第15話         2

 特急を降りた後は貸切バスに乗り換えて、午前中は動物園に行った。といっても、トカゲとかヘビとか、そういうのばかりの動物園。

 触ったり写真を撮ったりで、みんなそれなりに楽しそうだ。

 オレも楽しくない訳じゃないけど、アツヤ君と一緒ならどうだろうとか、余計な事ばかり考えてしまう。

 今まで2人でどこかに出掛けたことなんかなかったし、彼の無邪気な笑顔なんて、想像するのも難しい。でも、生態について説明してるパネルなんかは、熱心に読み込むんじゃないかって気がする。

 そんな反応をあれこれ考えるのも楽しい。そして空しい。

 だったらやっぱり社員旅行じゃなくて、アツヤ君と来たかった。


 動物園を出た後は、またバスで移動して昼食を取った。

 午後からは、陶芸体験。初めてのろくろは難しかったけど、なんとか湯呑に見える物が2つできた。

 団体セットになってるのは1人1個だったけど、追加料金払って、2つとも焼いて貰うことにした。出来上がるのは1ヶ月半後らしい。

 胴体部分に漢字で大きく「伊豆」って刻み入れようかと思ったけど、アツヤ君に白けた目で見られそうで、やめておいた。

 代わりに底の部分に、小さく今日の日付と頭文字を入れておく。


「これ、オレが作ったんだよ」

 そう言って渡したら、アツヤ君はどんな反応するだろう?

「こんなんで喜んじゃって、可愛いっスね」

 って、生意気なコト言って来るかな? それとも、「子供じゃねーんスか?」って、ふんと鼻を鳴らすかな?

 どっちにしろ素直に喜んではくれなさそうで、考えただけで頬が緩む。


 ひとり隅の方でふふっと笑ってると、目ざとく課長にツッコミを入れられた。

「大橋君、楽しそうだねぇ。欠席しなくて良かっただろう」

 上司に自信満々でそう言われると、まあ「そうですね」って言うしかない。でも、完全に同意って訳でもない。

 さすがにもう、来るんじゃなかったとは思ってないけど、何をしててもふっとアツヤ君のことが頭に浮かんで、落ち着かない気分だった。


 温泉旅館に着いた後も、やっぱり落ち着かないのは同じだった。

 7時の宴会開始まで自由時間って言われたけど、胸元にキスマークを付けられたままじゃ、大浴場でのんびりなんてできないし。到着して真っ先に温泉行って、さっさと洗ってさっさと出た。

 浴衣の襟元にギリギリ隠れる位置だったんだけど、これは偶然? それとも計算?

 そういえばアツヤ君は、もう学校から帰って来てる頃だろう。

 1万円渡して来たから、十分足りると思うけど。1人でも晩ご飯、ちゃんと食べててくれるかな?


 部屋にいても落ち着かないし、ロビーにいても落ち着かない。

 ロビーのソファに浅く座ってケータイを眺めても、アツヤ君とは連絡取れないから、どうにも落ち着きようがない。

 それでもまだ何とか旅行を続けていられるのは、お土産を期待してそうだった態度のお陰だ。

 いや、「お土産、お願いしますね」なんて、可愛いことは言ってくれたりしないけど。「いらねーから」なんて邪険に言われないだけ、マシだと思う。

 食べ物がいいんだって言ってたっけ?

 オレとしては、メインのお土産はもう、昼間作った湯呑に決定だ。でも届くまでに1ヶ月半かかるっていうなら、「お土産」って感じにはならないかも?


 ロビーでぼうっと考えてると、ようやく温泉から出て来たらしい、会社の同僚たちが前を通りかかった。

「あれ、大橋、出るの早かったんだな」

 先輩に言われてドキッとしたけど、キスマークは見られてないみたい。

「あー、はい」

 うなずいて立ち上がったオレに、同僚たちは普段通りの目を向けた。


「宴会、何時からだっけ?」

「メシくらい、ゆっくり食いたいっスね」

 みんなのボヤキに「そうだね」って同意しながら、なんとなくブラブラと一緒に歩く。

「アイスでも食うかぁ」

「ビールは飲んだらマズイかな?」

「さすがに宴会前はマズイでしょー」

 そんな他愛もない会話を聞きながら、一緒に売店を冷やかすと、普通のお菓子や雑誌に交じって、お土産品も並んでた。


『土産っつったら、食いモンでしょ』

 ヒモ少年の、生意気な口調を思い出す。

 いくら食べ物だって言っても、お茶やワサビ漬け、干物なんかは、高校生のお土産にはならないだろう。けど、イノシシ肉のパックとかは、案外喜んでくれそうかも。

 イノシシの形の最中やサブレもあるけど、名産品なのかな?

 オレは最中もサブレも好きだけど、アツヤ君はどうだろう? あまり甘いものって食べてるの見た事ないけど。じゃあ、やっぱり肉の方がいいのかな?


 忘れないうちにと思ってイノシシ肉を買ってると、後輩に声を掛けられた。

「えっ、主任、肉買うんですか? 自分用で?」

「えっと、一応、お土産」

 ドキッとしながら答えると、「まさか猫にですか?」って言われて、更にドキッとした。とっさに答えられなくて言葉に詰まっちゃったけど、代わりに先輩たちがケラケラ笑って否定した。

「猫はイノシシ食わねぇだろー」

「いやー、分かんねぇぞ、小さくても肉食獣だし」

 笑い交じりの先輩たちの言葉に、後輩も「ですよね」って笑ってる。


「女豹なら飼いてぇな。なあ、大橋」

 そんな軽口を振られて、「いいですねぇ」と相槌を打つ。

「うちのはオスですけど」

 「オス」なんて呼んでたら怒られそうだと思いながら、雑談に交じってふっと笑う。

 オレの部屋で、オレの帰りを待っててくれるのは猫じゃないし、猫並みの可愛げも持ってないけど。

 それでもやっぱり、大事なペットには違いなかった。

 ヒモでもいいから、好きだった。

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