時代遅れのホモ・デウス
猿出 臼
眠り
死の淵にギリギリのところでしがみついているものの、この指がいまにも離れ、帰ることの出来ない深淵へと落ちていくことは明白だった。
21世紀の中頃、自動運転や仮想現実の技術が急速な発展を始め、いよいよ公的な実用化がなされ始めている。だが皮肉にも事故を無くすために作られた自動運転AIの不具合によって、広瀬仁は死神と対面する羽目になった。
すでに割れた腹をさらに開かれ、破れた臓物を縫い合わせられる。とても命を助けているとは思えない鮮血に塗れたその作業の中、眠っているはずの仁の聴覚は覚醒しており、医者たちの会話を聞いていた。
「無理だな」青い目の医者が極めて冷静に言う。
「諦めるな。まだ希望はある」もう一人のメガネをかけた医者が言った。
「よく考えろ、出血はひどい、内臓もやられてる。これ以上手術しても無理だ」
「最後まで患者を助けようと努力するのが医者の仕事だ!」
「わかってる! 俺が言いたいのはこの患者は休眠同意書にサインしてるってことだ」
「休眠同意書に? じゃあ、金も払ってるってことか?」
青い目の医者はこくりと頷く。「もしかしたら、未来に託すべきなのかもしれない」
メガネの医者は少し考えたが、すぐに休眠装置に仁を押し込むための作業を始めた。
まさか最新技術に殺されかけている自分をまたも最新技術の結晶の中に押し込むなんて。そのようなことを考えたが、それっきり意識は深淵へと落ちてしまった。
「心停止した。どうする? 規則じゃ休眠装置は心停止した患者には使えないぞ」
「……微弱だが心臓は動いている。そうだろ?」下がったメガネを上にあげながら医者は言う。
「わかった」
休眠装置と呼ばれる機械に薬剤が注入される。この薬剤は患者の体を彫刻のように変えてしまう。この薬剤を中和しない限り、患者の意識は戻ることはないが、その代わり死ぬこともない。つまり、休眠装置とは現代医療では完治不可能な患者を未来まで生きた状態で保存するための装置であった。
このようにして、広瀬仁は不本意ながら21世紀からひとりぼっち、26世紀へと送り出される羽目になったのだった。
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