2章
第4記 ~『ちょっとの友達に』 <2章>
日の白い光が差して、輝いてる。
テーブルの上に落ちてる光は鏡みたいに、部屋の中全部を照らしてるみたい。
・・朝になった、壁も天井も、床に、棚も、椅子も、部屋の中、全部。
・・・隅っこの薄暗さを残したまま、部屋はもう朝で明るかった。
私はまだちょっと、開かない目で。
温かくて、気持ちいい、布団の中、丸くなって、ぼうっとしてた。
部屋の外から聞こえる誰かの声。
外はもう明るいから、部屋の外の廊下はもう、人が歩いてるみたい。
でも、まだ眠い私は。
ぼうっとしてて。
柔らかい枕に顔をこすり付けてみて。
・・ちょっと気持ちいい。
身体をもぞもぞ動かして、布団の中の柔らかさを感じてた。
ピコピコピコ……!って、いきなり大きな音がして。
どきっとして、枕の横で鳴ってる目覚まし時計を取ってスイッチを切る。
すぐにうるさくなくなった。
・・ほっとして、身体から力を抜いた。
突っ伏した頬はぽすっと、柔らかい枕に埋まって。
まだ気だるくて。
静かで。
柔らかいベッドの上で・・。
・・・布団を少し跳ね除けたから、ちょっと肩とかお腹が肌寒かった。
そう感じてるような、思ってないような・・。
ぼうっとしてて・・。
・・ちょっと足を擦り合わせた。
やっぱり少し寒い・・。
・・・伸ばしてた手の中の時計。
動いてる、もう起きる時間だった。
まだ少し、ぼうっとする目でそれを見てて、それから。
・・私はぐいっと腕に力を入れて、頬に気持ちよかった枕から離れた。
もぞもぞ動いて、ベッドの上で少し転がって。
布団から、足を抜いて、下ろしたスリッパの上。
ベッドの端に座ってる私は。
・・白い光が差し込んでる、テーブルの方に顔を上げてた。
朝の光。
朝の、私の部屋。
・・目を開けようとしても、まだちょっと重くなるけど。
部屋の中を見回して。
息を、少し大きく吸い込んだら・・その息は延びていって、欠伸になってて。
ベッドの上で座ってるまま私は腕を伸ばして、背中を伸ばして、伸ばして。
大きな伸びをしてた。
変な声がちょっと出てた。
胸の上まで留めたボタンの、白いシャツの裾を包んで、スカートを腰で留める。
腰の周りを見下ろしながら、ゆらゆら揺れるようなスカートを少し叩いてみて。
スカートの裾が波打って揺れて、素足に当たってた。
風と一緒に当たってくるその感触にちょっと、ぶるっと震えて。
傍のテーブルの上に置いてた黒いストッキングを取って、椅子に座ったら。
足の先を上げてストッキングを通して。
少し持ち上げたら、もう片方の足。
それから、上に引っ張って。
薄く伸びてくストッキングの脚も伸ばしていって、全部包む。
お尻の辺りまで持ち上げたら、立ち上がって。
腰までちゃんと引っ張って伸ばして、捲れたスカートを腰まで落とした。
空気に当たってた素足が包まれて、温かくなってる。
スカートの裾を巻き込んでないのをちゃんと見て。
少し動くと、スカートの端は揺れて、風と一緒に足に当たって。
でも、さっきみたいな、ぶるっと震えるような感じじゃないから。
椅子に座って、もう一度。
ストッキングが線になってないように。
両手で腿まで伸ばしてった。
直に触れてない感じは。
手の中でも少し温かくて。
両足とも足の先から腿の上まで、ちゃんと伸ばして。
椅子から立ち上がって、少し捲れてたスカートの裾を叩いて落とした。
はたきながら、腰でちょっと揺らすように見下ろして。
揺れるスカートも。
裾から見える揃えてる両足も。
ちゃんと変じゃない。
・・・うん。
だから、テーブルの上に置いてる、制服の上着をそのままにして。
棚のほうに歩いて。
襟とかリボンとか、棚の鏡を立たせてちょっと直して。
櫛を取って。
髪の毛に差し込んで。
何度か梳いて。
引っかからなくなったらちょっと、指で髪の毛を摘んで触ってみる。
手で全体をちょっと分けてみたり、流して。
指が気になったところを持って。
櫛を差し込んで。
何度か引っ掛かるから。
あまり引っ張らないように、櫛を通す。
指を摺り寄せて。
落ちて流れてく髪の毛がちょっと揺れる。
・・櫛を置きながら、シャツの上をちょっと叩いて。
横の、洗面具を取って。
扉の方に歩いて。
それから、スリッパの足を止める。
扉越しからも聞こえてくる人の声。
聞きながら、今日も、人はいっぱいいるんだろうなって思う。
私はちょっと、息を吸い込んで、胸を膨らませて。
吐いて。
・・・でも、どきどきし始めてるから・・。
・・お腹の前の、手に持ってる洗面具を見てて。
・・・顔を上げて、鍵を外して。
扉のノブを持った。
少し力を入れたら、すぐに開く扉。
簡単に開いちゃうから、もう、人の声や歩く音とかが、扉の隙間から広がる。
・・・ちょっとだけ、顔を覗かせてみて、扉の周りは、・・人がいないのを見て。
私は扉の隙間を抜けて、人にぶつからないように周りを見て。
同じ方に歩いてく人の方に付いてく。
洗面場のある方へ。
だんだん人の声も多くなってく中で。
歩いてく、今日も一緒だ。
女の子たちの元気な声と、楽しそうなお喋り。
気付いたら、胸に持ってる洗面具の小さい袋を、ぎゅっと握ってた。
歯も磨き終わって、部屋に帰ってきて。
扉を閉めたら静かになる。
棚に洗面具の袋を戻して。
・・えっと。
テーブルの方の、制服の上衣の傍。
・・・それから、鞄を、私の机の横から取ってきた。
テーブルの上に置いた鞄へ。
ノート、入れたっけ?・・ノート、もう一回机へ行って、持ってきて。
鞄に詰めて。
あとはもう、忘れ物無いのをちゃんと見て。
・・ベッドの方で、捲れてた布団に気付いて、ちゃんと直しに行った。
それから。
・・あとは、もう無いはず、だから。
鞄を閉めて。
制服の上衣に腕を通して、前を留めて。
鞄を持って、両手に提げて。
・・きょろきょろしながら扉の方に歩いてく。
もう一回、部屋の中を見回して。
それから。
・・扉を振り返って。
外の声が、少し聞こえる。
・・ちょっと、とくん、とくん、感じてて。
・・・でも、扉のノブを取って。
扉を開けた。
部屋の外の音が広がる。
扉の隙間を通って。
私の、静かな部屋から、外へ出て行った。
部屋から出て廊下で歩いてる子達は、制服姿の子達もときどきいて。
朝の挨拶も周りから聞こえてくる。
「おっはよ、」
「デュリカッチャー、新しいの見たぁ?」
「見た見た、おもしろかった・・!」
色んな話も聞こえる中で、足元を見つめながら、私は歩いてて。
いくつも通り過ぎる人の声を聞いてた。
「あんたそろそろやんないとまずいんじゃ」
「やばいかなー?」
「あれはそうでしょ、だってレポートだよ?」
「たっりぃ・・」
「おい」
『おはよーー』
って、元気な、聞こえた1つの声に気がついて。
私は顔を上げてた。
一番大きな声だったから。
聞き覚えのある声だったから。
声のした方は。
前の方。
私が歩く、近くにいたのは、小さな背の、金色の髪の、女の子、ススアさんだった。
誰かに声を掛けたみたいに、あっちに向けた横顔は笑ってる。
話してる相手は知らない人。
「おはよ。朝から全開だね」
その人もススアさんに笑ってて、何か話してる。
「全開だよ!全開じゃないけど!」
「どっちだ」
ススアさんの、目を細めてる横顔・・。
私が目を離す前に。
「だって朝だよ・・・」
ススアさんは、こっちを見たかもしれなくて・・。
私はちょっと、どきっとしてて。
顔を俯かせてた。
「今日は朝練ないんだ?」
「ぇ、あっ、うん、今日はね。」
ススアさんの声が、話してる声が横を通り過ぎてくのを聞いてた。
通り過ぎた・・私は、どき、どき、してて・・・。
「だって体育祭でしょ?休む所も多くなるみたいだよ?」
「そうなんだ。」
後ろにいるススアさんの声を気にしながら。
向かって歩いてきた人と。
ぶつからないように、気をつけて避けて。
少し顔を上げて、前の方を見てみて・・。
「ぉ、ぉはよう・・?」
声が。
まるで耳元から。
聞こえたような。
「アヴェエ・・・?」
名前・・・。
・・な、名前・・?呼ばれ・・なんか、え、えっと困ってるようなだけど・・、さっきの声・・・聞き覚えのある声・・・となりの・・・。
「ぅっ・・・」
すぐ隣で、ススアさんが。
覗き込んでるみたいに、私を見てて・・。
ぇ、えっと、あ、ぅ、ぁ・・。
ど、どうする、んだっけ・・・で、でも、じっと見てきてる、ススアさんの、青い瞳が、少し歪んでて。
「・・ぁ、ぇへへへ・・」
ちょっと、悲しそうだった。
ススアさんは、・・笑ってる・・のに。
「・・ぁ、ぉ、ぉは・・、」
か、悲しそうだから。
「よう、ございます・・・・」
私の、変、だったかもしれない、けど・・慌てて、急いで、私は挨拶を、し返してて・・・。
・・ちょっと、見上げた、ススアさんの・・瞳は、ちょっとだけ、煌いた気が、した・・・。
悲しいの、少し、治った、かもしれない・・・。
・・私は、ススアさんと見つめ合ってた、のに気付いて、また少し、俯いて・・・。
見えるススアさんの足元、靴が、動いて、ちょっと床を、踏みなおしてた。
「カバン!鞄持ってる!もう学校行くの?」
って、ススアさんが。
「は、はい・・。」
「早いね?」
私は頷いてて。
「あ、い、いえ・・。」
「うん?」
って、不思議そうだった。
今すぐ、行くわけ、じゃなくて・・。
「・・ぁ、今からご飯か!」
「は、はい・・。」
私はやっぱり、こくこく頷いてた。
少し俯いてても。
背の少し低いススアさんは、私の顔をじぃっと、見てるのが、なんとなく、わかるし・・。
ススアさんの口元も少し見えてる気がする。
「その、後で・・・。」
「うん?」
ちらちら、ススアさんの口元も、目に入ってて。
「学校、に・・。」
「・・やっぱり、早いんだね・・?」
ススアさんの声は、ちょっと、微笑んだ気がした。
ちょっとだけ、顔を上げて、見た、ススアさんは、にっこり、笑ってた。
私は、視線を落としながら、ススアさんにこくこく、頷いてた。
「それじゃね。私はねぼ寝ぼアッキィ起こさないといけないから」
明るい声の。
「は、はい・・」
ススアさんに私は頷いて。
ススアさんの駆ける様に行っちゃう足元を見てて。
・・行っちゃって。
・・・私が、早いのかは、よくわからなかったけど。
・・顔を上げてみて、・・横の、ススアさんの行った方を見たら。
ススアさんが立ち止まったまま、振り返ってて。
円らな瞳で、私のことを見てたみたいだった。
私はちょっと、どきっとして。
顔を俯かせてて。
・・えっと。
・・・。
・・ちょっとだけ、もう一回、向こうを見たら。
ススアさんの、てってっと軽そうに駆けてってる後ろ姿が離れてくのが、見えてた。
・・・人に、ぶつからないのかなって。
少し、思ったけど。
私も、立ち止まったままなのに気がついて。
周りをちょっと見て。
廊下を歩く人達の中で。
みんな、変わらない。
歩いてたり、喋ってたり。
私は。
・・歩き出した。
床を見つめながら。
・・・そういえば、久しぶりに、ススアさんの声、聞いた、気がする。
ススアさんの、青い瞳も。
くるくる、変わる表情も。
元気な声も。
あの表情も。
ススアさんの、だった。
それから。
アキィさんは、まだ寝てるんだ、・・・って、思った。
トレイの上の、パンを、一つちぎって。
口に入れた。
少しぱさぱさして、ちょっと甘くなって、香りも広がる。
ちょっと甘い香り。
飲み込んで。
隣の、ココさんを見上げたら。
今日はまだ、少し眠そうな目でパンをかじってた。
ジャムをつけたパン。
甘そうで。
そのまま口に運んで食べてる。
・・私は、それから、パンを一つちぎったけど。
閉じたままの、ジャムのパックの蓋が目に入って。
ちょっと考えて。
蓋を開けてみた。
オレンジ色の、透き通るようなジャムの色が詰まってて。
ちぎったパンをつけて。
オレンジ色の、それがついたパンをじっと見て。
口に入れた。
甘くて、苦い、オレンジ色のついたパンは。
口の中から、ちょっと、ぶるっと、震えて。
でも、なんとか、噛んで、飲み込んで。
まだ舌の上に残ってるような苦味。
やっぱり、次にちぎったパンも、つけないで食べた。
ミルクとか、飲んで、朝ご飯を食べ終わっても、隣のココさんはもぐもぐ、静かに食べてた。
水道の場所で、ココさんが私を呼んで。
水をつけたココさんの手が私の髪を触ってくる。
私はじっとしてて。
ココさんの櫛で梳かされてる間も。
床を見つめたまま動かないでいて。
「んー・・、ま、いいわ。」
って。
ちょっと考えたようなココさんで。
ココさんを見上げたら、髪の毛がちょっと引っ張られて。
「あぁ、ちょっと待って」
って。
だから、私は、また床を見つめて、動かないでいて。
「はい、いいわよ。」
ココさんの声が聞こえて、私は顔を上げて振り返った。
まだ少し、眠そうなココさんは髪の毛を見てたみたいだったけど。
私を見たら、少しだけ微笑んだ。
私は顔を下ろしてて。
「それじゃ、いってらっしゃい」
ココさんの声に。
「はい・・・。」
ちゃんと、頷いて。
私は、後ろに向き直って、歩き出す。
・・振り返りかけたけど。
やっぱり、前を向いて。
他の子が歩く廊下を歩き出した。
・・歩いてると、髪の毛が揺れるのを感じてて。
ちょっと、ココさんが治してた辺り、触ってみてて・・。
・・やっぱり、濡れてる感じがしてた。
手を下ろして。
鞄を両手で持って。
床を見つめて、歩いてて。
・・ちょとだけ、ココさんを、振り返ったら。
ココさんは、私の方に、欠伸をしてた。
すぐに私を見たココさんは、ちょっと、恥ずかしそうに、笑ってた。
それから、手を振ったココさんに。
私は、ちょっとだけ、頷いたように、下を向いて。
・・前を向いて。
両手で持ってる鞄の指。
ぎゅっと握ったのを、見て。
歩き出して。
深い茶色の濃い廊下から、白い廊下に変わると。
日の光の入る窓がすぐ傍にあって。
廊下は明るくなる気がする。
人もだんだんいっぱいになってくるから。
青い空の、虹のプリズムが少し混じる空の、下には濃い緑が風に少し揺れている。
外の庭の景色を見てられるのも少しだけで。
他の人が目の端に入ったら、ぶつからないように、気をつけて。
足元を見ながら、他の人が歩く中で歩いて。
誰かの大きな声の、男の子の声とか、友達と笑ってたり。
私はときどき少し顔を上げて、自分がどの辺りにいるか見て。
私の行く、ホームルームの教室まで。
白い廊下を歩いて。
他の人を避けながら。
他の教室を見上げながら。
ときどき、目に入る窓の外の景色は、明るくて。
他の子たちと。
窓から差し込む日の光。
白い廊下をもっと白くしてて。
床の、その光を見つめて、私は、歩いてた。
教室にはまだ少し、いる人は少なくて。
私はそんな教室の中を見回して、端っこの、人のいないところを見つけて。
誰もいないそこの机に鞄を置いて。
座ったら、少しほっと、息をつく。
ずっと手に持ってた私の鞄を見てて。
・・そうしてると、教室に入ってくる人が増えてきて。
教室の中もだんだん賑やかになってくる。
声が少し多くなってきた気がして、私は鞄を見つめてた目をちょっと、上げてた。
ホームルームの時間に近付けばもっと、増えてくるから。
他の人達の挨拶、友達同士で話してて。
だから私は鞄を見てて。
また少し増えた気がして。
隣に、誰か来た。
私が振り向く前に。
静かな声が近くで。
「・・お隣、いいですか・・?」
ささやかな声が聞こえる。
私は、見上げる前に。
「はい・・、」
頷いて。
「ありがとう・・。」
その子の声を聞いて。
腰を下ろして座る音。
鞄を静かに置い隣の。
あの子の、横顔を見て。
前を見上げたら、綺麗な瞳を瞬かせて。
光る長い栗色の髪の毛が揺れてた。
可愛くて、綺麗な。
ふと、私の方を見た、あの子と。
目が、ちょっと合って。
私は、顔を俯かせて。
鞄を見つめて。
どきどきしてる胸を、感じてた。
隣のあの子の、スカートの辺りを見て。
少し動かす足元と一緒に少し揺れる。
あの子の瞳は、やっぱり、光に輝くように、綺麗だった。
****
授業が終わったら。
私はノートに鞄を詰めてて。
あの子を見たら、私を見てて。
ちょっと、目を逸らす。
最後まで押し込んだノートに、鞄を閉じて。
あの子をちょっと、見たら、こっちを見てたから、ちょっとだけ・・。
「行きましょう。」
あの子の声に、こくこく頷いて立ち上がって。
私はあの子の後ろに付いて、廊下へ出てく。
人がいっぱいの廊下の、前から歩いてくる人とぶつからないように。
ちょっと気付いて、隣のあの子を見ると、目が合って。
私はどきっとして、目を逸らして。
俯いて、少し歩いて。
隣をちょっと見上げたら、あの子は気付いたみたいに、私を見た。
私はまたどきっとしてた。
やっぱり、足元を見て。
・・とくん、とく、胸がしてて。
・・・ッカ、って、音がした気がして。
隣から、そうしたら、あの子が。
何かに引っかかったみたいに。
あの子は、身体が、前に行って。
・・あ・・・・。
バランスを崩して、転びそうに・・。
つんのめったあの子を見てた、・・けど。
・・堪えるように。
膝を曲げたまま、止まってて。
・・・ちょっと、固まってた。
でも、すぐに背筋を真っ直ぐに伸ばしたあの子は。
それから、すとんと、その勢いのまま肩を落としてた。
全身がほっとしたみたいな。
くるっと振り向いたあの子が私を振り返ったけど。
瞳をちょっと円くしたようにして私を見てて。
まだ凄く驚いてるみたいだった。
その瞳に私もどきっとしたけど。
あの子を見てて。
どきどきしてたけど。
あの子も、私を見てて。
瞳を瞬かせて。
・・ちょっと、可笑しそうに。
ちょっと恥ずかしそうに。
口元を締めたまま。
微笑んでた。
可笑しさが、少し堪えられなかったような笑顔。
私も。
・・可笑しくなってて。
顔を少し俯かせてて。
笑いそうになって。
でも。
ちょっとだけ、見上げたあの子は。
さっきより可笑しそうに、頬を持ち上げて、笑ってた。
恥ずかしそうな微笑み。
可笑しくなって。
・・私も笑ってて。
俯いて、我慢するけど。
肩がちょっと震えるくらい。
・・他の人が、通り過ぎたら、あの子を、私を振り返って見てるのに気がついたから。
私はちょっと、どきっとして。
床を見て。
立ち止まってた私と、あの子だったから、廊下の途中で。
あの子の、足元を見てたら。
あの子は靴の踵を揃えたまま。
可笑しいのは堪えるような。
収まってきたような。
・・私は、あの子の傍に一歩、二歩。
あの子の隣で、止まって。
横の、隣の、あの子の横顔を覗いたけど。
あの子は口元を、優しく微笑んだまま、私を見てた。
私はどきっとしてたけど。
私から前を向いて、ゆっくり歩き出すあの子を。
その横顔を追いかけて。
一緒に並んで、歩いて。
廊下を、一緒に。
いろんな人たちが喋ってたり、歩いてたり。
でも、その間も、あの子の表情とか、思い出すと。
・・可笑しくなって。
私はちょっと、笑ってて。
・・・隣の、あの子を見上げたら。
あの子は私に気がついたみたいに。
横顔を振り向かせて。
優しかった瞳が、また少し微笑んで。
私に、微笑んでた。
私は。
私も。
・・微笑んでた、みたいで。
あの子の瞳を見てる、私も。
またちょっと、頬を持ち上げたあの子も。
まだ、やっぱり、まだ可笑しそうだった。
先生の声。
ノートを見つめながら。
私は、ページを一枚捲って。
それからまたじっと、ノートを見てた。
予習で読んだの、ばかりだから。
・・私は、ノートから目を離して。
それから、目の端に入る、隣のあの子を。
綺麗な瞳を。
・・じぃっと、ノートを見つめてるあの子を見てた。
綺麗な瞳が少し動くと、煌くみたいに。
窓の、日の光から、あの子の周りだけ、強く光ってるみたい。
頬が少し動いて、唇も少し形を変えて。
想ってる様に。
何かを、瞳が少しだけ瞬いた。
・・少し、頭を動かせば、少し揺れる髪の毛が、光の艶が、零れるみたいに。
暖かい日の光は、まるで傍のあの子から来てるみたいに。
瞳が揺れて。
煌いて。
呟いたみたいに、紅い唇が少しだけ形を変えたら。
それから少し、微笑んだみたいに顎を少し上げて、また少し光の艶を頬に零す。
・・あれ、どうなってるんだろう、って。
綺麗に透き通るような、髪の毛の色を見てた私は。
ぽかぽかして、ちょっと暖かい光の色の。
少し、瞼が、重くなってきたかもしれなかった。
ちょっと、背中を伸ばすみたいに、震わせてみて。
そしたら、あの子が私を見てきたから。
私は、ちょっと瞼が重かったけど。
あの子は目を細めたから。
私も、あの子の手元を見つめながら。
ちょっと、微笑んだかもしれない。
眠く・・。
・・・眠く・・・?
思い切りはっとして、目を開いた私は、あの子が私を少し驚いたみたいに見てるのを。
私も驚いたように目を合わせて見てるのに気付いて、すぐにノートに顔をばっと戻した。
どきどきしたまま、ノートをじっと見つめてる私は文字なんか読んでなかったけど。
危なかった・・、あの子に眠ってる顔を見せちゃうところだったから。
ぽかぽかしてた陽気はちょっと、熱い顔に、変な汗、・・なんか暑く変わってるみたいだった。
その後もずっと、どきどきしたまま、聞こえにくい授業をずっと聞いてた。
****
「ねぇ、ちょっといいかな?」
って、誰かが声を掛けたのを聞いて。
口の中に入れたスプーンを抜くアヴェはちょっとだけ横を見てみた。
隣のあの子はお弁当箱を見つめたままフォークで刺すところで。
「あのぉ、君なんだけど、君」
アヴェが顔を上げてみると、あの子の後ろと、それから横に立った男の子・・人達がいた。
制服姿のその人達は、年上、のように見えた。
あの子に声を掛けてるようなその人達はみんなあの子を見てたけど。
あの子は、私が顔を上げてたのに気付いたようにして、それから男の人たちへ顔を上げてた。
そうしたら、ちょっと、嬉しそうにしたあの人達で。
「写真撮らせてもらっていいかな?」
って、あの人達に、あの子は瞬きを繰り返してた。
あの子に注目してるこの3人の人達をよく見れば、手にカメラを、高そうなのを持ってる人もいて。
「あぁ、僕ら怪しいもんじゃなくて、新聞を作ってるんだ。」
「ちゃんとした新聞クラブの者だよ」
って、あの子に言ってて。
「はい・・・」
あの子はまだちょっと、戸惑ってるみたいだった。
「次出す新聞に君の写真を載せたくてさ。どうかお願いします」
ぱちくりと、瞬きをする栗色の髪の少女は、とりあえず隣の黒髪の少女の顔を見るけども。
彼女も同じ様に瞬きをしてその少女を見つめ返すだけで。
ぱしゃりと音が鳴り、振り返った少女にカメラ役の彼の構えたレンズが向けられてた。
そのままぱちくりと、レンズを見てる少女にシャッターは何度か切られてた。
「カメラは気にしないで、僕らと話してくれればいいから」
「・・まだ、撮っていい、とも、言っていないんですが。」
静かな物腰の、不服の声・・には聞こえない、ような。
撮られた栗色の髪の少女は瞬き多い表情に、きょとんとしてるみたいだった。
「あぁ、だめ?ぜひ載せたかったんだけど・・」
彼の言葉に、彼女は少しの間考えるように彼を見つめていて。
「少しだけでいいんだ。お願いだよ・・」
それからカメラを向けている彼を見上げた。
そこでまた1枚写真が撮られてた。
・・少女は話す彼に目を戻すと。
「わかりました、いいです。」
栗色の、ウェーブさせた長い髪の、印象的な栗色の瞳の少女は、先ほどからあまり表情が変わっていない。
けれど、あっさりと頷いたので、少し拍子抜けしたのは彼の方で。
「いいの?」
「はい・・・?」
彼女は逆に不思議そうに彼らの顔を見ていた。
「あ、ありがとう。」
「いいえ。」
丁寧な物腰の彼女を一旦置いて、彼らは顔を見合わせて目で少しの合図を交わしたみたいだった。
「じゃあちょっとインタビューさせてもらうよ。一緒にコメントも載せるから」
「・・・」
またちょっと、見つめてくるまま、考えてるような彼女に。
彼はまた一旦口を閉じるが。
「・・いいかな?」
もう一度聞けば。
「はい・・。」
充分な間の後で、いちおう、こっくり頷いてくれた。
少しほっとした彼は、見つめられてて、ぴくっと笑んだ。
「じゃ、じゃあ、お名前は?」
「・・エルザニィア・フェプリスです。」
彼女は少し迷ったようにして、答えてくれた。
「エルザニィア・フェプリス、いい名前だね」
「・・ありがとうございます。」
「えーとー、エルザニィアだから、友達にはなんて呼ばれてるの?エルザ?ルイーザ?エルサ?」
またきょとんとしたような表情に、瞳を瞬かせている彼女で。
その間もカメラのシャッターが時々切られてる。
「・・・エルザ?」
少し不思議そうに答えた彼女に、彼は笑ってしまったが。
「エルザかー。僕も呼ばせてもらうね。次もそんな難しい質問じゃないよ。エルザ」
そう言われて、彼女は少し頷いたようだった。
「えーっと、クラスは?どこ?」
「2-BCです。」
「2-BCかぁ、やっぱ可愛いね」
そう言われると、ぽっと、紅くなったような少女で。
「あぁ、僕ら、年上みたいだから、やっぱりなって、思ったわけで、えっと。でも言われ慣れてないのかな?可愛いって」
「・・いえ・・」
また少しエルザの頬が紅くなったような気がする。
「意外だなー。あ、学園の美人を探してたんだ僕たち。君と会えて良かったよ。で、もうちょっと聞くけど、クラブには入ってるの?」
「いえ・・」
首を横に振るエルザは、また少し顔を紅くしてる。
少し小さくもなって恥ずかしがってるみたいだ。
「入ってないの?なんで?入らないの?」
少し考えたようにエルザは瞬くけど。
「・・いえ。」
彼女は隣の、友達らしい長い黒髪の少女に視線を送ってた。
その友達は緊張したような紅い顔でいて、エルザと目が合うと、俯いてた。
彼は気が付く、エルザが気を使ったようなその仕草に。
「あぁ、ごめんね。お友達待たせてるね。すぐ終わるから」
その友達の黒髪の少女に言った言葉にも、黒髪の彼女は俯いてるだけで応えてはくれなかった。
無反応に彼も少しどうしようかと思ったが。
その友達を見ている茶色の髪の少女、エルザは彼女を気遣ってるように見えた。
・・彼女は友達に声を掛けようとして。
「身長、とか、そういうのは聞いてもいいかな?」
少し開きかけた口を、彼に戻した。
「・・・身長、ですか?」
静かに、不思議そうに聞き返してきた。
「うん、体重とかまで教えてくれる子はいるけど。あ、嫌なら身長だけでも、ね?」
彼女は少し考えているように彼を見ていた。
「・・・すいません、お断りします。」
「え、ああ。んー、ダメかい・・?身長くらいはみんな言っちゃうんだけどなあ。校内の読者も多いし。」
「・・・?」
きょとんと見つめ返してくるエルザだった。
「・・じゃあ、記事には推定で書いてもいいかい?」
苦肉の策ではあるが、よくあるやり方だ、少なくとも彼の記事内では。
たまにクレームも来てるかもしれないが、それも勉強だと思ってる。
「すいてい・・・?」
「そうそう。僕が予想したって書くから、お願い」
少し考えているようなエルザは。
瞬く。
・・・。
瞬く。
・・・・。
少し心配になった彼は口を開きかけたが。
「・・・はい・・。」
明らかに悩んだ挙句、の彼女は頷いていた。
彼は喜んで笑顔になる。
「そっか、じゃあちょっと立ってみてくれていい?」
そう言って、先に椅子から立ち上がる彼に。
彼を見上げた少女は。
・・静かに椅子から立ち上がって。
彼の胸の辺りを見つめている、目の高さがそれくらいの彼女の頭の上を見下ろして目で測るのだが。
艶のある髪の毛が綺麗で、それに好い香りもするかもしれない。
間近でそれを見れるだけで、少し動きが固くなる彼だ。
「・・ん、大体、ありがとう。」
そう言われて、丁寧にスカートを抑えながら静かに座る少女で。
彼はそれを見下ろしながら腰を下ろしてた。
すると彼女はまた友達の方を見ていて。
黒髪の少女と目が合い、それから逸らされるのを、彼は見てた。
彼はその二つの視線を目で追ってたけども。
「あの、」
相対するインタビュー対象の少女が彼に話しかけて来た。
「一緒に・・、お話をするのは・・・?」
「・・・お友達と?」
彼は少し足りない言葉を考えて聞き返していた。
「はい・・」
彼女が頷いたのを見て、彼は渋い顔を作った。
「うーん・・・」
もう一度、彼は隣の、友達を見たけれども。
・・長い髪は良いとして、目を引く容姿で無いのは確かで。
正直、彼女と一緒に写るのは不釣合い・・・。
「悪いけど、君だけでいいんだよな・・」
彼はちょっと言いにくそうにだけど口に出していて。
どう?みたいな彼のアイコンタクトに、カメラ役の彼も肩を竦めて答えてた。
それを見ていた目当ての少女が、ちょっとだけでも、口を結んだのは見ていなかった。
アヴェは少しだけ上げた視線に、・・その子の、その横顔を見てたけど。
隣のあの子が自分を見て、また視線を落としてた・・。
「あ、じゃあ、友達の話も聞こうかな。この子についての、エルザの」
どきっとして。
私は、俯いたまま、首を横に振ってた。
「あれ、ダメ?仕方ないか・・。じゃあ、続けていい?エルザ。すぐ終わるから」
「・・・はい。」
あの子の声、少し、元気の無くなったような。
「彼氏とかいる?」
「・・彼、氏?」
・・・・彼氏?
「彼氏、まさか、それも教えられないなんてないよね。」
「・・そんな事まで聞くんですか?」
あの子の、声、ちょっとだけ、不機嫌そう・・。
「え、ダメ?そこ一番重要でしょ?」
・・そ、そうなのかな・・・?
「読む人はそういう所も気になるんだよ。可愛い子のことさ。ね、教えてくれない?」
「・・・いません。」
やっぱり、いないんだ・・・。
それに、やっぱり、不機嫌そう・・。
・・静かなんだけど、なんか・・・なんか、違う・・。
「お、いないんだ・・、えっと、例えば、例えばね、有名人で誰がタイプとか。僕らの中にタイプがいたりするとか?ちょっと聞いてみて・・・」
「お話の途中、失礼だと思いますが、」
あの子の静かな。
丁寧だけど。
はっきりした声。
「私たち、食事をしてたのです。」
あの人達に、そう告げて。
「は・・、あぁ・・・。そうか、ごめんごめん、それじゃ最後の質問・・」
あの人達は少し、慌ててたみたいだった。
「将来の夢は何かな?」
「・・後にしてもらえませんか?」
って・・。
やっぱり、ちょっと、あの子は、不機嫌みたいだった・・・。
「・・・これだけでも、最後に・・」
その、男の人の、自信無さそうな声も・・・。
「・・何でしょうか?」
「好きな人のタイプ・・・。」
質問、変わってる気がするけど・・。
静かになって。
・・・周り、食堂の中だから、うるさくて。
・・えっと・・・。
「・・・優しい人は、好きです。」
あの子は、それから、静かに、ゆっくり、そう想ったことを言ったみたいだった。
・・・えっと・・。
「・・・あ、ありがとう。」
立ち上がるその男の人。
「いい?」
・・少し顔を上げて見たら、その人はカメラの人と目を合わせて、確認を少し取ったみたいな、カメラの人は頷いてた。
「それじゃ。邪魔してごめんね。ありがとう」
「いえ。」
丁寧に、会釈を返したあの子だけど。
あの人達はそのままその場からすぐ離れていったみたいだった。
その後ろ姿をじっと見てたあの子は。
お弁当箱の方に向き直って。
それから、私の方を見て。
私に、無感情の瞳を向けてて。
・・・・。
・・それから、お弁当を食べ始めたけど。
・・・静かに、小さな口で食べてる・・その横顔、いつものようだけど。
でも・・。
やっぱり、ちょっと、怒ってるみたいだった。
「・・あ、知ってる、学園新聞の・・・」
「取材・・?初めて見た、」
「・・・あぁ、なっとく、可愛いよね。」
通る人達とか、周りのテーブルに付いてる人達の声が、ちょっと聞こえてて。
あの人達がいた、さっきからそんな風に話されてたのは、なんとなく、感じてて。
周りの人に見られてたのかもしれないけど。
こっちを見ながら、何かを話しているような。
・・私は、ちょっと、緊張したままの手で、フォークでサラダを刺そうとして・・・。
・・変に、逃げる・・・ころころ、根野菜を・・・。
****
「ねぇねぇ、ちょっといいかな?」
そう、声を掛けられたのは、教室を出ようとしたところで。
廊下で、振り向いたら、知らない子がいて。
その知らない子は、隣のあの子に声を掛けたみたいだった。
「はい・・・、・・?」
あの子は少し不思議そうにしてた。
その知らない子は、私をちょっと見て。
「ちょっと待っててね。」
って、私に言って。
「こっちに来て」
あの子を掴まえて、向こうの方に引っ張ってく。
・・あの子は手を引っ張られながら、こっちを見た表情は不思議でいっぱいみたいだった。
・・私は、見てたけど、瞬いてて。
壁際でさっきの子と、それと待ってた他の子たちが、あの子と話してるみたいだった。
話は遠くて、聞こえないから・・。
私は、ちょっと、人の多くなってきた教室の、扉の横で鞄を両手に提げたまま。
足元を見つめたり、・・ちょっと顔を上げて、あの子を見たりしてた。
・・話はすぐには終わらないみたいだった。
・・・教室の中は、次の授業の人達がもう、席にいっぱい着き始めてて。
それでも、あの子達はまだ話してて。
私の横を人が通る・・と、ちょっと、・・どき・・どき・・・して。
「貴方、ちょっといい?」
って、近くで、はっきりした女の人の声が突然聞こえて。
私はびくっとして、顔を上げてた。
傍に立ってたのは背の高い、お姉さんで。
制服は同じだけど、もっと高学年の人。
入り口から入ってきたばかりみたいで・・。
私を見てる・・から、私に声を掛けたみたいで・・。
「・・は、はぃ・・・」
私を見てるお姉さんは、細めた目を少し上げた。
「あの子が、ミス・フェプリス?」
そう言って、少し顔を向けて向こうを見たお姉さんの目は。
・・あの子を見てたみたいだった。
・・・えっと・・フェプ、リス・・だっけ・・。
あの子の名前・・。
そうだった気がする、けど・・・。
そう、だったっけ・・?
「・・・・・・」
「・・まぁいいか。」
って、お姉さんは、あっちを見たようで。
「・・ぁれアイド・・研よね。」
何か呟いたような・・。
「・・・ちょっと呼んできてくれない?」
「・・ぇ・・?」
「・・?あの子を、呼んできて、ここに。お願い。」
少し不思議そうな顔をしたお姉さんは。
にこっと、歯を見せて笑って。
「友達なんでしょ?」
そう、聞かれて、私は。
・・・私は。
『友達』
・・頷いてて・・・。
あの子の方に、足を・・踏み出す。
友達、だから。
歩いて。
なんでか、ちょっと、どきどきしてた。
「でさぁ、うちのクラブにきっと興味持つから。」
「帰る前に寄ってみるだけ。ね?おねが~い」
前髪の向こうの、その視界の中で、覗くようにあの子の顔を見てて。
あの子の傍で。
立ち止まって。
私は、口を開こうとして。
開こうとして・・。
開いて・・・・?
・・・?
・・あれ?
・・・なん、て・・・?
・・その先の、言葉が。
・・わかんなかった・・・。
呼ぶ・・・あの子の、こっちを、振り向かせる・・・。
そうだ・・。
・・名前、呼ばないと・・・。
・・・名前・・?
・・・・・・なまえ・・・。
・・・『なまえ』・・・・?
「・・あれ、どうしたの?」
・・はっとして、誰かの声に。
あの子の、綺麗な瞳が、私を見てた。
瞳を瞬かせて。
・・私は・・まだ、声、掛けてないよね・・・?
でも、私は・・。
「ぁ、ぁ、あっちの・・人が・・・」
扉の方・・、見たら、あの人が、こっちを見てて、少し、手を振ってたみたいだった。
「年上っぽいね?」
「そうだね・・?」
知らない、あの子の、友達たちが、話してて。
「・・ありがとう」
あの子は私にそう言って。
「すいません、失礼します」
そう、あの子は、その子たちに言って。
「あ、うん。考えといてね」
「はい」
あの子はあっちに行くから。
追いかけようとして・・。
・・ちょっと、だけ・・振り返って、見て。
その知らない子達の、目が動いて、目が合って。
私は、あの子を追いかけてた・・・。
・・・なんか、どきどきしてた。
あの子の隣にいても。
どきどきしてた。
なんか。
・・・なんか。
「悪いわね、呼び出して」
「いえ、」
「貴方が、ミス・フェプリス?」
「はい、そうです。」
「そっか、良かった。」
お姉さんはあの子に微笑んでた。
「あ、ありがとうね、貴方」
お姉さんはそれから、私に笑ってた。
「・・・?」
「あ、私はね、ミカコ・ランケ、貴方より学年は3つくらい上よ。」
お姉さんの顔を見上げてるあの子の、横顔を見ながら。
「どういったご用件の・・?」
「えっとね、私は『リップ・・、写真部なんだけど。」
「写真、カメラで色んなものを撮ってるの。」
「はい・・。」
「それでね、ほら。ちょっと、新聞部の方から噂聞いてね。可愛い子がいるって。凄い逸材、って言う奴もいるぐらいだからちょっと探しに来ちゃった。」
悪戯したみたいにお姉さんは笑ってて・・。
あの子は、こくこく、頷いててた。
私は・・・。
なんで・・、さっき、呼べなかったんだろう・・って。
・・・なんて、呼んでたっけ・・?
私、・・・この子のこと・・・。
なんて・・?
―――で、写真部が何の用かって言うと。」
じっとお姉さんは、あの子をじっと見る。
真っすぐで、真面目で。
瞬きして、お姉さんを見上げてる、あの子を。
あの子を・・・。
・・・なんて、呼んでたっけ・・・私は・・。
・・あれ・・・?
・・・なんて呼んでたっけ・・、この子のこと・・・。
綺麗な瞳の。
長い睫毛を、瞬かせて・・お姉さんを見上げてる、この子・・。
・・なんて・・・?
「・・ふふっ。被写体が欲しいのよ。」
「・・・ひしゃ・・?」
「そう、被写体。モデルとも言うわね。貴方を撮ろうと思ったの。だって、撮るものが良いと気分も乗るでしょう?」
「・・はぁ・・」
「なので、貴方にちょっとモデルになってもらいたいと思います。」
「・・モデル・・・?」
不思議そうに、瞳を瞬かせてるあの子・・。
「そうそう、大丈夫。ちょっと、可愛いポーズとかしてくれるだけでいいから。お望みなら衣装も貸すわよ。」
「はぃ・・・。」
「放課後とか、時間のあるときでいいから、ね?」
「・・・・・・」
・・私は、名前、呼んだことなかったっけ・・・?
「そんな、無理させることも無いから。ね?貴方なら皆きっと頷くから、お願い!ダメでも私が頷かせて見せるし!」
・・・この子の名前、呼んだこと無かったっけ・・・・・?
「・・・えっと・・。」
私は・・。
ずっと・・・・。
・・・って、『あの子』は『私』を見てて。
・・どきっとしてて。
『私』は・・、俯いてた・・・。
「だからね、ちょっと顔を覗かせるだけでも来てくれない?」
「・・申しわけないんですが、興味が無いので、お断りします」
あの子の声は、物静かだけど、しっかりしていて、凛としていて。
「あぁ~・・、そう?ちょっとだけでも?」
「はい、・・すみません。」
「はっきり言うのね、貴方・・」
お姉さんの声は少し小さくなったけど。
「そうですか・・?」
「うん・・。まあ、嫌いじゃないけど。」
でも、少し笑ってるみたいだった。
「仕方ない、ここは諦めるわ。」
って。
「でも、気が向いたらいつでも来て。それから、私じゃなくても第2、第3の刺客が貴方を狙いに行くかもしれないから・・」
・・どっかで・・聞いたような。
「気をつけてね。」
「はい・・」
「それじゃ。」
お姉さんは手を振って、行っちゃって。
私は、廊下の中の、人込みに紛れる、その背中を。
それから、隣の、あの子の、瞳と、目が合って。
きょとんとしてたような、瞬きに。
目を逸らしてた・・。
「・・行きましょうか?」
あの子の声に、頷いて。
私は、隣のあの子を追いかけて。
歩いてる間も、ずっと考えてた。
暗いような、言葉の中を。
――――『私』は、『あの子』の事、名前で呼んだこと、無いんだ・・・。
・・隣の『あの子』の、前を見てる横顔は。
・・・一緒に、並んで、いつも、歩いてるのに。
なんで、だろう・・・。
なんで、呼んだこと、無いんだろう・・・。
チャイムが・・・、鳴って。
顔を上げた『私』は、もう、そんな時間なのに気づいて。
隣の『あの子』と、目が合って。
小走りに駆けてく『あの子』を、慌てて、急いで、追いかけてった。
「どしたの?ススア」
席に座ったのはいいとして、そのまま鞄を開きもしないで向こうを見てるススアに。
気がついたキャロはそのまま一緒に向こうの方に顔を向けていた。
「・・・え?」
遅ればせながら聞こえたススアの呆けたような声だったけれど、
「・・・ん?・・あぁ、あの子ね。最近仲いいよね、あの子たち。」
キャロの隣のビュウミーが、もうススアが見ていたらしい2人を発見したようだった。
「そうだねぇ。」
平和な声で相槌を打つエナもすぐにわかってたらしい。
「2人とも転校生だからね、気が合ったんじゃない?」
2人が言う二人を見つけたキャロはそうススアに言ってた。
ススアが気付けば、皆があっちの方を見てたわけで。
「・・・うん。」
そう頷いたススアも、またあっちに顔を向けてた。
「・・前、あんなに話し掛けてあげてたのに、すっかりなびいちゃってるし」
シアナは目を細めたまま、つまらなさそうに、あっちの方に向けていた目をノートに戻していた。
「・・うん。」
ススアの声が頷いたが。
「ちょっと、シアナ。今のは・・・」
そう怪訝そうに言うビュウミーにシアナは肩を竦めて見せた。
・・・ん?、って遅まきに気付いたススアが2人に目を戻すと。
「冗談よ。」
シアナは面白くも無さそうに言い置くだけだった。
「・・・ふぅ」
キャロの溜め息が聞こえてきたわけで。
「なによそれ。」
ちょっとは不服そうなシアナがキャロに、興味は無さそうに言ってやっていた。
「それよりススア、次当たるんじゃないの?」
って、シアナはそれからすぐススアに言ってやってて。
「え、あ・・っ、えぇっと、どこだっけ。」
ススアは慌ててノートのページを捲りだす。
「Q5の2.4」
本人でないのにすらすらと読み上げてやるシアナを、隣のエナは、おぉっ・・と口の形だけで小さく賞賛してたみたいだ。
「見せてあげてもいいけど」
「えっいいのっ、おねがいっ」
すかさず食いついてくるススアである。
「本気でやってないなこいつ・・・」
シアナは眉を顰めてススアを見据えていた。
「あはは・・・」
エナは2人のやり取りに、少し気遣うような声に笑ってた。
でも、なんだかんだ言いながら、ススアの隣でノートを覗き込み教えてあげ始めるシアナで。
そんな様子に時折目を細めるエナは、後ろで話してるキャロとビュウミーの昨日やってた番組、お兄さんお姉さんたちのリアル恋愛番組っていう、あれの話も耳に入ってて。
「・・くなってきたよね。」
「ね、ナオはどっち狙ってると思う?」
「ボーウの方じゃない?やっぱり」
「あ、やっぱり?そんな感じするよねぇ?」
「ねっ、ぜったいナオはボーウが好きだもんっ」
「だよね、わかるっ、」
「でもでもっ、ベノノンも怪しくないっ?」
「・・あんたはこっちでしょうが・・っ」
シアナのどすの利いた声にススアがびくんっと身体を震わせていて。
エナは乾いた笑いに、ススアがもう振り返れないように、怒ってるシアナに力ずくで拘束される様子を見てるしかなかったようだった。
両頬を手で挟み込まれてるススアは全然、余裕そうだったけど。
****
・・私は、『あの子』の名前を呼んだことがなくて。
・・一緒に、並んで、歩いてるのに、呼んだことなくて。
・・帰るときも、一緒なのに。
・・友達、なのに・・・。
・・・友達・・?
ノートを、見つめてた私は。
ちょっとだけ、顔を動かして、隣の『あの子』の、横顔を見た。
『あの子』は、ノートを見つめてて。
綺麗な瞳が、瞬いた。
・・友達・・・って・・。
・・・それって・・。
・・『友達』・・・?
なのかな・・?
・・違う?
・・なんだろう、それって・・。
それって・・・。
『あの子』は、ノートを見つめてて。
綺麗な横顔に。
ちょっと小首を傾げて、考えてる。
・・私は。
『この子』の名前を呼んだことがなくて。
誰かに名前を聞かれても、答えられなくて。
私は、『この子』の名前も知らない。
呼び方も知らない。
傍にいるのに。
近くにいるだけ・・?
名前を知らないんだったら、あの人達と同じ?
ただ話しかけてくる人。
話し掛けられて答えるだけの人。
『私』は近くにいる・・?
『この子』の近くに、いる・・・?
・・・それって・・・本当・・?
違う・・・?
・・それって、なに・・・?
それって・・。
・・『友達』・・・・・?
友達、じゃないんじゃ・・・。
尋ねてくる知らない子たちと、同じなんじゃ・・。
全然、近くないし、遠い、人たち・・・、私・・。
『私』は・・。
・・・私は・・・。
・・・この子の、名前も、呼べないん、だ・・・。
―――胸が苦しくなってる。
そう思ったら。
気がついたら。
胸の奥がびくりと跳ねた。
悲しいものが溜まってる・・。
重くて、悲しいもの。
それが、また、震えた。
息が、苦しくなってて。
少ししか吸えない。
喉の奥が震えたら。
止まって。
鼻の奥が震えて。
――泣きそう。
泣きそうだった・・。
・・なんで・・?
・・・なんでだろ・・・?
苦しいの・・・。
おかしくて。
泣きそうなの・・・。
変。
なんで・・。
苦しい。
胸の奥が、苦しい・・。
出てくる・・・、涙になって・・・、出てくる・・・。
なんで・・?
少しだけ上げた、顔の、あの子の横顔。
・・・なんでか、遠かった。
私の頬に、涙が流れてくのを感じた。
遠いあの子の、横顔。
反対側の頬にも、熱く流れて。
震えて動かない唇を開こうとしても。
おかしくなってる喉から声が、出ない。
あの子は、・・私よりも、・・・もっと、遠くて。
遠すぎて・・・。
私に気付かない―――。
「・・・ぐすっ・・・」
何の音か、気付く前に。
垂れた、目からの涙は、ノートの上で跳ねた。
ノートの上に垂れてく、顎から落ちてく涙たち。
私は、泣いてた。
悲しくて、泣いてた。
泣いてる私は。
悲しくて。
なんで、涙。
わからなかったけど。
悲しさに溢れてる胸の中は。
大きすぎて。
強すぎて。
暴れてるから。
堪えられそうになかった。
息が続かない、吸えない私は。
苦しくて、悲しくて、嫌・・―――。
・・なにか、柔らかいものが。
顔に当てられてた。
気付いて。
びくっとした、私は。
顔を離しかけて。
涙で滲む、向こうを見てた。
あの子の方。
私を見てた、あの子の。
それは、隣のあの子が差し出してきたハンカチで。
私は、瞬きするたびに、頬を伝って零れる涙に、あの子を驚いて、見てた。
あの子は、私をじっと、見てるみたいだった。
ハンカチがまた、私の目元に、当てられて。
私は。
そのまま、柔らかいのに、触れてた。
けど、顔を俯かせて。
垂れてく涙。
悲しいのに。
泣きそうなのを、我慢しようとしても。
お腹にも、胸にも、力を入れても。
悲しさはまたすぐに、いっぱいになって、押し返してくる。
そうしたら、涙はもっと溢れてきて。
「・・ぅ・・ぐす・・っ・・」
震えた肩。
鼻の奥が痺れてる。
身体中に、伝わって。
「・・保健室、行きましょうか?」
囁くような声。
あの子の、声。
あの子の声、だから。
私は、頷いてた。
「・・ハンカチ、持ってください。」
顔を抑えてても、溢れてくる涙。
目を押さえてると、かちゃ、かちゃ、とか、音が聞こえてて。
それから、肩を小さく叩かれて、優しく・・。
「行きましょう・・」
って、あの子の声が聞こえた。
「立って・・」
柔らかいハンカチで目を押さえたまま、力の少し入らない脚に。
・・椅子から立ち上がって。
あの子の手が、私の手に触れた。
あの子の手が握って。
軽い力で引っ張られて。
私は、手を、そのまま引っ張られた。
引っ張られるまま歩き出した。
・・あの子に手を引かれて、教室の中を歩いてくのはわかってた。
ハンカチを顔に当ててたから、見えない、けど。
みんなに、見られてると思ってた。
少し、恥ずかしいけど。
けど、あの子の手がぎゅっと熱くて、握ってるのを感じてたから。
・・ぎゅっと私も握り返したら。
嫌じゃなくなってきた、気がした。
「うーん・・・気分が悪くなったのかしらね?」
「・・・。」
「まあ、気分が落ち着くまでここにいなさい。ここには私たち以外は誰もいないから。」
白衣の先生はそう言って。
「んー、でも担当のスタッフの人呼ぶべきかしら?いちおう規則なのよね・・」
「・・・あの、・・嫌、って・・。」
「え、あら。・・・このままでいい?気分よくなる?」
首を横に、振ってた私は、首を縦に、何度も振ってた。
椅子に座ったまま、何度も・・。
「わかったわ。じゃあこのままね。私は出てるから、何かあったら呼んで。あなたは、付き添いでいいのよね?」
「はい。」
あの子の静かな声。
「・・まあいっか。うん、」
しゃ、っとカーテンが閉められた音がして。
それから、あの子の手を握ったまま。
静かになった。
あの子の熱い手。
握ったまま。
・・・あの子が、動いて。
・・すとん、って隣に、座ったのを感じてて。
私は、涙でもう濡れてるハンカチを目に当ててるから。
あの子の熱い手だけを感じながら。
静かな中にいた。
あの子の手だけが熱かった中に。
遠くで、何か聞こえてる気がする。
でも、ここは、とても静かで・・・。
あの子の手が、私の手の中でぴくっと動いてた。
・・握りすぎかなって、思ったけど。
そしたら、頭に、何か、ずしっと乗っかったのを感じて。
私の頭は少し沈んだ。
なん、だろ・・、って思うと。
それは髪の毛を通るように軽く引いて。
後ろ頭に流れてくのを感じてた。
それは私の髪の毛を最後まで引いて。
それが通った後の、肩に、背中に髪の毛が落ちてくるのを感じてた。
ふわりと、頭が軽くなったような気がした。
そしたらまた、頭の上にそれが落ちてきて。
何回も、同じ事をしてて。
飽きないで、何度も・・。
・・ハンカチを少し、離して。
隣のあの子を、ちょっとだけ、見てみたら。
あの子は、私を見てて。
私はちょっと驚いて。
目を逸らして、もう一度目を隠してた。
少しだけ見えた。
撫でられてる、みたいな、私は、あの子の手の重さを感じながら。
・・・なんだろう、って。
・・・・なんでだろう、って思ってた。
よくわからないから・・。
胸に感じてるものがあって。
あの子の軽くて重い手が、頭を撫でてくたびに。
胸に感じて、過ぎていってるのか、残っているような。
少し苦しいような・・・。
・・とく、とく、鳴ってるような、胸の奥の、なにか。
あの子の手が、頭に触れるたびに。
撫でてくたびに感じてる・・。
・・私は、だから。
あの子の、頭を撫でてく手と。
握ってる熱い手を感じながら。
ずっと・・・。
「落ち着いた?」
「は、はい・・・」
「そう・・、良かったわ」
笑ってくれる先生は。
「何かあったの?」
って、聞いてきて。
「・・・いえ。」
私は首を横に振ってた。
「そう?気分が突然悪くなった?」
気分が、突然・・・。
「・・はい。」
確か、そう・・・。
・・なんか、たくさん、思ってた気がする。
いろんなことを、思ってて。
「生理が来てたりはしない?」
「・・はい。・・・?」
ちょっと不思議に思って、私は先生を少し見上げてた。
「うん・・?・・それで気分が悪くなったり不安になったりする子もいるのよ。」
・・あ、そか。
先生は微笑んで私に学生手帳のカードを差し出して、返してくれた。
「はい、記録したから、これも保健室の義務でね。」
さっきから色々手続きしてたみたいだったから。
先生の手から手帳を受け取って。
「このまま大丈夫そう?・・って言っても、もう授業も終わる時間じゃない」
時計を見たら、もう、そんな時間で。
「帰っちゃったほうがいいわね、だったら。今日はそうしなさい?」
「・・・はい。」
「うん、お大事にね」
「・・ありがとうございました。」
あの子が、そう言ったから。
・・私も。
「・・ありがと、ございました・・・。」
「気をつけてね」
先生は微笑んでた。
あの子が立ち上がって。
私も立ち上がって。
空いてる椅子の上に置いてあった2つの鞄を持ってきてくれて。
あの子の鞄と私の。
私の鞄を私に差し出してくれて。
私は両手で受け取って。
・・ぁ、ありがとう・・って・・。
言いたかった、けど・・。
あの子は横を向いて。
先生の方を向いたから。
・・私は、鞄の横ポケットに、持ってた手帳を差し込んどいた。
「それでは失礼します。」
あの子が先生にそう言って。
「はい、お大事に。」
私も、先生に少し頭を下げて。
あの子が、・・ドアの方に歩いてくのを追いかけて。
あの子が開いたドアを、外で、私が出るのを開いたまま待ってるのを。
私は少し急いでくぐり抜けた。
傍で、あの子がドアを静かに閉めるのを、私は待ってた。
あの子と歩いてる誰もいない廊下は、とても静かだった。
誰もいないのは、今は授業中だからで。
静かな中を私とあの子は一緒に並んで、歩いてた。
窓の外はまだ白い光に溢れてて。
少し廊下に差し込んでる。
・・床のそれを見つめてて。
ふと見たあの子は、こっちを見てた瞳を一つ瞬いた。
私は・・ちょっとの間、1度、瞬きをするまで、その瞳を見てた・・けど。
足元を・・、また、見て・・。
私は、・・えっと・・。
言わなきゃいけないことが、たくさんあって。
鞄を取ってきてくれたこともそうだけど。
頭を撫でてくれた事とか。
ハンカチも、そう、あのまま返しちゃったけど、あの子は何も言わなかったし・・・。
授業中の、教室からずっと連れてきてくれた事だって・・・。
・・・だから。
「・・ぁ、ぁの・・・」
胸がどきどきしてたけど。
「・・・はい?」
あの子の、囁くような声に。
「・・・ありがとう、ございました・・。」
私は、ちゃんと、言えた気がする。
たくさん、言わないと、いけないことはあるけど・・。
声が、少し小さかったかもしれないけど・・。
「・・はい。」
あの子は頷いたみたいだった。
たくさん、してもらった気が、するのに。
少なすぎる、私の言葉・・・。
顔を少し上げて、あの子の横顔を見てみた。
あの子は、いつもみたいに、姿勢良く、綺麗に前を見て歩いてた。
綺麗な瞳を瞬かせて。
眩いような髪の毛を揺らして。
気付いたみたいに私を見て。
私は、ちょっと、どきっとしたけど。
・・あの子の瞳がじっと見てくるから。
私も、緊張してたけど、・・・見つめ・・返してた。
・・・綺麗な瞳は煌いて。
・・私を見てた。
私を見てる・・・。
・・ずっと・・。
じっと・・・。
・・・さっきから、ずっと、思ってた事。
・・今なら・・・。
どきどきが、強くなったけど・・。
い、今なら・・・。
「ぁ、あの・・・」
緊張した私の声。
上ずったかもしれない。
緊張してて・・。
「・・はい・・・?」
あの子は、少しだけ、瞳を円くしたみたいに、私を見て、瞬いてる。
それだけでまた、どきっとして。
で、でも・・・、い、言いたいことが、あって・・・。
胸が、どきどきしてたけど・・。
私は・・、だって・・。
言わないと・・。
わたしは・・・。
・・・この子は・・―――わたしは・・・―――。
「・・わ、わたしは、」
息を吸って。
「・・なん、て・・・呼べば・・、いい、です、か・・?」
言った・・・。
・・言えたのかも、しれないけど・・。
「・・はい・・?」
・・あの子は、不思議そうだった。
瞳を瞬かせて・・。
「・・ぅ・・・っ・・・」
ちょっと、泣きそうな声が、出たけど・・。
でも・・・。
・・・わたしは・・・―――
――――この子は・・・。
ほっと、・・息を少しだけ吐いて。
小さくなってる胸に、息を、吸って。
「・・わた、し、は・・、あなたの、こと・・・呼ぶの・・」
「・・・」
あの子は、じっと、私を見てる。
「・・なん、て・・・、・・呼べば・・。」
綺麗な、深い、瞳で。
私は、その瞳を見つめてて。
見つめ返してて。
あの子は、少し、瞳を逸らして。
顔を前に向けてた。
こっちを見てない、あの子の横顔。
何も言わないで、少し目を細めたような。
難しくしたような表情、少しだけ。
私は、またちょっと、・・息が苦しくなった。
胸が、ちょっと。
痛かった。
私は、あの子の、肩を。
揺れるスカートを。
歩く足元を。
見てた。
「・・エル、」
静かに、私に。
「そう、呼んでください。」
あの子は、少しだけ、微笑んだみたいに・・。
・・私を見てて。
「・・御母さんも、みんな、呼んでるから・・」
私に、そう囁いて。
私は、あの子の細めたような瞳に。
息が詰まって。
だから、顔を下に。
俯けてた。
・・・『エル』・・・、『そう、呼んでください』。
・・・・・・『エル』って・・・。
あの子の声が、聞こえてた。
・・あの子が、そう言った、あの子の、名前。
・・・あの子の、名前、なんだ・・・。
・・・『エル』。
・・私は。
そう呼んで、いいんだ・・・。
「・・あの。」
あの子の声に。
顔を、上げたら。
・・あの子が、私を見てた瞳を、小首を傾げたようにして。
・・・ぇ、・・ぇっと・・?
「・・は、はい・・っ・・・?・・」
私は、よくわからないけどそう返事してた。
それでも、あの子は、私をじっと見てたから。
・・な、なんだろ・・・?
私はどきどきしてて。
気になってたけど。
私をじっと見てたから。
私は顔を前に向けて。
ちょっと、横目で見ても。
私を見てる瞳は・・・。
・・私はすぐに顔を戻してた。
よくわからなかったけど。
恥ずかしくて。
緊張してて。
どきどきしてる。
鞄を持ってる手の指も。
ちょっと、滑るかもしれなくて・・・。
だからちゃんと、握って。
鞄を持ってる、自分の手元を見つめてた。
・・あの子は、それから何も言わなかった。
暫く歩いた後で。
もう一度見た、あの子の。
前を向いた、横顔。
真っ直ぐ前を見て歩いてる横顔を見てて。
光加減に、少し、変わるあの子の表情。
何を思ってるのか。
わからなかった。
・・私は、足元の、床を、見て・・・。
さっきの言葉を、思い返してた。
・・・『エル』・・。
それは。
大切な――。
・・・静かな廊下の中の。
窓の、光の色のついてる廊下。
足元を並べて。
一緒に、歩いてた。
―――あの子が、立ち止まって。
私は行きかけた足を止めて、顔を上げた。
あの子の微笑み。
でも、少し元気が無く見えて。
「それでは、今日はお身体を大事にしてください。」
周りを見たら、もう、別れ道の廊下に来てた。
「は、はい・・・」
私はあの子に頷き返したけど。
あの子は、微笑んで。
私を見つめて。
そっと、向こうを見た。
揺れる、長い栗色の髪の毛の、その背中の。
肩を少しだけ揺らして、歩いていこうとする。
離れてく。
後ろ姿・・・。
私の傍から。
離れて・・。
とても・・・。
なんだか、それは、とても・・・。
「・・ぇ、」
・・私の喉は、震えてた。
「ェ、エル・・・っ・・」
でも、気付いたように。
・・あの子の足が止まってた。
背中も隠す、長い髪の毛が揺れて。
あの子が振り返る。
「・・さん・・。」
ふわりと。
あの子の瞳は、私を見つける。
少しだけ、微笑んで、小首を傾げて。
『なに?』って、優しく、聞かれたみたいだった。
「・・ぁ、ぁの・・、」
私を、待ってるあの子は、・・私をじっと見てて。
・・・ぁ・・そう、だ、・・呼ん、だのは、私で。
私は、・・えっと・・・、そ、の・・・。
・・あの、えっと・・・あの・・・・あれ。
・・・お別れ・・?
「・・・・・さ、さようなら・・っ・・・・」
そ、それだけ・・・。
・・が、頑張って・・。
言えた、けど・・。
唇をきゅっと結んだ・・。
・・あの子は、瞳を瞬いて、私を見てて。
少しだけ、吃驚してたみたいに、見えた。
またちょっと、胸がどっきどき、強くなって。
・・でも、あの子は、ちょっと、微笑んだ・・。
・・・じゃなくて。
「・・・はい。」
微笑んだんじゃなくて。
にっこり、笑った。
眩しいくらい。
可愛くて。
眩しいくらい。
嬉しそうに。
少し、可笑しそうに。
頬を持ち上げて。
瞳を細めてた。
初めての、笑顔。
「・・さようなら。ハァヴィさん」
私に、笑ってた・・・。
鞄を提げてた片手を離して、ちょっとだけ、静かに、丁寧に、小さく、手を振ったあの子。
それも、可愛くて。
初めての、仕草。
私にさよならをした、あの子。
鞄に視線を下げて、持ち直して。
顔を上げたあの子は、私に瞳を向けて。
優しく細まってる瞳が。
瞬いてた。
・・また、もう一度微笑んで。
瞳を残して、振り返った、あの子は・・。
やっぱり。
行っちゃう・・。
あの子の後ろ姿。
帰り道を、歩いてく。
いつも、見てた、後ろ姿だから。
私は。
あの子の、後ろ姿を。
歩いてるから、少しだけ跳ねて、揺れる長い髪の毛と。
脚と一緒に動いて、揺れるスカート。
肩を少しだけ上下させて、歩いてく、あの子の姿。
どきどき・・、胸が鳴ってるのを、感じてた。
もう振り返らないあの子の。
廊下を歩いてく。
振り向いたあの子の。
笑顔を。
思い出してて・・。
どきどきしてる胸は・・・。
なんだろう・・・。
・・手を当ててみて。
でも・・。
とくん、とくん、鳴ってるのは・・。
・・治らないみたいだった。
静かなのに、力強く、響いてるみたいな音・・。
・・だから。
・・・ぎゅっと、肩と一緒に抱きしめてみた。
そしたら、胸の奥からの気持ちが、ちょっと、溢れたみたいに。
ぶるっと、身体が震えてた。
・・あの子の、後ろ姿を見上げて。
遠くなったあの子を見つめてた。
あの子が静かに歩いてくのを、見つめてた。
ずっと。
ずっと、見てた――。
―――見えなくなるまで、あの子の、見えなくなった廊下の向こうに。
まだ少し、あの子がいるような気がしてた。
誰もいない廊下なのに。
私は、胸を見下ろして。
胸が落ち着いてるのを、ちゃんと、見て。
ちょっとだけ、息を吐いた。
・・それだけで、少し、また、胸が軽くなった気がした。
・・・くるりと、向こうを見て。
私は。
私の帰り道を歩き出した。
固い靴の裏の音と感触も。
歩く度に揺れるスカートも。
両手で握ってる鞄の持ち手も。
静かな廊下で、一人きりなのも・・。
・・胸が少し大きく息をしてる。
制服の下の、胸の中、いつもと違うみたいだったから。
今はたくさん入れられて、膨らんでるみたい・・。
いつもの廊下の。
学校と、寮との境目も、すぐ。
廊下の色が少し変わって。
少し、色の濃くなった中を、歩いてても。
あの子の顔が、蜃気楼みたいに浮かんでて。
思い出そうとしても。
眩しかった笑顔は、少しずつ薄れてく。
思い出そうとしても。
あんなに、眩しくて、可愛かった笑顔は。
・・胸が、どきどきが、薄まってる・・・。
床を見つめてて、思い出そうとしても。
廊下が過ぎてくだけで。
ぽうっと、あの子の笑う顔。
その、嬉しそうな笑顔。
・・・なんで、笑ったんだろう。
あんなに、嬉しそうに。
・・・なんで・・。
・・でも、嬉しそうだったから。
あの子は。
嬉しそうだったから・・。
嬉しくて、笑ったんだと思う・・。
・・私も、嬉しくなってる。
笑顔は少し、思い出せないのに。
胸がちょっと、鳴るのに。
笑って・・。
私は、床を見つめたまま、笑ってた。
ちょっと、可笑しくて。
ちょっと、どきどきしてて。
全身がどきどきしてて。
笑ってる。
楽しくて、可笑しくて、少し、嬉しいみたいだった。
・・途中で、気がついたけど。
・・・一人で笑ってたら、他の人に見られたら、恥ずかしくて。
顔を上げて、周りをきょろきょろ見たけど。
・・誰も歩いていない廊下は。
今は誰もいない。
真っ直ぐ奥まで、誰もいない。
ほっとして、またちょっと、口元が笑ってたけど。
今は、いないから、・・いいけど。
人と会ったら、恥ずかしいから。
我慢しようと思って。
唇に力を入れてみた・・。
変に力を入れても、口元は勝手に、むにむに、動いちゃってた・・。
・・・チャイムの終わりらへんの音。
遠くから、鳴ってるのが聞こえてたから。
もうちょっと、力を入れてみたりしてた。
****
お風呂から帰ってきて。
まだ身体は温かい。
そのまま、テーブルの椅子に座ってて。
ちょっとほっとしてた。
そうしてると、ちょっと思い出す。
あの子の、笑顔。
呼んでいいよ、って、言われたこと。
また口が勝手に、動いて。
笑ってる。
あのとき、私に。
微笑んだ事とか。
ちょっと、思い出しただけで。
顔が勝手に笑っちゃうから。
周りを見て。
テーブルの上の、ブックカバーを見つけて。
開いたら。
本の、前の続きが、出てきたから。
私は、ちょっと文字を追って。
でも、あの子の笑顔は文字の向こう側に映ってて。
全然本の言葉が入ってこなかった・・。
『・・世界で成り立つ人はいても、人だけで成り立つ世界は無い。あるとすれば仮想的に創られた世界なんだろう。そこに在る感情は、一体どういったものなのか、人である筈の私でさえ、想像を膨らませてようや・・・―――』
――固い音が、響いてた。
どきっとして。
私は文字から目を離して、顔を上げて。
・・・部屋の扉が、コンコンコンって、もう一度、鳴ってて。
私は、テーブルに本を置いた。
部屋の中を一度見回して。
なんとなく。
それから、扉の方に歩いてく。
開ける前にもう一度鳴った扉の音。
「・・はい。」
扉に向かって、返事をしてみてた。
・・・こんこん、もう一回、鳴って。
聞こえなかったのかもしれない。
私は扉を開いて・・覗いてみたら、ココさんが私を見てた。
「こんにちは、アヴェエ。」
「こんにちは・・・。」
微笑んだココさんは、いつものココさんで、もう元気になったみたい。
朝は疲れてたみたいだから。
「ちょっとお話しようと思って。入っていい?」
「はい・・・。」
私は頷いて、扉をちゃんと開けて。
「ありがとう」
ココさんは微笑んで、入ってきて。
私は扉を閉めて、ココさんの背中を追いかけた。
「何を読んでたの?」
ココさんはテーブルの上の本を見つけたみたいだったけど。
読み物を適当に読んでただけだから・・。
私を見てるココさんだけど。
私はその本を手の中に取ってた。
・・なんて言えばいいのかよくわからなくて・・・。
「・・あ、座っていい?」
ココさんに、私はこくこく頷いてて。
「アヴェもどうぞ。」
私も、ココさんの隣に座った。
両手の中の、ブックカバーを見つめて。
ちょっと開いたり、してみてたけど。
・・何を読んでたのか、覚えてるような、ないような。
さっきまでは、あの子の顔が浮かんできて読めなかったから・・。
・・ちょっと顔を上げて、隣のココさんを見たら。
私を見てて、私に気がついたみたいに、ちょっと微笑んだ。
「・・もしかして。」
それから、私を覗き込んだみたいなココさんが。
「今日も良い事あったとか?」
「・・え・・?」
ココさんは私をじっと見てて、笑ってて。
「そんな顔してる」
って・・・。
・・ちょっと驚いて。
・・私は、自分の顔を両手で挟むように触ってみて。
そんなに・・・?・・気がついたら、ココさんは私を見てて可笑しそうな顔に目を細めてた。
だから私は。
・・ちょっと、下を俯いてた。
****
「また、ハァヴィさんと、お話しました。」
少女が、そう顔を上げて。
テーブルの向こう側にいる女性にそう告げて。
彼女は微笑み、少女に言ってあげる。
「そう、どんなお話したの?」
「・・・?」
首を傾げるような、少女は。
それから少し考えているようだったので。
女性は少し目を円くして、しばらくその少女を見つめていた。
それから可笑しそうに、小さく噴き出した。
「忘れたのです・・忘れたの?」
彼女の穏やかな声が少女に届くと。
「それとも、秘密?」
少女は彼女を見て少し口をもごもごさせたようだった。
「・・秘密、じゃ、ないです。」
「あら」
そう驚く彼女も、楽しそうだ。
「じゃあ思い出したら、教えてね」
「はい。」
それからまた少し、考えてるように小首をかしげる少女の瞬く瞳を見ていて。
「さ、食べてください。全く減りませんよ」
彼女は少女にそう微笑んで。
少女はそれから思い出したように、手にしてたフォークの、小さな口に合った大きさの、白桃色のソースの掛かった白い切り身を口に運んだ。
女性は、目を細めたままそれを見届けて。
それから、お皿の上の切り身をナイフで切り、小さな口に運んだ。
****
ベッドの上に座って、ぼぅ・・っと。
そうしてると、ちょっとずつ眠くなってくる気がする。
テーブルの向こうを見つめたまま、私は。
少し、欠伸をしてた。
それから、ぼぅ・・っとしてた。
・・名前を、呼んでください、って言われたこと。
『エル』。
それは嬉しかった。
あのときのことを、思い出して。
・・あの子が、私に、『エル』って。
私はちょっと、笑ってた。
あの子が私に微笑んでたから。
・・あの子に、『エル』って呼んだら、・・きっと。
・・・。
あれ?
・・えっと。
・・・『エル』、さん・・?
・・・さん・・?
・・・。
それは・・、変、かな・・・?
やっぱり、エル、って、呼ぶのが普通・・・?
エル、さん、じゃちょっと、おかしいよね・・・。
・・エル、って呼んだら。
呼んだら、、嫌な感じじゃないよね・・?
やっぱり、エル・・・。
・・エル、って・・・、呼べるかな・・・。
なんか、だんだん。
いろいろ、気付いたら、考えてて。
だから、頭がこんがらがってきて。
私は目を瞑ったまま、ぼすん、と枕に突っ伏してた。
そのまま、柔らかい枕に顔を押し付けて。
・・んーー・・・んぅ・・?
そうしてると、ちょっと、肌寒くなった気がして。
布団を引っ張って、身体に掛けて。
私はそのまま目を瞑ってた。
考えてたのは明日の事で。
ちょっとどきどきしてたのは。
ちょっと、覚えてた・・・。
・・・白い光のテーブル。
ぼおっと見てたのに気付いて。
私はまたちょっと目を強く閉じて。
開けて。
開きにくい瞼で、ぼぉ・・っとしてた。
それから。
ごそごそ、寝返りを打って。
枕の横に転がってる時計を、掴んで。
時間を見て。
そろそろ鳴る時間だったから。
スイッチを切った。
それから大きく息を吐いて。
・・・またちょっと、ぼぉっと。
それから。
・・のったりとだけど。
ベッドの端までずりずり、よじ登っていった。
ベッドの端の下の、スリッパを見つけて。
足を乗せるまで。
それからちょっと。
スリッパを見つめたまま、ぼぉっとしてた。
・・昨日は早めに寝たと思ったけど。
少しまだぼおっとしたまま、シャツに腕を通してた。
いつもより眠い気がして。
ちょっと気を抜くと頭がくらくらしそうな気がする。
気がついたら、ストッキングを脚に伸ばしてて。
・・ちゃんと、穿き終わってから。
棚に、櫛を取りに行って髪を梳かしてた。
扉の方から聞こえる、廊下にいる人達の声を聞きながら。
櫛を置いたら、洗面具の袋を取って。
扉の前で少し深く、息を吐いた。
人のたくさんいる洗面場で、歯を磨いて顔も洗ってきて。
部屋に帰ってきたら、それから、机の上から鞄を持ってきて。
部屋の中を一度見回して。
扉を開いた。
廊下に出て、鍵を閉めて。
人の歩く廊下を鞄を持って歩いてく。
ココさんとの待ち合わせまで後もうちょっと。
でもちょっと、早いかなって、思ったけど。
元気な声の聞こえる、廊下を歩いてった。
食堂では、ちょっと探したけど、ココさんはまだいなくて。
いつもココさんがいる所で私は待ってて。
食堂の中ではたくさんの人が行ったり、来たり、してるけど・・。
少ししたら、驚いたような、ココさんの声を聞いて。
「あら、おはよう、アヴ。早いのね?」
私は顔を上げてた。
ココさんが私の髪を梳かしてて。
ココさんの声に私は顔を上げる。
「いってらっしゃい。」
微笑んだココさんに、私は頷いて。
「いってきます・・」
そう言って。
歩き出す。
廊下の中を。
白い廊下に続く道を。
私は歩いてった。
白い廊下を、歩いて。
少し騒がしい廊下の中。
私はときどき教室のドアを見上げて。
見つけた自分の教室の中に入ってく。
空いてる席を探して。
座ったら、そのままでいて。
・・ときどき入ってくる人達にちょっと顔を上げて。
教室の中に入ってくる人達は他の人を見つけたら表情を柔らかくする。
私は少し、机の上を見る。
人が多くなってきた、って気がしたら。
「お隣、いいですか・・?」
静かな声。
「はい・・・。」
顔を上げる前に、振り返る前に、私は答えてて。
隣の、静かに椅子を引いて、座って、鞄を置く、あの子の横顔を、ちょっとの間だけ、見てた。
私はちょっと、どきどきしてる。
口元を閉じて、ちょっとだけ、微笑んでたみたいに、口が動いてたかもしれない。
あの子はそれから、私を見て、少しだけ微笑んだかもしれなかった。
私はだから、また少し、どきどきして。
ちょっと、机の上を見てて。
あの子が、ノートの向こうを見て。
下を見て、ノートに少し何かを書き込む。
それからあの子はノートを見てて。
・・『あの子』は。
・・・『エル』・・?・・は―――。
―――『エル』が、ノートを見つめてて。
『エル』はまた少し、何かを書き込んで。
それから、手を止めて。
『エル』は顔を上げて、ノートの向こうを見る。
綺麗な瞳の。
『エル』の。
紅い唇が少しだけ柔らかく動く。
・・・『エル』の。
なんか。
どきどきしてた。
『あの子』は、『エル』で。
綺麗な髪が揺れて顔を動かして。
『エル』の綺麗な瞳が、私を見てて。
・・・見てて・・?
って・・。
吃驚して、私はノートに顔を戻してた。
あの子の瞳が瞬いてたのを、じっと見てたから、不思議そうに瞬いてた。
私をじって見てて、あの子は不思議そうで。
見つめすぎてたかもしれないから、変に思ったかもしれない・・。
どきどきしたまま、ノートを見つめてる私は。
・・それからちょっとだけ、もう一度あの子の方を見てみたけど。
あの子はまたノートを見つめてて、気にしてないみたいだった。
ちょっと、ほっとして。
私はノートを見てて、先生の授業が進みすぎないうちにページを1枚捲ってた。
・・『あの子』、じゃなくて、『エル』だから。
って、ノートを見ながら、私は自分に言いなおしてた。
「・・・あの。」
って、あの子が私に・・。
「は、はい・・っ?」
ちょっと、すぐに、緊張した私はあの子を驚いた風に見てて。
そんな私を少し瞳を瞬かせてあの子は私を見てた。
・・ちょっと、私は、顔を俯かせたけど・・。
「あの、ですね・・。」
・・あの子の、ちょっと言いにくそうな声が聞こえてた。
何か、あるのかなって。
言いにくそうな事・・・。
・・・さっき、私がじっと見てたことくらいしかない気がする。
い、言われたら、謝った方がいい・・、んだよね・・・?
やっぱり悪かったかも・・・。
じっと見てて・・。
「お聞きしたい事があるんですけど・・。」
・・・あれ・・、聞く・・・違う・・かも・・。
「・・私ってどこか変ですか?」
って。
「・・ぇっ・・?」
私は吃驚してて。
あの子が、私を綺麗な瞳で見てるのを見てて。
・・あの子をじっと見てたのに気付いて、私はまたちょっと目を逸らしてた。
「・・・・」
「・・・・」
って、返事をするのを忘れてたから。
で、でも、なんて言えば・・・?
変?変じゃない?
全然、変じゃないけど、変じゃないです、ってなんか、変な・・・?
「・・・ぅ――」
あの子の、吐息みたいな。
変な音が聞こえたから。
「・・ぜ、・・ぁ、ぅ・・ぜんぜん・・」
私は慌てて首を横に振ってた。
あの子は私を見上げて。
私を見てて、ちょっと、微笑んだ。
少し寂しそうだったけど、私に微笑んでて。
変じゃない。
ぜったい、変じゃなくて・・全然、可愛い・・・、って言いたくなったけど・・・。
「・・みんなに、よく、見られてる、気がするんです。」
って、言ったあの子は、ちょっと顔を逸らして周りを見て。
・・・そしたら、教室の中の人とか、何人か顔を逸らしたかもしれない。
気のせい・・・、かもしれないけど・・。
「・・・変じゃないなら、いいです。」
って、私に、口元だけ、少しだけ微笑んだかもしれない。
・・・でも、それって。
変だから見てるんじゃなくって・・。
みんな、他の人が、見るのは・・・。
・・そういえば、新聞部?のインタビュー受けたりしてたのに。
・・・もしかして、凄く、自覚が無いんじゃ・・。
・・って、あの子がノートを開いて、画面を見つめたまま指を当てて、操作してるのを見てて。
手を机の上に置いて、きゅっと握る手に、またノートに指を伸ばして・・。
ちょっと、あどけない感じの仕草とかに、そう思った。
・・ここは、言うべき・・なの、だろうか・・・。
「・・ぁ、ぁの・・・」
って、呼びかけたら・・。
―――なんて?
呼びかけたのはいいけど。
あの子は顔を上げて私を見て。
綺麗な瞳で、不思議そうに瞬きしてくる。
なんて言えば・・・?
『あなたは、綺麗です。』
・・・って・・?
綺麗な瞳で見つめ返してくる・・・真正面から・・。
「・・ぁ、あ・・ぅ・・ぃ・・・な・・」
「・・・うぃナ?」
―――・・無理、です。
私は突っ伏したくなる気持ちで。
「・・なん、でもないです・・・。」
もう、顔を俯かせてた。
「・・はい?」
不思議そうに返事するあの子の声も聞こえてた。
だって、他になんて言えば・・・――――
―――すぐに鐘が鳴って。
はっとして。
慌てて鞄から出しかけのノートを取り出して。
準備が終わる頃には、先生がもう前の続きの話を始めてて。
結構焦ってるのに、横目に入ったあの子の視線を感じて。
なんでか、じっと見てきてる気がしてて。
もう少し、緊張してた。
『エ』・・、『エ』、・・・。
『エル』が。
隣で、お弁当を食べてて。
フォークで、小さくて、可愛いお弁当の食べ物を刺して、口に運んでく。
『エル』、の。
食べてる横顔から。
目を離して。
私は、今日のランチの、お肉の団子に狙いをつけて、フォークにぷすっと刺した。
あの子は、『エル』だけど。
なんか、うまく言葉に出てこないような気がして。
もぐもぐ、食べながら、あの子をまたちょっと見てみてた。
・・・あの子、じゃなくて、エル。
エルは、お弁当のランチを食べてて。
・・いつも思うけど、エルのお弁当は、小さいけど、綺麗に可愛く作られてて。
手作りみたいなお弁当は、お母さんの手作りなのかな、って思った。
・・お母さん。
・・・私の、お母さんは、ずっと会ってないから。
ちょっと、胸が、もゆ・・って感じの、なんか、重くなった気がしてた。
お団子を、もう一個、口に入れて。
私のお母さんは、お弁当とか作ってくれたことは、ないけど。
お母さんは、優しいのを、思い出してた・・・。
・・ちょっと、気がついて。
ランチを、食べてないのに気付いて。
サラダを、取って。
しゃくしゃく、食べてた。
・・・エルの、お母さんは、どんな人かな、って。
可愛いお弁当を作れるから、きっと、すごいお母さんなんだろうな。
やっぱり、この子の、お母さんなんだから、すごく綺麗な人なのかもで。
私を見たエルは、また少し瞳を瞬かせて。
私はそれから、ちょっと、ランチの上に視線を落としてた。
「ってことで、選手決めだぁーっ!」
『やっほぅぅいっっ!!』
「リレー出たい奴は手を上げろおおおおぉぉっ!」
『うおおおぉぉっ!』
「段取りを無視すんなっ!?」
って、先生が、大声を上げてた。
・・・私は、ちょっと、吃驚してた。
・・先生が怒ったのかと思ったけど、そういうわけじゃないみたいで。
「ほら、しっかり進めてくれ、議長」
「あ、はい・・」
なんか、HRの、教室の、みんなが、おかしい、だけなんだ、って・・・。
「みんな静かに。出場枠ちゃんと決められないよ?」
もう1人の先生が、そう言ってて・・・。
何が起こるのか、わからない、んだけど・・・。
前にココさんが、危険だ、みたいなこと言ってた意味が、わかった気がする・・・。
前の方で、代表するクラスの子が立ち上がって。
『'22 第8回 (学校の名前)体育祭 特別選手の選考』って映し出されてるモニタの前で。
「えーー」
「俺、ぜったいリレー出たいんすけどー」
・・リレーにすごく出たい子がいるみたいだけど。
他の子たちも渋々みたいに。
「みんな落ち着いてください。今からちゃんとミーティングを行います。」
議長って呼ばれた、クラス代表の子も、そう言ってて。
・・まだ少し騒がしいけど。
いちおう、静かになってきて。
・・隣のあの子は、瞳を瞬きさせて、驚いてるみたいに周りを見てた。
「ってぇことで、今から、今年の体育祭の、種目別の選手を決めていきたいとぅぉもいますっ。」
『うおおぉぉっ』
びくっとしてた私は。
・・・なんかすごい。
私は、周りをきょろきょろして見てた。
凄く元気な、やる気のある人がいっぱいで。
楽しそうな人がいっぱいだった。
「えと、ここにあるように、種目別に選手の数は決まってるので、これを見て、立候補してください。やりたい人は、」
「おれアクロバティックなんやりてぇ!」
「おれ『カウントラグビー』!」
「ていうか、聞いていくんでその時に手を上げてください」
勝手に手を上げてた人達は、やっぱり渋々に手を下ろしてく。
「早くやってよー」
って、近くの子の声も聞こえて。
なんでそんなにみんなやる気なんだろう、って、思ったけど・・。
「じゃあ、何から・・リレーから決めましょう」
『ぅおぉおおー!』
やっぱり、なんか、一部の人たちが凄い盛り上がってる気がする。
隣のあの子は、・・きょろきょろと。
瞳を瞬かせて。
・・心なしか、爛々としてる。
うずうずしているようにも見えるけど・・。
・・・でも、あの運動神経で・・。
手上げたりしないよね・・。
・・でも、見てたら今にも手を上げそうな気がしてて。
凄く気になる・・。
あの子が前の方の、成り行きを見てるのを、私は見つめてて・・。
「んじゃ、1つ目、100mリレーです・・・」
『はいはいはいはいっ!!』
凄い勢いで手を上げた人達に。
私は吃驚して教室の中を見てた。
「・・・・・・あ、えぇ・・、そのまま・・っ。」
司会をしてる子たちも、驚いてるみたいだった・・。
「多すぎる場合は、後でくじ引きして決めるよー」
・・あの子は、というと、物凄く驚いてるみたいに瞳を見開いたまま、瞬きして手を上げてる人達を見つめてる。
なんか、凄く吃驚してるその間にも。
「次は、アスレチックレース」
「おぉ?そっちのが面白そうだな?」
「あのさぁ、定員超えたらどうなんの?」
「定員超えたら、抽選で。」
「ルールわかんなくても上げていいっ?」
「全部に手を上げてもいいの、これ?」
「体力がもつんなら全部いけるよ。」
「まじで!?」
「ルールは簡単だから、ちょっと練習すればできるものばかりだよ」
「めちゃくちゃ出たいのあるんだけどっ」
「いや、ウソ。決定してない人とか優先して調整するから。」
「おいっ、議長がウソつくなよー」
「中途編入してきた子も多いからな、初めての子も多いだろう。ちゃんと練習時間も取るから何でも挑戦してくれ。他にも質問があれば受け付けるぞ」
「俺、あれやりたい。あれ、なんか商品付くやつあんだろ?」
「そんなんないよ」
「え、そうなのっ?1番取ったらくれるって、」
「何か勘違いしてるな?」
「あははは、なんか持って走ってるから、もらえるのかと思ってたんだって」
「おま、知ってたんなら言えよっ!?」
「わははは」
『あははは・・っ』
・・・なんか、すごい、教室の雰囲気で。
「進まないぞー、お前らー」
って、先生は呆れ気味にだけど、少し笑ってるみたいだった・・。
「とりあえずちゃっちゃと決めていっちゃえ。ノディ、よろしく」
「あ、はい。えっと、・・アスレチックレース、やりたい人ー。」
『はいはいはいっ!』
物凄い勢いで上がってく手で。
中にはさっきもあげてた人もいたかもしれなくて。
「はいはい、そのままにしててください~」
その手の人達を一人ずつ数えてく司会の子に、大きなモニタに映される人数とか、出たい人たちの名前とか。
それから、どんな種目の名前を聞いても。
『はいはいはいはいっ・・!』
元気に手を上げる子達はいつまでも元気だった・・。
・・隣のあの子は、その間もずっと、きょろきょろしてるみたいに、話を聞いてたみたいだったけど。
結局、手は上げなくて・・、っていうより。
手を上げられなくて、終始おろおろしてるような。
そんな風にも、見えた。
・・・それは良かったけど。
ココさんが言ってたみたいに、運動得意じゃないのなら、絶対に手を上げない方がいい・・、と思うけど。
走って、転んだら、痛そうだし・・・。
「大体決まりましたね、じゃあ手を上げた人達は前の方にちょっと・・」
って、教室の子達が動くのを、瞳を瞬かせたまま見てるあの子は、どっちかっていうと話に追いつけなかったようにも見えてた・・・。
「あ、たぶん、これで終わりですけど、もう少し帰らないで待っててください~」
って、教室の子達に言う声に。
私に顔を向けて見たあの子は、瞳を瞬かせてるだけだった。
その子を見てて、なんとなく、良かったと思えた・・・。
「なんでリレーって人気だったん?」
「俺より足速い奴がいたら許せん、ってロッカは言ってたみたい」
「あいつ無駄に足が速いもんな」
「リレー全距離制覇する気だ、あいつ」
そんな男の子たちの話し声も、教室内でちょっと聞こえてた。
帰り道。
一緒に歩く2人の。
それからあの子は。
アヴェに少しだけ言う。
「ちょっと、残念でした。」
って、少し可笑しそうに笑って。
・・その表情は綺麗で、可愛かった・・・。
・・・そうじゃなくて。
たぶん、何のことを言ってるのか、アヴェにはわかったけど・・・。
手を上げなくて正解です、って。
面と向かって言いたかったけど・・・。
「は、はぁ・・・、ぅ・・」
・・それだけで精一杯だった。
ちょっと、口の中で、もごもご・・、してたけど・・。
あの子は気付かなかったみたいだ。
「さようなら。ハァヴィさん」
あの子が少しだけ微笑むのを。
「さ、さようなら・・、エル、さん。」
私はちょっとぎこちないかもしれないけど。
あの子が振り返って、歩いていくのを。
・・廊下の他の子たちと歩いてくのを、見てて。
・・振り返って。
私の帰り道を帰ってく。
****
廊下を歩く少女が一人。
そこはあまり人気の無い廊下で、他の場所とはまた少し違う雰囲気がある。
彼女は、その小柄な身体を揺らしながら何かを探すようにきょろきょろと、それからまた真っ直ぐに歩き出した。
前を向いて歩くその瞳は真っ直ぐと。
ただ何かを考えてるように、目の前のものをあまり見てはいないようでもあった。
そして廊下の途中で、1つの扉を離れた距離に見つけると、その扉を見つめたまま、それから息を呑んだようであった。
歩みが少し遅々となっても・・・、立ち止まる事は無かった。
ただ、少し周りを気にしたように首を回して、ときどき周りを見ていた。
ようやくその1つの扉の目の前に立った彼女は、それから、その扉を見上げ。
それから何かを見つめていて。
そして大きめに息を吸う。
肩を上げて・・、落として。
大きく息を吐いた彼女は。
顔を上げ、扉の固い表面に軽く、指の固い所を当てた。
・・・少し待っても。
・・・・・・こんこん、と。
もう一回叩いても。
返事は無くて。
その扉の前でその少女はちょっと拍子抜けしたように、今度はため息の様な息を吐いていた。
・・がちゃりと。
その音に全身を震わした少女は、少し開いた扉に、一瞬で後ずさるように距離を置いてた。
・・顔を覗かせたのは、黒髪の、自分より少し背の高い少女で。
自分を見つけた少女はそれから少し目を円くしたように。
それから、気付いたように、すぐに顔を俯かせてた。
「・・あ。」
ノックしたのは自分であるのを気付いた小柄な少女は。
「あははは。」
笑ってはみたのだが。
彼女はにこりともせず、俯いたままなのを見てて。
「ははは・・ぁ」
少しばかりトーンダウンしていくのだが。
彼女が黒目を持ち上げて、ときどきこちらを覗き見るようにしてるから。
「来ちゃったっ・・」
そう、にっと笑って彼女に見せて。
「は、はい・・・。」
まだ戸惑ってるような彼女に。
「・・お邪魔していいかな・・・?」
「は、あ・・、はい・・。」
彼女は少し驚いたように奥に引っ込んで。
また少しばかり扉が大きく開いて。
入ってもいいみたいな様子に、少女は扉のノブを持って、中を覗き見るように入って行った。
「お邪魔しまーす~?」
広い、不思議な雰囲気のある部屋の中の。
部屋の主のその黒髪の少女は、扉の横で立っていて、自分が入ってくるのを待ち構えてくれていたようだった。
横切る時に覗いた、少し俯き加減のその顔は、少し目が泳いでいるような気がするけど。
ちょっと、下から覗き見た彼女はそれを見て少し瞬きをしてた。
あれから、テーブルを囲んで、座ってたけど。
何も話さないまま、ちょっときょろきょろしてて。
他に誰もいない静かな部屋の中は見るところは特になく。
テーブルや、机、ベッドとか棚とかの家具は、落ち着いた雰囲気ではあるけれど。
以前来たときと変わってないみたいだった。
・・向かいよりも斜めの椅子に座ってる、アヴェエは前とあまり変わらない様子で。
時々、こっちをちらっと見ては気にしてるみたいだった。
何か聞きたいなら言えばいいのに。
私が言わないとずっとそうしてそうだった。
それに、私もきょろきょろしてるだけにはいかないから。
アヴェエに・・。
・・・。
なんて言い出そうか、迷ってた。
「あ~・・・」
口から声が漏れてた。
アヴェエが、一瞬こっちを見た目に、俯かせたのを。
「あははは・・」
笑うしかなかった。
少しの話をして。
「・・・本を・・」
「うぇ、そうなの?ちょっと見してー」
アヴェエの本を取ってみたり。
「ロックしてある?」
「・・・」
「これ?うあー・・・むずかしそー」
て言っても、一方的に喋ってただけかもしれないけど。
「いっつも1人で本読んでんの?」
本を閉じて、ふと思ったことを言ってた。
「・・・」
アヴェエは、別に、答えないのは・・いつものことで。
だから。
「さいきん・・、仲、良いよねぇ・・?」
って、言ってみてた。
アヴェエは・・・、なんのことかわかるか、ちょっと心配だったけど。
何故かぽっと、顔を紅くしたみたいだった。
・・・なんで?
首を捻りかけたススアは、もう眉を軽く顰めてはいた。
えーと。
「よく一緒にいるよね?さいきん。あの子と。」
アヴェエはただ、こくこく頷いてて。
えーと。
「・・アヴェエは私の事嫌いじゃないよね?」
って。
ちょっと止まったようなアヴェエは首を横にぶんぶんと、慌てたように振ってたけど。
ススアを見た目は少し驚いてるようだった。
「嫌いじゃない?」
アヴェエは、今度はこくこくこく、頷いてた。
それを見て、ススアは晴れたような笑顔を見せてた。
「良かった。」
嬉しそうだった、けど。
「でも。」
ススアはアヴェエを覗き込むように見つめて。
「『あの子』・・」
じっと、アヴェエの黒い目を見つめて。
アヴェエはそれだけで、思い切り目を逸らすが。
「怒ってなぁい・・・?」
ススアはそう、アヴェエの表情を、青い瞳が上目に見つめている。
エルのことなのに。
聞かれて。
アヴェエは、きょとんとしてた。
怒ってない・・・って聞かれても。
「は、はい・・?」
そう返すだけで精一杯で。
「ほら、エルザ、さん。」
エルのことに、間違いは無いようで。
「私たち、の事なにか言ってなかった?」
アヴェエはだから、ぶんぶんと首を横に振ってた。
「なんにも?」
きょとんと、心底、不思議そうな顔になったススアに。
「は、はい・・。」
アヴェは頷いてた。
驚いてるのか、寂しそうなのか、よくわからない、ススアさんの表情に。
「・・だって、あの、まえ、すごく怒らせたみたいな感じじゃなかった?」
「・・・?」
・・何の話か、首を捻るけど・・。
「あ、そか・・。アヴェエは・・。」
自分で納得したみたいに。
青い瞳が見つめてた。
「あー・・えーっとね?言われちゃってさ・・。あはは・・。」
それから、寂しげに笑ってた。
「・・あの、アヴェが泣いてたの、実は皆見てたんだけど。」
「・・・」
・・見てた・・?
見てた・・・、泣いてる所・・・。
・・・あ。
あのときの・・・?
気付いて、軽くショックを受けたらしいアヴェエはそんな表情が出てたのを。
気づかずススアは少しだけ可笑しそうに笑ってた。
「その時に言われたんだ。『友達なのに傍にいないの』って。『泣いてるのに』。」
その時の事を思い出してるように、ススアはちょっと、目を細めたまま、テーブルの上を見てて。
思い出してる目は、寂しそうだった。
「あの子だけだったんだ、アヴェエの傍にいたの。」
アヴェを見上げたススアは、無理やりに、笑ったような笑顔に。
「なんでだろうね?よくわかんないんだけどね?・・・ちょっと悔しかったんだ・・・・・」
声が少し震えてたけど。
ススアは笑った。
アヴェは、ただ、じっとして、見てた。
「なんだろう、友達って、って思ってさ。なんか、あのね・・?ちょっと考えたよ?・・悲しい時とかに、傍に、自然にいれるのが、友達?だとしたら、私たちは・・ちが、っていうか・・・・・違ったんだろうな・・」
少し笑ったけれど。
寂しい微笑み。
・・微笑むススアに、アヴェは呆けたような顔を、目を瞬かせてた。
「あのときはごめんね。」
そう告げたススアの表情は一転して、明らかに泣きそうな・・。
「ぅぇ、い、いえ・・・っ・・」
ぷるぷると慌てて首を横に振ったアヴェは彼女らしかぬ速い動きで。
「でもね。」
顔を上げたススアはまた少し、その寂しそうなのも、薄くなって。
「よくわかんないんだけど・・。」
何かを考えてるみたいに、目を細めたまま下を見ているススアは、ゆっくりと。
「そんなに、ちゃんとした友達って。ほんとは少ないと思うんだ。」
って、・・・言い切った。
「ちょっとの友達だっているんだし。凄く親しい友達だっているんだし。」
自分の声で、自分に聞かせてるみたいに。
思い返すように、何かを数えるように、頷いたり、虚空を見たり。
「悲しい時にね、ずっと傍にいてくれる友達はかけがえの無い人だよ。」
・・そう、告げて。
・・・それから、ススアは顔を、あの爛々としたような、青い瞳をアヴェに向けた。
「ね、だからね。ちょっとのお友達でいいから、私と友達になろう?」
いきなり詰め寄るようなススアの顔にアヴェは目を円くして少し仰け反ってて。
「・・ぇ・・・?」
それを面白そうに、爛々とした目で笑ってるみたいだった。
「ちょっとだけのお友達。あのね、きっと、悲しい時に傍にいるのは、アヴェエにはエルザなんだよ。だから私は、ちょっとの友達の方でいいや。」
ススアは、にっ、て満面に笑って。
「いいでしょ、そしたら学校で誘ってあげられるもん」
って。
笑いながらじぃっと、見てくるススアに。
アヴェは目を円くしたままで。
・・ススアのその眉も顰まる。
「・・ねぇ?だめー?」
ススアは不服そうだ。
「い、いえ・・・」
「・・それってダメってこと?」
眉を顰めたススアは本格的に不服そうに紅い頬も膨らんで。
「いっ、いえ・・っ・・は、はい・・っ・・」
アヴェは慌てて否定やら肯定が混乱してしまったようだ。
「んーーー・・・」
ずっと、眉を顰めたまま膨れて見つめてたススアは。
「・・ぁっ、ぁの・・ぅ・・」
必死に考え込み出すアヴェを見てて。
「っぷ・・、あはははは・・っ」
って、笑い出すススアを。
アヴェはうろたえたままの瞳で、眉を顰めたままだけど。
不思議そうにじっと見つめてた。
「アヴェエ、ちょっとの友達に、なってくれるんだよね?」
って、ススアは。
アヴェをじっと見つめて、そうちゃんと、はっきりと、問いかけてきて。
アヴェは、その目を、・・逸らし気味に、だけれど。
「・・は、はい。」
頷き返してた。
「やっった・・っ」
ぐっと、ガッツポーズを取るススアは、アヴェの両手を持ってぶんぶん振ってて。
まるで無理やりな握手のようなそれと、満面の笑みをずっとアヴェに。
アヴェはただそれを驚いたまま見つめてるだけで。
嬉しそうに、笑いかけてきたススアの表情と、目が合って。
俯き加減の、アヴェも、恥ずかしそうに・・微笑んでた・・・。
「あっとは、あの子だけね・・っっ!」
ぐっと、そのまま彼方を見上げて拳を、アヴェの手と一緒に握ったススアで。
アヴェは目を円くしてススアの希望に満ちたような、輝く瞳を見てた。
いきなり置いてけぼりにされたようなアヴェは、それから。
何度か瞬いた後、また、どきどきしたような気持ちが出てきてたけど。
「あの子っ」
煌くような、じっと、ススアは真っ直ぐに見つけたような目でアヴェを見て。
ぐっと来るから、また少し背中から逃げようとするアヴェである。
「あの子・・!」
もう一度同じ言葉を、ススアは言って。
「・・・」
それから先は・・・。
じっとアヴェを見つめたまま。
「・・・・・・誰って聞かないの?」
じれったかったらしい。
「ぁ、ぇ、・・だ、だれ・・・」
「エルザに決まってるじゃんー」
嬉しそうに答えてくれるススアである。
「え、・・エル・・?」
「そう、だから協力してね。」
「ぇ・・?」
正直、不安そうな表情が前面に出てるアヴェで。
「あのね、エルザは私たちにね、あまり良く無い印象持ってるのきっと。だからあまり話してくれないし、アヴェエにずっとべったりなんだよ。」
自信満々に小さな胸を張って、そう言ってのけるススアさんで。
「・・・・・・え?」
アヴェは、全く謎だらけと言わんばかりに、首をゆっくりくっきり傾げてた。
「ん?」
そんなアヴェにススアもくっきり首を傾げ返してたみたいだ。
「だって、そういう素振りあまり見せないでしょ、エルザって。けっこうそういうの上手いんだと思うんだよね」
て言っても、アヴェは不思議そうにススアを見ているだけで。
「・・・うん?」
またはっきりと首を傾げたススアだった。
「だから素っ気無い感じで、無視じゃないけど、軽く流してるんだよきっと」
「・・・?」
それを聞いても。
少しずつ、首が傾いていくアヴェで。
「ほら、冷めた・・って感じの、クール?あれ、知らない?エルザはアヴェエの他に人とあまり話さないんだよ。」
って。
・・知らない人たちから、話しかけられてるのは、何度か見てる・・・。
「よく撃沈してるでしょ。朝の廊下とかで話しかけても。で、すぐアヴェエの所行っちゃうでしょ?」
・・それは知らないアヴェで。
「あとはずっとアヴェエとべったりだから、ちょっと話しかけづらい人が多いみたいなんだよ。」
・・・逆にすまなく思って小さくなるアヴェかもしれない。
「だからね、アヴェエにはちょっと手伝ってもらってね。いろいろフォローしてもらおうかなぁって。仲良くなるのに」
にっと笑うススアで。
アヴェは。
それを見てても、まだ少し追いつかないみたいだった。
「でさ、エルザって気難しいの?」
って。
「みんな、なんか反応がつれないって言ってるしさ。私もそう思うー。」
そんなようなことを聞いてくるススアは。
「なんかちょっと冷たい感じのあるところとかない?」
アヴェに興味津々に聞いてきてて。
「そこがいいって言ってる人はちょっといるけど」
いい・・・って、言ってる人いるんだ・・・。
って、っていうか・・・。
「でもなんか冷たいけど、かわいいって言ってる人もいるけど、エルザの性格ってあんなかんじな・・・?」
「そ、そんなこと、ない・・」
って。
アヴェがススアに、反論するみたいに。
慌てて上げた声に。
「ぇ、ぁ・・あの、優しくて・・、」
なんとか、言葉を紡ぎだし始める。
「・・あまり、喋らない、けど・・、、ぇっと・・・っ・・」
わかってもらおうと。
「・・や、優しい、けど・・、あ、あまり喋らない、のが、普通で・・・」
あの子が、良い子なのを。
「でも・・、よく、見てくれてる、し・・・・、」
優しくて・・。
良い子で。
しっかりしてて。
「・・でも、ちょっと、・・なんていうか・・、変なとこも、あって・・・」
・・そう、でも、ときどき抜けてる所があって。
それでも、きょとんとして、驚いてるみたいにしてるのも・・。
「・・でも・・」
可愛くて・・。
「ぇ、ぇっと・・、」
あの子のことを、ススアさんに、わかってもらおうと。
一生懸命、話してた。
考えながら、思いつく言葉を。
ススアさんに・・・。
・・ススアさんは・・・。
・・ずっと、私をじっと見てて。
何も言わないまま、私の話を、じっと見つめてて、聞いてくれた。
ススアさんの少し、爛々とした瞳は、ちょっと面白そうに見てる表情で。
私をじっと見てて。
面白そうに、聞いてて、くれてた。
「それじゃ、よろしくねっ。」
満面の笑顔で、アヴェの両手を掴んで。
ススアは両手をぶんぶん振って、力強い握手に巻き込んでる。
アヴェはただ振り回されるがままだった。
扉越しにそんなことを満喫したらしいススアは、小さな背に手を振って向こうへ歩き出す。
廊下を行くその後ろ姿は、まるでスキップでもし始めそうなくらいに、うきうきしてて。
アヴェはその後ろ姿を呆けたように見てて。
それから、気付いて、覗き込んでた扉から頭を引っ込めて閉めた。
ぱたんと閉まった扉の前で少し立ってて。
後ろを振り向いた部屋の中は静か。
・・それから、静かに、テーブルの方に歩いていって。
今しがたまでずっと座ってた椅子に座って。
それから。
ススアさんとの、やり取り。
を思い出してて。
・・・アヴェは、テーブルの上に突っ伏して、悶絶してた。
「・・・~~~っ・・」
ススアにいろいろいっぱい言った事の恥ずかしさに、耳まで真っ赤にしてたみたいだった。
―――まだあまり人気の無い廊下を歩く小さな姿。
その少女は金色の髪を揺らしながら、気分良さげに身体を揺らしてる。
よほどいいことがあったのか、顔が勝手に笑い出すみたいで。
廊下の真ん中を堂々と笑顔を振りまいてた。
「ふふん・・っ」
鼻を鳴らしたように一人で笑うその子を見る人は少ないが。
自然とつられて笑んでしまう少女を少し見送ってしまうのだ。
少女は軽い足取りのまま、人気のまだ少ない廊下をそうして帰ってく。
このまま行けば、部屋に着くまでには鼻歌も聞こえ始めてきそうだった。
****
・・・あの子の隣で見てた。
・・あの子は、前を見てる瞳を瞬いて、歩いてて。
周りの人がときどきこっちを見てるときもあって。
でも、あの子は気にしてないみたいだった。
廊下を並んで歩いてるとなんとなく。
ススアさんが言ってた事を思い出す。
・・・・。
・・あの子がこっちを見たと思ったら、少し不思議そうに私を見てて。
私はどきっとして、視線をゆっくり下ろしてた。
教室に着いてから、机に鞄を置いて、一緒に並んで座って。
あの子の隣はまだ少しどきどきするけど。
鞄の中からノートを取り出して準備してて。
隣のあの子も、準備してるのをちょっと、見てた。
あの子がスカートの上に手を下ろして、少し、教室の前の方を見て。
私もちょっと、前を見たら、知らない男の子達がこっちを見てるみたいで。
私はすぐ下を見たけど。
横を見たら、隣のあの子も私を見てて。
私はまたちょっと、どきっとして、ノートの下のほうを見てた。
それから少しして、先生も来て、授業も始まってた。
あの子がじっと、ノートを見てるのを。
綺麗な瞳が瞬くのを、私も見てた。
ちょっと気付いて。
私は顔をノートの方に戻して。
それから、先生の話を追いかけて。
まだ少ししか進んでないから、ほっとして。
先生の話を聞いてると。
ときどき、静か過ぎる隣が気になって。
ちょっとだけ、あの子を見てる。
綺麗な長い髪が肩で掛かってる、あの子はノートに俯いてて。
ときどき顔をちょっと上げて。
前を見たり。
ノートを見たり。
私のほうを見たり。
その度に私は、ちょっとどきっとして。
綺麗な瞳が瞬くのを。
揺らめくのを、どきどきしながら見てて。
少しずつ、なるべく自然に・・・。
・・ノートの方に戻っていって。
「次は・・・、数学の教室ですか?」
「・・ぇ、あ、はい・・。」
「・・・。」
あの子は廊下の向こうを、それから周りを見回してるみたいにしてて。
ふわりと揺れる髪の毛に。
それから、探してるみたいなあの子の表情に。
・・私は、向こうを、見て。
「・・あの、あっち、・・です」
「・・・あ、はい。」
あの子は、私の小さく指差した方を見て、納得したみたいに頷いてた。
それから一歩、歩き出すあの子は。
一歩、追いかけた私を振り返って。
綺麗な瞳と目が合って。
それから、また静かに歩き出す。
私はあの子の隣で一緒に、付いて、歩いてった。
隣に私がいるのを知ってるあの子は。
ときどき私のほうを見て。
気にするみたいに歩く。
いつもみたいに。
私は、その瞳が向けられるのを見つけると。
ちょっと、どきっとして。
あの子の隣を離れないように、一緒に歩いてた。
「・・・。」
・・・って、あれ。
「あ、アヴェエだぁっ!」
ちょっと、大きな声に。
私は吃驚して。
びくっと、少し後ずさりしてしまってた・・。
ススアさんが隣にいたのを見つけてたけど。
ちょっと、の間、見詰め合ってたような・・・。
・・まるで、私が見つけるまで待ってたようなススアさんは。
ちょっと変な響きの声で、私と、あの子を見てた・・。
え、っと・・足元を見てた私だけど。
・・え、あれ、なんで、ススアさん・・?
傍に、いるの・・?
・・・ススアさんは、・・あれ?みたいな顔で私を見てて。
それから、横目でちょっと隣を見たから。
私は隣のあの子に振り返ったら。
とても・・、きょとんとしてた、あの子は。
・・ススアさんを見てる瞳はたくさん瞬いていて・・。
「あ~・・・・・、」
って、ススアさんの声が。
間延びしてる・・。
「アヴェエ?」
呼ばれて、私は振り返ったけど・・。
まだススアさんの声は少しおかしかったみたいだった。
「やー・・、これから授業?」
ススアさんの目も、あちこち動いて私に聞いてて。
私はこくこく、頷いてたけど。
・・同じクラスだから、同じ授業のはずのススアさんで。
ちょっとおかしいことを言ってる・・・?
「わたしもー・・・。エルザさんも・・・、ねぇ~・・・?・・・・」
・・・って、途中で途切れたようなススアさんの声に。
あの子は不思議そうな瞳で、ススアさんに何かを降り注いでいる。
「・・・・・・。」
・・これから何が起こるんだろう。
・・がしっと、いきなりススアさんに腕を引っ張られて。
びくっ・・・って、驚く前にススアさんが耳を寄せてきてた・・。
「ぁのさ、もうちょっとノリよくならない・・?」
小さなひそひそ声で。
「ぇ・・ぁ、・・ごめん、なさい・・。」
「お願いよ、頼むよ?」
って、ひそひそ声で・・。
・・あっちに顔を向けたススアさんはそれから、あの子へ、にって笑って。
笑いかけたあの子は、・・あの子は、なんか、とても、不思議そうに私とススアさんを交互に見てた。
離れたススアさんはあの子に笑いかけてたみたいだけど・・。
・・そういえば、昨日、ススアさんが言ってたような。
・・えっと・・。
フォロー・・して、とか・・・。
・・・ぇ、今・・?
隣のススアさんは、私を見たら、にっ、て口端を持ち上げて、笑ったのは合図のようだったけど。
・・・・いま・・・?
って、とても聞きたかった・・・。
「・・えっと・・ぉ・・。」
・・早速、ススアさんは話題に困ってたようだけど・・。
「あ、そういえば自己紹介したっけ?」
あの子に、そう言ったススアさんは。
「私、ススア・ビッフォ。アヴェエとは友達なんだよ、ねぇ~」
「ぁ、は、はい・・。」
私を見て来たから、私も慌てて頷いてて。
「・・はい。」
って、あの子がススアさんに頷いてた。
「お名前は、知ってます。以前、お聞きしました」
「あ、覚えててくれたんだ・・・」
・・ススアさんは嬉しそうに笑ってて。
あの子も、ススアさんを見つめて、頷いてた・・。
「・・・」
「・・・・・・。」
「・・・・?」
あの子は不思議そうな瞳でこっちを見たけど。
ススアさんなんかはもう。
・・何を考えてるのかわからないけど、色んな表情に百面相、苦悶をしてる。
・・・なにかを苦しんでいるのはわかるけれど。
・・・・私も、あの子も、見てるけど。
・・ススアさん、起こした方がいいのかな・・・、って。
あの子の視線を受けながら少しは思ったけど・・。
「あ。」
って、ススアさんが何かに至ったみたいだった。
「私と、アヴェエとは友達なんだよねぇ。」
って、さっき言ったような、2回目だ。
こっちを見てきたから、私も、こくこくこく、頷いてて。
でもススアさんはくいっくいっと指を交互に指して。
「アヴェエとエルザは友達。」
私とあの子を、同じ様にくいっくいっと。
それをじっと見つめて、こくこくと頷いてるあの子で。
「じゃあ・・」
って、ススアさんは、自分と、・・あの子をくいっくいっと・・。
「・・・」
「・・・・・・・。」
「・・・?」
・・なかなか。
誰も何も言わない・・。
「・・・アヴェエっ!」
急に、びしっと指を指された私はびくっと・・吃驚したけど。
「答えは・・・っ?」
「は、ぇ、ぁ、と、と、ともだちっ・・・?」
・・ススアさんが言いたい事、なんとか、言えたかも・・。
でも・・・ススアさんが、一歩、ずいっと、私に近付いて・・・。
じっと私を見てて。
・・私は後ずさりしそうになったけど。
「・・よくできましたっ」
嬉しそうなススアさんが手をぎゅっと握ってきて。
ぶんぶんと振ってきて。
・・・ちょっと腕が痛いけど・・。
「・・・・・・?」
・・ススアさんは嬉しそうなんだけど。
・・・とても不思議そうな顔をしてるのはあの子だけかもしれない。
ススアさんが手を強く振るのを止めたと思ったら。
「・・どう?」
って、あの子に。
聞くような。
・・じっと、見てて。
・・・あの子はそれを、瞬いてて見つめ返してて・・。
「・・・・・・はい・・・?」
素直で、かっくり、首を傾げてくれた。
「えぇ・・・っ・・」
悲痛な声が聞こえたけど・・。
あの子を見つめてるススアさんは、なんか、とても素直に、ショックを受けてるみたいだった。
「と、ともだち・・、ともだち・・・わたしと・・・はぅ・・・・」
なんか泣きそうな、がっくりと肩を落としてるススアさんに。
「・・・そうなの、ですか?」
「はぅ・・っ」
なんだか、・・止めの一撃みたいなのをしたあの子に、たぶんススアさんはがっくりと膝が崩れたみたいだった。
「・・・またね、アヴェエ。」
力なく手を振って。
私は、こくこく、頷いてて。
ススアさんがとぼとぼと行くのを、そのヘコんだ背中を、見てたけど・・。
・・・隣のあの子は。
・・やっぱり、よくわからなかったみたいに、不思議そうな顔で私を見てた。
その綺麗な瞳を見てても。
何も言えなくて・・・。
・・えと・・・。
「・・仲、いいんですね・・?」
って、呟いたようなあの子の声に。
気が付いて、ちょっとだけ、横顔を見たら。
あの子は、もう、ゆっくりとだけど、いつものように歩き出してた。
・・・さっきの。
ススアさんの、話は。
・・上手くいったのかな・・。
なんか、失敗してた気がしたけど・・。
・・隣のあの子は、別に気にした風もなく真面目に授業を聞いてる。
あの後も何か言った訳じゃないから・・。
ススアさんが、なんか、可哀想かもしれなかった。
友達になりたい、って、言いたかったんだろうけど・・・。
・・私も、何か言わなきゃいけなかったのかな・・・?
ススアさんにもそんな事を頼まれてたし・・。
でもなんて言えば・・?
・・・あのとき・・・、あのときに・・・・。
・・あのとき・・・?
お、思い出しても。
・・・会話に入るタイミングも、わからないんだけれど・・。
口挟むなんて、出来ない気がする・・・。
・・あ。
ススアさんが私に聞いてきたときに・・・。
何か言えたから。
・・何か、・・・手伝う・・・和やか・・面白い事、でも言う・・・、べきじゃないよね・・・。
・・・そんなこと言えるわけないし・・・。
そうじゃなくって。
・・あの子と、ススアさんの。
・・・あぁ、どうしよう・・?
・・・あぁ・・、どうしよう・・・。
あ、そだ。
ススアさん、また話しかけてくるかもしれないし・・・、そ、そしたら・・、わ、私も頑張んないといけないのかな・・・?
・・はぁ・・・。
気付いたら。
ノートの前で溜め息を吐いてて。
進んでるページ、先生のを追いかけてページを捲ってたら。
あの子が私を見てたのに気付いて、はっとして、ノートを見つめ直して。
****
―――遠くに見つけた廊下の入り口近くのススアに、アヴェと一緒に歩いてたエルは視線を留めてた。
アヴェがその視線に気付くとその先を追ってみる。
するとススアと、他の子たちがこちらを見ていて。
アヴェは少しばかり俯いてた。
・・ただ、エルは、・・・小さく手を振ってみていた。
それを、少し驚いたようにススアは、それから。
ぱたぱたと駆け出して。
『あの子』の所へと走って行ってしまって。
その後ろ姿を、一緒にいた女の子達は不思議そうな目で顔を見合わせていた。
すぐに立ち止まったエルとアヴェの傍に来たススアは、爛々とした青い瞳で2人を交互に見つめながら口を開いてた。
「あ、教室の移動?」
って。
「はい・・。」
見つめてくるススアに、エルは静かに頷いて。
「そっか、一緒に行こっか?」
って、後で追いついてきた4人はそれを聞いてまた目を瞬かせてた。
アヴェはというと、俯き加減にその会話を聞きながら、2人の顔を交互に見てたみたいだった。
初めての組み合わせにまとまって廊下を歩く7人は、・・・自動的に立ち位置も決まってはいたみたいだけど。
なんとなく、物珍しい視線で前を歩くコンビを見てる3人だった。
ススアはそのコンビ、エルザとアヴェエの隣で、まあいつものように機嫌良さそうにしている。
そのススアの隣、シアナは細めた目で時折、コンビの横顔を鋭く盗み見てるようにしてたみたいだ。
エルザは何事も起きてないように平然と前を見て歩いてるし、その隣のアヴェエもまあ、なんというかいつも通り、俯き加減に歩いてる。
なんて声を出せばいいのかよくわからない、不思議な雰囲気を醸し出してる前の4人から目を離し、後列の3人はお互いの顔を見合わせてた。
「なんか、不思議な・・・ねぇ?」
「不思議っていうより奇妙・・。」
「奇妙、って言葉、悪いでしょ・・?」
ひそひそとやや小さな声でとりあえず心境を話し始める3人だった。
「てか、なんであの子達がいるの?」
って、素で聞くキャロに。
「さあ・・、ススアが呼んだんでしょ?」
ビュウミーはそれしか言えなく。
「そんなに仲良かったっけ?」
キャロの疑問も、もっともだ。
「さあ・・・、見たことない・・この組み合わせ。」
ビュウミーも眉根を顰めてみるだけ。
「なんでシアナはむくれてるの?」
って、エナの唐突な質問に。
「え?むくれてんの?」
「え・・たぶん・・?」
3人の視線は、前で並ぶ4人の中で背の高めなシアナの後ろ姿に集まる。
前を向いたシアナの顔は見えないのだけれど、エナの位置からだと横顔が見えるのかもしれない・・・。
「なになに、何の話?」
「ってぅおぉ・・っ」
突然目の前に現れたススアにキャロはなかなかなオーバーリアクションで驚いてた。
逆に驚いて目で追ってるみんなだけれど。
「吃驚した・・っ」
ススアに向かって思いの丈を発するキャロで。
「なんで?」
自然に不思議そうなススアだった。
「えぇ・・っ?なんで・・って、ねぇ・・?」
「・・あはは・・・」
とりあえず周りの2人も笑って見せてたが、気持ちはきっと通じ合ってる。
「あ、っと・・この子、エルザだっけ。」
前を見て、少し考えたようなキャロで。
『うん。』
ススアとキャロの声に。
ぴくりと、シアナの耳が反応したのはとりあえず誰も気付かなかったようだ。
「エルザと、アヴェエと何か話、したの?」
「うん?ちょっとねぇ?」
って、2人の方を見るススアだけれど、本人もなんかあれだ。
笑顔で溢れてて、というか、ニヤけるような。
「また、押しかけるような事したとか・・?」
「えぇ・・?」
キャロのそれを聞いてエナは若干眉を顰めたけども。
「あはは、それはないよ」
ってビュウミーが笑ってた。
「え、どうして?」
「この前だってヘコんでたじゃん。」
あっけらかんと言うビュウミーに。
「あぁ~・・。」
エナもすぐ納得したみたいだった。
「ぁー・・・ナタリーの事件・・」
キャロがそう呟くのを。
「あれは別に、そういうことじゃなくて・・」
もごもごと小さくなってく声で何かを言ってたススアである。
「まぁまぁ。心入れ替えるって言ったのははっきりと覚えてるから」
「ぅ・・っ」
キャロの言葉に、また傷が抉れたかのように怯んだススアを。
3人は可笑しそうに笑ってて。
「ほらいい子いい子」
って、ビュウミーが頭を撫でるのを。
「そういうこっじゃなくってっさっ・・・」
ススアは膨れたまま不満そうに、何かを訴えたかったらしいけども、甘んじて普通に撫でられてた。
気がつけば、エルザがこっちを見てて。
少しだけ、微笑んだのが見えた気がした。
それを瞬いて見てたススアで。
「エルザも、この子が迷惑かけたら言ってね。アヴェエも。私たちは扱いに慣れてるから、こいつの。」
って、キャロがにっと笑って見せたのを。
エルザは瞳を瞬かせてキャロを見てた。
その少し不思議そうな瞳に。
反応があまり無いのを、ん?って、少し不思議に思ったキャロだったけども。
「エルザさんは、そんなことありませんよね?」
いつの間にかエルザの隣で歩いていた、ススアの穴を埋めた、シアナが隣のエルザを見下ろしていて。
「はい・・・。」
1度、返事をするエルザは。
「・・・?」
少しばかり視線を上げて、シアナを見るエルザは少し不思議そうだった。
「迷惑掛けたなんてそんな。あまりお友達がいないみたいですし。」
と、少しばかり目を細めて見てるシアナで。
「・・はい?」
エルザはそんなシアナに瞳を瞬かせている。
『・・・・』
・・とまあ、ちょっとの沈黙の後に。
キャロたちは、この状況を怪訝な目たちで・・。
「・・いますよ?」
って、細い声のエルザは、不思議そうに言った。
「・・どなた?」
対して、なんか、尊大な印象のシアナだが。
「ハァヴィさん。」
「・・ハァヴィ・・?」
エルザの言葉に、逆にシアナは聞き返してて。
「・・誰かわからないけど、その人だけなんでしょ?」
「はい・・、いえ・・?」
「・・・・はっきりしないんですね」
ぴくっと、力の入った微笑みのシアナは、少しばかり声にも苛立ちが混じったみたいだった。
というか、もしかすれば、それはさっきからか。
「・・・なに、なにかあったの・・?」
「さ、さあ・・・?」
後ろでキャロとエナが耳打ちしあってるのを他所に、シアナはエルザを面白く無さそうに見下ろしているわけで。
「・・いえ?お友達、なら。マリーだって・・・」
「・・ですから、クラスにそんな子はいないでしょ・・・。」
「はい。」
こっくりと頷くエルザで。
またもやぴきっと、シアナの微笑みに限界のひびが入ったような。
けれどエルザはシアナを真っ直ぐに見つめ続けていて・・。
「あの子素直だよね?」
キャロの問いに、半苦笑いのエナである。
「そう、だね・・。」
少し強い調子になってきたシアナからはエルザに対する何かが見え始めてる気がするが。
「あのね、この学校の、クラスとかに、友達はいないでしょ?って聞いてるの。」
「いえ・・?」
「誰。」
「ハァヴィさんです・・?」
「・・そんな人知らないけど、他には・・?」
少しばかり、小首を傾げるエルザは。
「クラスの人達も。」
「・・・は?」
笑顔に微妙に陰りが入るシアナである。
「・・・クラスの皆さん・・?」
とりあえず、言い直してくれたエルザで。
「・・みんな?」
「はい。」
こっくりと頷くエルザで。
・・目を細めたまま、笑顔が固まったようなシアナはようやく。
「・・・それわざと?」
「・・はい?」
シアナの疑念にしっかりと、小首をかしげるエルザだった。
その横で、微妙におろおろしてるようなアヴェエは良いオブジェなのかもしれない。
・・その後ろでキャロたちは顔を突き合わせていて。
「・・・なんか、突っかかってるのってシアナでしかないように見えるんだけど?」
「間違って無いと思うよ」
「・・なんかシアナ、いつもと違うね?」
「そう?普通じゃない?」
「え、そう?」
「あ、あれだ・・。この前、美少女特集とかで特集された事ねちねち言ってたじゃん。あれの逆恨みが入って・・」
『ああー・・・』
「なっと・・・」
誰かが納得と言いかけて。
ずびしっ、とシアナの裏拳気味の手の先が正確に後ろ3人のおでこの中心に飛ぶ・・・。
「はぁぅぁっ」
「うぁぉ・・っ」
「・・・っ」
順番に、驚き半分、イタさ半分、苦悶いっぱい、3人は額を抑えて俯き堪えてる。
それらを交互に首を勢い良く振って、シアナの見下したような視線と見比べてるススアで。
ススアがその餌食から免れたのは一応、話には参加せずに顔を突き合わせていただけだからだろうか。
速すぎるその攻撃に、ススアはまだシアナを見る目に緊張がある。
シアナの・・にこやかなままの、固い笑顔を見つめてたままの、エルザが。
今になって、後ろを見たのだけれど。
ようやく後ろを見た、けれど、今更、何が起きたのかわからない様子にまた不思議そうに瞳を瞬かせてた。
「・・もぅ、なんで・・?」
エナなんかは泣きそうな表情に額を抑えてる。
「・・どうしたんですか?」
場の雰囲気に似つかわしくない静かなエルザの声が聞こえたけれど。
「気にしないで、持病なの。」
事も無げに、エルザに優しく、薄く微笑むシアナである。
「・・どんな持病だぁ・・・っ」
キャロの心の叫びはしっかりと発せられたけど。
「・・大変ですね・・・?」
3人を見つめたまま、エルザが瞬きを繰り返しながら静かに呟いたのを。
シアナは少しばかり眉を上げたみたいだった。
それが毒気の抜かれたような表情に変わるのはすぐだったが。
エルザがシアナに視線を戻して。
少し驚いたシアナはその瞳に前を向いてた。
後で思えば、そっぽを向いたようなその仕草は逃げたみたいだったが・・。
「おぉっと、ここだぁっ」
って、ススアが、いきなり元気な声で。
気がつけばもう次の教室の目の前だった。
「地獄耳だ、地獄耳」
「凄いよね・・?」
って、まださっきの事を引きずってるような3人はひそひそと顔をつき合わせていて、まだ小声に自信を持ってるみたいだが。
「着いたわよ・・」
そう、優しく微笑んで3人に一歩近付くシアナに。
3人はびくっと身体を震わせて。
「あ、ほんまやぁっ」
ちょっと棒読みの訛り言葉に、キャロが中へと小走りに。
「あ・・、」
エナもそれを追って。
「おーい・・」
ビュウミーも同様。
「・・・・」
・・沈黙でそれをすたすたと追いかけるシアナに。
・・・その姿とエルザとアヴェエの3人を順番に見比べてるかのようなススアは。
「・・行こっか?」
って、先に行った4人についていけなかったような、足を止めたままのコンビにとりあえず聞いてみてた。
「はい。」
こっくりと頷くエルザに、必ずその子の傍にいるアヴェエに。
ススアは苦笑いのような顔を見せて、あの4人を追いかけてった。
「・・あら、あの二人は?」
シアナが、席に着いたまま、見回してて。
「あっちの方行っちゃったみたい」
そう指差したススアの言うとおり、離れた所の席に2人は着いたみたいだった。
それを少しばかり眉を顰めたようにして見つめていたシアナは。
「・・わけわかんない。」
そう呻くように呟いてて。
「気がついたらあっち行っちゃっててさぁ。」
ススアがそんな事を言うのを。
「人多いから仕方ないんじゃない?」
って、ビュウミーが。
確かに、周りの席も埋まってるから今更というわけにもいかない。
キャロとエナは2人して何かを話して笑ってるし。
・・シアナはため息の様な音に頬杖をついて、遠くの方を見てて。
ときどき、あっちの2人の方に目を向けてたみたいだった。
****
・・・さっきの冗談だったと思うんだけど。
レンガのような道を見つめながらそう思ってて。
それから隣で歩くあの子の横顔を見てた。
お昼ご飯を食べ終わった後、教室に行かないで、あの子が。
「お外に行きませんか?」
って。
だから、私は頷いてた。
お昼休みの散歩道は人が少し多くて、駆け回ってる男の子達もいる。
日が眩しい、白い光でいっぱいの景色。
それを浴びながら歩いてるあの子と、私は。
何処に行くのかもわからないけれど、続いてる道をずっと、静かに、一緒に、ゆっくりと歩いてた。
あの子が日の光に煌くのを、ときどき見て。
揺れて煌きを変えるのを見てて。
それから、木陰のある方を、色の綺麗な、少し遠い景色を見てた。
・・木陰に入ってから、少し思い出したのは。
さっきの、シアナさんの言った事なんだけど。
「持病」って・・・。
あれは冗談だと思ったんだけど。
・・隣で歩いてるあの子は涼しげに前を見てて。
あのとき、真に受けたような。
・・・うん。
・・「持病」って、冗談だと思うんだけど。
真っ直ぐに、レンガの道を歩いてる私たちは木漏れ日の中で。
少し前を歩きたがるあの子は、今日はベンチに座る気は無いみたいだった。
私はあの子を少し追いかけるように、木漏れ日の色のレンガを踏んで。
あの子の隣に小走りに近寄って、あの子の横顔をちょっと覗いてた。
あの子は、少し気持ち良さそうに、少し顔を上げて木の葉の色を見てたみたいだった。
・・私は・・・、・・それから。
・・シアナさんって、なんだか、怖いんだなぁ・・。
・・・って、思った。
授業が終わって。
帰り支度をした2人が、廊下に出たところで。
「あ、エルザ、アヴェエだ」
大きめの声が掛けられた。
2人が振り返ると、先に廊下にいたススアたちがこっちを見てて。
ススアは爛々と輝かす瞳に駆け寄ってきた。
「今から帰るのっ?」
エルザはそんなススアに瞬きながら。
「はい。」
こっくりと頷いて。
それからじぃっと、見てるススアに。
アヴェは少々怯んだようだ。
そんなアヴェにススアは微妙に笑うような表情を見せるが。
「そっか、また明日ね」
って、ススアは笑って。
「あ、そういえばさ。」
けどすぐに言いなおした。
「クラブ二人とも入ってないでしょ?」
って。
「はい・・。・・?」
頷いたエルザは、少し不思議そうにしてた。
「ラクロス一緒にやらない?」
って、笑顔のススアに。
「ラクロス・・・?」
「お、また勧誘してる。」
キャロが顔を覗きこませてきた。
「ほどほどにしときなよ?」
って。
「ちょっと誘っただけだよ。」
ススアはそう言ったけど。
「また誘ってるの?」
エナもそう言って。
「お、来るの?」
ビュウミーも少し瞳を輝かせたみたいだった。
「まだ聞いてない。」
って、ススアが言えば、皆は2人を期待したように目を向けてた。
その目に負けないくらい、不思議そうな瞳のエルザは。
「・・あの、ラクロスって、なんですか?」
「む、そう来たか。」
ビュウミーは笑ってた。
「知らない子もけっこういるからね」
キャロがそう言うと、うんうん、ってエナも頷いてて。
ススアはエルザに早速、ざっくりと説明をしてあげてた。
「ボールをね、スティックで持って、投げたりする、スポーツ。」
「・・はぁ。」
ススアの説明にわかりかねたようなエルザは少し曖昧に頷いてたが。
「まあそんな感じ」
キャロはそう言って笑ってた。
「走ったりしてさ、楽しいよ。あとね、この間ユニフォーム作ったんだけど、それが可愛いんだー。」
「うんうん。」
エナはキャロに頷いて、少し頬を紅くしてるみたいだ。
「スカートのユニフォームなんてなかなか無いからね」
ビュウミーがそう言ってたけども。
エルザは瞳を瞬かせてるだけで。
驚いてるみたいに4人を見てて。
「うーん、ダメっぽい?」
って、隣のアヴェエと言えば、俯き加減にも一歩引いてるみたいだったもんで。
「えぇーだめー?」
ススアは不満そうな声を上げてた。
「いやぁ、うち人少ないからさ。人増えると助かるんだよねぇ。」
って、キャロは軽い声で、困ったように笑ってたけど。
「・・そう、ですか。」
エルザはこっくりと頷いたまでも。
4人を見つめたまま少し考えてるみたいだった。
「・・んー、まあ、やりたくなったら声掛けて。いつでも歓迎するからさ」
そんなエルザにビュウミーはそう微笑んでた。
「えぇ・・っ?」
あからさまにススアは不服そうだったけど。
「ほら、練習するんでしょ、早く行って」
「・・あぁっ」
ビュウミーの言葉にススアは気付いたみたいだった。
「じゃあリレーの練習一緒にやらない?」
って。
「そっちかいっ」
キャロのツッコミは迅速だ。
「・・・・・・・・?」
・・とまあ、エルザは今度ははっきりと小首を傾げてた。
「いや、あのね、ラクロスの練習の前に、リレーの練習もちょっとやってるんだ。」
キャロがすかさず補足を入れてくれた。
「そうそう」
ススアはこくこくと頷いてて。
「ほら、体育祭の、みんなリレー。せっかくやるんだから、遅すぎるのもやじゃん?」
ってキャロが。
「だから、リレーの練習してるの」
エナはそう、多少はゆったりとした声をエルザに。
「ラクロスのクラブなのに練習そっちのけ」
ってビュウミーは笑ってたけど。
「ちゃんと練習はしてるよ?合間合間にだから。」
ススアがそうビュウミーに、それからエルザに言ってた。
「まね、そういうことで。一緒に来る?」
って、キャロは軽い声で聞いたけど。
エルザは少し考えてるようにしてるみたいに。
瞳を瞬かせてて。
少しだけ、俯き加減のアヴェに目を配って。
・・・。
顔を上げたエルザは。
「・・今日は、帰ります。」
そう細い声だけど、静かに伝えてた。
「そっか。」
キャロはちょっと仕方無さそうに。
「そっかぁ~・・・」
ススアは残念そうに。
「それじゃね、また明日」
キャロはエルザに。
「またね」
って、エナも。
「また明日ね~」
少し手を上げたビュウミーも。
「ばいばいーっ」
ススアは手を振ってて。
「・・さようなら。」
エルザは少し手を振って、みんなに返して。
アヴェは、少しだけ、みんなを見上げたみたいだった。
振り返ったキャロたちは。
「あれ、シアナは?」
「んー、先行ったみたい」
「えー。」
「一緒に行けばいいのにね・・?」
「うぉっしゃ、マジめっちゃ気張るでぇっ!」
ってキャロが突然大きめな声で言うのを。
少し驚いたエナたちは噴出して笑ってた。
そんな皆の背中を。
「・・・」
瞳を瞬かして見つめてたエルは。
「・・・あの。」
って、静かな声で呟いたみたいだった。
それに気付いたアヴェは、隣のあの子を見上げて。
あの子がこっちを向いたのを見て。
「・・は、はい・・?」
「おかしな言葉でしたよね・・?」
って、あの子が。
「・・ぇ?」
「・・まぁじ?っちゃきば・・・?」
首を捻ってるようなエルザに。
アヴェはただ目を瞬かせてて。
・・・なにを・・・・・・?
・・で、はっと気付いたアヴェである。
キャロさんが最後に言ってた言葉を思い出した。
「めっちゃきばるでぇ~」って。
ぇ、そこ・・・?
はっと、発見したような。
吃驚に。
暫く、アヴェは隣で向こうを見つめてるあの子を見てたけども。
変だけど、そんなに、変じゃないかも・・って。
・・あの子が、こっちを見て。
それから、振り返って歩き出したのを。
私は追いかけて。
「・・どういう意味でしょうか・・・?」
「ぇ・・っ」
驚いて出た私の声は、あの子には聞こえなかったかもしれなかった。
あの子は首を捻って・・。
真面目に悩んでるみたいだった・・。
「ぁの・・・」
「はい・・・?」
顔を向けてきたあの子に。
「・・・が、がんばろ、みたいな・・・。」
・・他に良い言葉が見つからないアヴェで。
「頑張る?」
「はい・・・。」
「・・・そうなんですか・・・。」
感心したように、頭の中に書きとめたみたいに、真面目に頷いてたあの子は。
・・やっぱり綺麗だった。
「・・・あの。」
あの子は私をそれから見て。
「は、はい。」
「リレーの・・、」
少し考えたようにして。
「練習のお話、どうしましょうか?」
って。
「・・ぇ。」
「・・・いつでも声をお掛けしていい、って仰ってましたから。」
・・さっき、今日は帰るって言ったのは。
私と相談する為だった、のかも・・。
あの子は私をじっと見つめて。
私は、何て言うのか、少しわからなくなってきてて。
「・・どう致しましょう?」
あの子はそう呟くようにして、前を向いていた。
「・・ぁ、あの・・」
「はい。」
あの子は私を見て。
私はだから、少し、俯き加減になって。
「・・ぇ、ぁ、えっと・・、」
・・ぇ、・・エル・・。
「・・ぇ、エル、さんは・・・、行きたい、ですか?」
「・・・私は・・。」
少し考えてみてるように。
―――ふと、向こうを振り返って、見た。
何かを見たような・・・。
私も、その先を、見たけど・・・何もなくて・・。
・・って、こっちを向いたあの子は。
その綺麗な瞳は、私を・・・。
ちょっと、瞬くように。
閉じた口元の、横顔が少しだけ微笑んだかもしれなかった。
「行ってみたい、ですね。」
なんとなく、そう言うと思ってた・・。
「・・わ、わかりまし、た・・。」
「行きますか?」
あの子が静かに私に問いかけて。
「は、はい・・。」
私は、ちゃんと、こっくり、頷いてた。
「わかりました。それでは明日、伝えてみましょう。」
そう言ったあの子は、やっぱり、少し嬉しそうだった。
私はその横顔を見てて。
なんとなく、私の気持ちもむずむずしてた。
「あ、それと・・。」
そしたら、あの子は私に。
「・・エル、で、いいですよ。」
そう言って、ちょっとだけ微笑んだ。
「・・私のことは。」
微笑ませた瞳で私を見てる、あの子に。
「は、はい・・っ」
私は、少し慌てて、頷いてた。
****
「あぁ・・・、期待はしてなかったけど・・。」
「足遅いね?」
「スタミナはゼロだね。」
「ひどいな皆」
キャロはそう言ったけど、苦笑いのようにしてたからたぶん同じような事を思ってるのだろう。
「あんま無理しなくていいよー?」
って、キャロは大き目の声を出して、向こうの方を走ってくアヴェの背中に声を掛けてた。
てろてろと走ってるアヴェにはそれだけで精一杯で。
「はぁっ、はぁっ・・・っ」
もう息切れを起してるし、脚も重いし、腕も・・・。
他の子たちはもう、遠くを走ってて。
追いつくなんて絶対無理で。
次の人のところまで・・、なんとか走って、届けないと・・・。
って、それだけの思いで、アヴェは苦しい中走ってたけど。
次の人に手渡したバトンは掴まれて。
握ったその人の後ろ姿もぐんぐん遠くなってく。
大きな息を吐きながら、汗だくで、ぼうっとその人を見てたら。
「ちょっとそこどいてー、次来る」
他の人に言われて。
アヴェは慌ててラインの外に。
そしたら。
足がもつれて。
「ぅ・・っ」
・・転んでた。
手を突いて膝を突いたけど、少し痛かった。
「大丈夫ー?」
って、離れた所からキャロさんの声が聞こえたけど。
息が、苦しいけど。
顔を上げて。
こっちを見てる、キャロさんに・・・、ちょっとだけ、手を上げかける、ような。
それから。
そのまま、少し、大きな呼吸を繰り返してた。
苦しいけど。
少し痛いけど。
他の人達の声が、グラウンドで響いてて。
声を掛けてる声。
ときどき響いてて。
疲れてるけど、少し落ち着いてきた息をしながら。
あっちの方を、走ってる人達を見てた。
みんな、速くて。
それでも、走り終わった人達は疲れたみたいに、肩で息をしてる人達もいて。
走ってる人達のほうを見て、笑って、声を掛けたり・・。
・・・はぁ、ってアヴェは、大きく息を吐いて頭を落としてた。
・・疲れたけど。
誰かが近付いてくるような音が聞こえて。
顔を上げたら。
・・あの子が、疲れたように息を荒げながら、ふらふらと、こっちに歩いてきてて。
息も切れ切れに、すぐ傍で地べたにへたりこんだあの子は肩を大きく動かして息をしてて。
細めてた瞳を僅かに開いて。
私を見つけてて。
大粒の汗に煌いてる瞳、持ち上げて。
私を見て。
そうしたら、楽しそうに、悪戯っ子のように、頬を持ち上げて笑った。
輝いたような笑顔。
日の光に。
汗で濡れて、煌いて。
・・アヴェは、照れたように、俯き加減に見つめていたけれど。
少しずつ、戸惑うようにだけど、・・頬を持ち上げて。
光で輝いたような、グラウンドの上で。
笑顔を、あの子に見せてた。
笑顔が向かい合って。
二人は可笑しさでいっぱいのようだった。
「あの2人、やっぱ仲良いね。」
「ん?」
キャロが、向こうを見つめて言ったようなのを。
隣のエナがその視線の先を追ってみて。
「あぁ。そうだねぇ」
エナも、感心したように頷いてた。
「そろそろ合同練習終わろうか、ってー。」
ビュウミーはそんな2人に歩いてきて大きな声を掛けてて。
「ほーい。」
キャロは返事を。
ビュウミーの方を見てたエナは。
「あの子達はどうするのかな?」
って。
「どうするって?」
「ラクロスの練習、見学するのかな?」
「さあ・・?」
キャロは首を傾げるしかなく。
「ねぇ、聞いてよー」
って、ススアが駆けてきた。
「おーどうしたー?」
ってキャロは。
「シアナがさー、2人とも全然ダメって言うんだよ?」
「おぉぉぉ・・・」
寧ろ、キャロは悪寒を覚えたらしく震えてたようだ。
「2人?」
首を傾げるエナにススアは。
「アヴェエとエルザ。」
「・・・あは。」
エナは苦笑いのようにして、ススアの後ろから小走りに来たシアナに目を向けてた。
「ダメなんて言ってないわよ。」
「えーうそー?」
「言ってないから。足が凄く遅いから大変ね、って言っただけよ。」
そう、皆にも言ってやるシアナだが。
遅れてきたビュウミーさえも、他の子と目を合わせて、閉じた口端を上げるような、同じ様な表情をしてる皆と同じく、微妙な。
シアナはそれを見て、向こうの方にそっぽを向いてた。
「・・んーまぁ、確かに遅いけどね。」
ビュウミーもとりあえず正直者だ。
「大丈夫だよ、足が遅い子なんていっぱいいるんだから・・」
「そうそう大丈夫大丈夫、シアナとだって良い勝負だよ。」
って、ススアが。
あ・・、ってみんなが思う間もなく。
ぴくっと向こうを向いてたシアナの耳が動くわけで。
ぎぎっとこっちを向いたシアナは微笑みを固めて優しく彼女たちに注意してあげてた。
「・・遅くてもね、あの子達なんかには負けないわよ・・・?」
明らかにススアの言葉が彼女のプライドを掠めたのは明白だが。
「おぉ?言い切れる?」
ススアはそんな事を言う。
「・・当たり前でしょう・・」
「い、いちおう、ラクロス部だからね。」
キャロはそんな事を多少引きつった笑みで言ったのだが。
「いちおう・・?」
シアナにじろりと見られてしまった。
「あぁ、いやぁ・・」
「スポーツを、普段からしてるんだから、あの子たちより速いに決まってるってことよ」
って、ビュウミーが。
「・・ふん。」
納得したような、納得して無いような。
とりあえず、小さく鼻を鳴らしたようにして、シアナは向こうを向いたのだった。
「やってみないとわかん・・・っ」
「おいおいおいっ」
がっと、キャロのヘッドロックがススアに決まるわけで。
「おぉお?」
驚いたと言うより、そんな事態に何が起きてるのか首を動かしてきょろきょろしてるススアである。
そんなススアを睨みつけてるようになってしまってるシアナさんで。
「まぁっ、いつかねっ。今はあの子達がもうゼッヒリールル伯爵よ。」
って、キャロが言えば。
確かに2人はもう立ち上がる気力も失いように、地べたに這い蹲ったまま動けないようだった。
それを見てる、みんなの横で。
「・・・ふっ」
誰かが鼻で笑ったような気がしたが、それは誰かを確かめるまでもなく、たぶんシアナが笑ったんだろうって、みんなが思ってた。
「・・タオルでも渡してきてあげたら?」
って、シアナが。
「お、そうだね。もう休憩だねあの2人は。」
キャロはベンチの方に歩き出そうとして。
そんなキャロの前をススアはてってっと、早速追い抜いて駆けて行ってしまった。
「私たちも休憩しようか、ね、シアナ」
って、エナは、気が利くシアナにそう微笑みかけて。
「言っとくけど。私は、疲れてないからね」
そうエナを振り向いて、ちゃんと言い置いた後。
シアナはそのまま、地べたにへたり込んでるあの二人が休んでる方に歩いていってしまう。
その背中を少し可笑しそうに微笑んで見てたエナで。
「うーんー・・、良い娘なんですけどね?」
って、ビュウミーが肩を竦めたように、エナにだけ聞こえるように言ったのを。
エナは少し苦笑いのように笑ってた。
「よぉ、おつかれっ」
キャロがそう声をかけてた。
ススアが渡したタオルを、2人がなんかの小動物のように顔を拭き拭きしているのを。
にこにこしながらススアが幸せそうに見つめてる。
キャロの声に少し遅れて顔を上げたその子たちは、笑ってるキャロを見つけて。
シアナやエナ、ビュウミーの姿も見上げたようだ。
「疲れたでしょ?」
って、キャロが笑いながら。
「はい・・・」
細い声が更にか細くなったようなエルザの声だった。
「普段から運動してないとね」
って、ビュウミーはその2人の前に腰を下ろして。
それを見た他の子たちもそのまま地面に座ってく。
・・・一人、立ったままのシアナにほとんどの視線が集まったが。
その視線たちを無言で見下ろしてたシアナは。
「座らないのシアナ?」
って、ススアが不思議そうに。
「・・・・・・ふぅ。」
シアナはそのまま諦めたように地面に座ってた。
「シアナは嫌いなんだよね、地べたとか。」
「汚いでしょ?皆踏んでるんだから」
「まぁーね。」
「そんなんだからすぐ転ぶんだよ」
「あぁ、やっぱあんたむかつく・・・」
「ごめぇーん」
なんか、ススアが、がっしり掴まれて。
頭をぐりぐりぐりぐりされ続けるのを目を瞬かせて見てるエルザとアヴェエで。
なんかシアナの腕の中で、縫いぐるみのような扱いのススアである。
「まあまあまあ」
「・・あ、シアナはラクロスのときも走ってて良く転ぶの・・・」
エナが2人に気付いてそう教えてあげるけども。
「・・補足なんていらないでしょう?」
「ご、ごめん・・」
微笑んだまま優しそうにでも、ちょっと強く言うシアナにすぐ謝ってた。
「・・で、どう?」
って、シアナが、エルザとアヴェエの2人の方に。
「リレーのルール、わかった?走れそう?」
「は、はい・・、・・・なんとか」
こくこく頷くエルザに。
その隣で同じ様に、多少速くこくこくしてるアヴェエで。
「そう、まあ、本番は転ばないようには気をつけて走れば、いいからね。」
こくこく頷く2人で。
「お。」
って。
「・・なに?」
ビュウミーが上げた声が気になったらしいシアナである。
「いやぁ。」
って、ビュウミーは愛想笑いみたいにしてたけど。
「やっぱ良いアドバイスするなぁって思ったんだよきっと。」
ススアはなかなか核心を突く。
ビュウミーの笑顔もちょっとはぴくりと動いたようだった。
「・・はぁ、」
ってシアナはため息を吐いたように。
「うーいぃー~~」
手の中のススアの頭を撫でるのを強くしたらしい。
「ちょっと悲しいわ。だってみんなそういうこと言うんだもん・・・」
しぼんでく声のシアナはススアの頭皮と毛根を見つめてるようだった。
「お、拗ねた。」
「冗談だって~」
それに笑ってるキャロだが。
「シアナが、頑張ってるのは知ってるよ~・・」
控えめに声を掛けるエナである。
「ぅ~・・ほんとぉ・・?」
「うん。ねぇ?」
って、エナがキャロたちを見るけど。
「・・・・・・」
「・・・あぁ、良い天気だわ、今日も。」
「あぁ、本当にねぇ・・」
「なんでそこで『うんっ』って言わないの・・・っ」
「あいでででで・・・」
麗らかな空を目を細めて眩しそうに見上げてるキャロとビュウミーに。
とても不満そうなシアナみたいだった。
ススアのタップが入ってるのを忠告しようか迷ってるエナだが・・。
そんな声にキャロは少し肩を震わせて笑ってたみたいだった。
そんなみんなを瞳を瞬かせて見てたエルザも、アヴェエも。
それから、気持ち良さそうに、ぼうっと空を見続けるキャロとビュウミーを真似て上を、見上げてみてて。
快晴の空に、少しだけプリズムの色が混じるような、白く光り輝く青空。
遠くで掛け声も響いて届くグラウンドの中の、座ってる子たちで。
特に会話のなくなったようなその時間は、なんとなく皆も空を見上げてたみたいだった。
アヴェエは、空を見上げてた顔を下ろして、麗らかな日を浴びてる皆の顔を見回したけど。
そんなアヴェエに気付いたらしいススアは、まだシアナの腕の中で、アヴェエに満面の笑みを見せてた。
瞬いたようにしたアヴェエは、それからすぐ視線を空に上げて、ススアから逸らしたようだったけれども。
下から覗くアヴェエの表情は恥ずかしげのような。
満更でもない様な、そう見えるかもしれなくて。
****
鏡の前で、薄い茶色の長い髪の毛にブラシをかけていた。
鏡の中の髪を見つめながら、少し引っ張るように、そうすると、するするブラシは通ってく。
もう一方の手で触れる髪の毛に、鏡台にブラシを置いて。
鏡の中の自分を見つめながら、髪の毛の先を少し撫で付けるように触れてた。
制服姿の、自分を見つめてて。
肩に落ちてた長くて細い髪の毛を一本、指に摘んだ。
・・立ち上がって、エルは振り返り、部屋のベッドの方を見て。
それから、机の方に、髪の毛を捨てて。
置いてた鞄をぐっと持ち上げて、両手の下に提げた。
そして歩きながら、縫いぐるみたちの方を見てて。
それから。
「・・―――今日も学校ぉ?―――・・・」
って、いやそうな声が聞こえた。
ぴたりと、止まって。
不思議そうに周りを見回すエルだけれど。
誰かいるはずがない。
部屋の中は静かで。
「・・・・・・」
エルは扉の前まで歩いてきたけど。
鞄を持ったまま、部屋を出る前に。
誰もいない部屋に、友達の縫いぐるみたちが、集まってる方に向かって。
「・・いってきます」
小さく呟いてみてた。
「お弁当も持ちましたね?・・大丈夫?やっぱり私もついていきましょうか?」
「大丈夫、です」
「でももうちょっと、慣れてからでもいいと思って・・・」
「・・・?」
「・・ええ、そうね。大丈夫よね。エルなら。」
心配そうなお母さんに頷いて。
「いってらっしゃい。気を付けてね、エル。」
お母さんに頷いて、エレベーターに乗る。
扉が閉まるまで、小さく手を振ってくれるお母さんに、エルも小さく手を振って。
閉まったエレベーターが動き出す、揺れもしないその空間を、エルは少し瞬きながら、少し虚空を見上げたりして。
そうしてると、エレベーターが開く。
静かに外に出て、絨毯を歩き、ロビーを歩いていく。
入口近くにいた人たち、スーツを着た数人が微笑み、会釈を交わして。
「おはようございます。行ってらっしゃいませ。」
「はい。」
幾度かそんなやり取りをして、外へ通じるガラスドアへ向かう。
光が散らばるガラス細工のドア、静かに自動的に開くのを、エルはそのまま歩いて出ていく。
明るい空がプリズムの色を混ぜ合わせて。
・・見上げていたエルは、向こうへ、歩く人のいないストリートは向こうまで続き。
・・・少し、瞬く、その双眸は向こうから、反対の向こうへ、車のいない道の先から道の先へ。
立ち止まっている、エルは両手に提げた鞄を少し、・・揺らして、持ち直して。
少し振り返れば、ビルの入り口の傍でコンシェルジュの彼がにこりと微笑んだ。
エルは、瞬く。
それから。
顔を前に向けて。
それから。
・・それから。
ストリートの向こうの曲がり角から、スクールバスが走って現れる。
エルは少しだけ顔を上げ。
目の前でゆっくり、スクールバスが止まるのを。
そして、歩いて乗車口まで。
自動的に開くドアに、バスに上がれば、他に誰もいない座席たちの中で。
・・1つだけのいつもの場所に腰を下ろす。
エルは、両腿の上に鞄を置いて。
動き出すバスを、感じて。
・・窓の外を、その双眸で。
流れていくビルの景色を、その瞳で。
学校の大門は開き始め、バスが通過するとまた閉まり始める。
エルが眺める窓の景色は、日の光に輝く緑色の葉っぱの並木道になっていた。
制服の子たちが歩く姿が見え始めていて、同じ方向へ歩いている。
敷地内の停車場はそんな並木道の傍で、バスが停まり、乗車口が開く。
エルは両腿から持ち上げたそのカバンを手に提げて、立ち上がると、運転席の人が会釈をするのが見えて。
エルも会釈をして。
そのバスから降りたら、バスは乗車口が閉まる音のあとで、静かにまた走り出す。
校舎への道を歩き出すエルは、次第に合流していく並木道に学生服の子たちの中で。
「あ、やあ」
男の子に声を掛けられる。
「あ、おはよー」
女の子たちに声をかけられて。
会釈をするエルは歩いていく。
校舎の中に入った日陰の中で、何人かにまた声を掛けられて。
男の子も女の子も。
「おはようございます。」
「どう?考えてくれたかな?」
エルは、小さく会釈をして。
「遅刻しちゃいます」
「ま、まだクラブ決めてないんでしょ?ちょっと試しに入ってもさ、・・・ふぅ」
エルは歩く。
校舎の中で、通路を通るたくさんの学生たちの中で。
「あ、エルザさん。今日も可愛いね」
「やっぱりやるべきだと思うのアイドル!研究会だけどさぁ!?楽しいよ!」
会釈を少しして。
廊下を歩いて。
たどり着く教室まで。
・・少し、探せば。
隅っこの方、あの子がいて。
静かにしてるあの子に近寄って行って。
傍に立って。
「おはようございます。」
あの子はぴくっと動いて顔を上げて。
「お隣、いいですか?」
って聞けば。
「は、はい・・」
あの子は、そう頷いて。
私が座るのを。
ちょっと気にしたように、ときどき見てて。
でも、目が合えば、少し、一緒に微笑んでくれた―――。
―――・・・あの子は、前を向いていて。
綺麗な瞳を瞬いて。
ノートに視線を落とす。
肩に掛かった栗色の髪が揺れて。
私は少しだけ、息を呑んだように、また私のノートに目を戻してた。
先生が喋るとおりに進んでくノート。
私はもう一枚ページを捲って、先生の声に耳を傾ける。
静かなあの子は隣にいて。
見なくても、いるんだろうけど。
ときどき、気になって、ちょっとだけ、あの子の手元に目を移して。
あの子の指が少し動いてるのを、ちょっとの間、見てた。
静かなあの子は、やっぱり隣にいて、一緒に授業を静かに聴いてた。
****
『・・――うん?あれ・・なに・・っ―――・・・』
エルは、振り向いてた。
・・振り向いたけれど。
廊下を歩いてる人達がいるだけで。
誰かと数人、こっちを見てるのと目が合うだけで。
その人達も目を逸らす。
「・・・・・?」
顔を前に戻せば、ハァヴィがこっちを見てて。
不思議そうに黒い瞳を瞬かせてた。
それから、気付いたように、はっとしてすぐに視線を下げたけど。
「・・・」
「・・・・・?」
もう一度、顔を上げたハァヴィに、エルは小首を傾げていて。
それを見たハァヴィは。
・・ぎこちなく、同じように小首を傾げたみたいだった。
教室の中で、授業の合間の休み時間にススアやシアナたちも机に置いたノートをいじっていたり、おしゃべりをしていて。
「ススア。今日は、ちょっと遅く帰る」
いつの間にか近くに立っていたアキィが、言っていた。
「そなの?」
「うん、だからお風呂とか待たなくていいよ。」
「はーい。」
寮で同室のススアは、アキィに元気良く返事を。
「一緒に入ってるの?」
・・って、シアナが。
くすりと、笑いそうに目を細めてアキィを見てる。
「・・なに?」
アキィも、目を細めてシアナを見つめ返しているが。
「別に?仲良くていいんじゃない・・?」
そう、微笑んだつもりか。
目を細めたままのシアナは、他の子から見てどう見ても、にやっと笑ったようにしか見えなかったのだが。
「・・・・。」
ススアも含め、・・あ、って思う前にも、アキィの目の端もきつくなってるわけで。
「そ、そうなんだよねぇ、アッキィってば甘えん坊だから一緒にって・・・ぇ、」
「・・・・。」
「・・・。」
じっと、そのアッキィとシアナに、微笑みの一つもなく見られてるのを、遅まきに気付くススアは。
「じょ、冗談だってぇ・・っ」
「あんた、そういう事言ってると一緒にトイレ行ってあげないから」
「あぁ・・っ、アッキィだってそういうこと言わないで・・っ」
「・・トイレ?」
シアナが不思議そうにしたのを。
アキィは見下ろしながら。
ススアを見てたシアナが顔を上げて、目が合えば。
アキィは口端を持ち上げて意地悪そうに笑って見せたみたいだった。
「・・・・っ。」
ぴくっとシアナの眉が険しくなるが。
「それじゃね、それだけ。」
「はーい。まったねー。」
って、行ってしまうアキィに明るい声を掛けてくれるススアである。
その後ろ姿を目を細めたまま、面白く無さそうな、なにか強いものが篭った目で見ているシアナで。
隣のエナなんかはとてもびくびくと、その横顔を気にしてるみたいだった。
振り向いたススアは他の皆の様子に、うん?と不思議そうな瞳をばら撒いていたが。
シアナは振り向くと笑ってないその目で、微笑みながら口を開くわけで。
「一体何処に寄るのかしらね?」
「さあ?」
ススアはくりっと首を傾げ。
「あの人、帰宅部でしょ?」
「そうだけど・・・。」
って、エナも。
まあ、それだけで、シアナは言いたい事がなくなったようだ。
ちょっと、顔を見合わせたようにしたエナとススアで。
キャロに至っては大きく肩を竦めて見せてあげていた。
ビュウミーは少しばかり元気な声をそんなシアナに掛けるわけで。
「そんで、今日の放課後は練習する?」
「・・うーん、クラブが無いっていうのがね・・。」
少し、考えた後、シアナの口調もさっきと少しは変わったみたいだった。
「他のクラブの子たちの中に混ざるだけだって」
ビュウミーはそんなシアナに言うけれど。
「でも、私たちのクラブは今日は無いでしょ?」
「気が引ける?」
目を覗き込むようなビュウミーに。
「・・・うん。」
しおらしく頷くシアナである。
「みんなやってるから大丈夫だって」
って、ススアが言うけど。
シアナは目を細めたままススアを見ていて、まだ頭の中で考えてるみたいで。
「・・いい、今日は帰るわ。」
少し考えた後のシアナはそう言ってた。
「んーそっか、じゃあ私も帰るかな。」
って、キャロも。
エナはススアとか、他の子たちの顔を見回してたけど。
「えー、帰るのー?」
ススアはやっぱり不満げだ。
「どする?ススアとエナに、エルザにアヴェエ。」
って、ビュウミーが残り全員の名前を挙げて。
そう言われるとお互いの顔を見回す4人である。
・・いや、アヴェエだけは見回すというより、遠慮がちに、下から覗き込もうとしてる感じだが。
「・・ビュウミーはどうするの?」
って、エナが。
「私?みんなどうするかで決めるよ」
「じゃ、私行こっかな~?」
ってススアが。
「ススアは行くね。」
ビュウミーが数えて。
「・・・」
エナは残りの2人を瞬いて見つめてる。
「・・帰りましょうか?今日は・・。」
って。
エルザの声にアヴェエはこくこくと頭を。
「あ、・・じゃ、私も。」
エナもそう、少々遠慮がちにビュウミーを見るわけで。
「わかった。じゃあ・・、ススアだけ行くって伝えとく・・・」
「えぇえっ、私もパスっ」
「あれ、いいの?」
ってビュウミーは、とぼけたように言ってやって。
キャロは少し隠れて笑いを堪えてるようだった。
「いいのっ」
「はい、わかった。じゃあ、そう伝えとくね。」
「はーいー。」
少々ふてくされたようなススアは机の上の首をごろごろと。
それをじぃっと見てるシアナと、エルザで。
「今日は家に帰って何やろうかなぁ・・?」
キャロがそう言うのを、エナが隣で聞いてるようで。
「あ、前言ってた曲ちょうだいよ。」
「お、いいよ。」
ビュウミーとの3人とでまた少し会話が始まってる・・。
・・・しゅたっとその横で、シアナが獲物に触れ。
ぴくっと動いたススアの頭に当てた手は、ぐりぐりと・・。
「あ~・・ん、にゃあぁ~~・・」
すぐに気持ち良さそうに変な声を上げ始めるススアに、他の3人も振り返るが。
シアナがススアを弄ってるのを見て、納得したように顔を見合わせて、話に戻るわけで。
でもそれをじぃっと見続けてるエルザは。
「ぅ゛ぅー・・・、なぁぁ~・・・」
目を細めてシアナの愛を受け入れてるススアに、ちょっと物欲しげな表情を、たぶん、したみたいだった。
・・・なに・・・・かな・・?
って、アヴェエはその隣で、それを訝しげに見てたが。
「お散歩、行きましょう・・?」
あの子がそう、私を見つめて。
瞳を少し瞬かせて聞いてくる。
だから、私はこくこく頷いて。
あの子が少し、嬉しそうに微笑むのを。
廊下を歩き出すのを追いかける。
少し歩けば、人は少し多くなってきて。
ガラスのドアが張ってるところだともう少し人は多くなって。
日差しの強い外の景色。
ドアを通って、その景色の中に私たちは入ってく。
色の濃い緑の、影の、日の下の景色。
散歩してるような人達が遠目に歩いてて。
私たちも、あのレンガの道を歩きに行く。
広がる広場は日の光の中の、お昼休みの、ぽかぽかした景色。
光に映えてるお花の色を見つめながら。
レンガの道を歩いて。
木々のある、陰の中を歩いて。
このまま行くとグラウンドの方にも繋がる道。
よく、行くようになったグラウンドの方を見ながら。
私はあの子の隣で歩いてた。
グラウンドでは、遠くの子達が走ってたり遊んでたりするのを。
でもあの子は大体。
今日も、木陰の中のベンチの傍で、立ち止まって。
私を見て。
ちょっと期待したような、問いかけるような瞳に。
私はこくこくと頷いて見せてて。
それから静かに、あの子がベンチに座るのを。
・・隣に座って、それから。
今日は、グラウンドの傍の、お昼休みの音が聞こえてくる中で。
・・木漏れ日に輝く日の光の中で、私は目を閉じてた。
風がそよぐような感じはちょっと、気持ちよくて。
薄く目を開けた、隣のあの子の膝元。
あの子はじぃっと上の、木漏れ日の揺らめく中を見てて。
綺麗な瞳も輝いて。
だから、私は。
目を閉じて。
ちょっと、眠くなってきたような気持ちに。
静かな音たちを聞いてた。
「・・最近、またあの子達と仲良くしてるみたいね。」
「うん?」
そう言って来たアキィに、読んでた雑誌から顔を上げたススアだ。
アキィは机の前に座ったまま、眼鏡を掛けたままこっちを見ていたようだった。
たぶん、何の事かわかってはいるだろうけれど、不思議そうに見てくるススアに・・。
「ちょっと噂されてるよ。」
「噂?なんて?」
「いや、別に。ただ急に仲良くし始めたから、気になっちゃう人が多いんじゃない?」
「ふーん・・?」
アキィはススアを見つめてたけど。
そのまま言う事が無くなったみたいでまた机の方に目を戻したわけで。
「仲良くしたい?紹介するよ?」
って、ススアが言ったのを。
振り向いたアキィはそれから。
「いい。」
そう短くだけ言ってまた机に顔を戻した。
「ふーーんー・・・」
ススアはそんな横顔に変な音を出してはいたけれど。
アキィは振り返る事は無かったみたいだった。
ススアもそのまま飽きてまた雑誌を読み始めてた。
けたけたと笑い声がときどき聞こえてた。
―――――――ねぇ~?
・・・・・・・。
・・ねぇーったら~っ?
・・・・・・・。
・・・うー・・、もう寝たぁ・・っ?
・・・・・・・。
・・最近こんなのばっかりだねよねぇ?
・・うん。
・・・うん、・・ねぇ。
そりゃ、疲れてるのは、知ってるけど・・・。
でもさ。
・・ね、うん。
・・・つまんないよねーー・・っ。
・・別に私たちはいいんだけどー。
あの子がねぇ・・?
・・いいや、今度話して来たって泣くまで話さないでやんだからっ、いこっ。
ね、今日は何して遊ぶ?
あ、でもそれ前にもやったでしょ?・・それ好きだね、ポリョセは・・うん、っぷ、あははは――――――
――――――――――――――――――
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