目覚め
24世紀末におきた大地震によって沈没した旧日本国の領土は、26世紀の混沌とした世界の住民にとって、歴史的な価値はあるものの、さほど興味を惹かれないものだった。
この遺物に興味を持っているのは、アンティークマニアか科学者くらいで、アズマンド・クリークは後者だった。
クリークは常に自身の研究に役立ちそうなものがないかと部下たちに旧日本国辺りをサルベージさせており、暇さえあればオーストラリア大陸にある研究室を抜け出して、成果を確認しに行った。
そんなクリークが、異常とさえいえるスピードでプライベートジェットを飛ばし、自身が所有している海上研究所へと向かっている。
部下から生きた人間がサルベージされたと知らされたのは、ほんの2時間前のことだった。だがクリークはもう研究所にジェットを止めている。
「エバンズ!」クリークは自身を迎えた部下に叫ぶ。「案内しろ! 急げ!」
「こちらになります」
「状態は?」
「かなり良好です。ともすると意識が回復するかもしれません」
「年代はいつのだ? 23世紀? 24世紀?」
「信じられないことに21世紀と記録されています」
「なんだって!?」
クリークは思わず立ち止まって、優秀な部下を見つめた。
「21世紀!? 休眠装置の理論が完成しきってなかった時代だぞ!? 信じられん!」
早足を駆け足に変え、クリークはサルベージされたお宝へと向かった。
「素晴らしい! お前たち今度のボーナスは期待してろ!」
1人の男が曇りガラスの向こうで眠っているのを見て、クリークは歓喜の声を上げた。すでにエバンズが繋げたであろう計測機は、中の人間がいまだ蘇生可能な状態であると示している。
「必要なものをすべてそろえろ! 検査キットに栄養補給用の点滴、ワクチンや記録媒体すべてだ! 映像記録用のデバイスも持ってこい! エバンズ!」
「はい」
「この休眠装置に残ってる記録は調べたんだろうな!?」
「はい。しかし、なにぶん旧型ですので、そもそもほとんどの情報が復元不可能です。ただ――」
「――ただなんだ!?」
「彼の名前はわかりました。広瀬仁です」
「ご苦労。引き続き復旧作業にかかれ!」
部下たちがそれぞれの作業に戻っていく間、クリークはただ仁のことを見つめていた。
クリークは多くの仮説を検証するチャンスが来た、と喜びに打ち震えた。
仁が再び息を吹き返したのは、それから3時間後だった。肉体的な損傷すべてが完璧に治療され、傷跡1つも残ってはいない。
かといって万事が順調だったわけではない。特に5世紀もの間眠り続けていたことを知らされた仁は狼狽した。
「休眠装置に入れば家族と同じ時間は生きられないとは知っていたが、まさか日本すらもなくなってしまうなんて」仁がぼやく。
「まぁ、日本自体は存続しているがね」クリークが言う。「ところで広瀬君」
「はい、なんですか?」
「君には当面の生活費がないということは理解してもらえているかな?」
「確か同意書を書いたときにいくらかの補助金が――」
「――補助金が何ウォン出るのか、はたまた何ドルなのか、何円なのかの規定は知らないが、5世紀前の同意書の効力が継続していると考える政府はいないよ」
「それは……大変だ」
「だからこそ君に提案をしたい」
「何をですか?」
「雇用契約だ。すこし特殊な形になるがね。だがこれは非常に肯定的な見方とも言えるかもしれない」
「すこし話が見えないのですが」
「つまりは唯一の21世紀に生きた人間のサンプルとして君を研究させてほしいということだ!」
「私に実験動物になれと?」
「非常に否定的な見方をすればね」
仁は考えた。果たして彼の提案を蹴ったところで自分に明日を生きる目はあるのだろうか、と。結局、仁は自力のみで生きられるほど、自分が優秀ではないと結論付けた。
「いくつか雇用形態について質問しても?」
クリークは頷く。
「私に街を出歩いたり、誰かと話したり、食べたいものを食べたりする自由はありますか?」
「もちろん。ただし、しばらくは世話係をつけさせてもらうがね」
「なるほど。じゃあ、私のことを生きたまま解剖したり、奇妙な薬品でグレイに変えたりする実験はしないと約束してもらえますか?」
「当然だ。私が知りたいのは21世紀の人間の自然な生態や構造であり、そんな実験をする意味はない」
「――そこは倫理に従ってとか言っていただきたかったですけど」
クリークはにこやかに肩を竦めた。その姿がなんだか親しみ深かったので、仁も笑ってしまった。
「わかりました。つまり私は出来る限り不自由のない生活をさせてもらえるということですね?」
「そう思ってもらって結構だ。もちろん、随時希望があれば検討の後に叶えよう」
「ありがとうございます。それではよろしくお願いします」
「ああ、よろしく。では早速検査を始めたいと思う……広瀬君にもなにか要望はあるかな?」
仁は過ぎてしまった時間と自分の生まれ故郷のことを思い出して、寂しい気持ちになった。
「手持ち無沙汰は嫌ですから、適度に働いて、休んで。そんな風にさせてもらってもいいですか?」
「わかった。努力しよう」
クリークは再びにこやかに笑った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます