第23話 注目されたい舞台人

「すいません、金崎かなさきさん。こんなにごちそうになっちゃって」

「構わないよ。明日は歩き回ることになるから、体力をつけておいてくれ」

「はい?」


 話が読めなくて、あかしは目を白黒させた。


「さっき、社長が替え玉を使った話が出ただろう? 取引先にも会うんだから、替え玉にはそれなりの演技力が必要だ」


 金崎は少し声をひそめて言った。


「確かにそうですね」

「だから、捜査会議で劇団関係者にあたってみようかという話になったそうだ。で、それを俺たちが担当する」

「なんでまた僕らが?」

「うちは舞台用の白粉なんかも作ってるからな。そっち方面にも知り合いが多いんだ」


 あらゆる方向に知り合いがいる一族だ。この人脈の広さは、確かに金崎の仕事に役立っている。


「替え玉の証言がとれれば、かなり社長を追い詰められる。会う人数が多いから、頑張ってくれよ」

「はい」


 納得すると、灯の心に闘志がみなぎってきた。胃がぐっと動き、また新たなスペースを生み出す。


「さあ、新しいのができたよ」


 みのりと千夏ちかが、新たなカートを押してくる。皿にかぶせられた銀蓋をあけると、中からローストビーフとパイ包みが出てきた。


「あと三人前、同じのをお願いします!」


 灯は中がピンク色になったローストビーフにかぶりついて、そう宣言した。




「では、よろしく頼む」


 翌日、灯たちの足となるべく、若い警官がパトカーを運転してきてくれた。この警官、黒江くろえが手配してくれた機捜の若手だ。


 彼は金崎の家を見て、呆然としている。


「……これ、本当に警視のご実家なんですか?」

「そう思いますよね、やっぱり」


 若手警官と灯は親睦を深めつつ、金崎が用意した荷物を運んだ。これは、千夏のリムジンに積むのだ。


 経営が苦しい劇団が多いため、金崎家はこうやって支援物資を贈ることが多いという。そういう信頼関係があるから、今回の大規模な聴取にも素直に応じてもらえたのだ。


昇平しょうへいさんたちと違うところから回ってみるわ。何か気になる情報をつかんだら教える」


 千夏はそう言って、颯爽と荷物を満載したリムジンで走り去っていった。灯たちは女傑の残した風をうけて、感嘆の息をもらす。


「行動力のあるお母様ですね」

「そうだろう。うちは女が強いから」

「お祖父様やお父様はどこにいらっしゃるんですか?」


 灯が聞くと、金崎は不思議そうに首をかしげた。


「あ、聞いちゃいけないあれだったなら、ごめんなさい……」

「いや。お祖父様はもう亡くなっているが、お父様は昨日もいただろう? 食堂に」

「え!?」


 灯は心底驚いた。


「全く気付きませんでした……」

「よく言われるんだよなあ、お父様の気配が感じられないって」

「お父様はアサシンか何かですか?」

「失礼だな。普通の経理だよ」


 金崎家の秘密をまた一つ知ってしまった。一族総出でキャラが濃い。


 灯が金崎の父の顔を思い出そうとしているうちに、車が止まった。そこからしばらく歩いて、とある雑居ビルにたどりつく。まるで両側のビルに挟まれて、きゅっと細くなったような建物だった。


 入ってみると、これで動くのかと不安になるような古いエレベーターがついている。──階段しかないピエニのビルよりは、大分ましだが。


「大きな劇団だと練習室もあったりするが、ここは公共施設を借りているみたいだな」


 つまり、固有の設備を持つほどの財力はないということだ。


「所属人数は十二名。半分は裏方のスタッフだから除外して、残りは六人。ま、ここはすぐに終わるだろう」

「ですね」


 エレベーターの扉が開くと、すぐ前に劇団事務所の扉がある。毎週土曜日開放、と書かれた紙が貼ってあった。


 それを押し開くと、精一杯着飾った男女が、緊張した面持ちでずらっと並んでいる。ドレスの姫やちょんまげの武者、果てはロボットまでいるのでどうにもまとまりがない。背景が古びたオフィスだから、人物だけが妙に浮いていた。


「仮装までしてくださいとは言ってなかったはずですが……」

「これは衣装です。どうです、弱小劇団のわりにはよくできてるでしょう?」

「はあ、そうですね……」


 思わず反応してしまった灯の周りに、わっと人が集まってきた。


「でしょう? これを、もっと多くの人に見てもらいたいなって思ってるんです」

「カナサキさんのホームページに掲載してもらえませんか?」

「今ここで寸劇もできますよ!」

「……あの、僕は関係者でもなんでもないんですが……」


 灯が引いていても、役者たちの口は止まらない。──そうやってたっぷり三十分も前振りを聞かされたのに、彼らは替え玉のことなど全く知らなかった。徒労過ぎて涙が出てくる。


「善良な人たちではあるんだろうが」

「……自己顕示欲はすさまじかったですね」

「疲れた様子だが大丈夫か? まだ一軒目だぞ」

「そうですよね。次はきっと、まともな話が聞けるはずです」


 しかし、回っても回っても、出てくるのは一軒目と似たような感じでワクワクしている人たちか、逆に尖りすぎて会話が成立しない人たちだけだった。


「なかなか、社長に化けられるような人間は出てこないな」

「終わりが見えない……違うタイプに会いたい……」


 げっそりした顔で問う灯に対し、金崎は落ち着いていた。


「若い連中ならもっと違う感じのもいるんだが、社長くらいの年になるとな。趣味でやってる人か、完全に人生賭けてるかだから、まあ両極端になりやすいよな」


 もちろん穏やかな人もいるのだろうが、今回は会えなかったらしい。……そういうタイプは身代わりなんて受けないだろうから、会っても同じかもしれないが。


「……ん。ちょっと待ってくれ」


 金崎は胸からスマホを取り出した。電話がかかってきている。


「お母様の方でも、めぼしい話はなかったようだ。物資は一通り配ってしまったから、先に帰ると言われたよ」


 通話を打ち切ってから、金崎はそう言って肩をすくめた。


「……っていうことは、全滅?」


 おそるおそる灯が聞くと、金崎は首を横に振った。


「いや、まだ一つだけ終わってない劇団があるんだ。そこに行ってみよう。規模が大きくて年の半分は講演しているし、活動エリアも全国にわたる。団員も裏方を会わせると百人以上居て、メインキャストになれる人数は限られてる」


 確かに、今までの劇団とは活動量の桁が違う。役をもらったら、身代わりなんてやる暇はなさそうだ。


「手間はかかるが、寄ってみよう」


 金崎はそう言って、運転手に行き先を告げた。

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