第36話 ふたり暮らし 1
クリスマスだろうとクリスマスイブだろうと、年末の平日っていったら忙しいことに変わりない。
オレは事務方だから、営業と違って数字のために駆けずり回ることはないけど、そのバックアップに引きずり回されることはある。忙しさにかまけて忘れてた――とかいう書類の処理を、「年内に何とか」って持って来られることもある。
「それウソだよね?」ってツッコミが、喉まで出かかったことも1度や2度じゃなかった。
社外秘の書類の扱いが多くて、家には持って帰れないし。終業時間を過ぎても帰れるメドは立たなくて、じりじり焦りながらも仕事をこなす。そういう毎日が続いてた。
唯一気が楽なのは、同居人がようやくケータイを受け入れてくれた事だ。
「鎖つけられるみてーで、好きじゃねーんスよ」
夏にそう言ってたアツヤ君を、なんとかなだめてケータイショップに連れて行ったのは、10日ほど前のことだった。
オレと同じキャリアで、明細も一緒にして、ファミリー割引もつけた。
WiFi登録させて、メッセージアプリも入れたから、これで連絡し放題だ。後見人として、もう堂々とできるんだなぁと思うと、それだけで嬉しかった。
「こんなことで喜んじゃって、カワイーっスね、大橋さん」
ふふんと鼻で笑うアツヤ君は、相変わらず生意気だったけど、面倒がらずにちゃんと持ち歩いてくれてるようだ。
18歳になると同時に、ヒモから同居人になった彼は、元の高校に復学した。
高認試験に受かったことで、免除される科目もあるらしいけど、一応真面目に授業に出てる。
大学受験だって、ホント年明けすぐだもんね。
もしかしたら、担任の花ノ木への義理みたいなのもあるのかも? 今週から冬休みに入った筈だけど、一応補習も受けてるって。
ご飯代にって千円渡すと、アツヤ君は黙ってそれを受け取る。
この前、万札渡したら「自販機に困る」って嫌な顔されたから、千円のままでいいみたい。千円ずつを毎日ってより、毎月3万あげるから、やり繰りを覚えてくれてもいいんだよ?
足りないとは言われないから、多分大丈夫なんだと思うけど……なんかそういうとこ、ヒモだった時と同じで、複雑だ。
生活面でもほぼ変わりない。
仕事から帰ると、大体アツヤ君はこたつで勉強してるか横になってるかのどっちかだ。あのマネキンとホント一緒じゃん。ディスプレイの写真、撮っておけばよかった。
ご飯の時だって、「大橋さん、水」とか、「大橋さん、お代わり」とか、相変わらずオレに頼むだけで、自分から滅多に動かない。
っていうか、こたつに貼り付いちゃって、ますます腰が重くなったのは誤算だった。
前はたまに、自分ののついでにオレのお皿運んでくれることもあったのに。今はたとえお腹すいても、オレが運んでくるのをじーっと待ってて、動きやしない。
「待て」ができるようになったってことなんだろうか?
アツヤ君はもうヒモじゃないし、ペットでもないけど、こたつから動かないのって大きな猫みたい。マネキンよりは猫の方がマシだって思うべき?
こたつって、いかにも家族って感じがしていいなーと思ったんだけど、ちょっと失敗だったかな?
仕事に取り敢えずメドをつけて、パソコンを閉じるともう9時を回ってた。
ぐっと伸びをして立ち上がり、帰り支度する。コートに袖を通すと、同じく仕事を終わらせたらしい、後輩が声を掛けて来た。
「主任、イブなのにお疲れ様です」
「そっちこそ。カノジョとか、大丈夫?」
後輩は照れたように「そんなのいませんよー」って言ってたけど、ホントかどうかは分かんない。
でも、「メシどうですか」とか誘って来ない辺り、きっと約束があるんだろう。
互いに少し早足で廊下を抜け、エレベーターに乗ってビルを出る。駅まで一緒に歩きながら、ちょっとだけ猫の話をした。
「こたつ買ったら、ちっとも動かないんだ」
愚痴ったつもりだったけど、ちっとも愚痴になってなかったみたい。
「よかったですねぇ」
って、しみじみ言われて、ちょっと照れた。
そういえば会社のみんなには、「猫」のことで落ち込んでる姿、見せてちゃってたっけ。
実際にうちにいるのは猫じゃなくて人間で、もうペットでもヒモでもなかったけど――あまり言いふらす事でもないから、猫のままで通してた。
「猫はいいですよねー、癒されますよね」
「まあ、そうだね」
生意気だし、可愛くないし、猫みたいに小さくもないけど、確かに今の暮らしは悪くなかった。
駅で後輩と別れた後、アツヤ君にメッセージを送った。
――遅くなってごめん。今から電車。もうご飯、食べた?――
彼からの返信は、まず無い。
スタンプくらいくれてもいいのに、既読スルーだ。むしろ、ちょっとウザがられてるかも?
「いちいち連絡くんなくてもいーっスよ、ガキじゃねーんだから」
って3回目に、ふてくされたように言われた。
でも、どうしてもあの――初めて帰りが遅くなった日のことが忘れられない。
それにアツヤ君の実家で、冷たいリビングで。明かりも点けず、ヒザを抱えて震えてた姿も、かなり衝撃的だった。
あれからまだ、たったの2週間だし。オレの勝手な自己満足かも知れないけど、既読つけるだけでいいから、安心させて欲しかった。
ギュウギュウ詰めの電車に乗り込み、揺られてる最中、コートの内ポケットでケータイが軽く震えた。
ドキッとしたけど、さすがに満員電車の中じゃ、手を動かすのもどうかと思って、駅に着くまで我慢する。
一瞬、仕事の呼び出しだったらどうしようと思ったけど、幸いにも違った。
――メシ、まだ。ピザ頼んでいい?――
初めての彼からのメッセージに、一瞬で胸の奥が温かくなった。
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