第19話 犯人はお前だ

「聖天の気配はありましたか?」


 常暁じょうしょうは公園をそぞろ歩きながら、黒耳天こくじてんに声をかけていた。彼女は普通の人間には見えないので、他の者に気付かれることはない。


「無理を言わないでおくれな。あいつは強いが、隠れるのも上手いんだ。そう簡単じゃないよ」


 ため息をつく黒耳天を見て、常暁は無理を言っていたことを悟った。


「申し訳ありません」

「──普段ならもう少し分かったかもしれないがね、あんたの周りに良くないものが多すぎるのさ」

「よくないもの?」

「恨み、嫉み嫉み、悲しみとでも言えば分かるかね。なんであんた、こんな蟲毒みたいなところに片足つっこんでるんだい」

「人間ですから、すぐには分からないこともあるんですよ」


 常暁も、実はそのことを悔やんでいた。このところ灯たちのような善人と関わることが多かったから、すっかり平和ぼけしてしまっていた。


「今は分かっているのかえ」

「──原因はあいつで、元凶はあれでしょう。現実世界では『証拠』がないと、誰も相手にしてくれませんがね」

「そこまで分かっているなら、とっとと話しちゃどうだい」

「鬼のように勘が鋭い奴がいるから、そいつがその内気付くでしょう」


 常暁は特定の人物の顔を思い浮かべながらつぶやいた。


「……俺がさしあたってやるべきは聖天対策です。それに関係する人間と、ここで会う予定ですので」

「人とね。あんたがあたしに集めさせたブツと、何か関係があるのかえ」

「はい。……それにしても黒耳天、支払いはどうなさったんです」

「れじとかいうのはよく分からなかったから、見えるところにあんたが出した金を置いてきたよ。あれだけ払えば十分だろう」


 常暁がそれにうなずくと同時に、この前会った小坊主が姿を現した。今度は待ち合わせ場所を厳重にしたから、彼はなんなく常暁を見つけた。


「いたいた。言われたとおり、探してみましたよ。かなり古くなってましたが、一枚だけ残ってました」


 小坊主は、持っていた袱紗ふくさをそっと開いた。その中には人形が鎮座している。それは黄ばんで手足がほとんどなくなっていたが、体幹のところに書いてある文字は読める。


「良かったんですか? こんなので」

「助かる。お前への報酬はこれでいいのか?」


 黒耳天が集めてきた品を見せると、小坊主が文字通りの舌なめずりをした。


「……僧籍がその顔はどうかと思うが」

「す、すみません。R-18は頼んでませんから、一線は守ってます。それにしてもいいですね、げへへへ……」

「戻ってる。また戻ってるぞ」


 彼が正式な僧侶になれる日は、まだ遠そうだ。


「そんなに女人がいいなら、あたしが相手してやろうか?」

「……常暁さん、なんか急に寒気がしてきたんですが……」


 黒耳天が見えない小坊主が、己の腕で体を抱いてがたがた震えている。


「黒耳天、お戯れはそこまでに。……お前、疲れているのかもしれんな。今日はそれを持って、真っ直ぐ帰るがいい」


 小坊主はうなずくと、逃げるように公園を出て行った。遊ぶ対象を失った黒耳天はつまらなさそうに鼻を鳴らし、人形に目をやる。


「ボロボロじゃないか。もう、これは使い物にならないよ」

「ええ。私が作り直しますので。時間はかかりますが、やれるでしょう」


 常暁は、人形を大事に懐にしまった。すると、今度は吉祥天きっしょうてんが血相を変えてやってくる。


「どうされました。また聖天が何かしましたか」

「そうかもしれません。見た目は人間そのものなんですが、私に向かって会釈してきた者がおります。人に見られたことなど、ほとんどないのですが」

「……そいつの容貌は?」

「見た目は紳士のようで、『すーつ』とやらを纏って」

「それで十分です。そいつは危険ですが、今のところ敵ではありません」


 常暁がさらに説明をしようとした時、その本体がやってきた。深茶のスーツが背景の紅葉と馴染んでいる。悔しいが、常暁はこれほど秋が似合う男をいまだ見たことがない。


「常暁。あなたがあんな美しい方とお知り合いだとは思いませんでした」

「美しい『人』とは言わんのだな」

「たいがいの女性は、あなたにはとてもついていけませんからね」


 その男、黒江くろえはくくっと低く笑った。


「なぜ来た」

「──そろそろ意見のすりあわせをするべき時期かと思いましてね。四人目の犠牲者が出てしまった時点で、事件は新しいステージに入りました」

「ああ」


 常暁は周りに人がいないか確認してから、うなずいた。


「悪い意味でこちらの予想を超えられた。そこまではすまいという甘い予測は、今後一切捨てなければならんだろう」

烏賀陽うがやの恨みは、女児に向いているかと思いましたがね。彼女の中には、常人には理解しがたい何らかの理屈があるのでしょう」


 黒江はいきなり、犯人とおぼしき人物の名を口にした。それは常暁の予測と合っていたので、常暁は軽く眉をあげるにとどめた。


「同意見ですか。どうしてそうお思いで?」

「俺はあいつが九州まで行ったと口にした時点で、薄々おかしいなと思っていた」


 取引の話など、今や電話でも済む。直接会うのが大事と言ったって、たった一社に五日も六日もかけるのは、ケチな烏賀陽にとっては過剰な出費になるはずだ。


 人が普段と違う行動をした時には、必ず裏があると常暁は思っている。関係者の中でそんな動きをしているのは、烏賀陽だけだった。


「で、お前はいつそう思った」

「市が巻き込まれた時点で。あのバカには犯行は無理です。もし彼だったとしたら、もっと証拠が残っていたでしょう」

「確かに」

「そうなると、死体を捨てるのに、真犯人はあんな住宅地を選んだことになる。そんな奴はそういませんよ、捨てるところを見られたら終わりなんですから。──誰が住んでいて、どういう生活か知っている人物でない限り」


 常暁はうなずいた。


「……烏賀陽はなぜ、市の家に死体を捨てたと思う?」

「一旦自分を疑わせて解放されることで、警察のマークを外そうとでもしたんでしょう。ミステリまがいの手に走りすぎだと思いますが」

「仕方あるまい。きっと必死だったんだ。二人目の子供を殺してから、その子もピエニのブレスレットをつけていたことに気付いたんだろう」


 常暁は小石を蹴りながら言った。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る