第2話 傅き、守る相手

 まだ薄暗い早朝の事であった。


 龍が作った洞窟の封印と同時に近くの森から妖精族女王ティナが現れ、洞窟封印の感謝を述べた。妖精族と言っても人族と見かけは何ら変わりはない。


 妖精族特有のグリーンが強めの透き通ったエメラルドグリーンの瞳。精悍な顔立ち。薄茶色の腰まで有る髪を前で分け肩から背中へ流している。

 その姿はとても美しく粉雪のように手に取れば消えてしまいそうな儚さの中にも強い意志を感じさせ、頼りたくなるような存在感があった。


 勇者一行はティナの前に傅いた。


 剣の勇者カノメスは突然ティナの右手を取り、甲にキスをした。

 カノメスは好色で饒舌で美しい女性であれば誰にでも一度はなびくお調子者であった。


 「女王ティナ陛下。このカノメスに何なりとお申し付けください」


 ティナは勇者一行と人族に感謝の意を伝えたら森に戻る予定であったが、カノメスの一連の隙のない動きに圧倒され、女王の矜持というものが発動してしまった。


 もしかしたら。ようやく長きにわたる戦の日々が終わり。安寧を手にできる。娘が静かな時間を過ごせる。


 そんな思いと生まれて初めての男からの口づけがティナの美しく淡くピンクに光る唇を動かした。


 「悪い気はせぬな」


 ティナ自身も驚いたかのように目をハッとさせた。

 しかし、何かに憑りつかれた様に唇は動きを止めなかった。


 「この地に住まう勇者たちよ。

 この大陸を国と成し中心地に城を築き都とせよ。

 初代の国王はカノメスとし名をカノメス・テ・カノメスとせよ。

 国名はカノメスとする。

 都近くの湖に後宮を築き我の娘を住まわせよ。娘の名はリアティナ。

 豊穣を司る妖精となりこの国に豊穣をもたらすであろう」


 四人は傅いたまま顔を見合わせた。


 「他の三名は全力でこれを助けよ。

 ただし権力の集中は許さん。

 互いに協力し合い仲睦まじく、この国を立派なものとせよ」


 カノメスが。


 「恐れながら女王ティナ陛下。私達は一介の冒険者。国を成す方法を知りません」


 ティナの口元が少しだけ緩み。


 「問題は無い。我の見立てで、この中に秘めた力を持ったものがいる。

 その者を中心に協力者を見つけ集め、その知識と行動力で我の夢を叶えよ。

 勿論、我も力添えを惜しむことはしない」


 ティナはここまで滑らかに話し終えた。そして。


 「ただし、我とリアティナに非礼を働いた場合はこのようになる」


 いつの間にかティナの背後に冒険者風情の五人組が周り込み、リアティナを抱いているティナに襲い掛かろうとしている。


 ティナは左手でリアティナを抱きかかえ、右手を水平に横に出しその場で体を一回転させた。

 その姿は美しくまるでロングドレスを纏ってダンスをしているかのような立ち回りであった。

 ティナが勇者たちの方を見て止まった瞬間、美しい髪の先とロングスカートの裾が遅れて付いて来た。

 後ろの五人は声も無く枯葉になってはらはらと風に舞って飛んで行ってしまった。


 一時前の美しさとは打って変わた情景に勇者四人は全身の汗と震えが止まらなくなった。


 後方に居た今回の勇者側の協力者数十名も今まで腕組みをしたりして立ち見していたが、ティナの所作を見た瞬間一斉に傅いた。

 洞窟を封印したことにより、噂に聞くティナの力が戻ってきたことを見せられた瞬間だった。


 ティナの後ろには妖精族の討伐隊が膝をついて控えていたが、まったく動かなかった。

 ティナが試し打ちの指示を出していた。


 ティナが話を続けた。


 「全身の肉が引きちぎられる激痛と息が吸えぬ苦しみをおよそ一日、魂で味わうことになりその後消滅する。心しておけ。

 そして勇者の後方に控える者たちよ勇者四名の臣下となり建国に協力せよ。

 強制はしない。拒否する者は今ここから立ち去るがよい。

 一切咎めはしない」


 半数ほどが残って傅いている。

 

 「今一度確認をする。良いか今ここに居る者たちは我とリアティアの臣下でもある。

 一切の裏切りは許さん。裏切れば先のようになる。

 己の道を行きたいものは即刻この場から去れ。今から去っても一切咎めしない。

 しかし今去らぬのなら臣下となり裏切れば罰を受ける」


 誰一人去ろうとはしなかった。


 「わかった。勇者四名は我直属の臣下とする。

 後方の二十四名は勇者四名の臣下となり支えよ。

 これより護符を与える。そのままの位置で下を向き静かに控えておれ、すぐに済む」


 傅く勇者達一行の頭上に光の板が現れた。光の板は水平に下がって来て一行の身体をスキャンしながら地面に消えていった。


 「おやおや、八人も我を謀っておったか。

 すまぬ勇者達よ十六名になってしまった」


 八人は枯葉になって飛んで行ったことが火を見るよりも明らかなので、カノメスが震える唇に耐えながら答えた。


 「いえいえ。女王ティナ陛下。

 悪いのは、かの者たちで陛下が謝る必要は何処にもございません」

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