第5話 動き始める女王ティナの夢

「うわぁぁぁぁぁん。うわぁぁぁぁぁん」


 リアティナが大泣きしはじめた。それまではとても大人しく大きな目をあちらこちらに向けて不思議そうに見まわしていた。


 「よしよし。リアティナ。どうした?」


 ティナは体を上下に動かしながら左右に振った。お尻のあたりをぽんぽんとたたいている。


 「恐れながら陛下。リアティナ様はお腹が空いているのでは?」


 四勇者の後方から女性冒険者が意見具申した。


 「そうであったか。お腹が空いたか?」


 そう言いながらリアティナを見つめる顔は先ほどまでのヴァイッセルを罰し、数十人を枯葉に変えた妖精族の女王ティナではなく、愛娘を抱いて優しく微笑む新米の母親の顔であった。


 ティナは胸の中央付近に右手を掛け服を掴むと横へずらした。その瞬間豊満な右胸が露になった。


 四勇者の一人、女性の回復魔法師のミルルと後方の女性冒険者四人がティナが服を掴んだ行動で察知して、瞬時に前に飛び出して来てティナの前にローブなどを広げて立ちはだかった。


 その素早さのため、男達はティナの  を拝むことはできなかった。


 「なにごと?」


 ティナはきょとんとしている。


 ミルルがティナに背中を向けて。


 「陛下。男衆の前です。気をつけてください」


 「ただの授乳だぞ。珍しい事では無かろう。問題あるまい」


 「大問題です。この中には陛下のお胸を見てみたいと思う下劣な者が必ずおります」


 ミルルが男たちを見まわしながら言い放った。


 「見るぐらいなら問題ないぞ。襲えば枯葉になるが。なんならお披露目いたそうか我自慢の胸よ。ほれ」


 もう片方の胸を露にした。


 ミルル達女性陣がその位置のまま首だけ振り返ってティナの胸を見て深いため息をついた。 


 傅いていた男たちはおずおずとそのまま回れ右をし正座した。ただ一人を除いて。


 「あんたも回れ右よ」


 と言ってミルルが杖を軽く左へ振った。


 「私は回復役ではあるけど多少身を守る術を身に着けていて風魔法の旋風で敵を後方へ吹き飛ばすことができる。植物を除く生き物であればどんな巨体でも力加減によっては数十メートル飛ばすことも可能よ。ただ落ちた時や壁などに当たった時の衝撃程度で大きな身体的ダメージは与えられないのが残念。あと谷や深めの穴がある場合は旋風が消えてしまうので使えないの」


 男の中でただ一人粘っていたカノメスは、男たちの頭上をミルルが説明している間、超高速回転しながら空中を移動し。


 「知ってるよぉぉぉおおおおおおお   おっ」


 数十メートル飛ばされ地面で数回転して止まった。粘っても拝むことが出来なかった対価としては大損だった。


 「おぬし名前は」


 「回復魔術師のミルルと申します」


 「ミルルよ、えげつないのう。あの者に何か恨みでもあるのか?」


 ミルルはもう一度女王の胸を見直して。


 「何でもありません」


 「はて?我が悪いのか」


 「いえ。申し訳ございません。悪いのは私の体の成長です」


 ミルルは涙目になっていた。


 リアティナはお腹いっぱいになったのか眠ってしまった。


 女王は女性陣に対して。


 「この中に子供のおる者はおるか?」


 一人の冒険者が手を挙げた。


 「剣使いの護衛役。ハルミットと申します」


 「ハルミット。リアティナを頼みます」


 ティナはハルミットにリアティナに抱かせて服を直した。


 「陛下、リアティナ様は今どれくらいなのでしょうか?」


 「二か月だ。われわれの種族は子供のころの成長は早くて人族で言えば六から八か月と行ったところだな。もうすでに首は座っておるからそう心配はいらん。じきにハイハイするぞ」


 ハルミットはほほ笑みながらリアティナを見つめて。


 「お可愛いですね。リアティナ様」


 リアティナは優しい笑みを浮かべながら寝ている。


 ティナは勇者たちの方を見たが、カノメスは視界の果てで倒れたままだった。


 「館を建てる前に、お主が洞窟を封印した功労者の賢者だな。土魔法は使えるか」


 「テルユキと申します。防御用の土塀ならば一度に横百メートル高さ五十メートル厚さは一メートル。石壁であれば石の素材にもよりますが土壁のおよそ半分ぐらいを作ることができます。また、家庭用であれば台所程度の細工も可能です」


 テルユキはティナの前に傅いた。


 「おお素晴らしい。ゴーレムはどうだ」


 「高さ三メートル。力は魔物の土オオトカゲを仕留める事が出来る物で可動範囲五十メートルまでであれば五体まで同時に操ることができます」


 「おおお。更にすごい。であらば魔獣の魔法攻撃にはどうだ」


 ティナはワクワクしながらテルユキに確認した。


 「先ほどのゴーレムで土の素材に左右されますが、このあたりの素材であれば火属性鳥竜の成獣の炎攻撃を五体同時で連続五回程度は凌げると思います」


 「ほほう。過少申告しおったな。まぁよい」


 ティナはにやりとしたがその後それに対する言葉はなっかた。


 「先程の話し通りに、今からこの地に館を築くので協力してはくれまいか。我が簡単な外観内装を作っていくので、お主は力だけ分けてほしい」


 「御意」


 女王は右手を出して崖側に向けた。テルユキは傅いてティナの左手を両手で包み込むように握った。


 その横でいまだに横たわったまま動かないカノメスを三人の男たちが担いで後方へ運んで行った。


 そそり立つ山の崖が崩れ落ち土煙の中から横長の半球状の内側が現れた。横約百メートル高さ約五十メートル奥行きは二十メートル位。


 その前には地面から横約五十メートル、高さ二メートル、奥行き三十メートルの土台が出来上がっていて中央に階段がすでにあった。


 「おおっ。我ながら壮観だな。ここまで大掛かりな土魔法を行使したことは、いままで無いぞ」


 「女王ティナ陛下。あの崖の巨大な半球形の削り込みには、何か意味があるのでしょうか」


 テルユキが不思議そうに聞いた。


 「うむ。何か荘厳な見た目で球面の内側の滑らかさも女性の軟らかさが形になったようで美しい」


 周りの者達は驚きながら見ていた。


 リアティナを抱いたハルミットの前にはミルルがローブで二人覆いリアティナの耳を押さえていた。


 女性冒険者の防御魔法が使える者の防御ドームに一応包まれてはいるが万全の体制を取った。


 実際跳ねた石や砂埃が降り注いでいる。リアティナは気持ちよさそうに寝ている。


 土台から一階部分が出てきた。横五十メートル奥行き二十メートル高さは五メートルほどの立方体。それと同時に向かって右横に窪地が出来た。


 一階部分にはすでに窓枠が有り部屋もできているようだった。 


 一階部分の上には両端に櫓が五メートルほどの高さで立っていた。上部全周囲に城壁を思わせるデコボコの壁がある。


 一階部分が上昇し一階は二階になった。隣の窪地がさらに深く大きくなった。


 一階、二階部分が上昇し三階建てになった。今度は左側に窪地が出来た。


 「ふうん。こんなものであろう。テルユキよ、お主の記憶にある建物に少し手を加えて建ててみたがどうだ?」

 

テルユキはティナの記憶の言葉に違和感を感じたが今は流した。


 「はい驚きました」


 「そうだろう、そうだろう」


 ティナはご満悦そうだ。


 「あとはな、人族が使う便所だがあれは何だ見たことがないぞ。一応理解できる範囲で設置しておいた。後で修正しておいてくれ」


 「畏まりました」


 「あと内装の金属の物だが、先ほど隠れ蓑にしておったでかい岩があそこに有るであろう。気付いておると思うが鉄だ。お主の記憶の中で便利そうなものが色々あったがおそらく鉄単体ではなさそうだ」


 「はい。合金でございます」


 「そうか。合金は判らんが、封印した洞窟の入り口付近に我も知らない金属が色々あるから使ってみるがよい。そして可能な物をこの館に設置できるか」


 「考えてみます」


 「館には色々な経路で土を固めた管を通しておいたそれも修正しながら活用せよ。あと水が出る金属製の口を考えて設置して欲しい。水源は封印した洞窟付近に直接飲める小さな滝が有るので、それを活用するとよい。何よりも外にある湯気の出ている人が入る池に興味がわいた。我は是非入ってみたいぞ」


 「女王ティナ陛下のお力が有れば設置は可能かと思われますが」


 「だからな向かって左の窪地をすでに、お主の記憶をたどって作ってみたわ。ただ細かいところが解らんので後は頼む」


 百人は余裕で入れそうなでかい岩風呂がすでにできていた。ただ、周りからは丸見え状態になっている。


 「仰せのままに」


 「テルユキ。まだ力は残っておるか?」


 「はい問題ありません。城壁程度でしたらいくつでも」


 「頼もしいな。やるぞ」


 館と窪地をぐるりと包み込むように半円の城壁ができ、正面向って九十度左右と真ん中にくりぬきが上までいきその部分だけ城壁が三メートルほど高くなっている。この分が出入り口の門となる。城壁の平均的な高さ、幅はおよそ五メートル。上部は城壁のデコボコがある。


 「さて今はここまでだ、我の妖精族の臣下たちが残りの内装を含めた木工加工をやってくれる。皆、腹が減ったであろう。一旦我の館まで来るがよい。遅めの昼食を用意させよう。テルユキ達男衆は食事後ここへきてテルユキの仕事を手伝ってほしい。夜は宴だ」


 「御意」


 「森とここを繋ぐ転移門を設置しておくので、テルユキがいれば自由に行き来できる。それと見回りは必要ない。あ奴らが出て行ったあと、我の臣下がこの地への入り口に高い城壁を立てておいたのであちらから入ってくるものはおらん。魔獣ももう出てこんし、魔物もしばらくは問題なかろう。空は警戒の魔法で覆ったので心配ない」


 ティナは満足そうに館と城壁を眺めながら早口で一気に話した。


 「大仕事をしたら腹が減った。森の館に行くとしようか」


 この地に居た者達は全員、森に行った。


 この三日後、館は完成しティナが要求していた物のほとんどがテルユキの手によって設置された。周りから見る事の出来ない岩風呂も完成した。


 三階にティナの部屋とリアティナの部屋。側近の側仕えの部屋。二階から下は側仕えと勇者四人と臣下十六人の部屋が設置された。


 近親者のみで落成式を執り行い館の完成を祝った。臣下となった者や妖精族の主要人物がティナに祝いの言葉を述べ楽しい時間が過ぎていった。


 ティナを含め誰一人気付かなかった。これが妖精族女王ティナの時代の始まりであることを。そして三大陸を巻き込む激動の時が目前に迫っている事を。


 ティナはテルユキに翌朝食後に迎えの側仕えをテルユキ部屋へ寄こすので、ティナの部屋に来るように声を掛けた。

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