第34話           7★(暴力描写あり)

 玄関の向こうで争う声を聞いた時、1人は花ノ木だって分かったけど、もう1人は誰か分かんなかった。

 冷静に考えれば、アツヤ君が1人でいるのはおかしいって分かる筈なんだけど。まさか、家の中にまで入って来られるとは思ってなくて、ギョッとした。

「誰だ、お前ら!? 人んちに図々しく上がり込んで、何の用だ!?」

 そんな怒鳴り声と共に、暗い廊下からズンズン近付いて来る足音。


 えっ、と思うと同時に、ソファにうずくまってたアツヤ君が立ち上がる。オレを庇うように前に立った彼の顔は、左側がひどく腫れてて息を呑んだ。

 頑なに顔を隠してたのって、これを見せたくなかったからか?

「それ……っ」

 言葉を詰まらせるオレの耳に、もっと大きな怒鳴り声が響く。

「おい!」

 声の方を振り向くと、部屋の入口に立ってたのは、大柄な中年男性。

 身長は180cm半ば、背も高いけど、何より横幅が大きくて迫力があった。格闘技系のアスリートみたいな、威圧感があってかなりコワイ。


 アツヤ君は、オレが着せかけたスーツの上着をするっと脱いで、後ろ手にオレに返した。その手がかすかに震えてて、頬の腫れの原因を悟る。

 この人に殴られた? 誰? 例の親戚の人?

 訊きたいことはいっぱいあるのに声が出ない。

「お前! 住居不法侵入だぞ!」

 親戚のその人が太い腕を上げて、オレをまっすぐに指差した。

「すみません」

 思わず謝ると、オレを庇うように立ったまま、アツヤ君が声を張り上げた。


「この人は悪くねぇ、ここはオレんちでしょ。オレの大事な人が、オレんちに、オレを心配して来てくれたんだ。何も問題ねぇでしょう!?」


「うるせぇ、口応えすんな!」

 太い大きな手のひらが、ぶんっとアツヤ君に振り上げられる。

 ひっ、と息を呑むオレの前で、アツヤ君は仁王立ちしたまま動かなかった。少しも怯まず、相手を見返してる。

 1回殴られたに違いないのに、この精神力はどうだろう。強い。まだ高校生なのに、もう立派に男だ。切なくて愛おしくて、眩しくてたまらない。

 でもオレだって、オトナだし。守られてばかりじゃない。


「その手を、どうするつもりですか? 降ろしてください」

 オレはゆっくり、ハッキリ聞こえるように、その人に向けて言った。

「関係ねーヤツは引っ込んでろ!」

 また大声で怒鳴られたけど、ここで引き下がっちゃダメだと思った。簡単に手を上げるような人に、アツヤ君を任せていられない。


「関係なくはありません」

 アツヤ君の肩をそっと掴み、オレは彼の前に出た。さっきアツヤ君にされたように、立ちふさがって背中に庇う。

 オレの背中は小っちゃくて、全部を守ることはできないかも知れない。でも、できるだけのことはしたいと思う。そりゃ、どんな関係かって訊かれたら困るけど。

「オレは、アツヤ君の味方だ」

 キッパリと宣言すると、アツヤ君の親戚は、ちっ、と舌打ちして顔をしかめた。


「こんな生意気なBratに味方がいたとは驚きだな。さてはコイツの素行不良は全部てめーの影響か? こっちはな、こんな名前も知らねぇ、会ったこともねぇようなBratの後見なんか、はなからやりたくなかったんだよ! No way! I'm the rule!」


 早口で怒鳴られた後、胸元をネクタイごとぐいっと掴み上げられる。

 オレと彼との身長差は10センチ以上あって、間近に迫られると凄い威圧感だった。

 アツヤ君はひどく整った顔してるのに、この人はちっとも似てない。親のイトコって、やっぱり遠いんだなぁと思った。

「やめてください! その人に手ぇ上げんな!」

 アツヤ君が大声で叫びながら、オレを掴み上げる腕に縋った。けど直後、「うるせぇ!」って、もう片方の腕でなぎ倒される。

 ドサッと壁にぶつかった後、床に倒れ込むアツヤ君。

「アツヤ君!」

 駆け寄りたかったけど、強く掴まれたままで身動きもできない。


「面倒かけてるくせに、礼もなしか!」

 親戚の人が喚くのを、もがきながら聞かされる。

「後見人っていうのが大変で、面倒なのは分かります。でも、だからって暴力の理由にはならない」

 胸倉を掴む手を、上から更にぎゅっと掴むと、「黙れ!」って怒鳴られて、突き飛ばされた。どさっと床に尻もちをつきながら、目の前の大男をじっと見上げる。


 怖さより、疑問の方が強かった。なんでこんなことするんだろう、って。

 アツヤ君が思い通りにならないから? それとも、ホントに面倒だから? だったらその面倒、全部オレが引き受けたっていいのに。

 そう思った時――ピピッ、カシャ。写真を撮る音がかすかに聞こえた。

 ハッと目を向けると、いつの間にか花ノ木が入り口に立ってて、ケータイをこっちにかざしてる。

 床に座り込んでるオレと、真っ赤な顔してる親戚の人と、床に倒れ込んだアツヤ君の写真を、花ノ木は連続でパシャパシャと撮って。その画面を、ぐいっと親戚の人の目の前に向けた。

「以前にもお会いしましたね、敦也君の担任の、花ノ木です。あなたのおっしゃることに非はないのでしょうが、担任として、わたしは生徒の味方です」


 担任、っていう立場のお陰だろうか。アツヤ君の親戚は、ちっ、と舌打ちをしたものの、それ以上怒鳴りつけたりはしなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る