第7話           3☆(修正版)

 半裸のままキスを受けると、ベッドに追い詰められて座らされた。

「ねぇ、いーよな?」

 言葉ではオレの意思を尋ねてるけど、拒否権なんかは無いに等しい。

「待って、カーテン開けっ放しだ」

 押し倒されそうになってやんわり抵抗すると、「はあ?」って片眉を上げられた。

「んなの誰も見てねーっスよ」

「分かんないじゃん」

 そりゃあ、ここ2階だし。近くに電柱や大木がある訳でもないから、覗きなんて本気で気にしてる訳じゃない。けど、やっぱり夜だし。色々気になって仕方ない。


「覗くようなヤツには、見せつけてやりゃいーじゃねーっスか」

 オレを上から見下ろして、アツヤ君がくくっと笑った。

 けど、そんなこと言いつつもカーテンを閉めに行ってくれて、そういうトコはたまに素直だ。

 本来は、きっと素直な子なんじゃないかと思う。といっても、それもただのオレの想像でしかないことだけど。


「さっきさ、そこから覗いてた?」

 窓辺に立つ背中に向かって問いかけると、「別に」って言われた。

 ウソでも「帰りを待ってました」とか言ってくれれば可愛いのに。でも、今更そういう甘えた言葉、言われたら逆に気持ち悪いだろうか。

「心配してました、とか言って欲しーんスか?」

 皮肉っぽく笑われながら尋ねられ、今度はオレが「別に」って答える。

「へーえ」

 見透かしたように顔を覗き込んでニヤニヤするの、生意気だ。

 キレイな顔をこうして間近に寄せられると、つい先に目を閉じてしまう。そして、そうなったらもう、大人の威厳なんて無いに等しい。


 スラックスのベルトを外されて、乱暴に引き抜かれ、放られる。

 服にシワが……って思ったけど、「待って」と言って、待って貰えたことなんて1度もない。

 スイッチの入っちゃったアツヤ君は、強引で、情熱的で、気まぐれに思うままにオレを翻弄してしまう。

 不慣れだったあれこれも、前に本人が言ってた通り、すっかり上手になってしまった。実践を重ねたせいだろうか? 本かネットで研究でもしてるのか?


「ローション、もう残り少ねーっスよ」


 甘く掠れた声と共に、ぶしゅっと色気のない音が聞こえて、何か笑えた。

 ムードもロマンも何もないのは、恋人同士じゃないからだ。

 アツヤ君は、ただのヒモで。

 居場所と食事を欲しがって、ここに住み着いてるだけの、半ノラみたいなペットだった。



 ローションを用意したのはオレだ。

 初めての日の翌日は、あらぬ場所がホント痛くて。事務イスになんか座れたものじゃなくて、仕事にならなかった。

「大橋君もとうとう痔主かね」

 上司に大声でそんなこと言われて、無茶苦茶恥ずかしかったの、忘れられない。でも、ホントのことなんて余計に言えない。

 ただ、痔って、座りっぱなしの仕事や立ちっぱなしの仕事の人に多いらしい。つまり上司も痔主の1人で、変な風に疑われなくて、それだけは良かった。

 あと、薬に関しても相談できてよかった。


 よかったけど……もしまた同様なことがあった時のために、予防になるような何かを用意しなきゃって深刻に思った。

 また「痔主」ってオフィスで大声で言われたくないのもある。中年のオッサンのあの恥じらいの無さは、どうにかならないモノなんだろうか?

「痔なら肛門科だぞ、大橋君」

 とか。

「男ならケツ穴の1つくらい、ドーンと診せて来い」

 とか。やめて欲しい。恥ずかしい。


 激安量販店のアダルトコーナーに行くのも、そこで色々買うのも恥ずかしかったけど、買ったものをアツヤ君に見つけられたのが、何より1番恥ずかしかった。

「大橋さーん、何スか、これ?」

 黄色いレジ袋からそれを取り出して、ニヤッと笑われて、どうしようかと思った。

 ビジネスバッグと一緒に、ぽんと置いちゃったのが悪いのか。

「ローションって、ドコに使うモノ? 化粧品っスか?」

「さあ」

 恥ずかしさを隠して素っ気なく答えたけど、そんな態度は通用しない。

 ローションって、一見では化粧品と変わらないようなオシャレな物も多かったけど、色やニオイやムードなんかは必要ないから、つい有名どころのを買ってしまった。


 でも、それが逆にあからさまだっただろうか?

「これ使って、気持ちよくして欲しーんですか?」

 そんな風に追い詰められて以降、もうずっと主導権を握られたままだ。

 お手軽な快感の相手が欲しくて、アツヤ君を住まわせてる訳じゃないのに。一度そう思われてしまったら、誤解を解くのは難しかった。


 毎晩のように繰り返される行為。

 生意気な口調にカッと頬を染めても、反論もできない。

 敏感なとこを全部晒して。全部許して。されるがまま、ビクッと体を跳ねさせてたら、オレの様子なんてもうバレバレなんだろうと思う。

 でもオレ、大人だし。

 もっと欲しいとか、好きとか、そんな甘えたセリフは意地でも言いたくなかった。かといって、拒絶することも今更できない。


「泣くほど気持ちよくしてあげるから」


 アツヤ君はいつもそう言うけど、気持ちよくなくてよかった。むしろ、痛いくらい乱暴でもいい。

 アツヤ君がしたいならいくらでもしていいし、したくないならしなくていい。気まぐれでいい。ワガママでいい。

 ただ、黙って離れて行かないで欲しかった。

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