第3記~『ありがとう』 <1章>
あ、今日は・・。
学校無いんだっけ・・・。
明るくなった日の部屋の。
開かない目でぼぉっと。
閉じかける目をまた少しだけ開けて・・。
テーブルの上の白い光の色の部屋の。
頬につけた枕に、また目を少し開けた。
このまま寝ちゃっても・・・。
・・今日は学校なくて。
・・・起きなくて良くて。
・・ココさんは。
・・・・・・怒るから。
閉じてた目を、なんとか開けて。
・・少し、嫌だったけど。
柔らかい布団から、もぞもぞしながら。
なんとか、起きて・・。
・・また少し、ぼおっとしてた。
まだ腰から下が包まってる布団は。
温かくて、柔らかくて気持ちよくて。
・・ちょっと足を動かすと、柔らかいのに触れて。
長いスカートみたいな中で、足は、自由になれそうになくて。
・・・少し、身体を浮かせて、なんとか布団を引っこ抜いた。
ちょっと肌寒い気がするベッドの上で、よじよじ、寝たまま、ベッドの端にたどり着いて。
スリッパに、足を下ろした。
寝そべったままの格好で。
まだ眠いまま、一息ついて。
それから、力を入れて、起きて。
両肩を張ったまま。
・・また少し、ぼおっと。
部屋の中を見てて。
・・・このまま、また枕に倒れこんだら、気持ちいい、だろうけど・・。
えっと・・。
ココさんが怒るんだ・・。
ココさんが・・、怒るのは嫌だから・・・。
・・身体を、前に、押し出して。
ベッドから・・、立ち上がってた。
着替えて、支度して・・。
・・・白いシャツを・・ボタンを・・とめて・・・。
・・食堂に行かないと・・・。
ココさんが・・・。
・・・・・む・・ぬぅ・・・。
・・・着かけていた白いシャツをじっと見下ろしていて。
・・白いシャツから、腕を抜いて、脱いで、・・テーブルの上にべしっと投げた。
テーブルの上の、制服の掛かっていたハンガーを眠い目で見つめたまま、少し口を尖らせてたアヴェで。
暫くしてから、ようやく。
制服に白いシャツも、手を伸ばしてハンガーにまた掛けなおし始めた。
クローゼットまで戻って、タンスからいつも着てる取り出すアヴェは、青いロングパンツに、茶色のチェックの長袖シャツを腕に抱えてクローゼットを閉じた。
今日は、久しぶりの、学校に行かない日だった。
「アヴは、好きなインフルエンサーとか、有名人とかいるの?」
ココさんが、私を見ながらそう言って。
私は、口の中に入れたばかりの、ソーセージを噛んでて。
ココさんがなんで、そんなこと言ってきたのかわからないけど。
首を横に振ってて。
「うーん・・、好きなものは?・・例えば、本は?好きな漫画とか、ファッション、可愛いのとか・・?」
って、言ったから。
私はまた横に振ってた。
髪の毛も揺れたのが気になって。
ちょっと手で、肩の髪の毛を落として。
「そう・・。」
ココさんはそれだけで、少し納得したような、してないような、ままで。
朝ご飯の卵をスプーンで切り取ってた。
「ほら、この前送ったサイトなんて。・・見た?」
思いついたみたいに。
あの、確か、暇だろうからって、けっこう前にもらった本が幾つか。
その中にブランドのお洋服のリンクや、雑誌もあったり、可愛い女の子が、可愛い服着て、笑ったり、ポーズとってたり、がいっぱい。
私は、ココさんに頷いてて。
「見たのか・・。」
ココさんはそう呟いてた。
「・・あ、これ可愛い、ってお洋服、無かった?」
ちょっと、笑ってるような。
・・じっと、私を見てるココさんで。
「・・い、いえ。」
私はでも、首を横に振ってた。
「そう・・・。」
ちょっと、表情も、すぐに消えたココさんの。
がっかりしたようにも見えた。
「あぁ、ごめんね。」
って、ココさんは私を見て言ってた。
「気に入ったのがあったら買ってあげたいんだけど。貴方の親御さんからそういうお金はもらってるの、って前も言ったかしら・・」
私は、こくこく頷いてた。
「あぁ、言ったか。うぅむ・・・」
なんか、またちょっと、難しい顔になったココさんは、卵をまた一口、口に入れてた。
「まあ、無いなら仕方ないの、無いなら。でも、気兼ねなく言ってね。欲しいものがあったら。」
「はい・・・」
って、頷いたけど。
ココさんはまだ私を視線を動かして見てて。
「て言っても、欲しがるのって必要な日用品なのよね。アヴは・・。」
それがちょっと、ダメみたいで。
そう言ったココさんはそのまま、サラダを食べてたけど。
「置時計、新しいの買う?」
・・そういえば、置時計っていつの間にあったんだろう。
「可愛いのもいっぱいあるみたいよ?」
・・私は、首を横に振ってた。
「・・まぁ、欲しいものあったら私に言ってね。欲しかったら買ってくるし。本も。お洋服も。」
そう言って、ココさんは私を見て。
私は、ココさんに頷いて。
サラダを一口、口に入れた。
ココさんがくれたネットのページは、見たけど。
明るい色の、笑顔とか、女の子がポーズとってて。
色んなお洋服を着てて。
そういう写真ばっかりだったから。
すぐに見終わった。
ちょっとしか見なかったけど。
少し、可愛いって、思ったお洋服も、ちょっとあった気がする。
それを着て、可愛くしてたりかっこよくしてる女の子の写真もいっぱい。
でも、別に・・。
欲しくなくて・・。
部屋に、ハンガーに掛けて、飾ってると、可愛いかもしれないけど。
・・そのままにしてたら、埃が被りそう。
だからクローゼットに入れてるしかなくて。
使い道が無くなっちゃう。
私は、着れないし。
可愛いのとか、着たくないから。
・・・やっぱり、いらない。
もし、私が着たって、私には絶対、似合わないから。
コップの中の、ミルクを飲んでて。
全部飲み終わったら、トレイの上に置いて。
「・・食べ終わった?行きましょうか」
ココさんがそう言って。
立ち上がるのを見上げて、私も椅子から立ち上がった。
・・・トレイを持ったまま、歩いてたら、思ったけど。
学校の制服も、けっこう、かっこいいような。
可愛いような方、かもしれない。
最初は、そう思って、ちょっと、着るのが少し、嫌だったのを、思い出した。
お昼になる前に、宿題を終わらせる。
いつもの時間。
天窓から差してる光を見てた。
もうちょっとで、終わるけど、机の上に座った私はテーブルに当たってる白い光を見てた。
日の光が真っ直ぐ、そこにだけ当たってる。
問題を解いてて、ふと思い出してた。
昨日、ココさんが言ってたこと。
・・私に微笑んで言ったこと。
あの子が、私を助けてくれたって、ココさんは言ってた。
泣いてた時もずっと傍にいたって。
あの子は。
ずっと・・・。
・・少し、恥ずかしくなった・・。
泣いてたのを見られてた・・・。
でも、あのときに、たしか、誰かが私の手を握ってた気がする。
よくは覚えてないけど。
私は泣いてて。
・・・あの子、だったの、かな・・?
あの手・・。
よく、覚えてないけど・・。
あの子が傍にいて。
私を・・・心配してた・・?
・・なのかもしれない。
私の手を握って。
ぎゅっと。
あの、熱い手で。
・・・私は、助けてもらって。
・・あの子に、ありがとう、って言わなきゃいけない、のかな・・・?
助けてくれて、・・・・。
・・でも、あの子に、言ってないから・・何も・・・。
だったら・・、言わないといけない気がする・・・。
ありがとう、って・・?
あの子に。
言う・・・?
あの子を見つめて・・。
・・ありがとう、って・・・。
・・なんか。
どきどきしてきた。
想像したら。
・・ちょっと、どきどき、してきてた。
・・・私は、あの子に、言わなきゃいけない、気がする、けど。
言わないと・・。
・・・いけない、かな。
やっぱり・・。
だって、助けてくれたから。
助けてくれたんだから、お礼は言わなきゃいけないけど。
・・言わなきゃ・・・?
言わなきゃ、いけない・・・・?
・・・うー・・・ん・・。
言う・・・。
・・・言わない・・・。
いう・・・・、わない・・。
・・もう、なんだか、わからなくなってたみたいな、私は。
テーブルの、白い光じゃなくて、横の、端っこを見てて。
別に、何かを見てたわけじゃないから。
・・ノートに、目を戻して。
目に入った、もうちょっとで終わる、宿題の続きを。
解きにかかった。
そんなに難しくなくて。
宿題はすぐに終わったけど。
ノートの前で、やる事が無くなった私は少し、ぼうっと。
まだちょっと、さっきからずっと、心に残ってるみたいだった。
かたん、と落とした櫛にちょっと、驚いて。
床の上で動かないでいる櫛を、屈んで、手を伸ばして、握った。
ロッカーの中に櫛を入れて、それから着替えを、足りてないものはないのをもう一度見てて。
ちゃんとあるのを、確認した。
周りでは、服を脱ぎ始めてる女の子達が少しいて。
服を脱いでる音も聞こえてたけど。
ロッカーの開け閉めする音とか、このままここにいても、なくならないから。
逆に、もっと増えるかもしれないのも、知ってるから。
私は服の端を手で持って。
持ち上げようと思った。
ちょっと持ち上げたら、お腹がすぅっとするのを感じた気がして・・。
かたん、って急に音がしたから、驚いて、振り返ったら、後ろにいた、全部脱いだ女の子がタオルを持って、歩いてくとこで。
私はその子の白い背中の、後ろ姿を見てた。
・・・さっきより、少し、人の少なくなったロッカールーム。
その子が出てく、ドアを閉めたのを見て。
ちょっと、どきどき、してたけど・・。
私はロッカーに向き直って、お腹の服から捲り上げた。
お腹に感じる、少し寒い空気・・・のはずだけど。
・・・その下の、シャツ、忘れてたのを、頭から抜いたトレーナーを、持ち上げたままの、腕に絡んだまま。
じっと見てた。
・・折角、勢いをつけたのに・・。
・・トレーナーから髪の毛を抜いて、捲れてるのを直してロッカーに置いて。
少し肌寒くなった。
・・今度こそ最後のシャツを持って・・・。
脱ぐ・・・。
・・・でも。
・・その前に、下を脱いだ方が、いいかも、って思った。
・・・やっぱり、順番的に・・・ロングパンツの、ボタンに手を掛けた。
さっきから、少しどきどきしてるまま。
もう一度、息をちょっと落ち着けて。
ボタンを外したパンツを、下ろして。
少し涼しいような空気が脚に触れて。
けど最後まで下に、脱いで。
足を持ち上げて、床についたパンツを、ロッカーに入れて。
それから。
素足のままで、シャツを、持って、一気に捲り上げた。
一気に肌寒くなって。
下着だけ、だから。
シャツから髪の毛を抜いたら。
ロッカーにすぐ、入れて。
見下ろした、もうほぼ裸の私の。
・・・。
こ、ここで、止まっても、ダメだから。
下着、全部急いで脱いで。
ロッカーの中のタオルを取って、すぐに胸に抱いた。
胸を抑えて、背中のほうまで片手でまわして。
ちゃんと身体に巻いたバスタオルは、後は端っこで手で留めて。
・・・ちょっと、ほっとした。
・・・。
・・こうやっている人、他にもいるし・・やってない人もいるけど。
それから、ロッカーの中を、手を入れて、片手だけど、ちゃんと、脱いだものを伸ばして、捲れてるの直したりして、あまり皺にならないように。
そうしてると、他の子の声も大きくなって。
少し多くなってきた気がするロッカールームの中の女の子の声を聞きながら。
お風呂に持ってく袋を出して、もう一度中を確認して・・。
閉じたロッカーに鍵を掛けて・・。
・・タオルを巻いた自分の格好と、手に持ってるものをもう一度見下ろして。
・・・顔を上げて。
向こうの方、ドアのある方を見て、歩いてく。
・・ロッカーの前で服を脱いでる、みんな肌の色の女の子達の間を通って。
また少し、新しく入ってきた人たちがおしゃべりしてるのも、ぶつからないように足元を見ながら、擦れ違って。
これからお風呂に入る人達は多いみたいだったから。
休みの日、だから、みんな、早いのかもしれなかった。
友達と来てるみたいな、おしゃべりしてる女の子たちの声が聞こえてる。
お風呂場へのドアは、右手はタオルを抑えるのに塞がってるから、左手に提げてた袋を腕に掛けて。
ドアの取っ手を、持って、引っ張った。
一気に湯気で溢れた中にもぐってく私の。
きゃぁ、って楽しそうに笑う声とか、ときどき、遠くから響く、広いお風呂場の。
濡れた床を歩きながら、遠くの、まだけっこう空いてそうなシャワールームを見つけてた。
湯気の濡れた温かい空気に触れながら、そっちへ歩いてく。
横に通る、照明の下の、大きな湯舟。
湯気が立ち込めてるのを、ちょっと、見てた。
中で、脚を伸ばして、気持ち良さそうにしてる女の子達が何人かいて。
肩まで浸かって、どんなに温かいのかわからないけど。
とても気持ち良さそうで。
・・けど、私はあっちの方に歩いてく。
床をひたひた、裸足で歩いて。
シャワーの、目の前の個室の、入り口を見上げた。
空いてる、シャワーの個室、どれでもよくて。
中に入って、カーテンを閉めると外の音も少し小さくなる。
手の袋を下に置いて、身体に巻いてたタオルを開いて。
壁に両手を伸ばして掛けた。
下に置いた袋に屈んで、袋の中の、少し小さいタオルを出して。
広げたそれを、首の後ろの髪の毛の下に挟んで、立ち上がった。
後ろの髪の毛を手で全部、持ち上げると、するする少し逃げてく髪の毛。
でもそれを全部、タオルの上に乗っけて。
両手で持ったタオルの端を持ち上げたら。
髪の毛が柔らかく包まってく。
零れないように、ちゃんと全部、包んで。
頭の上で、包んで、留めて。
ちゃんと、手で、髪の毛が零れてないのを確かめてた。
零れてたのは無くて。
「・・うん」
今日は一回でできたから。
良く出来たけど。
練習したから。
もうちょっと、ちゃんと、手で確かめながら、シャワーの前に歩いていって。
シャワーヘッドを、手を伸ばして取って、壁に向かってお湯を出した。
ちょっと湯気の混じる、そのお湯に、掌を当ててみて。
ちょっと、温かいから、もうちょっと、温かくして。
丁度良く温かくなったお湯を、腕に当てて。
あったかい・・上げていって肩も。
・・・首も、温かいシャワーが当たって流れてく。
そうしてるとちょっと肌寒くなった腕にも、またシャワーを当てて。
揺らすように、お腹とか脚にも。
もう一度、首筋から身体中に流れてくお湯を。
胸元に流れてく温かいお湯を見てた。
ぱしゃぱしゃと、足で踏めば。
だんだんとぽかぽかしてくる。
・・息を少し大きく吸って。
・・・吐いて・・。
・・温かさが広がってる、私の胸が息で少し動くのを見てた―――。
―――温かい私は、濡れた床を歩いてて。
お風呂場の中を歩いてる女の子達も少し増えてるみたいだった。
湯舟の方は、あまり人が増えてる感じじゃなかったけど。
湯気の出てるあの中・・・。
あの人たちも。
いく、のかな・・・。
入る、のかも・・。
・・でも。
私は、見る方を、行く床に。
・・充分、ぽかぽかしてる。
タオルの中で温かく、濡れてる。
拭かないと・・・。
あっちの、お風呂場の出入り口に、歩いていって・・。
****
ちょっと、気になった髪の毛が。
タオルで抑えてたから、絡まったような気がして。
手で引っ張ってみたりして触ってた。
ドライヤーは、必要ないと思ったけど、ちょっと濡れてたみたいで。
廊下を歩きながら、人が歩いてたら、ちょっと、足元の床を見つめながら。
・・ふと、顔を上げて。
私の、部屋の前に、誰かが、いて。
小さな、女の子みたいな、金色の髪の、長い・・。
・・・ススア、さん・・?
ススアさんみたいな子が。
じぃっと、扉の前で、扉を見てるようで。
・・ノック、したのかも、しれなくて。
私は、そこまで、急いで、行った方がいいのかもって、少し、思ったけど。
その子は、扉の前から、向こうの方に、歩いてく。
その小さな背中は少し。
・・とぼとぼ、してるような。
私は、それを見ながら、歩いてて。
・・私の部屋の、扉の前に来て、見上げて。
やっぱり、そこは私の部屋なのを、見て。
あの子が立ってた場所に、私は、立ってて。
・・廊下の向こうの、あの子の方を、見てみたけど。
あの子の、遠くなった背中は歩いてく。
・・そしたら、急に、振り返って、周りを、見た気がした、けれど。
その子はそのまま顔を前に戻したから、すぐ顔が見えなくなって。
それから、止まってた足を、動かして、歩いてくその子は。
すぐに、廊下の横の、階段に曲がって行って。
廊下で歩いてる人はいなくなった。
それを見てた、私は。
それから、自分の、部屋の扉を見上げてみて。
少し、周りを、きょろきょろして、見てみて。
・・でも、何も無いから。
持ってる袋に手を入れて、鍵を、取り出して。
扉の鍵に差し込んだ。
開けた扉の、部屋の中。
静かで、誰もいない、私の部屋。
テーブルの上の物も、棚の上の小物も、ベッドの方も何も変わってない。
・・・真ん中のテーブルの上に、袋を置いて。
また少し、きょろきょろしてみたけど。
何も無くて。
椅子に、座った私は。
・・足元を見つめて、さっきの子を、考えてみてた。
誰だったのかわからないけど。
そこは私の部屋の中だったから。
ちょっと、不思議だった。
ノックの音が聞こえて。
私は目を開けた。
扉の方からのノック、小さく固い音。
ベッドの上で、横になってた私は、身体を起こして。
もう一度、ノックの音。
「はい・・・」
って、声を出したけど。
ベッドから下りて、スリッパをつっかけて、扉の方に歩いてった。
扉を開いて、隙間から覗いて、見上げたら、ココさんがいて。
「ハイ、アヴ」
私に微笑んだ。
「こんにちは・・」
「中に入っていい?」
「はい・・」
私は頷いて、開いた扉からココさんが部屋に入ってくる。
横に退いた私にちょっと微笑んで、ココさんはテーブルの方に歩いて行って。
私は扉を閉めてから、ココさんの後ろを追って行った。
「ん、今日は何してたの?」
部屋の中を見回して、ココさんは私に聞いてきた。
「あの・・・」
何してたのか、考えても。
「うん?」
ココさんは振り向いて私を見てくる。
「・・寝てました」
「また?」
ココさんは笑ったみたいだった。
眠くは無かったから、寝られないと思ってたけど。
横になっていたかったから。
「あ、座っていい?」
「はい・・」
ココさんはテーブルの横の椅子に座って。
「アヴもどうぞ」
って、私に。
だから、ココさんの隣の椅子に、座った。
それから、周りを見回してたココさんは。
「・・お風呂は、入ったのよね?」
「はい・・」
私はココさんに頷いてて。
「うん、良い子ね」
ココさんは微笑んだ。
私はそれを見てて、それから、テーブルの上に置いてある、時計を見た。
夕方頃の時間、いつも、ココさんが来る時間と同じくらいだった。
「学校の方は、何にも無い?」
ココさんがそう言って。
私はココさんの手元を見て。
「楽しかったこととかあった?困ったこととか。」
私は少し、考えてみて
困ったこと、は無くて。
・・楽しかったこと・・・。
は、わからなくて。
待ってるような、ココさんの手元に、私は首を横に振って。
「そう」
ココさんは頷いたみたいだった。
・・・楽しかったこと、はわからないけど。
ちょっと、嬉しい事は、あったかもしれなくて。
あの子の、顔、思い出して。
・・・なんだっけ・・?
何かあった気がする・・・。
・・でも。
ココさんに、言う事なのか、よくわからないから・・・。
「・・あ、そういえば。」
ココさんが何かに気付いたみたいに。
「そろそろ体育祭の時期ね」
・・体育祭。
ホームルームで、先生が言ってた。
・・・あの子も、体育祭の事、聞いてきた気がする。
ちょっと、運動が下手な、あの子も。
運動が苦手な私も、ちょっと、不安・・。
「アヴはそういうの好き?」
ココさんが聞いてきて。
そういうの、って・・。
「い、いえ・・・」
私は首を横に振ってた。
たぶん、スポーツとか、そういうの。
「そっか。・・・うん、運動が苦手な子だと、ちょっと憂鬱って言う子もいるからね」
ココさんはそう、ちょっと困ったように笑ってた。
・・・なんで、私が運動が苦手って、わかったんだろう。
やっぱり、見た目から、わかっちゃうものかも・・・。
「ズル休みしようとして、お腹痛いって言い出した子もいたわ。私が面倒見て来た子の中にね、そういう子」
って、ココさんは目を細めて、笑ってて。
向こうの方に向けた目で何かを見てるみたいだった。
「風邪ひいたかも、って、言われるだけで心配するのにね。変なウソつくんだから」
って笑ってた。
「あ、ズルはしちゃだめよ。」
ココさんは、私に気付いたみたいに、そう言って。
私は少し、慌てて、こくこく頷いてた。
それを見てココさんはまた笑って。
「冗談。貴方がそんなことしないのはわかってるわ。」
・・私は、ちょっと、どきどきしてた。
「・・でも本当に体調が悪くなったらすぐに言うのよ?」
ココさんは私を覗き込んでるみたいにしてて。
私は、やっぱり、こくこく、頷いてた。
少し、目を細めて、ココさんは。
私から目を離して、部屋の方に、それから天窓の方を見上げてて。
「そろそろ暗くなってきたわね・・」
そう呟いて。
私も、天窓を見上げてた。
窓の向こうの、天井の向こうは、もう、少し色が変わってきてて。
ちょっとだけ、横目に、見えた、ココさんが、私を見てたのに、気付いて。
ココさんとちょっと、目が合って。
私はテーブルの上に視線を落としてた。
「・・・あ、特別選手、」
ってココさんが。
「もう決めた?クラスの」
・・特別、選手・・・・?
私は首を横に振って。
「貴方は立候補しないと思うけど、押し付けられそうになったら絶対にやらないって言いなさいよ?」
って。
私は、よくわからないけど、こくこく、頷いてた。
「私がこんな事言っていいのかな・・?」
ココさんは自分に首を捻ってたみたいだった。
私を見たココさんは、それから、ちょっと不思議そうな顔をして。
「・・・あれ?特別選手、わかる?」
私は・・首を横に振ってた。
「あらら。えっとね、体育祭は、皆が出なきゃいけない種目と、特別選手だけが出る種目があるから。種目ごとの特別選手をホームルームクラスから選ぶの。選ぶ時に、嫌って言えなかったら決定でしょ。だから、気をつけてね」
って、言われて。
私は頷いてみて。
「嫌がる女の子も多いけど、めんどくさがる男の子も多いのよね。たぶん、ホームルームの時間に決めると思うわ。もしなりたくないのになっちゃいそうだったら、ちゃんと嫌って言いなさいね?」
ココさんは私を覗き込んで。
私は、なんとなく、頷いてた。
「アヴは押しに弱そうだから」
そう言ったココさんは、やっぱり笑ってた。
特別選手・・・って。
ちょっと、危なさそうな感じみたいだった。
「運動が得意な子は見せ所なんだけどね。」
ココさんはそう言って。
それから、肘を突いた手に、向こうを見てて。
顎を乗せたら、私を見て。
目を細めて、微笑んでるようにしてる、ココさんの目とちょっと合って。
私はやっぱり、テーブルに視線を落としてた。
それから、ちょっとの間、そうしてて。
「・・うん、そろそろ夕ご飯行きましょうか?時間だし」
ココさんの声に。
私は頷いてて。
「行きましょう」
ココさんが立ち上がる声と音を聞きながら。
顔を上げて、時計を見て。
そろそろ、いつものご飯の時間だった。
私も椅子から立ち上がって。
ココさんの後ろを追って。
扉の前で振り返ったココさんが私を見て。
私は棚に置いてる鍵を取って。
ココさんの傍に着いたら、足元を見てて。
「忘れ物、・・は無いか。」
ココさんが一歩、歩き出して。
「行きましょう」
ココさんが扉から出てくのを、追いかけて。
廊下のココさんの、待ってる傍で、私は扉の鍵を掛けた。
夕飯を食べ終わって。
ココさんはまだ少しやることがあるって言ってた。
私は、ココさんとおやすみなさいの挨拶をして。
たくさんの人がいる廊下を歩いてた。
ご飯を食べに行く人達とか。
他の、違う場所に行く人達とか。
ばらばらで。
私は、その中を歩いて帰る。
少し、人の少なくなる、階段を上った後の廊下は、ちょっと顔を上げてみて。
擦れ違う人がときどきの、廊下を歩いて。
私の部屋に帰ってこれる。
私はポケットから鍵を出して、私の部屋の扉を開いた。
静かな部屋。
さっき出て行ったままの。
棚に鍵を置いて、私はタンスを開ける。
パジャマの着替え、タンスから出して、ベッドの上に置いた。
畳まれたパジャマを見てて、それから。
それから、歯を磨きに、廊下に。
少し人のいる、廊下を、歯磨き道具を持って。
水道の前で、コップに水を入れた。
しゃこしゃこ歯を磨いて。
ときどき後ろを通る人達の声を聞いて。
ちょっとだけ、知らない子達の、並んで歩いてる後ろ姿を見てみてた。
お喋りしてるあの子達は、私に気付かないで歩いてく。
話してるその横顔を見て、なんとなく、ススアさんを思い出してた。
・・・歯磨き、白い泡を下へ出して。
コップに口をつけて、口の中をゆすいだ。
静かな私の部屋に戻れば。
棚に歯磨き道具の袋を置いて。
あとは、寝て、今日は終わり。
すぐパジャマに着替えようかとも思ったけど。
ベッドの上の、折りたたまれたパジャマを見て。
でも、テーブルの椅子に座ってみて、もうちょっと、こうしていたかった。
部屋の中は静かで、何も動かない。
私の部屋。
私のベッドの、向こうの、ちょっと広いスペースがあるから、部屋は広いけど。
窓を見上げて、黒い空を、見てた。
何も見えない黒。
じっと見てると、部屋の中の明かりが外には届かない、のが、ちょっと、怖くなった。
遠い、別の世界へ行くと、帰れないから。
窓を見ないで。
顔を、下げても。
ここは私の部屋なのを見てても。
上の窓の、奥の空から、私を見てるみたいで、ちょっと、怖くなった。
私は。
・・やっぱり、立ち上がって。
ベッドの傍で、上の服を持ち上げて、脱いで。
下着の上に、パジャマに、着替えた。
ボタンを留め終わったら、時計を持って、ベッドの上にぼんって、座って。
少し、ぼうっと、明かりの下の、テーブルの方を見てた。
明るい照明の下の、テーブル・・。
さっきまで、私が座ってた椅子のまま、置いてあった。
****
目が覚めて。
少し、うるさい、アラームの音。
手を伸ばして、ベッドの上を、何度か手を置いて、探して。
触った時計の、・・スイッチを切った。
すぐに静かになって。
私はベッドの上で、また、・・枕に突っ伏した。
・・・もう、朝。
部屋の中は白い光に、照らされてて。
テーブルと、誰かが座ってたみたいな、昨日から動いてない椅子が置いてあった。
ぼうっと、・・私は見てて。
温かくて柔らかい布団の中で、ぼうっと。
・・・今日は、学校へ行く日で。
手の中の、時計を見たら、いつもくらいの時間で。
・・このまま寝てると、ココさんが怒るから。
約束の時間までに、食堂に行かないと、怒るから・・。
枕に顔をつけたまま、ずり、ずり・・動いて。
絡まってくる布団から、抜け出して。
ベッドの端から片足を落とした。
冷たい床に触れた爪先が冷やりとしたけど。
ちょっとびくって震えたけど、少し気持ちよかった。
少し、そうして、動かないでいて・・。
・・・また眠りそうになってたのにはっと気付いて。
もう、片方の足も、布団の中からずりずり、引き出した。
スリッパの上に置いた両足の、ベッドの端に座ったまま。
まだ少しぼうっとしてた。
立ち上がるとくらくらしそうな気がしてて。
部屋の中を、眠たいまま、ぼうっと見てたけど。
・・白い光の、テーブル・・・。
ベッドに置いてる両手にも、脚にも力を入れて。
ちょっとふらってした気がしたけど、起き上がった。
少し、まだ、ぼうっと。
ちょっと、部屋の中をきょろきょろしてみて。
クローゼットの方、着替え、取ろうと、思って。
でもその前に、シャツの事を、思い出して。
タンスの方に、行って。
開いたタンスの中から、折りたたまれた、白いシャツを、一枚、取り出した。
タンスの中の、白いシャツは、ふわっと匂いがした気がして。
顔に近づけてみて、匂いを嗅いでみたら、ほのかに香りがしてた。
・・洗濯の、洗剤の匂いかな・・・?
タンスを閉じながら、そう思って。
白い光が当たってる、テーブルの上に畳まれたまま置いた。
白く輝いてるみたいな、シャツをぼうっと、見てて・・。
少し、大きめの息を、吸って、あくびしてて・・。
・・・それから、クローゼットの方に、歩いてった。
ぺたぺた鳴る、スリッパを聞きながら。
制服の掛かったハンガーを取り出して、テーブルに戻って。
それから・・、パジャマのボタンを、上から外していった。
スカートを捲りながら黒いストッキングを履いた後は、立ち上がってスカートを叩いて直す。
後ろのほうも、変な風になってないのを見て。
・・それから、棚の櫛を取って、髪を梳かした。
ちょっと引っかかったりするのを、痛くないように、引っ張って。
終わったら棚の、歯磨きを取って。
人の気配が多い、廊下への扉の前で、ちょっと大きめに息を吸って、ちょっと吐いて。
それから、少し、どきどきしてたまま、扉を開いた。
人がいる廊下は、歩いてるとすぐに沢山の人になって。
笑ってるようなおしゃべりの、朝の挨拶とか。
歩いてる子たちの元気な声を聞いてて。
いつもの、水道の前に着いたら。
私は、空いてる蛇口の前で、袋から出したコップを置いた。
水を出して、しゃこしゃこ、歯を磨きながら、隣の子とか、後ろの子たちのおしゃべりの声を聞いてた。
コップの水を口に含んで。
ゆすいで、出して。
もう一回。
口から出した白い泡交じりの水が流れてくのを見ながら、水を口に含んだ。
ぐじゅ、ぐじゅ・・、ゆすいで。
流した。
食堂の、ココさんは、私を見つけたら、微笑んで。
話をしてたみたいな、女の子が振り返って、私を見た気がして。
私は顔を俯かせてた。
なにか、話をしてたみたいで、・・邪魔かもしれないから、行かない方がいい気もして。
ココさんを、ちょっと、もう一回見たけど。
ココさんは私を見てて。
私は立ち止まってた。
どうしたらいいのか、わからなくて。
立ち止まってた。
「・・・どうしたのアヴ?おはよ?」
足元が、私の前に立って。
顔を上げたら、ココさんが私の前にいて。
その、隣に、・・隣には、誰もいなくて。
ココさんを見上げたら、ココさんも少し不思議そうに周りを見てた。
「・・・?・・さっきの子ならいないわよ?」
って、ココさんが言ったから。
私はちょっと、恥ずかしくなった。
「さ、ご飯食べに行きましょう」
「は、はい・・」
私はこくこく頷いて。
列になってる人達のほうに、歩いてくココさんの後ろをちょっと小走りについていった。
いつもみたいに、ココさんと並んで座って食べて。
ココさんに、髪の毛をちょっと濡らされて。
私を前から横から覗くみたいにしてたココさんは。
「うん、よし。」
って、頷いてた。
「忘れ物は無いわね?」
って聞かれたけど。
・・鞄は手に持ってるし、中に入れたものは、足りてないのは無いと思うけど・・・。
「そこは『はい』、でしょ。」
顔を上げたら、ココさんは少し笑ってた。
「はい・・・」
私はちゃんと、頷いて。
「うん、よろし。」
ココさんも、こっくり頷いたみたいだった。
「いってらっしゃい」
ココさんに言われて。
「・・はい」
私はもう一度頷いて。
ココさんに背中を。
歩いてる子達と同じ、廊下の奥の方に。
ちょっと、顔を上げて、見て。
俯かせたら足元を見て、歩いてた。
白い廊下。
沢山の子達で溢れてる。
元気な声がたくさん聞こえる。
朝の挨拶の言葉とか。
何かの楽しそうなお喋り。
人にぶつからないように。
私は、気をつけながら。
ちょっと見上げた、窓の外の。
プリズムが混じる青い空に、白く煌くような、揺れてる緑は風のせいで。
明るい、白い光が差し込んでるこの廊下も、ちょっと明るすぎて。
足元でちょっと反射してる、光の色をまた、見てた私は。
誰かの靴が踏んだその色に、少し驚いて。
でもまた、すぐに白い廊下の色が出てくる。
少し、顔を上げた私は、前には同じ方向に進む人しかいないのを見て。
気付いたら、教室の入り口の。
プレートを、見上げて。
私の、HRの教室なのを見て。
歩いたまま、開いてる扉から入って、教室の中をちょっと見渡して。
人の少ない中の、空いてる端っこの席に、行って。
座ったら、机の上に置いた鞄を、見てた。
ちょっと顔を上げた、教室の子達はまだ少ないから。
私は顔を俯かせて、鞄を見て。
・・留め具を、外してみたり。
・・・閉じたり。
かち、かち、してた。
外れたり、付けたりするのを、ぼうっと見てて・・。
大きな声がして。
驚いて、顔を上げて。
響いた声は教室に入ってきた男の子の。
誰かに声を掛けたみたいで。
席に座ってる子が手を上げて返してた。
・・私は、ちょっと、ほっとして。
視線を落とした。
机の上の、鞄。
止まってた手は、なんとなく、もう一回、留め具を外した。
かち、って音と。
「・・おはようございます」
静かな、声がして。
私は、顔を上げてて。
「・・お隣、いいですか?」
隣には、あの子が、いて。
どきりとしてて。
「・・は、はい・・っ」
私は遅れたのに気付いて、慌てて、こくこく、頷いてて。
あの子が、隣の椅子を引いたのを。
席に座って、机の上に鞄を置いたのを。
どきどきしながら、机の上の鞄を見たまま、聞いてた。
・・音が、無くなったから。
少しだけ、隣のあの子を見てみて・・。
・・光に、煌いてるみたいな、長い栗色の髪の毛に、前を見てる、あの子の瞳は。
長い睫毛を瞬いて、綺麗に・・。
私に気付いたみたいに。
あの子が瞳を向けたから・・。
私はどきっとして、下を向いて。
鞄の上を見つめてた。
あの子は、何も言わなくて。
鞄の上を見つめたまま、ずっと、どきどきしたまま。
教室の人の声が多くなってくのを、聞いてた。
「クラスで決めるものは明後日のホームルームの時間で決める。」
先生が、クラスのみんなにそう言って。
「なに決めるのー?」
「体育祭でしょ?」
「決めるものなどはそのときにちゃんと教えるよ。内容は一応学校のページに乗せてあるからノートで見といて確認しといてもいいぞ。見なくても説明はちゃんとするからな」
「はーい」
「・・・うーん、それぐらいか。」
先生がホームルーム終わりって言ったら、教室の中はすぐもっと元気になる。
先生が、教室の前の方で、男の子達と喋ってるのを見てて。
私はココさんが言ってた事も思い出してた。
選手、選ぶって、やつかな・・・?って。
あんまり、やらない方がいいって言ってた。
あの男の子達なら、元気に競争しそうだけど・・。
隣で、動いた気がして・・、あの子が私を見てて。
瞳を瞬かせたから。
私はどきっとして・・。
机の上の鞄を見て。
「・・行きましょうか?」
「ぁ、はい・・っ」
細い声に、頷いてた。
ホームルーム、終わってたんだった。
慌てて立ち上がろうと、でも、あの子が私を見てたまま、座ったままなのに気付いて。
・・立たない、のかな・・・って思って。
・・でも、あの子が、それから立ち上がるのを。
だから、私もちゃんと立ち上がって・・。
鞄を持って、あの子の方を見たら。
椅子の傍で鞄を両手に提げてるあの子は、私を見てて。
見つめられてる私は、・・鞄に顔を俯かせてて。
・・歩き出す、あの子の、後ろを追いかけた。
教室を出た、廊下で。
あの子は私を振り返って、待ってて。
私はまた、ちょっと、俯いて。
・・私が、隣に、並んだら。
・・一緒に、私に合わせて、歩き出してくれて。
私は、ちょっと、どきどきしながら。
スカートが揺れる、あの子の白いソックスと、黒いパンプスの足元を見つめてた。
誰かが。
「ありがとーね・・・」
って、言ってた。
遠くなってく声の、誰かの声の。
今、擦れ違った子の声かもしれなくて。
私は、その子を目で追ってた。
笑いながら、友達も、仲良しそうだった。
私は振り向いたまま、歩いてくその子達を見てて。
でも、廊下だから、すぐに人が私の前を横切って、通ってった。
私は前を向いて、隣のあの子の足元を見て。
一緒に並んで、歩いてて。
さっきの子達の、何かを、考えてみてた。
・・何かを、思い出しそうな気がしてた。
隣のあの子の、ゆっくりした足元を追って、考えてた。
って急に、人にぶつかりそうになったのを、ぎりぎりで避けれて。
私はとてもどきどきしてた。
顔を上げた私に、隣のあの子は目を瞬かせて見てて。
だから、私は恥ずかしくなって、顔を俯けてた。
あの子は何も言わなかったけど。
あの子が曲がって入ってく教室。
人が集まってる中の、空いてる席に着いて。
鞄を開けながらちょっとだけ見た、隣のあの子は、鞄からノートを出してて。
ノートを開いたあの子はそれから、ノートを見つめたまま、瞬きしていて。
私は、止まってた手に気付いて、鞄からノートを引っ張り出してた。
授業を受けてる中で、静かな教室の中で。
あの子は顔を上げて先生の方を真っ直ぐに見つめる。
柔らかく、光ってるみたいなあの子は、綺麗だった。
窓際に近い席、外からの光がちょっと、ぽかぽかしてた。
あの子の髪の毛も、頬も、白く、透明になったみたいに、綺麗な色に柔らかく染まってる。
光に透けたみたいに、茶色の長い髪の毛も揺れて。
少し、瞬いたその子の瞳が、私のほうにちょっと動いて。
私はじっと見てたのに気がついて、顔を俯かせてた。
ちょっと、触ってみたかったくらい、綺麗な髪の毛だったから。
軽くウェーブの掛かったみたいな、長い髪の毛、触ったら気持ち良さそうだけど・・。
でも、見てるだけでも、とても綺麗だった。
もう一度、ちょっと、あの子の方を見てみて。
窓の外からの日が、柔らかくあの子を包んでて。
肩も、机の上の白い指も、包まれてた。
ノートの方に、顔を戻した私は、ちょっと思い出そうとしながら。
ノートの画面に目を戻してた。
・・ノートの授業の方は、かなり進んでて。
私は慌ててページを捲り始めた・・・。
・・ぁ・・。
そう思ったときにはもう遅くて。
知らない人と、私は肩がぶつかった。
私は、後ろに転びそうになって。
なんとか、転ばないように、足を着いてた。
ぶつかった男の子は立ち止まったみたいだけど、すぐにそのまま歩き出してた。
・・・私は・・。
あの子を探してた。
人が多いここで。
背の大きな人がいっぱいいて。
囲まれてる。
何も見えなくて、誰もいなくて。
人の間を、通って、行けば、出られる・・・かも、でも、足が動かなかった。
動いたら・・・人にぶつかる・・人にぶつかって、倒れて。
動いたら・・泣き・・・・。
・・右手を、握られてた。
引っ張られて。
右手、左手も、鞄をぎゅって握ってた。
熱い手が、私の手を包んでる。
栗色の長い髪の、背中の、後ろ頭の、女の子。
白い方に歩いてく。
鞄が、落ちそうになって、私は右手を引っ張り返しちゃって。
振り向いた、あの子は、目を瞬かせて、熱い手の力を緩めて、離した。
私は、どきっとしてた。
・・いけないことを、した気がして。
でも、鞄が、落ちそうだったから。
私は、手元の鞄を、持ち直して・・。
壁際で、あの子の足元も、振り返ったまま、止まってた。
私は・・。
何て、言えば、よかったのか、わからなくて・・。
・・・息を吸い込んで、顔を上げた、私に、あの子は手を、伸ばしてた。
差し出すような手、もう一度。
手の平を。
私は。
私は、・・その、細い指に、右手を、触れるように、置いて。
白くて、熱い手にぎゅっと握られて。
私は、ついてくように、一緒に歩いてく。
手を引かれてるような。
・・でも、小さい子みたいになってるのに気付いて。
私はちょっと、小走りに駆けて、隣に並んだ。
あの子は、私をちょっと顔を向けて、見たみたいだった。
私は、手をぎゅっと、握ってた。
離れない。
熱くて、温かい手。
あの子の、温かさ。
どきどきしてるような。
ぽかぽかしてるような。
ずっと。
歩いてる。
離されたくない、って思ってた。
ずっと・・・。
私は、この子に、『ありがとう』を、言わなければいけないのを、思い出してた。
ノートの準備も終わってた。
あの子は、何も無さそうに、ノートを見つめてる瞳をときどき瞬きさせてるだけで。
私も、もう準備の終わってるノートの前で、あの子を見てた。
私のほうを見たあの子と。
目が合って。
どきりとして。
・・迷ったけど、顔を俯かせてた。
・・・違くて。
私の手に、温かい感触が、まだ残ってる。
ちょっと湿った、手。
握ってみた。
あの子の、汗も、ちょっと、あるかもって、思った。
・・やっぱり、私は、あの子に、言わなきゃいけなくて。
でも・・、あの・・。
・・・違くて。
・・言わなきゃいけないから。
手を握ってくれたとか・・。
優しくしてくれた・・・。
あのときも・・。
・・よくは覚えてないけど。
ココさんが言ってた。
・・あの子は、きっと、あのときも。
私を、助けてくれたから。
私の手を握ったみたいに。
助けてくれたから。
なるべく、息を吸い込んで。
でも、ちょっとしか、吸えなかった。
胸に、少ししか入らなくて。
でも、私は・・。
「・・ぁ、・・ぁ、あの・・・」
小さすぎて、聞こえないんじゃかと思った。
「・・はい」
けど、あの子はこっちを向いたみたいだった。
私はそう思うだけで、凄くどきどきしてて。
「・・・ぁ、・・ぅ・・・・」
変な声が出たのも、聞こえてた。
えっと・・。
えっと・・・・・。
「・・ぁ、あの・・・」
私は、顔を上げてて。
「・・・?」
あの子の、不思議そうな瞳と目が合ってた。
「・・ぁ・・ぅ・・・」
・・・視線を落としてる私は。
違くて・・・。
そうじゃなくて・・。
お礼を、言わなきゃいけないのに。
なんて言えば・・・。
えっと・・・。
あの・・。
どきどきしてて。
息を吸い込んでも、ちょっと苦しくなってきてた。
頑張って、顔を、上げたら。
あの子は、じっと、こっちを見てて、くれて。
私は、顔を俯かせてて。
ぇ・・・っと・・・。
聞いてて、くれるから。
じっと、聞いてて、くれてるから・・。
聞いて、くれるから。
あの子は・・・。
だから。
・・ぇ・・っと・・・―――。
「・・ぁ、・・ぁり、・・がと・・・ございました・・・」
・・声、小さすぎたかもしれなくて・・・。
ちゃんと、言えたのかも、わからなくて・・。
私はちょっと、泣きそうになって。
「・・・はい・・」
同じくらい、小さな。
静かな声が聞こえて。
顔を、ちょっとだけ上げて見た、あの子は。
私を見てて、こっくり、頷いてた。
私を、見てた瞳は、瞬いて。
私に、ちょっとだけ、微笑んだみたいで。
下を向いてる私は、鞄の向こうに、あの子の微笑みを思い出して。
すごく、どきどき、してた。
・・どきどき、し過ぎて。
ちょっと、苦しい。
胸が、きゅっとしてるみたいに。
胸の奥で、響いてた。
熱くて、どきどきしてて。
顔も熱い。
あの子が笑ってくれたから。
胸の奥が、どきどきして。
あの子に言えたから。
ありがとう、って、言えたから。
―――嬉しかった・・。
あの子の微笑み、もっと熱くなってくる。
胸の中の嬉しさが、もぞもぞ動いてた。
くすぐったいくらい、とくとく、胸の中に響いてて。
肩を小さくして、ぐぐぐ・・って、小さくしても。
まだいっぱいどきどきがあって。
両手で胸を押さえてみたりしたら。
大きく息を吐いたら楽になるかも・・。
そう思ったら、・・顔が笑っちゃう。
だから、抑えて。
でも勝手に動く唇は。
むにむに、動いてる。
我慢したくても。
止めようとしても。
勝手に動いちゃう唇は止まらなくて。
我慢しなかったら嬉しすぎて、笑顔になっちゃうから。
もしかしたら、笑い出しちゃうかもしれないから。
我慢してでも・・我慢したい・・。
けど唇は、勝手に、むにむに、動いてて。
私の胸の中のどきどきが、ずっと止まらないから。
唇もずっと、むにむに、むにむに動いてた。
―――顔を俯かせたままのアヴェを見つめてた。
何も言わなくなったアヴェをじっと見つめてて。
瞬かせた瞳に、不思議そうに、ほんのちょっとだけ、小首を傾けてみたけれど。
紅い頬のアヴェは、ちょっと笑ってるみたいにしてて、こっちを見てくれない。
彼女は瞳を瞬きさせたまま、少し細めていた。
あの子が嬉しそうだったから、口元を細めていた。
・・ありがとうございました、って言われたのは。
・・・さっきのことかもしれない・・?
逸れそうになったから。
手を伸ばして、手を握ったから・・?
とっても、嬉しかったのかな・・?
・・・とっても・・?
でも、あの子の横顔は、嬉しそう。
アヴェを見つめてる彼女の瞳、少しばかり、また小首を傾けて。
彼女は口元を少し、微笑ませた。
****
いつもちょっと多い食堂のお昼ご飯で、お腹が膨れてて。
お腹がちょっと、気になってたけど。
お腹、ちょっと膨らんでるかもしれない、けど、変じゃない、と思うけど。
・・隣で歩くあの子は、背筋が良くて、いつもみたいに可愛くて。
廊下を歩いてた。
・・窓の外は明るくて。
レンガのような道を歩く子達がいっぱい。
・・気がついたら、あの子がこっちを見てる気がして。
でも、振り返ったら、あの子は、窓の外を見てた。
じっと、あの子の瞳が光に煌いたみたいに動いてた。
綺麗な、その瞳を、見てたら。
あの子は私に顔を向けて。
「お散歩、しませんか・・?」
・・って、言ってきたから。
だから。
私は、頷いてて。
いつもと違う、廊下の道を、歩いてく、あの子を。
追いかけて、歩いていってて。
歩いて。
歩いて・・・知らない・・廊下。
あまり知らない、壁一杯のような透明なドアの、外の光がいっぱいなのが、他の人達が歩いてくのが、ちょっと怖かったけど。
他の子たちと同じ様に、行こうとするあの子に遅れないように、一緒に、開いたドアから眩しい外に出て行った。
広がる、白い緑色の、オレンジ色のレンガのような道の景色は、制服の子達の、いっぱいの、庭みたいだった。
首を回して、周りを見てた私はあの子が周りを見回しながら先に進んでくのに気付いて、遅れないように追いかけた。
あの子は途中の、少し広くなった広場みたいなところで立ち止まって周りを見回してた。
日の光が少し眩しいそこは、真ん中が花壇になってて。
ベンチに座る子たちも、温かそうな、暑そうな。
花壇は、綺麗な色、だけど、ちょっと枯れたような色の、葉っぱが落ちてて。
・・本物・・・?なのか、気になって。
でも、あの子がまた先に行こうとするのを、目の端に、追いかけてた。
続くオレンジ色の道のような、茶色のような日の当たるレンガの道を、あの子と私は並んで歩いてた。
ちょっと強い日差しの道の、周りは庭みたいに緑色の芝と木がたくさんあって。
歩きながらお喋りしてる子達もけっこういた。
ベンチに座ってお弁当を食べてる子も。
走って遊んでる子たちも。
・・隣で、向こうを見て歩くあの子は日の光に輝いてて。
私に気付いて、ちょっとだけ微笑んだ。
私は少し俯いてた。
足元のレンガ、靴の裏に感じる固い感触。
廊下の窓から見てた、この景色、ここは、なんか少し、違くて。
黒くなってる、私とあの子の強い影。
顔を上げれば、凄く、鮮やかな色。
緑色の木々が、黒い影と一緒に立って。
眩しいくらい、日の光に芝が輝いてる。
ちょっと暑いけど、みんな、力強くて・・。
何かに引っかかったみたいに、服が引っ張られた。
振り返ったら、指が、腕の、裾を摘んでて。
その指の、あの子の顔を見上げたら、私から顔を背けて、近くにあった、木陰の、誰も座ってないベンチの方を、見たみたいだった。
私がそのベンチを見てたら、視界の端の、あの子の瞳はすぐに帰ってきた。
あの子の、じっと見てくるような瞳に、私を。
私は、ちょっと、逃げるように。
「はい・・」
・・頷いてた。
でも、あの子はまた少し、微笑んだみたいだった、から。
・・あの子が、その木陰のベンチに歩いてくのを。
私は、追いかけた。
ちょっと固そうな、ベンチ。
先に座った木陰の中のあの子は、ベンチを白い手で確かめるみたいに、触れてて。
顔を上げたら、私にちょっと楽しそうに微笑んだ。
・・私はだから、あの子の隣に腰を下ろして、鞄を抱えて。
ちょっと、膝元を見てた。
木陰の中の、あの子と私は。
白い、葉っぱに染まったみたいに、たくさんの光に、遊ばれてた。
揺れて、光が。
・・揺れて。
・・・あの子は、ベンチに座ったまま、目を細めて、ちょっときょろきょろしてたり。
遠くを見てたり、そう思ってると、ときどき目を閉じてたみたいだった。
遠くにある、白色の、輝く芝生。
日の光の、綺麗な芝。
制服姿の誰か、男の子と女の子が、2人で歩いて・・・。
・・私の、隣の、あの子は、横顔に、瞳を閉じてた。
頬に少し当たるような、風を感じてるみたい。
木漏れ日の触れてる。
髪の毛や頬や制服は光に煌いて。
少しずつ、揺れる細々に光る白色のあの子は。
透き通る、宝石が散りばめられたみたいに、綺麗だった。
・・・眠っちゃってそう。
気持ち良さそうだから。
・・・私は。
・・遠くの、グラウンドの方を。
白い緑色に囲まれた、向こうの方、眺めてた。
道なりに続く人達の中にも、走ってく子達がグラウンドの方に駆けてく。
広いグラウンドで、先に遊んでる子達を追いかけてるみたい。
木々の中の黒い陰が強くなると、なにか来たのかと思って、顔を上げて・・上を見てみたけど。
たくさんの葉っぱが、太陽の眩しい、輝く白い光を遮ってる。
少しずつ揺れる、その不思議な模様を。
そうしてたら日の光が輝いて。
眩しくて、私は目を瞑って。
ぎゅっと瞑って・・顔を下に向けてから。
そっと開いて、そしたら・・まだ木漏れ日の中の、レンガの道と揺れる陰で。
・・・隣のあの子は、鼻を高く持ち上げて、見上げてて・・。
横顔が・・、動いた瞳が私に気付いて。
・・顔を下ろして私を見たあの子は、表情に・・控えめにだけれど、可笑しそうに、笑みを。
ほのかに。
少し細まった瞳・・私は、だから。
ちょっと、笑ってて・・。
膝元の、木漏れ日の模様に溢れてる、私の鞄を、見て。
見つめて・・。
またちょっと、笑ってた。
****
授業が終わって。
静かなあの子と一緒に、少しうるさい廊下を歩いて。
あの子は少し微笑んで、お別れを言った。
私もあの子にお別れを伝えて。
あの子は、微笑みを残して帰ってく。
他の子の中に混じってく、その背中を見つめてた。
人が通ってく廊下で、別れた私は寮への道に帰ってく。
いろんな人達が歩いてる中で、私は床を見つめて歩いてて。
誰か女の子が楽しそうに笑ったのが聞こえて顔を上げた。
制服の子達が、なにか話してるみたいに笑ってて。
楽しそうなのを見てて。
それから、私はちょっと俯いてた。
あの子の事を思い出してて。
少しだけ、笑ってた。
開いたノートを見てた。
机の前で今日の授業の復習を。
でも、わからないところはないから、ページをぱらぱら捲ってた。
コンコン、って固い音がして。
振り向いたけど、そのままじっとしてても何も聞こえない・・。
・・コンコン、扉がまた鳴ったみたいだった。
椅子から立ち上がって、扉の方に歩いていった。
かちゃりと扉を開けると、誰かの足元、・・ココさんがいて。
「こんにちは」
ココさんは微笑んだ。
「こんにちは・・・」
私も、ちゃんと、挨拶して。
「お邪魔していい?」
ココさんにそう聞かれたから。
「はい・・。」
私はこっくり頷いた。
「ありがと」
私が退いたら、ココさんは入ってきて。
扉を閉めた私は、ココさんが部屋の中を見渡してたのを見てた。
「お勉強してたの?」
って、ココさんは机の方を見て、私に振り返った。
「は、はい・・・」
ノート閉じるの忘れてたから・・。
「そっか・・。」
ココさんはちょっと考えてるみたいだった。
「ね、わからないところない?教えてあげようか?」
「い、いえ・・」
私は首を横に振って。
「全くない・・?」
「・・はい。」
こっくり、頷いて。
「ふむー・・、アヴって勉強できるのよね」
って、ちょっと、つまらなさそうかもしれなくて・・。
ココさんは机の方に歩いてくのを。
私はちょっとどきっとして、追いかけてた。
「・・あ、ちょっと覚えてる、この辺・・・」
って、・・私はノートを手で隠してぱたんって閉じて・・。
「あら、ダメ・・?」
ココさんの声が背中から、頭の上から聞こえてた。
・・・ちょいちょい、髪の毛が動いてる気がして。
振り向いてみたら、ココさんが私の髪を触ってたみたいで・・。
「・・ちょっとゴミついてたから」
って、私に気付いたココさんは微笑んだ。
「先生からちょっと聞いたけど、」
ココさんは背中を向けて歩き出して。
「アヴはいろんなテストで良い点取ってるって、アヴ、頭良いのよね。」
って、テーブルの傍で、ココさんは振り向いて。
「凄いわ。」
ココさんは私に微笑んで。
私は・・、褒められたみたいで。
ちょっと、もっと、恥ずかしかった。
「アヴ、こっちに来て、こっち。」
って、ココさんが。
ノートがちゃんと閉じてるのを見て。
私はテーブルの方に行って。
「どうぞ、座って」
ココさんが引いた椅子に、私は座って。
ココさんも隣に座った。
「もしわからない所が出てきたら聞いてね。」
・・・って。
私はココさんを見上げてて。
「あ、さっきの勉強の話ね。他の事でもいいけど。」
ココさんはそう言ってた。
私はこくこく頷いてて。
「私は成績は普通だったけど、たぶんわかるわ、きっと。」
って、笑ってた。
ココさんが笑ってるのを見てて。
・・私も、ちょっとだけ、顔を俯かせて、笑ったかもしれなかった。
「・・・今日学校で何かあった?」
って、ココさんは微笑みながら、ちょっと不思議そうに聞いてきて。
私は、ココさんを見上げてた。
ココさんも私を見てて・・。
・・えっと・・・。
学校で・・・。
・・・あの子と、一緒にいた。
「うん?何か思い出したの?」
って、ココさんは私の顔を面白そうに覗き込んできて。
私はちょっと、自分が、顔が、笑いそうになってたのに気付いて。
ちょっと、驚いて、我慢してみた。
でも、ココさんが笑って、私の顔を覗きこんでくる。
「え、なに?良い事あったの?」
・・・良い事・・。
「ぇ・・」
小さな声、出てて。
良い事、・・・かも・・・・。
「・・うん?お姉さんにお話しなさい。」
って、ココさんが笑ってて。
だから、私はココさんを見てた目を、テーブルに落としたけど。
・・・良い事か、わからないけど。
それでもちょっと、口元が微笑んじゃうから。
「うん?なに・・?」
ココさんが不思議そうだった。
でも・・、私は、答えれなくて。
笑いそうになるけど、なんでか、わからなくて。
俯いたまま、答えれなかったけど。
浮かんでくる、あの子の顔に。
自然に、笑ってた・・・。
少し、嬉しそうに笑うアヴェの横顔に。
見つめるココは強く言えなくても、困ったように、笑ってるしかなかった。
「・・ふむ、気になるのに・・。」
ココが溜め息混じりにそう呟いても。
テーブルを見たまま、嬉しそうに、可笑しそうにかも、微笑むアヴェは聞いてないみたいだった。
ベッドの上で。
私はぼうっとしてた。
オレンジ色の、薄暗い部屋の中を見てて。
私は、ぼうっとしてた。
静かな部屋の中は、何も聞こえない。
私の息遣いがちょっとだけ。
それから、パジャマの、ちょっとの衣ずれの音だけ。
ベッドの上の布団を触って、柔らかいのは、気持ちよかった。
ぼうっとしてて、もう、ちょっと眠くなってて。
ベッドの上に、倒れてみて。
弾む。
少し。
枕の上と、柔らかい髪の毛に包まれて。
ベッドの上の髪の毛を、ちょっと摘んで、柔らかく曲がる髪の毛の、少ない束を、ぱらぱら、落としてた。
目の前で、ぱらぱら、零れてく髪の毛を見てた。
ちょっと気持ちいい、触り心地の良い感じ。
手の中で柔らかい。
テーブルの、向こうの方は、やっぱり静かで。
オレンジ色の灯りに、私の髪の毛も少しずつ色を変えて、ベッドの上に落ちて。
それから。
手を止めて。
ベッドの上に。
灯りで色の変わってる壁の方を。
・・それから、ベッドの上で少し丸くなった。
もう、このまま、・・すっと、すぐ眠っちゃいそう。
布団を、引っ張って。
身体に持ち上げて。
私は、テーブルの方の光景に。
ゆっくり目を閉じた。
――明日の、学校。
あの子と、会えて。
一緒にいて。
ちょっと私に微笑む――。
・・そんなのが、見えた気がして。
薄く目を開けたけど。
オレンジ色の灯りはそのまま。
テーブルは包まれてる。
私は唇を閉じて、ぎゅっと。
目も、閉じた。
――学校の中に。
あの子がいて。
それから、私がいて。
あの子が、私に気付いて。
―――・・・また、笑ってくれたら。
――――いいな・・・。
私の気持ち。
静かで、何も無い、真っ暗の中で。
そこにある、あの子。
私を見て。
ときどき笑って。
ちょっと色々な顔を見せる。
私の、静かな真っ暗い、世界の中で。
ちょっとだけ、とく、とく、胸の音が、鳴ってた気がした―――。
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