第6記 ー『1位が決まるなら』 <2章>
位置に付いた第1走者の人たちは、腕を伸ばして腰を捩じったり。
念入りにストレッチしていた、各々のクラスの選手たちがレーン内に入っていく。
声をかけ、目で合図をする、構える準備を確認した各チームの代表者が審判へ手を上げていく。
審判は顔を上げて、遠くのグラウンドの先の本部へ手を上げる。
耳に付けたマイクで開始の合図を伝えて。
その時を見つめる彼らは仲間に声援を浴びせ、一身に受ける走者たちはレーンの先を見据えて、仲間たちの声援に相好を崩す子もいるが。
『それでは、『みんなリレー』を始めます。』
みんなが見つめて。
合図を出す先生が向こうの方を確認したみたいだった。
『選手たちはスタートのセットを、』
彼らはレーンの中で、足を慣らし、踏みしめ、装置に靴裏を乗せていく。
ほぼ全員がクラウチング スタート、腰を落としていく。
『スタートの合図が出るまで、みなさん静かにしてください』
声援は次第に静かになっていく。
グラウンドの中の声援も、外からの声援も。
『――――それでは、・・用意・・・っ』
声に、みんなが走る構えを。
そのときを。
―――誰かが、息をのむ。
瞬間、―――
――――っぱぁん・・っ!
瞬間、閃く。
「いっけぇえーーっ!!」
駆け上がる。
合わせて皆の声も大きく出る、一緒に元気な音楽がグラウンドに流れ始める。
レーンを駆けてく子達は、速くて。
レーンを曲がって向こう側、反対側で待ってる仲間の子たちのところへと向かって競い合う。
「チぃいーム オブ ハイタあぁッチ!!」
グラウンドを蹴って、その子達は勢いのままに仲間たちへと飛び込んでいき、駆け始める仲間へと、バトンを振り渡し。
「ひぽぽぽギガンツ!ぶっちぎれ!」
バトンが届けられた仲間が、勢いを失くさないで速く駆け上がっていく。
「駆け抜けろよ!フェッチーネ!」
大きく回って、またこっちに、一生懸命駆けてくるあの子達の群れを、どきどきしながら、列の中で見つめてた。
「いっけーっ!みらっくるっ、ぱわぁーずーー!」
ススアが、叫ぶ!
目の前を、バトンを受け渡して駆けていく子たちを。
アヴェは息を呑んで、緊張した紅い顔をそのままに、目を首を振り動かして追って。
「めっちゃ走ってるー!」
「その調子ー!バトン慌てないで!」
「あいつ速いんだねー?」
周回している何人もの子たちが声援を受けながら走り続けてる。
「ワッチャ、なにやってんだよー!」
「あいつバトンちゃんと握ってねーの、あはは、」
バトンを受け渡して競い合う、グラウンドの光景が遠くにあって。
何人も、何人も、レーンに出て、掛け声を受けながら走り去っていくのを。
私は、一番前の列に並んだ時から、ずっと。
目の前でバトンの手渡しを見てからも。
それでも、手招きされて、レーンの中に入ったとき、胸が強くどきどき鳴ってた。
並ぶ人たちの中で、一番内側に入ってって、手で合図されて。
「ちゃんとバトンを握って、走る。」
先生が、私の肩に手を置いて、言って。
待ってる間も、ずっと。
なんか、立ってる感じも、ちょっと、わからなくなってきてて。
き、きんちょう、だと思う・・・。
足元を、見てたのに気付いて。
でも、顔を上げなくちゃ、いけなくて。
「もう来るよっ」
どきっとして、他のチームの人たちが遠くから走って来てて。
横の方、みんなが見てる中に。
キャロさんとか、ススアさんとか、シアナさんが、見えて。
ススアさんは、楽しそうに私を見て笑ってて。
「練習どおりー!」
って、言ってて、大きな声・・。
「来るよ、みらくるぱわーずっ」
向こうの方から、大きく回って走ってくる、男の子が。
私と同じチームのの仲間、だから。
どんどん、近付いてくる。
駆けてきたあの子が。
「アヴェエ、走って、走ってっ」
声が聞こえたから、わ、わすれてた、私は、思い出して、急いで、前にちょっと、小さく、走り出して。
後ろから、バトンを持ってきたあの子を見ながら。
後ろに出してた左手に、近づいてくる、あの子が、私の手に、バトンが当てられて。
私はそれを力を入れて、ぎゅっと、握って。
離さない、ぎゅって、頑張って、足を動かして。
走る。
力を込めて、前に、重いけど、足。
一人しかいないレーン、前に誰もいない、周りで開けるグラウンドの、外から見てる、席の人たち、みんなが見てる、私しかいない、今の。
走らなきゃ、ダメで、私。
線に沿って、外れないように、真っ直ぐ、ずっと、真っ直ぐ、腕を振って、速く、頑張って、でも転ばないようにって。
息が、苦しくなっても、足が疲れて、重くてなっても、動かなくなってきても、頑張って。
走らないと。
走って。
息が苦しくて。
周りの人たちが。
見てる、でも、私は、走って。
次の人の、次の人のところまで。
走れば。
近付いてきてる、どんどん、次の人の、ところ。
私は、走って。
走ってる。
みんながいるところ、バトンを待って、あの人は、私を、待ってて。
あの人のところまで。
あの人は、少しずつ動き出して。
追いつけなくなる、かも、ちょっと近付くの遅くって、離れそうになって。
もっと、がんばって、走って。
とどくまで。
がんばって、・・・あの人の手に、バトン、・・・手、バトン、叩いた。
ぎゅっと、手に握られたバトンは、強く引っ張られて、持ってかれて。
走ってく・・・、私は、はぁはぁ、言ってて。
あの人が走ってくの、見てた・・はlはぁ、苦しい息のまま、どんどん遠くなってく、バトン持ってる、あの人・・・苦しい息の・・。
「走り終わったら出て」
誰かに、言われて。
私は、はっとして。
えっと、ぇっと、慌てて、レーンの外に出て。
大きく息を繰り返したまま。
向こうの人が大きく回って、走ってくのを見てて・・。
みんな、声援が、あの子が持って行って・・・。
「おつかれーっ」
・・・声が、して。
・・振り向くと、集まってる中で、地面から今立ち上がろうとしてたエナさんに。
座ってるビュウミーさんは、笑ってて、私に手招きをしてて。
「よかったよ」
エナさんが手を振って。
立ってるエルは。
エルは、・・私を見てて。
楽しそうに、きらきらしてる、笑顔で。
立ち上がってるエナさんと、エルが、私を、にこにこしてて。
私は、息を。
大きく、してて。
汗、出る・・暑くて、大きな息で。
・・・はぁ、はぁ・・・。
大きく息を吸って、・・・はあ・・・って・・息を吐いてた。
キャロさんがこっちに駆けてくる。
走り終わったキャロさんは、あんなに速く走ってたのに。
汗を掻いてるけど、エナさんの傍に座るキャロさんはもう、普通に走ってる子たちを見てて。
「1位だねー、うちー」
「うんっ」
エナさんもキャロさんも笑ってる。
「でもみんな、はっやいよ」
「ん-、いい勝負かもね?」
「序盤すごいリードした、あいつほんとに速かったんだね、」
「ねー」
「次はシアナだよ」
って、ビュウミーさんが向こうを見てて。
「おぉ、」
キャロさんも、みんな。
バトンを持った人たちが駆けてく先の、シアナさんが向こうで、振り返って見て、立ってるのが見えてた。
真っ直ぐに立って待って、走者を見つめるシアナさんは凄く、落ち着いてて。
・・・みんなが、騒いでる中で、シアナさんが立ってる姿・・・静かで、かっこ良くて。
―――凄い速さで走ってくる彼が、私を見ている――――。
――タイミングを見ろ、タイミングを見るんだ――――私が走るのは、『そこ』だ。
タイミングを見て足を動かしていた、シアナは、足を加速させる。
出していた後ろ手に振り当てられたバトンを、感触と一緒に掴んだ、握りしめたシアナは、さらに力を込めて地面を蹴る。
大きく前へ出る、前へ。
前へ、駆け出す足と力を込めた体がぐんぐんと、さらにスピードに乗り始める。
シアナは目にしてた数歩先の地面から、胸を張り、前を向いていく。
速さが乗っていく、目の前の数歩先、ものに向かって。
真っ直ぐに駆けてく。
速く走って。
・・もっと速く、走って・・。
追いつかれないように、追い抜かれないように。
今、うちは1位、だ―――。
レーンが曲がる、身体が曲がっていく、観客席に差し掛かっても。
曲がり角の、傾く身体が、横に引っ張られながら、でも足は前に、違う、少し内側に、踏み込む、足の先、運動靴が地面を踏み・・、・・じめん、踏む・・?
―――・・・踏んで、一瞬、感触が抜けた。
身体が飛んだ、傾く、なんか、おかしい―――――、シアナがグラウンドの上を滑る、強い衝撃、痛み、・・砂と土が混じった地面に腰を打ち肩を打ち、転がったシアナが。
体勢を崩して。
・・・・倒れた・・シアナは。
・・・シアナは。
瞬く、砂が睫毛に、頬にまとわりつく、地面を見てた。
グラウンド、固い・・今、何が起きたのかも、わからないくらい、反射的に上げた顔が、眩しいグラウンドを、瞳を、周りに、少しずつ、動かして。
広大なグラウンド上でレースが行われている。
―――・・茶色い、地面・・・?
・・・いま、顔に付いていたのは、・・土?
・・転ん、だ・・?
―――・・・私が・・・?
・・やった・・・?・・やっちゃった・・・・・?
・・やッちャ・・っタ―――
―――・・・じわり・・と。
熱が、瞼の奥に。
―――胸が。
・・溢れかけた――――。
―――・・・なのに。
・・しゅたたたたっ・・と、音が聞こえ。
・・・誰かが、駆け去っていく。
傍を・・・、それが運動靴の音だとわかる前に。
腕に力を入れて、顔を上げる前に。
その音は遠ざかってく。
一瞬で・・・駆け、去られた・・・。
絶対、抜かれ、た・・。
・・しゅたたっ・・と、音が。
また・・。
―――身体を起こし、顔を上げれば。
誰かが、私の、後ろを、また、駆けて来る。
駆けて来てる・・・転んでる私を、抜いて。
――――・・息を止めた。
奥歯を、噛んだ、・・食いしばって。
ちから・・両手に、身体にも、全身に、『力』をもう一度、入れて。
汚れた地面から、私は、・・離れる。
わたしは、足を地面に踏ん張って、立ち上がる。
痛みなんて、全然無かった。
全然、無かった。
誰かがまた、走り、抜いていく、音が、後ろから。
振り返ったシアナは、いま、そこを
足を前に。
身体を前に、傾け、体重を乗せる。
歯を、強く食いしばって。
転がっていたバトンへ手を伸ばし、握りしめ、落とした腰を。
その、まだ遠くないそいつの背中を目掛けて、力強く。
駆け出した。
その背中。
前にある、その背中だけには・・絶対に――――。
―――・・・駆け出したシアナに、溢れる涙なんて無い。
もしあったとしても、それは既に、もう、乾き去っている。
ただ精一杯の風を切って、前の背中を追う、胸が苦しくても。
息が乱れても。
地面を蹴ればいい。
何度でも。
走る。
もっと、大事なものが。
零れないように。
シアナは、歯を食いしばれば、まだ、速く、駆け抜けれた―――。
「お、おぉー・・っ、シアナーっ!がんばれよーっ!」
「シアナっ!」
キャロも、ビュウミーも。
遠くで、転んだのに、シアナ、すぐ、立ち上がって。
また走りだして・・、走ってくるシアナに、大声を上げて。
「・・シアナ。」
その傍のエナも囁くように、心配そうに見つめていた。
「がんばれー!」
声援がもっと大きくなって。
1位が、2位が入れ替わった選手が走り抜けていっても。
その後ろから、シアナは走っている。
――――エルはそれを見つめてて、拳をぎゅっと、握って・・・。
また1人、2人、駆け抜けていく・・・、その後ろをシアナが。
地面を蹴って、がむしゃらに、前へ。
出したバトンを、次の人に託す。
―――すぐにシアナを置いてトップスピードに駆け出す彼の後ろで。
走る足を遅くしていくシアナは・・大きく肩を、背中を動かしながら息をしていた。
「シアナ・・、」
立ち上がって駆け寄るキャロに、ビュウミーに、エナは彼女の手を取って、覗き込むようにしてて。
手を、引いても。
砂に汚れたシアナは、地面を睨んだまま。
強く歯を噛んでいた。
その表情に、何も言えなくなる。
「大丈夫?痛いところはない?」
先生がシアナに屈んで心配そうに聞いてくる。
・・・キャロやビュウミー、エナたちはお互いの顔を見て、少し、心配そうな顔を確かめてるみたいだった。
・・アヴェエは。
・・・シアナの姿をずっと、見ていた。
土に汚れているシアナの姿。
白いシャツも黒くて纏められていた髪も。
――――転んでも。
起き上がっても。
駆けてきても。
みんなに囲まれても。
・・・バトンを渡して、息を切らせたまま。
汗が、光っていた。
肩を大きく動かして。
大きな空を見上げたようなシアナの姿を。
細めた目を、煌めく目の光が、頬を伝う滴が、日の光を、シアナさんが・・・だけど。
・・凄くて。
強くて。
シアナさんは。
・・・かっこいい、のに。
今のシアナさんは。
俯いて、涙ぐんでいるように、見えていた。
「大丈夫だから、まだススアがいるって。」
キャロがシアナの肩をパンパン叩きながら声を掛けても。
「あの子速いでしょ、まだわかんないよ?」
みんなに言われて、ようやくみんなと一緒に地面に座ったシアナは、むすっとした難しい顔をしたまま、キャロを目つき悪く見るだけで。
「ススア走るよ」
ビュウミーの声に。
「ほら、今、走るって・・、」
と、向こうを振り向くキャロだけど、シアナは地面をむすっと見てるまま・・。
「ってめっちゃはやっ!?」
キャロの驚愕の感嘆の声が先だった。
って・・、シアナが・・顔を上げて。
「おぉぉぉ・・・・」
「これが本当の力か・・!?」
エナもキャロも向こうの方に夢中だけど、首を回して遠くのスタート地点の近くを探しても、見つからない。
「ススアすごー!」
「いま何位!?」
「なん位!?」
「5・・、4位じゃない?」
「抜いた!3位!」
みんなが騒いでる中、ようやく見つけたススアの姿はもう、半周の、こっち側に走ってくるくらい速く。
「ススアってあんな速かったの・・・!?」
「はやーい!!」
「どんどん抜いてく!」
「なんだよあれ、おい!」
クラスのみんなも、違うクラスのみんなも騒いでる。
猛然とダッシュしていく小さなススアがまき散らすような轟音と、大風が目に見えるみたいだった。
加速して、加速して・・・物凄いスピードで他の人たちを追い上げてくススアさんは、本当に速くて・・・。
「2位抜いた!」
1位を走ってた人の、半周以上離れてた距離がぐんぐん近付いてく。
「おーっしゃいっけーススアーっ!」
「ススアーがんばれー!」
横を駆け抜けてく他のクラスの子達は、あともう一周、たしか。
「ススアーっ」
ぐんぐん近付いてくる、力強い風を纏ったススアさんは、こっちに、・・顔を向けてて。
『・・ぉぉおおぉおぉぉっ・・・!』
って、返事のような・・・?ドップラー効果を残していった・・・。
「うお、よゆーっ!?」
キャロさんが、驚いてたけど。
走り去った向こうを見つめるみんなは。
「が、がんばれー・・!」
「・・・真面目に走ってたのあれ・・?」
って、ビュウミーさんが、少し、首を捻ってた。
たしかに、ススアさんは、走りながら、笑ってる・・。
楽しそうだった。
だけど、どんどん縮まってくススアさんとその1位の人の、距離が、どんどん・・・。
もう少しで。
後もう少しで・・・。
1位の人が、気が付いて、もっと一生懸命、走っても・・ススアさんが・・・抜きそう・・・。
抜ける・・・、かも・・―――。
「・・うぬぁあああーーーーー!」
ススアさんが、両手を振り上げて空へ、大きな声で。
大きな声が、プリズム色の空に、響いて。
その周りで、喜んでる人たちが、取り囲んで。
「生き残ったぁあー!!」
「めっちゃがんばったんじゃねー!?」
「よくやったよ、ギャンチ!」
他のクラスの人たち、喜んでて。
「ススア、頑張ったよ!」
ススアさんは、その傍で、気持ちを、吐き出したような・・・クラスの子たち、集まって・・。
「すごかったよススア、」
「ススア、ナイスファイト!」
ススアさんは、肩で、息をしてて。
「楽しかった!」
ススアさんは大きな声で叫んで。
・・でも、大きな口を閉じて、ぎゅっと、閉じて。
・・・ぎゅっと、締めて。
「・・・あー、しょうがないよねー?」
「そうそう、めっちゃ頑張ったって」
ススアさんに、キャロさんがこっくこっく頷いてる。
「うちは2位だよ、2位」
って。
「良いじゃん、2位、」
ススアさんは、口をぎゅっと、締めてて・・。
紅い頬の、ふくれっ面だった。
「2位だって、上から2番目だよー?」
って、キャロさんは覗き込むような。
「頑張ったよ、ススア、」
傍のビュウミーさんが、ススアさんの頭をぐしぐし、強く、撫でてた。
『選手が整列・退場をします。みなさん、選手たちには健闘を称え、迎えてあげてください。大きな拍手をお願いいたします。』
観客席へ、戻ってくるまで、拍手はいっぱい送られてた。
特に、ススアさんは、声をいっぱいかけられてた。
ススアさんは、ずっとふくれっ面だったけど。
生徒のベンチ席で、みんな席に座りながら、クラスのみんなが、ススアさんを褒めてて。
ちょっと落ち込んでるシアナさんにも、少し声を掛けてるみたいだった。
「転んだのは仕方ないって」
「気にすんなよ~?シアナ~」
「大体、シアナは頑張ったんだから。」
シアナさんはちょっと、微笑んで。
頷いたりしてて。
・・みんなに、良い顔をしてて。
「こけなきゃ1位だったかもな~」
って、言ってくる子も、男の子だったり、いるけど・・。
「うっさいな、仕方ないでしょ。それにあんたが1人でも2人でも抜きゃいいんじゃない。」
「そうすれば1位だったかもよー?」
「バカ、無理に決まってんだろ?こっちの相手は男だぜ?」
「女だってそうでしょっ」
「なんだとぉ?」
「怒ったの?えー、耐性なさすぎじゃない?」
なんか、ケンカが、ちょっと、向こうで・・・広がってるけど。
・・・シアナさん・・は。
関係ないところでちょっと、ケンカになってるのを。
細めた目で、訝しそうに見てるけど・・・。
「でも順位は変わってないよね?」
って、エナさんは、キャロさんを向いて聞いてて。
「トータルのね、うん、」
こっくこっくキャロさんは頷いてた。
「ススア、学校で一番なんじゃない?足速いの」
って、ビュウミーさんはススアさんに笑って。
ススアさんは、ふくれっ面だったのを。
「えっへっへ・・」
ちょっとだけ、くすぐったそうに笑ってた。
「あれは爆走だったね。足になんか付いてるよぜったい」
「そんなアニメあった気がする」
「あぁ、フロッパーが付けてるみたいなのでしょ」
「そうあれ。あれ、いつも墜落して終わってない」
「じゃ違うか。」
キャロさんとエナさんがそんなこと話してて、ビュウミーさんも笑ってて。
「やっぱり、ススアが一番速いってことだね。」
「えー、そうかな~?」
ススアさんがビュウミーさんに照れてた。
「ん-、まー、そうかもねー、ね、シアナー」
ススアさんは照れながら、笑いながら、シアナさんの方を見るけど。
「・・・・・・」
・・・ずぅんっと、それでも、なんていうか、俯いたままのシアナさんの方が、全然暗い。
膝を抱えるようにして、何も聞いてなかったみたいに、無感情な目をススアさんたちに・・・すっと。
・・ちょっと、ススアさんたちは、そっと目を逸らしてた、くらい。
・・・でも、気がついたら、エルが、シアナさんの後ろから。
さっきから気にしてたみたいな、シアナさんの髪の残ってる砂埃の、汚れを、ちょっと、遠慮がちに、手で払ってみてるみたいだった。
さっき、キャロさんたちにはたかれてたけど。
残ってたみたい・・・。
シアナさんは、頑張ったから。
・・転んで。
でも、起き上がって。
・・・最後までちゃんと。
まっすぐ、走ってた・・・。
・・・私も。
・・ちょっと。
・・・手を、伸ばして。
・・・・みて、綺麗な、艶の、黒髪の、シアナさんの・・。
砂色で、汚れたとこを、ちょっと、取ってみようとして・・。
・・・でも、触ってるだけじゃ、取れないから。
・・はたいたほうが、取れるのかも・・、って・・。
思ったけど・・・はたくの・・・シアナさんを・・はたくのは・・なんか・・って、・・・気がついたら、細めた目の、シアナさんがこっちを見てた。
黒い眼の・・凄く、びくっと、驚いた。
なんか、怒ってるような・・ぁ、ぅ・・怖くて、私は、て、手を、ちゃんと・・引いてたけど・・。
・・・私は、下を見てる、のに・・・まだ、じっと、見つめてきてるみたいな、シアナさんで。
えっと・・・。
・・なんでだろ・・・・。
・・・なんもやってないのに・・。
「・・あなたたちは、・・転ばないように、頑張ったのね・・」
って、シアナさんは・・ささやくように・・・笑ってた。
ふっ・・と・・・柔らかくしてるはずなのに。
なんか、背中が、ぶる・・っとした、けど・・・。
でも、そう、なんか、・・・暗い・・というか・・・力なく微笑んでるシアナさんは。
初めて、見たかも・・・。
・・・な、なんか、言った方が、いい・・・のかな・・・・・―――。
――――その言葉、自嘲気味なシアナの言葉には、何が込められているのか。
・・・キャロやビュウミーやエナたちは、はっとしたように、過敏に首を動かして顔を見合わせてたが。
・・3人とも何も言える事がないようだ。
とりあえず、緊急で、誰からともなく顔を近づけるわけで。
「なにあれ、冗談?面白いやつ・・?」
「いや、さあ・・?違うんじゃない?」
「で、でも、ちょっと、冗談っぽいかも・・?」
「どっちにしろ笑えないって」
「ま、まぁ・・・」
「な、なんか言ってあげてよ、シアナに・・・」
「エナ、得意でしょこういうの」
「えぇ・・っ得意じゃないよ」
「ねぇ・・あんなに落ち込んでるの初めて見たよぉ・・・?」
心配そうなススアも、遅れて3人の緊急会議に顔を突っ込ませてくる。
いまいちみんなのテンポとは違うけど、不思議そうな中にも心配が混じってるみたいで・・・。
・・もっしゃもっしゃ、聞こえた気がしてた。
・・・もっしゃ・・?・・何の音?と、振り返った人から順に。
少し、・・それを見つけて、・・びくっと、固まっていく。
順に、ススアも、キャロも、・・・最後に振り返ったエナも・・びくっと、固まったけど。
とりあえずその光景に、誰も口を開きはしなかったけれど・・。
「・・ぁ、・・ぁの・・・。」
「・・けっこう、手触りは、・・いいのよね。」
シアナが、気力の無い、細めた目のまま、アヴェエの頭をぺたぺた、両手で触ってて。
髪の毛の質を確かめるみたいに、してると思ったら、アヴェエの頭を胸に抱え込んでみたりしてる。
・・アヴェエの、行き場の無い手がぎゅっと、握られていても、どうにか、したいらしくても、宙をふら、ふらと、動いてるのが、頼りない。
その横で、2人の様子を、エルザは瞳を瞬かせて、見つめているが。
・・・固まって見てた4人は。
「・・・あん?」
一番最初に声を出したキャロだった。
その声にちょっと、はっとするみんなで。
・・体操服のシアナの、胸と膝元の間にアヴェエが頭を抱かれてる。
もうよくわからない体勢だが、顔を真っ赤にしているアヴェエは、逃げ出したいのかできないのかわからないが抵抗らしい抵抗もしないで、シアナにボディスラムっぽく圧迫されてる。
そんな姿勢から、もしゃもしゃやられているアヴェエの髪もけっこうおかしな事になっていってる。
「・・・・」
もくもくと動くシアナは、もっしゃもしゃと、アヴェエの髪の毛を遊ぶのに夢中のようだ。
・・・遊んでるのだろうか?
振り向いたビュウミーが。
「・・食べる気?」
呆けたように見ていた他の3人に言ってみてたが。
「あっははは、」
ススアが大きく笑ってた。
「・・・いや、そんなの・・」
キャロはちょっと引きつって笑ってたけれど。
エナは何とも言えない、って言いたそうな微笑でこっちを見てたけど。
「・・ぁ、・・・ぁの・・・」
・・また一つ、小さな、か細い声が聞こえたが。
振り返れば。
アヴェエが何かを言いたそうにしている。
やっぱり抵抗はしたいらしい。
でも、それを無視しても、もっしゃもっしゃと目の前の黒髪を見つめて
さらに、よくよく見れば、アヴェエも本格的に困っているようで、その目尻を震わし始めているのだから。
・・・もしかすれば泣くかもしれない。
「・・・止める・・?」
ビュウミーが他の3人に言うが。
「・・どぞ。」
大役を丁重に譲り返すキャロの手の平も上を向く。
華麗に返されたから、ちょっと、怯みもするビュウミーだが。
隣のススアが、視界の端にもいないのに気付いて。
「シアナ~・・、しっかりしてよぉ~・・・。」
気付けばいつの間にか、ひっしとシアナの傍で見上げすがり付いてるススアがいて。
「・・・ふふ。」
肩を揺さぶるようなススアだけれども。
・・揺れてるシアナは、明らかに、・・微笑んでた。
なんだか、今までに無いくらい、嬉しそうな微笑みをススアに向けるシアナに。
ススアも、他の3人もぞくっとしたが。
お気に入りを見つけたみたいなシアナはそんなススアの頭も、胸に抱くよう空いた片腕でぎゅうっと胸に抱き寄せて。
器用に、やっぱり、シアナは暗く微笑みながら頭を撫でている。
いつにも増してシアナの腕の中で大人しいススアは、複雑な気持ちに加えて、自分の身の危険を感じているからかもしれないけども。
とても、微笑んでるシアナだけは満足そうだと、沈黙して見てるみんなが思ったことである。
ススアの努力はわかるけど、なんか、さらにおかしな状況になったわけで。
キャロがビュウミーとエナを見れば、その2人も目を合わせて。
「・・あの、」
静かな声、ささやかながら、そんなシアナに声が掛けられてた。
「嫌がってます・・・」
声のする方を、みんなが見れば、・・エルザだった。
・・手を止めた、シアナは、ゆっくりと、エルザに目を向けて。
そのすぐ傍で。
じっと、シアナを見つめるエルザの瞳は、・・・きょとんと、瞬いて。
・・それを見つめるシアナは、じっと、目を細めたままだった。
気に入らなさそうに、睨んでいるような・・・。
シアナはそれから、膝元のアヴェエの横顔を見つめ。
その、頬に掛かる横髪を退けてあげていて。
またエルザを見上げ、細めた目を薄く瞬きした。
・・・おぉ~お・・・・・・?っていう気持ちで、キャロたちは、そんな光景を固唾を呑んで見守るが。
暫く2人は、お互いを見詰め合っていて。
それから・・・2人に、動きが・・・。
「・・・ふん。」
面白く無さそうに、そっぽを向くシアナは
アヴェエをもしゃもしゃと、辱めてた手を離して。
膝元に顔を付けさせられていたアヴェエは解放されて、すぐ離れたけれど。
アヴェエはエルザの方に、隠れるようにすぐ身を寄せ・・・。
・・髪がもじゃもじゃとしてるのは、仕方ないけど。
シアナを恐れるように、じっと見ているけども。
・・傍で縮んでるアヴェエの、ぼさっとした黒髪をエルザがじっと見つめている。
・・・エルザがそれから、アヴェエの髪に手を当てて、少しずつ絡まったのを梳かしていくようにして。
シアナを警戒しているようなアヴェエもその手に気付いたように、少しぴくりと、固まって。
でも、くすぐったそうにしてた。
けれど、まだシアナへの警戒は解けていないようで、思い出したように、ちら、ちらと怯えた目で見てた。
その視線の先の、当のシアナはとりあえず、そんな視線を気にもせず。
手元に残ったススアの頭をぐりぐりしながら、頬っぺたを引っ張ったり、さっきから変わらない表情で見つめていて。
ときどきエルザたちの方を顔を向けて見てるみたいで。
「・・ちょぉー、痛いって~、シアナ~」
なんて、ススアの、逆らえない不満の声が聞こえても。
「・・・」
・・シアナは完璧に無視している。
・・・それよりも、手元の子らを弄る、シアナとエルザの2人の視線がたまに交錯しているようだった。
「・・・・・・」
別に、その2つの視線の衝突に、オーラのぶつかり合いとか、何かが見えてしまうわけじゃないんだけれども。
・・・そんな2人を見てた、キャロは。
同じ様にぽかんとしている他の子らに顔を向けて。
素直な気持ちを、ちょっと。
「・・なんだっけ?これわ。」
「なんだっけ、って、なに?」
ビュウミーがなかなか、ちゃんと理性的で。
そっか、と思うキャロは。
「えっと・・、」
とりあえずもう一回、キャロは・・・上側の中空を見ながら頭の中で言葉を考えてみる。
と、すぐに思いついたらしく。
「『こんなん』だったっけ?」
『・・・・・・』
とりあえず、キャロがちゃんと言い直しても、返事は1つも返ってこなかった。
もうちょっと、加えられる言葉があるような気もしてキャロは、ぼうっとしてみるけど。
それでも向こうの、シアナとエルザのお互いの目だけの会話はまだもうちょっとの間は続きそうだった。
そう、なんだか、視線で会話しているように見えなくもないな、ってキャロは思いついた。
なるほど、なるほど、と頷くキャロは口にはしなかったけど。
そんなことより、ふと気が付いたエナは、向こうのグラウンドに目を向けてて。
あっちでは、競技がもうまた1つ終わってたみたいだった。
「にしてもさー、学年上がったらあんなのにも参加するんでしょ?」
「すごいよね~」
「私たちもやらなきゃならないかもしれないんだよ?ヤバくない?」
「やりたくないなら手を上げなければいいんじゃない?」
「ノリでやるかもしれないじゃん?」
「ノリかー・・・」
キャロやエナやビュウミーたちがお喋りしてる中で。
アヴェエの毛づくろいをしてたエルザが、一息ついたように。
すっくと立ちあがる。
アヴェエはちょっと、どきっとして見上げてたみたいだけど。
「どっか行くのー?」
気が付いたキャロが聞けば。
「・・お母さんの所に、行きます」
「そっか。いってこい。」
「そういえば、エルザのお母さん見たいな」
「ついてく?」
「今はいいっかな、あとで、遠くから見てみたい」
「なんでそれ」
エナは、エルザがじっと見て来てたのに気が付いて、微笑んで小さく手を振って。
こくこく頷いたエルザは、そのままベンチを離れて歩いていく。
それを追いかけるアヴェエはエルザの傍で、一緒にあっちへ歩いて行ってた。
手を止めてた、エルザたちが行ったのを、ちらりと見ていたシアナは。
また、もくもくと、膝の上に乗せたススアを愛でていたけど。
それから、ちょっと小さく、鼻を鳴らすように息を吐いて。
「ごめんね、シアナ、」
シアナの手の中の、ススアの頭が。
「負けちゃった。」
そう言ってた。
ススアの顔は、頭を見下ろしてるシアナには見えないけれど。
声だけで、どんな表情かは十分わかってた。
「やっぱあんた、」
シアナは、頭上から声を。
「・・なまいき」
シアナは静かに、誰にも聞こえない、ススアにもかろうじて聞こえる声を、・・・聞こえたのだろうか。
ぴくっと、見上げようとしたススアの頭は、シアナの両手に抑えられて。
ぐぐっと、力を入れられて。
ススアの頭は、あきらめて、動かなくなったから・・そう、ススアの髪の毛に、シアナは鼻の先を少しだけ、押し付けていた。
・・瞼を閉じて。
―――・・・はっと、気が付いたら、キャロやビュウミーやエナたちがニヤニヤしながらこっちを見てたのを。
シアナは気づいて、また顔を紅くしてたけど。
「―――・・っっ!エルっ、かっこよかったわーっ!」
メルがエルをぎゅうっと抱きしめている一方的な。
いや、微笑ましいってやつだろう、そんな光景を目を細めて見つめるケイジは微笑んでなどいないが。
まだ少しどうリアクションをすればいいのかもわからないケイジは、そのエルの隣の黒髪の少女がまた少し後ずさろうとしたのは見ていた。
2人が戻ってきた途端にこんな感じのお姉さん、メルである。
よほど愛しているのはわかるが・・・。
「すごい速くて!みんなにバトンを渡して!もう、凄い・・っ、ちゃんとカメラに撮ってあるから、一緒に見ましょうねっ!」
ぐっと、両手を握って言い聞かすメルで。
エルもこっくこっく頷いている。
・・後で見ましょう、ってとこだろうか?
競技中も、我が子が走っているのをとても嬉しそうにしてたメルはエルの雄姿に夢中で。
どんな子に育つんだろうか、とあまり子育てに興味は持っていないケイジでも2人を見てると気になってしまう。
まあ、純粋に育ってくれるのなら親としては嬉しいかもしれないが、少し純粋すぎるのも不安である。
・・・と、エルから離れたと思ったメルの手が伸び。
もう1人の、競技中に興奮してカメラに撮っていた、ハァヴィの肩を抱き寄せるメルで。
「あぁ・・ハァヴィちゃんも、可愛かったわぁ・・。」
すりすりと、2人の女の子を胸に抱きしめているメルはなかなか欲張りみたいだ。
・・まあ、ますます、その間どうしていいればいいのかわからないケイジは、頭を掻いてるのだが。
とりあえず、幸せそうなメルを見ていた目は周りに配っておいた。
ちらほら、こっちを見て朗らかに笑う人たちもいるわけで、家族のだんらんが微笑ましい、ってそんな生暖かいもんだろう。
「・・あ、ごめんなさい。」
と、顔を離したメルはハァヴィの顔を正面から見つめ。
「凄く、かっこよかったわ」
にっこりと微笑んだ。
ハァヴィは顔を俯かせて真っ赤になってたみたいだった。
よほどメルに気に入られたらしいハァヴィの様子を眺めてた、ケイジで。
ふと、すりすりと動くエルの頬に気付くメルはそっと抱き寄せて頭を撫でていて。
エルはなかなかねだるのも上手らしい。
「・・ね、ケイジさん。」
「・・は?」
まさかと思ったが、呼ばれたケイジは眉を上げていたが。
「2人ともかっこよかったですよね?」
って、微笑まれる。
「あ・・あぁ。良かったス・・」
気がつけばメルの胸の中のエルがじっとこっちを見ている。
アヴェエはメルの胸元を見つめているようだがまだ顔が紅く。
そんな幸せそうな3人にとりあえず頷いてたケイジだった。
器用にやれたかどうかはわからないが。
「髪、頑張ったから。直してあげましょうね」
メルはアヴェエに、にっこり微笑んで。
アヴェエのちょっと乱れた黒い髪の毛をまとめ直すため、ヘアゴムを外そうとしてあげて。
ハンドバッグから取り出した・・・ブラシをちゃきっと準備する。
「エルも、アヴェエちゃんの次にね?」
「・・はい」
静かに、エルはこくっと頷いてた。
「―――――・・あぁ、あれっすか。・・そろそろ許可が出そうなんすか?」
競技が行われている向こう、見も知らぬ生徒たちが一生懸命頑張っているのを見ていたケイジはメルに振り返っていて。
「えぇ、経過が順調すぎて、言う事ないらしいです。」
メルは彼に、嬉しそうに、にっこりと微笑んでいた。
「そうっすか・・」
ケイジは、その表情を多少は和らげ。
自分の隣で、向こうを見ていたエルを見下ろしていた。
エルはそんなケイジに気付いたのか、彼を見上げ瞳を瞬かせてた。
その隣に座っているハァヴィは、少しぼうっとしたように、目を瞬かせながら向こうの競技の方を見つめていて。
気がつけば、エルは隣のハァヴィの方を振り向いていて、どうやらケイジの視線を追ったようだった。
「・・良かったすね。」
ケイジは振り返り、そう少し笑みが混じるようにメルに言っていた。
「ありがとうございます。」
メルは綺麗に微笑む。
ケイジはそれから、エルをもう一度見つめ。
「エルは、順調か。」
と、言って、エルがまた見上げてきたのを苦笑いのように返してた。
「そういや、爆走してたヤツいたな、同じチームの」
言われて・・・少し考えていたようなエルは。
「あいつ面白いな。」
そう・・・こくこく頷いてた。
「転んだ奴もいたろ、派手に。」
そう。
「面白いクラスだな。」
って。
「ケイジさん・・?」
気が付くケイジは、メルが微笑んでいるまま、笑顔になにか迫力のあるものが含まれているのに気が付き、はっとした。
「あいつは根性あるってことっすよ。」
ちょっと慌てたケイジの声を。
「・・?」
エルは、瞬いてて・・・。
「根性あって、好きってことですよ。」
って、にっこりメルが言ったのを、エルは・・・こくこく、頷いてた。
「ま、まぁ・・・」
そう振り返ったケイジが、エルを見つけて、・・・にっと笑ってたから。
そう・・・、エルは、ケイジを見つめて瞬いていて。
メルはそれから、少し頬を持ち上げて。
「エルは恵まれて、幸せですね。」
メルは笑ったようだった。
「―――新しい生活は、大変でしたが。私も、」
笑っているメルの。
「あぁ・・。」
「・・でも、新鮮でした。」
そう、やはりメルはにっこりと笑っていて。
ケイジはそんなメルを見ていて。
・・それから、可笑しそうに顔を背け、横顔に笑みが見えていた。
―――さっきから、静かな声で、穏やかな声で、ときどき話してるあの人たちの声は優しい。
「・・お仕事、大変そうですね」
「まぁ、いや、・・つっても、外区の・・・まあ、詳しくは、あれっすけど。パトロールばっかで・・・」
私は、頑張って走ってる人がいる、少し騒がしい向こうを見てた目を、隣に移してみて。
あの子が。
・・エルが、眠そうな瞳で。
瞼が重くなったように、閉じかけたのを見てた。
また少し開いて。
・・でも、ゆっくりとまた閉じる。
ほんの少しだけ、力が抜けたみたいに。
エルは、首を傾けてた。
エルの髪が揺れて頬に当たって。
頭は、隣のあの人の、腕に当たって。
そしたらあの人は、眠いエルに気付いたみたいだった。
エルを見下ろしてたあの人は、それから。
自分の頭を指で掻いてて。
夢を見てるようなエルの、顔を見てて。
エルは、ずっと、その間も、長い睫毛を微かに動かして。
ちょっとむず痒そうにして、落ち着く。
エルは閉じた瞳はそのまま。
微笑んだみたいに。
ずっと、あの人だけを見てるみたいだった。
温かい腕を感じてるみたいに。
心地良さそう。
あの人は、エルのお母さんを見て、話をしてたけど。
エルにときどき目を向けて、気遣ってた。
やっぱり、あの人は、優しそう。
あの人が見てるのを、気にしないエルの、静かな寝息も聞こえてきそう。
温かい陽射しが気持ち良いのか。
良い夢を見てるのか。
また少し、くすぐったそうに、頬をむに、むにして、微笑んだみたいだった。
エルは小さな子みたい。
でも。
温かい白い光の中で。
心地良さそうに。
静かに眠ってるエルは、やっぱり。
とっても。
綺麗だった。
「・・疲れたのかしら。」
そう、見つめるメルは少しは意外そうに。
エルへの眼差しを瞬かせる。
けっこう走ったりしたのだから、仕方ないのかもしれないとケイジも思うが。
完全に眠りかけているようなエルを起こすのも気が引ける。
メルに視線で問いかけてみれば。
頼みの綱のお姉さんは少し可笑しそうに微笑んで。
「少し、そのままにしておいてあげてくださいな。」
ケイジはそう言うメルに眉を上げて歪めていたが。
もう、笑っているだけのメルはそれ以上何も言わないのだろう。
僅かに肩を落としたようなケイジはそれから、隣のエルを振り向き見下ろして。
乗ってたエルが少し体勢を崩しつつ、また止まるのをほっとして見ていた。
その反面、今ので起きた方が良かったのかとも思いはしたが。
何とも言えないぎこちない表情のケイジは、その前髪に隠れるその寝顔を見つめ。
それから、隣の黒目の少女の視線に気が付けば。
彼女はやはり恥ずかしそうに俯いた。
こういう反応の方が、年頃の子として普通かもしれないのだが。
隣で寝ているこの子はやはり、少しずれてるんだろうなと。
その寝顔に改めて思うケイジだった。
それでもまあ。
このままでいいか、とその寝顔を見ていた目を上げ。
向こうの、白熱する競技の行方を、ケイジは静かに見守る事にした。
「ねぇっ、どうなったのっ、どうなったのっ?」
どよめいたような観客席の声に、ススアは周りの子に身を乗り出すように言ってて。
「ちょっと待ってよ、今言うから・・」
ビュウミーもススアを制し。
それでも先ほどからアナウンスの大きな声が途切れる事無く、焦れるような間を持ってスピーカーから流れてた。
『8学年、トップはCクラス。チーム名、カミンガーズ。』
おおぉーっ、と向こうの方でまたどよめきが起きるのを。
ススアは面白そうに瞳を瞬かせて、犬だったら尻尾を振ってるようにでも大人しく待ったまま、ビュウミーを見上げつつ。
『栄えあるマスターは・・・、7学年、Aクラス・・』
向こうの一角が、歓声に沸き立つ。
それを称える観客席の拍手も一緒に送られて。
『チーム名、ワイルドマイルド。おめでとうございます。優勝チームに拍手をお送りください。そして、称える拍手を、この会場全ての選手たちにお送りください。』
観客席の彼らも皆、拍手を送り続ける中で。
ススアも手を叩きながら。
「で、・・どういうこと??」
ビュウミーを見上げてまだ尻尾をぱたぱた振っている様子だ。
「えーっとね、」
人差し指を一本立てて、ススアにわかりやすく。
「私たちのクラスは、学年で1位取ったけど、総合成績だと1位じゃなかった、ってこと。」
「えーそうなんだー。」
不服そうに言うススアだけれども。
「まあ、また来年だね」
ビュウミーはそう微笑んでやってた。
「む~ふ~・・・」
ススアの曖昧な返事である。
それでも、会場の拍手はまだ続いていて。
なかなか止まらない。
誰かが手を叩いているのを見て、やはりまた誰かが手を鳴らして。
『各代表の方々はグラウンドの中央に集まってください。』
「おー、だいひょー、マージ君ー」
「いってこーいー」
席を立って走ってく、照れたように笑う、満更でもなさそうな子らに声援らしきものも飛ぶ。
「学年じゃ、1位ってことだよね?」
振り向いたススアの瞳にはまた元気が復活している。
「そうそう。」
その瞳に頷いてやるビュウミーで。
「何かもらえそう?」
「メダルだって。」
キャロが横から即答だ。
「おーー」
良い反応に表情のススアにビュウミーが付け加えといてあげる。
「クラスのボードに飾るんだって。次の学年になるまでさ、ずっと。」
「おぉーー。」
瞳を輝かせるススアに、ビュウミーは可笑しそうに笑い。
隣のキャロを見れば、やっぱり彼女も嬉しそうに笑ってて。
その隣で向こうに笑顔で拍手してるエナ。
エルザもぺちぺち、少し力がないけれども拍手していて、瞳を瞬かせている。
そんな隣で、シアナは目を細めて微笑んでる。
向こうを見つめてる頬が、紅潮してるみたい。
機嫌も少しは良くなったみたいだ。
それから、目が合ったアヴェエは、驚いたように、はにかんだように、少し視線を落としたけど。
紅い顔は、自信なさげに、照れたような、笑顔みたいだった。
受賞の少し格式ばった時間も終え、拍手が続くままに終わった体育祭は、その余韻を横たわらせたまま閑散としていく。
生徒達も自由解散となって、いろんな方向にそれぞれまた散っていく。
まだ青い空の残っている下で、親に会いに行く子もいればその場に留まって友達と話をしていたり。
グラウンドの方から校舎に帰る幾人もの生徒達も、心なしふとした時に見せる顔が、さっきまでの体育祭のように晴れ晴れしている気がする。
レンガの道の上で、木々に導かれて歩く人たちの中には彼女達の姿もあって。
友達と笑い合う彼女達は、ふと、顔を互いに向かい合わせる。
それを眺めるようにしてる後ろのビュウミーも少し目を細めたみたいだった。
「いやー、1位になったねー」
「だねー」
傍で、ススアとエナが笑い合うのも。
「シャワー浴びよーシャワー、べとべと~」
キャロがそう気持ち良さそうな声を上げているのも、それっぽいと言えば、ぽい。
体育祭だから、というわけじゃなくスポーツを楽しんできたという感じだから。
ビュウミーとシアナはそんな彼女達の後ろに付いて歩いてた。
シアナの目はもう2人の、その隣のエルザとアヴェエにも向けられていて。
2人は他の子たちに対して大人しく、いつものように静かに歩いてるのだけど。
そのエルザの頬にも汗に砂に、少し汚れてるのが見えていた。
「あとであれ見よ、あれ。」
と、横でススアが元気にそう言うのを。
「あれ?」
エナは不思議そうに聞き返してて。
「あれ、えーと・・。」
少しばかり宙を見上げるススアは、両手の人差し指で、曲がってそうな円を何度か描いてた。
「あぁっ、メダル、」
・・の、単語が出てこなかったらしい。
「メダルね。」
エナはそんなススアに微笑んで。
1位のメダルだ、クラスでもらったはずの。
「今誰が持ってるんだろ?」
キャロがそんな2人に聞いてみる。
「んー・・・?」
ススアもエナもまあ、首を捻るわけで。
ほぼ同時に後ろに目を向ける、そんな3人に見られたビュウミーは言ってあげる。
「明日になれば飾ってあると思うよ、きっと。言ったでしょ、ボードにって。」
「あー・・。明日かぁ~・・、うーん。」
唸りだすススアは何かに葛藤しているようなだった。
「まあ、明日まで待てばいいじゃん。」
エナがそんなススアに笑ってたけど。
「そういや、
キャロが思いついたように。
「あぁ~。知ってる~」
ちょっと考えたエナがすぐに乗っかって。
「あれあんまり好きじゃないんだよね~・・・」
「えぇ?どうしてー?」
自分から言っといて謎な事を言うキャロにススアが驚いてた。
その様子を見てれば、すぐにメダルの事なんて忘れたみたいだったけれど。
「なんつうの?なんか・・、単調?音楽性とか?皆無的な?」
「あぁ・・・。」
ちょっと納得しかけたエナだったみたいで。
「キャロそんなのわかるんだ?」
素直なススアに。
「わかんない」
素直なキャロで。
「うん?」
「感覚なのさ、感覚、」
「えーっ」
笑ってるそんな3人の話を見てるビュウミーに、あまり興味なさそうなシアナとは表情も別々だけど。
ビュウミーはそんな話を続ける3人に、ときどき笑ってた。
―――ふと、アヴェは振り返って。
空の下のグラウンドの。
柵の向こう。
まだ人の活気が残ってる会場の後。
人が帰り支度を始めてる。
座っていたシートを片付けていたり。
喋りながら、ベンチの上の鞄を持って立つ夫婦らしき人たちとか。
散らばりつつある人たちの方を。
あんなに、拍手や声援で湧き上がった会場は、もうそれとは関係なく動いてる。
グラウンドの、中を歩く子らの中にはレースで使われたラインを見つめ歩いてるようにしてる子もいて。
それを横切って歩いてく子たちもいて。
遠くのあそこは、体育祭の、会場だった場所だった。
木々に囲まれて。
見上げれば、まだ白い日は青空の上にあるけれど。
「行くよー?エルザー、アヴェエー?」
って、不意に聞こえて。
振り返れば。
傍にあの子はいたけど、向こうを振り返ってた。
少し離れた他の子たちはこっちを見ていて。
こっちを振り返ったエルは。
ちょっと、瞳を瞬きさせて。
その瞳に、私はちょっと慌てて、こくこく頷いて歩き出せば。
一緒にエルは、向こうで待ってるみんなの所に、並んで、歩いてく。
みんなも、こっちを見てて、待っててくれてた。
何かのお喋りをしながら。
空は、まだ明るいけど。
帰ってく子たちはいっぱい。
グラウンドから離れて。
後ろにあるグラウンドに残るのは。
まだ色々なものがあるけれど。
グラウンドに置いてきたものは。
今も、私の感じてるもの。
・・どこかの、少しの気持ちだけ、あるみたいだったけど。
・・・立ち止まってるススアさんたちを。
周りの子達が傍を避けて、歩いてく。
それでも、ススアさんたちはみんな、エルと、私に笑ってくれてた。
「あれ、シャワー浴びないの?」
ロッカーから取り出した制汗スプレーを吹きかける、シアナを見つけて。
ビュウミーは鞄から取ろうとしてたシャンプーのケースから指を離す。
控えめなフローラルの香りをふんわりとさせたシアナは、そんなビュウミーに一瞥をくれて。
「いいや。今日はもう帰る。」
短く言いながら僅かに首を横に振った。
シアナはそれから、取り出した制服のブラウスを羽織ってボタンを留めていき。
「ふーん・・」
そんなシアナを見つめているビュウミーの、手は止まったままだったりする。
ロッカールームではシャワーしに行く人たちの他に、ロッカーの前で、わぁきゃぁ喋りながら着替えてたりする子たちも多い。
そんな中で、ビュウミーは無言のシアナを見続けていた。
「・・私も、いいか」
ビュウミーはそう呟くように言って、シャンプーのボトルを取るのを止めて、制服の方を掴んでた。
そんなビュウミーを見ているシアナの目は細まったままで。
「・・・」
特に何も言わず、ビュウミーが着替え始めるのを見ていた。
「先帰る。」
ビュウミーはみんなに言って。
「あれ?二人ともシャワーは?」
向こうでエナたちと喋ってたキャロが気付いて聞いてきたけれども。
「家で」
ビュウミーはそんなキャロに肩を竦めるように言ってた。
「ふーん。」
「今日は疲れた」
「あはは、オバチャンみたい。」
ビュウミーの疲れた一言にキャロはそう無邪気に笑って、自分のロッカーを開いてた。
まあ、慣れてるビュウミーは何も言わないけど。
ビュウミーがブラウスのボタンを留めている間に気付くのは、キャロも制服に着替え始めた事で。
「シャワーはいいの?」
キャロにそう聞けば。
「ん?家ででしょ。」
不思議そうに聞き返したキャロだった。
ビュウミーはそんな彼女に1つ瞬きをした目で。
それから可笑しそうに笑ってた。
キャロも、よくわからなさそうにだけど、笑い返してたみたいだった。
「みんなめんどくさがりだね。」
って、ススアがごそごそやってるロッカーの前で言ってて。
「汗臭いからモテナインダヨー」
モテナインダヨー発言したススアは、やっぱり制服を取り出して着替えようとしてて。
「おー言うねーこの子は」
キャロがそう言うのを、ロッカーのドアの横から顔を出してススアは笑ってた。
エナもそんな2人に笑いながら着替え始めてて。
「ススアも汗臭いぞ」
ビュウミーがそう笑いながら言ってやれば。
「私とエナは寮だから、すぐだよ。あ、あとアヴェエも。」
と振り向けば、呼ばれたのかと思ったのか、ちょっと向こうで振り向いてたアヴェエも制服に着替え始めていて。
その隣のエルザも、ちょっとアヴェエと話してたような、同じく制服に着替えている。
それを見つめていたシアナは。
「お、わたし持ってきてたわー」
キャロが制汗のスプレーをカバンから取り出してて、ブラウスの上から適当にシュプーっと吹きかけてる。
「あー、貸してー」
ススアが羨ましそうなのも。
「どうしよっかなー、あ、エナいる?」
「あ、ありがと~」
「なんで!?」
「いひひっ、」
エナが受け取って、キャロが意地悪で可笑しそうにススアを笑ってる。
エナも苦笑いだけど、軽くスプレーを自分に吹きかけたら。
「はい、ススア」
「ありがとー!」
すぐ笑顔のススアだ。
キャロも面白いまま笑いながら着替えを続けてる。
そんな3人から目を離し、着替えてるシアナはロッカーの前で、何も言わずに制服の上着のファスナーを上げた。
「そういえば、ぜったい着替えなきゃいけないんだっけ?」
「なんか怒られる。」
「でも今日くらいはいいんじゃないかな?」
「そうなのかな?」
シアナは、もう一度ロッカーの中の自分の鞄を少しごそごそしていた。
ふと、隣のビュウミーの、同じ様に鞄に手を入れてる仕草を見ていて。
気がついたビュウミーが、見ているシアナに、さり気なく微笑んで見せたみたいだった。
「・・貸してあげる」
シアナが渡してくれたスプレーに。
「ありがと、」
受け取るビュウミーは笑みを見せて、シアナが、逆隣のあっちの方をちらっと見たのも見つけてた。
エルザとアヴェエのいる方を、ちらっと見たようだ。
なんとなく、ビュウミーにはシアナの言いたいことがわかったから。
「貸してあげる?」
「・・汗臭かったらイヤでしょ。」
って、頷いたようなシアナだから、苦笑いのビュウミーだ。
制服の上からでもまあ、汗のにおい消しに効けばいいくらいだから、適当にスプレーして、控えめなフローラルの良い香りが周りに広がる。
シアナと同じ香り、なんか、気持ちいい。
「エルザー、アヴェエー、これ使っていいってー」
ビュウミーのちょっと大きな声に、着替え途中の2人は、アヴェエがぴくっと振り向いて、エルザがちょっと遅れて振り向いてた。
「・・あなた、ちょっと待って。」
そうシアナが言って。
呼びかけられたエルザが振り向こうとする。
木々の道、レンガの歩道、帰宅する子たちが喋りながら歩く道の上で。
シアナは鞄から引っ張り出した、さっき濡らしたばかりのタオルで。
そんなエルザの横顔に当てると、エルザは驚いたように身を竦めたけれど。
シアナは少し強めにごしごしと拭いていた。
それをされるがままに、押すタオルで頭が動いてたエルザで。
その隣のアヴェエは、少し驚いてるかもしれない目を瞬かせてた。
「・・汚れてるのくらい気付きなさいよ、自分の顔なんだから。」
そう、文句のように言って、シアナがタオルを離してみて。
顔から少しの汚れが取れたのを見て、シアナは鞄にタオルを戻した。
エルザは、そんなシアナの俯いた顔を瞬いて見つめていて。
「・・・ありがとうございます。」
少し視線を伏せ、律儀なお礼を。
鞄を見つめていた、そんな声に顔を上げたシアナは、それから何かを言いたそうに。
少し呆れたようにか、また真っ直ぐに見ているエルザを見つめ返していたけども。
ちょっと視線を移せば、アヴェエが、何とも言えない顔でこっちを見てる。
何も言わずに振り向いたみんなの方・・・も、まるでさっきのアヴェエみたいな顔をみんなしている。
・・・僅かに眉を寄せたシアナだったけども。
「あの、」
エルザが、そんなシアナに声を掛けたのに気付き。
「うん・・?」
振り向いたシアナはそんなエルにそのままの表情を向ける。
エルザはじぃっと、シアナを見つめていて。
・・それから、小さな口を開くと。
「・・お兄ちゃんが言ってました。良い根性だったって。」
「・・・・・・」
少し、眉を上げて、目を瞬かせるシアナで。
じぃっと見ているエルザはそれ以上何も言わない。
それからすぐ、シアナは何の事か思い当たったようだ。
その眉は更に顰まってた。
エルザが口を開けた、何かを思い出したように。
「好き、って」
シアナが寧ろ、ひくっと口元が引きつってたけれども。
「言ってました。」
エルザはそう、それから、みんなを見て。
「みなさん、・・・さようなら・・」
そう告げて。
「あ、うん。ばいばいーまた明日ー」
「またねー」
「おつかれー」
「ばいばいぃ」
手を振るみんなから。
振り向いたエルザは、アヴェエに、また少し小さく。
「さようなら・・・。」
そう、優しく言って。
「ぁ、はい、・・さ、さよなら・・・」
アヴェエは慌てたように、小さくだけれど、片手を振ったのを、シアナも見てた。
エルザは、歩いてく、続くレンガの道の向こうで待ってる母親らしい人と、あのお兄さんの元へ・・・。
「・・・」
エルザの背中を、それから向こうの年上の2人を、・・・アヴェエと隣で、じっと見つめてたシアナだった・・・。
それにふと気がつくアヴェエは、シアナが、・・珍しくじっと、ぼうっとした目でいて。
・・でも、またシアナの視線の先の、あの子の背中をアヴェエは、追いかけるように見つめていた。
「良い『根性』だったって、・・・っ」
って、ぐっと、傍でキャロは握りこぶしを作って、少しわざとらしくシアナに言ってみてたけれど。
にやりとしてる笑顔は、あからさまな挑発だ。
「・・・」
・・振り向いて損したと言わんばかりに、シアナはまたエルザのいる向こうへと目を向けてた。
向こうの、母親と手を繋いだエルザは、お兄さんも見上げて、見つめて一緒に歩いて行く。
3人の背中は、他の家族達の中に紛れ、溶け込んでいくのだから。
夕日になり始めた中の、少し眩しい光景には違いないみたいだ。
「・・・本当に、マザコンに。・・ブラコンなんじゃないの。」
その夕焼けに映える、エルザの横顔は。
・・嬉しそうに微笑んだようにも見えて、シアナはせめてそう呟いてた。
その声に言葉が、拗ねたようにも聞こえたのはビュウミーだけかもしれない。
「かもね~・・・。」
そう言って、シアナの見る先の、エルザを見つめていたビュウミーも、苦笑いのように笑ってた。
「意地悪いよー、シアナー」
そう、調子外れの声が聞こえ。
振り向けば、ススアがこちらを見て少し口を尖らせている。
その、目が合ったら瞬く瞳を、見つめて。
シアナは、それから。
少しだけ、ふっと可笑しそうに微笑んだような気がした。
そのまま、口を開いて。
「じゃ、私も。帰る」
そう、シアナは向こうへと歩き出して。
「私もー。」
「私も」
キャロもビュウミーも、そんなシアナをちょっと駆けて追いかけてく。
レンガの道の上、木々の道の上で、喋る子たちの学校の道の上で。
すぐ追いついて、振り返って、笑いながら手を振ってくキャロに。
「それじゃねー」
エナも。
「ばいばいー。」
ススアも別れの挨拶に手を振ってる。
アヴェエは、小さくだけど。
でも、アヴェエも控えめに手を振ってて。
歩いてく3人が、少し振り返ったときに、見てくれたかもしれなかった。
3人並んで、歩いて、何か話し始めて。
・・・後ろ姿を見つめてたアヴェエは。
向こうの、エルがいなくなった方も見てみたけど。
知らない人たちの、家族っぽい姿たちだけが、夕方の景色に溶けてるだけで。
「アヴェエー、こっちー」
呼ばれて、振り返ると。
ススアとエナはもう、ちょっと離れて振り返ってて。
アヴェエは、少し慌てて、夕日を背に二人を追って小さく走り出した。
向こうの入り口の方、ススアとエナよりも向こうの方に、少し背の高いアキィがいて。
アキィの友達たちも、周りにいて。
ススアたちを見て、待ってるみたいだった。
アヴェエは鞄を持つ手を握りなおして、もう少し速く走って、ススアとエナの後ろを追いかけてった。
****
―――ココさんは、うちのクラスが1位になったのを聞いて、嬉しそうに笑った。
それから、1位になったら良いこととか、いろいろ話してた。
ビュウミーさんたちが言ってたことも、話してたけど、他にもいろいろ教えてくれた。
・・・薄明かりに見えるテーブルの向こう。
静かな私の部屋は、何も聞こえない。
聞こえるとすれば、私の息の音と。
・・ときどきちょっと笑っちゃう、私の音。
今日は、疲れた。
眠くて、ちょっと、ぼうっとする。
でも・・、嬉しかった。
みんな喜んでた。
あの子も、笑ってた。
・・私も、笑ってた。
あの子みたいに。
たぶん。
笑ってた。
あの子みたいに。
嬉しかったから。
エルの家族の人とも会ったし。
お母さんの、メルさんは、優しくて、綺麗で、ちょっと変だけど、すごくお母さんぽかった。
あと、若くて。
お兄さんは、細める目の、遠くを見てるときとか、あまり笑ったりしなかったけど。
メルさんとか、エルと話してるときは、ときどき優しく笑ってた。
兄妹なのに、エルとはあまり似てなかったけど。
・・・全然、かな。
メルさんと、エルは、ちょっと、似てる気がした。
雰囲気とか、仲良しな所も。
お兄さん、いくつなんだろう。
エルと離れてるような、離れてないような。
よくわからないや。
・・なんか、不思議な家族。
・・・それから。
・・今日。
・・・お兄さん、の・・・・、あの、男の子達に囲まれた。
・・すごく怖かった。
・・・近付いてきて。
・・怖くて。
・・・怖かったら・・。
・・お兄さんが、助けてくれた。
・・・お兄さんは、笑って。
私の手を引いてた・・。
・・・お兄さんは、優しくて。
話し方なんて、ぶっきらぼうな感じなのに。
・・ほかの男の子たちと同じ感じ。
・・だから、やっぱり、良い人だった。
・・・・・・あ。
お礼を言うの、忘れてた・・。
・・・お礼、言う・・べきだったよね・・?
・・私、言ってない・・・よね。
言ったっけ・・・?・・言ってない・・・だっけ・・?
・・・うぅ。
ベッドの上の。
私は、少しぼおっと、向こうを見つめてた。
テーブルの向こうの、薄明かりの色。
それの中には、今日の、みんなが、あって。
みんなが、動いて。
笑って・・・。
・・お兄さんへは、お礼のことを思い出して、ちょっとむず痒くなって。
・・・布団を引っ張って、柔らかい布団をぼふっと、身体に掛けて。
包まれてると、すぐに温かくなって。
――――・・・シアナさんは・・。
・・・泣いてたけど、笑ってた。
―――ススアさんを抱きしめてた。
・・泣いてないのに・・・泣いてた・・・・・――――かっこよかったのに・・・――――
薄い瞼をぴくりと動かし。
ぼうっとしてれば。
いつの間にか瞼を閉じている。
――――アヴェからは、すぐに静かな寝息が聞こえてて。
薄明かりに、無垢な寝顔を。
小さく想っていた・・いろんな続きも・・・全部、宙に溶け込んでいってしまったようだ。
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