第9話 ヒモと過ぎる夏 1

「アツヤ君、買い物行かない?」

 同居するヒモ少年に声をかけると、「いいっス」って言われた。勿論、OKの意味じゃなくて、ノーサンキューの意味だ。

「暑い中、外行きたくねーんスよ」

 って。1日中ゴロゴロしてるのもどうかと思う。

 でも、あんまりしつこく誘うと機嫌損ねるし。「大橋さんも行くのやめましょうよ」とか言って襲い掛かられて、下手すると1日をふいにしちゃう恐れもある。

 だから、「あ、そう」ってすぐに引いて、オレはさっさと家を出た。


 平日はどうしても帰りが遅くなるので、食料品は土日にまとめ買いするのが普通だ。

 といっても、車なんかは持ってないから、歩いて15分のとこにある大型スーパーにぶらっと行く。

 野球をやってた学生時代は、こんな蒸し暑い中でも平気でロードに行ってたのに、今は歩くだけで汗びっしょりだ。冷房の効いた店内に入ると、すうっと涼しい。

 食料品コーナーは1階なんだけど、オレはまずエスカレーターに乗って、2階の衣料品売り場に向かった。


 アツヤ君に、着替えか何かを買うつもりだった。

 高校にホントに通ってるのかどうなのか、未だによく分かんないヒモ少年は、学ラン以外の服を持ってない。家では適当にオレの服を部屋着代わりに着まわしてる。

 夏の制服は? と思うものの、この辺の公立高は私服校が多いし、オレの母校もそうだった。もしかしてその辺りに通ってるんだろうか?

 服代にってお金を渡しても、「いらねぇ」って言いそう。それなら、オレが適当にそれらしい服を買って、渡した方がいいかも知れない。

 最悪受け取って貰えなくても、サイズ一緒だし。その時はオレが使えばいいかなと思った。


 普段はそんなに混んでない印象があったけど、丁度セール中だったようで、いつもより人が多かった。

 高校生くらいの服って、「ヤングカジュアル」でいいんだっけ?

 自分が高校生のときは、って思い出そうとしても、適当に選んでたような覚えしかない。親が買ったのを着てたかも知れない。まあ、男子高校生なんてそんなモノだ。


 エスカレーター横の案内図を参考にしつつ徘徊してると、やがてプリントTシャツやジーンズのたくさん並んでるコーナーに着いた。

 なんだかいかにも若者向けって感じのレイアウトで、オレが紛れてると場違いなんだけど。夏コーデとかモテコーデとか、若さが眩しい。

 色は、適当でいいのかな? 無難に黒かグレー? 無地でいい?

 もう、こんな時ケータイがあれば「黒無地でいい?」って訊けるのに。そう思いつつ、手近にあった回転ハンガーをくるっと回してると――。


「あれ? 大橋?」


 後ろから声をかけられて、ビクッとした。振り向くと知り合いがいて、内心焦る。

「花ノ木……」

 彼は、高校時代に入ってた野球部のチームメイトだ。180cm越えの長身は相変わらずだけど、丸坊主だった頭に髪が生えてる。

「買い物か?」

「うん、ちょっと、親戚の高校生の子に、服を……」

 ごにょごにょと言い訳しつつ、適当に回転ハンガーをぐるんと回す。

「花ノ木は?」

 逆に訊くと、どうやら奥にあるスポーツコーナーに、バッティンググローブを買いに来たらしい。


「えっ、まだ野球、やってるんだ?」

 驚いて尋ねると、花ノ木は照れ臭そうに笑って、更に驚くことを言った。

「今、中央高で教師やってんだ。野球部の顧問だぜ、スゲェだろ?」

「えっ、中央高!?」

 この近くにあるオレたちの母校だ。公立校だから偶然の赴任、しかも野球部の顧問って、それはスゴイ。

「懐かしいな……」

 オレはふっと笑って、昔の思い出に少し浸った。


 花ノ木と「じゃあ」って別れた後、Tシャツとズボンを適当に数着買って、さっさとコーナーを後にした。

 パンツと靴下も欲しいよね。下着売り場はどこだろう? それらしいのを探してキョロキョロとフロアを移動してると、太鼓の音が聞こえてきた。

 何かと思ったら浴衣コーナーで、夏だなぁ、と思う。

 マネキンの着てる真っ黒な浴衣が、若者向けって感じで格好いい。

 これこそモテ狙いって感じもするけど、アツヤ君くらい整った顔の少年なら、イヤミなく着こなしてしまいそう。


 安いし、買おうかな? でも買ったって、きっと着てくれないだろう。気まぐれに着てくれたとしても、どこかに行くわけでもない。


 高校時代は、部活の帰りに花火見たり、夏祭りに寄ったりしてたっけ。

 あの時、みんな一緒で楽しかったなぁ。そんなことを思い出したのは、やっぱり花ノ木に会ったせいだ。

 アツヤ君にも、青春時代の夏の日の独特の熱気を味わって欲しい。

 けど、彼は仲間でも家族でも恋人でもない、ただのヒモだ。オレが誘ったって、恋人のような顔をして、一緒にお祭りに行ってくれるとは思えなかった。


 1階に降りて食料品売り場に入ると、2階よりも冷えた空気にぶるっとした。

 寒いな、と思いながらざっと売り場を1周して、目に付いた商品を適当にカゴに入れていく。

 メニューに悩むほどレパートリーはない。アツヤ君に食べたい物を訊いても、「肉で」としか言わないから、多分適当でいいんだろう。

 そういうとこ、楽でいいのかも知れないけど、張り合いがあるとは言えなかった。


 買い物袋にいっぱいの荷物を左肩にずしんと下げ、右手には2階で買った服を持って、涼しいスーパーから外に出た。

 ふと自動ドア付近の掲示板を見ると「夏祭り・縁日のお知らせ」って張り紙があって、おお、と思う。

 来週だ。すぐ横の商店街で夏祭りがあって、このスーパーも縁日に参加するらしい。そう言えば、去年も提灯の明かりを遠目に見て、うらやましく思ったっけ。

「夏だなぁ……」

 オレはぼそっと呟いて、左肩の荷物をぐいっと持ち上げた。


 引退してからずいぶん経つのに、つい右肩に負担掛けないようにしてしまうのは、オレが右投げの投手だったからだ。

 高校球児だったオレにとって、夏は特別な季節だった。

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