心の中の小さな声
放課後。
秋の夕暮れはあまりにも早すぎると思う。
秋分の日。調べると昼と夜の長さが同じになる日だというがそんなことはないだろう。
周りを見ても草も花も本来の色を失っていた。
そんな道のない草をかき分けて目的地まで歩いた。レジ袋がこすれる音がする。なんとも鋭い音だと耳をふさぎたくなる。
「お、お帰り!」
声が聞こえ頭を上げる。
なぜか一部だけ草のない。ただ、手入れされているかと言えばそうとも取れない。
たった一つの存在を主張されているような木。周りよりも明らかに目立ている木に、もたれていた彼女はこちらに気が付くと立ち上がってこちらまで駆け寄ってきた。
まるで犬だ。飼い主を見つけた犬のようだ。
「ありがと!助かる!」
「お前、自分で行けよ…」
「だって私には買えないもん」
「と言っても俺もお前もそこまで変わらないだろ」
そういうと俺は愛用しているレジ袋から単色にシンプルなデザインの缶を取り出した。
どれだけ目を凝らしてもやはり「お酒です」と書かれているが他人事だと思い彼女に渡す。
「そんでどうだった?」
「買うとき割と睨まれたよ…」
「バレたの?」
「というかいくらパーカーを羽織っているとはいえ制服だからな?何なら明音が行った方が自然なんじゃないか?」
「いやいや、私の方がだめでしょ、私もジャケット来てるけどスカートだよ?」
「脱げよ」
「セクハラじゃん」
「どうせ短パン穿いてんじゃん…」
「ま、詩の方が大人っぽいから」
「比べたらな、世間から見ればどっちもアウトだからな」
「ま、詩さん、とりあえず乾杯でも?」
明音はそういうと近くのベンチまで歩くき座るとカシュっといい音を鳴らした。
毎回なぜこんな田舎の整備されていない公園にいかにもピクニックに良さげな背もたれのないベンチと机が置かれているのか不思議でならない。
そんなどうでもいいことを考えながら俺は対面に座る。
レジ袋から「白ぶどう」と書かれた缶を取り出すと俺も缶を開けた。
「「乾杯!」」
缶と缶がコツッと当たる音が鳴る。
頭が痛くなってからは後悔しても遅いと少しずつ飲む。明音を見ると缶を逆さにして飲んでいた。
どうして未成年の彼女はこんなにもお酒をおいしそうに飲むのか…
「なんとも男らしくない飲み方ですな」
「俺は未来の自分の心配をしてるだけだよ」
「いやいや、お酒は一気に飲んでこそだよ?」
そういうとまたグイっと缶を傾けた。
「ふぅ、やっぱり白サワーが一番だね」
「あと2本ずつ買ってきてる」
レジ袋を机の上でひっくり返すと缶がゴロゴロと4本出てきた。と、同時にレシートも出てくる。
明音はそれを拾い上げると目を丸くした。
「随分といい値段するんだね…」
「お酒をなめたら痛い目見るぞ」
「す、少し払おうか?」
おもむろにリュックをあさりだした。
女性にお金を出すのはさすがに男としてしたくない。
「やめろ、今日はいつもより買ってるから普段と比べたら変わらない」
「そうだとしたら少ないけどね、これ朝まで持つの?」
「お前朝まで飲むつもりなの?」
「今日ははっちゃけるつもりだよ!」
どうしてこんなにもハイテンションなのか…
「やっぱり家にいるとこんなにはっちゃけることないからね」
「親怖いんだったっけ?」
「いや、優しいんだけどさすがに家でうるさいとだめでしょ」
「そうだな、ものすごい妥当な理由で俺びっくりしてんだけど」
「私おかしかったことある?」
「明音は全部おかしいよ」
「うん、否定しない」
そういうと明音は耳にピンクのイヤフォンを嵌めた。
学校。もちろんクラスの人と話すことは余裕でできる。だがどう頑張ってもよく話す仲までに至らない。
そのせいか俺には明音しか友達がいないように思えた。
それは明音も同じようで、遠目で見ていると女々しすぎる女子達の仲間になるのがどうやら嫌らしい。自然に俺らの仲がどんどん良くなっていった。
そして今日、途端に聞いてきた「今日いつもの公園で朝まで遊ぼう」と。友達のお誘いは断る方が無礼だしちょうど今日から3連休。都合がよすぎるがゆえに受け入れた。
だがさすがに親に「女子の友達と朝まで遊ぶ!」というのはどう考えても危険に感じ、「友達と朝まで遊ぶ」と言った。
誰と?どこで?なんで?親にも責任があるのは重々承知しているがやはり厄介だ。「何か問題が起こったら電話する。だからあまり深く聞くな」というと笑顔で見送ってくれた。帰ったら謝ろうと思う。
「そういえば明音は親になんて言ったの」
「おや?」
途端に聞いたせいかイヤフォンを雑に取って首を傾げた。
「今日帰らないっていうの、言い訳」
「あー、私深夜に公園来るの毎回のことだから今日も公園行くって言ったら何も言ってこなかったよ?」
「責任とか無いの…?」
「ま、家遠いわけじゃないし何かあったら連絡入れるって言ってる」
「明音は人生が楽しそうだな」
「超充実してるよ」
そういうと明音は適当に缶を投げると二本目の缶を開けた。
俺の缶はまだ半分以上も残っているというのに…
「…」
「…」
やはり普段からなんでも喋っているし大抵は二人でいることが多く会話が思うより弾まない。
だかそんなこと考えたところで無駄だし無理に話すのもおかしいと思いスマホに目を向ける。
適当なSNSを開くと文字ばかりの画面に集中する。詩が好きだから詩の情報を多く入れている。
そのせいか文豪やライトノベルの情報が多くなる。中でも短編小説が多くそれに目を通す。
「そういや最近いい動画見かけたんだ」
そういうとボウッと眩しく光る画面をこちらに見せつけてくる。明音の方を見るとイヤフォンを外してこちらに渡してきた。
「なんの動画?」
そういいながらイヤフォンを左耳につけた。
机をまたいで動画を二人で見る。
「私が音系以外の動画見たことあると思う?」
「明音はなんでも見てるイメージあるよ」
「それはバーナム効果でしょ」
「うん、適当に言った」
動画を見るとどうやらASMRの動画のようだ。手の大きい女性の方がスライムをこねくりまわしている。
確かに聞いているとすっきりとする。スライムだというのになぜこんなにも心が落ち着くのだろう。
「夜に寝ながらにも聞くといいかもな」
「確かに、でも私こう見えて寝るときは静かじゃないと嫌なんだ」
「うそじゃん、普段から音大好きってあほ面かましてるくせに」
「誰があほだよこの阿呆」
「いたっ」
明音が軽く頭を叩いた。頭蓋骨を伝って鈍い音が聞こえる。威力と音は比例しないのだろうか?
「そういや明音って人から出る音が好きなんだよね」
「まぁ、他と比べたらね」
「ならさ、人を叩く音ってどうなの…?」
「なに?叩かれたいの?そんなに叩いてほしいなら…」
「違う違う!純粋に気になっただけ」
「まぁ、確かに叩く音は好きだけど…」
スッと静かになる。不思議に思い明音の方を見る。
すると明音は耳を赤くして呟く。
「まぁ、人から出る音は…間に合ってるから…」
「なるほど、普段から自分でやってるもんね」
「言うなそれを!」
明音は顔を真っ赤にして殴ってくる。
恥ずかしいものなのかと疑問に思うがあまり女性のプライベートには突っ込まないほうがいいだろうとそこで会話を終えるつもりだった。
が、やはり気になるものは変わらなく。
「自分でするってどうするの?」
気づいたら聞いていた。
「ほんとに殴られたいんだね」
「いやいや、気になるもんはもうどうしようもないでしょ」
「まぁ…いいけど」
明音の顔は赤から変わらない。ふと目線を下げると手をもぞもぞと組んでいるのが分かった。
一時間くらい経っただろうか、明音はこっちのベンチまで着て背中を合わせて座っていた。
不意にザザッとものを投げたような音が聞こえた。
「やば、3本飲んじゃった…」
「嘘でしょ?俺まだ2本目開けたばっかだよ?」
「ま、私先にコンビニ行って普通のジュース買ってたんだけどね」
「お前は強欲なやつだな」
「あ、リュック反対のベンチだ…」
「うごけ」
「絶対無理、めんどくさい!」
「でしょうね」
そういうと俺は足を延ばして立ち上がろうとした。
「いや、大丈夫だよ?」
「そうか?まぁあれだけ飲めばもう勘弁しただろ」
「いやいや、まだまだ飲みたい」
そういうと明音はへへっと笑った。
「ほんとにお前はな…一緒に新しいの買いに行く?」
「いや、動くのは嫌、けど飲みたい」
「なるほど、お前の言ってることが分かった」
そういうと俺は自分の持ってる缶を明音に渡した。
「さっすが詩!私の思ってることが分かるなんてかっけーすよ!」
そういうと明音は飲むためか頭を上げた。自然に俺の頭が下がる。
「お前は遠慮というものを知ったほうがいい」
「いやいや、今後しっかり返すから!」
「返せばいいってもんじゃないからな」
「じゃぁ何すれば許してくれるのー?」
こいつは酔ってるのだろうか?それとも初めから頭が悪いのか…分からない。
「別にいいよ、俺の親切心だよ」
「あざーす!」
そういうと明音はまた頭を上げた。
ふぅっと気持ちいい声が聞こえる。
なんだか振り回されている気がするが友達と二人で夜の公園にいるというだけで気分が落ち着く。
それは明音も同じなのか集まってからずっと笑顔だ。
たまにはこうやって何もせず目的を捨ててのんびりするのもいいかもしれない。
「あ、やば、全部飲んじゃった」
「嘘じゃん?一気飲みしたの!?」
「ご、ごめんね…?」
「開けたばっかって言ったよな…」
「おいしかったよ、白ぶどう」
「聞いてないよ…」
コンっと缶を置く音がする。まぁ、本人が楽しいなら良いかと、自分の中で完結させる。
「…」
「…」
急に黙られると困る。
不意に明音が小さな声で話し出す。
「今日さ、なんで誘ったか分かってる?」
「…」
なんだか空気が違うような気がする。というかなんとなく察していた。
いつも趣味以外では関わることが少ないのにこんな夜中に誘った理由。それが建物の中じゃない理由。
「まぁ、一応」
「…」
今の状況だと逆にこの空気の方が合ってるのだろう。
「というかここ来たときは毎回してるじゃん」
「だって…誰もこないし居心地がいいのここ以外ないでしょ」
「まぁそうだね」
喋らなすぎるのも悪いと思い適当な話をする。
「ちょうどお酒が回ったのかな?」
「そうだとしたらダメでしょ」
「全部お酒のせいにできる」
「それはいい提案だけど、危険だな…」
「大丈夫、加減は慣れたから」
「慣れたらもっとだめじゃない?」
そう雑談していると急に明音がこっちを向いてきた。俺も自然と明音の方を向く。
ベンチの上で対面する形になった。明音の顔が朱い。きっと俺の顔も朱いのだろうと隠したくなる。
「今日はさ、詩がしてくれない?」
「分かった…」
どうしても体が動きづらいのは本能なのだろう。
俺は明音の首に手を伸ばした。
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