エピローグ
草木の生い茂った公園。
やはり手入れされていないようで小さな虫が細々としていた。
空を見上げれば暗い。が少しは明るく照らされている。これも月の影響かとため息をつく。
そんなことはどうでもいい。今優先すべきは彼女の方だと公園のド真ん中。たった一本の丈夫な木に向かって叫ぶ。
「メリークリスマス!俺からのプレゼントだ!」
「マジで!?」
瞬時に答えが返ってきた。草木を分けると見えてくるそこだけ切り取られたかのような異質な空間。何故かここだけ植物がない。
そんな空間には大量のレジ袋とタグのついた商品。それどころか、これは……マイク?
「お前、そのマイクどうした?」
「さっきのカラオケから盗んできた!」
「ヤンチャ過ぎないか?」
「そんなことよりそれ!」
「あぁ、今日は死ぬほどの酒をとってきてやった」
「いやー優秀だね君は!」
「ありがたきお言葉、感謝します」
そういうと二人で笑いあった。
明音を見れば首元には縄の跡。異質だがそんな彼女に惹かれていた。
最後の一日。俺らは充実した日を送っていた。
ショッピングモールに、市場に、カラオケに。行けるところには全部行った。なんなら枕木の上で寝てやったりもした。
今日以上に楽しかった一日は無いだろう。
「あれ?これタバコじゃん!?」
「せっかくなんだし吸ってみるのもいいよねって」
「分かってるね!」
そういうと明音はタバコの箱を開けると一本取りだしてこちらに渡してきた。
素直に受け取りなんとなく人差し指と中指で挟む。
「せんきゅ、銘柄それでよかったかな」
「銘柄とかよく分かってないから何でもよかったよ」
タバコのパッケージを見ると青い円の上に『unlucky curve』と書かれていた。
なんだかかっこつけている気がして小さく笑う。
「ほおいあふぁいふぁーふぁ?」
いつの間にかタバコを咥えていた明音はキョロキョロとあたりを見渡していた。
「ライターなら大量に」
ズボンの左ポケットに手を突っ込むと大量のライターがボロボロと落ちた。
「ふぁんふぇ……なんでそんなに持ってきたの!?」
「せっかくなら豪快にいかないとダメでしょ?」
「無駄なことが好きなんだね」
「人間無駄なことしないとメンタルヘルスに悪影響でしょ」
「ごもっともだね」
喋りにくいのか同じようにタバコを持った明音はそういい笑った。
再度口元まで持っていくとこっちへと突き出した。
なんとなく左手で影を作ってやりそのタバコに火をつける。
俺も流れで火をつけた。そして思いっきり吸う。
「おぇ……やば」
「待って、鼻に……」
二人ともむせた。声にならないほどせき込み息をしないように静かに呼吸をする。
煙が口の中に入ってきた。この煙は喉奥なのかそのまま吐き出すのか、正解が分からなく口の中で留めておくと、どんどんと苦くなっていった。
唾をためて煙と同時に吐き出す。
「タバコって吸うもんじゃないね」
「確かに、私鼻めっちゃ痛いんだけど」
涙目になった明音を見て嘲笑う。
違法なことを当たり前のようにするこの状況。俺からすれば想像する青春、そのものだった。
「ふぅ……」
「なんでか知らないけど疲れちゃった」
「同感」
二人はお酒を飲みながらベンチにお互い背を向け合わせて座っていた。明音の長い髪が首を撫でる。
落ち着いたのか二人共ほぼ無言でいた。そんな静寂の中、明音が話し出した。
「もしさ、私が自殺するって言ったら。どうする?」
「一緒に死ぬかな?」
「でしょうねー」
即答だったことに対しお互い小さく笑う。結局は死ぬ運命にあるのだ人間は。いや、すべての生き物は。
「でもお前、あの月が無くなったら自殺やめるのか?」
「どうだろ、私には分からない。だって私の中では決めたことだからね」
「……そうか、やっぱり寂しいよな」
「そう?どっちにしてもあと3日の命だよ?踏ん切りつかない?」
「全くだね、どうせなら人生最後まで生きてやりたかったよ」
なんとなく目線を空にあげる。
秋分の日。あの日の月は確か表面がギリギリ見えるか見えないかの距離にあった。日食の時もそう。まだ気にする程度ではなかった。
ただ、時間が経ちすぎたのだろう。最近では自転軸がズレただの、海面が上がっただの。正直聞き飽きていた。
そして今ではもう空の1/4程度を占めている月。気にかけない方が難しいだろうと若干のストレスを感じてしまう。
「本当は性の6時間に死んでやろうと思ったんだよ?でも詩が用事入ってるっていうから変えてあげたんだよ?」
「ありがたいね、俺は最後の詩を書いてたんだよ。全く手が進まなかったから一日かけて書いたんだよ?」
「用事じゃないじゃん!そんで、結局書けたの?」
「書けるわけなくない?やっぱりアイデアがないと難しいもんだね」
「やっぱり詩らしいね」
「それほどでも。」
会話が途切れると黙ってしまう。なんとなく感じた疑問を投げかける。
それはなんだか聞いてはいけないような、触れてはいけないような気がしたが、
「お前、今日死ぬの……?」
「そうだね、日が昇る前には死んでやろうと思ってるよ」
「死に方は?」
「分かってるのに聞く必要性ある?」
「そうだな、ごもっともだ」
そういい笑う。死に様で笑えるこの場は生きてて楽しい。ただやはり苦しいものもあった。
「明音は死にたいのか?」
「死にたいというよりかは死んでやりたいかな?」
「どういうこと?」
「そのままの意味、どうせ死ぬなら自分の意志で死にたいって思ったの」
「へー、明音にしてはいい考えだね」
「あれ?私なめられてる?」
「当たり前じゃん、無知のくせに考えやがったな」
「それはどうも」
そういうと明音は机に置いてあったスマホを取る。こんなにも暗い空間、こちらにまで光が届いた。
なんとなく明音のスマホを覗く。体まで動いたせいで背中が離れてしまった。惜しいことをしたものだと内心で舌打ちをした。
「もう明日なんだね」
「12時4分、クリスマスももう終わりか……」
「言うてクリスマスっぽいことしてないけどね?」
「プレゼントは用意しただろ」
そう駄弁りながら明音はロック画面の「3日目」と書かれたメモを「2日目」に変えていた。
「そのカウントダウン逆じゃない?」
「いやー、『あと何日』とかにすると終わりって感じがして嫌じゃない?」
「俺はそもそも書かないけどな」
「それもそうだね。私はカウントダウンが0になる前に死ななきゃだからね?」
「死ねなんて言われてないからな?」
「まぁそれは個々の自由ということで」
そういうと明音はスマホを置いてボーっと空を眺めた。
俺ももう一度座ってまた背中を合わせた。何故だか心が落ち着くような、安心して居れた。
無音が続く空間。人の気配どころか雑音が一切聞こえないこの場では、心臓の鼓動だけが淡々とリズムを刻んでおり落ち着くには最適の空間だった。
途端に明音が小さな声で話し始める。
「ごめんね……」
「なにが?」
「一人で死のうとしたこと」
「……」
「……」
途端に言われた忘れたかった事実に向き合わなければならないと決意した。
「まぁ、お前が死んだとしても死ななかったとしてもどうせ別れることになってたんだし……どうも思わなかったよ」
「……ほんと?」
「嘘、めっちゃ泣いた」
「心配してくれてたんだね」
「違う、ただ……こう……なんだ?分かれるのが嫌なだけで……ん?」
「正直になったらどう?」
「俺はいつだって正直だよ」
そう言ってなんとなく歯ぎしりをした。
「なんでお前は、縄で死のうと思ったんだ?」
「なんでって……なんでなんだろうね」
「分かってないのか?」
「正直。多分その時は早く死にたくて死にたくてたまらなかったんだろうね」
「悲しい奴だな。同時に愛しくもある」
「愛しい?」
「可哀そうって意味だ」
「ぴったしの言葉だね。あの時の私は可哀そうだったな」
小さい声で交わす会話はどれも悲しいものばかりで、盛り上がりには欠けるものだったがそれが丁度良かった。
「詩はやり残したことある?」
「そうだな、俺は詩が書きたい」
「今のうちに書いとかなくて大丈夫?」
「お前が死んだら書くよ」
「私をネタにする気じゃん」
「こんなに詩に持って来いなネタこれ以上にないよ」
「確かにね」
そう言ってやはり笑いあった。
物思いにふけるとどんどん悲しくなってくる。だがもう確定したことだと割り切る。
自分はどちらにせよ生まれそして死んでゆく。結果が近くなっただけだと。そう割りきる。
でもやはり寂しいものは変わらなくて、結果を変えたくて、どうせなら来世でなくこの世界で満喫したくて……。
「あれっ……なんでだ?」
「詩っ……?」
なぜか頬に水滴が垂れる。そんなはずないのに。何故だか声が震えてしまう。
「泣かないでよっ……私だって、我慢してたんだよ……?」
二人とも涙が止まらなくなってくる。
死ぬのは確定してることで、でも死にたくなくて、抗ってみるけど、やっぱり現実は変わらなくて。
あんなに楽しかった日も、思い出どころか何もかもが無くなってゆく。それがなぜか怖くなって。現実から目を背けたくて。
不意に手首に目を下ろすと、ガラスで傷つき膨れた皮膚が赤くなっていた。血が流れるのを直接感じる。
「俺達って、まだ生きてるんだよな?」
「……なんで?」
「俺、現実と想像が混じってんのかもしれない。本当にあれが、現実だと受け止めたくないのかもしれない……」
「……っ」
中学まで全く楽しくなかった。無駄だと思っていた現実が高校になってから一変した。
明音に出会っていろんな場所で遊んで笑って傷ついて傷つけて。
今、俺らにできることに意味はない。ただ、呼吸をして待つだけしかない。それがどうにも悔しくて悔しくて悔しくて。
もし抗うことができたのならば、なんて既成事実を変えようと必死に努力したところで無くなるのは時間だけ。
ただ無駄に過ぎて征く時間。それならば有意義にしようとしてくれた彼女は俺からすれば命の救い手だったのかもしれない。
「私思った。現実的でないとしてもさ」
「なに……?」
「来世でもこうやって楽しく生きれたらって、生まれ変わって寿命で死んでいく人生を送れたらって……」
「そうならばまた俺等仲良くなるといいな」
「覚えてないかもしれないよ?」
「なんとなくわかるでしょ?首が赤い女子なんて滅多にいないよ」
「そうかもね」
そう言ってやっぱりまた、笑いあった。
今際の君は、もうすぐ死ぬというのに君は、ただ笑っていた。
笑ってるのに、涙が地に落ちていく。
仰向けに寝転がった君に跨るとそっと首に手をかけた。
朱い皮膚はそんな僕の手を拒絶するように主張していた。
そんな僕の手に涙が触れた。それと同時に広がって征く涙。
来世でも彼女と共に笑いあうだろう。
そう思い震える腕に力を込めた。
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