第38話        3☆(終)

 もう少し広い部屋に引っ越そうかな、と考えなくもない。

 1Kって、1人暮らしには丁度いいけど、2人で暮らすにはやっぱり狭いし。

 プライバシーがどうこう以前に、収納スペースが足りない。ベッドだって1つしかないから、くっついて寝るしかない。

 勿論、言葉通りにくっつくだけじゃなくて……服を脱がされ、組み伏せられて、好き勝手にされたりするのが、オプションのようについてくる。

 イヤって言う訳じゃないし、なければ寂しいんだけど、正直、18歳の体力にはついていけない。


「疲れてるから」

 倦怠期の夫みたいなことを言ってみたこともあったけど、アツヤ君には牽制にもならなかった。

「じゃあ、マグロみてーに寝っ転がってるだけでいーっスよ」

 不穏な笑みと共に告げられて、逆に散々な目に遭ったっけ。


 アツヤ君さえイヤじゃなければ、彼の実家に住むのも、1つの手ではあると思う。

 収納が足りないから、アツヤ君の服も私物も、あっちの家に置きっぱなしだし。車がないから、取りに行くのも一苦労だ。

 それに勉強だって、こたつよりはデスクに座ってやる方がいい。

 もう1人の後見人の、イトコ違いのあの人が、合いカギを持ってるからイヤだってアツヤ君は言うけど……カギなんて、取り替えちゃえばいい話だ。

 ただ、イヤだっていう理由は、もっときっと深いんだろう。

 アツヤ君の中で折り合いがつくまで、もうちょっと待った方がいいのかも知れない。それが分かってるから、オレももう、何も言わないことにした。


 レタスをざっと洗って水気を切り、手でちぎってサラダボウルに入れる。

 まな板出すのが面倒で、キュウリはボウルの上で適当に切って落とした。後はプチトマトくらいでいいかな? ドレッシングは何にしよう?

 ぼうっと考えながら作業してると、いきなり後ろから抱き竦められた。

「わっ!」

 油断してたから驚いたけど、こういうことするのは1人しかいない。

「ピザ、冷めますよ」

 耳元で囁かれ、ついでのように舌を這わされて、ビクッと体が震えてしまう。


 けどオレ、オトナだし。

 10も年下の高校生の誘惑に、流されてばかりではいられない。


「そう思うなら、手伝って」

 寄せてくる整った顔をぺしっと叩いて牽制し、サラダボウルを押しつけて叱ると、アツヤ君が見透かしたように笑った。

「顔、真っ赤っスよ」

 って。いちいち言って来るの、ホントに生意気だ。

 冷蔵庫からドレッシングを取って、一緒に持ってくことくらいはできるみたいだけど。

「大橋さん、箸」

 って、こたつに座りながら言うんだから、世話がかかって仕方ない。

 箸を二膳持って行くと、今度は「はい」って使い終わったドレッシングを渡される。

 ようやくこたつに座れた時には、ピザはちょっぴり冷めていて――オレは、ため息をつきながら、ビールのプルタブをカシッと開けた。


 ぐーっとビールをあおって、苦い炭酸をノドの奥に流し込む。空きっ腹にアルコールがしみて、ふわーっと頬が熱くなる。

 多少冷めててもピザは美味しかった。

 ポテトもチキンも味が濃くて、ビールのつまみに丁度いい。

 むしゃむしゃ食べて、ぐいぐい飲んで、「はぁー」と大きく息をつく。

「おっさんみたいっスよ」

 アツヤ君が、呆れたように言った。

「うるさいな」

 どうせおっさんだ。高校生をじろっと睨むと、余裕の顔で笑われる。


「大橋さんは、いつでもビールっスよね。クリスマスには、シャンパンじゃねーんスか?」

 サラダを半分食べ終わったアツヤ君が、箸をからんと置いて言った。おなかをさすって、すっかり満腹って感じだ。

「シャンメリー? 買って来ようか?」

 からかうように言うと、ムッとしたように顔をしかめられる。

「んなこと言ってたら、後で泣きを見ますよ」

 って。

 背伸びした脅し文句が愛おしい。


 くすくす笑ってると、ぐいっと肩を抱かれて、キスされた。

 唇の隙間から侵入してきた肉厚の舌が、無遠慮に口の中を舐め回る。反射的に「んっ」と喘ぐと、重なった彼の唇が笑みを刻んだ。

「ビール苦ぇ」

 大人のキスの後で子供みたいなことを言う、アンバランスさに惹かれる。

「じゃあ、アツヤ君が20歳になったら、シャンパンにしようか」

 半ば本気で提案すると、「覚えてなさそう」って笑われた。

 でも、こんな風に自然に先のことを約束できるのって、半年前には想像もできなかったんだけど。気付いてる?


 ゆっくりビールを飲み干してると、アツヤ君がむくっと立ち上がった。

 何するのかと思ったら、食べ終わった空き箱をテキパキと片付け始めて、すごく意外で目を見張る。

 飲み終わったビールの空き缶も、「終わりっスか?」って訊かれて奪われた。

 さすがに食器をを洗ってはくれなかったけど、サラダボウルと箸だけだし。流しに持ってって、ざっと水に浸けてくれてて、それだけでも珍しかった。


 こたつの上を片付けて、勉強でもするのかな?

 それとも、クリスマスケーキにロウソク点ける?

 ほろ酔い気分でぼうっとしながら待ってると、「大橋さん」ってちょっと真面目な声で呼ばれた。

 えっ、と目を上げると、目の前にざっくりとラッピングされた小さな包みが差し出される。

「プレゼント」

 ちょっと照れた顔でぶっきらぼうに言われて、じわーっと胸が熱くなった。


「あ、りがとう。……何?」

「食器」

 促されて包装を開けると、無垢の木彫りのスプーンが2つ入ってた。


 スクールで作ったんだって言われて、「ウソ……」って思わず口元を覆う。

「ペアの食器、好きでしょ?」

 照れ隠しみたいに言ってるけど、うちにペアの湯飲みが届いたのは、スクールに入ってからじゃないか。

 手彫りだからかビミョーに形が違ってて、少しいびつだけど丁寧に磨かれてるのが分かる。嬉しい。ズルい。


 何か言おうと顔を上げると、抱き寄せられてキスされた。キスの合間に服の下から手を差し込まれ、びくっと体が敏感に跳ねる。

「顔、真っ赤」

 ふっと笑みを刻む、整った顔。

 ホントに18なの? って訊きたくなるくらい、その態度は余裕で。でも、そうさせてしまったのはオレだから、文句の言いようがなかった。

 顔が熱くなるのを自覚しながら、目が逸らせなくて見つめ合う。


「今夜も、泣く程善くしてあげるから、大橋さん」

 オレの唇にちゅっとキスして、アツヤ君が言った。

「ずっと一緒にいてもいーよな?」


 そんなセリフは、もうヒモっぽいとは思えなくて。

「勿論だよ」

 オレは笑って、年下の恋人に両手を伸ばした。


   (終)

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