7
礼拝堂に戻ると、割れた陶器のような何かを踏み砕く音がした。
廊下から騒がしい声がして、礼拝所の扉がけたたましく開く。
ドヤドヤと十数人の男たちが、然程広くもない部屋になだれ込む。
「この街を乱しているのはお前らか」
中央に立つひょろりとした壮年の男が気だるげに黒い紳士帽を被り直した。
黒に金糸と銀糸の刺繍が縁取られた上品な厚手のジャケットに、臙脂のベスト。
黒のパンツと革靴。
外に跳ねる赤茶の髪が紳士帽からはみ出ている。
足も悪くなさそうなのにステッキを持ち、手持ち無沙汰に回している。
「誰だ?」
「私を知らんのか、余所者め。私はこの街の裁判官、カール・ギンナルだ。ナール!」
シビルの疑問に、壮年の男ギンナルが声を荒げると、男たちの後ろから、女性が進み出てくる。
ナールと呼ばれた女性だろう。
彼女は品のよい眼鏡の角度を調整した。
年は成人前か、紫の長い髪はストレートで前髪をピタリと右分けに留め、タイトなスカートにきっちりと白のシャツを着込んでいる。
清楚ながらもかなりスタイルの良さが強調されていた。
「秘書官のナールです。貴女方は詐欺罪で訴えられています。次いで往来での暴行罪と器物破損。市道の私物利用罪と窃盗罪、以上五件、いずれも目撃者が揃っている。まず有罪は免れませんが、申し開きがあれば拘置所で聞きましょう」
彼女は手に持った書類を読み上げ、手持ちの鞄に収めた。それから新しい書類を取り出したところで、邪魔が入る。
「ギンナル様、こいつらはひどい奴らです。馬車の代金も払わずに俺を投げ飛ばしたのです」
「この小娘も、我々が採掘のあたりを付けたところから法石が出るか遠視を頼んだのですが、ぼったくりなのです」
「法石の鉱脈が出たので、成功報酬として金貨一枚を支払おうとしたところ、年間の儲けの八割を出せと提示してきたのです」
ナールを押し退けて、最初に出てきたのは、確か街の馬車乗り場でアスレイが伸した男だ。
次いで小男が、甲高い声でまくしたてた。
其の次に出てきたガタイのいい三十代くらいの男が、多分ダンだろうか。
身なりが全体的に金色で、典型的な成金の風体だ。
そういえば路地裏で追いかけっこをした男に似ているかもしれない。
アスレイは、顔を覚えるのが得意ではないので朧げである。
「勝手なことを。金貨一枚って、井戸に落ちていた石の鑑定だったよね。それが法石の鉱脈があるかもって言ったら、追加報酬は言い値で、って言ったのはそっち。年間八割も、毎年じゃなくて二年間だけだし」
次々と論(あげつら)う男達に我慢がならなかったのか、シビルが髪を掻き上げて前に出る。
ギンナルが眉を顰めた。
「誰が貴様の発言を許した」
「小娘、いい気になるな」
「いい気になってない。正当な報酬だ。本来なら法石掘りの設計技師の仕事だろ、地脈も読んで岩盤も読んだんだから。そっちが提供しているのは労働力だけ。儲けの大半は僕の手柄じゃないか」
ダン達とシビルの反論が白熱している。
ダン達も問題ありだが、シビルはやりすぎている。
確かに金貨一枚では、後々の利益を考えても少ない。
文句もあるだろう。
だが、労働者には立派な対価が必要だ。
儲けを初期に大半盗られたら、計画が頓挫しかねない。
金貨五枚から十枚の報酬にするか、少量をおいおい分割で共生するのが賢いやり方だろう。
八割など、労働者から見れば守銭奴のような発言だ。
「ええいうるさい。ノクスに貢献しているダン商会に対して、貴様が意見していいものではない」
声を荒げるギンナルに、大体いきさつが読めた。
地域の権力者であるダン商会と司法の権力者ギンナルとの癒着。
お互いに甘い汁を吸っているのだろう。
ダン商会はギンナルの腰巾着で、親分に渡す儲けが少なくなったと泣きついた、そういう構図だろう。
まともな商売をしている商会ではない可能性がある。
「お前。この大罪人を逃がす手伝いをしたようだな」
アスレイが傍観者を決め込んで分析して観察していると、飛び火が来た。
そういえば、最初の男を投げ飛ばしたのと、ダン商会に追いかけられていたのを撒いたのは、アスレイだ。
アスレイが他人事としてとらえていたのがわかったのだろう、ギンナルが舌打ちする。
「器物破損も市道の窃盗も、そちらがしたことだと思うが」
アスレイは淡々と告げる。
「罪人の友は罪人。神妙にお縄につけ」
ギンナルの苛立ちが募り、とんとんとステッキで地面を叩いた。
ナールの顔色が一気に変わる。
冷静なのは彼女くらいだったのだが、期待できそうにない。
相手は聞く耳を持っていないようで、切り抜けるのに難儀しそうだ。
「生意気にも口答えするか。郷に入っては郷に従わねば秩序を乱すのみ。お前の存在は危険、即刻処刑だ、異国にて其の所業、赦し難い」
彼は勧善懲悪然として登場し、気に入らない発言をなかったもののように一笑に付した。
「異国?異国の民と知っての処刑は、十二協定に違反するのではないのか?」
言葉が通じないとアスレイは呆気にとられつつ、反論する。
十二協定は、地宮の十二の領邦国家が守らねばならない法律だ。
其の中には天宮との治外法権についても明記されている。
善悪の木に測って昼(ルテオラ)が調停した法で、これを守らないことは領邦国家としての地位が落ちるという。
つまり十二年に一度回ってくるかもしれない主権――と言っても、ルテオラとアウローラが主権を交代していることが多いのだが――は、この十二協定にのっとって、国家として認められているからこそだ。
一介の裁判官ごときが覆せるものではない。
だが、目の前の阿呆はとんでもないことを口走る。
「う、うるさい。こやつらをひったてい!!」
廊下側からも部下が待機していたのか、さらに人が増えたところで、アスレイは後ろから何か固いもので頭を殴られる。
シビルも同様に地に落ちていくのが、目端に見えた気がした。
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