第4話           3☆(修正版)

 最初、何が起きてるのか分からなかった。

 ただ快感だけが、先にあって。本能的に腰を突き上げてしまってから、生々しい感触に気が付いた。

 夢じゃないと悟ったのは、敏感なトコを舐め回された時だ。

「ひゃっ!」

 ガバッと起き上がると、目が合った。


「な、な、な、な、な……何、して……」

「何って、ご奉仕ですけど?」


 混乱してドモリまくったオレとは逆に、アツヤ君の方は余裕のようだ。TVだけが常夜灯代わりに部屋の中を照らす中、整った顔の少年がニヤリと笑う。

 それ以上何の説明もなくて、再び続きをし始められて、何考えてるか分からなくて怖かった。


「あの、アツヤ君、もういいよ……」

 肩を軽く押して首を振ったけど、彼はやめてくれなかった。

「気持ちよくねぇっスか?」

「なんで、こんなこと?」

 恐る恐る訊いたら、「一宿一飯の恩義です」って。そんな恩義いらない。

「オレ、こんな事くらいしかお返しできませんし」

 そう言ってアツヤ君は、舐めたり吸い付いたりと熱心に「ご奉仕」を続けて――最終的には手まで使って、オレを見事に脱落させた。


 そうして訪れる虚脱の時間。

 ベッドに横たわり、羞恥と混乱とでぼうっとしてると、アツヤ君が上からのしかかって来た。ギョッとして見上げると、彼の整った顔に蠱惑的な笑みが浮かんでる。

「大橋さんのって、キレイなピンクですね」

「なっ、そんなことないだろ」

 そりゃあ使い込んだ色じゃないかもだけど、ピンクって程じゃない。そもそも、こんな薄暗い中で色なんか分かるはずもない。

 照れ隠しついでに少年を押しのけると、「真っ赤っスよ」ってくすくす笑われた。


「どうでした? オレ、まだまだ下手ですか?」

「知らない」

「初めてなんで、すんません。でも次は、もっと気持ちよくしてあげますから」


 後になって思えば、その時キッパリ拒絶しておけばよかったんだろう。

 次の機会なんて来ないとか、ご奉仕なんて求めてない、とか。次にこういうことしたら出てって貰う、とか。言えばよかったのかも知れない。

 けど、オレはその時まだかなり混乱してて、いっぱいいっぱいで、冷静にあれこれ考えるなんてできなかった。

 厳格な大人として、高校生のこういう行為を咎めることもできなかった。

 覚悟も勇気も足りなかった。


「……オレ、明日も早いから」

 気まずさを押し隠し、アツヤ君から目を逸らして壁を向いて横たわる。

 どぎまぎしながら目を閉じると、ふいに頭を撫でられて、心臓が飛び跳ねるかと思った。

 痛いくらい鼓動が激しい。不意打ちはやめて欲しい。

 顔を寄せられる気配に身を竦めると、頬に触れるだけのキスを落とされる。

「おやすみなさい」

 耳元で低く囁かれて、ますます顔が熱くなった。


 オレの心を見透かすように、少年が背後で喉を鳴らしてくっくっと笑う。

 彼はそのままオレの背中に添うように、布団の中に入って来た。慌てて身を起そうとすると、後ろからぎゅっと抱き着かれる。

「このままで頼みます。もう何もしねーから。今日は」

 最後の一言が不穏だけど、大人しくしてくれるっていうなら文句はない。シングルベッドに男が二人って狭すぎるだろと思うけど、誰かの体温を背中に感じて眠るのは、そんなに悪い気分じゃなかった。


 ただ、眠れたかどうかはまた別の話だ。

 やっぱり他人がいると気を張るし、あれこれぐるぐる考えてしまったのもある。けど、それよりアツヤ君のことが気になった。

 背後で、ふっ、と息を詰めてる気配がして。かすかに震えてるみたいで。

 後ろを振り向き、顔を覗き込んで確認するなんて真似は、しなかったから定かじゃないけど。

 やっぱり――泣いてたような気がした。



 結局、彼にどんな事情があるのかは知らないままだ。

 オレから聞こうとしたことはないし、アツヤ君から話そうとしたことも、多分なかった。

 どこの高校に通ってて、家はどこにあるのかとか、そんなことも知らない。

 オレが知ってるのはアツヤっていう名前と、17歳の高校生だってことだけで、それすら本当か嘘か分からなかった。


 翌朝、雨はやんでたけど、部屋干しした学生服は、なぜかちっとも乾いてなかった。

「こんなんじゃ学校行けねーし。休みます」

 そう言われれば、「そうかぁ」としか言いようがなかった。

「すんません、ちょっと体調悪くて。もうちょっとここで寝てていーっスか?」

 寝不足の赤い目で、しんどそうに言われれば、追い出す訳にもいかない。

 雨に打たれて冷えたのかも知れないし、風邪のひき始めかも知れない。夜中のアレコレが原因で寝不足なのかも知れない。

 無慈悲に追い出して、どこかで倒れられても心配だし、オレだって余計に気になるに違いない。


 トーストとコーヒーだけの朝食を一緒に取りながら、そういえば昼メシはどうするんだろうって気が付いた。さすがに今から用意してあげる時間はない。

「お昼、どうするの?」

 気になって訊くと、「一食くらい抜いたって」って言葉が返る。

 本人は「平気っス」とか言ってるけど、平気なはずはないだろう。

「じゃあ、これで何か食べて」

 千円札を握らせると、アツヤ君は複雑そうな顔をしてたけど、「いりません」とは言わなかった。

 もし2万円を渡してたら、彼は断ったんだろうか? 今となっては分からない。


「じゃあ、合鍵渡しとくから。もしコンビニ行くなら使って。家に帰るなら、新聞受けに入れといてくれたんでいいから」

 アツヤ君は「分かりました」って神妙に鍵を受け取ったけど、結局それは今まで一度も、新聞受けに入れられたことはない。


 その夜、仕事を終えてうちに帰る道中、訳もなくソワソワした。

 落ち着かないまま電車を降りて、駅からアパートへの道を急ぐ。途中、ロータリーの石造りのベンチをふと見たけど、学生服姿の少年はいなかった。 


 外からアパートの明かりを確認したときは、ドキンと心臓が強く跳ねた。

 まだいるのか。それとも単なる消し忘れか。どっちを望んでるのか自分でも分からないまま玄関を開けると、TVの音が聞こえて来た。

「お帰りなさい」

 ベッドに座ってたアツヤ君が、立ち上がって出迎えてくれた。

 一人暮らしのはずの部屋で、「ただいま」と口にすることにじわっと照れる。


「まだ制服乾かねーんで、もうちょっと、ここにいさせて貰ってもいーっスか?」


 アツヤ君の言う通り、制服はまだじんわりと濡れていた。

 バレバレの工作だとは思ったものの、だからって「出てけ」とは言えなかった。

 今はもう、そんな小細工するような可愛げもなく、堂々と居座ってる彼だけど、でもやっぱり「出てけ」とは言えてない。

 初めの頃は何となくあった遠慮も、ためらいも、あまり残ってはいないけど。ペットでもヒモでも何でもいいから、もう少し側にいて欲しかった。

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