安堵と緊張
「昨日サトウPが上げてた『奇跡のこんぺいとう』って曲聞いた!?」
「もちろん!聞いた聞いた!めちゃくちゃよかったよね」
「それな!音楽が個性的っていうかさ、『サトウP』って感じがしてめっちゃよかった!」
高校生の休み時間はとにかく暇だ。暇すぎて腕の鳥肌を数える方が楽しいまである。
小学校や中学校には運動場が自由に使え図書室にも行き放題だった。
だが高校生になるとどちらも規制されて使えない。ましてや友達の少ない俺にとっては地獄のように思えた。
だが隣に彼女が来てくれたおかげで休み時間が急激に短く感じるようになった。
「やっぱり音楽と言ったら『サトウP』だよねー」
「いやいや、『塩対応P』も最高でしょ?」
「たしかに!?大好きなのに完全に忘れてた……なんだか悔しい!」
いや、正直毎回やってきてうざったいと思うこともあるがそれ以上に話が盛り上がった。
お互いの趣味が『音』と『詩』でどちらにも該当する『音楽』は互いに最高級の趣が向けられていた。
もちろん着目点はお互い違うがそれらを語り合える友達がいるということはとても良いものだと思う。
ただお互いが互いに仲が良く他とつるむことがあまりにも少ない。つまりはほかに友達がほぼいなかった。それは明音も例外ではなかった。
学校が始まって5カ月ほどが経とうとしておりクラスの中にもいくつかのグループができていた。
陽気なところや陰湿なところ。やけに女々しい女子のグループやなぜか好かれる坊主を中心にしたグループと、お互い干渉しあいながらも仲良くなっていった。
が、俺達二人はまるで隔離されるようにスルーされていった。
もちろん話しにくいはずもなく何か用事があれば呼んでくれるし名前だって覚えられている。だが誰もこない……
「そういや明音、昼食は食べたの?」
「それがトイレ行ってるときに席取られてさ」
そう小声でい言うと明音は横目で隣の席を見た。
そういやそうか、とつぶやき俺も横目で左側の席を見た。
そこにはやけに女々しい女子のグループがたむろっていた。見るにアルプス一万尺をしている。
高校生にもなってまだ手遊びをしているのかと心配になってくる。
「だから食べれそうにないんだよね」
「じゃ、窓側行かない?休んでて席空いてるよね?」
「空いてるね。じゃ、そこで食べよ?」
「了解」
そういうと俺はビニール袋をカバンから取り出した。
視界の端に水筒が見えたがわざわざ持っていくのはめんどくさい。置いておくことにした。
「今日パンなんだ!私も今日パンだよ」
「じゃぁ席変えなくていいじゃん」
「ま、いいじゃんいいじゃん」
そういうと明音は隣の席のカバンを漁ってパンを二つほど持って席に向かっていった。
明音はパンを片手に持つと首を掻いた。
俺たちのところに誰も寄ってこない理由、正直なところ俺達には分かっていた。
それは誰が見ても分るもので、もちろん明音自身も気が付いていた。
だが明音と縁を切るのは何が何でも嫌だ。お互い何も言わないようにしていた。
明音が席に着く。俺も向かうように前の席に座った。
「ここなら落ち着くか……」
「女子のグループ嫌い?」
「嫌いというか苦手、見てるとなんか女々しすぎるというか、気持ち悪い」
「案外はっきり言うんだな」
「あとうるさい」
「それは俺も思った」
俺たちはそう駄弁りながらパンの袋を開けた。
その時、ドンッと窓の叩かれた音がした。
「ここも落ち着きそうにないけど」
「ま、移動したんだしもう遅いね」
そういうと明音は窓をドンッと叩き返した。
「廊下で暴れて怖くないのか?」
「先生?」
「いや、窓ガラスが割れたりとかしたら大惨事だろ?」
「そんなこと廊下で暴れるような奴が考えてると思う?」
「十割ないね」
「でしょ?高校生にもなって学ぶ力がないような人たちはどうしようもないんだよ」
「随分はっきり言うんだな」
「間違いじゃないでしょ?」
「もちろん、何ならおんなじ考えだわ」
そういうとお互いに笑いあった。
俺はメロンパンを、明音は唐揚げを挟んだパンを頬張っていた。
食べるものがどう考えても逆なような気がするが気にししすぎると負けな気がして黙っておく。
「……」
「……」
「……」
「……」
普段から喋っているせいでお互いあまり話すことがない。
しかも食事中ともなればなお口を開くことが少なくなる。だからと言って気を遣って話す意味のないしもくもくと食べ進める。
「なんかさ」
「どうした?」
「私たち食べるもの逆じゃない?」
「………………そう、だね」
「なにをそんなに考え込む必要があるの?」
「いや、考えてるわけじゃないけど……まぁ、はい」
一気に気まずくなった。別に勝った気はしないがなんだか心に穴が開いたような、そんな感覚が湧いた。
と、しどろもどろになっていると不意にドンッと窓が叩かれた。
「また暴れてる……」
「学ばない奴らだから気にする方が野暮だよ」
「それはそうだね」
そういうと俺は窓を軽くたたいた。
トンッと軽い音がした。なんだか威力が小さく思ったより注意した気分になれなかった。
「そんな窓叩き返したら挑発してるみたいだよ?」
「注意の一環だよ、どんなに学ばない奴らでも自分の不利益には敏感だからね」
「窓を叩くのと不利益にはどんな関係が?」
「うるせっ、あんたもやってただろ」
そういっているとまたドンッと窓を叩く音がした。
「聞こえてなかったみたいだね」
「威力が弱すぎたんだね、次はもっと勢いおいよく叩こ?」
「そんなことしたら窓が割れるだろ……」
「窓が割れて不利益なのは相手だけだよ?」
「そういうことじゃないんだよな……」
そういって俺は窓を叩こうとした。
さすがに割れるわけがないが正面から殴れば可能性はある。保険で手首で叩こうとした。
今回も冗談の内ですむ話だと思っていたし誰も割れるとは思ってなかった。そんな軽い空気がいけなかった。
―――パリーンッ
っときれいな音が響く。時間が経つにつれてガラスと地面が当たる音がする。
―――ガシャッ
どうやら向こう側に人はいないようだ。
なんて考えているわけじゃない。俺の思考は予想以上に速く動いた。いや、逆に世界の時間の流れが遅くなったのかもしれない。
どうであっても今目の前で起きていることを理解するのに多くの時間はかからなかった。
ガラスが割れた。
パッと明音の方を向く。
彼女は驚いているようで無い窓の方をじっと見つめていた。そんな彼女は時間が止まったかのように動かない。何なら呼吸をしているかどうかも……違う。今そういうことを考えるんじゃない。何を考えるのだ。そうだ、弁償は?割れたガラス代はどうなる?いや、今じゃない。考えるのは俺じゃなく親だ。責任は親に行く。まて、そうだとしたら俺は親に怒鳴られるのか?せっかく仲良くしている親との関係が崩れるのか?そうだとしたら明音はどうなる。なお俺を嫌うのか?待て、おかしい、ガラスが割れただけで明音との関係が崩れるわけじゃない。違う。違うくない。俺はなにを考えるべきだ?まて、手が痛い。いや、痛くない。違和感を感じる。ガラスで手首を傷つけたのか?どう修復するのだ?血小板は手首にも存在するのか?というか血小板と血漿はどうして名前が。違う。何を考えているんだ。今考えるべきは何だ。考えろ?思考が全く働かない。どうして働かない?脳は仕事をしていないのか?俺はメロンパンを食べてぶどう糖を摂取したはずだ。脳は素早く動くはず。待て、そうだとしたら止血に時間がかかってしまうのではないか?いや、大丈夫か?手首は脂肪が少ないから怪我したとても大した傷にならないはずだ。そもそも脊髄が反射を起こしたおかげでたくさんのガラスを浴びることは避けれた。ならやるべきはガラスの撤去か?そういや掃除には時間がかかるはずだ。このガラスの量は誰が掃除するのだ?というか掃除は普段どうりでできるのか?そうか、ほうきを使えば楽に掃除ができる。ここに問題はない。まて、そもそも問題はガラスを割った行為にある。俺は怒られるのか?正しいことをしたのに?いや、正しいとは限らないか?だがそもそもガラスを叩いていたのはあの脳なしどもだ。俺はそれを注意しただけで怒られる理由なんてないはず。怒られるとしたら何を怒られるんだろう。逆にたたえられた方がいいはずだ。だって俺はガラスを叩いていたのを身を挺して注意したんだから。わざわざ傷を負う必要性はなかったか?いや、そもそも脳なしどもがガラスを叩かなければこんなことは起きなかった。これは俺の問題じゃなくてクラスの雰囲気の問題のはずだ。俺ら二人はいたって冷静にいた。こんな学校という公共の場で走り回ったりするから問題が起きる。怒るべきなのは雰囲気の問題じゃないのか?いや、まて、先生が先に目を付けるのはどう考えても俺だ。だとすれば俺は確実に怒られる。理由なく怒られるなんてまさに滑稽……違う。なに面白がってる?冷静になれ。俺は今ガラスを割った。均すべきことはなんだ?謝ることか?誰に謝るのだ?先生か?いや、関係ない。学校を管理している人か?いやでもばれないうちにガラスをはめたら関係なくなるのでは?そうだとすればだますことになるのか?悪事に悪事を重ねるのか?というか悪いことか?違う。考えるべきは今何をすべきだ。謝る。ではなくならなんだ?とりあえず動くことか?待て、無造作に動いたらガラスが足に刺さらないか?スリッパは穿いてあるが万が一がある。というかそもそも動く必要性はあるのか?動いて何になる?動いたところで何もできないなら動かず待っているべきだ。だがずっと止まっていると先生になぜ動かなかったと怒られるか?いや、でも理由は明確のは
「奏世君がガラス割りましたー!!!」
一人の生徒の声で目が覚める。夢かと目をこすってもそこにはとがったガラスの枠があった。現実だ。
どうすべきか悩んでいると先生がやってきた。明音の方を見ると何もできない様子でただずっと俺の怪我した手首を見ていた。
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