第37話        2

――好きなの注文していいよ。オレは、照り焼きチキンのMサイズ。今、駅に着いたから、すぐ帰る――

 ホームに降りてから返信し、足早に改札を出た。

 ホントはメニューを見たかったけど、どこのピザ屋か分かんないし、立ち止まって検索するのもちょっと違うし、オレも空腹だから早く注文して欲しい。

 照り焼きチキンなら、どこのピザ屋にもあると思う。

 お金は? って、ちょっと思ったけど、今からオーダーするならきっと余裕で間に合うだろう。

 コンビニでビールとコーラだけを買って、オレは小走りで家に向かった。


 こんな風に、アツヤ君から連絡を貰えるのは嬉しい。

 自分でピザを頼もうって思ってくれたのも、いい進歩だ。

 今までは何となく受け身っていうか……オレが用意するまで待ってる感じで。ペットにエサをあげるように、お世話しなきゃいけなかった。

 やっぱり、ケータイの有無って大きいんだなぁ。

 オレんちの住所も、覚えてくれた?

 たかが宅配ピザ1つで喜んじゃうオレって、アツヤ君が言うように、お手軽なのかも知れない。

 でもオレは、こういう日常の1つ1つが、家族みたいで楽しかった。


 アパートの前で窓を見上げた時、部屋に明かりが点いてるのも嬉しい。

 アツヤ君がいない間はずっと暗くて、不在を確認してるような気がして、こうして見上げるのもイヤだった。

 ドアを開けると、部屋も明るいし暖かい。

「ただいまー」

 声を掛けると、返ってくる言葉はやっぱ素っ気ないけど、「お帰り」って言って貰えるだけで満足だ。


「ピザ、頼んだ?」

 靴を脱ぎ、コートを脱ぎながら部屋の中を覗き込む。

「んな早く来る訳ねーから」

 呆れたように、ふっと鼻で笑って言うの、相変わらず生意気だ。しかも予想通り、こたつに入ったまま出迎えてもくれなかった。


 ビールの入ったコンビニ袋をダイニングテーブルに置こうとしたら、でーんとケーキの箱が置いてあった。

「あれ? ケーキ、どうしたの?」

 緑ベースに赤白の模様の、いかにもクリスマスケーキって箱だ。

 そりゃあ、今日はイブだけど……スイートハニー何とか(つまりオレ)じゃなくて、普通にケーキが食べたかったんだろうか? いや、勿論異論はないけども。

「買ったの?」

 訊きながらコートをハンガーに掛けてると、「んな訳ねーでしょ」って言われた。

「花ノ木先生に押し付けられたんスよ。補習の帰りに」


「えっ、花ノ木?」

 意外な名前にちょっとビックリしたけど、でも考えてみれば花ノ木は、昔からそういう面倒見のいいとこがあった。

 アツヤ君の特殊な事情も知ってるから、気にかけてくれてるんだろう。

 後見人になる手続きとかも、ホントに色々手伝ってくれた。今こうしてアツヤ君と一緒にいられるのも、花ノ木のお陰だ。

「じゃあお礼言っとこう」

 けど、連絡しようとケータイを取り出した時、玄関の呼び鈴がピンポーンと鳴った。


「えっ、ピザ?」

 ケータイと玄関とを一瞬見比べ、ケータイを持ったまま玄関に向かう。

「大橋さん、財布は?」

「あっ、そうだ」

 後ろから指摘されて、慌てて財布を取りに戻ると、「何やってんスか」って笑われた。

「落ち着いてくださいよ」

 なんてセリフを口にするの、ホント生意気。ケータイだって支払いできなくもないんだし、間違いじゃないかも知れないじゃん。


 じわっと顔が熱くなるのを自覚したけど、言い訳を口にする気にはなれなかった。

「座ってないで、手伝って」

 八つ当たり半分、ぐいっとケータイを押し付けると、アツヤ君はそれをこたつの上に置いて、笑いながら立ち上がった。

「人使い荒いっスね」

 って。どの口が言うんだろう?

 先に玄関に向かったアツヤ君が、「大橋さん」って財布を呼ぶ。


「照り焼きチキンMサイズと、ミートスペシャルLサイズ、クリスマスセットで、6850円になります」

「1万円からでいいですか?」

 オレが支払いしてる内に、アツヤ君はさっさと大小の箱を受け取って、こたつの方に戻ってく。相変わらずマイペースで、猫みたいに自由だ。

「いただきます!」

 パン、と手を合わせて、アツヤ君が言うのが聞こえた。オレが戻ってくるまで待とうかな、とか、いつ思うようになるんだろう? それとも、わざとか?


 部屋に戻ると、こたつの上にはLMのピザとフライドポテト、フライドチキンが並んでた。

 箱が多いと思ったら、クリスマスセットかぁ。スゴイ量だなと思うけど、でもよく考えたらオレも、高校時代はいっぱい食べてたかも知れない。

「野菜食べた方がいいよ。サラダとか」

 ふと思いついて冷蔵庫に向かうと、見計らったみたいに「お茶」って言われた。


「自分で取りに来れば?」

「食べてんスよ」

 口答えするのも、相変わらず生意気だ。苦笑しつつ、ダイニングテーブルに置きっぱなしだったレジ袋から、コーラのペットボトルを取り出す。

「アツヤ君」

 呼び掛けてペットボトルを軽く放ると、彼はそれを器用に片手で受け取って。


「お茶じゃねーから、これ」

 おかしそうに「ははっ」と笑った。

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