第2記~『アヴェエ・ハァヴィとエルザニィア』 <1章>
「あのときのこと、覚えてないの?」
ココの、少しの驚きを交えて言った様な響きに、アヴェは俯かせた顔のまま首を横に僅かに振った。
ココはそれを僅かにだけ目を細めて、見つめて、思っているようだった。
あの後、早退したアヴェが部屋に戻り落ち着いたのを見てからココが再び部屋に来たのは夕刻近くの頃だった。
部屋へのノックをした後に踏み入ればアヴェは珍しくベッドの端に座ってこちらを見ていた。
ずっと起きていたのかはわからないが、眠ってはいなかったアヴェにココは数瞬の間、瞬きをしてそれから僅かに頬を持ち上げ微笑んでいた。
でも、あのときのことを覚えていない、とアヴェは言う。
「身体の調子はどう?悪くない?」
ココはアヴェに近付きながら彼女の様子を見つめ。
アヴェは視線を落とし俯かせて見せた頭は首を僅かに振っていた。
「そう、良かった。」
ココが優しくそう呟くように言ったのをアヴェが聞いているのかはわからないが。
ココはアヴェの前に屈みこみ、手を伸ばし彼女の隠れた前髪を掻き揚げる。
驚いたように肩を震わすアヴェは眼を泳がし、ココの手の力に反発するように更に俯こうとしていたがココの僅かに入れて抑える力に敵わない。
顔を覗きこむココはだいぶ泣いて紅く腫れていた目の周りが治まっているのを見て、それから手を離してやる。
アヴェは顔を隠すようにすぐ俯き、また隠れた前髪の少しだけ跳ねた髪をココは指で一つ摘み伸ばし、それから頭を手の平で軽くぽんぽんと叩いてやった。
「うん、良かったわ」
そう僅かに弾むような声でココは言い、屈ませていた腰を伸ばしてテーブルの方まで下がっていった。
「友達にもお礼を言わないとね」
ココはそう言いながら椅子に腰を下ろした。
アヴェは俯いたまま動かないのを、テーブルに肘を突いたままココは暫く見つめていた。
「・・あ、あの子、名前は、なんて言うの?貴方を、見てて傍にいてくれた子」
そう聞いたココに、アヴェの頭がそれからまた下がっていく。
そんなアヴェの仕草にココは少しばかり眉を上げてみる。
「・・?・・ほら、栗色の髪の、腰まである髪の、可愛い女の子」
「・・・」
アヴェは頭を上げて、それからちらりとココの顔を盗み見たようだった。
「・・知らない?」
そう聞かれて、アヴェは少し考えたような後に首を横にふるふると振って見せた。
「そう・・。」
ココはそんなアヴェの仕草を見つめてて、少しの考え事をしていたようだった。
「・・、あ、ほら、この前一緒に夕飯を食べた子達もいたでしょ?」
アヴェは俯いたままで。
「あの、少し小さな女の子、金色の長い髪を結わいてる、明るい感じの・・・」
ココをちらりと見上げたアヴェの瞳は何故か不思議そうだった。
「・・アヴ」
一瞬だけ目が合ったアヴェの視線。
「・・あのときのこと、覚えてる?」
ココは少し納得のいかないものを感じていた。
アヴェは少し考えたような後で、躊躇いがちに首を横に振っていた。
「そう・・、何処か調子が悪いとかじゃないのよね?」
今度ばかりはちゃんと首を横に振ったアヴェをココは見つめていた。
「・・うん、感謝しないとね。お友達に。あの、看護スタッフのお姉さんが言ってたけど、その栗色の髪の子が看護室に行くまでずっとついて来てくれたそうよ。貴方に気付いたのもその子らしくて。他の子と一緒に看護室に来たんだって。アヴのことが心配だったみたい。教室に戻りなさいって言っても、動かないで貴方を看てたそうよ。」
アヴェはココの話の途中、時折、顔を上げて彼女の顔を上目遣いに見て、それからまた視線を落とす。
「だからその子の名前だけでも知りたかったんだけどね・・。あ、あの金色の髪の子、前一緒に夕飯を食べた、あの子の名前はなんて言うんだっけ?」
アヴェは少しの間、動かないまま、それからちらりとココの顔を見上げる。
そして視線を落としたアヴェの、か細い声が僅かながら聞こえてくる。
「・・ス、ススア・・さん」
「・・・スススス?」
ココの、有り得ないとは思ったものの、聞こえてしまった音をそのまま言ってみるわけで。
案の定、幾分大きく首を横に振るアヴェだった。
「ス、スア、さん・・」
そして幾分大きな声で、耳に届いたアヴェの声に集中していたココは頷いた声を返した。
「スゥスアさんね?」
「・・・・・・」
なんか、頷きもしない、アヴェの俯かせたままの頭は固まっているようで。
けれど、否定もしないようで。
「・・・あれ?えーと・・・、スンスア?シンシア・・?」
今度は首を横にはっきりと振るアヴェで。
遠ざかったらしい答えにココはもう一度頭を捻ってみる。
「スゥスア・・?」
控えめに首を振るアヴェで、答えが近くなったのだろうか。
「・・・えーと・・スースア・・、スースア・・スースァ、スーサ・・・」
一向に首を縦に振らないアヴェである。
ココは眉を思い切り寄せた眉間の皺のまま、立ち上がり、アヴェの方へと歩いていく。
「ね、もう一回言って、もう一回」
先ほどと同じ様に屈みこみアヴェに耳を寄せるココであって。
「・・ススアさん、です・・」
小さな、静かな声が、少しむっつりしたような響きに聞こえてきた。
「あ、ススアさんね、ススア」
ようやく大きく頷けたココは立ち上がって、満足したようにまたテーブルの席に戻っていき。
アヴェは僅かに顔を上げ、前髪の隙間からその背中をちらりと見上げるのだった。
席に腰を下ろしたココはそれから足を組み、すっきりしたような表情でアヴェを覗き込むように見て。
「・・で、何の話だっけ・・?」
またくりっと首を捻って見せていた。
とりあえず、ココがその話の続きを思い出すまで、アヴェの静かな部屋はずっと静かな音のままに、部屋の主であるアヴェと共に、ココの思いの音を聞いていた。
いつの間にか重くなって、閉じていた瞼を開いたアヴェは、ココのまだ何かを思い出そうとしている遠くを見てる姿を見て。
またゆっくりと、眠くなっている瞼を下ろしていった。
****
あのときのあれはなんだったんだろう・・・?
椅子に座って、開いたままのノートの上を見つめたまま、考えていた。
明日の予習の、ページが開いたまま。
こんこん、とノックが聞こえて。
「はい・・?」
振り向いたドアが、静かに開く。
「・・お嬢、」
お母さんが、私を見て、それから気付いて、少し可笑しそうに笑ったみたいだった。
「・・エル?お勉強?」
「はい・・」
さっきから少し考えてて、ノートのページはあまり動いてない。
「良い子ね、でも、そろそろ寝る時間よ・・?」
そう、優しく微笑んでくれるのは、好き。
「・・はい」
ノートを閉じて、スイッチを切って。
机の灯りも消した。
「さ、寝巻きに着替えましょう、・・エル」
囁くように、私を呼ぶお母さんに。
机の横に座ってた、少し勉強に飽きてたマリーを抱いて。
ベッドの前で、服のボタンを外していくお母さんの指を見てた。
落としたスカートを足を上げて脱いで。
お母さんが被せてくる薄くて柔らかい、白いネグリジェのスカートの端を摘んでみて、伸ばして。
髪の毛とか、肩の紐を直してくれるお母さんが立ち上がって。
見上げた私に微笑んだ。
私はベッドに乗っかって、隣のマリーを胸に抱いて。
そうするとマリーは少し嬉しそう。
「寝る前の事はしましたね?」
歯もちゃんと磨いたし、顔を洗ったあともあの水を塗ったし。
「うん・・」
「マリーに聞いても大丈夫?」
「大丈夫・・」
「なら安心ね、」
お母さんは微笑んで。
「明日もいつも通りよね?」
「はい」
布団を被せてくれたお母さんが微笑んで。
「それじゃ、良い夢を、エル・・、マリー」
顔を寄せておでこにキスをしてくれて。
「・・おやすみなさい」
微笑んで。
「おやすみなさい、・・メルフェース、お母さん・・」
お母さんは、微笑んで、服を持って歩いていって、灯りを少し暗くして部屋を出て扉を静かに閉めた。
柔らかいベッドの中で、胸の中のマリーを、もっと抱きしめて。
「おやすみ、マリー」
私はマリーの頭に頬をつけた。
マリーは暑そうだったけど、嫌がってはないみたいだったから。
柔らかいベッドの中で、マリーと私は目を瞑った。
―――そうしていると、またちょっと、思い出す。
あのときの、あれはなんだったんだろう・・。
女の子が、苛められてた。
男の子に囲まれて。
だから私は・・・。
・・・私は。
「あんなの、自業自得でしょ」
「・・え・・?」
「じごう、じとく。あいつら、女の子一人よってたかってたんだから、めそめそ泣いてるあの子もじごうじとく、だけどね」
「・・大きな声で泣いてたよ・・?」
「・・そういうことじゃなくて。泣いてたら苛められるのは当たり前でしょっ?」
「・・・そうなの?」
「そうなの。苛めるのが大好きなの、そういう子は。特に男は。でもよくやったわ、エル、あいつら追っ払ったんだから。良い事したわ、いい子いい子してあげる・・っ」
「・・あふ・・、」
「でもいい?エルにしては珍しくなんだから。もっと活発に動きなさい。いい?」
「う、うん・・・?」
「エルはいっつものんびりしてるんだから、他の子の会話に参加できないし・・・」
「・・・ふぁ・・あふ・・・」
「思っただけだったら・・・、あ、もう眠い・・?」
「うん・・・」
「・・そっか。まあ今日は、大活躍だったからね。仕方ないか。・・・ちゃんと、寝なさいよ、エル」
「うん、・・おやすみ、マリー・・・」
「・・・おやすみ、エル」
マリーに、おでこにキスをされたみたいだった。
そんなことをする今日のマリーは、いつもより、少し優しい気がした。
****
「・・・ススア?どうしたの?」
「・・えっ?なに、アッキィ?」
明らかに、ぼうっとしていたのを、呼ばれて遅れて振り向いた。
アキィは机の椅子に座ったまま、ススアを見つめたまま、背もたれに肘をかけて、ベッドで寝転んでいる彼女を見つめていた。
眼鏡の奥の瞳が瞬きを見せても、ススアの愛想笑いはぎこちないままである。
「・・なにぃ、アッキィ」
少し焦れたようにススアが僅かに唇を尖らせるのを。
「・・なんでもない」
アキィは細めた目のまま、眼鏡のズレを直して、再び机の方に向く。
「・・んん?なんで呼んだのかなぁ・・・」
などと言いながら、パジャマ姿のススアはまたベッドの上で両手で頬杖をついて目の前の雑誌が映っている筈の画面を読み始める。
けれど、その目はすぐに画面の中のものを追わず、止まる。
それをまた振り向いて見ていたアキィは、きっと放っておけばさっきと同じ様にずっと、ぼうっとしたままでいるのだろうと思ったが。
いつもはあれこれうるさく話し掛けて来るのに、珍しく気の無いようなススアの様子に目を留めていたアキィは寝転んだままのススアから目を離し、ノートの画面を目で追い始める。
微かな衣擦れが耳に届く、静かな部屋なのに。
アキィの目はそれから僅かに動き時折、ススアの方に向けられるのを幾度か繰り返していた。
彼女は相変わらず、文字を目で追うことはない上の空のようだった。
****
天井の窓から白い光が差し込んでる。
部屋の中は明るくなっていて、私はベッドの上で、枕に顔を埋めたままぼうっと見ていて。
朝、だから、学校に行かなくちゃいけなくて。
でも、少し嫌だった。
昨日の、男の子達が取り囲んできた事、怖かった。
今日もされたら、また絶対泣くから。
泣いて・・、そして・・・?
男の子達を止めてくれた人がいて。
同じクラスの人で、転校してきた人。
いつの間にか、男の子達はいなくなってたけど。
私は泣いてて・・。
・・泣いてる顔、見られてた。
ぐちゃぐちゃに、泣いてる顔・・。
あの人だけじゃない、他にも見てた人がいた気がする。
中にはアキィさんとか、ススアさんとか、いた気がする。
見られてたの・・・?
・・見られたの、ぜったい・・・。
少し、また嫌な気分・・。
・・少し重くなってる布団も、少し重い自分の身体も。
嫌な感じで・・。
頬を乗せてる枕も・・・。
・・少し力の入らない手足で、もぞもぞ布団の中を動いて。
でも、私は・・・布団から出て。
そのまま少しぼうっとベッドの上で上を見てたけど。
あまり動かない身体・・。
・・でも、起き上がって、ベッドの端から足を下ろして。
学校に行かなきゃいけないのがまた少し、嫌だった。
人に、見られてたから。
あのとき・・・。
私は変だったから。
なにか言われそうだから。
・・床の上の、スリッパをぼうっと見てて。
それから、私は立ち上がっていて。
クローゼットの方に、歩いていってた。
あのとき、みんなに見られてた私は変だったから。
もしかして、なにかを言われて。
私を見てくる。
可哀想とか、思って。
でも私はきっと、何も言えない。
なんて言えばいいのか、わからないから。
よくわからないけど。
よくわからないんだけど・・・。
少し嫌だった。
・・・脚を包む黒いストッキングを、伸ばし終えて。
立ち上がって、スカートを確かめてから、歯を磨きに、洗面具のある棚のほうへ歩いてく。
ふと見えた、テーブルの上の時計が示す時間は、いつもより少し早い時間だった。
食堂で、ココさんが私を見つけて微笑んで。
私の傍に来たココさんが話し掛けてくる。
「おはよう、アヴ。」
「お、おはよう、ございます・・」
ココさんはまた少し、微笑んでて。
「今日は先なのね。待った?」
私は首を横に振ってた。
待つのは、少し嫌いだから。
こんな、人の多い所で、ずっと待ってるのは、嫌だと思う・・。
時間を合わせて来たつもりだったけど、少し早く着いただけで、ココさんもすぐ来たから。
「そう?じゃ朝ご飯もらいに行きましょう」
「はい・・」
ココさんとご飯をもらいに行って、少し待ってる間も、空いてる席を見つけてご飯を食べてる間も。
気がついたら、ココさんは私を見てるみたいだった。
目が合ったら微笑んだりして。
食堂を出て廊下で別れるまで、今日のココさんは少し言葉が少なかった気がした。
背中の方にいるココさんを思いながら、そうやって私は白い廊下を歩いてた。
教室への道を。
・・少し、どきどきしてた。
みんなの、顔が思い浮かんで、どきどきしてきた。
アキィさんとか、ススアさんとか。
なにか、昨日の事を言って来そうな、気がしてて。
制服の他の人達が歩く廊下は、明るい声が聞こえてて。
大きな朝の挨拶の声とか。
少し、どきどきが強くなってきてた。
教室の入り口の、プレートを見上げて間違いないのを確かめて。
誰かがその教室に入ったのを見て、少し待ってみて。
・・教室に・・入った。
・・まだ少し、人の少ない教室の、端っこの方に、空いてる席があって。
机に鞄を置いて、音を出さないように椅子を引いて、座って。
目の前の、私の鞄を見てて。
・・・少しだけ上げた視線に、前の方の人達の姿が見えて。
話したことの無いその人達は、友達と喋ってる。
すぐに鞄に視線を落として。
・・鞄の、ロックを、かちって外して。
でも、ホームルームの時間だから、用意するものは無いから。
そのままかちって、はめて。
それを見つめたまま、ボタンを少し、かちかち押してた。
「・・ここの。お隣、いいですか・・・?」
女の子の、声が。
聞こえた気がして。
でも、私は指に触ってるボタンを見てて。
・・ふと気付いて、はっとして、いつの間にか隣に立ってた、人を、見上げてた。
その子は私をじっと見ていて。
・・・見てて。
・・綺麗な、目で。
・・瞬く、瞳で。
・・・透明な石みたいに不思議に煌いて・・・。
綺麗な、長い睫毛が、動いて、瞳は、私を見てて・・・。
・・私を。
・・・私を・・・・・・?
「・・あ、はっはい・・っ」
「・・ありがとうございます」
大きくどきりと鳴ってた私の、胸は。
隣の席の、椅子を静かに引いて、音も無く静かに座るその子の隣で。
どきんどきんと、凄く鳴ってた。
すぐ隣にいるその子は、昨日の、助けてくれた子で。
最近転校してきた、綺麗な栗色の髪の、凄く可愛い子で。
他のクラスの子ともいつも一緒にいた。
遠くから私も見たけど、その子は、日の光とかみたいに、身につけてるみたいに、いつもきらきらしていて。
不思議で、綺麗な子。
でも、今、私の隣にいて。
・・・なんで・・?
どきどき強く胸が鳴ってるまま。
私は鞄をじっと見てた。
顔も身体も少し熱くて。
顔なんて上げれなかった。
「・・あの。」
細い声が、突然聞こえて。
私の息が少し止まる。
「昨日は、大丈夫でしたか?」
控えめな声。
気遣ってる声。
私は、強くこくこくと頷いてた。
・・鞄に向かって。
「・・・」
それからその子は何も言わなかった。
私はずっとどきどきしたまま。
何も言わないその子が隣にいるのを感じたまま。
静かになったその子の。
・・・ちょっとだけ、その子の方を、思い切って、ちらりと見て。
その子の綺麗な瞳と目が合った。
こっちを見てたその子の綺麗な顔。
どきりと大きく胸が鳴って。
一瞬身体も驚いて肩が震えた。
だからすぐに鞄に目を戻してた。
鞄を見つめたままずっとどきどきしてて。
「・・・」
でもその子は何も言わないでいて。
私の胸はずっとどきどき鳴り続けてて。
ずっとそうしてて。
なんで隣にいるのか本当にわからなかった。
ずっと隣にいるその子が。
なんでここにいるのか、わからなくて。
でもその子は何も言わないでいて。
静かで、何をしてるのか。
気になって・・。
・・もう一度、その子の方をさり気なく、ちらりと見てみて。
・・・目が合った。
またすぐに鞄に戻る。
用の無い鞄を見つめながら、ずっとどきどきしてる。
・・なんでこっちを見てるんだろう・・・っ。
それに、さっきから、じっとこっちを見てる気がする・・っ。
なんだろう、なにか言いたいことがあるとか・・・。
なんで・・?
昨日の事で・・っ?
・・・・・・・・。
全然思いつかない・・昨日?なんで・・?
・・こっち見てたんじゃなくて、たまたまかもしれない・・っ。
私の気のせいかもしれないし・・・。
どきどきが止まらないままだけど。
また少し、さり気なく、目を動かして見て・・。
・・正真正銘で、目が合う。
思い切り目を逸らしてた私は。
今もたぶん、じぃっとこっちを見てるその子が、なんで私を見てるのかわからなくて。
頭の中がぐるぐるしていて。
顔も身体も凄く熱くなって火照ってて。
ずっと胸がどきどきしてる。
今もきっとずっと見られてるから。
そう思ったらまた少しどきどきしてるのも、熱くなってるのも強くなった。
なのに、思い切って見るたびに、何度も目が合って。
そのたびにどきどきして。
じぃっと見てるその子の無表情な綺麗な瞳が・・。
「・・ぁ、ぁぅ・・」
目が合う私はすぐに目を逸らして、少し泣きそうな気持ちになってた。
先生が入ってきて、ホームルームが始まっても、その子はずっとこっちを見てる気がしてて。
ときどき視線を動かして隣をちらりと見れば、やっぱりときどき目が合ってた。
私は思い切り反対方向に目を逸らしていて。
まだ少し、どきどきしながら、先生の声を聞いてた。
ときどき、ちらりとその子を見たら、先生を見て話を聞いてて。
前を見つめてるその横顔が、凄く整ってて、綺麗で。
まるでどこかの国のお姫様みたいで。
ふと動いて、私を見るその瞳が、綺麗と思う前に、じっと見てた私は驚いて目を逸らしてた。
・・目を瞬かせて、私を見てるようなその子はやっぱり何も言わないでいた。
「・・で、ホームルームは終わり。次の授業に行ってこいよっ」
先生がそう言って、教室の中は元気な声が広がってく。
席から立ち上がってく子たちは友達と喋りながら笑って歩き始めて。
私は鞄に目を落として、それから、少し止まってた。
隣の、あの子も、椅子から立たないでいるみたいで。
・・声を、掛けてくれたんでも、・・でも。
どうするべきなのか、わからなくて。
私は、隣の、その子の手元を、スカートの膝を、見て。
それから、鞄に目を戻して、見てた。
さっさと、立ち上がった方が、いいのかもしれない、って思った。
「・・あの。」
控えめな、あの子の声が聞こえた。
少し驚いて、ぴくっと反応した私は、少し恥ずかしくなって俯いて。
その子のスカートの方を目だけ動かして見てて。
「・・次の教室が、わからなくて。よろしければ、連れて行ってもらえませんか・・?」
どきりとしてて。
私は、そのまま、頷いてた。
「・・はい・・っ」
言い忘れてた返事をして。
「・・ありがとうございます」
丁寧な声が聞こえて。
私は、その子の顔を見てた。
少しだけ、ほんの少しだけ、微笑んだみたいに、柔らかくなってたような、その子の表情に、私はどきりとしてて。
すぐに顔を俯かせてた。
「・・・」
暫く、そうしていて。
そうして、あの子が小さな音だけで立ち上がって。
「行きましょう?」
そう、優しい声が向けられて。
私は少し慌てて椅子から立ち上がった。
床をぎぃっと引いた音は少し大きかったかもしれなくて。
少し恥ずかしくなったけど。
鞄を持ったその子は気にしていないようで。
私も鞄を持って、並んで。
机の間を通る、その子の横顔は、さっきの僅かな表情も無くなってたけど。
さっきの、少し優しい声は、あの綺麗な、柔らかい表情を思い出させてた。
まだ、この学校に慣れてないみたいなその子の。
隣で私は白い廊下を、一緒に歩いてる。
少し騒がしい子たちの中で、その子は何も言わないで、静かに歩いてる。
その子を意識するだけで、また少し私はどきどきしてた。
ときどき、首を動かして、長い栗色の髪を揺らして、周りを見てる。
少し、周りの様子が珍しいみたいに。
その横顔と目が合って。
私はまたどきりとして顔を少し俯かせた。
・・道を、覚えようとしてるのかもしれないから。
私はそう思って、それからふと思い出して、ポケットから手帳を引っ張り出した。
まだ少し、心許ないのは私も同じだから。
いちおう、確認して。
うん・・・。
ぱたん、と閉めた手帳に、顔を上げれば、道は合ってて。
けど、道から向かって歩いてくる人が、ときどきこっちの方を見ていて。
ふと、隣に顔を向けたら、その子が私を見ていた。
私はどきりとして、少し顔を俯かせてた。
「・・・・・・」
「どうしたの、ススア?」
「え・・っ?」
少し驚いたように振り向くススアに、シアナは僅かに眉を上げていた。
椅子に並び座って、ある方をさっきからじっと見ていたススアを、シアナはさっきからずっと見ていたが、ススアがそれきり動かないので声を掛けてみたのであって。
シアナはススアから目を離しそのススアが気になっていた方の様子へと目を向けようとし。
「ううん、なんでもない」
ススアがそうはっきりと、元気な声で言ってきたのに目を戻した。
ススアは少しばかり、似つかわしくないような笑みをシアナに向けていて。
「さってと・・っ」
そう机の上で準備をし始めたようだった。
そんなススアをシアナは少しの間見ていた。
さっきの声を思い返すと少し遮るようだった気がして。
シアナは顔を上げ、向こうの方へと目を移す。
ススアが気に留めるような子はあの辺りに2人しかいないだろう。
シアナが見ていた限りその隣同士に並んで座る2人の女の子は、仲良くしているような雰囲気でいるようだった。
どちらも、最近の転校生で、たしか、アヴェエ、とエルザニィア、と言ったか。
「次の授業は数学だよね?」
隣のススアが、気がつけば顔を覗きこんできていて。
「ええ、そう」
「はーい」
と、ノートの画面を覗き込み細い指で操作し始める。
なんとなく、その様子を、唇に手の甲を当てて見ていたシアナで。
「・・・・・・」
「・・・ん?」
その視線に気がついて顔を上げたススアの、傾げたような瞳を。
「・・んんぅーー・・っ」
変な声で迎え入れるシアナである。
その、感極まったように聞こえなくもない声で、ススアの頭に素早く腕を回したシアナは胸にその頭を抱き抱くのであって。
「んんんっ?んん・・っ?」
押しつぶされた頭をしきりに傾げる、わけのわからないといったススアの金色の髪に、頬を紅くしたまま頬擦りを続けるお姉さんは。
「ススア~・・っ、ぐっきゅぅ~・・っ・・すぅっスアぁ~っなんでこんなに可愛いの・・・っ・・・」
「・・んぬぬぅはっ・・」
明らかに息苦しそうに抜け出したがっているススアである。
「どうしたのあれ?」
声で気付いたのか後ろを振り返ってきたキャロはそれを見て眉を上げていた。
「さあ・・・?」
シアナの隣のエナはその声に、不思議そうに首をかしげるだけだった。
「なにか嬉しかったんじゃない?」
キャロの隣のビュウミーがそう言ってきたのを。
「なにを?」
「・・さあ?」
キャロの反応に彼女も首を傾げるだけだった。
エナを見ても、何も言わないでまた首を傾げるだけで。
キャロはとりあえず、まだ少し嫌がっているようなススアと、ぎゅっと力強く抱きしめて離さないで力の限り可愛がってるらしいシアナとの様子を目を瞬きながら見ていたのだった。
「んん~~・・っ可愛いっ、柔らかい・・っ、ススア大好きぃ・・・・・・っ」
ご満悦の笑みはとことん幸せそうなのだが。
「・・・・れぇぇぇえええぇぇえええぇぇ・・・」
シアナの溢れる気持ちのまま愛でられていた子ウサギの、抵抗のつもりか、はたまた仲間を呼んでいるのかもしれない、変な声を出し始めてるススアで。
とりあえず、仲間であるはずのキャロやエナやビュウミーは、そんな2人を先生が来るまで観察するに徹し続けていた。
私はノートを見てて。
授業してる先生の声が聞こえてて。
画面に映し出されるものを見てて。
でも、目の端の、あの子のスカートの端が動くと、それに目が行ってて。
その子が少しだけ動けば揺れるから。
ノートの文字が読めなかった。
少しどきどきしてる私は。
でもその子も静かに授業を聴いてるみたいだったから。
ノートを見ようとしてた顔を上げて、教室の前の遠くの先生を見る。
先生は前で立って、先生用のノートを開いていて。
それを見ながら喋ってる。
大きな画面に映るものに沿った内容を喋りながら。
視界の端に、隣の、あの子が見えた気がして。
目が勝手に見てた。
隣のその子に、目が吸い寄せられていた。
白い肌の、輝くような、その子は。
真っ直ぐに前を見てる綺麗な横顔。
その輪郭の、鼻の先から、紅い唇、横顔のシルエット。
一瞬だけの、その姿を思い浮かべながら、私はノートを見てた。
・・俯いたまま、胸がどきどき鳴っていて。
顔が熱くなっていて。
綺麗な姿が、心の中にずっとあった。
・・教室の中では、誰かのひそひそ話す声がしてて。
先生には聞こえない、人がいっぱいいる中の、誰かと友達が話してるその内容も聞こえないけれど。
ときどき笑うのを我慢してるような声も聞こえる。
少し静かな教室の中で、先生の声は止まらずに皆に話し掛けるように続いてく。
2人の少女が、席に並んで座る後ろ姿は、少しばかり丸めた肩を同じ様に、2人は自分のモニタを俯き加減に覗き込んでいた。
―――長い栗色の髪の少女は、少し動いたような隣の黒髪の少女にふと気が付いて。
首を向けて隣の少女を見て、栗色の瞳を2、3、瞬きさせる。
ノートを見つめたままの、その横顔は黒髪に見えないけれど。
少女は少しの間、不思議そうな瞳にそうしていて。
それから自分のノートに目を移した。
少女は僅かに目を細め、文字を少しずつ追い始めたようだった。
****
小さな歩幅で、静かに歩くアヴェは。
人で賑わう休み時間の廊下を、人に気をつけながらなるべく足元を見つめていて。
隣で一緒に歩くその子の、飾りのついた綺麗な靴に少しだけ目を留めて。
スカートの裾から覗く、白色の靴下の、その靴は可愛かった。
靴音も立たないくらい、静かに歩くその子の足元。
その子の足元から肩まで、控えめに視線を持ち上げていったアヴェはそれから、その子の横顔を見て。
綺麗なその横顔の、瞳が煌いて、ふと気付いたようにこっちを見たので。
アヴェは少しどきりとして、慌ててまた前の方を見た。
まだどきどきしている心に緊張しながら。
アヴェは足音をなるべく立てないように、静かに歩いている。
それから横目で、ちらりと見たら、アヴェを見ていたその子と目が合って。
アヴェはまた思い切り目を逸らして、顔を足元に俯かせていた。
その子は、じっと見ていることがあって。
気がつくと、じっと綺麗な瞳で私を見てる。
その度に私は慌てて顔を背けていて。
顔が熱くなるのを感じていた。
けど、その子は話し掛けては来なくて。
・・ただ私をじっと見てるだけだった。
気がついたとき、いつもそうだった。
何かを言いたいのかもしれないけれど、そうじゃないような気もする。
ただそれだけでいいみたいにしてて・・。
隣にいるのに。
静かで。
・・ときどき、本当に隣にいるのか。
気になってる。
不思議な、雰囲気。
不思議な人。
傍にいるだけで。
少しどきどきしてて。
でも、そのどきどきは。
強くなくて、苦しくなんてならなかった。
・・・ぁ、次の教室は・・。
顔を上げて、廊下の周りを見て。
行き過ぎてないか、確かめる前に。
不意にその子の顔と、瞳が目に入って。
真正面から見ていて。
白い光を溜め込んだ、綺麗な瞳が瞬いて、私を見てた。
柔らかい光の、だけど不思議に輝くその瞳はとても深くて。
その瞳の奥の・・。
・・はっとして。
長い睫毛が動いて瞬きしたのに気付いたから。
慌てて、目を逸らしてた。
私はじっと見てたみたいだったから。
また顔が熱くなってる。
足元を見つめながら・・・。
隣のあの子が一緒に合わせて歩いてるのを見ながら。
何か言われそうで・・。
見てて・・・。
・・でも、その子は隣で静かに歩いてるまま、何も言わないでいて。
・・・何も言わないから。
・・まだ少し、どきどきしたまま。
俯かせた顔のまま、目を動かして。
・・まだ教室じゃないのを、なんとなく、確かめて。
人の歩く、足が動いてくのを気にしながら。
・・教室のドアの雰囲気も、廊下の色も、まだあの教室がある所のじゃなかったから。
両手で持ってる鞄に掛けてる指を、少しぎゅっと強く握ってた。
****
お昼のご飯の時間になって。
先生が授業を終わりって言ったら、皆が一斉に声を上げたみたいに、教室はうるさくなった。
走り出してる人もいて、それを追いかけていく人達もいて。
鞄を持って友達と話しながら、席を立って、教室を出て行く人達がいて。
そうやって、歩いてく人達を少し見た私は。
ノートを、ゆっくり、閉じていく自分の両手を、見てて。
ぱたんと、閉じたノートから、目を横に動かして、隣の、あの子が、どうしてるのか。
でも膝元ぐらいしか見えないその子は、手を脚の上で重ねていて。
動こうとしてないみたいだった。
少し不思議に思って。
顔を少し上げてその子を見たら、こっちを見てた顔と目が合って。
私はまたどきりとしてた。
綺麗に背筋を伸ばしたまま、私を見る横顔からまた目を逸らしてて。
手元のノートを見つめたまま、胸がどきどきしてたのを感じてた。
「・・あの、」
その子の声が聞こえて。
私はまたどきりとして、歯を噛んでしまっていて、かちっ・・って・・。
「お昼の、昼食、どうしましょう・・?」
控えめな、不思議そうな、細い声の、その子の・・。
お昼、ご飯・・・は。
・・お昼ご飯・・、もうその時間だから。
私は、今日、ずっと一緒にいるその子が、どうするのかさっきから気になってた。
どうしましょう、って・・食べる、・・、じゃなくて・・、どこで、食べるのか、聞いてきてて・・?
じゃなくて、食堂・・・。
ぁ、お弁当で、・・・食べる人もいるけど、・・私は、食堂にいつも行ってて・・・、だから、食堂・・、えっと・・・?
食堂って言えば・・・、あれ・・?なに聞いてきてたんだっけ・・・?・・あ、・・違う・・・?
・・・あ、う・・あ・・?
「・・・あの、私、お弁当を持ってます。」
おべんとう・・・・?
・・あ、・・食堂には、一緒に、行かないの、・・かな・・?
行かないん、だろうな・・。
・・おべんとうあるなら。
必要ないから・・。
・・・なんていえばいいんだろ?
ごめんなさい・・?―――
「・・あの。」
呼ばれて、止まって。
「・・ご飯、ご一緒、しませんか・・?」
・・・・・。
・・・さ、さそわれた、のかな・・?
一緒に、って・・。
・・・誘われてる・・・?
さ、さそわれてるよね・・・っ?
「は、ははいっ!」
こ、答えなきゃ、って、思ったら。
思いっきり、震えた声が出てて。
自分でも少し吃驚してたけど。
その子も少し目を円くして、少し驚いた顔で私を見てて。
思い切り顔を背けて、驚いたまま、私は顔を俯かせてて。
変な風に答えたから、あの子も凄く驚いてたから。
凄く、恥ずかしかった。
・・へ、変なのって、思われたかもしれない・・・。
「・・嬉しいです。」
柔らかな声が、囁くような、優しいのが、聞こえて。
私は、少しどきりとした。
ノートを俯いて見てるまま、私は。
その子の、ノートを閉じた音を聞いて。
鞄を机に静かに乗せて、ノートを仕舞ってるような小さな音を聞いていて。
少しだけ、顔を動かして、その子を、見て。
ノートを仕舞ってる、その子の横顔はあまり表情がなかったけど、少しだけ優しそうに嬉しそうに、目を細めて、微笑んでるように見えた。
・・私に気付いて、私を見たから。
私はまたどきりとして、ノートに俯いて。
・・あっと思い出して、鞄を取り出して、ノートを入れようとして。
その間も、心に残ってた姿。
鞄にノートを入れてる仕草。
綺麗な人だから。
ノートを、詰め込んだ鞄を閉じて。
横目で見たらその子の、胸元が見えて。
待っててくれたみたいに、私を見てて。
私は、見てるのがわかってるから、その子の目を見れなくて。
それから、そうしてて、立ち上がるその子に、遅れないように、私も椅子から立ち上がった。
ぎぃっ、って、私だけ、音が鳴ったのが、・・少し恥ずかしかった。
その子は待ってるみたいに、隣で私を見てるみたいで。
それに気付いて、椅子をちゃんと奥に仕舞ってから、・・ちらりとその子を見て。
その子も、私を見てて。
下を、見る・・前に、それから、ゆっくり歩き出すのを、私は追いかけてた。
その子は、斜め後ろの、私の方を振り向いたみたいで。
「どちらで頂くんですか・・?」
・・・・・・、えっと・・。
お昼ご飯は、頂くのは、食堂で・・・。
・・・食堂?
「ぁ・・っ」
言うの、忘れてた・・・っ・・。
私、おべんとうじゃないから、食堂・・・。
少し、顔を上げて、その子を、・・その子は、不思議そうな顔で、少し首をかしげて、私を覗き込んでて。
どきりとしたけど、ちゃ、ちゃんと・・言わないと・・・、言わないと、ダメだから・・。
「・・わ、わたし・・・、あ、あの・・、しょ、しょくどうれす・・・」
「・・・」
・・・返事が無くて。
聞いてて、くれたのか、・・私はその子の顔を見上げて。
・・その子は、私を少し無表情に、きょとんと見てた、けど・・・。
う・・?うぅ・・?
2、3の瞬きをしてて・・。
「・・あ、はい。」
少し遅れて、戸惑ったように。
「・・わかりました・・」
私に、頷いてくれて。
せっかく、誘ってくれたのに・・。
・・1人で。
「食堂ですよね・・?」
って・・・。
「・・はい」
「・・・どちらですか?」
・・・。
・・あ。
そう、・・か。
食堂でも食べてもいい、のかも・・。
「は、はい・・っ」
私は慌ててこくこく頷いてて。
「・・はい。」
私を見てたその子は、少しだけ、目を細めて、微笑んでくれたみたいだった。
お弁当、食べていいんだと、思う、食堂も・・。
「食堂の場所、まだ不慣れなので、」
そう私に言って。
「は、はい・・。」
私はこっくりと、頷いてた。
その子はまた少し、私に、微笑んだみたい、だった。
私はどきりとして、少し緊張して。
その子の隣から、一歩踏み出て。
隣に付いて、私に並んで、ついてくるその子の、ことをちょっと、足元を気にしながら。
廊下の道を、人の歩く中を通りながら、覚えてる食堂への方へ向かってて。
ずっと、どきどきしてて。
・・どきどき、じゃなくて。
とく、とくんって、胸が鳴ってるみたいに。
・・目の端で揺れる、その子のスカートの裾とか、胸のリボンをちょっとだけ見て。
私の足元に目を戻す。
歩いてる私と、隣で並んで、一緒に歩いてる。
隣で歩く、その子を感じながら。
とくん、とくん―――・・胸が鳴ってるのを、感じてた。
綺麗な、お弁当箱の、フォークを突付くその子を見てた。
可愛い色の、少し小さなお弁当箱で、ちょっとだけ見えた、色々なものが入っていて。
その子はそれを一つ、口に運んで、小さな口で少しずつ噛んでた。
ふと茶色の瞳を動かして、こちらを見て目が合って。
慌てて、アヴェは自分のランチの上に目を落としていた。
フォークをランチの上で少し迷いながら・・、緑色の野菜を絡め取る。
小さなそれをゆっくり口に運び、口の中で噛んで。
少しどぎまぎしたような動きのままにアヴェはランチをなんとか、次々に口に運んでいくのだった。
・・トレイの上の食べ物が全部なくなった時、フォークを置いて口をもごもごとさせながら、少し疲れたように肩を下ろすアヴェで。
・・隣を、あの子の手元を見ればもう空っぽのようだった。
重ねた両手をスカートの上に置いているその子の顔を横目で見上げれば、その子はこちらをじっと見ていて。
長い睫毛が瞬きすると、アヴェはどきりと表情を固くしてまた顔を俯かせた。
顔を熱くしたまま口の中の物をもぐもぐと飲み込もうとしていた。
隣から、静かな、小さな声が聞こえた。
呼びかけられたのかと思って慌てて振り向いたアヴェは、その子がテーブルに向かって顔を俯かせて、目を閉じていて。
膝の上で両手の指を組んで小さな声、何かを呟いている。
お祈り、してるんだ、とすぐにわかったアヴェは、その子の目を閉じた横顔を少しだけ見つめ・・。
長いまつ毛が僅かに震える・・、その子の、お鼻の先・・・。
・・目を開けちゃう気がして・・手元を、自分の膝まで視線を落とした。
食べる前もそうしてその子が、お祈りをしてたのを思い出しながら。
まだ隣でお祈りをしているのを感じながら。
アヴェは僅かに頭を垂れて、呟いた。
「・・ごちそうさまでした」
かちゃっ、と食器の当たるような音がして。
どきりとして顔を上げると、お弁当箱を可愛い袋に丁寧に片付けてるその子がいた。
お弁当箱の袋を鞄に詰めて、急に、その子は私を見て。
どきりとした私は目を逸らして。
・・・。
「・・行きましょうか?」
そう聞かれて、私はこくこくと頷いて。
「・・は、はいっ」
・・立ち上がった音を聞いて、私も慌てて立ち上がろうとして。
鞄を持って、トレイを持とうとして、顔を上げたら、その子が私を見てて。
少し、私は顔を俯かせる、途中で、少しだけ、その子の口元が微笑んだような。
・・その子の、制服の正面が向こうを向いて、歩いてくから。
わからなかったけど。
トレイを、慌てて持って。
姿勢良く歩いてくその子の、背中を追いかけて。
どきどきしたまま、少し癖のある長い栗色の髪の毛が揺れてるのを、・・・見てた。
お昼の後は少し時間が無くて、そのまま次の授業の教室に行って。
隣に座ってるその子がいるのを感じると。
まだ少し、どきどきする気持ちを感じていて・・。
授業が終わると、・・見てくる目と目が合って。
それから、立ち上がって・・・。
また次の授業に行く廊下でも、並んで歩いてた。
・・教室の席では必ず隣に座って。
授業中の先生の話を聞いてるような、その子の真っ直ぐに遠くを見つめてる横顔を。
・・ノートから、時々目を動かして見てた。
その子はじっと先生を見てたり、ノートを見てたり。
長い睫毛と瞳は動くけど、表情はほとんど無くて、真面目で。
けど、やっぱり、綺麗な顔で・・。
・・見てるだけで、ちょっと動くだけで、淡く煌いてるみたいだった。
なんであんなに、綺麗なんだろう。
肌だって、見たことないくらい綺麗に淡く光ってて。
艶のある栗色の長い髪の毛も煌いていて。
少し首を傾けたりすると柔らかそうに動く。
白い頬の、紅い唇も可愛くて。
動く度に煌く、瞳の色・・・。
急に、騒がしくなった教室が。
少し驚いて周りを見回すと、他の人達が席を立ち始めてた。
話をしてる人達もいるし。
授業が、終わったみたいだった・・。
アヴェは慌ててノートに目を戻してこの授業のノートファイルを閉じた。
それから、それから・・。
もう、今日は授業が終わりなのに気付いて。
アヴェはノートを見つめていた目を止めて、暫く瞬きをしていた。
・・授業が終わりなら。
アヴェは横の、隣のその子を横目に。
遠慮がちに膝元を見たり、ノートに目を戻したりとしていた。
・・・。
・・隣の少女は。
――――ノートの画面を見つめていて、操作をしていて。
それから、両手をスカートの上に重ねて置いて。
一呼吸を置いた頃に、隣の黒色の髪の少女をちらりと見た。
隣の少女が少し顔を俯かせたままでいるのを・・少しだけ見て。
彼女はまたノートに目を戻し、それから、瞬きを繰り返していた。
重ねた両手はスカートの上のままだ。
首を傾げたように仕草を、滑らかに少しだけ。
それから少し顔を上げて、周りを見回す。
周りの子たちは教室から出て行ったり、席の傍で立ったまま話していたり。
席に座ったまま話している子もいるけれど、それはほんの一部で。
ほとんどの子は帰る準備を終えようとしてるみたいで。
それから、ときどき、こちらを見ている人と目が合って。
何か用なのか、けれど、見詰め合っていると大抵は向こうから視線を外す。
そういうことは今まで幾つかあって。
目の前のノートに視線を落としていた。
授業で使っていた画面はすべて閉じている。
・・・。
ちらりと見た隣の少女はまだ動きそうになくて。
瞳を瞬きさせて。
再び、ノートに目を戻していた。
授業が終わって、随分、時間が経ったと思う。
人が少なくなってきた頃、栗色の髪の少女は隣の黒髪の少女を、また首を動かし見つめた。
先ほどから、同じ姿勢のまま動いてないその子に。
「・・あの、」
静かな、丁寧な声が届く。
それを聞いてぴくりと、少し慌てたように顔を上げた顔は紅くて。
開きかけた口が何かを言いそうに動きかけて。
そのまま閉じられる。
・・また少しずつ顔を俯かせていく彼女に、少女は不思議そうな茶色の瞳を瞬かせていた。
口を小さく開きかけて、止めた後、また紅い唇を閉じて。
少し、隣の少女を瞬きをして見つめていて。
それからようやく僅かに唇を開いた。
「・・あの、」
控えめな響き。
でも、その先が今度は続いた。
「・・・失礼かもしれません。けど、お名前を、教えていただけませんか・・?」
アヴェは。
アヴェエは、自分のスカートの膝を見ていた目を、ぱちくりとさせていた。
それから、ちらりと、隣の少女を見上げて、円くした瞳を、見せていた。
その瞳に、もう1人の少女も、ぱちくりとした瞳を返すわけで。
「・・・あの?」
不思議そうに、小首をかしげる少女の、仕草は冗談にも見えるくらい丁寧だけれども。
僅かに、だけど、少し不安そうだった。
アヴェエは、でも、顔を紅くしたまま、慌てて口を開いていた。
「・・あ、アヴェエ・・」
けどその口は小さくなっていき、顔も俯かせていってしまって。
「ァヴィ・・です・・・」
「・・アヴェエ・・?」
少し、不思議そうな少女の声が聞こえていた。
「・・あの、次のお名前は・・?」
慌てて、息を吸い込むのにも喉に当たるアヴェで。
「・・ハ、ハァ、ヴィ・・・っ」
なんとか、言えた・・。
「・・ハァヴィさんですか・・?」
まだ少し不安そうに、少し訝しい表情に見つめてくる響きに、アヴェエはこくこくと頷いていて。
それを見ていた栗色の髪の少女は、2、3の瞬きをしていて。
自分の手元を見つめた。
考えているようにから、理解したように。
「・・ハァヴィ・・・」
嬉しそうに、微笑んでた。
その不意の微笑みに、アヴェエはどきりと。
見つめていた頬が、ぽうっともっと紅くなる。
すぐにそれから、その少女の表情は僅かにあっと驚いたようなものになった。
アヴェエを見たその子の瞳から逃げる前に。
「私は、エルザニィア = ミニョン、プリュミエィル = フェプリス、です。」
少し緊張したような面持ちに、紅い唇を動かして。
「どうか、よろしくお願いします」
そう、少しばかり頭を垂れるその子を。
・・はっとして、アヴェエは慌てて、頭を下げ返していた。
なかなかに、深々としたお辞儀で。
アヴェエが、・・少し覗いたら、その子の瞳がじっとこっちを見つめていた。
アヴェエはまた、どきりとして、今度こそ顔を背けていた。
その紅い頬を見つめる綺麗な瞳の少女は・・アヴェエの困ったようにもごもごとする横顔を見ていた。
しばらくの間。
・・そうしていた2人の。
じっと見つめていた瞳の、瞬きは幾度か。
僅かに、柔らかくした唇を、少女は。
「・・あの、そろそろ帰ろうと思うのです」
「・・あ、は、はい・・っ」
慌ててアヴェエは激しくこくこくと頷いていた。
アヴェエの動きが止まるまで、・・少しずつ顔を俯かせ始めるのはじっと見られていた。
それから、ノートを閉じ、鞄へと詰め込むのを、アヴェエはその控えめな物音だけを聞いていて。
・・その子は席から立ち上がり。
机の上の鞄を取って、鞄を両手で前に持つ。
「それでは、失礼します。・・ごきげんよう、また明日」
優しい声が聞こえてた。
「は、はい・・っ・・ごきげん・・よう・・?」
アヴェエは顔を上げはしなかったけれど。
その子はそれから静かに、離れていく。
顔を上げたアヴェエは。
教室を歩く、その後ろ姿を、横顔を、少しの間、遠くから見ていた。
彼女が教室から出て行くまで、呆けたように、少し不思議そうな面持ちに、見つめていて。
教室からいなくなった少女の姿を目で追いかけたまま、アヴェエは1人で席に座っていた。
・・・ほっとしたような。
もやもやしたような。
・・ごきげんよう、の言葉遣いも。
あの子の喋り方とか、不思議な雰囲気が、残ってて。
少し、変わった子・・・。
でも・・名前、聞かれた。
自分の膝を見つめたまま、一人で、ぼうっとしていたアヴェエは。
ふと顔を上げて、教室にはもう人があまりいないのを見て。
ノートに視線を落とした。
「・・かえろ」
小さな声で呟き。
ノートを閉じた。
席から立ち上がり、勉強道具を詰めた鞄を持った。
歩くと、教室はさっきよりも寂しい。
人が少ないから、・・肩越しに振り返っていた顔を戻し、廊下に出ると。
少しだけ夕方の色が混じる窓の、光が差し込み始めている。
アヴェエは鞄を両手に下げながら、その光の中に溶け、歩いていた。
ゆっくりと、動いてくアヴェの、僅かに揺れる長くて黒い髪にも僅かな夕日が浮かんでる。
スカートの端が揺れているのを見ていた、少し俯かせた顔が廊下の床の流れる色味を見つめて。
心の中の、もやもやしたものが、こんな色だった。
ゆっくり広がるような、不思議な気持ち。
歩くのに合わせて、スカートの裾が少し揺れていたのを見てた。
あの子は、綺麗な子。
さっきまで一緒にいたのに。
少し、顔とか、姿が、あの雰囲気を、思い出せなくなってるような気がしていて。
心の中で思い出そうとしても、ふわっと消えてく不思議な感じ。
・・ふと、気付いて。
歩いている横の、見上げた廊下の窓の外の景色は。
緑色の葉が紫色に広がる、プリズムの空の景色で。
向こうの遠く、ビルの隙間から、少しの夕日の色が見えていた。
****
「・・エ、ル?」
テーブルの上には、少しばかり豪奢なお皿と料理が並べられていて。
席に着いているのは黒髪の、白い肌に長身のほっそりとした女性で。
スープのお皿にスプーンを置いた。
彼女の黒い瞳は、テーブルに正対する席の少女を見つめていた。
「・・はい・・・?」
少女は持ち上げたスプーンを止めて、不思議そうな無垢な瞳を彼女に返すのであって。
「・・学校、どうでした?」
物腰も柔らかな、その女性の声に少女は2、3の瞬きを返していた。
それを目を細めて見つめている女性に、少女はそれから僅かに口を開いて。
「楽しかったです・・」
「そう」
彼女はそうして嬉しそうに目を細めていた。
それから、こちらを見つめてきていて動かない少女に気付き、彼女は自分の食事を再開させる。
スプーンを持ち上げて。
「・・お話もしました」
と、少女が細い声でそう言ったのを、彼女は顔を上げて聞き返していた。
「お友達と?」
そう聞くと、少女はまた少し考えるように、じっと煌く瞳で見つめたまま2、3の瞬きを返していて。
彼女は少しばかり表情を崩して少女に笑っていた。
きょとんと、それを見ている少女に。
「お名前は?」
彼女が聞いて。
「・・ハァヴィ、さん・・?」
「ハァヴィさん?」
少し、また考えたような間で。
「・・はい。」
少女はこっくりと頷いた。
「そう・・。今度、私にも紹介してくださいね」
「・・・・」
また、きょとんと、考えているような顔を見せる少女で。
「・・・一緒に会った時でいいですから」
彼女がそう言ってあげれば、少女は合点がいったように、こっくりと頷いていた。
「はい。」
彼女はそんな少女に控えめに表情を崩して笑い。
「食べてください。冷めてしまいますよ」
少女がスプーンを再び動かし始め、小さな口にお皿の上のものを含むのを見て。
・・彼女もスプーンを動かし。
掬ったスープを一口、唇に含んだ。
そしてスープを見つめたままの、彼女の黒い瞳が嬉しそうに、少しばかり口元と共に細められた。
****
少しぼうっとして、アヴェは少し薄暗い、橙色の明かりの部屋のテーブルの方を見つめていた。
ベッドの端に座ったまま、ぼうっと、
薄暗い部屋の、何も無いところで、さっきから、思い出されてるのは、あの子の事だった。
綺麗でいて、不思議な雰囲気の子。
本当に、とても綺麗で、けど、あまり表情は見せない子。
いつも、淡い光で煌いてるみたいに、綺麗。
長い睫毛の、茶色の瞳が見つめてくると、綺麗で可愛くて。
それから、あまり喋らない子。
少し、か細くて、優しい声。
少し聞いた声はそんな感じで。
・・なんで、あまり喋らないんだろう。
他の子はよく喋ってくるのに。
それは、何も喋らないのが嫌みたいだからで。
でも、あの子は嫌じゃないみたいで。
私が何も言わなくても、あの子も何も言わなかったし。
あの子もあまり話し掛けてこなかった。
でも、今日はずっと一緒にいて。
なんでだろう・・?
わからないけど・・。
・・それから。
不思議な雰囲気の子。
言葉遣いも丁寧で。
・・放課後で、初めて、名前を聞かれた。
一日中、ずっと一緒にいたのに。
放課後に。
そこで初めて、あの子の名前を聞いたんだった・・。
そう思ったら。
・・少しだけ、おかしくて。
ベッドの上の私は、一人で口が動いて、ちょっとだけ笑ってた。
あの子の声とか、表情とかあの時の事を思い出しながら。
あのときの、不思議な感じ。
優しそうな子で、良い子みたいで。
気持ちは、温かかったから。
そういえば、あの子の名前、エルザニィ・・・・?
・・・他の子は、エルザって呼んでたと思うけど・・。
いきなりそう呼ぶのは、失礼だよね・・・。
・・・あした、聞いてみよう、・・かな。
なんて・・・?
なんて呼んだらいいですか、って。
聞けたら、・・・聞きたいな。
声を掛けて・・?
どういう風に・・・?
私の声を聞いて。
答えてくれるかな・・。
・・・ちょっと、どきどきしてた。
聞けたら、いいな・・・。
なんて・・?
ゆっくり、ベッドの上に倒れこんでて。
柔らかいベッドの上で、身体は少し弾んで。
優しい布団に、頬をこすりつけて。
ちょっと目を開けたら薄暗い、お部屋の中の向こうのテーブル。
静かな、暗がりの、私の部屋で。
目を閉じた・・。
柔らかいベッドは気持ちよくて。
・・・寝ちゃう。
・・このまま眠りたい・・・。
このまま眠って・・。
お部屋の中が明るくなってて・・。
明日の学校は・・・。
学校は・・。
・・・そういえば、今日は・・。
あの子達に、会わなかったな・・・。
あの、嫌な事をしてくる、男の子達に・・・。
・・・んぅ・・。
・・目を閉じたまま、枕に突っ伏した顔をうにうに強くこすり付ける。
そうすると、ちょっと気持ちいい。
少しの間、ずっとそうして、うにうに、うにうにしてた。
****
テーブルの方。
光が差し込んでて。
日の光が、部屋に。
強い光で、色づいてる。
時の止まったような、静かな音の。
静かな部屋。
それを、見てて。
ぼうっとした目で、横になりながら。
柔らかいベッドの上で。
静かに息をしてた。
肩に当たってる柔らかいベッドの感触。
柔らかい枕の中で、あまり開かない目で瞬きして。
ぼうっと、見てた。
・・・あ・・。
いま、何時・・?
時計・・・。
・・時計は、・・・時計は、逆側の、枕の横に転がってて。
なんとか寝返りを打って見つけて。
まだ少し、力の入らない手を伸ばして、こっちを向かせて。
それだけで、一苦労で。
・・見た時間はまだ、目覚ましの鳴る時間より少し早かった。
ぼうっと、時計の文字を見てた。
・・まだちょっと、眠くて。
・・1分、動いた。
・・時計の、数字が動いたから。
・・スイッチを切った。
うるさい音が、鳴る前に。
そしたら、枕にぼふって、顔を突っ伏してた。
・・もう、朝。
だから、起きないといけなくて。
でも少し眠い。
このままベッドの中にいたら、とても気持ちいい。
ずっとこうしてたら、また寝ちゃいそう・・。
・・でも、学校に行かないといけなくて。
行かなかったら、ココさんが怒るから・・。
私、学校へ、・・行って。
・・・学校に行って。
学校に・・。
・・お勉強して・・・。
授業の先生のお話を聞いて・・。
・・それから、それから・・?
・・えっと・・・。
それから・・・。
・・・あの、子。
昨日の、あの女の子。
綺麗な子。
長い栗色の、髪の毛も。
ちょっと癖のあるのに、煌いてる。
綺麗な、白い肌に。
綺麗な瞳。
瞬いて、私を見てた・・。
・・学校に来るんだろうな。
今日も学校に・・。
・・当たり前で・・・。
学校で、席に付いて、先生の話を静かに、聞いてるんだろな・・。
・・あの子。
「・・・ん・・・・・」
ちょっとだけ声が出て。
ベッドの上で、転がってた。
布団に包まってた私は。
ベッドの上で寝転がってて・・。
まだちょっと眠くて。
薄い布団に包まってる私の身体を見てて。
・・少し足を動かしたら。
足の先に絡まってた布団が引っかかる。
「・・・んぅ・・」
もぞもぞ、して。
脚が、布団から出た。
少し涼しい。
・・私はまたもう一回、気付いたら閉じてた目をなんとか開けて。
自分が足を出したのを見つけた。
・・・起きなきゃ、って。
そう思って。
今度こそ、包まってる布団の中の身体に力を入れて。
なんとか、四つん這いに、起き上がって。
もぞもぞ布団を引きずって。
そうしてると、勝手に剥がれてく布団。
ちょっと重い気がするけど。
ベッドから、なんとか両脚を、下ろして。
床の上の、スリッパの上に、乗っけて。
・・・それから。
・・えっと。
・・・まだちょっと、眠かった。
開かない目が、開かなくて。
・・顔が動くと、ちょっと気になった、肩に掛かってる、前に流れてる髪が顔に当たって。
・・・顔を、少し動かすと、ちょっと当たってるから。
少しくすぐったい・・。
・・右手で。
跳ねてる髪の毛を、後ろに、流した。
髪の毛は、またすぐに、跳ね返ってきたような、気がした。
ベッドに座ったまま、脚を上げて。
足の先の方を入れた黒のストッキングを上げてくと、薄く延びていって、肌の色と混じってくみたいに、少し白色が混じって煌く。
なんとなく、綺麗な色。
それを確かめるみたいに、足の表面をぺたぺた触ってみてた。
何も穿いてないときよりは、ちょっと変な感じなのも、少し嫌じゃなくなってて。
それから、伸びてない所がないように、筋になってないのを触って、両手を脚全体にちゃんと滑らせた。
ちゃんと伸びてて、手触りもいいまま、指に引っかかる所も無かったから。
スカートの裾が捲れてるのを直して。
ちゃんと穿けた、黒い滑らかな色の膝を見てて。
ちょっと動かしてみる。
膝の形も、脚の見えてるお肉の部分もストッキングで包まれたまま柔らかく形を変えて。
黒いストッキングの脚を、持ち上げて、ちょっと爪先まで伸ばしてみたりして。
ちょっと細くなってく脚の、爪先の。
光の加減に、ちょっとずつ色の変わってく、艶のある足を見てて。
その向こうの、床のこげ茶色に、部屋の中の、静かな中に顔を上げて。
足をスリッパの上に置いた。
ちょっとだけ、首を回して、部屋の中を見ても、静かな部屋では動くものはなくて。
上にある窓から差し込んでる光が少しの影を作ってる。
私は、少し、部屋の中を見てて。
視線を下ろすと、スカートが少し脚の形になってて。
・・それから。
スリッパの上の、その爪先に。
スリッパを突っかけて、立ち上がって。
首を回して自分の姿を見下ろして、制服の白いシャツもスカートも、変じゃないのを見て。
どこも、捲れたりしてないから。
それから。
それから・・。
・・棚にある、洗面具。
歯を磨く・・・。
・・でも、その前に、髪の毛、梳かさないと。
棚のほうに歩いていって、洗面具の隣のブラシを取って。
立ったまま、髪の毛にブラシを当てて。
片手で髪の毛をおさえながら、ブラシで梳いて。
途中で引っかかって、髪の毛に絡むのをちょっと引っ張って。
引っかかってたのも無くなる。
それでもだめなら、ブラシを抜いて、そこをちょっとずつ解いて。
また、ブラシを通して。
引っかかる所も無くなってきたら。
手でちょっと触ってみて、指で髪の毛の間を通してみて。
跳ねてる所も無いみたいだから。
棚にブラシを置いて。
隣の洗面具を取って。
スリッパをぺたぺたと鳴らしながら、ドアの方に歩いていって。
ドアの前で立ち止まる。
外からは色んな人達の元気な、大きな声がたくさん聞こえてる。
きっと、制服の子達が、いつもみたいにたくさん歩いてるから。
私は少し、大きく息を吸って。
吐いて。
それから、ドアの向こうの、声を聞きながら。
ドアノブを見つめてて。
少し、どきどきするのを感じてる。
息をすると、ちょっとどきどきが強くなる。
感じながら。
それから。
手を伸ばして。
ドアノブに触れて。
それから、ちゃんと、あまり入らない力で、握って。
ドアノブを回して。
すぐにその隙間から、部屋の外の声が、空気が、部屋の中に、たくさん一斉に入ってきた。
人がいっぱいいる廊下。
擦れ違ってく人達が楽しそうに喋ってたりして。
背中を通りかかってる子たちの、聞こえてくる声を聞きながら。
水の蛇口の前で、しゃこしゃこ歯を磨いてた。
通ってく幾つもの声は、気になるけど。
気にしないように、して。
水が流れてくのを、見てた。
いろんな人の声も後ろから、隣からも、ときどき大きな声が聞こえて、少しどきっとして。
誰か、友達が声を掛けたみたいなのを見て。
また視線を落とした。
「ぅうわっ。びっくりしたぁー・・」
「あはは・・っ」
その子は、少し、驚かそうとしたみたいに、笑ってるみたいだった。
しゃこしゃこ、口に入れた歯ブラシで歯を磨きながら。
水が流れてくのを見てて、それから・・ふと、思った。
そういえば、あの子・・。
転校してきたけど、寮に、住んでるのかな・・・?
家から通ってるかもしれないけど。
どっちか、聞いたこと無い・・。
どっちだろう・・?
・・言ってなかったっけ・・・?
最初に・・。
覚えてない・・。
・・もし、寮に住んでるなら。
私を見つけたら。
話し掛けて来たり、とか、して。
昨日みたいに・・・。
「おはよ」
どきっとして。
・・固まって。
でも、・・その前に。
「おはよー」
他の子が返事してたみたいなのが、聞こえて。
「あれ、あいつは?」
「さあ?先に行っちゃったんじゃない?」
「珍しー」
「・・・そうかな?」
ちょっとだけ・・、そっちの方を、見たら。
知らない人達が、顔を合わせて歩いて話してて、行っちゃって。
・・顔を蛇口の前に戻して。
瞬きしてた。
手が、止まってたのに気付いて。
しゃこしゃこ、歯ブラシを動かして。
水が流れてくのを、見てて。
ちょっとだけ、光ってる、通ってく水を見てて。
口の中を、しゃこしゃこ、磨いてた。
・・何か、考えてた気もしたけど。
忘れたかもしれない。
・・そういえば、あの子、家から通ってるらしいみたいなこと、言ってた気もする。
たしか、そう言ってた子たちが、いたような・・?
・・しゃこしゃこ、磨いてた歯ブラシを口から抜いて。
なるべく顔を近づけて、ぺって、口の中の白い泡を出した。
ちょっと冷たくて、気持ちいい水が流れるのを触りながら。
それから、コップの水を口に含んだ。
約束の時間の、食堂は、人がいっぱいいて。
その人達にぶつからないようにしながら、足元を見てる顔を一度だけ上げて。
いつもの場所に、ココさんが待ってるのを見つけて。
そっちに歩いてく。
私が近付いてくと、ココさんは私を見つけてくれる。
それから、もう一度、ちょっと顔を上げて、ココさんのいる所を見て。
ココさんは私を少し微笑んで、見てて。
ココさんの足元が見えたら、声を掛けてくれる。
「おはよう、アヴ」
微笑んでるような声。
「おはようございます・・・」
私は少し頭を下げて。
挨拶をちゃんとして。
「うん、それじゃ、朝のご飯、食べましょう」
笑ったような声で、ココさんは私の肩に手を置いて。
一緒に、ちょっと引っ張られて、歩いてく。
ご飯をもらえる、カウンターの方で、トレイに乗ったご飯をもらって。
席に付いてから、ココさんと目が合って。
私は少し視線を落とす。
「食べましょう」
ココさんの声に、頷いて。
スプーンを取って、スープのお皿に入れて。
それから。
隣のココさんが食べ始めた音を聞いて。
スープを、少し掬ったスプーンを、口に含んだ。
「学校で困ったことは無い?」
ココさんが聞いてきたのに、少しどきりとして。
ココさんをちょっとだけ見たら、私を見てて。
私はトレイの、ご飯を見て、首を横に振ってて。
「足りないものがあったら言ってね。買ってくるから」
私は頷いて。
「できれば、学園内にショップがあるから、自分で買ってこれればいいんだけど・・。」
・・・やっぱり、買ってきたほうがいいのかな。
言わないで・・。
自分で・・。
ココさんは、フォークで、サラダを口に入れてて。
私と目が合ったら少し、瞬きをして。
「あ・・」
少し、慌てたみたいに笑ってた。
「ご、ごめんね、なんでもないわ、忘れてちょうだい」
そう言ってて。
「まあ、あそこじゃ買えないものもあるし、欲しいものがあったら言ってね」
「はい・・」
ココさんは、ご飯を食べる手がちょっと止まってたみたいだったけど。
また普通に、食べ始めて。
私も、自分のトレイを見て。
薄い白の緑の、サラダのお皿にフォークを入れた。
少し、味のついてる、お野菜のサラダ。
濡れてる感じの、葉っぱの。
「最近の学校はどう?」
呼ばれて、顔を上げて、ココさんを見て。
ココさんは私を見てたから。
私は顔を下に。
噛んで、お野菜を飲み込もうとしてて。
学校・・・、どう、って・・・?
「何かあった?学校で。楽しいこととか・・」
楽しいこと・・・?
楽しいこと・・。
飲み込んで。
首を横に振って。
それから・・。
「何にも無かった?」
ココさんの声。
私は、こくこく、頷いてて。
「そう・・」
少し、小さくなったココさんの声。
ココさんは少し、笑ってるみたいだった。
「うん?」
私に気付いて、少し口元が微笑んで。
私は視線を落として。
「何かあった?」
「い、いえ・・」
首を横に振ってて。
「やっぱり何も無かったの?」
「・・はい」
「そっか・・」
軽くなったような、ココさんの声。
もう一度、見たココさんはまた少し目を細めて、笑ってるみたいだった。
けど少し、寂しそうにも見えた気がしてて。
ふと、ココさんが、私を見たから。
私はテーブルの上の、トレイに顔を戻して。
・・何か、言われるような気がしてたけど。
ココさんはまた普通に食べ始めてて。
ココさんの手が動くのを見てて、それから、フォークを見て。
食べかけのサラダを掬って、顔に近づけて、口の中に入れた。
ちょっとの、塩味が美味しかった。
少し気になってた、って。
ココさんは蛇口からの水で手を濡らして、私の髪に水をつけてた。
ちょっと、髪の間から、頭が濡れる感じが、少し嫌。
でも、動くと、ココさんも困るから。
「・・ちゃんと寝癖くらい直さないと・・。・・今度、スプレーの買って来ましょうか。簡単に直せるのを」
ココさんが顔を覗きこんできてて。
私は、慌てて首を横に振ってた。
「なんで嫌かな・・?」
ココさんは不思議そうにしてた。
「はい、いいわよ」
櫛を通してた、ココさんが離れて。
ちょっと、手で、ココさんの治してたところを触ってみて。
「治ってるでしょ」
そう、ココさんが言ってたけど。
濡れてるから、よくわからなかった。
「あんまり触らないでね」
って言われて。
手を止めて。
手を下ろして。
「また変な癖がついちゃう」
ココさんを見上げると微笑んでいて。
「さあ、いってらっしゃい、学校よ」
「はい・・・」
片手に下げてた鞄を、両手で持って。
「気をつけてね」
そう言われて。
振り返ってみたけど、ココさんはまだ機嫌良さそうに私を見てるだけで。
「いってきます・・・」
私はそう言って。
「いってらっしゃい」
廊下を歩き出すと、ココさんの声が背中から聞こえた。
私はもう一度、少しだけ振り向いてみて。
ココさんは、優しく、私を見てて・・。
気をつけるの、って、なんだろうって、思ってたけど・・。
・・私は正面に顔を戻して。
制服の、子達が、みんな歩いてる廊下の中を。
ココさん見てる、続く道の、学校の方へ歩いて。
両手にぶら下げた鞄が、膝に当たって少し、ちょっと跳ねるのを見てた。
白い廊下が映ってた。
顔を上げると、眩しくて少し目を細める。
白い日の光の廊下に制服の人達が賑わう風景。
私は歩く人達の中を見回して、周りの教室を見て。
もう少しで自分のホームルームの教室に着くのを見て。
足元に視線を落とす。
いろいろななことを喋ってる人達の声を聞きながら、歩いて。
そろそろ、教室に着く。
あともうちょっと。
もうちょっと・・。
・・この辺・・?
もう一度、顔を上げたら、もう少しでドアに着く頃だった。
教室の入り口の、上に出てるプレートを顔を上げて見て。
ちゃんと番号が合ってるのを見て。
足元に視線を落として。
開いてるドアの中に入ってく。
少し静かになる周りは、まだ少し人が少なくて。
中を見回して、人の少なそうな方の、端っこの方を。
近くに行くと、空いてる席を見つけて、鞄を置いて、静かに座った。
人がひそひそと話してるみたいな、教室の中の音を聞きながら。
少しの間、ぼうっとしてた。
鞄を見つめたまま。
それから、そうしてると、人も少しずつ増えてきて。
周りの人の話し声も大きくなってくる。
教室が賑やかになってく。
その中にいると、少しどきどきしてくるような気持ちになってくる。
だから、机の上を見てた。
何も無い様に。
何もない様に。
少しずつ、騒がしくなってくる教室の中で、待ってた。
・・・おはようございます」
声が、聞こえたような気がして。
静かな声だから、聞こえなかった気がして。
・・どきっとして、顔を上げてた。
そうしたら、あの子が、隣に立って、私を見つめていて。
あの綺麗な瞳が、瞬いた。
また・・・。
「・・あっ、お、おはようございます・・っ」
私は慌ててて。
挨拶をすぐに返してて。
驚いてる私を。
その子は少しだけ、微笑んだみたいだった。
私を、待ってたように。
私は、・・私は、口元がむず痒くなったみたいで。
もう、机に顔を落としてて。
また会えたのに。
「・・隣に、座ってもいいですか・・?」
静かで、控えめな声が、聞いてきて。
「はっ、はい・・っ」
私は机に、こっくこっく、頷いてて。
「ありがとう、ございます・・」
まるで、昨日の続きが、また始まったみたいに。
そう、静かな、控えめな声が、嬉しそうで。
それから静かに、隣に座るその子のことを感じてた。
椅子に座って、姿勢を直そうと身体を少し揺するようにして、それからすぐ静かになって。
でも、その子が、隣にいるのを感じてる。
・・少しだけ、顔を上げて、その子を見てみて。
白い肌の、長い栗色の髪の毛と同じ色の、睫毛が瞬く、綺麗な横顔の。
その子の瞳が、少し何かに気付いたように、動いて。
すぐに私は目の前に視線を落としてた。
私はまた少し、胸が、どき、どき、ってずっと鳴ってるのを、聞いてた。
向こうを見てる瞳は、少しだけ動いて、細かい煌きに溢れる。
遠くを見つめてる瞳が、煌いて。
不思議な色に一瞬だけ、染まるみたいに。
白い絹みたいに白い肌の、綺麗な横顔の、小さなお鼻も可愛くて、色づいてる紅い唇が少し形を変えて。
視線を落として僅かに目を細めた、ほんのり染まった頬の横顔、瞬きをして・・、滑らかに動くのが、不思議なくらい、綺麗。
栗色のような、癖のある、巻き込むような長い髪の毛の、艶の掛かって、柔らかそうな色。
澄ました顔の、綺麗な瞳で遠くを見てる。
瞬いた長い睫毛が少し震えて、開いて、可愛いお人形さんみたいに。
少し肩を揺らして、細い身体を動かして、擦れた制服の皺もその通りに動いて。
細い身体の線も、なんか可愛い。
まるで、細かに煌く光は、祝福されてるみたいに。
あの子の傍では、光が溢れていて。
一人だけ違う世界にいるみたいに。
あの子だけの、綺麗で、素敵な世界にいて。
それは、私の、傍の世界・・。
・・私の傍まで来てるみたいに。
広がってる、気がして・・。
・・少しでも、それに触れてみたなら・・・。
そう思ってみても・・。
・・・机の上に置いてる私の小指が、感じるのは・・。
なんだろう・・?
触れてみたら、きっと、わかるかもしれない。
光に触れても、何も感じないのかもしれない。
やってみればわかるけど・・。
・・でもちょっと、手が、動かなくて。
・・・もし、私が何かを言ってみたら、あの子は私を見て、目を瞬かせて。
それは全部、私のところに来るんだと思う。
そうしたら、この子と一緒の光の中に、私はいるのかも。
・・でも、それは少し、嫌かもしれない。
声を掛ける事が・・・?
ちょっとだけ、触れてみればいい。
ちょっと手を、動かしてみたら、あの子に触れられるかもしれない。
けど。
もしあの子に触れてしまったら、あの子は私を見て。
眉を寄せるから。
それから。
ちょっと、身を引いて。
私を、見てる。
きっと。
だから。
・・触れ、ないかな・・?
こうしてたら。
触れるかもしれないから。
向こうを見てる横顔の、ふわふわした、可愛い色のあの子は、微かにだけ、ときどき形を変えて。
静かに、滑らかに、綺麗にまた変わってく。
煌いてる髪の毛、柔らかく少し動いて。
肩に当たると、少し跳ねた所は形を変えて。
柔らかそう。
少し触ってみたい・・。
とても、柔らかそうだったから。
少しだけでも、・・触ってみたい。
綺麗に、煌く瞳も綺麗だから・・・。
・・・きれい・・?
・・・・・・。
あれ?
「・・・」
2つの、綺麗な瞳。
こっちを見てる。
じっと、私を。
綺麗な輝きの。
睫毛が、瞬いた。
「・・・」
煌いて、輝く、光が、溢れてる。
きょとんとしたような、表情で・・・。
「・・あの・・・」
・・あ、み、みて・・っ・・・。
綺麗な眉が少し細められて。
じ、じっと、見てたの、わたし・・っ?
そ、その子は、困ったように。
紅い唇が、少し動いてた。
「・・・ぁ、ぅ・・っ・・」
な、なにかを・・っ、言おうとしてたのに・・・。
私はどきっとしたまま、・・ノートに顔を戻してて。
動いてる画面を見ようとしてて。
でも、そうやってると、何かを言われると思ってたのに・・。
・・何も言ってこなくて。
そうしてると、顔が熱かった。
胸の中も、ずっとどきどき、してた。
・・でも、ずっと、何も・・言ってこないから。
ちょっとだけ・・隣の、あの子を、横目で。
・・ちょっとだけ、見てみたけど。
あの子は、教室の前の、遠くの先生の方を、見てて。
・・授業の話を、真面目に、聞いてるみたいだった。
長い睫毛で瞬きをして、ノートに視線を落として。
・・書いて。
・・あ・・、私も・・。
・・しなくちゃ、・・いけないんだった・・・。
少し慌てて先生が話してるページを、ノートの画面に映ってるのを見て。
内容は聞いてたときよりけっこう、進んでて・・。
・・どきどき、してるけど・・・。
探して、ページを捲っていって。
やっと見つけて追いついたら、ちゃんと先生の話を聞こうと、先生の声を聞いて。
・・先生は予習してた通りの話の、ことを喋っていて。
知ってることを、いくつも、話してて。
視界の端にときどき映る、あの子に。
気がつくと。
・・気になって。
あの子の事を見てる自分に気付いたら、すぐ顔を戻した。
先生の話も、途切れとぎれ・・。
・・・綺麗な、女の子。
綺麗だから。
まるで、綺麗なお人形さんみたいな子。
私と、ときどき、ほんの少しだけ、目が合って。
・・どきっとして、すぐにノートに目を戻してて。
どきどきしながら、ノートの画面を見つめてた。
あの子は、変な風に思ってるかもしれないけど。
何も言わないで。
きっと、先生の話を聞いてる。
気にしてないみたいに。
だから私は、ずっと。
ノートを見つめて、先生の話を聞こうとしてた―――。
―――エルは一度、睫毛を震わせて、その茶色の瞳を横に移した。
僅かに傾く首も、その瞳は隣の少女へと向けられる。
黒髪の少女が顔を俯かせてノートのモニタを見入ってる様子を見て、それから一つ瞬きをすると同時に、自分のモニタへと顔を向けた。
僅かに目を細めたような瞳に、静かなものを乗せて。
また一つ瞬く。
時折、顔を上げて先生を見つめると、横からの視線に気付き、ふとその煌きに瞳を向ける。
前向こうに座る、知らない誰かは、目が合うと視線を逸らしてすぐに見なかった振りをするようだった。
その知らない男の子の顔は、教室の中では見たことあるけれど話したことは一度もなくて。
時折自分を見てるような、男の子も女の子も大体、そうだった。
それきり、その子たちと同じ様に、こちらを見ないその男の子の斜めの顔を見ていた。
エルは2つ瞬きをした頃に、また先生が教室全体に話してるのを見て。
それからノートに目を落とした。
ふと気付いて、隣の女の子の、光に気付いて。
顔を上げると、黒く光る瞳と目が合った。
驚いたように眉を上げて、また慌てたようにノートに視線を落として見つめる。
その子の横顔は、髪に隠れて見えなくなる。
またそれきり、動かなくなる彼女を見つめながら。
瞬きをしたエルは。
目の前の、自分のノートに目を移して、画面の中の話を聞き始めた。
先生が少し大きな声を出して授業が終わると。
みんなも声を出して、元気になって立ち上がってく。
一気に休み時間の教室になった周りの中で、私は。
やっと授業が終わったから、少しだけ、溜め息みたいな息を吐いてた。
目の前で開きっぱなしのノートは、授業が終わったところのままで止まってて・・。
「・・あの、」
少しどきりとして。
横を見たら、あの子が私を見てて・・。
私は、じっと見てるあの子に、呼びかけられた、みたいだった。
静かな、控えめな声・・。
「は、はい・・っ?」
慌てたみたいに返事をしてた。
呼ばれたと、思ったけど・・。
静かな、控えめな声は、ちょっと聞こえにくかったから・・。
でも、その子は私をじっと見つめてて。
用が、ありそうな、・・感じだけど。
私も・・顔は俯いて・・・下を見てるけど・・。
・・・なかなか、何も言わない。
・・音とかに気がついて、周りを少し見たら、他の子たちは、もう席を立ってる人も多くて。
他の教室から来たみたいな座り始めてる人もいて。
騒がしくなってるのに。
その子はじっと私を見てて。
綺麗な瞳が私を見てて。
私をじっと・・。
微かに動くような表情・・。
目元とか、口元が動くわけじゃないのに。
表情が少し・・、困ってるような・・・?気がして・・。
・・でも。
・・・困って・・る・・・の?
何に・・・?
そう思っても。
その子は答えてくれなくて・・。
・・・あ。
さっきのときの。
私が見てたことが、やっぱり、嫌だったとか・・・。
あ、謝った方が・・、いい・・の、かも・・・。
ご、ごめんなさい、って・・?
謝って・・?
でも嫌がられて・・?・・・?
・・なんて・・・?
紅い唇が少し動いて。
その子は口に、声を。
「あの・・・」
もう一度、静かで、控えめな声が、今度はちゃんと聞こえた。
「は、はい・・・っ」
返事をしたけど・・。
何かを、言おうとしてるのに。
・・まだ少し、言いにくそうに、してるみたいだった・・・。
「先生が、仰っていた、課題は、」
少し、途切れ途切れのような、その子の声は。
丁寧でいて、落ち着いた声の。
ちゃんとした声。
「私はもらっていないんですが・・」
そう言って、少しだけ不安そうに、私を覗き込んでくる。
少しの瞬き、それから、じっと見てる。
その目を見てたら、どきどき、してくる・・。
「・・どうしたらいいでしょう?」
本当に困ってるように小首を傾げて。
瞬いて、私を見てて・・。
・・あ、て、転校してきた、から、その前に出たのは、知らない、んだ・・。
けっこう、前の、課題のはずだから・・。
「・・ぁ、ぇ、えと・・・っ、き、聞た、方が、・・いいと、思います・・」
きょとんと、また小首をかしげて。
「ぁ・・先生に・・・」
「ぁ・・、そう、ですね・・。はい・・。」
私の声に少し気付いたように。
微かに頷いたように、瞬きして。
それから、自分のノートを向き直って。
また、静かな仕草で、ノートを少し動かして。
パタンと閉めた。
鞄を持って、詰めようとしてて。
気付いたら、その横顔はあまり、表情は無いのに。
困ったように、微笑んでるように、見えて。
仕方無さそうな・・?
・・先生に、聞いてみたほうが・・、って、言ったけど。
私は、いい事言ったの・・かな・・・?
・・わかんないけど。
それしか、なさそうだし・・
先生・・・は。
先生は、いま鞄を持って、教室から、ちょうど出て行こうとしていて・・。
「ぁ・・」
出て行っちゃう・・・。
隣のあの子を見ても、まだ机の上の鞄にノートを少しずつ押し込んでて。
のんびりしてる動きは、間に合いそうにもなく・・・。
「ぁ・・あの・・っ」
私に気付いて顔を上げて、瞳を瞬かせて、向いたその子はきょとんと私を見てて。
「せ・・、せんせい・・」
じっと、私を見てるから。
私は、その、先生を、見たけど、もう出るとこで。
そこで言葉が出なくて。
不思議そうに、私を見てる。
せ、せんせいは・・まだ・・。
・・ぁ・・・出てく・・・。
「・・ぁ」
あの子の、微かな声が、聞こえた。
振り返った私と。
先生の方を見てた瞳が、私と合って。
「・・あ、あの・・、ありがとう・・」
あの子は、少し考えたようにした後、そう言って。
少し、慌てたような、椅子から立ち上がって。
机の間を通って、とことこ、歩き出そうとして。
止まった。
振り返ったその子は、座ってた机の上の、自分の鞄を見て。
少し迷ったような目で。
私を見て。
何かを、言いかけたように、口を開きかけて。
でも、閉じて・・。
一度、瞬きをした後。
振り向いて、歩いて、行っちゃった。
・・・急いで歩いてるけど・・。
・・ぁ、小走りになった。
教室の外に出て行った。
やっぱり、慌ててたみたいだった。
先生を、追いかけたのかも・・。
あの子も・・・。
・・・慌ててた。
ゆっくりだけど・・・。
・・慌ててた。
・・・でも、そんなに、急がなくても、いいのかもしれない・・・。
いま会えなくても、・・あとで会いに行くのも、いいし・・。
教室からいなくなったあの子を見てた私は。
・・・前を向いて、机に目を戻して。
まだ開きっぱなしのノートを・・。
・・・私のノートを、手を伸ばして、ぱたんって閉めた。
・・あの子に、そう、言ってあげれば良かったのかな・・。
・・言ってあげたら・・・。
私は、鞄に、ノートを仕舞ってて・・。
・・それから、隣の席に置いてある、ノートの、仕舞いかけの鞄に、気付いてた。
あの子の、仕舞いかけの鞄・・。
・・・ノートがはみ出てる。
慌ててたから。
茶色の、・・ちゃんとした学生鞄は。
固そうで、かっこいいような、でも可愛いような、ちゃんとした鞄。
あの子はいないから。
置いて行っちゃだめ、だよね・・。
・・・盗まれるかもしれないし・・。
あの子が、帰ってくるの、待たないと、だめ・・・だよね。
・・帰ってくるの、待ってないと・・。
でも、すぐに、帰ってこれるのかな・・・。
次の授業、始まっちゃう・・かも。
ここの、教室の授業も・・・、ありそうだし・・。
始まったら、いられないし・・。
・・えっと・・・、でも・・・。
・・・えっと。
勝手に触ったら・・・、だめ、・・かな・・・?
怒らないかな・・・?
あの子・・・。
・・怒る・・・?
あの子が、怒る顔。
・・全然、想像できなくて。
・・・怒ったらどんな顔だろう。
じゃなくて。
鞄、どうしよう。
少しの間、自分の鞄と、あの子の鞄、・・見比べてた。
・・・・・・仕舞っ、ちゃお・・。
私は・・・、そう思って。
手を、伸ばして。
・・・鞄の、固い生地に触れて。
・・授業、始まるし・・・。
思ったとおりの、ちょっと固い鞄を。
掴んで。
引き寄せて。
・・机の上で横になってる、あの子の鞄の、あの子のノートの、はみ出てる所を。
最後まで、押し込んだ。
ぐっと、力を入れたら、すぐに仕舞えた。
それから。
鞄の、閉じるファスナーを探して。
端っこの方にあるのを見つけて。
手を伸ばして、閉じていって。
ジリジリ、言いながら、閉じてくファスナーを指に感じてて。
最後まで、止まって。
・・ノート、仕舞えた・・・?
でもまだ、開きっぱなし、だから・・?
ちょっと、首を捻って、覗き込んで。
まだ閉じれるようになってた、口を、ちゃんと被せて、閉じて。
固そうな金具を、かちゃんと、はめてみて。
これで、鞄は、閉じれたみたいだった・・。
・・えっと。
・・・それから。
・・ずっとここにいたら、授業が始まっちゃうから。
でも、あの子を待たなきゃいけないし・・。
・・外で?
待ってれば・・・。
・・外が、いいから。
私は椅子から、立ち上がって。
ちゃんと、椅子を戻して。
それから、私の、少し重い鞄を、握って。
両手に提げて。
それから。
もう一つの、机の上の鞄。
・・片手を、伸ばして。
持つところを握ってみたその鞄は、少し、ずしりと重そうで。
・・少し力を入れて、持ち上げてみたら、持ち上がって。
中にいろいろ入ってそうな、その鞄、少し重い。
両手に、重ねて持ってみたその鞄は、私の鞄と重なって。
二つ分で、ずっしり・・、重かった。
両腕が・・・う・・。
・・・・でも少し・・・。
・・なんていうか・・・。
・・・両手に下げたそれを、見つめてた私は。
気付いて、顔を上げて、・・机の上を見て。
忘れ物がないか、隣の席も、ちゃんと見て。
それから・・、振り返って。
人がたくさんの。
少し騒がしい教室の中を、ちょっと、急いで、通って。
転ばないように、だけど。
教室の外へ、歩いていった。
・・・廊下でも人がたくさん歩いてた。
みんなは教室の移動の最中、だから。
まだ、休み時間の途中だから。
同じ制服の、生徒の、人達がいっぱい、歩いてる。
教室の前でずっと、立ち止まってる私は邪魔だから。
向こうから歩いてくる人達や、後ろから追い抜いてく人達は少し避けるようにしてて。
私は、邪魔になるから、端っこに、いようかと思って。
少し周りをきょろきょろして、歩いてた。
人が、多いから、あまり・・。
・・でもそんな中の、廊下の途中の、横の方に制服姿じゃない、背も大きめな人、先生が、・・首を曲げて下を見てるみたいにしてて。
正面で、見上げてる、制服姿のスカートの、女の子、・・あの子の姿が、目に入ってきてた。
さっき教室を出て行ったあの子は。
先生を見つめて・・。
先生と、何かを話してるみたい。
先生も頷いてたり、喋ってるみたいで。
その子も先生の言う事に、控えめな、少しだけ、頭を傾けるみたいに、してたみたいだった。
それを見てたら、人が、目の前を、急に通っていって。
私は、立ち止まって、見つめてたのに気付いた。
・・えっと・・・。
端っこに、いて。
話が終わるのを、待ってる、とか。
一人で、廊下の端っこに、立ってる、とか・・・。
人が、多いけど・・。
あの子は、まだ、向こうで、先生と話してるみたいだったから・・・。
廊下の、壁の、端っこに、立って。
・・・人が通ってく。
足元を見てても・・、恥ずかしいだけだから。
遠くの、あの子の方を、見上げてみて・・。
・・先生が、何かを言ったみたいにしてて。
あの子は、それを聞いてて、一つ、一つ、頷いてた。
それから、口元を少し動かしたみたいに、何かを言ったみたいに。
それを聞いたみたいな先生は、微笑んでた。
笑ってる、のかな・・・?
そしたら、あの子は急に、振り返っていて。
廊下の中を、きょろ、きょろして。
まるで何かを探してるみたいに。
長い髪が揺れてた。
一歩、歩き出して。
遠くからでも、わかる、綺麗に煌く瞳で、周りを見ながら。
人の中で歩き始めたのは。
教室に、戻るから、だと、思うけど。
・・どう、するんだろ・・・?
・・・ぁ、違う入り口から、教室に戻ったら・・、どうしよ・・・。
あの子の方だと、そっちの方が、近い・・・。
・・でも、その子の、瞳が止まってた。
こっちの・・・方?
一点を見つめてるのは。
・・私を、見つけたからかも、しれなかった。
だとしたら。
目が合ってる・・、かもしれなくて。
あの子の瞳と、私が。
・・・でも遠いから、本当にそうなのか、わからなくて・・。
じっと、あの子を見てた。
・・えっと・・・。
よ、呼んで、みたほうが、いいの、かな・・・?
こんな、人が多い中で・・・?
人が、多い・・・。
人・・・。
・・・ちょっと、胸も、苦しくなって。
さっきから、どきどき、してたみたいだったから。
周りに、人がたくさんいる、から・・・。
人が、いて・・。
鞄、重いし・・・。
ぽうっと、したみたいに、瞬きをしたあの子・・。
・・少しだけ、俯く前に見えた、あの子の顔は・・。
ほんの少しだけ、閉じた口元が微笑んだような、・・・気がした・・。
・・・本当に?
・・本当・・・、・・そうじゃなくて・・。
そう・・私は、あの子を、呼ばないといけなくて・・。
呼ばないと、いけなくて・・。
・・顔を、上げて。
・・・あの子は、小走りに、こっちに駆け始めてて。
・・私に、気付いてた、みたいだった。
あの子は、途中で、気がついたように、あまり早くなかった駆け足を、遅くして。
いつもの様な、歩く速さになって、こっちに歩いてきてて。
まるで、・・澄ましたみたいに。
廊下の、歩く人達の中を、こっちに向かって歩いてきてた。
・・こっちに来てる。
・・・私の方に・・?
・・たぶん、きっと。
・・・そうみたいだった。
私は、だから。
顔を俯かせてた。
床を見てた・・そうしてれば・・。
こっちに来る・・。
あの子はこっちに来る・・。
それで良くて・・。
・・私は、あの子を待ってたんだから。
私は、ここにいれば、・・いいんだけど・・・。
来る・・のかな。
・・来る、よね。
・・ぁ、か、鞄・・・、持ってきてたんだっけ・・・。
そうだ、か、返さないと、・・いけないんだった・・・。
あの子に、差し出して・・、あの子が、ちゃんと持って・・。
顔を、上げようとして。
あの子が、私の顔を、覗き込んでた。
煌く瞳が、輝きを変えて。
凄く近くて。
瞬いて。
私は、驚いて、また顔を俯かせてた。
・・綺麗な瞳の見つめる、少しだけ紅く色づいてる頬の、その子は、綺麗で・・。
「・・ありがとうございました」
そう、聞こえた、控えめな、その子の声は。
・・私は、少し顔を上げて、その子の顔を見てみて。
やっぱり、瞳を瞬かせて私を見てたその子は、私をじっと。
すぐに俯いてた私は、その子の少し揺れてるスカートを見てたけど。
・・・なんで、お礼を言われたんだろう・・・?
・・それから。
・・・何も言わない、その子は。
もう一度、顔を上げてみたら・・。
じっと、私の足元を、見てて。
・・・足、元?
・・じゃなくて。
たぶん、私の持ってる、鞄を、じっと見てた。
自分の鞄だから。
私が持ってきた、この子の鞄・・。
「あ・・」
気付いて。
え、えっと・・?
身体のどこかが強張った気がした。
じゃ、じゃなくて・・、返さないと、いけないんだから・・っ。
片方の手で、ずらして、握って。
片っぽの鞄を、持ち上げて。
・・持ち上げて、ちょっとだけ、持ち上げられて。
それから。
差し出して。
・・それから。
・・・それから・・?
そのまま、取ろうとしない、その子の。
ちょっと、重い鞄は、片手じゃ、震えて。
なんで・・かな・・・?
・・ちょっとだけ、・・顔を、覗いて、見てみて・・。
その子は・・、私の手元を見てた瞳を、顔を少し上げて、私を見て。
その瞳に見られて、私はまた少し、身体のどこかが強張ったのを感じてた。
・・でも、すぐに、手元に落としたその子の瞳は。
小さな鼻の先、を、見てた私が、気付いて、下を見たら。
ゆっくりした風に、伸ばした手が、私の持ってる鞄をそっと握ってた。
手に少し、触れたその子の手を感じて・・。
ぎゅっと握ってた。
この子は、しっかり持ってるのに。
な、なんで・・・。
私が、離さないと・・・。
離さないといけないから・・・。
か、固くて、震えてる指の隙間。
握ってる指を、開いて・・・。
・・その隙間をそっと、抜けて。
鞄を握ってた、あの子の白い指が、私の手から離れていった。
鞄の重み、無くなったのに。
手が、ちゃんと、動かないで、固まってて。
変だ、指が・・。
なんとか・・、動くような、・・動かして、・・ぐっ・・っぱ・・。
私の、鞄を持ってる、片方の手に重ねたら・・・。
「・・ありがとう。」
静かな、優しい響き。
・・・顔を、上げてた。
綺麗な瞳が煌く。
ほんのりと紅色に染まった頬の。
紅い唇が、形を変えて、動いて、言った筈の。
その子の・・声。
・・少しだけ。
ほんの少しだけ、かもしれないけど・・。
・・嬉しそうで。
微笑んでた・・。
・・私は、どきっとしてて・・。
一瞬、だけ・・?
表情が・・・?
でも、私は、どきっと、してて・・。
私を見つめてる、・・その子の瞳が、少し不思議そうな色に、混じって・・。
どきどきしてたまま、私は、視線を落としてた。
・・私の手に提げてる鞄の、向かい合ってる、白い手が持ってる茶色の鞄。
指を絡めて、握りなおすようにしてた。
まだ、少し、どきどきしてる、のが、おさまりそうに、なくて・・。
私は・・、えっと・・・。
・・あの・・、・・それから・・・。
「・・次の授業、行きましょう。」
あの子の声が、そう、優しく言って。
「は、はい・・」
顔を上げたら、・・私を見つめてた瞳とまた合って。
私は、またすぐ顔を俯かせてた。
少し、悲しい・・くらい、・・・どきどきしてる・・・けど・・。
・・あの子の足元が、少し動いて、歩き出してて。
ゆっくり離れてく・・・。
私は、それを追って。
ゆっくり歩くあの子の隣を、追いかけて。
隣に並んだら・・それから、一緒に、隣で、ずっと、並んで、歩いてた。
遠くを見つめる瞳の。
僅かに歪めて、その横顔の僅かな、仕草の、僅かな表情。
気になるとこでもあったのかもしれない仕草。
それがどうしても気になるくらい、やっぱり、あの子は綺麗だった。
瞳を細めて視線を落とす物憂げな表情も。
ノートを見つめたまま、誰も気付かないような少しだけ首を傾けて。
睫毛を瞬きさせたり。
ペンの先をノートにつけて、止めて。
遠くを見つめた顔にあまり表情は無くて。
でも睫毛が少し動いたりするだけであの子は彩って。
ときどきもっと綺麗になる。
なんだろう・・。
優雅・・・?って、こういうのを言うのか・・、わからないけど。
流れるような、滑らかに姿勢が決まってく。
少し動くだけで、全然違う表情を見せるみたいに、たくさんの綺麗。
前髪が僅かに揺れるだけで、あの子が世界で溢れる。
綺麗だけど・・・。
それが不思議で。
・・・・・・。
さっき、ありがとう、って言ってた。
私に言ってた。
あの子が私に。
私は。
・・さっき。
・・・この子のための、いい事をしてあげたのかな・・・?
私はただ、教室にいるのが嫌だったから・・。
・・よくわかんないけど。
・・目が合ってて。
気がついたら・・・、目が合ってて、今もあの子が私を見てたのに、気がついてて。
・・・私は。
・・私は、目を伏せて、ノートの方の、・・もっと下の方までだけど。
自分のスカートのとこを見つめてて。
・・・ゆっくり・・フェードアウト・・してたけど・・・。
だけど、たぶん、絶対・・・、目、逸らすの、少し遅すぎたかもしれなかった。
****
お昼になると、みんなも元気になってて。
・・・ご飯をどこで食べる?とかの話をしてる人も、いて。
遊びに行くとか、教室の外へ、走ってく人もいる。
・・私と、隣のあの子はちょっと、目が合って。
私はつい、視線を落として前を向き直ってたけど。
こっちを見てたあの子の、考えてる事がなんとなく、一緒のような気がしてた。
ノートを閉じて、鞄に仕舞って。
それから、隣のあの子が鞄を仕舞ってる。
なんとか詰め込んだようにしてから、あの子は私を見て。
・・なんとなく、あの瞳に見られてると、また視線を落としてた。
「・・食堂、に行くのですよね?」
すぐに涼しげな声。
「ぇ・・ぁ、はい・・」
私はこくこく頷いてた。
食堂、一緒に、食べに・・かな?・・だよね・・・?
あの子の、椅子に座ったスカートはなかなか動かなかったけど。
「・・行きましょうか」
そう言って、立ち上がったあの子の静かな音に、私もすぐに机に手を置いて立ち上がって。
鞄を持ってから、一緒に、ちょっと目が合って。
また少し見詰め合ったような、でも、私は視線を落として。
・・あの子の足元が少し動き出すのを、見てから、追いかけていった。
食堂は人がたくさんいたけど。
空いてるテーブルも幾つかあって。
トレイの食事をもらってくる間も、待っててくれたあの子と一緒に隣同士の席に座って。
かちゃんと置いたトレイの前に座って、横を見ると、隣のあの子はきちっと座ってた。
テーブルの上の鞄の中から小さな箱を取り出して。
今日も、手作りのお弁当を持ってきてた。
・・箱の上の、あの子の手が止まって。
気付いたら茶色の瞳が私を見てた。
私は、慌てて自分のトレイの上に目を戻して、フォークを取ろうとして。
でも、待った方がいい気もして。
膝の上に、・・手を戻してた。
かたっと、箱が開いた音。
横目で見たあの子の手が開けたお弁当箱は。
前も思ったけど、その中身はお母さんが作ってくれてるようなお弁当より、ちょっと豪華そうだった。
綺麗で、美味しそうなものが、詰まってて。
そのままフォークを取るのかと思ってたけど・・。
・・動きを止めて。
スカートの上で両手を握って、目を閉じて、お祈りをしてた。
昨日も、してたから。
小さく囁くような声、聞こえないけど。
聞きながら、私はトレイの上に目を戻してた。
・・少ししてからそれも終わったみたいに動く音がして。
隣を見たら、あの子と、目が合っちゃって。
瞬き、してた茶色の瞳と。
・・目を離して。
自分のトレイを見下ろした私は。
「・・ぃただきます」
・・小さく、呟いた。
「はい」
そうあの子の声が聞こえて。
フォークを手に取るあの子を、見たら、あの子が私を見て。
どきっとして・・。
・・顔を戻した私も、フォークを取って。
緑色のを、刺して。
一口、食べた。
野菜と、少しのお肉のそれは、少し美味しかった。
もう一口、食べて。
美味しかった。
・・・隣の、その子は、小さく口を動かして、飲み込んで。
スプーンの先で掬って、口に近づけて。
一口、小さな口にぱくりと、スプーンを入れて。
そのときに、私に気付いたみたいに。
私を、うん・・?っていう風に見たから。
私は、少し目を逸らしかけて。
ちらりと見たら、あの子はやっぱり、不思議そうにこっちを見てて。
ちょっと、見てたらいけなかったかもしれなくて・・。
私は、私のトレイの上に顔を戻してて。
少し、フォークの先の、食べ物の固まりを弄ってて。
・・ちらっと見た、その子は、可愛らしくお弁当を食べてる。
私も・・、フォークの先のそれを口に入れて、広がるソースの味を噛んだ。
やっぱり、美味しかった。
授業が終わると、教室の中は一斉に騒がしくなる。
ノートを見つめたまま、席を立ち上がるそんな音とか聞きながら。
周りがちょっと気になってたけど、見つめてて書き忘れに気付いて少し書き足した。
他には・・無さそうなのをちゃんと見て、ノートファイルを閉じた。
・・ちょっと顔を上げたら、席から立った人達は机の傍で話していたり、ときどき、さよならの挨拶の声も聞こえて。
・・・ノートを閉じて。
開いた鞄に仕舞って。
机の上の、閉じた鞄を見てて。
それから、・・それから。
・・隣の、あの子をちょっとだけ、見て。
あの子も鞄を閉じて、仕舞い終えたところだった。
鞄に手を置いたまま、こっちをふと見て来て。
その瞳にまた、少し、どきりとした。
綺麗な瞳が、私を見てて。
私は、ちょっと、前を見たけど・・。
・・でも、どうするの、って聞いてるみたいで。
あの子も。
考えてるみたいで。
私は、何か言わないといけない気がしてたけど。
何も思い浮かばなくて。
でも唇が、閉じてるけど、勝手に動いてた気がして。
ちょっと目を下にしそうになって。
「・・帰りましょうか?」
って、その子が言ってきた。
「は、はい・・」
ちょっと慌てて返事をしてて。
私がこくこく頷いてるのを、その子は瞬きをしながら見てた。
あの子が席から立ち上がったから私もすぐ立ち上がって、鞄を持って。
顔を上げたらあの子は私を見てて。
その瞳に、私はまたちょっとどきっとして。
その子がそのまま顔を向こうに、歩き出すのを、後ろに、付いていった。
机の傍の、人の中を通って、教室を出て。
・・教室よりも騒がしいかもしれない廊下は、みんなが丁度教室の中から一斉に出てきたところみたいだった。
そんな中をあの子はすたすた歩いてくから、私は追いかけるようにしてて。
歩いて。
人が少なくなってきたら、なんとなく、ほっとして。
歩いてたら、・・あの子が、後ろを振り返って私を見て。
目が合って。
・・それだけで、あの子はまた前を向いた。
私を見ただけみたいだった。
私はその子の足元を見てて。
・・遅かったあの子の歩きが、もうちょっと、遅くなった、気がして。
そのまま歩いてた私は。
あの子の、隣に、追いついて。
それから、並んで歩いてた。
ちょっとだけ、横を見て、見たあの子の横顔は。
特に何も、想ってないみたいだったけど。
それもすぐにこっちに斜めに顔を向けて。
私を見た茶色の瞳に、またちょっと、どきっとしてた。
床を見つめたまま、それからちょっと、恥ずかしいような気がしてたのに、気付いた。
私が、なんでかわからなかったけど・・。
一緒に並んで、歩いてたあの子が、動いたのに気付いて。
顔を上げたら、あの子は廊下を曲がってた。
私も、ついていきかけて。
・・気付いて、止まった。
周りを見たら、いつもの廊下は、曲がった事無いから。
私の、部屋の方向は、こっちじゃなくて、あっちだから。
気がついたら、あの子が立ち止まって私を振り向いてた。
少し不思議そうな瞳で、私に瞬いてて。
私は、なんて、言えばいいのか、迷ってた。
何か、言いかけて、でも、ちょっと違う気がして、やめて。
えっと・・・、でも・・。
「あ、あの、わた、たし、部屋、・・・あっち、」
あっち、って言ったのに気付いて。
私は、私が、自分の帰り道の方を、顔を向けて、見て。
指、指そうかと、思ったけど、あの子も同じ方を見てたから。
私を見てあの子は、ちゃんと、納得したように2回くらい頷いてた。
こく、こく、って。
私を見て、それから、何も、言わないでいて。
私は、私も、何かを、何も・・。
でも、あの子が私を見てたから。
私は、どきどき、しながら、あの子を見て。
何回か、ゆっくりとした瞬きをしたあの子の唇が少し動いて。
「・・ごきげんよう」
優しい声が、囁いたように、聞こえた。
「ご、ごきげんよう、・・です。」
どきどきがちょっと強くなったけど、なんとか言えて。
・・少しだけ、目を細めたような、気がしたあの子は。
後ろを振り向いた。
・・長い茶色の、綺麗な髪の毛を、歩くのにあわせて揺らして。
・・・歩いてくあの子の後ろ姿を、私は、見てた。
後ろ姿も綺麗で、かっこいい人に、見えるけど。
なんか、不思議だった。
なにかが、不思議で。
とくんとくん、鳴っていた胸が。
僅かに髪の毛が揺れて、横を向いた、何かを見たようなあの子の、横顔が見えて。
ちょっとまた、とくん、とくん鳴っていた胸が、強くなって。
・・人が、流れてく。
歩いてくのを。
気付いて。
どきっとして、周りを見て。
廊下の真ん中で立ち止まってた私の。
少し避けて歩く人達がいたみたいだったから。
私は恥ずかしくなって、床を見つめたまま帰り道の方に静かに歩いていった。
同じ方に歩いてく、寮に帰る人達も、けっこういて。
周りをちょっと見て、床を見つめた私は。
流れの中で・・。
あの子の、背中を思い出して。
歩いてく、静かな後ろ姿を思い出してて。
****
―――隣で、ココさんが、私を見て微笑んだ。
少し騒がしい夕ご飯の時間の食堂で。
「食べましょう」
ココさんがそう言ったのはちゃんと聞こえてた。
私はこくこく頷いて。
ココさんはそれから、テーブルの上で湯気を立ててるトレイの方に顔を戻した。
だから私も、私のトレイで、少し今日の献立を見つめて、そして手を持ち上げてフォークを取った。
「4人座れないって、あっちいこ」
人の声が聞こえて、ちょっと向こうを覗き見れば。
夕ご飯時の食堂は人がいっぱいいて、たぶん、人が一番集まる頃で。
列のようになって歩いてく人達の中で、テーブルの席も大体埋まってる。
ぽつんぽつん空いてる1つだけの席に座るのが嫌な友達同士が、席を探して歩いてるのはよく見る光景で。
私は、トレイの上の、ソースで、煮込んだみたいな野菜とお肉の所から野菜を刺して口に運んで。
口の中に、ぱくっと入れながら、前の向かいに座った人たちの、ぎぎぎっ、て音に一瞬だけ目を上げてた。
椅子か机が動いたのか、男の人達の友達同士みたいだった。
私はトレイの上にすぐ目を戻してた。
口の中はおいしかった。
いつもより美味しい気がしたのは気のせいかわからないけど。
噛んで、噛んで、飲み込んで。
前に見たことがあるような、今食べたその煮込み?をちょっと、じっと見つめてみて。
もう一度、それをフォークで刺して、食べて。
やっぱり美味しい。
飲み込んだらもう一回、刺して、口の中に入れて。
やっぱり美味しかった。
飲み込んだときに喉が鳴ったかもしれないけど。
・・小さかったから大丈夫だと思う。
他の人には聞こえないくらい・・・。
・・違う場所で盛ってある、マッシュポテトのようなのを少し取って、フォークを口に入れて、抜いて。
ほんのり甘い味がするそれ。
食べたらもう一度、食べてみて。
甘くて、美味しかった。
「どう?美味しい?」
ココさんが。
聞いてきてて。
顔を上げて、ココさんを見たら。
ココさんは私を見てて。
私は、こくこく、頷いてた。
「・・はい」
返事して、トレイに目を戻したら。
・・・?
ちょっと、おかしかったような気がして。
あれ・・・ココさん、なんて、言ったっけ・・?
ココさんを、もう一度、見上げてみたけど。
自分の食事を見てたココさんは、私に気付いて、こっちを見て。
それを見て、私はトレイの前に顔を戻してた。
ココさんは少し、不思議そうにしてた、顔にも見えたけど。
・・私は、それから、またフォークに食べ物を刺した。
「・・あぁ、洗濯物、テーブルの上に置いておいたけど見たわよね?」
ココさんが、言ったから、私は見上げて。
ココさんは私を見てて。
「はい・・」
「うん。ちゃんと中を確かめてね。タンスに仕舞いなさい」
少し、言いつけるような声。
「はい・・・」
ココさんに、ちゃんと、頷いて。
ココさんも、私を見つめながら、ちょっとだけ微笑んだようにしてから、少し頷いたようにしてから、食事の続きに戻った。
前にも言われてるけど・・、洗濯物袋を置きっぱなしにしてると、ココさんは怒るから。
テーブルの上なら、忘れないよね、たぶん・・。
・・・刺してたものを見て、思い出して。
さっき食べようと思ってた、その黒っぽい色のそれを少し開けた口に差し込んで、食べて。
ちょっと冷えたけど、まだ少し温かくて、とろとろしてたそれはやっぱり、美味しかった。
****
机の前で座ってる私は、開いてるノートを見てて。
さっきから通して、今日進んだところを全部見終わって、最後のページだった。
・・うん。
・・・わからない所は無かったから。
新しいページを開いて、明日の授業の、明日の予習を始めた。
ちょっとずつテキストを読んで、よくわからなかったところがあったらキーワードを入れて検索してみて。
大体はそれでわかるから、テキストもすぐ最後まで読める。
わからないところがあったら明日、授業を聞いてればわかるから。
他の授業のテキストも、なんとなく、読んで。
開いた全部を読み終わったら、全部のテキストを閉じた。
ノートの、ページも全部閉じて。
やらないといけないことは全部終わってて。
ノートから目を離した私は、なんとなく、自分の膝を見てた。
・・・そだ。
ノートにコードを繋いだままだから、サイトを開いてみて。
お気に入りのサイトは、あまり変わったところは無くて。
驚くようなニュースも無かったけど。
・・なんとなく、ぼぉっと、光る画面の文字を追ってた。
お気に入りに入れてる小説も幾つか、まだ更新されてなかったから。
・・・いつの間にか、ニュースの記事を、読んでた。
目に付いたものを、選んで。
・・目に入ってくるのは、毎日の様に、ある、事件のニュースとか。
それも全部新しいものばかり。
事件とかのニュースは毎日新しいものばかり書いてある。
殺人事件とか、事故とか、毎日たくさんだ。
でも事件以外にも、嬉しいようなニュースも、楽しいようなニュースもたくさんあって。
中に在るその中の1つが1つずつのニュース。
毎日、何処かで記事が、溢れてる。
多すぎて、きっと、他の国のサイトも見れば、たぶん、1日じゃ絶対に全部の記事が見終われない。
そしたら、明日は、今日のニュースを見てたりする人もいたりして。
・・・わかんない言葉も多いけど。
・・・・・・・えっと、お酒が、凶器、になるのかな・・?
くすり・・殺人罪・・・?昨日・・、判決・・・、うん・・?・・・うーん・・・?
・・まいいや・・・。
こっち・・華やかな写真の、ジョファン君が、主演男優賞に選ばれたとか。
この前の映画の、凄い賞らしくて。
凄い、っていうニュースなんだろうけど。
何の大会かよくわからないけど。
でも綺麗な格好をした人達が喜んでるみたいな写真は、みんな嬉しそうで。
・・あ・・、時間・・。
時計の時間が、目に入ってた。
もう寝る時間みたいだった。
ちょっと、読みかけの記事を最後まで読んで。
後ろで、いつの間にか動いてた動画も、閉じて。
他に、トピックスに、見たいものがありそうだったけど。
「・・・ぅん。」
ノートのパワーを落として、コードは繋いだまま、閉じた。
歯を、磨いてこなくちゃ・・・って、立ち上がった。
着替え終わってから、パジャマでベッドの端に座ってて。
テーブルの、上の、置物を見てた。
・・静かで、ちょっと薄暗い、時間も無いような、光景の中で。
私は静かにそこにいて。
でもちょっと、熱かった。
・・息をする胸が、お腹が、パジャマの中で、動いてて。
音の無い部屋の中で、少し聞こえてて。
・・・部屋の中の仄かな光の色は、あの子の光に、ちょっとだけ似てる気がしてた。
あの子の事を、思い出してた。
栗色の髪の毛が流れて、綺麗な、色が似てたから。
私を見てくる、あまり表情の無いあの子の瞳は。
光が溢れたみたいに、包まれる気がして。
・・ぶる、ってちょっと震えた私は、・・・私は、ベッドに少し弾んで、頬を枕に、ベッドにくっついて。
柔らかい、ベッドにくっついて。
それから。
・・ちょっと目を、閉じてみて。
胸が小さく、とく、とく、鳴ってるのを聞いてて。
目を少しだけ開いて。
薄明かりの中で、そのままじっとしてた。
****
いつも思うけど。
タンスの中の、下着とか、部屋着とか。
昨日、私が洗濯物袋から畳んでみて、仕舞ったものが重なってるけど。
その隣のシャツは綺麗に畳まれたものがちゃんと置かれてる。
全体的に、きちっとしてるけど、昨日私が置いた所だけちょっと違うのがわかるから。
黒いストッキングを一つ取って、それがちょっと不思議だった。
ココさん、だけど、・・たぶん。
タンスを閉めて、ストッキングをテーブルに置いて。
クローゼットの方にスリッパをぺたぺたさせて歩いてく。
制服のハンガーを取り出して、テーブルに上衣を寝かせて。
白いシャツを取って、スカートもテーブルの上に折れないように寝かせて。
それから、一番上のパジャマのボタンを外し始めた。
今日も、日の光が上から差し込んでて部屋の中は明るくなってる。
青い空の見える天窓を見上げながら、パジャマを脱いで。
ベッドの上に放って、そして白いシャツを取って肩から羽織った。
お天気の空は綺麗で、白い光だけを部屋に入れてて。
ちょっと光り輝くように眩くて、それを浴びてるとぽかぽかしてるような感じがして暖かかった。
胸元の肌も腕も、白いシャツと一緒にもっと白く日の光と陰に淡んでいて、指先でボタンを留めながら、ちょっとシャツの形を変えて、動いてみたりして見てた。
椅子に座って、足を上げて、ストッキングを。
腰まで持ち上げて穿いて、スカートを腰まで持ち上げて留めて。
気が付いたけど、ちょっと白すぎるかもしれない手と、黒いストッキングの色を、見比べてみてみてた。
朝ご飯のココさんは、ちょっと眠そうな顔をしてて。
ときどきあるけど。
今日は、一段と眠そう。
元気が無くて疲れてるのは、お仕事のせいって、わかるけど・・。
隣で食事をもらうココさんを見てたら、ココさんは私に気付いて、ちょっとだけ微笑んだ。
私は、どうしていいのか、わからなくて、自分のトレイに、顔を俯けてた。
・・あまり話し掛けてこないココさんをちょっと見ても、やっぱり今日は疲れてるみたいだった。
ココさんがあまり開かない目で食事を見つめてるのを、私は見てて。
ゆっくり朝ご飯を口に運んで、あまり食べたくなさそうなのに。
朝ご飯に目を戻した私は。
ココさんと同じ献立の朝ご飯の。
玉子焼きをフォークで一口に切って、食べた。
ココさんは食べ終わっても眠そうなのは変わらなくて。
廊下で、私に小さく手を振って。
「いってらっしゃい」
って、言ったときも。
やっぱり、ココさんは微笑んでた。
「・・ぃってきます」
ココさんに、顔を俯かせながら。
後ろを振り返って、床を見つめて歩き出した。
少し歩いて・・、歩きながら、もう一度、振り返ったら。
ココさんと目が合って。
笑顔で、笑ってた。
だから、私はちょっと、どきっとして。
顔を前に戻して。
なんで、いきなり元気になったのかわからなかったけど。
ココさんの顔を少し思い出しながら。
それから。
人の流れてく廊下を、歩いていった。
学校への道は、いつもみたいに、騒がしくて。
白い廊下は、元気な声がいっぱいの。
朝の挨拶も聞こえてくる。
駆け寄ったりして、友達に笑って。
友達も笑って。
横目でちょっと見てた私は、床の上に目を戻した。
白の日の光が反射してる床、みんなが踏んで歩いてる足元もいっぱいの。
窓の外は空が青くて。
廊下は賑やかで。
私の教室はもうすぐ。
立ち止まって。
開いてるドアの横で、ちゃんと、プレートを見上げて。
教室の中に入って。
きょろきょろして。
人のあまりいない、端っこの方の空いてる席を、見つけたから。
そこに歩いてく。
机に鞄を置いて。
椅子を引いて、座った。
一人で、静かにしてると。
教室は人の声が響いてくる。
話題が盛り上がったみたいに、笑って、話してて、また笑って。
少ない声の、言葉までは聞こえないけど。
楽しそうな声が増えてくると、教室も賑やかになってくる。
人の歩く音。
人の声。
誰かが椅子か机にぶつかったような音も聞こえた。
そして、私の隣に立ってる気がして。
私が振り向いたら、一緒に。
「・・お隣、いいですか?」
あの子の、声がした。
あの子の制服、あの子の足元。
見上げかけた私は。
「はい・・・」
見上げかけて、こっくり、頷いて。
あの子の顔が見えないままだけど。
「ありがとう」
優しい声。
隣で、椅子を引く音も、座る音も、鞄を置く音も、静かに。
ちょっとだけ見た、隣のあの子は、やっぱり、白い光に、煌いてるみたいに、綺麗だった。
あの子が私を見て。
綺麗な瞳を少しだけ、少しだけ細めたから。
私はどきっとして、顔を前に戻してた。
あの子はただ静かにそこにいる。
先生のお話を聞きながら、席に座って見つめてる。
・・ときどき、隣をちょっと見れば確かにそこにいて。
先生の方をじっと見つめて聞いてるみたい。
その姿を見て私はまた少し、どきどきしたまま、前に顔を戻す。
静か過ぎて、ときどき、本当にいるのか気になるから。
でもあの子は隣にいて。
静かに先生のお話を聞いてる。
・・ときどき、私のほうを見るみたいにして。
ちゃんと見ないようにしてるから、わからないけど。
そんな気がしてた。
先生の大きな声もしてて。
・・あ。
またちょっと、聞いてなかった、先生の方をちょっと見て。
先生の朝のお知らせは少し、いつもより長い。
それは体育祭が、近付いてて、今度のHRの時間で色々決めるってことを言ってた。
体育祭って、・・よくわかんなかったけど。
・・たぶん、運動しなくちゃいけない、のなら、少し嫌で・・。
教室の子達は嬉しそうな声を出してた。
・・あの子は。
あまり変わらない表情、きょとんとしてるような、教室の中を瞬きして見てて。
その瞳と私と合ったから、どきっとして私は先生の方にすぐ眼を戻してた。
先生の言葉が終わって、教室の中はうるさくなって。
立ち上がってる人達もいるのを聞いてた私は。
顔を上げて、周りをちょっと見て。
隣のあの子を見てみて。
あの子は、先生の方をぼうっとしたように見てて。
瞬きを1つしたと思ったら。
私のほうに静かに顔を向けて。
あの子の瞳が見えて、私はまた咄嗟に顔を前に向けてた。
少しどきどきしてるのを感じながら。
机の上の鞄を見てて。
「・・あの」
あの子の声が横から聞こえて。
「・・・」
でも何も言わなくて。
・・私の返事を待ってる・・・?と思ったら。
「・・行きましょうか」
そう静かに言って。
口を開きかけてた私は。
「は、はい・・」
そのまま返事をしてた。
あの子が立ち上がる少しの音。
それを聞きながら、私も少し遅れて席から立って。
鞄を掴んで、隣を少しだけ見たら、鞄を持ったあの子は私を見てて。
それから振り返って歩き出すのを、私は少し早く歩いて後ろに付いて、追いかけた。
廊下は少し、うるさいくらい騒がしい。
人がいっぱい歩いてるから。
お喋りをしながら歩いてる子が多くて。
隣で歩いてるあの子を、ちょっとだけ見れば。
静かに、前を見て歩いてる。
栗色の長い髪も僅かに揺れるような、姿勢もよくて。
・・私は床に目を戻した。
廊下の、人の足元でいっぱいの中で。
ときどきぶつかりそうになる人を、避けて歩いてた。
ちょっと、あの子と腕が当たりそうになるくらい寄っちゃったら。
少し慌てて離れた。
ぶつかったら、きっと嫌な風に思うから。
人の足元が、私とあの子の間に入って通ってった人が。
ぶつかりそうになったから、私は避けてて。
通り過ぎたら、あの子の靴が見えなくなった。
人が多くて、顔を上げて、あの子が見えなくなったのも一瞬で。
少し離れた、前を見て、人を気をつけてるようなあの子の姿が一瞬だけ見えて。
追いかけようとして。
横から人がたくさん。
・・続いて行って。
私とあの子の、間が埋まる。
背の高い人達の列。
向こうが見えない・・。
い、いつ終わるのかなって。
周りを見ても、行けなさそうで。
・・周りを、見てて。
・・・立ち止まってて。
きょろきょろ、してて。
あの子は、どこにいるのか、わからなくて。
大きな、人たちは、いなくなったけど。
・・でもあの子の姿が、周りを探しても、見つけられなかった。
どこかに・・。
先に、行っちゃった、かも、しれない。
次の、教室?
私は・・、私は・・・。
人が、多くて・・。
あの子がいないか、探さなきゃ、いけなくて。
・・・・・。
・・・どこ・・。
・・・。
・・どう、しよ・・・。
―――手に、触れる。
・・温かい感触が、手に、触れて。
突然の。
驚いた、私は手を見てて。
誰かが、掴んでる、私の手の。
誰かの手は、繋がってる、制服、女の子の・・袖の、襟の・・。
大きな瞳が、あの子の。
私を、見てた。
私の手を持ってる、あの子は、じっ、と。
胸が私の腕に、触れそうな傍で、見てて。
温かくて、熱くて。
その瞳に、吸い込まれる。
「・・こっちです・・・」
そう、静かな響き。
私は、どきっと、強く、して。
手を引っ張られる。
あの子が握った手が、引っ張られて。
一緒に、歩いてる。
・・ついてけばいい。
引っ張る、あの子の手。
熱かった。
熱すぎて。
人たちを、通って、歩いてくあの子の。
熱い手を。
私は、少しだけ、手に力を入れて、繋ぎとめる・・・。
・・まだ、どきどき、してた。
教室に着いてから、席に着いても。
椅子に座ったまま、私はまだ胸が、どきどきしてるのを感じてた。
凄く熱かった、あの子の手は。
教室に着いてから、手は離れてて。
熱さが、なくなってて。
・・・。
机の上の、鞄を見つめながら。
・・隣の、あの子をちょっとだけ見たら。
あの子は、ノートの準備をしてた。
その手元を、見つめてた。
「・・あの」
あの子の声が聞こえて。
呼ばれて、顔を上げたら、あの子は私を見てた。
私はどきっとして。
あの子の瞳を見てた。
「少し、いいですか・・」
な、んだろう。
じっ、と見てたから・・し、失礼だったかな・・・。
ど、どうしよ・・。
あの子は、私をじっと見てて・・。
また少し口を開いて。
「・・・あの、体育祭、って」
その子は静かな響きで。
「・・どういうもの、ですか・・?」
可愛いい響きの、音に。
・・じっと私を見てて。
少し瞬きをしてた。
・・・え?
たい、いくさい・・・。
たいいく、さい・・って。
あ、HRの、先生の説明の、あれ、だよね。
「ぇ、・・ぁ、・・あの・・・」
体育祭・・、どういうものって・・・。
「・・・」
・・え、えっと、・・じぃっと綺麗な瞳が私を見てきてる・・・。
「ぇ、えっと・・、あ、あの・・、スポーツ・・する・・・」
「・・・スポーツですか?」
聞き返されて。
ぇ、えっと、なんて言えば・・。
「・・あ。」
そしたら、あの子が、閃いたみたいにして小さな口を開けてて。
「運動の大会?」
思いついたみたいに。
私を見つめてる瞳も少し輝いてる気がした。
ちょっとだけ嬉しそうな。
「ぁ、た、たぶん・・」
「そうですか・・」
納得したみたいで。
ノートに顔を戻して、見つめて、それから少し、うんうん、少し1人で頷いてて。
そんな仕草が、ちょっと、可愛かった。
・・・でも。
えっと、・・教えた方が・・?いいかもしれない・・・。
「ぁ、あ、あの・・・っ・・」
ちょっと、引っかかった声、が出ちゃったけど。
なんとか、その子は、私を振り向いて、きょとんとした瞳で見て。
また少し、瞳を瞬かしてた。
ちょっと、どきっとしてて。
少し胸が、苦しくなったけど。
言いかけたから。
言いかけちゃったから・・、私は口を開いて少し息を吸い込んで。
「・・ノート、学校の。・・お知らせとか、見れば、書いてる・・、と思います・・。」
・・少し・・?変な言葉だったけど・・。
私を見てる瞳は、瞬きして。
ちょっと、輝いた気がした。
そうしたら、その子はノートに振り返って。
いろいろな、操作をしてて。
その指を、あの子の横顔を、見てたけど。
私の言った通り、調べるみたいで。
・・ちょっと、時間が、掛かってるから。
ちょっとだけ、覗き込んで、みようとして。
肩を、少し、寄せてみて・・。
・・見えた画面は、ちょうど、学校のページに入ったところだった。
いろいろな、予定とか、見れるページ。
ちょっとの間、それのあちこちを見てたその子は。
横顔が、ちょっとだけ、小さく、唇が、・・ぉぉ、って驚いたようにしてたみたいだった。
ふと気付いたみたいに、私の方を見て・・。
綺麗な瞳が少しだけ、嬉しそうに笑った。
「ありがとうございます」
そう、動かした唇で。
その子は、静かに伝えて。
「ぃ、いえ・・」
喜んでるみたいだった。
それから、その子は学校の、イベントとか、他のも探し始めたみたいだった。
ノートをいじって、ちょっと楽しそうに。
画面を変える度に瞳の光と煌きが、変わって。
遊んでるみたい。
そんな、なんか、・・可愛い。
・・・鐘が、鳴ってて。
あの子を見てた私は、はっと気がついて。
始業のチャイム、机の上を見たけど、鞄をまだ、開いてもないのに気がついて。
慌てて鞄を開けてノートを取り出して・・、でもノートの準備が終わらないまま先生が教室に入ってきた。
授業を始めようとしてる先生が大きな声。
ノートの画面と、見比べて、焦ってて。
隣のあの子は、私を見てて、瞬きをしてたから。
少し、泣きそうになった。
****
女の子たちの声が、元気に話してて、騒いでる中で。
あの子は、周りをきょろきょろしてた。
少し紅くした頬で、周りで着替えてる女の子たちを見てて。
私に目を留めて、紅い唇を少し歪めて。
・・照れたように、首をちょっとだけ傾けてた。
私も、なんとなく、わかるけど。
恥ずかしい、みたいだった。
ロッカールームの、端っこの方で一緒に、私とその子はロッカーの前を向いてて。
あまり動かないようにシャツのボタンを外してる。
少しだけ見た、その子の肌は、首から下も白くて、照明に透き通るみたいに、綺麗だった。
その子の手が、服を寄せて。
気にしたような仕草だったから。
気がついて。
あの子は私を見てて、唇をむず痒そうに歪めながら。
恥ずかしそうで。
隠してた、みたいだから。
私もすぐに顔を前に戻してた。
じっと見られてたから・・だよね、・・当たり前で・・やだよね。
私は・・最後のシャツのボタンを外そうか外さないか、迷ってて。
なんか、見られそうな気がしてたから、で・・。
・・・ぁ、その前に、着替えの、服も、出しとこ・・。
ロッカーの鞄の中から、体操服を出して・・、上に置いて、それから、それから・・。
・・うん。
最後のシャツのボタンを、外して。
脱いだら、白い、柔らかい体操服の上の服を被って、引っ張って下ろして。
下は、ストッキングを下ろして、なるべく、急いで丁寧にで、脱いでから、ハーフパンツを穿いて、スカートの留め具を外して下ろして。
足を上げてスカートを取ったら、・・着替えは、終わり。
ちょっと、見えそうな、お腹とか、引っ張って、直して。
大丈夫そう。
なんとか・・・一気にやれた。
・・脱いだスカート、両手に持って、シャツと一緒の、ロッカーのハンガーに掛けて。
まだちょっと、服の裾を、ちょっと直しながら。
隣のあの子を見たら。
可愛い白い下着が、手で引っぱり上げた、ピンク色の、可愛いハーフパンツの中に、すぐに隠れた。
それから、あの子の足元の、ちょっと脱ぎ散らかしたような、足元に落ちてるスカートとか、シャツを拾うあの子は、それをロッカーの棚に置いて。
ハンガーを取って、シャツを掛け始めてる。
あの子の体操服、学校のものとは少し違うみたいだった。
体操服は自由って、知ってるけど。
周りの子も、全然違う体操服を着てる子もいるから。
あの子の着てるのは、学校のと少し似てて。
明るくて淡い色のシャツとハーフパンツ、だけど、でも学校のより可愛かった。
ハンガー、掛けるのに、あの子は首を捻りながらで。
少し曲がったまま。
白いシャツを掛け終わったところで、あの子は手を離して。
じぃっと、少し、掛けたばかりのシャツを見てて。
そのシャツも、少し裾が捲れてたり・・。
・・・。
気付いたら。
その子は私を見てて、目が合って。
私はすぐ、顔をちょっと前に背けてて。
・・えっと。
目の前の、ロッカーの中を、ちゃんと、確認して。
着替えも掛けたし・・・。
・・靴、履き替えてなかった。
鞄から、靴を入れた小さな鞄を取り出して。
・・振り返ったベンチは、まだ人が座ってお喋りしてるから。
鞄の中から出した運動靴を、足元に置いて。
一緒に持ってきた白いソックスを、片足で立って、なんとか穿いて。
運動靴を踏んで、・・履いて。
ロッカーの中に、学校に履いてきた靴を一番下に置いた。
立ち上がって。
隣の、あの子は、スカートを、ハンガーに、ちょっと、掛けてて。
・・皺が。
・・・少し、皺が。
でも、掛けたハンガーの制服をじっと見てて。
その子は、隣のこっちを見て。
・・えっと。
私は、自分のロッカーの中をちゃんと、見て。
ドアを閉めた。
・・鍵を外して。
ロックが掛かったのを、ちゃんと確かめて。
それから。
隣のあの子が、靴を履き替えてるのを。
片足のバランスが、少し崩れて、転びそうになったりするのを。
ちょっと、どきどきしながら、見てた。
ロッカーの中とかに、転んだら。
傷ができそうで。
・・ちょっと、心配だった。
みんなの前で話してる、先生の話を聞いてて。
今日は、ボールを使って、遊ぶ、って言ってた。
私は準備体操の、脚をなんとか、伸ばしながら足の先を見てた。
ちょっと気を抜くと、転びそうになるから。
「・・ぁ、ぅぁ・・」
・・・でも、変な声が聞こえて、振り返った、隣のあの子は、ちゃんと、地面にお尻をつけて、転んでた。
ちょっと、不機嫌そうに、座り込んでて。
もう一回、脚を伸ばそうとしてて。
・・ぁ、あれ・・・。
「・・ぁ・・っ・・。・・ぅ・・・」
私も、地面に、お尻を。
ついてた。
・・恥ずかしくて、手をついて、もう一回、しゃがみこんでて。
手についた砂をはたいてて。
・・ちょっとだけ、顔を上げて、隣のあの子を見たら、私を見てて。
口元を、少しだけ笑わせたみたいだった。
私はまたちょっと恥ずかしくなったけど。
少し、私の口元がむず痒そうに、笑ってたかもしれなかった。
2人組みで、体操をするときも、手を、掴んで。
ちょっとやり方が、わからなかったりして、お互いの手があちこち動いたりして・・。
お互いの腕を組めたら、背中に感じてて。
温かくて。
眩しくて。
なんだか、背中が、よろけるけど。
・・目を開いたら、空のプリズムが、目の前に広がってて。
足が、ついて・・私の番で。
背中に持ち上げた、あの子の身体が重くて。
ちょっと倒れそうになった。
よろけて。
・・その子の、ふわりといい香りがしてたのは、結んだ髪から・・服からかも。
あの子が持ち上げようとすると、私より、持ち上がらなかったり、力の入れすぎで背中からぷるぷるしてるのが伝わってきたり。
先生の声で、次の違うことをやっても。
脚の位置が違うっぽかったり、身体が、伸びなかったり。
・・この子は、私よりも、運動が苦手なような気がした。
でも触れてくる、この子の、触れる身体は柔らかくて温かくて。
髪の毛とか、揺れたり、身体を動かすたびにふわりとくる風に、とても、良い匂いがしてた。
香水のようなのに。
ふわりとした、甘い香り。
なんだか、特別な感じの。
それから、ちょっと、汗ばんでる首筋に、準備体操なのに。
もう暑そうにしてて、疲れてきてるみたいだった。
見上げた空は、プリズムの屋根付きのだけど、でも確かに、今日のグラウンドはちょっと日差しが暑いかもしれなかった。
知らない子たちのグループで。
仲良さそうに喋ってる子たちは、友達同士みたいだった。
隣同士の私とあの子は、周りの子達を見てた。
見た気もするけど知らない子達は・・、たぶん、他のクラスの子達かもしれなくて。
他のグループ同士に固まってる子達も周りにいる。
離れてて、お喋りの中で笑ってる。
私はちょっと、周りをちょっときょろきょろしたけれど。
たくさんの子達の中にススアさんがいたり、アキィさんがいるグループとか、もあるみたいで。
離れてる、ススアさんはみんなの中で特に元気に話してたり、みんな、楽しそうだった。
・・同じグループの人達が、こっちを見てる気がして。
私は、ちょっと、顔を俯かせてたけど。
・・こっちを、見てたのかな、って。
顔を少し上げてみたら。
やっぱり、こっちを、見てた、子達は。
私の、隣の、あの子を、見て、喋ってるみたいだった。
「知ってる、少し前に転校してきた・・」
「何処から来たのか誰も知らないって・・」
「・・あははっ」
少し小さくしたみたいな声、少し、聞こえてたけど・・。
隣の、あの子を見てみたら。
ぽけっとしたように、そんな子達を見てるあの子の横顔で。
幾つか瞬いてる横顔。
ときどき、瞳をくりっと動かして、周りを見たり、グループの子達を見てて。
少し、不思議そうにしてるみたいに見えた。
「ねぇねぇ、名前なんて言うの?」
って・・、いつの間にか、近付いてきてた子たちが、あの子に話し掛けてきてて。
あの子は、きょとんとしたまま、興味でいっぱいのように微笑んでる女の子達を見てて。
「・・エルザニィア、フェプリス、です。」
少しの会釈をしてた。
うゎぉ・・、って、嬉しそうな、小さな声を出してる子達もいて。
「エルザニィア・・、エルザって呼んでいいのかな?」
「はい。構い、ませんが・・」
「可愛いね、」
って。
きょとんとしてるみたいなその子。
「私は、ミーディって呼んで」
「あ、私はウィリフィ、よろしくね・・」
なんか、一瞬で、みんなに詰め寄られてた。
「学校の中で見たことあるけど、話しかけるチャンスが無かったんだぁ・・」
・・って、その子たちは、いろいろあの子に話し掛けてて。
あの子は、たくさんの喋ってくる子に顔を向けて。
追いかけて、話を聞いてる間も、きょとんとしたまま瞬きを繰り返してた。
ちょっと、忙しそうだった。
「転校してきたばかりなんでしょ?」
「は、はい」
「慣れてきた?この学校、広いよねぇ」
「、はい・・」
受け答えしてるその子を、瞬きしてて。
見つめてたのに、気がついて。
私はちょっと、顔を背けてみて。
そしたら周りでも、他のグループの、こっちを気にしてる子たちもいるみたいだった。
・・アキィさん、と目が合った気がした。
ちょっと、どきっとしたけど。
アキィさんは、そのまますぐに、前に顔を向けてた。
横顔が向こうを見てる・・・、そういえば、ちょっと印象が違うと思ってたけど。
眼鏡を掛けてないアキィさんを見るのは、初めてかも・・。
・・声が、近付いてきたのに、気付いたから。
振り向いたら、囲まれてた、あの子が、こっちに近付いてきてたみたいだった。
すぐ傍で止まって、横顔が、でも前を向いてみんなを見てて・・。
「・・あ、そっちの子は?」
・・?そう、誰かが言って。
・・見たら、みんなが私を見てた。
・・って、ぇ・・私は吃驚して、足元を、見てて。
「・・お友達です」
・・あの子の、声が、そう、言ってくれた・・。
「へぇ・・、よろしくね。」
それは、私に、言ったのかも、しれなくて。
顔を少し上げかけて。
「よろしくね、お名前は?」
私に、絶対に、そう聞いてきた子が、私を見てたから。
「・・ぁ、ぅ・・」
え、えっと・・・。
お、おなまえ・・。
・・おな、まえ・・・?・・な、なんだっけ・・・?・・。
「・・ハァヴィさんです」
隣の、あの子が、そう言って。
「ほーぅ、そっか~。」
「よろしくぅ」
「は、はい・・っ」
私は、なんとか、頭を頷かせてた。
「いつも一緒にいんの?」
「お喋りはそこまでー、集まってー。」
先生の大きな声が、一緒に聞こえてきてた。
振り返って。
「ルールを説明するよー」
先生に、みんな、集まっていって。
「あぁ、行こっかぁー」
「ちょと、だるいよねぇ・・」
「だねぇ」
って、他の子たちも行くのを、私と隣のあの子は少しだけ、顔を見合わせてた。
みんなが集まった前で話す先生は大きな声で。
「有名な競技だから、みんな知ってると思うけど・・」
先生の話を聞いてる間も、あの子は先生をじぃっと見てて。
「そのポールマンが取れたら一点・・・」
・・でも、ちょっと、思った。
さっき、名前、ハァヴィさんって・・。
前、言ったの、覚えててくれた、けど。
変なところ取ってる。
アヴェエとか、じゃなくて。
ハァヴィさん、なんて、呼ばれたこと、無かったから。
グループがチームになって、順番でコートで対戦したけど。
みんなが、何してるのかよくわからないから、周りを見たりしてたけど。
あの子は、大き目のボールなのに、足元のを取れないで落としたりとか、凄い方向にボールを投げたりとか。
やっぱり、・・運動は苦手みたいで・・・不器用とか・・。
私も、それくらい、下手なんだけど・・。
あの子がボールを一生懸命取ろうとするたびに、突き指とか、しないか、とか、なんだか、ちょっと、心配になって。
頑張ってるのはわかるけど、転んだりしたら、痛そうだし。
・・・走ってるだけで、転びそうだし・・。
でも、あの子がボールを投げたりして、みんな、元気な声を掛けたり、笑ってた。
ボールを持って走ってて、それを追いかけてる子達。
少し離れた、それを見てるその子は、笑ってるみたいに見つめてて。
白く明るくて広いグラウンドのコートで、また駆け出して、遊ぶその子は、楽しそうだった。
ロッカーの中に手を伸ばして、私は着替えのシャツを、手に取って。
授業が終わりの女の子たちが周りで、制服に着替えてたり、お喋りしてて。
・・・汗は、暑かったから、やっぱりシャツじゃなくて、タオルを取って。
・・隣を見れば、あの子はちょっと、ロッカーの中を見つめたままで。
いつもより紅潮した頬・・白い肌が煌めいていて。
長い睫毛が瞬いて。
紅い唇が僅かに開いて。
少し大きく息を吸い込んだみたい。
身体を、・・肩も、胸も、ちょっと大きく動かして深呼吸して・・。
・・・でも、さっきから動いてないのかもしれない。
なにかを考えている・・とか、さっきからそうしてるような。
・・私は、顔を前に戻して。
タオルを、顔に当ててて・・気持ちいい。
・・離したら、隣のあの子がちょっと・・動いてた。
手を伸ばして、自分のタオルを取りだしてて。
頬に・・当てて、口を隠すような、目を閉じて、・・そのまま。
なんか、気持ちよさそうだった。
・・・。
長い睫毛が震えて、でも目はそのまま閉じてて。
静かに息をしているような。
・・ほっとしてるような。
可愛い、その子は。
・・・。
・・動かない。
静かに息をしてるみたいで・・・寝てないと、思うけど。
・・たぶん、ちょっと疲れたのかもは、しれなかった。
「・・ラ、ンチ?」
「はい・・?」
あの子が・・、私に言ってて。
あの子が、私に言った事は。
でもちょっと・・。
私は、不思議でしかなくて。
少し、不思議そうな顔を、見詰め合ってた、かもしれない。
えっと・・お昼ごはん、はランチだけど・・・。
いつもなら、お昼ご飯の、時間、だけど・・?
・・勘違い、してるかも・・・。
なら、・・だから、言った方が、ぜったい、良くて・・。
私は、口を開くべきだから、開いて、・・ぇっと・・・。
「・・きょう、あの、・・お昼、無い・・・」
「・・・?」
きょとんと、不思議そうな瞳が、瞬いてこっちを見てて。
「午前、で、授業・・終わる・・の・・」
私が、なんとか、そう言えて・・。
「・・です・・・」
でも、こっくり頷いてた・・・。
「・・・・・・。」
なんだか、無言で。
・・・あれ・・?
・・私の、おかしかった、かな・・・?
説明、できてないかも・・・?
って、ちょっと、どうしようと思ったら。
私を見つめてる、その子の瞳が、段々と変わって、理解したみたいに。
ちょっとずつ歪んでくのが・・。
なんだか、可哀想で・・。
「・・・・・・ごめんなさい」
俯いたと思ったら、小さく、呟いてた。
え、えっと・・・なんで、謝られたのか、わかんないけど。
「ぇ、ぁ。・・ぃ、ぃぇ・・・」
私も、なんか、悲しそうな、その子に、俯いてた。
「・・・」
少しして、帰り支度をまた、始めるその子の。
俯いたままの姿を、ちょっと、見て。
・・かんちがい、じゃないのかも・・・。
お昼ごはん・・・行くつもりだった、だけなのかも・・。
お昼ごはん、食堂、行ったっていいんだし・・。
その子の、寂しそうな。
つまらなさそう、鞄に詰めてる。
・・・。
・・・・わたしは・・。
「・・しょ、しょくどう・・・、」
声、出たのか、不安だったけど。
あの子が私を、見上げて。
瞳を、少し、瞬かせてて。
「・・行く・・・?」
ちょっと、恥ずかしかったけど。
「ます・・?」
そう言って。
自分の、机の上の鞄を、見てて。
・・返事が無くて。
その子の、顔をちょっとだけ、見たら。
その子は、私を見てて。
見つめてて。
少しずつ、少しだけ、嬉しそうに、口元も、瞳も、微笑んだような、気がした。
「はい・・」
私を見てて。
ちょっとだけ頷いてて。
私は、その瞳を横目で、見つめてて。
ちょっとだけ、頷いてて・・。
その子は、鞄の、仕舞う続きを始めて。
だから、私も、鞄の中に。
入れたノートに、ファスナーを、最後まで閉めた。
カードを、機械に通して。
トレイを取った。
ちょっと、勘違いしてたのかもしれない、その子の、ための。
少ない、人の列を少し待って、お昼ご飯をもらう。
学校の食堂はいつもより人が少なくて。
お昼前に授業が終わったら、食堂には行かない人が多いみたいだから。
あの子もお家に帰るのかと思ってたけど。
あの子は勘違いしてたんじゃない、かもしれないけど。
テーブルもいっぱい空いてて。
お昼ご飯を持った私は、あの子が座ってるテーブルの方に、トレイを落とさないように、気をつけながら、歩いてく。
あの子は席に座って、食堂の様子をじっと見てるみたいだった。
隣の席に、かちゃりと置いたら、あの子は顔を上げて、私を見て。
私は一瞬、その子と目が合って、自分のトレイに目を戻して。
・・席に座った。
テーブルの上の、隣には、あの子のお弁当箱が、置いてあった。
お弁当箱、お母さんに作ってもらったお弁当を、持ってきたんだから。
最初からお昼は食べる気だったみたい。
間違えたのかは、わからないけど。
一緒に食べるつもりだったみたいで。
そう思ったら、ちょっとだけ、口元が、笑ったかも、しれなくて。
でも、隠して。
その子を見たら、私を見てて。
私は、顔をまた前に戻してた。
隣で、お弁当箱に手を伸ばして、開けてる音を聞きながら。
また静かに、動きが止まるのを、聞いてた。
隣のあの子は、目を閉じて、手をスカートの上で重ねて、お祈りをしてる。
全部言い終わって、お祈りが終わったあの子だから。
私は顔を前に戻して、ちょっとだけ、呟く。
「いただきます・・」
「・・はい・・・」
あの子の頷くような声が、して。
小さな声で、言ってるのに。
聞こえちゃうみたいだった。
私はちょっと、むず痒くて。
フォークを取った。
温かい湯気を出してるブロックのそれを刺して、口に運んだら。
美味しかった。
いつもよりも、美味しくて。
ぱくぱく食べれて。
いつもよりお腹が空いてたみたいだった。
ちょっとだけ、見た・・あの子も、お腹が空いてたみたいに、いつもよりぱくぱく食べてるみたいで。
そう思ってたら、目が合って。
物を噛んでるあの子の、瞳が瞬くのを、見てたら。
私も、物を噛んでたのに、気がついて。
顔を前に、戻してた。
またちょっと、恥ずかしくなってて。
少し、ゆっくり、噛んで、飲み込んでた。
空になったトレイの上のお皿を見てて。
ちょっと小さく、一息吐いた。
お腹がいっぱいで。
隣のあの子も、お弁当箱を閉じたままコップの水を飲んでる。
瞳を閉じて、鼻先を上げて、こく、こく。
・・口を付けたコップを、離しそうな気がして・・・私も、コップを取って。
・・水を口に含んだ。
ちょっとぬるい水、ちょっと飲んだら、コップに口に付いてたソースがついてるのを見つけて。
・・すぐに、ハンカチをポケットから取り出して、口を拭いた。
ココさんに言われてて、持ってるけど。
ハンカチって、けっこう・・、便利だ。
でも、拭いて色の着いちゃった、両手の中のハンカチを見てて。
かた、って、コップを置いた音が聞こえて、また少し慌ててハンカチをぱふって閉じた。
隣のあの子を見たら、私を少し不思議そうに見てて。
私は、顔を前に戻して。
・・ハンカチをポケットに仕舞った。
唇に、もうついてない、と思う・・。
・・かた、と、隣のあの子はお弁当箱を仕舞い始めてた。
私はそれを見てて。
それから、自分のトレイを見てて。
静かになった、あの子の方を、もう一度見て。
あの子の綺麗な瞳と、・・目が合った。
ちょっと瞬くような、私は、ちょっと、口を強めに閉じてたけど。
「行きましょうか・・」
あの子は、そう言って。
「は、はい・・」
私は頷いてて。
静かに立ち上がるのに続いて、私も椅子から立ち上がった。
食堂を出た後、廊下を、歩いてた。
窓の見える廊下は少し静かで、あの子と、少しゆっくりと。
人があまりいないから、ときどき、隣のあの子をちょっとだけ見て。
ときどき、窓の外の明るい色を見てた。
青い空の、プリズムが透過する景色。
オレンジ色の道を歩いてる子達を見下ろして。
私は静かな、あの道を、あの子と一緒に歩いてた。
声がした気がして。
違う声。
前を見たら。
向こうから、来た人達が、歩いてきてて。
男の子達が4人くらい。
だから、私は、床を見てた。
誰もいない、4人だけの・・。
・・少し、気になって。
少しだけ、顔を上げてた。
・・見覚え・・ある顔。
男の子達。
少しつまらなさそうに、歩いてる。
誰かと、目が合った気がして。
私は、どきっとして。
顔を俯かせてた。
・・・何かを言ってきた人達。
あの、嫌な人達。
近付いてくる。
そう思ったら。
さっきからの、嫌な感じの、どきどきが。
強くなってきてた。
近付いてきてるのを、感じてて。
少しの、男の子の声が、聞こえた気がして。
強くなって。
足元。
足元の音も。
廊下の、反対側―――。
―――男の子の声。
・・あの子の、向こう。
私の、反対側を。
通り過ぎて。
・・・後ろ・・。
・・行っ、た・・・?
もう、何も、来ないから・・。
・・顔をちょっと、上げて・・。
見えるのは、知らない、人達で・・。
・・さっきの人たち・・行っちゃった・・、みたいだった・・。
何も言われないで。
行っちゃった・・・。
・・行っちゃったんだ・・・。
・・気がついたら、隣の、あの子が、私を見てて。
少し、瞬きを、してて。
私は・・。
私は、また少し、顔を俯かせてた。
廊下は、静かで。
ときどき、人と擦れ違う音が聞こえて。
窓の外からは、下校してる人達の声とか。
遠くから、聞こえてる。
空はまだ青くて。
お昼の強い光で溢れてて。
・・少し暗い、廊下の。
あの子と、私は、一緒に。
静かな廊下を、2人で歩いてた。
寮への道と、あの子の行く、外への道。
左と右の別れ道で、私とあの子は、顔を見合わせてた。
あの子は何も言わなかったけど。
私も、なにか、ちょっと、・・なにかを、言いたかった、けど。
あの子の瞳が、瞬いて。
「・・ごきげんよう」
優しい響きで、少しだけ、優しく、微笑んだように。
「ご、ごきげんよう、です・・」
まだ少し、言い馴れないけど・・。
ちゃんと、言えた、気がした。
ちょっとだけ、瞳を細めたかもしれない、あの子は。
そのまま、少しの香りを残して、行ってしまうのを。
揺れる栗色の髪の毛の、後ろ姿を見てて。
綺麗に伸ばした背筋に、静かに歩いてく、その子を見てて。
・・・人で、あまり、見えなくなってから。
寮への方に、足を向けて、私は歩いてく。
・・寮への廊下はもっと人が少ないみたいだった。
前に見える人が、1人、2人くらいなのを見ながら。
そう思ってた。
・・・今日は、少し、いつもより、遅くなったけど。
あの子のことを、思い出したら、少し、口元が、微笑んでた。
慌ててるようなのが、ちょっと、可愛かったから・・。
ちょっと寂しそうになってたのも・・。
授業で、一生懸命にボールを追いかけたり。
・・お昼ごはん、お腹が空いてたのかもしれない。
・・・。
・・・ココさん。
・・えっと。
今日は、約束してない日、だったよね・・。
後になって、思い出したけど。
もしかしたら、お昼ご飯、待ってる・・・かも・・。
約束、今日は、してなかった、と思うけど・・。
たしか・・・。
えっと・・・?
ココさんが、もしかして、待ってたら、って思ったら。
少し、どきどきしてきてた・・・。
****
―――パウロが愛を語る。
『まるで葡萄を切り落とした貴方は地面の何をも知らないのだろう。
たとえ、土に塗れた果実が見目麗しい鳥に啄ばまれたとしても葡萄は貴方の手に残りその唇と舌に舐め取られる夢を見ている。』
このシーンで彼の繊細な気持ちを歪曲的にも扇情的にも、美麗な一枚絵のように描写している彼の台詞がまだ続くが、ここに引用抜粋した部分が最も彼の気持ちを忠実に、決して誇大的にも粉飾をせずに心を伝えている場面だろうと筆者は思うのである・・。
―――こんこん。
――――ノックの音が部屋の中に飛び込んできて。
私は顔を上げた。
「は、はい・・・」
確かに、鳴ったから。
少し大きめの声を出して。
読んでいた小説のカバーをテーブルに伏せた。
立ち上がって、扉の方に歩いていって。
開けようとしたらまた軽いノックの音が聞こえて。
私はちょっと考えたけど、扉の取っ手を持って扉を開いて。
隙間から見えた足元の、顔を上げたら、ココさんが立ってた。
「こんにちは」
ココさんは、朝よりもすっきりした顔をしてて。
疲れも無くなってるように見えた。
「こ、こんにちは・・」
「入っていい?」
「・・はい。」
私は、こっくり、頷いて。
ちょっと動いて、ココさんに道を空けた。
ココさんは部屋に入ってきて、私を一度見たあと、テーブルの方に歩いていって。
私はそれを追いかけていって。
「・・読書してた?」
「・・あ、はい・・・」
ココさんはテーブルの上のカバーを見つけたみたいだった。
「ちょっと邪魔したかな?」
私を振り返って聞いてくるココさんに。
私は首を横に振ってた。
「お話がしたくなって。座っていい?」
こくこく、私は頷いて。
ココさんがテーブルの椅子に座って。
私は、その隣で。
・・ココさんを見てた。
ココさんは私を見て少し笑ってた。
「アヴも座って」
そう言われたから、私も、ココさんの隣の椅子に座った。
ココさんを見たら、ココさんは私を見てて、少し目を細めてた。
・・なんでかわからなかったけど。
カバーが、ココさんの前にあったから。
手を伸ばして、私の方に、持って。
・・画面が、ついてるままだったから、パワーを切って。
「なに読んでたの?」
ココさんが、私を見てて。
「・・ぇっと・・、」
なんかの、小説の、感想みたいな・・・、なんだろ・・詩の・・解説・・?・・批評、って言うのかな・・・、その小説は読んだことないんだけど・・・、なにかな、あれ・・。
えっと・・・。
「・・ぇ、ぁ・・・・ぅ・・」
「あぁ・・、そんなに考えなくてもいいから。何となく聞いただけだから」
「・・・」
ココさんは困ったように笑ってたけど・・。
「今日は学校から帰ってくるの遅かったのね」
ココさんがそう言って。
見上げたけど・・、怒ってる様な感じじゃなかった。
「さっきも部屋に来てみたんだけど、まだ帰ってないみたいだったから。一人でお昼食べてきたわ・・・あ、まさかまだ食べてないわけないでしょうね?」
・・いま、ちょっと怒りそうになった感じだった。
私はふるふる首を横に振ってて。
・・私を見てたココさんはじっと、私を見てた細めてた目を、それから眉を上げてちょっと頭を傾けた。
ちょっと、納得したような。
「そっか、1人で食べてきたのね」
私は、ココさんがそう言ったから。
また首を横に振ってた。
ココさんは少し目を瞬かせてた。
「1人じゃないの?」
1人、じゃなかった。
あの子と、一緒で。
・・え、えっと。
「・・とも、だちと・・・」
「ああ、そっか。お友達とね。」
ココさんは少し、納得したみたいに、ちょっと嬉しそうに笑ってた。
「えっと、誰と?ススアちゃんとか」
「・・あの、・・・・?」
・・・あれ?
・・名前・・・。
あの子は・・・え、えるざ、にぃ・・・?
「あ、じゃあ、どういう子?私は知ってる子かな?」
・・どういう子・・・?
どういう・・・?・・あの子は、えるざ、にぃ・・、じゃなくて・・・。
名前、合ってる、ような、合ってないような・・・?
えっと・・・。
「・・あの・・、髪の毛が、茶色で・・・、長くて・・・」
「うーん・・、わからない」
ココさんは困ったように笑ってた。
「髪長いの?どれくらい?これくらい?」
「・・このくらい・・・?」
「うぁ、長いのねぇ・・、・・あぁ・・?」
ココさんはちょっと変な声を出した。
「静かな感じの子?」
静か、だよね・・。
「はい・・・」
「なんか、すごい、あの、美人、っていうか・・、美人?」
美人・・・そうかも。
こくこく頷いて。
「同じくらいの背で・・、あぁ、この前も一緒にいた子でしょう」
・・・この前?
「・・ほら、あの、・・・・、その、保健室で休んでたとき。」
ちょっと、喋るのがゆっくりになったココさんは、最後に笑ってた。
だから、私はちょっと、テーブルの上を見てて。
「あのとき、お友達がたくさん来てて。最後まで傍にいた子でしょ」
・・・最後まで・・?
「仲良いのね、あの子と」
・・傍に、いたんだ・・・。
あの子、あのとき・・・。
・・そうなんだ・・・。
「一番最初に気がついて、見つけたのもあの子、って聞いたわ」
・・・いちばん、さいしょ・・。
「その子でしょ?」
・・助けて・・・。
・・誰かの手を、握ってた気がする。
・・・熱い手を握ってたのに。
・・忘れてた気がする。
・・なんか。
たくさん。
忘れてる事があるみたいな気がしてる・・。
「・・アヴ?」
ココさんの話、聞いてると、胸が、なんか・・。
・・熱・・・。
「・・・アヴ。」
ココさんの声がして。
私は顔を上げて、ココさんを見た。
ココさんは私をじっと見てて。
真面目そうだった。
私は、ココさんの目を見ようとして、でも、違うとこを勝手に見ようとしてて。
目を見てられなくて。
でもココさんを見て無いと、怒りそうだったから・・。
「・・泣いちゃった時の事、ちゃんと聞いてなかったから、聞くけど・・・」
ココさんは少し怖かったから。
「何があったの?」
じっと見てる。
私をよく覗き込もうとする目。
私をじっと見てる目。
真っ直ぐに、見られてる、私。
私は。
・・首を、横に振って。
「本当に・・?」
ココさんに、首を、横に振ってた。
ココさんが、見てくるから。
「・・・本当ね?」
そう言う、ココさんの声が・・。
私は、顔を俯かせて、テーブルの上を見てて。
頷いてた。
頭を、こくこく、してた。
「・・・そう、わかった・・。」
ココさんの声は、少し、音が出て。
「気にしないで。ならいいの」
軽くなったような声の・・。
「・・久しぶりだったから。」
囁くような。
見上げた、ココさんは。
ちょっとだけ、微笑んだようにして。
テーブルの上を見つめてるみたいだった。
「・・心配だったのね」
って、呟いてた。
・・私を見たココさんは。
手を伸ばしてきて。
私の頭に乗っかってきた、少しだけ重い手を。
私の頭は重くなってちょっと下がったけど。
髪の毛を伸ばすみたいに、撫でてくれて。
髪の毛が少し、引っ張られるようなのを、感じながら。
私は、ちょっと、・・ときどき、ココさんを、見てみてた。
たぶん、ココさんは、怒ってなくて。
ココさんは、自分に言ったみたいだった。
髪の毛と一緒に、流れてく重さ。
ココさんを見てた私は。
私を見てるココさんは。
・・たぶん、安心したココさんで。
いつもより、優しい気がした。
****
夜寝る前に、ぼうっとしてた。
少し眠いのに、あまり眠りたくない。
そんな気がしてて。
ぼうっとしてた。
薄暗い部屋の中の、オレンジ色の灯りがテーブルの上に置いてあるみたいに。
部屋の真ん中で光ってるみたいなのを、ベッドの端に座ってぼうっと見てた。
静かな音の中で、私は。
今日、あの子は、ちょっと、いつもと違うあの子を、見た気がする。
クールで、かっこいいけど、可愛い、って思ってたけど。
運動してる時のあの子は。
頬っぺたを紅くして、少し嬉しそうに走ってた。
ちょっと、小さい子みたいな、大きな瞳でみんなを見てた。
きょろきょろして、何かを見つけたら、また嬉しそうに走り出す。
可愛い、子犬みたいだった。
・・ボール遊びは、下手だったみたいだったけど。
ちょっと、思い出して、ちょっとだけ、私は微笑んでた。
それから、ちょっと、勘違いした時の、あの子は。
拗ねたみたいな顔をしてた。
恥ずかしかったのかもしれない。
私が、食堂に、って言ったら、嬉しそうになってた。
私は、良い事が言えたのかな・・?
あの子が笑ったなら、きっと、そうなんだろうけど。
・・でも、食堂で食べても、家に帰って食べても、あまり変わらない気もするし。
・・・余計な事言ったかもしれないし。
んんむ・・・・。
だとしたら。
そんなことないと思うけど。
恥ずかしくなってくる。
余計な事、言った・・・、言ってないなんて・・・。
・・・んんむ・・。
倒れ込んだ、枕はぼす、っと、柔らかく空気を出して。
ちょっと跳ねたベッドに小さくなる。
柔い枕に頬をつけたまま、頬擦りしてみて。
目を閉じたままでも良かったけど。
ちょっと寒い気がしたから。
少し眠い腕を伸ばして、布団を引っ張って身体に少し包む。
柔らかいベッドの中で。
ちょっと、むず痒いような気持ちと。
あの子の、笑顔が、見えそうだった。
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