第4話 女王ティナの小さな復讐 後
抜刀して立っているヴァイッセルの両足元から赤黒い溶岩の表面ような土が盛り上がってきた。
「ぎゃややや。熱い。熱い。あぁぁぁぁ」
足元は膝上まで溶岩のような地面に固定され動き回れず、煙が上がりはじめた。
剣を足元に落とし、叫びながら体を前後に振ったり腕を振り回して苦しんでいる。
傅くカノメス達、ヴァイッセルの後ろの男達はその足元の煙を上げる赤黒い盛土に目が釘付けとなり、女性冒険者達はうつ向いて目を反らした。
「本当にこれが知略家なのかね?仕方ない今回だけ見なかった事にしてやる」
ティナは右手を出して、呪術を解除した。
赤黒い土は元に戻り、ヴァイッセルは苦しみ疲れてその場に力なく倒れた。
ヴァイッセルの足は大やけどだったはずだが、回復している。
ただ靴とズボンの裾は無くなっていた。
ヴァイッセルは気を取り直し寝転がった状態で剣を持ち、慌てふためいてティナから剣を隠すように素早く鞘に納めた。
ティナはヴァイッセルに諭すように言った。
「他にも色々呪術式を掛けたと言ってやったであろう。愚かなことを。
今回は我が回復させたが、我以外で現存する回復魔法での完全回復は不可能だ。
今の事は忘れてやるから、我が指示を出したら立ち去れ。靴は返してやる」
ヴァイッセルの足元に土の中から靴が浮かび上がってきた。
「あそこの岩陰におる者たちは貴様の手下か?」
ヴァイッセルは地面に座り血の気を失った唇をワナワナ震わせ、目には涙を浮かべながら答えた。
「い え 知り ま せん」
ティナに足を向けないように体操座りをして靴を履く姿勢を取った。
しかし、先ほどの痛みの恐怖とティナの力の恐怖が同時に襲って来て全身の震えが止まらず、靴紐を持つ手はそれ以上に震えて靴紐は全く結べていない。
「この期に及んでまだ嘘をつくつもりか?我が解らぬとでも思っておるのか。
ただ我も知らぬ者がおる確認だ」
ヴァイッセルは震える体から声を押し出した。
「私が手下と思っていても、あの者達にその意思がないこともあります。故に知りませんと申し上げました」
「なるほど理屈だな。悲しいではないか手下と思っていたのに逆に利用されているとはな。我が確認してやろう」
ティナは右手を上げて、傅いている者達の後方百メートルほど所にある大きな岩に向かって声を掛けた。
「その岩陰に隠れている五十人ほどの人族に告げる。
先ほどまでの我の話しは聞こえておったな。我がわざわざ風魔法で声を届けているからな。
ヴァイッセルを知らなかった者、知っているだけの者、強制的にこの地へ連れてこられた者は我の合図の後この場を去れ。合図を出すまで動くな。
ただしヴァイッセルと今まで行動を共にしていた者、金銭を貰ったものは手下と判断し、むやみに動けば枯葉になる。
良く考えて行動せよ」
「恐れながら陛下。どのような基準で判断できるのでしょうか?お教えいただけないでしょうか」
ようやくの思いで両足の靴を履き終えたヴァイッセルが傅いて聞いた。
しかし、結び目は明後日の方向を向いていて締まりが悪い。
「己の魂に直接問いかける術式を施している。幾ら思考を巡らせても無駄な事となる。
これで良いか」
「解りました」
「今この時をもって立ち去れ」
四十名ほどが後方へ走り始めたがその内の二十数名ほどが枯葉になり、大量の落ち葉が風に舞い上がり木枯らしの様になって消えていった。
「貴様も哀れよの」
ヴァイッセルも力なく呆れていた。
「ヴァイッセルと岩陰の者たちに告げる。今、身に着けている装備以外のこの地の物の持ち出しを禁止する。ただし必要最小限の食糧は認めてやる。
この山の西側に在るトルヴィットの集落の南側に国境設定した。
五日以内にヴァイッセルと一緒にトルヴィットの集落に辿り着け。これは至上命令である。
この至上命令をたがえた者はその場で枯葉となる。行け」
ヴァイッセルは今のティナの言葉と先ほどの裏切り者たちの舞い上がる枯葉を見て腰が抜けたように立ち上がって、いまだ震えの止まらない唇で。
「陛下。もし途中予測不可能な何らかの事情により遅れてしまったらどうなるのでしょう」
ティナは勝ち誇った顔つきになり、少々笑いをこらえながら。
「うむ簡単だ。すでに貴様たちへの苦悩の呪術は発動しておる。
這ってでも五日以内にトルヴィットに辿り着かねば全身を死ぬほどの苦痛が襲う。
そして道行く者達からの手助けは一切無いものと知れ。
無事トルヴィットに着けば苦痛は無くなる。
ただ苦痛が襲う前に正当な対価を払って得た移動手段は問題ない。
あと貴様の系譜に連なる末代までの者たちのカノメスへの再入国を一切禁止する。
この意味は解るな」
ヴァイッセルは深くうなづき、振り返り大きな岩に向かっておぼつかない足取りで走り出した。
恐らく本人は全速力のつもりでいるであろうが、歩いた方が早いと思う速度だった。
岩陰に辿り着いたヴァイッセルは残った仲間に両肩を支えられて、洞窟とは反対方向へ緩やかな坂を下って歩いて行った。
ティナはその者たちが見えなくなるのを待ってカノメス達に話し始めた。
「すまん。我の復讐に辛い姿勢で長々と突き合わせてしまった。
いま回復魔法を掛けたので楽になったであろう」
「ありがとうございます」
カノメスが答えた。
「ヴァイッセルが抜刀した時、何故動かなかった」
「はい。賢者より念話にて、
ヴァイッセルがティナ陛下を襲わないのは明白。恐らくティナ陛下は術式の発動をお試しになる。動いてはダメだ。
と、言ってきました」
「良い考察だ。
長年の妖精族を始めとした多くの犠牲者の無念が晴らされたと我は思う。
我の思惑を的中させておる。さすが賢者と言ったところか。カノメス」
ティナは満足そうに話している。
「はい。ありがとうございます。
ただ、殺さずに於いたのは何故でしょうか?」
「カノメス達よ、よく聞け。仇討ちや復讐で殺すばかりが心の穴を塞ぐ方法では無いと我は思う。
一生をかけて反省し、後悔し、自分を恨み、嘆き苦しむ。外に出れば苦しめてきた者達の冷たい視線や罵詈雑言。
生きる事を考えるより、死を選択した方が尚楽であろうと思う方がヴァイッセルのような人間には効果があると我は思う。
あ奴はまだ若い。この先何十年も我の呪術に怯え暮らさねばならん。
どうだろうか?甘いと思うか。カノメス」
「御心ままに」
「ただ、我も子を持つ親。あの者事態に恨みは有っても子供にまで罪を背負わせる気は無い。
よって、あの時言ったあの者への子供への継承は、その子供がヴァイッセルの悪の意思を継がない限りは発動しない。
発動したらどのように考えを直せば良いかの方法が思い浮かぶように呪術に加えてある」
「私もその部分が心配でしたが、今のお言葉で安堵いたしました」
「ヴァイッセルへの復讐はここまでとして、すまんがもう少しだけその姿勢で我慢していてくれ」
ティナは皆に向けて右手を広げ。
「人型種族最高位の妖精族王女ティナの名と護符において、お前たちを我の臣下と認め我はその臣下を守ることを誓う」
傅いている者達の周りに蛍のような光が無数に現れ、カノメス達は傅いたまま、その蛍のような光の行くへを見つめていた。
光の玉は全員のネックレスの水晶部分に吸い込まれていった。
ティナは自身の後方に控えている妖精族の兵達の方へ振り返り。
「妖精族の兵達よご苦労であった。数名をここに残し、森へ戻り静養せよ。
ドルホよ今夜は森の館にてこの者たちと宴を催す、戻り次第ここの兵達以外を使って準備に取り掛かるよう手配せよ。
ただし、まだ酒は無しだ。アイエにもそう伝えよ。おっと、その前に昼食の用意を頼む」
周りの妖精族の兵より縦横に一回り程大きい躯体の兵が。
「有難きお言葉に感謝を。では早速」
ドルホはティナに感謝の意を示し。兵たちの方へ振り返り。
「お前ら今夜は宴だ。先ずはティナ陛下の昼食の準備だ。戻るぞ」
「はい」
ティナは勇者たちの方に向かって。
「カノメス他、みなご苦労であった。これより詳細の打ち合わせを致そう。
何もないこの地では話もしづらい。この地に館を立てようではないか」
リアティナを抱いたティナは崖の方に目線を向けた。その時、リアティナが。
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