第16話 3
ビールを飲みながら食べたり喋ったりしてる内はよかったけど、宴会が終わると、途端に時刻が気になった。
電話なんかできるハズもないのに、ついケータイを触ってしまう。
夜9時。アツヤ君はもう、晩ご飯食べたかな?
ちゃんとオレの部屋にいる? 2万円で誰かに拾われてない?
誰かに――と考えた時、ふっと花ノ木の顔がよぎって、慌ててぶるんと首を振る。
花ノ木はアツヤ君の担任だ。
担任の先生に嫉妬したって仕方ない、って分かってる。そもそも、そういうヤツじゃないのも分かってる。
オレが一緒にいられない昼間、アツヤ君と一緒にいるんだ……とか、うらやましく思うのは多分、間違ってるんだろう。
17歳の少年に、恋愛の意味で独占欲を抱くのが、間違ってるのも分かってる。男同士でおかしいし、オトナとしても失格だ。でも、やっぱりどうしても、前に見かけた2人の様子を思い出して仕方ない。
花ノ木はただの担任の先生だよね?
オレと同じような思いで、アツヤ君のコト見てないよね?
アツヤ君はいつも、オレの部屋以外に行くとこがないって言うけど。身近な大人として、花ノ木はどうなんだろう?
オレの側から去った後、もし、オレ以外の誰かを選ぶなら……それが花ノ木だっていう可能性はないのかな?
アツヤ君はオレのだ、って花ノ木に宣言した方がいいのかな?
でもそうは思っても本当には実行できない。
17歳の少年と関係を持つのは法律違反だし。そもそもアツヤ君は「オレの」じゃない。付き合ってもない、好き合ってもない。
オレの片思いで、彼はただのヒモだった。
食事の後、温泉にもう1度入ろうっていうグループと、カラオケ行こうっていうグループに分かれた。
キスマークのことがあるから、必然的にカラオケに参加したけど、ホントはどっちも遠慮したい。
でも、上司みたいに「オレ、寝るわ」って堂々とも言えない。
「大橋ぃ、お前最近、付き合い悪ぃぞー」
そんな風に言われると、さすがに断り切れなかった。
アツヤ君がうちに住み着く以前は、飲みの誘いも遊びの誘いも、滅多に断らない方だった。食事に誘われるのだって嬉しかった。
オレからはなかなか、気軽に誘ったりはできなかったけど。だから余計に、誘われたら喜んでついてった。
最近は「ペットにエサあげないと」って全部断ってしまってるけど、今日はどっちみち、エサなんて気にしても仕方ない。
「今日ぐらいは、猫のコト忘れてくださいよ」
後輩にそう言われると、「そうだね」としか返事できなかった。
おかしなモノで、あんなに以前は楽しかった同僚とのカラオケが、今はすごく味気ない。
生意気なヒモ少年のお世話をするだけの時間より、気の合う仲間と遊んだ方が、楽しいだろうって思うのに。やっぱりアツヤ君の方を選んでしまう。
これって、恋に溺れてる状態なんだろうか?
みんなの歌を聴きながら、隅っこの方でぼうっとしてたら、先輩がドスンと隣に座った。
「なあなあ、猫飼ってんだって? ペットの写真、ないのかよ?」
当たり前のようにそう言われて、ドキッとしつつ首を振る。
「な、ないですね」
「ええー、なんで?」
「なんで、って……」
前にも誰かに、写真見せろって言われた気がする。ペットを大事にしてると言いつつ、写真の1つも撮ってないのって、おかしいかな?
ペットの猫どころか、アツヤ君の写真だって持ってないんだけど。一緒に住んでるのに……それもおかしいかな……?
「写真、なんか、嫌いみたいで」
適当に言い訳すると、「ああー分かるー」って言われた。
「カメラ構えると威嚇したり、逃げたりする猫いるよな」
「い、いますよね」
さすがに威嚇はしないだろうけど、素直に写真を撮らしてはくれそうにない。頼み込んでも、無理じゃないかって気がする。逃げられるのも困る。
でも、写真くらい、欲しい。
日付がとうとう変わってしまうのを、カラオケルームの壁掛け時計で確認しながら、オレはぼうっと彼のことを考えた。
部屋は、4人用の和室だった。
カラオケから帰ると布団が2列に敷かれてて、歯磨きしてから適当な布団に寝転がる。
けど、みんなの寝息が聞こえ始めても、オレはなかなか寝付けなかった。アツヤ君のことが気になってるのもあるけど、どうもそれだけじゃないっぽい。
布団に寝転がって、初めて実感した。今、アツヤ君がいない、って。
そういえば、ずっと一緒に寝てたっけ。ああいう仲になってからは勿論だけど、それ以前もずっと、オレの狭いシングルベッドで一緒に寝てた。
寝返りもできないくらいの窮屈な中で、ずっと側に、彼の体温を感じてた。
今日一晩だけだ。今日、一晩だけ。そう思うのに、布団が広過ぎて寝られない。
アツヤ君も今、オレの部屋のあのベッドで、同じように感じてくれてるかな?
それとも、広くて快適だとか、可愛げのないことを思いながら、ぐっすり熟睡してるだろうか?
いつか、アツヤ君がオレの側からいなくなっちゃう日が来たら――ずっとこんな風に、眠れない夜を過ごすことになるのかな?
翌日は、大きな水族館のある、複合施設みたいなとこに行った。
海を見た時、昨日の動物園の近くまで戻ってきたのかと思ったけど、半島の反対側に出たらしい。
相模湾がどうとか、駿河湾がどうとか言われたけど、具体的に頭の中で想像できない。地理は苦手だ。
「そんなことも知らないんスか? ホントに社会人ですか?」
なんて、生意気な誰かに、小バカにしたように言われそうだなと、ぼんやり思った。
何だか更に遠くに来ちゃったな。そう思うと、すごく不安で仕方なかった。
何時まで拘束されるんだっけ? 解散は? 家に帰れるのは何時?
「1日遊べるぞ~」
課長が得意げに言うのを聞いて、スゥッと胸が寒くなる。
出発する前に、旅程表を貰って読んだはずなのに。行きたくないって思いが強くて、全然頭に入ってなかった。
入場前に記念写真を撮ったけど、ちっとも笑顔を作れなかった。
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