暗い世界と胸やけクレープ

放課後、

誰しもが青春を思い出すだろう言葉。

無論、俺も『青春』の言葉を聞いて心を砕かれたことは幾度となくある。

ただ高校生活、中学のような悲しい生活は卒業していた。


「これおいしいね!」

「いやいや、さすがに甘すぎるだろ…」


俺は、田舎の中でも割と高い建物の多い都会の方向、そこにある大きな公園のベンチでクレープを食べていた。

しかも友達と共に。この状態をSNSに上げたらバッシングを受けるだろうなと微笑した。


「そういやなんで今日誘ってくれたの?」

「今日は詩人にとっては特別な日だからね」


そういって腕時計を見る。時間は4時半前。もう少しだなと笑みがこぼれる。


「さっきから何ずっと笑ってるの…キモイよ」

「ストレートだな、いや時代遅れなクレープがあまりにもおいしすぎるんだよ」


そういってクレープをむさぼる。

俺はココア味を、明音はまるで糖尿病になってくださいと言わんばかりのクリームの量に若干引くパフェのようなクレープを食べていた。


「まぁ時代遅れだとしてもクレープはおいしいからね」

「私せっかくなら最近流行ってるタピオカ飲みたかった」

「最近って言っても1年くらい前じゃないの?」

「いやいや、まだ流行ってるんだよ!男子には分からなくて当然かもね」

「陰気な俺としては時代の進む早さは早すぎるんだよ…」

「ついていけてない詩が悪いんでしょ?」

「けど最近のニュースには俺博識だから!」


そういうと同時に周りが一斉に暗くなる。


「ん?なに!?」


都会には人が多く、ある人は空を見上げ口を開け、ある人は驚きの声を上げ、ある人は感嘆の声を上げていた。

最近の人はニュースをあまり見ないのか、周期を忘れているのか、何が理由かは知らないが完全に頭にないようで…


「日食だ!」


誰かが言った言葉のおかげで皆が冷静になっていった。


「え、もう一か月経ったの?」

「早いよね、けどこの時を待ってたんだよ!」

「なんだ日食なんか毎月あるんだから前にでも誘ってくれればよかったじゃん」

「いや最近の日食はすぐに終わる奴だったから都合悪かったんだよ」


俺は完全に日食に見とれそちらにずっと視線を向けていた。

太陽の何倍も大きく見える月。どうやら月と地球が近すぎるせいで大きく見えてるらしい。実際は太陽の方が月の400倍程あることに驚きだ。

暗いのに月がある。夜には見られない月の表面が見れて感動してしまう。月の表面にあるクレーターがはっきり見えている。

そう月に集中していると途端にビュッっと風が吹いた。


「さむっ!!」

「やばっ、凍える!」


日食に気を取られ寒さを忘れていた。

横を見ると明音がクレープをもって震えていた。

ただ日食のことを覚えていた俺は用意を怠らなかった。

リュックから地味なジャケットを片手で取り出すと明音に差し出した。


「え?いいの?」

「俺用のも持ってきてるから」


そういうと愛用している紺色のジャケットをまた取り出した。


「ありがと、持ってて」


明音からクレープを受け取ると明音は早々に羽織った。

明音はふとこちらを見るとクスッっと笑った。


「なんだよ…」

「両手にクレープ持ってて強欲だなって」

「どうでもいいわ。俺も寒いから早く持ってくれ」


クレープを差し出す。


「このまま私が受け取らなかったら詩は凍えることになるんだよね?」

「まて、ほんとに持ってくれ、俺早く月が見たいから」

「月は逃げないよ?」

「逃げるんだよ!タイムリミットはあるんだよ!」

「仕方ないな」


明音はクスクスと笑いながらクレープを持った。手がフリーになった瞬間、ジャケットを羽織った。


「そんなに月が見たいの?」

「月の表面そんなにまじまじと見れる日ってないでしょ?あと詩に天体はぴったりじゃん」

「確かにね、私はあまり興味ないけど」


明音はそういうと片手で器用にスマホをいじり始めた。よく見るとイヤフォンが右耳にハマっていた。


「私呼ぶ必要性あった?」


明音がスマホを見ながら言う。


「なかったら呼んでないよ」


俺もわざわざ顔を下ろさず月を見て話した。


「じゃあなにが用で呼んだの?」

「一人だと悲しいでしょ」

「え、それだけの理由?」

「まぁ詩に出すのもありかな…って」

「そんなおまけみたいに言われてもな…けどまぁ無料でクレープ食べれたからいいかな」

「ほんと、よりによって一番高いやつ買いやがって…」

「詩も食べる?」


そう言われ顔を下ろす。明音がクレープを差し出していた。


「じゃあ一回交換しようぜ」

「いい提案だね」


そういうと明音からクリームたっぷりのクレープを、俺はココアのクレープを明音に渡した。

二人とも渡された瞬間に食べだした。


「あっまっ…」

「おぉ!割とココアもおいしいじゃん!」


各々が感想を言っていく。

やはり見た目通りクリームが多く胸やけを起こしそうになる。


「このココアパウダーかけただけの手抜きクレープも割とおいしいね」

「辛辣なこと言うんだな、そう言われたくないからこういうの作ったんだろ」


そういって俺の持ってる胸やけクレープを渡そうとする。が、


「いや、いいよ、それ詩にあげる」

「いらないんだけど…」

「その代わりにココアもらってあげる」

「理不尽じゃない?」

「いやいや、そっちの方が高いんだし十分でしょ?」

「俺別に食べたいわけじゃないんだけど…」


そういって胸やけクレープを頬張る。

若干吐き気がした。欲を抑えながらがむしゃらに食べていった。




何分経っただろうか。

日食のことを忘れクレープに集中してしまった。

そもそも、日食なんて毎月あるせいで慣れてしまい頭の中には完全になくなっていた。


「おっけ、やっと食べれた!」

「すご、よくあの甘すぎるクレープ食べれたね」

「お前、なんでこんなもん頼んだんだよ…」

「だってせっかく奢ってもらうんだから普段は買えないもの買うのが妥当でしょ?私も食べ終わった!」

「やっぱり胸やけクレープ無駄だったな…」


そう話してるといきなり温かくなってきた。そう思った矢先。

周りが一斉に明るくなってきた。秋だというのに目が眩む。


「お?日食終った?」

「え、もう終わり!?」


バッっと顔を上げると太陽を直視してしまいダメージを負ってしまった。


「太陽見なくても周りが明るいんだから分かるでしょ…」

「しまった…詩全然考えれてない…」

「ま、また来月考えよ!クレープまた奢ってね」


そういうと明音は立ち上がってジャケットを脱いだ。

俺も同じようにジャケットを脱いだ。

明音はおもむろにリュックを背負った。


「え、もう行くの?」

「この公園人の声がうるさくて集中できない、移動しよ?」

「了解…収穫なしか…」

そういうと俺もリュックを背負った。

颯爽とした態度で走っていく明音の背中を走って追いかけた。

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