第21話 ○○家の一族

「……あの」

「はい」

「あの野郎、舐め腐りやがってえええええ!!」


 金崎かなさきは、とても坊ちゃん育ちとは思えない言葉を口にした。


「金崎さん! ちょっと、ちょっと。外に聞こえますから!」


 あかしは金崎の口にマカロンをつっこんで、無理矢理黙らせた。──常暁じょうしょうにもやったな、とこっそり昔を振り返る。


「なにが書いてあったんですか……」


 灯は、金崎の手から便箋を奪い取った。そこには流暢な筆文字で、こう記してある。


『俺はもう犯人が分かっているぞ。お前たちは、何をモタモタしている』


 書き出しを読んだ途端、灯は自分の額に青筋が浮かぶのを感じた。


『俺は別件でしばらく忙しいから、そろそろ明後日の方向に行くのをやめて真面目にやれ。じゃあな』


 灯は便せんを引き裂こうとする腕を、なんとか押しとどめた。──勝手にいなくなっておいて、何を言っているんだあの常識なし坊主。


 しかし、灯たちが何も分かっていないのは事実。前回の事件でも常暁は犯人を当てていたし、このアドバイスは受け入れた方がいいのかもしれない。


「──考え方を変えてみましょう。腹は立ちますが、あの坊主には僕たちには見えないものを感じ取っているらしい」

「……くっ。君は大人だな。俺も見習わねば」

「もう一度最初から考えてみましょう。今まで常暁が会ったことがある相手で、僕たちが全く疑っていない人物となると……」

「社長と秘書か」

「とりあえずその線で考えてみましょう。容疑者二人だと、単独犯と共犯のパターンが考えられますが……社長は、第四の事件以外はアリバイがないんでしたよね。秘書のアリバイはどうだったんですか?」


 灯は声を低くして聞いてみた。


「調べてある。第一・三の事件は社長と同じくアリバイがないが、第二の事件の時は休みをとって実家に帰っていた。アリバイがあるわけだ」

「そんなの、本当に帰ったかどうかなんて分からないじゃないですか」

「会社の前からすぐタクシーに乗っているし、実家へ戻る列車に乗る様子も、降りるところもバッチリ駅のカメラに写っていた。帰ってからは身内や近所の人とずっと一緒だったとの証言が多数ある」


 灯は第二の事件について、聞いた情報を思い出していた。


 幼稚園の遠足中に被害者、古賀加奈子こが かなこの姿が見えなくなり、皆で必死に探し回ったが発見できなかった。その日の夕方に、ため池に浮かんでいた加奈子の死体が発見される。


 加奈子が姿を消してから死体で発見されるまで、約四時間。その間、ずっと人と一緒だったなら、近藤単独での犯行は無理だ。


「そうなると、秘書が単独で四人を殺した可能性はなくなりますね」


 灯はマカロンの皿が空になったので、パンケーキを追加注文した。


「残るは二人の共犯か、社長の単独犯か……」

「社長にしたって、単独犯は無理がありません? 最後の事件のアリバイは、二人が組んでいないと成立しませんよ」

「では二人が組んでいるとして、第四の事件はどうやったらできる? 商談の後、二人がホテルを抜け出した様子はないんだぞ」

「……発想を変えてみましょう。社長は替え玉を送り込み、秘書はそいつを社長として取引先に紹介する。これなら、社長はホテルに帰るまで自由に動けます」

「あっ」


 金崎はティーカップを置き、灯の手を握った。


「それだ。それだよ鎌上かまがみくん。そのトリックで我々を欺いたんだ」

「──だとしたら、替え玉を頼んだ相手がいるはず。変わった依頼ですから、頼まれた方は覚えているでしょう」

「よし、元気がわいてきたぞ!」

「あら、昇平しょうへいさん。こんなところで大声を出すなんてはしたない」


 立ち上がった金崎に向けて、女性の声が放たれた。通りから、藤色の着物をまとった華やかな美女がこちらを見つめている。


 女性の声は低く、決して若くはなさそうだったが、顔には皺ひとつなくメイクも薄い。まとめた髪も実につややか、昨今言われる美魔女というやつだ。


「お……お母様」

「おかあさま!?」


 金崎は三十代だろうから、どんなに若くても目の前の人は四十代後半から五十代である。さすが化粧品メーカー経営、己を広告塔にしているらしい。こんな風になるなら母にも一つ買ってやろうか、と灯は思った。


「昇平さん、こちらの方は?」

「鎌上灯くんといって、一緒に捜査をしています」

「よ、よろしくお願いします」


 固くなって頭を下げる灯の耳に、笑い声が聞こえてきた。


「あら、可愛い人。積もるお話があるのなら、続きはうちでなさったらいかが?」

「え?」

「昇平さんは昔から内気で、あまりお友達を連れてきてくれなかったのですよ。一族をあげて歓迎しますわ」


 なんだか話がたいそうになってきた。灯は困った様子の金崎をちらっと見る。


「すまんが諦めてくれ。こうなったお母様は、お祖母様にしか止められん」


 力なく肩を落とす金崎を見て、灯は腹をくくるしかないと思った。




「……日本にお城ってあったんですね」


 金崎の家は、巨大なテーマパークのようだった。庭ですら広い石畳の道があり、その周囲に咲き乱れる薔薇があり、行き交う庭師やメイドがいる。テニスコートがゆったりと配置されている横には、プールまであった。


 最後に噴水と石像が飾られたエリアを抜けると、尖塔がいくつもある真っ白な城が見えてきた。細い明かりとりの窓のいくつかに、電気がともっているのが見える。金崎に聞けば、バブルの時に西洋の城を買い、丸ごと日本へ持ってきたという。


「お祖母様もいるから、中はエレベーターをつけたりして色々いじってるが」

「ほんとにいるんだ、城を買える一族って……」


 灯が呆然としていると、金崎に背中を押される。足が玄関を踏み越えた。


 玄関を入るとすぐホールになっていて、石造りの薔薇が柱に巻き付き、巨大なシャンデリアがきらめいている。ここだけで灯の部屋がすっぽり入ってしまいそうだ。


 先に帰った金崎の母──千夏ちかと名乗った──が来ていて、灯の緊張は頂点に達する。


「客室は三階にしましょうね。ご希望はございます?」

「……できるだけ狭い部屋でお願いします」

「あら、そんなに遠慮しなくても」


 千夏と押し問答したあげく、灯は八畳ほどの客室におさまった。階段のすぐ横の部屋だが、トイレが近くていい。ピンクの薔薇の壁紙と、ふりふりの天蓋つきのベッドは見なかったことにした。


「──さっきの話の続きだが」


 金崎が、部屋に紅茶を持ってきてくれた。黒江が入れてくれたものと違って、キャラメルの香りでお菓子を食べているようだ。

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