第20話 腹黒男の陰謀

「一番目の子供もピエニをつけていた。連続殺人となれば、警察が確保にやっきになるに決まっている。学校も住む場所も違う二人に共通点があると分かれば、必ず自分のところまでやってくるに違いない」


 常暁じょうしょうはため息をついた。


「焦って回収しようにも、運の悪いことに、二番目の子供はため池に落としてしまっていた。のこのこ池に入れば、自分も命を落とすに決まっている」

「ええ。ため池は構造上、落ちたら自力では絶対に上がれないようになっていますからね」


 黒江くろえが石を蹴り返しながら言う。


「だから、ピエニとは無関係なことを示すために、三人目の時は何もつけていない子供を狙った。そしてそれを気にくわない夫の家に放り込み、彼が疑われるよう仕向けた」

「追い詰められた弘臣ひろおみは、必ず無罪を主張し、烏賀陽の名前をあげる。しかしその時には烏賀陽うがやは四件目の殺人を実行している。──九州に行っていたというアリバイと共に。そのことによって烏賀陽は容疑者から外れ、逆に素行の悪い弘臣が疑われる。というのが、彼女の描いたシナリオだったんでしょうね」


 黒江はそこで、一瞬笑いをこらえるような顔をした。


「まさか弘臣が、根性でピエニのブレスレットを作ったあげく、死体を移動させるなんて考えてなかったでしょう」

「その後の自傷騒動もな。よくあんなバカと結婚して、子供まで作ったものだ」


 常暁が言うと、黒江は一瞬考えるような顔をした。


「とにかく、四人目から犯罪の傾向が変わった。このためにわざわざアリバイを用意していたのだから、烏賀陽が本当にやりたかったのはこちらだと言えるんじゃないか」

「そうですね。そして今の段階で考えられる、最悪の展開は……烏賀陽が友彦ともひこ


 黒江が恐ろしいことを言った。


「やはり、そうなるか」

「あくまで可能性ですけれどね。男子に狙いを切り替えたのは、自分の息子を殺した時に、連続殺人の中にまぎれこませるためにはと思いたくなるんですよ」

「それなら最初から男子ばかり狙っておけば、もっと早く息子に手をかけられたぞ」

「彼女に聞かないと本当のところは分かりませんが、普通に考えれば『慣らし』でしょうね。体力があり余っている小学生男子よりも、小さい女の子の方が逃げられにくい」

「全く、嫌な女だ。──今の時点で、烏賀陽を引っ張れないのか」

「捜査本部も慎重論が強いですね。物証がない上、四件目の時に烏賀陽にはアリバイがありますから」

「やはりそこが肝か」


 常暁の問いに、黒江が重々しくうなずいた。


「近藤と取引先を両方だますなんてことはできるのか?」

「替え玉を立てれば取引先はなんとかなるでしょう。新規の顔合わせですからね。しかしそれでは、近藤さんを誤魔化すのは難しい。……やはり、二人が組んでいると考えた方がいいのか」


 黒江はそう言って首をひねった。


「まだ近藤の方が落としやすそうだから、私もちょくちょく接触しているんですが。何度聞いても、彼女の言葉にほころびが出ないし、嘘を言っている様子もないんですよ。少しでも事情を聞いていたら、ああはならないと思うのですが……」


 黒江の問いに、常暁も答えることができなかった。


「とりあえず、同じ意見で良かった。後はお前が警察を動かせ。物証が出て、状況が変わったらまた考える」

「……やけに他人任せじゃありませんか」


 黒江が冷たい視線を向けてくるが、常暁にだってない袖は振れない。


「俺にはやることがある。今、対象をずっと監視するようなわかりやすい術を使ったら、俺の方が消されるしな」

「へえ。単なる言い訳ではなさそうですね」

「改心させるための術は、何回か放ってみたんだがな。さっぱり反応がないから仕方ない」

「なるほど」


 黒江はため息をついた。


「その分、あかし金崎かなさきが頑張るだろう。あいつらは、俺と違うものの見方をするしな」


 烏賀陽が九州の話をした時、連中は何か別のことに気をとられている様子だった。その時に、常暁にはわからないことをつかんでくれていたら、ありがたいのだが。


「そうあってほしいですね。いつまでも烏賀陽が大人しいとは、考えられませんから」


 黒江は言って、常暁に背を向けた。


「今のところ、二人は見当違いな所を捜していますよ」

「それについては、俺に任せておけ。考えがある」

「術も使わずにどうするのか分かりませんが……せいぜい頑張ってください。あと、私の背中付近をなにかがうろついている気配がするんですがね」

「チッ、いい男なのに鋭い」

黒耳天こくじてん、またやってたんですか。あいつは煮ても焼いても食えませんよ」


 常暁が黒耳天と会話しているうちに、黒江はいなくなってしまった。


「なんだい、ちょっとくらいいいじゃないか」

「神が人間に手を出してはなりません」


 吉祥天きっしょうてんが黒耳天をたしなめる。その様子を見ながら、常暁は黙って人形を握り締めていた。




「犯人の手がかり……ないですねえ」


 そのさらに次の休日、灯は金崎から報告をうけていた。


 常暁の相棒として働いていたはずなのに、最近は金崎といることが多くなっている。──どっちにせよ、面倒な人間を押しつけられているという事実からは、目を背けることにした。


 場所は、金崎が選んだセンスのいいカフェ。しかもテラスで、側には誰もいない。居心地のいい空間は、灯のストレスを少しだけ和らげてくれる。


「あのバカが犯人ってのは、やっぱり無理ですよね。偽装事件の様子を見てると」

「俺もそう思う」


 公共の場なので、灯は個人名を伏せて会話をした。金崎はアールグレイの紅茶を口にしながらうなずく。


「となると、誰なのか……サークルの方はどうなってるんですか?」

「そちらも大した成果は上がっていない。三番目の母親も一時在籍していたことはわかったが、歴史が長いから人数が多すぎて加害者も被害者も捜すのは難しい」

「護衛しようにも、人数に限界がありますよね……」

「ああ。対象年齢を小学生までに絞ってもかなりの数だよ。犯人が中学生や高校生を狙おうとしているなら、とてもじゃないが守り切れない」


 金崎はフォークで、クレープシュゼットをつついた。光の差し込む窓際にいるというのに、灯たちの周りだけどんよりと暗いものがたちこめているように思える。


 ため息をついた時、灯はあることを思い出した。


「あ。こんな時に見たくないかもしれませんが……」

「なんだい」

「常暁さんから手紙が来てたんですよ。何が書いてあるか分からなくて怖いから、ここで一緒に読もうかと思って」

「おい、そんな嫌らしいもの見せないでくれよ……捨てたまえ」

「封筒に『重要』って書いてあるから、下手なことしにくくて」


 金崎は迷った様子だったが、灯が差し出した封筒を手に取った。そして意を決した様子で封を切る。過剰に切手が貼られた封筒を渡された灯は、黙して結果を待った。

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