第6話 二つ目と三つ目の罪

その後柴村くんとは付き合うことになった。だけど京香が実は柴村くんの事を好きだという事実を知っている他の女子がいるのかもしれない。

田中さんは京香と親友なのに、とその子たちから何か言われるのがイヤで、柴村くんには学校で付き合ってるのは内緒にしようね、と言った。


つくづく私はズル賢くて嫌な子だ。


そんな私の醜さを知らない柴村くんは今日も優しい。

卒業するまではキスだけにしようって言った私をちゃんと受け入れてくれて大切に大切にしてくれる。

彼の前だけは黒い私は出て来ない。


彼に大切に守られているうちに黒い私は消えてしまったのかもしれない。


良かった…。

私は二つ目の罪も見ないフリして、今日も柴村くんに微笑みかけた。




付き合ってる間は順風満帆だった。


初めてのクリスマスは彼の家に初めて遊びに行った。お家に行くなら誰にも見られない。

初めて会う柴村くんのお母さんもとても優しくていい人だった。


「颯太、彼女出来たなんて全然言わないから。もう早く言ってよ」

お母さんは柴村くんを軽く睨んで笑った。

「素直そうないいお嬢さんで安心した。颯太、見る目あるじゃない」

そうお母さんから言われて照れ臭そうな柴村くんの横顔を見上げながら罪悪感に苛まれた。


だって私は素直でも、いい子でも全然ない。

柴村くんの隣に私は相応しくないのかもしれない。


———じゃあ、柴村くんの隣に相応しいのは一体誰?



彼の部屋で二人きり。学校では廊下ですれ違う時も目配せするくらいで他人のフリだから、お母さんが買い物で出てる間、ずっと手を繋いでくっついて抱き合っていた。


彼の手は私の背中を優しくポンポンとたたいたり愛おしそうにさすったりするだけで、壊れ物を扱うように大事に大事に触れてくれる。

まるで自分がお姫様になったみたいだった。


抱き合いながらも彼の下半身は正直な反応を見せていたけど、息を吐いて、その熱を逃がそうとしている彼がかわいいと思った。


いつもは優しげなその目の奥に燃えるような熱情と必死に耐えているその我慢強い表情を見るとどれだけ自分が大切に愛されているか分かる気がした。


私は彼を我慢させて、その姿を見ることでしか目に見えない愛情が測れない歪んだ人間なんだ。





———三年生の卒業式の日、初めて彼と結ばれた時、痛みよりも幸せよりも、これから彼を失うかもしれない怖さに泣いた。

痛かったのかと彼はオロオロしていたけど「大丈夫」としか言えなかった。

大丈夫。まるで自分に言い聞かせるみたいに。


春休みは何度も会って身体を重ねたけど、愛されれば愛されるほど不安が増していった。



———彼は月末、東京へ旅立つ。

てっきり同じ地元の大学に進学すると思ってたのに、彼は猛勉強し東京の大学を受験し、見事合格した。


彼は教えるのがとても上手で、教員免許もとりたいと言っていた。


お母さん思いだし、そのお母さんを一人にするわけがないからてっきり地元の教育大に進むと私は思っていた。


だから第一志望を東京の大学にすると初めて聞いた時思わず「…無理だよ」と言ってしまった。


それまでずっと鳴りを潜めていたのに、あの黒い私がついに彼の前にも出てくるようになった。


同じ市内にも教育大があるのに、と私が言うと、彼はお母さんが「男の子だし地元に縛られず好きなところに行って好きな事をやったらいい」と後押ししてくれたと言った。

その東京の大学には、あの借りていた英語の本の翻訳版を書いた先生が教鞭を取っているから習いたいと言った。教員免許もとれるし、原作も良かったけど翻訳版も素晴らしかったと彼はキラキラした目で語った。


応援しないわけにはいかない。

苦労してきた彼がやっと進学できる事になって、一緒に喜んだのだ。


黒い私が心の中で叫ぶ。

落ちたらいいのに。落ちて地元の滑り止めの教育大に行って欲しい。

私は思わず黒い私に喋らせないように自分の口を塞いだ。

こんな事思うなんて、なんて嫌な子なんだろう。

神様は平等にきちんとみんなを見ている。正しいかどうかを。


彼の合格発表の日、私は落ちていますようにとひっそりと祈った。

ネットで合格発表を見る彼の横で指を組んで祈っていた私は彼の目には合格を祈る健気な彼女に見えただろうか。

…だから、三つ目の罪をおかした私に神様は天罰を下したんだ。

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