第17話         4

 じりじりしながらどうにか日程を終えた社員旅行の終わり、帰りは東京駅まで新幹線に乗った。

 新幹線といっても、各停のこだまだ。シートに座った瞬間、ようやく帰れるってホッとしたものの、やっぱりどうしてものぞみよりは遅い。後何駅かなって、停車するたびに気になった。

 あんまりキョロキョロと窓の外を眺めてたからか、隣に座ってた後輩に笑われた。

「主任、修学旅行の中学生みたいですよ」


「ちゅ……えっ、高校生じゃなくて?」

「高校生は、もうちょっと落ち着いてますよー」

 そう言われると、地味にショックだ。どっしり落ち着きを見せた大人になりたいのに、中学生並みだなんて。

 でも確かにアツヤ君のコト考えると、今のオレよりは大人びてるのかも。

 落ち着いてるっていうよりは、やっぱり生意気だなって思うけど。その高校生のことが気になって、新幹線にどっしりと座ってられないオレは、笑われても仕方ないのかも知れない。


「ようやく帰れますねぇ」

 後輩のセリフに、「ホントだね」って同意する。

「主任、2日目は気もそぞろでしたもんね」

「そ、そう?」

 ズバッと指摘されると焦るけど、自分でもそう言われるだけの自覚ある。せっかくの水族館も、時計ばかり気にしてた。

 いざこうして新幹線に乗ってみれば、もうちょっと落ち着いて観光すればよかったと思わなくもない。けど、そんな気分になれなかったんだから、仕方ない。

 水族館には、昼食を含めて3時間くらいいたんだけど、イルカのショーを見て、遊覧船に乗って、お土産を買った以外の記憶がない。


 水族館のお土産コーナーは、食べ物よりもグッズの方が多かったと思う。

 ペンギンのスノードームとか、セイウチのぬいぐるみ、クラゲの立体パズルとか……大して欲しくはないんだけど、見てるといいなぁって思えてくる。

 ロゴ入りのスタッフTシャツみたいなのもあった。

 マリンブルー地に白抜きの印刷で、デザイン的には結構オシャレだと思うけど、ロゴ入りだとモロに土産物って感じだし。アツヤ君が着てくれるかはちょっと疑問で、迷ったけど買わなかった。

 服よりも、文房具の方がいいのかな、とか。湯呑の他にも、何かもう1つ買いたくて、あちこちの棚を見て回った。

 お土産にかこつけて、何かプレゼントしたいだけかも?

 筆記用具を買いたいとか、そういう相談なんてされたことはなかったけど。文房具なら、邪魔になるモノでもないし、使ってくれると思いたい。


 ノート? メモ帳? ボールペン? そう思って探してると、小さな銀のイルカのチャームのついた、シンプルなシャーペンを見付けた。

 ちょっと重めだけど、安物って感じでもないし。あまりイルカも大きくなくて、男子が持ってても違和感はなさそうだった。

 紺と水色のどっちを買おうかと迷ってたら、ちょうど棚の向こう側で、「お揃いで買おうよ」って声が聞こえてきた。

 ちらっと目を向けると、高校生くらいの女の子が2人、仲よさそうに喋ってる。

 その子たちが持ってるのは、シャーペンとは全く違う品だったけど――「お揃い」っていう言葉が、耳に残った。



 東京駅に着いた後は、そのまま解散になった。翌日は土日で、一応休みだ。

「お疲れさまでしたー」

「お疲れさーん」

 笑顔で挨拶してくれる同僚に、「お疲れさまー」って会釈して、そそくさと帰りの電車に乗り換える。

 この後飲もうって声も聞こえたけど、誘われる前に退散した。

 みんなも、オレがずっとペットのコト心配してたの知ってるから、そんなに気にしないだろうと思う。

 「写真撮って来いよ」って、念押しされたらどうしようと思ったけど、昨日のカラオケの席でのことは、改めて話題にはならなかった。


 気の進まなかった社員旅行だったけど、終わってみると、ちょっと寂しい。

 ラッシュ時の満員電車で、ぎゅうぎゅうな中を揺られながら、こっそり1つため息をつく。

 これからみんなで、新橋とかに行くのかな? アツヤ君のことさえなかったら、きっとここで解散するのも名残惜しくて、喜んで飲み会に行ったと思う。

 けどやっぱり、今は彼の方を優先したいから。仲間とのコミュニケーションは、当分お預けになりそうだった。


 お腹がペコペコだったから、帰りのコンビニでお弁当とお茶を2人分買った。あと、オレ用に発泡酒。

 ホントなら今日みたいな疲れた日には何もしたくないし、牛丼屋かラーメン屋でさくっと外食したいとこだけど……アツヤ君が嫌がるだろうって分かってるから、最初から諦めてた。

 コンビニを出た後は気が急いて、自然と足が速くなる。

 アツヤ君、また窓から覗いてたりするのかな? そう思うと胸がぎゅーっとなって、早く顔が見たくなって、口元が緩んだ。

 残念ながら、アパートの窓から人影は覗いてなかったけど。明かりが漏れてるのは見えて、ああ、ちゃんといるんだと思って、それだけで泣きそうなくらいホッとした。


 もしかしたら、予感があったのかも知れない。

 いつかオレの帰りを彼が待つことは、なくなるかも知れない、って。その可能性も、あるんだって。

 ここ以外に行くところはないって、アツヤ君は言うけど。

 ふらっと出掛けたまま、ふらっと帰らない。そんな自由が、彼にはあるから――。


「ただいまー」

 いつもより大きな声で言いながら、オレは自分ちのドアを開けた。履き古したスニーカーがあるのを見て、嬉しくて唇が震える。

 TVの音は聞こえなかった、けど。

「あー、お帰り」

 ちらっとオレの方を見て、素っ気なく返事をする声が響いて、いつも通りだなって安心した。

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