後日談        2

 ほんのりとワサビを効かせたステーキは、初めて作ったけど美味しかった。スーパー内のベーカリーで買った、米粉のロールパンも美味しい。

 シャンパンを傾けながら、ゆっくり食べる。

「ワサビに米粉って。日本酒の方が合うんじゃないっスか?」

 なんて、皮肉っぽく言いながら、アツヤ君もガツガツ食べた。

 お酒の味なんて分かってないくせに、相変わらず生意気だ。いらなきゃ飲み食いしなくてもいいのに、残そうって気持ちはないみたい。


「大橋さん、メシ欲しい」

 食べてる最中に催促されて、やれやれと立ち上がる。

「ロールパン、まだあるよ?」

 たしなめるように言ったら、どうしても白米がいいんだって。今日はご飯、炊いてないのに。

「チンでいーっスよ。冷凍してあんの、あるでしょ?」

「ええー」

 知ってるなら、自分でやればいいのに。ちっとも動かなくて、ペット並みに手がかかるのも相変わらずだ。


「オレ、甘やかし過ぎなのか?」

 ぼやきながら冷蔵庫に向かい、冷凍庫の引き出しからラップに包んだご飯を取り出す。

 一方のアツヤ君は、勝手に手酌で2杯目を注いでた。

「いいじゃないっスか。誕生日くらい尽くしてくれたって」

 ニヤッと笑いながら、グラスを掲げるアツヤ君。

「誕生日だけじゃないだろ」

 オレのツッコミだって、全く気にしてないみたい。

 電子レンジで解凍したご飯を茶碗に入れて渡すと、「箸は?」ってすかさず催促された。


「フォークでいいじゃん」

「いや、ダメっしょ」

「えー? ああ……」

 そうだ、ライスは茶碗じゃなくて、プレートに盛って出すべきだった。もう。

 プレートか箸か、一瞬迷ったけど、アツヤ君の箸を取って来て渡す。そしたら、座る間もなくまた「大橋さん」って。


「次は何?」

 むうっとしながらアツヤ君を見ると、ぺこりと頭を下げられた。

「ありがとう、スゲー美味い」

 不意打ち食らって、不覚にもドキッとした。

 普段、お礼なんて滅多に言わないくせに。ズルい。「美味い」とも言わない癖に。タイミング測ってたんじゃないかと思うと、ちょっと悔しい。

「顔真っ赤っスよ」

 それはスルーして欲しいんだけど。ふふっと笑われて、余計に顔が熱くなった。



 シャンパン750mlは、2人だと少ないくらいだった。口当たりよくて飲みやすくて、ゆっくり飲んだつもりでも、あっという間に空になった。

 アルコール度数はどのくらいだっけ? 当たり前だけど、酔いが回るのはビールより早い。

 キンキンに冷えてたのを飲んだのに、体の中からほんわりと温かくなって、気持ちのいい酔い具合だ。そんなとこもビールとは違った。

「はー、ちょっと酔ったかも」

 アツヤ君はどうだろう? ちょっとは酔ってるかな?

 顔が赤くなる訳でもないし、眠そうにもしてないけど、取り敢えず機嫌はよさそうだ。いつもより5割り増しにニコニコしてる。

 格好いい顔が、笑うと可愛い。


「ごちそうさま、美味かった」

 手を合わせて礼を言い、カタンと椅子を立つのもスマートだし。食器を重ねて流し台に持ってく足取りもしっかりしてる。結構お酒に強いのかも知れない。


 ぼうっと見とれてると、オレの分の食器まで持ってってくれた。そのままジャーッと水音が聞こえ、あれっ、と思って振り返る。

「あっ、いいよ。置いといて」

 慌てて立ち上がると、「すぐだから」ってにこやかに笑われた。

「普段、手伝えってうるさいくせに」

「そうだけど」

 でもだからこそ、前触れもなく手伝われると調子が狂う。それに、今日はアツヤ君の誕生日だ。こんな日くらいのんびりしててもいいと思う。


 そう言うと、「だからっスよ」って彼が笑った。

 アツヤ君は意外と手際よく食器を洗って、ホントにすぐに終わらせた。タオルで手を拭いてから、オレの横に近寄って来る。

「今日で20歳、ようやく大人だから。これであんたの横に立てるでしょ」

 ぽかんと見とれてたから、顔を寄せられてドキッとした。さっきといい、今といい、何度も不意打ち食らってるのは、酔いが回ってるからだろうか?


 軽く重なった唇。

 リアクションできないでいたら、ふふっと笑いながら、更にキスされた。

 そのまま流されしまいそうになるのを、意志の力で押しとどめ、待て待てと身を離す。

「ま……まっ、まだ学生だろ。並び立つとか、早いから」

 毅然と格好よく言いたかったけど、思いっ切りドモったせいで、色々台無しな自覚はあった。

「えっと、そう。コーヒー淹れるから、座って」

 入れ替わるように立ち上がり、隠し持ってたプレゼントをアツヤ君に押し付ける。


 大人の入り口に立つ彼に、ほんの少しいい時計を。

 そう思って少し張り込んだオレの方が、とうに彼のこと、大人だと認めてるのかも知れない。

「うわ……」

 包みを開いて、アツヤ君が絶句した。

 どんな服にも似合うような、ベルトも本体も黒の時計。日本のメーカーのだし、見ただけじゃ値段なんて分かんないと思うけど、6ケタいっただけあって、少なくとも安っぽさはないと思う。


 恋人に時計を渡すのって、「共に時間を」とか「永遠の絆」とか、深く考えると小恥ずかしい意味があったりするけど、その辺はスルーして欲しい。

 深い意味はあるけど、無いんだ。ただオレが贈りたかっただけで、自己満足だけど、受け取って欲しい。

 アツヤ君は毎日、身に着けてくれるだろうか?

 

 照れ隠しに背中を向けて、コンロでお湯を沸かしコーヒーカップを準備する。

 格好よく豆をミルで挽いて……と言いたいとこだけど、残念ながらお徳用のドリップパックだ。それでも個包装を開けると、ふわりとコーヒーの香りが広がった。

「ケーキも切ろうか」

「いらねーっス」

 ドンとぶつかるように後ろから抱き着かれ、首筋にちゅっとキスされる。「危ないだろ」とたしなめかけたけど、それより先に「ありがと」って囁かれて言葉に詰まった。

 オレを抱き締める手首には、さっき贈った腕時計が誇らしげにはまってる。


「ケーキじゃなくて、キャラメルハニーシュガーパイがいい」

「またそれ?」


 恋人のことを甘いお菓子に例えたり、「ベイビー」とか「子猫ちゃん」とか呼んだりするのを、ペットネームっていうらしい。

 つまりキャラメルハニー何とかっていうのも、彼がオレを呼ぶペットネームだ。

 ちょっと前まで自分がペットだったくせに、生意気。

 しかも食べる気満々。


 一旦火を止めて、くるりとアツヤ君に向き直る。

「じゃあ、パイ食べようか、子猫ちゃん」

 ぐいっと首を引き寄せてキスすると、アツヤ君は涼やかな目を見開いて、珍しく顔を赤らめた。


   (終)

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ヒモの待つオレの部屋 はる夏 @harusummer

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