第40話 ティナの病床の戦友

 翌朝、朝食後。


 当主ノーデスの妻。エルモアの部屋。


 ティナがテルユキとミルルに。


 「エルモアの状態を見て欲しい」


 「わかりました」


 ベッドに横たわり衰弱しきったエルモアを二人がじっくりと観察した。


 「メデスも術式とも病気・ケガとも解らんようで困り果てている。我もさっぱりでな魔力も問題ない」


 「なんでしょうね。私も医学に精通しているわけではないので何とも。ノーデスさん達は何かおっしゃっていますか」


 首をかしげながらテルユキが答えた。


 「三年ほど前から徐々にらしい。彼らも本人も身に覚えが無いと言っておる」


 「ちなみに師匠たちには?」


 「この間来た時に見てもらったが解らんようだ」


 「エルモアさん。今はどんな感じですか」


 ミルルがベッドに横たわるエルモアに声を掛けた。


 「ボーとして、何も考えていないわ、食事は味がしないのであまり取れないし。ほとんど動いていないのに体がだるい」


 「運動はしていないのですか?」


 「散歩ぐらいかしら。でもすぐ面倒になって帰ってきちゃう」


 「参考になるかはわからないのですが、ご結婚前は何をしておられたのですか?」 


 テルユキが質問した。


 「今、式に言うと冒険者かしら」


 「エルモアは強かったぞ。我々同等の遠見と槍の名手でな、一時はエルモアの前に無言で立てば瞬時に穴だらけの串刺しだ」


 ティナが槍の型をとって前後に動いていた。


 「今はもう槍はやっておられないのですか?」


 ミルルが聞いた。


 「獣人の槍の名手だったナルワールの人型種 ハリバットと一騎打ちをしたときに槍が折れてそのまま。ちょうどノーデスに求婚されていたから」


 「それ以降はやめてしまったのですか?」


 「そうね。ちょうどお腹にヤルトスも出来たので、周りから危険だからと」


 「ティナ陛下もしかしたら」


 「我とミルルの意見は同じかもしれんな」


 「エルモア。その槍は今どこに?」


 「そこのクローゼットの中に、見せてさしあげて」


 メイドが真っ二つに折れた槍を持ってきた。


 ありとあらゆる場所にキズが在り、一騎打ちの凄まじさが見るだけで伝わってくる。


 「もうね誰が見ても治らなかったの。これを作ったドワーフのドルドはもういないし」


 エルモアの瞳が潤んでいた。


 「そうだ、ちょっとお待ちください」


 テルユキは折れた槍の上をゆっくりと両手でなぞった。


 そしてバトスメルに何かを頼み、バトスメルは部屋を出て行った。


 「エルモアさん。当時の戦闘服は残ってますか?」


 メイドがテルユキに差し出した。


 「もう二十年以上着ていないわね」


 「エルモアさん全然普通に着れそうですよね。二十年以上体形が変わってないってこと?」


 ミルルが嫉妬にも似た驚きを見せている。


 「エルモア、それを着て庭に出てみんか?我も付き添うぞ」


 「わかりました。皆手伝ってほしい」


 「畏まりました」


 メイドがエルモアの服を脱がし始めた。


 「あんた、なに突っ立てるのよ。ささっと出ていきなさい」


 ミルルがテルユキの尻に回し蹴りを食らわせた。テルユキは扉の方へ吹っ飛んだ時、扉が開いてスピランスとバトスメルが入ってこようとした瞬間テルユキと一緒に

廊下の向への壁に激突した。ミルルが魔法で扉を閉めた。


 「おいおい何事だ?バトスメルに呼ばれてこっちに来たらテルに吹っ飛ばされたぞ」


 「いててて。すまんスピ、ちょこっと危なかった」


 「大体だなバトスメル、ティナ陛下がいらっしゃる部屋をノック無しで開ける奴がいるか?俺まで巻き添え食らったじゃねぇかよ」

 

 「申し訳ございません。スピランス様。母親の部屋であったので


 「、って母親の部屋でもノックするだろう普通わ」


 「そうなんですが、寝ている場合が多いのでノックは無用となっておりますので。その、


 「も三回聞くとゲシュタルト崩壊するな」


 「テルユキなんだそのゲシュタルトって?うまいのか?」


 「ああすまん。でてしまった。忘れてくれ」


 「んで、俺に何か用か?」


 「僕とちょっと付き合ってほしい」


 「俺はなぁ。ラミルちゃんとライトちゃん以外は付き合わねぇって決めてんだよ」


 「ごめん。言い方を変えよう。一緒に庭に来て欲しい。でいいか?」


 「わかったよ」




 ノーデスの屋敷の庭。少し開けた場所。


 「少し、日差しが強いな。テルユキすまんがここに日よけみたいなものを作ってくれ」


 「畏まりました」


 「おおっ。テルユキこれは何という建物だ。八角形で屋根と柱、テーブルと椅子。入口は一か所。窓ではなく壁が低い。初めて見るぞ」


 「東屋。ガゼボと言うようです。いかがでしょうか?」


 「ん?まあ良いわ。誰か茶を茶を用意してくれ。ここでもらう」


 「畏まりましたぁぁぁ」


 一緒に来ていたメイド達が大慌てで屋敷に戻っていった。


 「テルユキ。これはいいぞ。入ってもいいか」


 「お気に召しましたか。どうぞ」


 ティナは一番奥の椅子に腰かけきょろきょろしながら。


 「ミルルすまんがリアティナとメデス、側仕えの三人をここへ呼んで欲しい。その者達用の茶も頼む」


 「畏まりました」


 「テルユキ。悪いがもう一棟となりに作ってはくれまいか?リアティナも来るのですこし大き目のをな」


 「はい」


 八角形の最初のガルボの横に窪地が出来たのでその反対側に少し大きい八角形のガルボを作った。最初の窪地を少し大きめにして深さを取って周りを囲い中心に三メートル程の高さで噴水を作った。水瓶をもって立っているのはティナの石像で、その水瓶から水を流して下の方でその水を細い水にして噴水にした。噴水の動力源は風の魔法である。


 それを見たティナはガゼボを飛び出し。


 「テルユキ。なんだこれは?我が水瓶を持っておるではないか?なぜ水が下から吹き上がる?すごいぞ。すごいぞこれは。下は池か?なんだこれは最高だ最高だぞ」


 ティナは噴水の横で肩で息をしながら一気に話した。


 「ティナ陛下落ち着いて下さい。陛下をかたどった石像は不敬でしょうか?」


 「構わん。そんなことは問題では無い。ただな、この位置だと、その我が座る場所から見にくいではないか?」


 「それは庭師さんに頼んで頂かないと私では庭の造形に詳しくないので」


 「そうか。仕方あるまい。フラポットが居れば少しはましになったかもしれんな」


 「申し訳ございません」


 「謝る事ではないぞ」


 「ティナ陛下。お呼びになられたとのこと。参上いたしました」


 「おお、メデスすまん。いつまでも部屋に閉じ込めていてはいかんと思ってな。リアティナと一緒に隣の棟で休むが良い」


 「ありがとうございます。では失礼いたします。しかし、これはとても良い建物ですね。リアティナ様お喜びです」


 「テルユキが作った物だ。ガゼボと言う建物らしい」


 メデスとリアティナ、側仕えが隣の棟に入っていった。ガゼボの裏に女性警備兵が二人付いた。


 「エルモア、どうだ久ぶりにその着心地は」


 「はい。とても気持ち良いです」


 「お母様。その戦闘服は何ですか。そのかっこいいです」


 「イテリスありがとう」


 「ティナ陛下。出来ましたのでいつでも仰ってください」


 テルユキがティナの横へ控えた。


 「ではな、エルモア。これを使ってみよ」


 ティナがテルユキから槍を受け取って、テーブルに置いた。


 「ティナ陛下。これは私の折れた槍では?」


 エルモアがそう言いながら手に取ってまじまじと見つめている。


 「そこで少し試してみたらどうだ」


 「はい」


 ガゼボを出て少し歩いたところで、バトンのように回しはじめ上下左右体を回転させて槍を回している。


 「二十年のブランクを感じさせん動きだな」


 「いえいえ陛下。がたがたです。昔の私が見たら泣き出しますよ」


 とんで、はねて、バク転し、体はそのままで槍を中心に何度も宙返りを繰り返した。


 「いい感じではないか。そこにお試しが出来るのがいる、相手してやってくれ。スピランス十五分間受け身に徹しろ。打って出るな」


 「わかりました」


 「スピランス?勇者の槍使いの方ですね。エルモアと申します。お願いいたします」


 「えっ?エルモア様。ティナ陛下ちょっと待ってください。エルモア様と言えば我々槍使いの女神様ですよ。十五分も耐えられない


 「はじめ」


 ティナが号令をかけた瞬間から誰にも動きの詳細が見えなくなった。


 スピランスの唸り声だけが聞こえる。


 「ティナ陛下、母は大丈夫なのでしょうか?」


 イテリスが手合わせを見ながら心配そうに聞いた。


 「心配には及ばん見てみろ。ここ最近では一番よい笑顔をではないか?」


 「おっしゃる通りです。父やヤルトス兄さんにもお見せしたかったです。でも何故あんなに弱っていた母が?」


 「ああ、簡単な事だった。子育てが終わって身の周りはメイドがやってくれる。何もすることが無い。無気力になって楽しくない。かといって屋敷を出て冒険者まがいの事をすればノーデスに迷惑がかる。ジレンマを抱えていたのであろうな。ここから言う事はお前たち兄妹も悪いのだぞ」


 「そう申されますと?」


 「エルモアより弱すぎるからだ。つまり練習相手にもならんと言う事だ」


 「母には一度も練習に付いてもらってませんが?」


 「ノーデスが槍を持たせんかったからな。あ奴が一番悪い。しかし、お前たちもエルモアに頼まなかったのであろう?」


 「はい。父が母は完全に引退したのだからと言っていましたので」


 「そうか、あいつがやっぱり一番悪いな。そんなエルモアに自分でしておいて、 正直困り果てております  などとどの口が言うのやら」


 「ノーデスの言う困っているのは何にだ?イテリスは知っているか?」


 「はい。恐らくですが警備隊の実力不足ではないかと十五、六名は凄腕ですが後の者が」


 「なるほどな。お前たちも含めてか?」


 「お恥ずかしながら、その通りです」


 「今、その恰好で少し動けるか?」


 「はい。部屋着のようなものなので多少は大丈夫です」


 「得物はあるか?」


 腰の後ろの武具ポシェットからレイピアを出して来た。


 「また変わった物を。それ以外は?」


 「剣がありますがティナ陛下の前でお出ししても良いのでしょうか?」


 「ああ構わんよ」


 「テルユキ。相手してやってくれ。お前も打ってでるな。イテリス。そいつは殺しても死なんから存分に切り刻め」


 「では少々失礼いたします」


 と言って。ドレスのスカート部分をぐるっと脱いで後ろに捨てた。その下から膝上までのぴっちりしたズボンを履いたすらりとした足が二本出てきた。


 「テルユキ様お覚悟を」


 イテリスの下半身に見入っていたテルユキが少し遅れた。


 「えっ?ちょとあああぁぁぁ」


 イテリスの剣は正確にテルユキの急所を狙っているが、軽くいなされている。

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