8
緑の芝の生えた丘、一本の大樹の足元に整然と並ぶ墓石の一つ。
体格のいい男を目印に、アスレイはその墓石にたどり着いた。
磨き上げられた墓石には見知った名前が彫られていた。
真新しい墓石にはすでに白と桃の花が楚々と置かれ、不在の墓の皮肉を美しく飾り立てている。
「クリフォード・モートソグニル、ここに眠る、か。巫山戯てんな」
「あいつは女王を裏切った。それだけのことだ」
アスレイの冷たい態度に、男は目を剥いた。
だが、アスレイの赤い瞳が剣呑な光を帯びたのを見て、引いた。
栗毛色の短髪を掻き毟って男が舌打ちする。
「お前が昔っからそうなの、わかってるつもりなんだけどな」
肩を落とした彼は、手ぶらだった。
同様にアスレイは墓前に供えるべきものを持っては来なかった。
空の墓に何を手向けろというのか。
「あいつ妖精(アールヴ)の血引いてるとか、わかんねぇことばっか言ってた」
感慨深げに、男が呟く。
「ヴィルさんに振られて落ち込んでると思ってたら、居なくなるなんてな」
「あいつが海を渡ったと思うのか?」
「さあね。おとぎ話みたいだよなぁ、妖精の子孫、小人族だって。あいつ俺とタッパかわんねぇのに。巨人じゃねぇのかよ」
ははは、と男の乾いた笑いが空を切った。
空はどこまでも青く、澄んでいた。
風もなく橙の太陽の光が惜しみなく降り注ぐ。
アスレイは彼を見上げた。
彼がこの笑い方をするときは、決断を気取られぬよう誤魔化す時だ。
クリフォードは東大陸に逃げた。
そして彼は何かを決断した。
恐らく、彼を追うのだろう。
大罪人をとり逃した自分に、情報を与えることを忘れない。
不器用な男だ。
大雑把で無頓着、無神経と散々クリフォードが罵っていたことがあるが、野生の勘は鋭い男だ。
「お前も行くんだな」
「ああ。俺はあいつを探すよ。会って、あいつに話を訊きたい。だから、一旦相棒は返す」
彼が背中から大剣をおろし、こちらに差し出す。
「…預かっておく。が、一度主を決めた神器(クラヴィス)は、お前を待つだろうな」
神器(クラヴィス)は持ち主を選ぶ。
神器(クラヴィス)は、数少ない古代の遺産で、神器に気に入られさえすれば行使可能だ。
イニティウムは始まりの国。
神を蹴ったという精霊王、その子孫である神族がおさめる国で、神器はその証として守り伝えられてきた。
だから神器を与えられるということは絶対的な忠臣の証。
神器(クラヴィス)の返還は、国家への離反でもある。
しかし、神器がなくとも、彼はすでに風の加護を受けている。
忠誠心がある限り、加護の力は使える。
彼がその力を使えなくなった時、本当の離反者となる。
彼は、親友だった。
内乱の時代も、ずっと三人で傭兵をやってきた。
それがこんな形でバラバラになるとは思っていなかった。
どこかでまた戻ってこられる場所を作っておきたかったから、つい、未練がましい言葉が出てしまった。
「止められなくて、すまなかった」
「謝んなよ。お前が無理なら、俺だって無理だ」
ありがとな、そう残して、二人目の親友も姿を消した。
あれの所在はつかめず、親友の行方さえ追えないでいる。
親友の言葉を反芻する。
妖精(アールヴ)、地宮の祖とも呼ばれる種族だ。
マーガや小人族の祖。
そうだ、彼はよく地宮の話を訊かせてくれていた。
天宮に住む水生種や風生種、短生種や長生種と違い、土生種、中生種と呼ばれる種族。
何もかもを癒す泉。
虹に覆われた国。
巨大な菌類でおおわれた村。
氷に閉ざされた山。
善悪の実がなる木。
閉ざされた森。
…何もかもおとぎ話みたいな話だ。
遠い記憶、師匠にしごかれていた頃に、あいつが普段死んでる目を輝かせていた、故郷の記憶だ。
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