第30話 3
試験の具体的なスケジュールはよく知らないけど、午前9時半開始らしいってのは聞いた。高校で取った単位の分は免除されるっていうから、きっと全科目は受けないんだろうと思う。
数学の過去問をちょっとネットで探してみたけど、公式も解き方もすっかり忘れてて、意味が分かんなかった。
現役高校生なら簡単なのかな? 夏の終わりからの自主学習で、大丈夫なんだろうか? オレが気にしたって仕方ないのに、自分のことみたいに緊張する。
後10分で始まる……とか、1科目終わった……とか、時計ばっか気になって落ち着かない。
試験は夕方の5時半まであるらしいのに、これじゃ1日中こんな調子だ。さすがにそれはダメだと思って、気晴らしに買い物に出ることにした。
買い物っていっても、行くのはいつも通り、近所の大型スーパーだ。
ぶらぶらと2階に上がると、売り場はもう冬服だらけで、そろそろコートの季節だなぁと思う。
アツヤ君は……衣替え、どうしたんだろう?
そう言えばオレ、夏服しか買ってあげてないけど。ちゃんとホントの自分の家から、着替え持ってってるのかな?
成長期だろ? 去年のだと小さくない?
気が付くと、彼に似合いそうな服ばっか探してて、我ながら恥ずかしい。
夏服を買ってあげた時は、素っ気なくされてグサッときたけど、さり気に着てくれてたの見て、妙に照れたの覚えてる。
あの時は、確か花ノ木との関係を知った後で――。
と、そう思った時。
「おう、大橋」
当の花ノ木に声をかけられて、ドキッとした。
今ではこの旧友にも、オレとアツヤ君との関係を知られてる。
いや勿論、肉体関係があったとか、そういうのまでは言ってないし、言えっこないんだけど……うちに住まわせて、一緒に数ヶ月過ごしたんだとは、言ってあった。
「ひ、さしぶり」
ドモッてしまいつつ、さり気に売り場に背を向ける。
ヤングカジュアルの売り場なんかで一体誰の服を見てたかとか、バレバレなんじゃないだろうか。かなり気まずい。
でも花ノ木は特に何も言わず、「あー、冬だなぁ」って眉を下げて笑った。
昼食には早いけど、こんなフロアの真ん中で立ち話も迷惑だから、同じ階にある喫茶店に入ることにした。前に一緒に入ったうどん屋の隣だ。
「よく会うよなぁ。大橋が住んでんの、この近くだっけ? って、あれ。この会話、前にもしたか?」
「どうだったかな?」
曖昧に答えながら、曖昧に笑う。
よく会うって、まだ3回目だけど。でも確かに、他の知り合いとは遭遇したこともないんだから、「よく会う」でいいのかも。
「瀬田ともここ、来てたのか?」
ズバッと訊かれてドキッとしたけど、平静を装ってお絞りを手に取る。
「いやー、買い物とか、一緒にしたことなかったよ」
そう言うと、花ノ木は「まあ、そうだよな」って納得したようにうなずいた。
「オレも高校の時、家族と買い物なんか行ってねーわ」
「はは、だよねー」
家族って言葉にドキッとしたけど、動揺は隠せただろうか?
オレの勝手な錯覚かも知れないけど、アツヤ君とのこと、認めて貰えたような気がして嬉しかった。
「瀬田と言えば、今日だっけ、高認試験?」
「うん」
昨日電話を貰ったこと、知らせるべきか一瞬迷った。でも言い出す前に、花ノ木がしみじみと言った。
「現役で受けるヤツも皆無じゃねーけど、難しいよな」
落とすための試験じゃなくて、合格させるための試験だ――っていうけど、その割に合格率は高くない。
実際、数学の過去問は結構難しかった。アツヤ君には悪いけど、やっぱり1回や2回じゃ通らないかもって、ちょっとだけ思ってる。
でも頑張るって言ってくれたから、その気持ちを信じたい。
車で来てるらしい花ノ木は、「何かデカい買い物ある時は呼べよ」って言って、去ってった。
デカい買い物って、何だろう? ベッドはあるし。机とか? 本棚? 冷蔵庫? 生憎どれも買う予定ない。というか、大型の家具や家電って、後日配達じゃないのかな?
そんなことを考えながら、再び売り場を徘徊してると、ふと電気ごたつが目についた。
そうか、こたつも季節商品なのか。
うちは狭いし、今までエアコンで十分だったけど。こたつって、「家族」って感じがして憧れある。
誘われるようにふらふら近付くと、以前は浴衣を着て立ってたマネキンが、こたつにごろんと横になってて、笑えた。
アツヤ君もそうやって、TVの前で寝転がってたっけ。
もしかしてこたつなんか買うと、このマネキンみたいになっちゃうんだろうか? それはちょっと邪魔かも。でも、そういうのが幸せの風景な気もして、複雑だ。
今は家族用のだけじゃなくて、独身者用の小さいこたつも売ってるようだ。
60センチ四方のなんて小さくて可愛いけど、さすがにそれだと寝転がったりできそうにない。じゃあ、やっぱり1メートルは欲しいかな?
部屋の中、もっと狭くなりそう。
アツヤ君が帰るまでに買って、驚かせたいような気もするけど、次こそ一緒にここに来て、相談できればいいと思う。
もうヒモじゃないし、ペットじゃないんだから。オレの理想を一方的に押しつけるのも、よくないような気がした。
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