第31話 4
2日間の試験が無事終わった日曜の夜、アツヤ君からまた電話があった。
『手ごたえはまあまあっスね』
って。
そしてまた、『会いてぇ』って言われた。
今までずーっと、何て言うか生意気ばっかりで、むしろ素っ気ないくらいだったのに。電話越しとはいえ、そんな風にデレられるとドギマギする。
電話で良かったと思った。
きっと電話じゃなかったら……顔真っ赤っスよ、とか、そんな風にからかわれて、襲われて、なし崩しにされちゃってたと思う。
でも今は顔も見えないから、見透かしたように『ふーん』と笑われたりはしない。
「会いに行こうか?」
思い切って提案したものの、あっさりと拒否された。
『いや、別にいーっス』
正直ちょっとガッカリしたけど、でもあのスクールの環境じゃ、無理ないのかも知れない。
受付で呼び出しして貰わなきゃいけないし。面会する部屋だって談話室みたいなとこで、カギもなかった。誰か途中で入って来ないとも限らないから、落ち着いて話せないのは確かだ。
校門の外には、やっぱり簡単には出られないらしい。今回の試験も、スクールの人が同伴だったようだ。
監視といっても、試験中まで見張られてた訳じゃないし、あくまで「付き添い」っていう名目らしいけど。でも送り迎えと、あとお昼休みは一緒だったって。
『ホントは昼に、電話できりゃよかったんスけど、1人になれなかったんで』
そう言って、アツヤ君は疲れたようにため息をついた。
「お疲れ様」
ずーっと他人と一緒っていうのもしんどいし、朝9時半から夕方5時半までって、試験時間も長いよね。全科目受ける訳じゃなくても、拘束時間としては長い。
「無理しないで。電話は嬉しいけど、今日は早く寝た方がいいよ。またオレからも、電話するし」
でもアツヤ君は、やっぱり呼び出し電話がイヤみたい。『いや、電話はいーっス』って即答された。そのキッパリ具合がおかしくて、ふふっと笑う。
でも、こうも言ってくれたんだ。
『また声聞きたくなったら、電話してもいーっスか?』
って。
勿論「いいよ!」って即答した。
自分でもすごく舞い上がってたと思う。
そもそもその前々日、突然電話をかけて来てくれた事自体、オレに取ってはビックリするくらいの出来事だった。浮かれてるなって自分でも分かったけど、こればっかりはどうしようもない。
合格発表は、1か月後。12月の最初の週末だ。結果は受験者に郵送で送られて来るそうで、それ以外での発表はないらしい。
アツヤ君からの連絡を待つしかないんだろうか。もしダメでも連絡くれる?
1科目でも合格ラインに達してれば、その科目だけの合格通知も貰えるんだとか。今まで縁のなかった試験だから、付け焼刃の知識しかなくて、詳しいことはよく分かんない。
高認試験に受かったからと言って、すぐにこっちに戻れるって訳じゃないかも知れないけど……年末までには会えるだろうか?
アツヤ君、年末年始はどうするんだろう? さすがに寮が閉鎖されたり、強制的に帰宅させられたりはないと思うけど。逆に、外泊を特別に許されたりはしないんだろうか?
海外に住んでるっていう親戚の人は、日本に帰国しないのか?
改めて考えると、知らないことが多いなぁと思う。
オレの方からあまり根掘り葉掘りは訊けないけど、訊かなきゃ教えてくれそうにない。
以前みたいに、「関係ねーでしょ」って突き放されるのを恐れてる訳じゃないんだけど、かといって積極的にぐいぐい聞き出す勇気もなかった。
話して貰えないと、力にもなれない。
11月の間に、アツヤ君からはもう1回電話を貰った。
「年末年始、どうするの?」
ふと思いついて聞いてみたけど、分かんないって言われた。
『んな先のことまで分かんねーっスよ』
「ええー、もうすぐだよ?」
社会人と高校生じゃ、時間の感じ方が違うのかなって思ったけど、それより試験の結果が出るまで、何も分かんないのかも知れない。
クリスマスに何かプレゼントしたいけど、どうなんだろう? 初詣は? お年玉は?
「寒くなったけど、衣替え大丈夫? 着替えあるの?」
ふと気になって尋ねると、その辺はまあ大丈夫なようだ。入所するときに、秋冬物の着替えも全部、揃えて持ち込みしたらしい。
「でも去年のって、小さくなってない?」
『いや、ほとんど寮ん中にいるし、不都合ねーっス』
そんな風にキッパリと断られると、「そうかー……」としか言いようがなかった。
確かに、普通に高校行くのとは違って、外に出ることもないし。着替えもそんなに必要ないのかも?
どういう状況で勉強してるのか、前に面会に行った時、ちゃんと見学しておけばよかった。
あの時は色々あって舞い上がっちゃってて、内部の様子なんか、しっかり見学できる気分じゃなかった。
確か面会行った時は、Tシャツ姿だったと思うけど。ちょっと寒くなってからは、ほとんどジャージを着てるらしい。洗濯するのも楽でいいんだって。
そう言えばずっと、オレの貸した服ばっか着てたなぁって思い出す。
顔だって格好いいし、スタイルもいいし。オシャレしたら、もっと格好良くなりそうなのに、勿体ない。
でもそうしたら、モテモテの人気者になっちゃうかも。
格好いい彼を自慢したいと思う反面、あまり目立たないで欲しいなとも思う。両思いだって分かっただけで、こんなに独占欲が湧いて来るなんて、自分でも想像できなかった。
生意気で皮肉っぽくて可愛げがなくて、でも一足飛びに大人になろうとしてる、17歳の少年。そんなアツヤ君が好きだ。
『アンタの男になりてーんだ』
『オレを信じて待っててください』
『絶対戻るから……』
面会に行ったあの日の言葉を、ずっと大事に思ってた。浮かれてる自覚はあったけど、忘れることなんてできなかった。
だから、諦めるつもりもなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます