第38話 語るに落ちる
「こんにちは、
──間に合った。
「あ、この前のおじさんだ!」
「……お兄さんとは呼んでくれないんだね」
軽口をたたく余裕も生まれた。烏賀陽も、警察の目の前でことを起こしたくないのだろう。笑みを浮かべ、伸ばしていた手を引っ込める。
「どうなさいました? まだ何か、お聞きになりたいことでも?」
「ちょっと子供さんの前ではしづらい話なので、友彦くんは下で待っていてもらえますか。久しぶりに、おじいちゃんたちも会いたがっておられますし」
「本当? じゃ、おじいちゃんたちにもこれ見せてやろっと」
友彦は軽い足取りで走り去っていく。扉が閉まってから、金崎が長いため息をついた。
「……どうして、私の両親までお呼びになったんですか? 二人はピエニの経営には、全く関係してませんけれど」
「特別にお呼びしたんですよ。あなたのやったことが明るみになれば、あの人たちが今まで通りの生活をすることは困難になります。身の振り方を考えてもらわなければね」
「……私の、したこと?」
「分かれば大事になるでしょう。子供四人と大人一人を殺害したんですから」
「あら、四月一日はまだ大分先ですよ、刑事さん。私にそんな大それたことができるとでも?」
「ええ。あなたしかいないと確信しております」
「自信たっぷりですね。五件もの事件ですよ、全て私がやったという証拠があるとでも?」
「全てに完璧な証拠はない」
「あっ、待てこら」
「でしょうね。証拠があれば、あの犯人は捕まっているはずですもの。それにしても、大人まで殺されているとは知りませんでした」
「
「──そんな方、名前も知りませんわ。新しい展開があったのは捜査にとって良かったのかもしれませんけれど、私には関係ないです」
「嘘だな」
また我慢のできない常暁が、先にずばっと言った。
「お前は川住を替え玉として利用した。その間にできた自由時間で四人目を殺害し、後で邪魔になった彼女を殺害した。川住青子については、まず間違いなくお前だ」
「それが証明できたので、間もなく裁判所から家宅捜索の許可が出るでしょう。そうなれば、一番目から四番目の殺害についての証拠も出てくるはずです」
黒江が重ねて言うと、烏賀陽は薄く笑った。
「できるのかしら」
「殺人の微細証拠とは、意外なところに落ちているものですよ。対象を殺害しようとする以上、犯人は下調べを色々するものですしね。そこは警察を舐めないでいただきたい」
黒江が凄みを見せた。烏賀陽が一瞬だけひるむ。
「すでに証言はとれています。川住さんの顔を九州の方々に見てもらったところ、全員がこの人がここに来たと言いました」
金崎が援護したが、これに烏賀陽は笑ってみせる。
「証言? 間違いなくその人だったという証拠はあるのかしら?」
「……十数人もの証言があるのに、信用できないと」
金崎が悔しそうな表情で言った。
「ええ。人の言うことなんて信用なりません。女性はメイクや服装で印象も変わりましたからね。出してくるなら、動画とか指紋とか、もっと確実なものにしていただかないと」
烏賀陽は胸を張った。どうせ出てこないと思っているから、彼女の表情は強気なままである。
「あるんですか? 物証が」
「支社にはありませんでした。掃除が何度もされていたし、その日はビデオも写真も断られていたようでしたから」
金崎がそう言うと、烏賀陽は鼻を鳴らした。
「カマをかけられたってことかしら? はっきり言って、迷惑なんですけど」
「何を勘違いしている。『支社には』ないとしか言っていないぞ」
常暁が冷たく言うと、烏賀陽の言葉がぴたっと止まった。
「なんですって?」
「ぱちんこ、という遊び場があるらしいな。川住はその店のカメラにはっきり映っていた。そこに他の女性が来て、押し問答しているところが記録されている」
「その押し問答をしている女が、私だとでも言いたいのかしら? 声でも入っていた?」
「いや、映像だけだった」
「しかも女性はマスクとサングラスを身につけていて、顔がはっきり映っていません」
常暁に金崎が乗っかった。お前だけに喋らせてたまるか、という熱意が灯のところまで伝わってくる。
「……それでよく、そんな勝ち誇った顔ができますね」
「烏賀陽さん。──あなた、パチンコはなさいますか?」
「するわけないでしょう。
「そうですね。ギャンブル場は、とにかく金を儲けたい者たちが集まる、とても殺伐とした場所ですから」
金崎がそこで勿体をつけて、にやっと笑った。
「だから店は、客のことをあまり信用していない。イカサマは『ありうること』だと思っている。そんな奴らが、客を遠目から見るだけで満足すると思うか?」
金崎にとってかわった常暁の言葉に、烏賀陽がわずかに柳眉を逆立てる。
「何が言いたいの?」
「客は必ず近くからも見られているということだ」
烏賀陽の瞼が痙攣する。地頭のいい彼女は、常暁のヒントで気付いたようだ。
「パチンコ店では、各台にカメラを設置するところが多くなっています。店員の目でカバーしにくい手元のイカサマを見つけたり、客がどんな表情でどの台にのめりこんでいるのか調べたりするのに使うそうで」
金崎が言った。
「川住さんが行った店も、台にカメラをつけていました。それに映っていたんですよ。正体不明の女の手が、はっきりと」
「そんなの……」
「おや、手ごときで何ができるか、いぶかっておいでですか。こちらで全部喋りますから、その口を閉じておいてくださいね」
黒江が烏賀陽を制する。最後の美味しいところを、しれっと奪う気だ。
「『ピースサインは危険』って、どこかで聞かれたことがおありでしょう。いやあ、技術の進歩というのは恐ろしい。なんせ、至近距離の写真なら、指紋を判別できるっていうじゃないですか」
黒江は微笑みながらさらに続けた。
「今では一.五メートル以内ならほぼ確実に鑑別できると言われています」
烏賀陽の顔が、この言葉でハッキリと青ざめた。
「謎の女は、手袋をしていませんでした。写真に映っていますよ、彼女の指紋がね」
黒江はますます楽しそうに言う。
「幸いあなたの指紋はとってありますから、照合はすぐにできました。どうして、『会ったこともない』と言われた女性の横に、あなたの手が映っているのか説明していただきたいのですが」
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