第8話           4

 アツヤ君についてオレの知ってることは少ない。


 17歳の高校生なこと。

 昼間は一応学校に通ってるらしいこと。

 教科書類は学校の机とロッカーに入れっぱなしらしいこと。

 誰かの帰宅を待つのが怖いらしいこと。

 ケータイを持ってないこと。

 捜索願いなどが一切出ていないこと。


 オレに依存してるようで、実はしていないんじゃないかと思うこと。

 ベッドでの行為が、すっかり上達してしまったこと。

 縛られるのは嫌だと言いつつ、オレにはマーキングしたがること。


 マーキングというと、キスマークが分かりやすいだろうか。

「いつ見ても肌、白いっスよね」

 ふいにそんなことを言われて、肩口や胸元に強く吸い付かれたことが何度かある。さすがに首筋にしないのは、一応気を付けてくれてるんだろうか。

「ちょっ、痕つけないでっ」

 慌てて文句を言うと、反省するどころかからかうように笑われる。

「どーせYシャツ着たら見えねーでしょ」

 確かにそうかも知れないけど、そういう問題じゃないの分かって欲しい。いい年して、キスマークつけて出勤するのは恥ずかしい。


「それとも誰か、見られて困るような人、いるんスか? 恋人とか。いないっスよね?」


 確認するようなセリフだけど、どうせいないって分かってるような口調で、ニヤッと見下ろしてくるの生意気だ。

 肯定するのも悔しくてむうっと黙ってると、腕を掴まれてグイッと顔を寄せられる。

「恋人なんかいらねーでしょ? オレが代わりに慰めてあげるんだからさ」

「代わりって……」

 ほら、そんな言い方するところがヒモなんだ。恋人じゃない。でも恋人代わりでもない。

 オレに執着してるようなフリして、でも深くまで立ち入らせてくれない、生意気で可愛げがなくて、魅力的なヒモ少年。


 でも、そんなヒモを放り出せない時点で、多分オレの負けなんだろう。


 ベッドでだって、アツヤ君はすっかり余裕を見せるようになって来た。

 オレは翻弄されてばっかりで、でもだからこそ逆に、夢中になれなくて溺れられない。

 我を忘れて「好きだ」なんて口走ってしまうのが怖い。それを聞かれてどんな顔されるか、考えるのも怖い。

 何かから逃げて来て、居場所を求めてここにいるだけだろう17歳に、重いと思われたくなかった。

 オレからは逃げないで欲しい。


「アツヤ君」

 TVの前に陣取る背中に呼び掛けると、「何っスか?」って面倒くさそうに返された。

「アツヤ君、ケータイ持ってないの?」


 ずっと訊きたかったことを口にすると、彼はちらっとオレの方を見て、警戒するように目を細めた。

「なんで、んなコト訊くんスか?」

「今日みたいな時に、遅くなるって連絡したいんだ。電話が嫌ならメールとか……」

 けど、最後まで言い切ることはできなかった。オレの言葉にかぶせるように、キッパリと言われた。

「持ってねーっス」

「買ってあげ……」

「いらねーっス」

 そんな風に、かぶせぎみで即答されたら、それ以上の言葉もない。


 ケータイ以外の手段だって、色々考えてあったんだ。

 メッセージアプリでもいい。家に置きっぱなしのノートPC使って、フリーメールでやり取りしてもいい。SNSで、オレの投稿した呟きを拾って確認してくれるだけでもいい。

 けど、アツヤ君が望まない以上、道は全部塞がれる。


「そういうのって、鎖みてーなモンじゃねーっスか。オレ、繋がれたくねーんスよ」


 アツヤ君はそう言って、ゆらっと立ち上がった。

 目の前まで来られてドキッとしたけど、彼はそのまま立ち止まらずに、キッチンを抜けて風呂場に向かった。

 ケータイの話は、もうこれで終わりってことなんだろうか?

 繋ぐだなんて――そんなつもりはなかったのに。アツヤ君にとっては、束縛アイテムになってしまうのか?


 アツヤ君に関して、分かったことが少し増えた。

 ケータイを嫌ってること。

 束縛を嫌ってること。

 連絡を取ろうとすること自体が地雷らしいこと。

 誰にも繋がれたくないと思ってるらしいこと。オレにも。ココにも。


「ねぇ、風呂、入るでしょ?」

 背中越しに言われたセリフは、ちょっとだけ優しく響いて、なんだか余計にむなしかった。

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