第18話 5☆
「ご飯、食べた?」
旅行バッグを降ろしながら訊くと、「まだっス」って、アツヤ君がシャーペンを置いた。
ざっと勉強道具を片付けてくれたから、いつものようにTV前のローテーブルに弁当を広げる。
「いただきます!」
ぱん、と手を合わせてから食べる様子は相変わらずで、いつもの彼だなぁと思った。
黙々と食べ、黙々とお茶を飲んでるのも、相変わらずだ。別に、にこやかに会食したいとか、今更思ってはないけど物足りない。
「どうだった? 留守のあいだ」
そんな問いにも「別に」って素っ気なく返されて、それ以上の会話はできなかった。
何だか機嫌悪い? いや、いつもこんな感じだったかも?
発泡酒を飲もうかなって気分でもなくて、先にお風呂を入れようと立ち上がる。
風呂の準備なんて、このヒモ少年がやってくれてる訳もない。疲れてるけど、まずは風呂掃除からだ。
じゃあついでに汚れ物を洗濯機に……と旅行バッグを開けて、お土産のことを思い出した。
「これ、お土産」
水族館の細長い紙包みを押しやると、アツヤ君はしばらく黙った後、何も言わずに包装を開けた。
そこに入ってるのは、銀のイルカの飾りのついた、紺色のシャーペンだ。
「……シャーペンなんて、100円ので十分っスよ。つか、どっちかっつーと芯の方が嬉しーんスけど」
そんなことを言いながら、シャーペンの頭をカチッと押すアツヤ君。試し書き用の芯が入ってるのを確かめて、それをテーブルにことんと置く。
可愛げのない言い方は予想通りだったから、別にがっかりはしなかった。むしろ、ちょっと照れ臭そうにしてるのが分かって、ふふっと笑える。
「芯、明日買って来るよ」
「ちゃんとHB買って来てくださいよ? Bとか2Bとか、赤芯とか、買わねーように」
「分かってるよ」
オレがお使いもできないみたいなこと言うの、ホント、相変わらず生意気だ。
でも、「いらない」とか「使えない」とか言われなくて、それだけでオレとしては満足だった。
気をよくして、もう1個のお土産も見せてみた。
「肉も買ったよ」
そう言って、イノシシ肉の真空パックをどーんとテーブルの上に置くと、アツヤ君はそれを見て、「はっ」と笑った。
「ちゃんと料理できるんスか?」
半笑いで不審そうに訊いてくるの、失礼な話だ。
確かにイノシシ肉は料理したことないけど、ネットで調べれば、レシピくらい検索できる。
「まあ、食えりゃなんでもいーっスけど」
全く手伝いもしないでそんな生意気なコト言う、ヒモ少年に「うまい」って言わせたい。
「大体、なんで伊豆半島行って肉なんスか?」
アツヤ君は皮肉っぽく言いながら、また勉強の続きを始めるみたい。テーブルの上にノートとテキストを広げた。
「海と魚は見るだけだった。相模湾、と、えっと……」
「駿河湾」
一瞬迷ったセリフを横から言われて、ドキッとする。
ちゃんとオレの話、聞いてくれてるんだなって。当たり前だけど、今まで「あー」とか「へー」とか生返事が多かったから、意外だった。
意表を突かれてじわっと顔を赤くしてると、アツヤ君がちらっとこっちを見た。
「なに真っ赤になってんスか?」
からかうように言われると、ますます顔が熱くなって、オレは誤魔化すように立ち上がった。
「お風呂、入れてくる」
アツヤ君は見透かすように「ふっ」って笑ってたけど、きっとオレの赤面の理由には、気付いてないんだろう。
「日本一深い湾っスよ」
追いかけるように言われて、「何が?」って振り向いたら、呆れたような顔された。
そういうことがあったから、もう1つのお土産のことを伝えるの忘れてた。
浴槽を洗ってる途中で、湯呑のことを思い出したけど、まあいいか、と思い直す。伝えるタイミングを逃すと、手元にないだけに難しい。
個人的には、これがメインだなって思ってたくせに。頑張って作ったし、追加料金も払ったのに、すっかり頭から抜けてた。かといって、今から言うのも何だか、まだお土産ネタ引きずるのかって思われそうで躊躇する。
届くの1ヶ月半も先だし。
まあ、先に知らせるより、届いてからビックリさせた方が楽しいだろう。
あれを見せたら、アツヤ君はどんな反応するだろう?
「ああ、あの時の」
って、旅行のことを思い出す?
「スゲー時間差ですね」
って笑うかな?
それとも皮肉っぽく唇を歪めて、「伊豆って書いてねーじゃん」ってツッコミ入れて来るだろうか?
どんなセリフでも態度でも、全部楽しめそうだと思うのは、都合のいい妄想かも知れない。受け取ってくれない可能性なんて、全く考え付かなかった。
お風呂の後は、いつも通り求められた。
食べ終わったコンビニ弁当の容器を、流しで軽く水洗いしてる途中、後ろからいきなり抱き竦められた。
ねっとりとうなじを舐められて、ハッと息を呑み、手が止まる。
「ちょっ……洗い物の途中だよ」
赤面しながらたしなめたけど、「ゴミでしょ」って言われただけだった。
火を使ってる時と違って、「濡れるから」って言っても説得力がない。
「じゃあ、濡れたら困るから脱がねーと」
そう言ってアツヤ君は、オレのシャツの裾から手を差し入れて、遠慮なく肌を撫で回した。
蛇口のレバーが、背中越しに押されて水を止められる。
「1泊2日、イイ子にして待ってたんスけど」
甘く低い声が、耳元に響く。
でも、この場で強引に致すなんてことは、彼はしなくて。
「いーでしょ?」
オレの手を軽く引いて、ベッドの方に促した。
振り払って、「後で」って叱ることもできたのに、オレはそうできなくて――。
ふっ、と小さく笑われるのを耳にしながら、手を引かれるまま従った。
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