第3話           2

 少年は、アツヤと名乗った。

 本名なのかどうなのかは、未だによく分からない。オレと違って、ここに郵便物が届く訳でもないし。学生服にも持ち物にも記名はなかった。

 でも、名前なんて気にしてなかった。

 どうせすぐに出てくだろうって思ってた。


 そのアツヤ君がお風呂に入ってる間、着替えを貸そうと衣装ケースを開けたところで、下着はどうしようって気が付いた。

 新品のストックが、都合よくある訳もない。

 自分の下着を他人に貸すのも微妙だし、きっと借りる方だってイヤだろう。なら、ちょっと面倒だけどコンビニで買うのが1番だ。


「ちょっとコンビニ行って来るけど。何かついでに欲しい物、ある?」

 風呂場の擦りガラス越しに声を掛けると、すぐに返事が返って来た。

「弁当お願いします。ガッツリ系で」

 それを聞いて、そういえば晩ご飯がまだだったって思い出した。

 いつもは帰ったらすぐに料理始めるのに。来客なんて久々で、調子が狂う。


 雨はまだザーザー降ってたけど、傘を差して小走りでコンビニまで急いだ。

 買ったのは、弁当2つと下着と靴下。缶チューハイ1本と、ペットボトルのお茶2本。

 結構急いだつもりだったけど、帰ったらアツヤ君はとっくにお風呂から上がってて、裸にバスタオル巻きつけた格好で、ベッドにドカッと座ってた。


「お帰りなさい」

「たっ、……だいま」

 お帰りなんてセリフを誰かに言われたのは久々で、妙に照れる。

「えっと、着替えたらご飯にしようか」

 気恥ずかしさを誤魔化しながら、買ってきた下着を渡すと、ふふっと笑われた。


「襲わないんスね」

「襲うって!?」

 突然のそんなセリフに振り向くと、アツヤ君は全裸になってて、慌ててバッと目を逸らす。小学生じゃないんだから、全裸で仁王立ちはやめて欲しい。真っ黒な陰毛を見せられると、ひどく背徳的な気分になる。


 男子高校生の裸なんかに、なんでこんなドギマギするのかよく分からなかった。

 少年の色気? 変なフェロモンでも出てるんじゃないか?

 大学の寮の風呂は共同だったし、男の裸なんて見慣れてたはずだったのに。無視しようとすればするほど気になって、なかなか食も進まない。


 一方のアツヤ君は何にも気にしてないようで、さっさと着替えると「いただきます!」って手を合わせて、バクバクもりもりと弁当を食べ始めた。

 「それ、食わないんスか?」って箸の止まったオレの弁当まで、ちら見する程の食欲だ。

 人間の3大欲求の中で、食欲は性欲に勝るとか聞いたことあるけど、今の彼の様子はまさにそれだろう。

「あ、そういえば、家には連絡した?」

 気まずさを誤魔化すべく話しかけると、アツヤ君はちらっとオレの方を見て、「あー、はい」と返事した。

「じゃあ、何時頃迎えに来そう? ってか、場所分かる?」

 オレの問いに、アツヤ君は「えっ」って端正な目を見開いて、困ったように眉を下げた。


「あの、うち今、親いねーんス。鍵もなくて。今日ここに、泊まらせて貰おうと思ってたんスけど、……迷惑ですか?」


 そう言われると、「うん、迷惑」なんて言えるはずもない。外は雨だし、こんな時間に放り出してしまえる訳もない。

「いやそんな、迷惑じゃない、けど」

 しどろもどろに言うと、アツヤ君はホッとしたように笑って、「すんません」って頭を下げた。


 アツヤ君がオレに頭を下げたのって、その時が最初で最後かも知れない。

 後はずっと態度デカくて、殊勝さのカケラもない。生意気で強引で、気まぐれで図々しい。

 でも、その時には分からなかった。彼の性格も、何も。


 弁当を食べ終わる頃に、ちょうど学生服の洗濯も終わった。

 乾燥機にかけられないから、どうしようって思ってたんだけど、泊まってくなら朝には乾くだろうから、ハンガーに掛けて吊っておく。

「オレ風呂行くから、楽にしてて。先に寝ててもいいよ」

 アツヤ君に声を掛け、着替えを持って風呂場に行く。そしたら、当たり前だけどボディソープの位置とか洗面器の位置とかが変わってて、他人の気配をすごく感じた。

 お湯の量が少ない代わりにいつもより蒸し暑く感じて、居心地が悪い。

 体を洗ってる間もなんだかそわそわして、ゆっくりしてられなくて、いつもより早く風呂を出た。


 アツヤ君は、床に丸くなって眠ってた。

 雨に打たれたり、他人の家に来たりして、きっと疲れたんだろう。

「アツヤ君、ベッドで寝たら?」

 声を掛けながら肩を軽く叩いてみたけど、熟睡しちゃってるのかスースー寝息を立てたまま、ぴくりとも動かない。仕方なく上から布団だけ被せて、明かりを落とした。


 そのときは、ホントに寝てると思ったんだ。


 音を立てないようにそっとキッチンに移動して、缶チューハイをぐっとあおる。

 湯上りの喉に、キツめの炭酸がはじけて気持ちいい。冷たい酒が落ちて、ほわーっと胃が熱くなる。

 同時に、はーっ、と大きなため息が漏れた。

 オレもやっぱり緊張してたんだと思う。人見知りのくせに、らしくないことをしたからだ。

 出会ったばかりの高校生が1人部屋にいるだけで、オレにとっては非日常だった。


 ただ、迷惑だとは思ってなかった。

 ホントにどうせ、すぐに出てくと思ったし。むしろ、何となく浮かれてたんだと思う。彼が望むなら、できるだけの事をしてあげたいなって思ってた。


 ゆっくりチューハイを飲み干した後は、いい気分のままベッドに入った。

 それから多分、すぐに寝ちゃったんだと思う。

 ハッと目が覚めた時には、まだそんな時間も経ってなくて――。


 ピチャピチャといやらしい音を立てながら、アツヤ君がオレのをしゃぶってた。

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