第11話 就職

大学を卒業する年になっても、やっぱりそうちゃんが帰ってくる事はなかった。


私は春から国語の教師として母校に就職した。

ちょうど国語科の教員の採用枠に空きあって、私は運が良かった。


それまで学生気分でフワフワしていた私は、しょっぱなから生徒に舐められた。

男子生徒数人が私の授業だけサボるという事が続いたのだ。

二回目の学年会議で早々に議題に上がり、保護者からはクレームも受けた。



かつての恩師、加藤先生からは「田中は真面目なところはいいところだけど、自信がなく弱気なところがいけない。そんなんじゃ舐められるぞ」と注意された。


生徒から馬鹿にされず、もっと頼られるような強い先生にならないといけない。


必死で厳しく、出来るだけ笑顔は見せず、舐められまいと振る舞った。


一年目はあっという間に過ぎていった。



働き出してからは特定の男性と深い仲にはなる事はなく、私の恋愛経験は相変わらずそうちゃんだけのようなものだった。


大学の時、あの付き合い出した同級生とは結局すぐに別れていた。



だって別に好きなわけじゃなかった。


流されてキスはしたけど、それ以上の事になると躊躇する私を見て熱が冷めたのか「付き合っていてもつまらない」と言われた。

そのすぐ後、同じ学科の女の子との二股が発覚して別れたのだ。


…男の子って簡単に浮気するもんなんだなぁ。


そうちゃんの時はあんなに泣いて、家族や京香からも心配されるほどだったのに、二人目の彼の時は泣きもせずアッサリとしたものだった。



就職してから新任の集まりに参加したら学生サークルみたいなノリで、それ以来、年度はじめと終わりの最低限の飲み会以外はことごとく断っていた。


そんな感じだったから職場ではそれらしい出会いはなかった。

それに男性は気が多いもの、と思うと異性に対しても何だか一線を引いてしまっていた。



学校で舐められないようにするのは男子生徒だけじゃない。

一回りも二回りも年上の男性の先生たちとも場面によっては対等に渡り合わないといけない。

おじさんくらいの年代の男性は、女性教諭をたまに女子生徒と同じように扱う時がある。

一人の時は冷たくあしらったり、人の目がある時は逆に論理的に厳しく追及した。

セクハラを許すような隙も見せちゃダメだ。


そんな態度を取っていたら、職場ではお堅くて恐い田中先生というイメージがついてしまった。


そうして仕事でも恋愛でも、もともと自分というものがない空っぽの私の外側にまるで硬い硬い殻が作られていくようだった。



『田中先生は付き合い悪いから』

『可愛げないよねぇ』

『笑ってるとこ見た事ないっすね』

学生時代に貼り付いていた愛想笑いはいつのまにか消えた。

ずっと愛想笑いをしていた自分を変えたいと思っていたから、今の自分は自分の足でしっかり立って、周りの目を気にしない理想の姿のはずだった。


だけどたまに考えた。

あの時の私を好きでいてくれた彼が今の私を見たらなんて言うだろう。


思えばありのままの私で好きになって、好きになってもらえて、思いが通じ合ったのはそうちゃんだけだった。


大好きで、大好きで、どうしようもなくて。

その髪一本一本、爪の先まで愛おしいと思った人なんて初めてだった。


あの時愛されていた田中珠美は私の中にはもういない。

そしてあの時大好きだった彼ももういない。

いつかは忘れられる。

そう言い聞かせて5年が経とうとしていた。

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