はい・・。」

それよりも、瞳を閉じたエルは、そろそろ頭がくらくらしてきたようならしい。

『だから絶対にそんなこと言ったらダメよっ。そうなったらもっと強く言わなきゃならなくなるからねっ!』

「・・・はい。」

エルはもう、こくこくと、頷いてて。

『うん、』

やっとマリーの満足そうな声が聞こえた。

エルは瞳を瞑りながら、瞼の上を少し、ごしごしと手で擦ってて。

『・・それに、向こうだって。』

それから少し、静かになったマリーは。

『同じだと思うよ。そういうのがダメなのくらいわかってるんだから。』

・・またちょっと、優しくなった。

「・・・うん・・?」

『・・どうすればいいのか、悩んじゃうの、きっと。男の方だって、困るのよ、だから。』

「・・・そっか・・。」

『うん。』

やっと、頷いたエルに、マリーも強く頷いたみたいだった。

まだ、視線を伏せて、エルはちょっと、考えてるみたいにしてても。

『だからね。ちゃんと断ってあげた方がいいのよ。ああいうのだったら。そうね。・・まずは、お友達から始めてくれる男のほうが、エルの事を考えてくれてると思う。』

「・・・はい。」

『うん。』

マリーは、満足そうで・・・。

『・・それより、あの子が待ってるんじゃないの。』

「あ・・・。」

そう、思い出して。

エルはその場から少し駆け出す。

レンガの続く道をぐるりと、広い所に出て、強くなる日の光に瞳を細め、手を翳しながら。

軽く駆けてたエルは少し、ふと思いついたみたいだった。

「・・それじゃ、お友達からなら、良いってこと?」

そう、青い空を見上げて、不思議そうに呟いたエルだけれども。

「・・・マリー?」

・・少し待ってみても。

返事の無いマリーは・・。

「・・もう、寝ちゃった・・・?」

返事がないから。

エルは、声が聞こえないか、気にしながら。

駆けてた足を遅くして。

レンガの道の上を、歩いて。

向こうの、木々が作る道を、涼しげな木陰の方へ。

ハァヴィが待ってるはずのベンチの場所まで、耳を澄ませながら、歩いてた。



****

お喋りしながら女の子達は。

ロッカーの前でいっぱい着替えてる。

制服を脱ぎかけて、友達に向いて面白そうに話してたり。

体操服に着替えるから。

『ねぇ、エル。』

その中で、自分のロッカーの前で、ブラウスのボタンを1個ずつ外してたエルは顔を上げてた。

「うん・・?」

マリーの声を少し待てば。

『どうして胸がちっちゃいの?』

って・・・。

「・・・・・・うん?」

暫し、考えたように、一点を見つめて瞬きをしてたエルだけれども。

聞き慣れない、みたいな、小首を傾げるだけで、意味がよくわからなかったみたいだ。

『ほら、見てよ。シアナとかだって大きいでしょ』

って、エルは向こうの方の。

シアナが着替え途中の、下着姿でススアたちと話してるのを見て。

その、膨らみの、胸の大きさを見てて。

それに、背が高いし、スタイルの良いし、とか・・・。

・・ブラウスから覗く自分の胸を見てみても・・・、あんなに大きく膨らんでなんてない。

「・・・・・・」

『ちゃんと食べてるよね?エルも』

なんて、マリーが言うけれど・・。

「・・・・・・」

エルは自分の胸を見下ろしたまま、瞬いてた。

『やっぱり小食だから?エル、他の子よりも少ないでしょ。私見てたもん。』

向こうのシアナの下着姿は・・・、体操服にもう隠れるから、その隣の、ビュウミーを、見ても・・。

・・シアナほどじゃないけど、けっこう、大きい。

『ハァヴィもけっこう大きいよねぇ』

って・・・。

振り向くエルは、隣のハァヴィを。

屈んで、体操服の下のほうを履こうとしてるハァヴィの、胸の辺りのブラウスにちょっと見えるのも・・・。

「・・・・・・」

『どうしてだろうね?』

マリーの不思議そうな、首を傾げたような声が聞こえたけど。

下からハーフパンツを持ち上げた、ハァヴィの少し紅い顔が上がると。

・・エルが見てたのに気付いて、少し目を瞬かせていて。

「・・・・・・」

・・なんとなく、顔を背けるエルは。

ロッカーの前で。

手に抑えてたブラウスを隙間から覗き込みながら。

着替える為に、ボタンを全部外しても。

・・・隣のハァヴィを、気にして。

・・ブラウスを脱ぎかけた、ハァヴィは。

気付いてエルを、見たけど・・。

だから・・エルは顔を前に向けてて。

・・それでもハァヴィの視線を気にしたようにしてて。

ブラウスの裾を持ってるだけで。

・・隣のハァヴィも、なんか、意識したのか。

「・・・・・・」

手元のブラウスのボタンを、弄るようにしてて。

・・なかなかブラウスを脱がない。

「・・・・・・」

エルも、ハァヴィも。

『・・・・・・・・・うん?』

同じ様に。

お互い俯いたまま。

着替え途中なのに動かない。

・・・傍目から見ても、もじもじと、恥ずかしがってるみたいなのはわかるけど・・。

『早く着替えないの?』

「・・・・・・んぅ・・」

マリーの不思議そうな声に、エルのいじけた様な、ぐずったような声が聞こえてた、けど。

『・・・ごめん?』

マリーの、ちょっと、思いついたような、聞いてくるような声に。

「・・・んぅぅ・・」

やっぱり、いじけてるみたいだった。



****

そよぐ木の葉の陰が、白い日の光を気紛れに散らして。

煌くように、空から落ちる日の光は、木陰のベンチで見上げる制服の少女を色づかせる。

陰の中を、煌くように、栗色の髪の少女はその瞳を瞬いた。

隣に座っているもう1人の黒髪の少女は、スカートの上に落ちる色々な模様の光が揺れるのを、見つめていたけれど。

風に揺らめくその細かな光を、それから隣の少女を、時折見上げて。

その横顔に同じ様なものを見ているようだった。

見られている事に、少女が気付くと。

2人は顔を合わせ、気恥ずかしそうに微笑む少女と、瞬く瞳を少しの微笑みに変える少女が、いつも。

それから、また、2人は、1人が・・ふと、追う視線を追って、そよぐ彩色の景色を見上げる・・・。

『ひ・ま・じゃ・ない・・・???』

思いっきり、苛々してるような声が聞こえてた。

「・・・え?」

瞳を瞬かす、惚けたような声の少女、エルはそのまま宙を見上げていて。

『同じ場所にずぅっといるんだよっ??』

「・・・うん。」

その通り、と、こっくり頷くわけで。

『どっか行かなぁいーーー??』

って、とっても、うんざりしてる、みたいで。

『ほらっ、あっちの方、凄い楽しそうでしょ?』

あっち、って言うのは、グラウンドの方、かな、って。

エルは少し遠い、柵の高い開けた場所に首を向けていて。

『楽しそうな声、聞こえるでしょ、ね?あっちいこ?』

「・・・・・・」

あっちを見つめながら、少し考えてるようなエルは、それから。

隣で、エルをいつの間にか、見つめてたハァヴィを振り返って。

ハァヴィが、少し不思議そうに、目を瞬かすのを、見てて。

そうすると、ハァヴィはまた少し、目をそらして、俯き加減になるけど・・。

「あの・・・」

エルが小さく口を開けば。

「は、はい・・・」

少し、もごもごして。

「あっちの方、行きませんか?」

ハァヴィはエルを、遠慮がちに見上げて。

エルがその双眸の見る向こうの方を、指を指して。

ハァヴィはその先を見て、それから。

「は、はい。」

こくこくと、少し慌てたように頷いてた。

だから、立ち上がったエルに、付いて立ち上がるハァヴィは。

また隣同士、煌く木漏れ日の零れ落ちるレンガの、道を一緒にゆっくり、てくてく歩いてった。

流れてく木々の景色と、暖かい風を、光模様を感じながら・・・。

『もうちょっと早く話せない?』

「・・うん?」

『だってお昼休み終わっちゃうでしょ?』

ちょっと、考えたようなエルだったけど。

特に何も言わないでそのまま、静かに歩いてて。

『それにもうちょっと速く歩かない?お昼休みが、・・・。あ、走ってよ、走って?』

って。

またちょっと、宙を見上げながら考えたようなエルは。

少し、その足を、前に、ちょっと大きく、跳ねてみて。

肩を少し、上下に揺らして。

ふわりと髪の毛を浮かす。

それも、また、跳ねて、・・てってっ、と小さく駆け始めてて。

気付いて、それを見てたハァヴィは、ちょっと、慌てたように。

急いで、置いてかれないように、駆けて、エルを、追いかけて。

振り向いたエルは、ハァヴィがついて来てるのを、見たから。

またちょっと前へと、速くしたみたいだった。

跳ねる、長い栗色の髪の毛が、木漏れ日に煌く、その背中をハァヴィは、ちょっと、何処に行くのかも、わからないまま、追いかけて。

それは陰の中の、木漏れ日の景色が開けかけた場所で、あの子はふわりと、止まる。

見渡してるような・・、あの子の視線の先は、グラウンドが一面、見渡せて。

気持ちいいくらい。

『おぉ、広い』

ちょっと、嬉しそうな声を聞きながら、エルは周りを、きょろきょろと。

ちょっとだけ、胸を上下させて、暑くなった身体を感じながら。

歩き出してて。

芝生のグラウンドでは制服の子たちがいて、ボール遊びをしてたり、走り回ってたり、座っておしゃべりしてたり。

『座る所探してるの?』

マリーの声が。

「うん・・・。」

『座っちゃえば?地べたに、草の上だし。』

って、マリーが言うから。

エルは足元を見て。

・・顔を上げて、隣のあの子を見れば、こっちを見てて。

だから、エルは、足を止めて、そのまま、後ろのスカートを抑えながら、芝生の地べたに腰を下ろした。

両足を伸ばして、まだ少し木陰の残るそこは、お尻がちょっと温かい。

隣のあの子の、足元に気付いて。

エルが見上げると、ハァヴィはそんなエルを見てて、ちょっと目を瞬かしてた。

そうしてたら、ふと、顔を上げたハァヴィは。

しずしずと、スカートを抑えて、そこに座り込み。

・・ちょっと、座った所を、周りを気にしてるみたいに。

でも、それもすぐ慣れて。

周りを、きょろっとしてて。

グラウンドの景色を、遠くを見てる横顔も、それからちょっとこっちを気にしてるみたいに。

エルは少し、口元を微笑ませたみたいにして、それから向こうの、太陽の光の下の広いグラウンドの方に瞳を向けた。

遠くて広い元気なそこでは、ボールを使って遊んでたり、色々な遊びをやってて。

『あれ遊んでるのよね?見たことある気がするー!』

嬉しそうなマリーの声を聞いてて。

またちょっと、エルは、優しく微笑んだみたいだった。

『・・あのボールを転がしてあっちに・・シュートするの・・・!』

―――きーんこーん・・・って。

鐘の音が聞こえて。

『あ・・・』

「・・ぁ。」

小さく言ったエルは。

隣のハァヴィと目が合って。

その瞬きしてるようなお互いの目に。

二人とも、どちらともなく、可笑しそうに、微笑んで。

可笑しそうに笑ってた。




・・・最近、あの子は、ちょっと、変。

・・『変』、って言ったら、良くない感じだけど・・・。

上を見上げてたり、遠くを見てたり・・、1人で何か呟いてる時もある。

何かを見て、誰かと話してるみたいに。

でも、探しても、誰もいなくて。

・・だからちょっと・・・、怖い気もする・・。

あの子は、お化け・・・、見えたり、するとか・・?

・・・今度、聞いてみようかな・・・?

・・でも。

・・あの子は、そういうとき、ちょっと、楽しそう。

ときどき、1人で、微笑んでるときも、ある。

そんなときは、・・私を見つけたら、私にも、優しく微笑んで。

だから、私も・・・、嬉しくなって。

・・あの子がぼおっとしてるようなときも、見てて。

あの子が、ちょっと、微笑んだなら。

私も・・、少し、嬉しくなった。

・・・明日は、そういえば、小テストがあったっけ。

また、ススアさんが聞いてきたら、ちゃんと、教えてあげないと・・・、説明、してあげて・・・。

シアナさんはちょっと、意地悪・・するときあるから。

・・私に聞いてきたら・・・。

―――・・・薄明かりの中で、重くなってきた瞼を・・閉じるアヴェは。

ベッドの上で・・・。

・・また少しの時が経つと。

静かな寝息を立てて、眠っていた・・・。




****

『・・ねぇねぇ、寮ってさ。どんなところ?』

「・・・?」

マリーに顔を上げるエルだけども。

『ススアとか、寮から通っている友達もいるでしょ。寮生って言うんでしょ?』

「・・ハァヴィも・・・。」

『そうだよねー。学校の端っこにあるんでしょ?見たことないよね。』

「うん。」

『どんな所かな?学生がいっぱいいるんでしょ?ずっと騒がしくて大変じゃないの?友達とずっと遊んでられる?』

見上げてるエルは、小首をかしげ・・・。

『行ってみたくない?行けないのかな~?』

「・・・・・・」

エルは、プリズムが混じる、青い空の向こうを見上げてて。

校庭から見る、大きな校舎の向こうも・・。

・・それから、隣のハァヴィを見て。

・・・隣のハァヴィはそれに気付くと、顔を紅くしたまま俯いてた。



「あの。」

エルの声に。

気付いて。

廊下を歩いてた、アヴェは、どきっとしたまま、振り返って。

あの子が、こっちを見てるのを見て、またちょっと、唇を結んだ。

そんなアヴェに、エルは瞳をちょっと瞬きさせて。

「・・・・・・」

・・またちょっと、考えてるみたいだった。

・・・アヴェは、その瞳を見ていても。

その緊張した目をまた少しずつ下げていき・・・。

「寮のお部屋、」

歩いてる、あの子の声にまた、瞳を見ても。

「・・お邪魔していいですか?」

と、あの子が言ったのを。

アヴェは、少し、目を瞬かせたように。

あの子の表情を見てたけれど。

表情は・・じっと、アヴェを見てるだけで。

瞳に、アヴェが瞬いているのが、映っているのが、見えたかもしれない。

「・・え・・・。」

ようやく声を出すのを思い出したように、アヴェは。

ちょっとその眉を、顰めたように、ぴくっと。

『ハァヴィの、お部屋に、お邪魔を・・、遊びのがいいか。』

「・・ハァヴィの、お部屋に、お邪魔を・・、遊びを・・?」

と、エルがまた少し宙を見上げて、何か聞いてるような。

『こっち見ないっ』

それからすぐアヴェに瞳を戻すエルで。

アヴェは、びくっとしたような。

「・・・・・・」

・・じぃっと、見てくるエルに。

・・・おどおど、と、アヴェは、その目をまた下に逸らしていって。

「・・・・・・」

「・・・・・・・・・」

・・・・・・。

「・・・ハァヴィ?」

ちょっと、エルの歩みにも遅れ始めるアヴェは、俯いたままだけれども。

「・・・・・・」

その顔を、ちょっと、背筋を折って覗き込むエルに。

アヴェは紅い顔のまま、顰めた眉に、目も瞑りかけの・・・、ぷすぷすと。

頭から煙が出そうな、すごく悩んでるような。

「・・ハァヴィ?」

って、エルが呼べば。

はっと気付いたアヴェは、その目の前の顔に驚いたようにびくりと仰け反ってた。

立ち止まってしまったアヴェを振り向きながらエルも、止まるわけで。

その瞳はまだ全然、不思議そうだ。

紅い顔のアヴェは。

「ぁ・・ぁ・・、」

何かを、言いたそうにしてたけども。

「・・ぅ・・。」

最後には首を横に、せめてエルを見ながら、ふるふると振ってた。

それにエルは少し瞳を瞬かせ。

「・・ダメ、ですか?」

それを聞いて、アヴェは、俯いたように、頷いたみたいにしてた。

「・・・・・・」

「・・・」

「・・・行きましょう?」

エルの声に、顔を上げるアヴェは。

エルがこっちを見てたから、少し顔を俯かせて、すぐにエルの傍に来て。

そんなアヴェの紅い俯いた顔を見ていたエルは、それからゆっくりと歩き出す。

それに合わせて隣のアヴェも、やっぱり一緒に歩を出し、そのままついてきてた。

「・・・」

「・・・・・」

でも、ちょっと、なんか・・違う、感じの・・・なんか・・。





「・・お母さん、」

いつの間にか、傍に来ていたエルに。

「・・はい・・?」

気が付いて振り向いたメルは、それからエルの瞳を見つめる。

じっと見上げてくるエルは、それだけで、何か用があるときで。

テレビの、大きな画面を見ていた、ソファに座っていた腰を少し浮かしメルは、エルに向き直る。

エルの声に・・耳を傾けて、少し。

「・・・」

じぃっと、見てくるエルを、少し待てば、それから。

「・・寮、ってどんなところ、ですか・・・?」

「りょお?」

少し眉を上げるメルは瞬いて。

それからちょっと、目を上に、もう一回考えてみる。

「・・・」

それをじっと見てるエルだけれども。

「・・・『寮』?」

思い至ったらしいメルは、エルに少し顰めた眉を見せてた。

それに、こっくりと頷くエルで。

「え、寮、ですか・・・?・・学園、の?」

エルは、だから、こくこくと、頷いてて。

「え、え、きょ、興味があるの?」

もう一度同じく、こくこくと。

「えぇ・・・」

ちょっと、驚いたようなメルだけれども。

「・・・?」

それはちょっと、嫌そうなこと、みたいで。

エルは少し、瞬かす瞳に、小首をかしげてて。

「え、あの、・・えぇ?寮に、入りたいの・・・?」

「・・・・・・」

ふるふると、首を横に。

「・・あ、・・あぁっ、・・・そうなの・・?そう・・・・・」

とっても、ほっとしたメルみたいだった。

『飛躍しすぎてるわよ・・』

そんなマリーのぼそっと声に、エルも、ちょっと、こく、・・こく、と。

「お友達がいるから、とか・・・、あ、それで、でも、・・寮の何を聞きたいの?」

「・・・・・・?」

エルは、なぜか首を傾げ返す。

メルの質問が、戻ってきたみたいだ。

「・・・えっと・・、寮の、何を・・?」

メルも、首を傾げるしかなく。

『雰囲気とかだよね』

「・・ふんいき、とか・・?」

「・・学園の、寮の、雰囲気、ですね」

メルもやっと頷いてくれた。

「・・・」

って、じっとエルを見てくるメルに。

エルは瞳を瞬かせ。

「・・寮に入りたいわけじゃ、ないのよね・・?」

「・・はい。」

こっくりと頷いてた。

「あぁ、そっか・・・」

2度目も、ほっとしたみたいで。

『・・そんなことより、寮はどんななの・・』

「・・・・・」

「・・あ、・・寮ですね、えっと。・・綺麗な建物、っていう印象、ですね。」

『綺麗?』

「中世の内装のようなイメージをしているって、パンフレットで読みましたけれど、実際に見たことはありません・・。そう、ね・・・、パンフレットにもう少し詳しく書いてるかも。あのときは必要ないと思ったから、読みませんでしたから・・・・」

・・と、思い返してたようなメルの目が、またエルで、ぴたりと止まって。

「・・・」

「・・・・・・」

瞬きを返すエルで。

「・・・・・・ほんとうに、・・少しだけ興味があるだけで、入りたいわけじゃ、ないんですよね・・?」

「・・・・・・」

ちょっと、考えたようなエルは。

「・・・はい。」

こっくりと頷いてた。

「・・そう・・・。」

・・・それを見ても、メルは、3回目の今回はなぜか、あまりほっとしなかったみたいだった。





『なんでハァヴィはダメなんだろーねーー?』

さっきから、ちょっと怒ってるようなマリーで。

『遊びに行くなんて普通だよねぇっ?』

急に、だけど、段々と、昼間の事を思い出してきたみたいだ。

でもエルは。

・・・・・・。

さっきからあまり何も言わない。

『うーん・・、そだ、ススアにも頼んでみようか?』

・・・・。

エルは首を横に、ふるふると。

『嫌なの?』

もう一回、ふるふると。

『ぅん・・?じゃあなんで?』

・・・・・・。

・・小首を傾げてた。

『・・・・・・まいいや。』

納得いかなさそうにマリーは諦めたみたいだった。

『ハァヴィだったらもうちょっと強く押したら頷きそうだけどねぇ・・・、泣くかもしれないけど』

・・・・・・。

『じょーだん。』

いちおう、エルに言っとくマリーで。

『あれ、でも、ハァヴィってルームメイトいないよね?』

・・・うん・・?

『ススアにはアキィがいるし・・・、エナにはメ・・、イ?って子がいるみたいだけど。ハァヴィは、いないよね?聞いた事ないもん。やっぱ1人?』

・・・うん・・。

『1人で部屋にいるのかぁ。』

・・・1人で・・。

『1人で何してるのかないつも。・・・寝るときとか寂しくないのかな?お人形はいっぱい?』

・・・・・・

宙を見つめて考えていたようなエルは。

ソファの、・・隣のお母さんが、髪の毛を触ってきて。

流すように、それから、頭を撫でてくれて。

・・それから、手元のノートを見て。

またちょっと、ページを、捲ってみてた。

施設の紹介が書かれた、ページはまだ、読めるところがたくさんあるみたいだった。




****

「さようなら・・」

「・・さようなら・・・っ・・」

あの子との別れ際。

手を振って、私は歩いてく。

・・・でも、途中で止まって、振り返ると。

あの子は、いつもの、角を、歩いてくところで。

その姿もすぐに見えなくなって。

「・・・・・・」

それを見つめていた。

それから、少し、上を見上げて。

「・・・うん。」

小さく、頷くと。

足を、前に。

出して。

小走りに、駆けて。

あの子の後を追ってた。

いつもの廊下の途中。

角を曲がると、廊下の中に、あの子がいて。

追いかけた。




「あの・・、」

声が聞こえて・・知ってる声で・・・。

アヴェは、ぴたりと。

停まって・・。

それから、恐る恐るといった風に、振り返って。

エルが、いて。

「・・・ぅ・・」

エルの顔を見て、呻いたみたいだった。

『失礼だよね・・?』

「・・・・・・」

小さく、こくっと、頷くエルだけれども。

アヴェは・・、驚いたままエルを見てた目を伏せていき・・。

「・・・・」

「・・ちょっとだけ、案内、してくれませんか?」

ぴくりと、アヴェは、動きを止めて。

「寮を」

ぴくっと・・・。

・・それからエルを、見て。

「・・・ぇ、りょ、りょう、・・を・・?」

「はい。」

こっくり頷くエルに。

やっぱり、まだ驚いたようにしてるアヴェで。

・・じっと、その瞳で見てるエルに。

・・・それから、伏せてた目の、俯いてたアヴェの。

少しだけ、頷いたみたいだった、アヴェは。

「・・ありがとう、ございます・・・」

そう、囁いたような、エルの声は。

「い、いえ・・・」

やっぱり、エルは、嬉しそうだった。




先を少し歩くと、廊下の雰囲気が変わり始める。

エルが初めて渡る廊下は、物の陰が色濃くなったように。

白い壁の中の、カーテンにかかる灯りも。

床のカーペット、模様や細工の形も。

そこはまるで違う建物に足を踏み入れたような、いつの間にか不思議な雰囲気を歩いてる。

エルは初めての場所で、周りを見回していて。

アヴェは隣で、そんなエルを少しちょっと、様子を見たり、辺りを見るのは迷子にならないように。

廊下の途中の天井には大きい1つのランプが、橙色を灯していて。

辺りの陰を落としてるような。

『・・なんだか、昔のお家みたい。』

・・昔・・、前に、住んでた、お家。

マリーの言ったことは、エルにも、すぐわかった。

特徴のある細かな意匠や扉とか、廊下の脇の、台や置物に彩られていて。

絵とかも、ガラスで守られてるけど、あの感じの雰囲気、とても、似てる、気がする・・・。

・・・そういえば、こんな。

灯りの中で、棚の上の置物達が陰を作って、見守られてたように。

・・たくさん・・・。

・・・・たくさんの・・・?・・・。

・・・たくさんの・・・・。

―――・・ハァヴィが進むのについて、幾つかの角を通り過ぎると、また少し雰囲気が変わってる。

長い廊下の先は白くて、窓の外からのか、日の光が照らすような廊下があって、まだ続く廊下の景色が軽くなったみたいだった。

制服姿の子たちが何人か擦れ違うように歩いているのも遠くから見えていて。

窓の無い、日の光のような色の廊下。

少し広くなったような先に、上へ行く階段やいくつかのお店が並んで。

外への透明なドア、細かな所の意匠は変わらなくて。

でも、私服の子たちも、学生の子たちも、大人の人も、歩いているのがなんとなく自然みたいだった。

『ほぉおー・・・』

きょろきょろと、してるみたいなマリーの声も、一緒の気持ちみたい。

「・・ぁ、ぁの・・」

・・って、隣のハァヴィが。

いつの間にか立ち止まってて。

「・・どこへ・・?」

って。

「・・・・・・・」

・・・瞳を瞬くエルは、じっとハァヴィを見てたけれども。

・・ハァヴィはやっぱり、少しずつ目をそらしてて・・・。

「・・・お散歩を・・」

・・って、囁くようなエルに。

・・・だから、少し慌てたように、ハァヴィはこくこくと頷いてた。




アヴェは特に何も話さないけれど。

周りをきょろきょろとしながら歩くエルは、それだけでも充分みたいで。

長い廊下の1つ1つの部屋は誰の何の部屋かはわからないけれど、その雰囲気を充分に感じてるみたいだった。

曲がり角を曲がって、アヴェについてくエルは、ときどき擦れ違う制服姿の子たちをその瞳に追って・・・、通路の途中に現れた、大きな入り口を覗くエルは。

「・・ここ、が・・しょく、どう。です・・」

覗くエルの傍でアヴェが、小さな声で囁いてた。

「食堂・・・」

エルがそう呟くのを、アヴェはほっとしたみたいに頷いて。

『学校のと似てるねここは。』

「うん・・・」

・・って、アヴェは頷いたエルに、ちょっと振り向いてた。

とても高い天井が広いホールに覆われて、空からの白い光が真鍮細工の形を天井に余すことなく見せている。

明るい広場のそこで、いくつかのお店が入る食堂の中はまだ、人が少なくて、給仕の人が歩いてたりするだけみたいだった。

蔦のような、植物なような影の先・・天井の縁の先に1つ、目を止めれば、背筋を伸ばした鳥が遠くを見つめているみたいだった。

探せば、いくつかの動物の像があるのかもしれない。

そこの手すりにも、可愛らしい小さなネズミが2匹、リンゴを抱えて周りを気にしてる。

テーブル席でご飯を食べてる子たちも少しいる。

ピザとかポテト、ジュースとか、間食のようで、お腹がちょっと減ってたみたいだ。

『なんでも食べれるんだろうね?』

「・・・」

・・って、アヴェは首を傾げたエルに、ちょっと振り向いてた。

気が付いたようなエルと・・、目が合ったら。

『つぎ、ほかのとこ行こう!』

「・・他の所も、」

「は、はい・・」

エルの言いたいことがわかるアヴェは、こくこく頷いてた。

歩き出すアヴェに、ついてくエルはまたちょっと食堂の入り口からホールを覗き込むような。

ちょっと覗き込むような。

たくさんの子たちが、食事してたら、どうなるのかな・・・とか。

『あれ空じゃないよね?』

遠くの天井とか壁の・・灯りのような、・・・本物の窓じゃないような、とか。

・・アヴェとちょっと離れたのに気が付いて、エルはちょっと、小走りで追いかけてた。



廊下を歩いていて、傍に目を向ければ、食堂の近くの廊下はちょっと違ってて。

壁に大きなガラス張りの窓があって、少し傾きかけた日のあるビルの群れの景色が遠くの外に見えてた。

エルはそれを見つめながら、アヴェの傍を歩いていて。

『おぉ?これすごい』

「うん・・・」

マリーの声に、頷いて。

「ぁ、ぁの・・・、」

アヴェが何かを言いかけてるのに気がついて。

「これ・・、ちゃんと、遮光・・・、されて・・・」

「・・遮光?」

「う、ん・・夜に、なると、壁になる・・」

「・・かべ・・・?」

『なんか、すっごいみたいねぇ・・っでもちょっと勿体無いっ。』

「うん・・・?」

『夜景が見れないじゃない・・っ?』

「夜景・・?」

「みれる、けど・・、外に、明かりが、ないから・・・」

「・・そっか。」

『え?ないから・・?』

「・・外が、見えない」

「うん・・・」

『へぇー、そっかぁ・・』

少し、大きな窓の傍で、外に瞳を向けてたエルは。

一緒のアヴェは、ちょっと、ちらっと、何回か、エルの横顔を覗き見て・・・光が瞳に、煌めきを・・・留めて・・。

エルが、ふと離れて、向こうの先を見て・・行くのを。

アヴェも一緒に、追いかけて。


****


「・・お風呂・・・」

「お風呂・・・?」

と、エルがドアの方に歩いていって、手を掛けて、開けようと・・。

「あ、あの・・・」

気がついたみたいに振り向くエルは不思議そうに。

「も、もう、入れる、時間、・・だから、人、いるかも、しれないから・・・」

「・・ダメ?」

って、聞くエルに。

こくこくと、慌てて頷くアヴェで。

それを見つめてたエルは。

ちょっと残念そうに離れて、戻ってきた。

『覗いちゃえば良かったのに・・・。』

って、言うマリーに、エルは何も言わなかったけど・・。


****


それから、階段を上ると、長い廊下の先に幾つものドアが並んでいて。

その廊下には、制服を着た子の他にも私服の子達がけっこう歩いてて。

友達と立って喋ってたり、開けっ放しの部屋に入ったりしてて。

「りょ、りょうの、人たちの、お部屋・・・」

通りかかる部屋の、開けっ放しのドアの中を、ちょっと覗いたりするエルは。

中ではけっこうな人数の男の子たちが集まって騒いでるみたいで。

『うわ、散らかってる・・・。』

「う、うえが、女の子の部屋・・・」

そう、アヴェが言うのを、納得したみたいにエルは振り返って頷いてた。

通りかかる女の子は少しこの階にもいるけど、部屋は上らしい。

廊下の途中にあった角の階段を上ったら、廊下は女の子たちばかりになってて。

お喋りしてたり歩いてる子たちもいるけど。

ちょっと違う雰囲気に、きょろきょろとエルは。

「・・うえ、は、またちょっと、ちがうけど・・」

って、言うアヴェだけど。

振り向いたエルに、アヴェは何も言わなくて。

・・廊下を歩いてた先の、また階段のある壁に、窓が1つ。

そこを覗くと、外の、庭のような景色が見下ろせて。

緑色の続く車道の奥には、大きな、頑丈そうな柵と扉が見えた。

「・・・・・」

ふと、隣を見れば。

考えてるようなアヴェは、ちょっと、顔を紅くし始めてて。

けっこう悩んでるみたいで。

『ねぇねぇ』

「うん・・?」

『ハァヴィのお部屋』

「・・・」

『ね、聞いちゃって、うん、って言うかもよ・・?』

・・・・エルは。

「・・ハァヴィ、」

「は、はい・・」

振り返るアヴェは、ぴくっと。

「・・ハァヴィのお部屋は・・?」

「え・・・」

「・・・・」

「・・・・・・」

固まってたけど・・・。

「・・・ダメ・・?」

エルが聞いても。

俯いたままのアヴェはちょっと、苦しそうで。

『もっと・・・!』

「・・・わかりました。」

ちょっと、残念そうだったエルだけれども。

『もっと粘ってよぉ・・・』

「・・ダメ。」

「ぇ・・?」

と、一瞬伏せたような、エルはアヴェを見ていなかったけど。

エルの瞳は、アヴェを見上げて。

「・・今日は、もう帰ります。」

そう、微笑んでた。

アヴェは、だから、なんとなく、ほっとして・・。

「・・・・」

「・・・・・・」

・・それでも、動かないエルは。

「・・・?」

「・・・・・・?」

・・アヴェがちょっと、不思議に思って・・、・・おどおどし始めた頃に。

エルが。

「・・・道が、」

って・・・。

「わかりません・・・。」

静かに。

「ぁ、は、はい・・」

それを聞いて、慌てたようにこっくこっくと頷くアヴェは。

もう一度、学校の方に。

「・・・ありがとうございます・・。」

ちょっと、しゅんとしたような、エルの声を聞きながら。

足を向けるアヴェと、静かについてくるエルと。

またちょっと緊張して、隣並んで、女の子達がお喋りしてる廊下を歩いて、戻って行った。

『面白いねー、寮って、いろんなのあるよ、あと、お友達いっぱいいるし、みんな楽しそうだし、何のお喋りしてるのかなー』

「うん・・・」

『ぁ、私っ、良いこと思いついちゃった・・・っ・・、ぁ、・・ハァヴィに、ありがとうって言っといて・・・眠い・・―――』

「・・マリー・・・?」

「・・ぁ、はい?」

って、アヴェがエルを見て、少し目を、瞬かせていて。

振り返って、アヴェを見つめるエルは。

「・・・ありがとう、って、・・・言って・・」

「・・は、はい・・?・・・」

・・それから、何も言わないで、見つめてるエルに。

「ぁ、・・・・・はい・・」

アヴェは少し、不思議そうにだけど、頷いてた。




****

「お母さん・・?」

・・呼ばれたメルは気付いて、振り返り。

じっと見上げてくるエルに微笑みながら少し眉を上げた。

夕食の支度を始めようとしたキッチンに来るエルも珍しいけれど。

何かを言いたそうなエルが見上げてくるのが、見つめてくるのがとても、嬉しい気持ちがあるのも本当で。

「なぁに?」

エプロンを付けたまま屈む、優しく微笑むメルの、黒い瞳が細まる。

少し、考えていたようなエルは、その瞳をじっと見つめたまま、紅い唇の先を・・・ようやく、動かした。

「・・寮に、入りたい、・・です。」

寮に・・・。

・・・・・・。

「・・・・・・・」

メルの微笑みは、エルへと向けられているけれど。

・・・微動だにせず、固まっている。

メルの細めた瞳が何度も瞬いていて。

固まってる。

「・・え・・・。」

不穏なものを・・、わかりかねた声が。

聞きなれない音が、メルの唇の隙間から漏れてた。

「・・りょう・・・」

・・・とだけ、エルが呟くのを。

「・・・・・・」

なかなか、先を言わないエルに。

「・・・・・・行きたい・・?」

メルは、ちょっと、言ってみるけれど・・。

「はい・・・。」

エルはこっくりと頷いて。

「・・・・・・・」

メルの、微笑んだままの顔が少し傾けられると。

「・・・?」

エルの首も、合わせたみたいに小さく傾けられた。

少しだけ、微笑んでみてるような。

「・・そうねぇ、」

メルは微笑みの顔を上げて。

「今度のお休みに見学を申し込んでみましょうか・・?」

と、思いついたようなメルに、エルは見上げたまま、ふるふると首を横に。

「あら・・?寮を見たいんじゃないの?」

「もう、見ました・・」

「・・・えっと・・、あのね、」

ちょっと、おでこに指を当てたようなメルは、考えを振り絞っているみたいに。

「エルは、寮を・・・、見たいのよね?」

「・・見ました。」

「・・それじゃぁ・・、・・えっと、・・・何を、・・したいの?」

「・・・寮に、住みたい・・」

「そう・・・、住みたい・・・。」

微笑むメルに。

エルは少し不思議そうに、口元をむにっと、微笑んだみたいに。

「・・・ええぇぇえええぇっ・・!?」

思いっきり険しい形相に瞬間に変わったメルの勢いに、エルは大きくびくりと身体を震わせてた。

「えぇっ?ちょ、っと待ってね、ちょっと待って・・・、・・・えぇっ?行きたい?どうして?なぜ?急に?・・そんな事言ってなかったですよね?どうして・・?」

跪いてエルの手をぎゅっと握るメルは懇願しているようなのかもしれないけど。

「急にそんなこと言われてもっ、あぁっ、どう・・っどうしましょ・・・っ・・、え、どうして行きたいの?」

メルの豹変っぷりに瞳を瞬かせていたエルは、そのじっと強い眼差しで覗き込んでくるメルの瞳にも変わらず。

「・・・どうして・・。」

って、静かに呟いてて・・。

「・・・・・・理由は、ない・・?なんでもいいから、嫌な事あったとか?なんとなくで・・なわけないですよねっ?お部屋の居心地が悪かったとか、あ、お、お友達?お友達がいるからとか・・?」

そう、聞くメルの瞳に、エルは少しだけ瞳を、大きくして・・・。

「ハァヴィが、いるから・・・」

その声を聞いたメルは。

「・・・そう・・。」

気持ちが、1つでも、わかったように。

顔を伏せて。

胸の前の、エルを握った両手を見つめたまま、何かを考えているように。

・・・ふと、顔を覗きこませて、少し不思議そうに、エルがメルを見てるのを。

気付いたメルは、それから。

僅かに、少し力がなくなったけど、微笑んで見せて。

・・・エルは、だから、メルに少し、微笑んだみたいだった。




―――ある日、ココさんに呼ばれて・・。

部屋にいた私に、『ついてきてね』って。

だから、私は、ココさんに付いて、部屋の鍵を閉めて、一緒に廊下を歩いてた。

「ちょっとお話したいことがあるの。大丈夫、」

・・・微笑むココさんは前を見つめて、少し何かを考えてるみたいにしてて。

だから、私は、ちょっと足元を見て、俯いてた。

でもココさんは、あまり、歩いて来たことない方に歩いて行ってる。

廊下の道は、長くて、あまり通ったことないそこは、人も少なくて。

ちょっと、静かで、誰もいなくなりそうな感じに、どきどきしてる。

・・それでも、ココさんは私を見てて・・。

微笑んだ。


廊下の、途中の、大き目の、扉の前。

ココさんは立ち止まって。

私も、ココさんの傍で、ココさんを見上げて。

ココさんは扉の前で、少し息を吸ったみたいに。

それから、私を見て。

目を、細めたような、結んだ唇を、少し、薄くしたような・・。

だから、私は、またちょっと、扉の、足元を見てた。

・・ココさんが、手を持ち上げて。

扉を、ノックした。

返事は、無くても。

ココさんはドアノブを持って。

扉を、開いた―――。

ココさんが・・、中に入るから、・・・私は、ココさんの後ろを・・、見上げてたけど。

ココさんは、部屋の中で、私に振り向いて。

「いらっしゃい」

そう、ちょっとだけ、微笑んだ。

私は、だから、部屋に、入って・・。

・・赤い、オレンジ色のようなカーペット。

広い、部屋は誰かの声が、聞こえる。

ココさんじゃない、誰かの。

「さ、こっち」

ココさんがそう言って、前に歩き出したのを。

私は、ちょっと、どきどきしながら、追って。

・・誰かの声も、ちゃんと、聞こえてくる。

「・・えぇ、そうです。構いません・・」

女の人の声。

「・・ですか。では、あとは彼女の意思に―――」

男の人の声が。

ココさんが立ち止まって。

「アヴェエ = ハァヴィ = ユリゼントさんをお連れしました。」

「ありがとう、やぁ、ユリゼント嬢。」

・・呼ばれた、けど・・・私は、顔を、ちょっとずつ、少し、あげて・・。

・・・顎鬚の、おじさんが、私を見て、微笑んでた。

私は、だから、また、俯いてて・・。

・・どきどき、ずっと、してて。

「・・あぁ、実は、今日は君に話があって、ご足労頂いたよ。」

・・・話・・?

「こちらの方々はよくご存知だと聞いたが・・」

・・ごぞんじ・・・?

・・私は、顔を、少しずつ、上げてく。

「君のお友達だね?」

さっき、聞こえた、女の人の声の、した方を・・。

カーペットの上に立っている、女の人、すらりとした、細い背の高い、美人な・・・エルの、お母さんがいて・・。

「君の部屋は元々、複数人が共用する部屋なのでね、」

エルのお母さんの隣に・・、あの子が、いて・・・。

あの子は、私を、見てて。

「そろそろ新しいルームメイトを・・、迎え入れるのはどうだい?」

・・少しだけ、微笑んだみたい・・・。

「こちら、その新しいルームメートを希望している、君も知っているだろう?」

「こんにちは、ハァヴィさん。」

・・メルさんが、私に、微笑んでた。

・・・え、る、るーむめいと・・。

る、るるーむめいと、って・・・だ、だって、そ、それは・・・、え・・?・・い、一緒に・・・?

「・・こんにちは・・・。」

で、でも、だ、だって・・・ずっと一緒に・・・・、ぜ、ぜったい・・・ぜったい・・。

「・・・あぁ、それで。こちらの方々は、是非にということなので、あとは君の承諾があれば、」

だって・・・、むり・・・・。

「君が、はい、と言ってくれればそれも適うんだ。だから、聞くよ?彼女を部屋に迎えてあげてくれないかい?」

・・って・・。

・・・わ、私は・・、横に、首を、振ってて・・・。

「・・・ダメ、かい?」

・・少し、悲しそうな声が聞こえてて。

「あら・・?」

メルさんは・・、不思議みたいで。

「・・ダメ、なの?アヴ・・?」

隣の、ココさんも・・。

「・・・・・・・」

みんな、静かで・・。

「・・ハァヴィ・・、」

囁く、声。

「ハァヴィ・・・?」

あの子の声は、私を呼んで・・。

・・私は、あの子に・・顔を・・上げてて・・。

・・・私は。

・・・あの子を・・。

・・あの子を・・。

あの子・・・は、私を、綺麗な瞳に、じっと・・・見てて。

「・・ダメ、ですか・・・?」

悲しそうだった。

「・・ぁ・・・ぅ・・・っ・・ぅぅ・・・」

・・嫌って、思ったのに・・。

絶対、嫌って・・・思ったのに・・・。

私は・・・、私は・・。

・・私は・・、横に、首を、震えるように、振ってて・・。

「・・・どっち、かな?」

・・って・・・隣の、ココさんが、私に・・・

「・・ダメ?いい・・・?」

ココさんは顔を、私の顔の、傍に、近づけて。

だから・・・、私は・・、・・ダメ、だけど・・・、それは、・・いや、・・だけど・・・・―――。

「・・い、いい・・・」

「いい?あの子を、お部屋に迎え入れるわね。」

「・・・は、・・はい・・・・。」

お部屋に・・・、迎え入れる、から・・。

「ほぉ、良かった・・・」

・・ほっとしたみたいな、おじさんの声・・・。

「良かった・・、ありがとうございます、ハァヴィさん。ね?エル」

「・・・はい。」

メルさんも、エルも。

微笑んでるみたいに。

「ほ、さて、彼女の承諾も取れましたし・・、少々細かい話になりますが」

「はい・・っ」

メルさんは声が弾んでて。

ちょっとだけ・・、見た、あの子は・・、私を、綺麗な瞳で見てて。

嬉しそうに微笑んでた。

だから・・、私は、顔を伏せて、・・唇を、ちょっと、結んでた。




「あの、お部屋を拝見したいのですが・・。」

・・メルが、彼女に突然申し訳無さそうに言ってて。

「ふむ、」

寮長でもある彼女も、少しばかり唸っていた。

「あぁいや、当然の、ご希望ですよね。お子さんが住む部屋ですから。」

そう、1つ頷いたけれども。

「しかし・・、」

と、アヴェへと、向けられるその目は。

「プライベートでもありますからね・・・」

向かい合って座るエルと、ときどき、見つめあったりしてたけれど、その視線に気付いたアヴェは、また少し、遠慮がちに、目を瞬いたみたいだった。

メルはそれでも。

「・・お願い、ハァヴィさん、少しでいいから、見せてくださらない・・?」

懇願するような、メルの、必死そうに唇を結んだ顔に。

ちょっと、驚いたみたいに、身を引いてるアヴェで。

「どうしても見たいんです、お願い・・・」

アヴェは、口を開きかけてるような、何かを言いたそうな、けど・・、周りの人たちの、顔を、彷徨うように見て。

みんな、また、アヴェを見つめてるみたいで。

「・・は、・・はい・・・。」

・・アヴェは、俯き加減に頷いてた。

ぱっと明るくなるメルの顔に。

「あ、ありがとう、ハァヴィちゃん・・。」

ちょっと、メルは目が潤んでるかもしれなかった。

それを複雑な表情で目を瞬かせてるアヴェだけれど。

隣のエルも、そんなメルを見てて、瞳を瞬かせてるみたいだった。



色々なお話をした後に。

呼ばれたココが付き添って、メルたちと一緒に部屋を出た。

廊下を歩いてる間も、メルはきょろきょろと寮の中の雰囲気を感じてるみたいで。

「・・えっと、あちらが、スタッフルームになってまして・・・」

そんなメルに気を使うココでも。

「あ、一度拝見させてもらいましたので、大丈夫です。」

「あ・・、そうですか」

そう、微笑みを交し合う大人2人の傍で。

エルとアヴェはそれぞれの隣に並んでて、2人の顔を同じ様に、交互に見つめるように見回してて。

「色々な設備が揃ってますからね。お子さんもきっと気に入られると思います。」

「はい・・、立派な寮だと思います。」

エルとアヴェは、大人2人を、同じように交互に見回してて。



「わぁ・・、なかなか、良いお部屋ですね」

「・・えぇ、」

アヴェの部屋の中を見回したメルは少し驚いたように。

・・・少ししか、驚かないようで。

「あちらでお勉強してるの?」

と、机の方を指すメルに、アヴェは見上げてこくこくと頷いてた。

隣のエルも、きょろきょろと、辺りを珍しそうに見回してるけれど。

メルがテーブルに近付いたり、机に近付いたりするのを、一緒に傍でくっついて見てるみたいだった。

・・それを見てるアヴェは、それだけで、顔を真っ赤にしているけれど。

ノートとかを覗き込まれるだけで嫌がるから、とココはその横顔を見てた。

「こちら、1部屋・・・、・・ですよね?」

と、離れた所で振り返ったメルは、途中で少し、言いよどんだようだけれど。

「はい、・・・?」

「そうですよねぇ、・・」

そう、少し、大きく、・・取り繕うように笑うメルに、ココは不思議そうに眉を上げてた。

それから、また部屋の隅々を、というか、端々までを見回しているようなメルを目で追っていたココは。

「広いので、1人で使うには少し、広すぎるんです。」

興味が強いような彼女にそう言ってあげたけれども。

「あら・・、そう、ですねぇ・・。」

気がついて振り返るメルはやはり、少し歯切れが悪い気がするのは。

「・・・」

と、ココはあっちに、1人で立ってたようなエルに。

「エルザニィア・フェプリスさんの、立ってるその辺りにベッドが置かれると思います」

と、エルはココに振り返って、・・・じぃっと・・ココを見つめる。

「あ、窓があるんですね?空が見える」

メルがそう、見上げてはいるけれど・・・。

「・・はい。」

・・・・・・なかなか、驚かない人たちで。

・・と、エルが、てくてくと、傍まで歩いてきてるのに気がついて。

それから、アヴェの傍でじっと、顔を覗きこんでて。

アヴェの、手を取るエルは少し引っ張って行って。

ちょっと、気になったことでもあったのかもしれない。

アヴェも少し驚いてるような、慌ててるようなで、エルに引っ張られてて。

少し、新鮮な・・・そんな光景、ココは・・・。

・・・と、その、友達の、若い母親は、隅の、棚の、更に裏側に指を入れて。

・・なにかを、指を見つめて、微かに目を細めて、・・確かめてた。

最後に指の先を擦った後は、何食わぬ顔にまた違う方へと目をやって。

「・・・・・・」

・・少し、メルの見てるものがわかったような気がする、ココであるけれど。

・・・見てるとまた違う所を目を細くしてじっと見つめてるみたいで。

「・・フィプリスさん~、」

「・・・あ、はいー・・?」

と、気付いたように振り向くメルに。

さっきまでの真剣さは消えている。

「・・・どうですか?気に入りました?」

「・・えぇ、」

・・そう、微笑んだメルだけれど。

「なかなか・・・。ええ。」

と朗らかに微笑むメルに。

・・・。

「そうですか~、」

ココはそう、滅多に出来ない、不得意な朗らかな微笑みを顔にくっつけて。

「良かったです~。」

「えぇ、本当に。」

そう、お互いに、伝え合って、微笑み合う2人は。

・・・微笑んでいて。

「・・・おっほほほ・・」

ココが笑い出すと。

「・・うふふっ・・・」

メルも同じ様に上品に口元を抑えて。

不思議とこみ上げてくる笑う衝動のまま、笑顔はお互いに朗らかで。

2人とも、どうしても上品良く笑ってしまう。

「?」

・・・エルとアヴェがそれに気がついて、振り向いても。

「・・・?」

「・・・・・?」

笑っているその2人を、見つめてる瞳たちは並んだまま、不思議そうに瞬いていて。

「こちらのお掃除などは、やはり学生さんが自主的に?」

「・・そういうこともありますが、ここは私が受け持っておりまして」

「・・ぁ、そうなんですか~・・、」

「ええ・・、」

声も軽やかな。

「・・・・・・・」

「・・・・・・・」

ココに微笑んだままの、メルは・・。

「・・おほほほほ・・・っ」

口元に手を当てて。

「ほほほほほ・・・っ」

ココも負けじと・・。

お互いの笑顔を見つめて合わせて・・・。

・・ただ、ずっと瞬いてる瞳の。

「・・・?」

「?・・・・」

肩を並べて、2人を見つめてるエルとアヴェには、でもなんだか何がそんなに面白いことのか、よくわからなかったみたいだ。




「それでは、ありがとうございました。」

エルのお母さんが微笑んで。

ココさんは微笑んで。

「エントランスまでお送りします。」

「あ・・、ありがとうございます」

ココさんは扉の方に歩いてくのを。

「ありがとう、ハァヴィさん。今後もエルをよろしくお願いします」

そう、メルさんは私に微笑んで。

「は、はい・・っ」

私は頷いてて。

お母さんの傍にいたあの子は、じっと私を見つめてて。

・・私が、見てたら。

「・・さようなら。」

そう小さく言って。

「さ、さよなら・・・」

私が頷いたら、エルは、それからお母さんと一緒に、扉の方に行く。

ココさんが扉のノブを持ったまま。

「またあとで来るわね、アヴ」

そう言って、扉の向こうの、お母さんとエルが微笑んでなにかを話してる方へ、出て行って。

・・・ぱたん、と扉が閉まった。

「・・・・・・」

私は、扉を見つめてて。

それから。

・・まだちょっと、どきどきしてた。

周りを見回しても。

私の部屋で。

誰もいなくなってて。

「・・・」

・・・だから、傍の、テーブルの椅子を、見下ろして。

「・・・・・・」

・・でも、やっぱり、ベッドの方を、見て。

・・歩いて。

ベッドの傍まで。

それから、端に座った。

少し弾むベッドの上で。

部屋の中を、少し、見ていて。

・・向こうの方。

さっき、エルのお母さんがいて。

ココさんもいて、微笑みながら話してて。

それから・・、あの子が。

部屋の中にいたあの子の姿が、あったのを。

見つめてて。


・・・またちょっと、どきどきしてきてた。




****

あの子が、部屋に、来る。

この部屋で、あの子は、いて・・・。

あの椅子に、座ってたり。

・・一緒に、暮らす・・。

・・・ちょっと、嫌な感じがして。

布団に、潜った。

・・なんで、いい、って言っちゃったんだろ。

やだ、って言えば、絶対、無かった、のに・・。

・・・でも、あの子は、がっかりする、かも。

・・・・・、でも、一緒、じゃないほうが。

きっと、他の子とか、と一緒の方が、きっと、いいと、思うし・・・。

その方が、・・・良いと思う。

一緒にいたら、きっと・・・。

・・あの子が、嫌だと思うことは、しないように、して・・。

・・・椅子に座って、何かしてるときとか、静かにして・・。

・・勉強とか・・・。

・・・寝てるとき・・、は・・・ベッドは・・?

用意・・・しないと・・。

・・何処で、寝るんだろ・・。

・・・ベッド1つしかない、けど・・。

・・・・・一緒に・・寝る。

・・そ、そんなこと、あるはず、ない・・。

き、きっと、新しいベッドが、ココさんが・・。

・・・ココさんに・・、聞いてみよ・・・。

明日・・、聞こ・・。

どこに・・、ベッドも・・、机だって・・・、私のと、一緒に、使う・・のかな・・。

そしたら、・・私は、テーブルで、本、読んでて。

あの子が、勉強してたら、静かにしてて・・。

私は、テーブルで勉強してて・・。

あの子がわからないことがあったら。

私が、教えてあげて・・。

・・あの子は、ありがとう、って。

・・・・いつもみたいに、言う、かな・・。

言う、かも・・・。

ちょっと、だけ、微笑んで。

私に・・。

ありがとうって。

・・そう、だよ、ね・・・・・・―――。


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