第22話 強い女に足りない物は
「管理官と
「良かった」
「今のところ、
健一の帰り道を
「被害者はどんな子だったんですか?」
「これといって良い子でも悪い子でもない、平均的な男子小学生って感じだ。本人はそれが不満だったかもしれんが、人に嫉まれるような要素はないな」
「母親の方は?」
「……そっちは、かなりきつい性格だったから敵も多かった。なまじ仕事ができるから、感じたことをストレートに言ってしまうようでな」
「あー、いますねえ。そういう人」
「周囲は生暖かく見守っている感じだったそうだ。一人で生きてきたんだからしょうがない、という感じで」
「かわいそうな人扱いだったんですね」
「もっとも、今は本当に気の毒な状態だ。自分が油断していたとわかっている分、気落ちが大きい」
健一の母は会社を休んで家にいるそうだが、一日中何も食べずに家で頭をかきむしっているという。
「実家とも派手にやり合ったようで、見に来る身内もいない。いずれ公的機関が介入して、入院処置がとられると思う」
「……そうですか」
早く犯人を捕まえないと、被害が拡大していくばかりだ。
「こんなことして、何が楽しいんだろう」
気付けば、灯はそうつぶやいていた。
「動機か。そういえば、今までそれを考えたことがなかったな」
「四人の母親と、
「目立って付き合いがあったという話はないな。西村を車で拾うために何度かサークル会場に現れたことはあるようだが、その場で立ち話以上のことはしていない」
「
灯が聞くと、金崎は首をかしげた。
「西村は人当たりがいいから、特にいじめられていた様子はない。──三番目の被害者、野村さやかの母親は折り合いが悪くてやめたようだが」
「そういえば、彼女だけ現役じゃありませんでしたね」
「彼女はとあるグループに入っていたんだが、参加自体あまりしないし、レシピや材料をたくさん持ってくるわけでもなかった」
シングルマザーで忙しく働いていたなら無理もないが、グループのリーダーはそれを自分への侮辱ととった、と金崎は語る。
「次第にリーダーから疎まれて、やめてしまったらしい。周囲には同情の声も多かったが、彼女にとってサークル自体が嫌な場所になっていたんだろうな」
「彼女と烏賀陽がつながっていれば、動機になりますね」
「今のところ、そういう情報はない」
「うーん、じゃあ……」
灯が悩んでいると、ノックの音がした。ゆっくりと扉を引いてみたが、そこには誰もいない。
「あれ?」
「おりますよ、ここに」
下の方から声がした。見ると、非常に小柄な老婆が立っている。最近、金崎や常暁といった背の高い面子と一緒に居ることが多いから、知らず知らず見上げる体勢になっていたことに灯は気付いた。
「申し訳ありません」
頭を下げた灯を、老婆はにっこりと笑って許した。よく見ると、老婆は
「おそろい……ってことは」
「うちのお祖母様だ」
「やっぱり。一晩お世話になります、
「ほほほ。私はみのり、言います。こちらこそよろしく。若い人が多いと、家の中が華やかで良いわ」
挨拶を交わす灯とみのりの横で、金崎は何やら思案していた。
「うーん、動機についてはお祖母様に聞いてみるのもいいかもな」
「え?」
「年の功というだろう。お祖母様は店頭で女性のカウンセリングもしているから、彼女らの気持ちも分かるかもしれない」
「まだ現役よ、ほほほ」
みのりはピースサインをしてみせた。彼女と話したいという客は多く、フリで行ってもなかなか会えないのだという。
「……血みどろな話は避けてくださいね」
「当たり前だ」
孫から一通りの話を聞いたみのりは、軽くうなずいた。
「もっと詳しく聞かないと、断言できないけどねえ。恨みや復讐ではない気がするわ」
みのりは灯たちを見ながら言った。
「だって、その人は一人で会社をやりくりするくらいの力量をお持ちなんでしょう。やり返したくなったら、がつんとかます方が性に合ってるんじゃないかしら」
確かに、言われてみればその通りだ。実際、烏賀陽は気にくわない前の夫を叩きだしているわけだし。
「じゃあ、何が原因で……」
「強い女にも、ないものがあるのよ。『弱さ』が足りなくて苦しむの」
みのりはそう言って、意味深に笑ってみせた。
「そりゃ、強いんだから……」
「『弱さ』がないのはいいことでは?」
ぽかんとする男どもを尻目に、みのりは首を横に振った。
「全く、これでは先が思いやられるわ」
「あの、お祖母様。できればもう少しヒントを……」
「ダメ」
みのりはすがる金崎をばっさりと切り捨てた。
「そんな……」
「それにもう、お夕飯の時間ですよ。支度を手伝いなさい」
「は、そうでした」
「じゃあ、僕も一緒に行きます」
「君は客だろう。ゆっくりしていたまえ」
灯が部屋を出ようとすると、金崎に止められた。
「お皿くらいなら洗えますよ」
「いいから」
あっという間に客室に押し込められてしまい、灯は軽く気落ちした。
「ここでは強く出られないなあ……」
なんだか足手まといになったようで、いい気がしない。弱さがなくて苦しむなんて気持ちは、灯には分かりそうもなかった。
それから二時間の後、灯は食堂に招かれた。なんでも金崎家には食堂が二つあり、一階にあるのが朝食用で、二階にあるのが夕食のためのものだという。金崎家が贅沢なわけではなく、欧米の邸宅ではこれが普通らしい。
二十畳はありそうな広い食堂には、部屋を貫くようにして長机が配置され、白いテーブルクロスがひいてある。ふかふかしたビロード張りの赤い椅子がずらりと並び、奥には暖炉まで見えていた。
しかし灯が装飾に感心していたのは、料理が運ばれてくるまでの間だけだった。
「あら、良い食べっぷり」
「こちらもいかが?」
金崎家の食堂は、灯にとって天国だった。なにせ肉・魚・野菜と、美味しいものが次から次に出てくる。
ちょっとは遠慮した方がいい。灯の理性はそう告げていたが、本能がこの料理を全て平らげたいと張り切っているのでどうしようもなかった。
「もうお皿が空ね」
「食べ方が綺麗で気持ちいいわ。ほら、もっとお食べ」
「ありがとうございま──す!!」
灯はフォークとナイフを駆使して、食物を口へ運び続けた。ひと区切りついてナフキンで口を覆い、ようやく給仕に来た金崎に会釈する。
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