第18話 薬も過ぎれば毒になる
「──もちろん、これだけではなく『シングルマザーの子供』という条件もあります。西村さんのお宅は一つ条件が欠けていることになりますね」
「……それでも、他所のお子さんよりは気をつけなくてはならない。そういうことですね」
「はい。学校からの行き帰りは特に注意が必要です。集団下校はすでに行われていますが、勇気くんが調子が悪くなった時は必ず迎えに行くようにしてください」
「わかりました」
紀子はうなずいた。
「あと、もう一つお力添えを願いたいのですが」
「なんでしょう」
「知っている方だけで結構です。あのサークルの中で、シングルマザーであることがはっきりしている方の使命を教えていただきたい」
ネットの申し込みフォームには、住所・氏名・電話番号の記載しかない。あとはクレジットの決済さえできれば事足りるため、主催も家族構成までは知らなかった。
サークルの関与をまだ公にできない以上、役所を回るなりこうして人に聞くなりして、こつこつと情報を集めていくしかない。
しかし期待に反して、紀子は首を横に振った。
「私が知っている中で、シングルマザーとなると一人しか思い当たりません。その人も、サークルにはなんの関係もない個人としてのお友達ですし──」
紀子の言葉を、唐突なチャイムがさえぎった。空気がさらに張り詰め、痛いほどになる。
「まさか──」
「私が確認してみます。
金崎が立ち上がる。
「──誰だ? なに、君は……」
金崎がインターホンの前で戸惑っている。灯は窓の外に誰もいないのを確認してから、入り口の方へ近づいていった。
「あ」
金崎の横からインターホンの画像を覗いた瞬間、灯の喉から間抜けな声が漏れた。
『だからー、俺は
見覚えのある男子が、一階のロビーで騒いでいる。
「この子って……」
「間違いない。
「ねー、まだ?」
先日会った時と同じ帽子をかぶった友彦が、忙しなく足踏みをしながら再度声をあげた。
「まさか、西村さんが烏賀陽社長のお友達だったとは」
迎え入れられた友彦は勇気に会うなり盛り上がって、大人そっちのけでゲームをやっていた。灯たちは、ようやく頭を切り換えて情報収集に戻った。
「私の方が、後からこのマンションに入ったんです。そしたら、たまにロビーで会うことがあって」
年が近い子供がいることもあり、二人はあっという間に仲良くなった。
「私はほとんど働いたことがないから、彼女みたいなキャリアウーマンには退屈なんじゃないかと思ったんですけど……世界が全く違うっていうのが、かえって良かったのかもしれません」
「じゃ、アクセサリーを彼女からもらうこともあるんですか?」
「ええ。こちらからお願いすることはあまりないんですが、彼女が余ったサンプルや商品をよくくれるんです。多分、うちで友彦くんがご飯を食べていくことが多いから気を遣ってくれてるんでしょう」
烏賀陽はアクセサリーの他にもケーキや手土産をよく持ってくるため、かえって恐縮すると紀子は言った。
「私は料理が苦ではないですし、一人分増えても手間はそんなに変わらないので」
それは灯にもわかる。大きな分かれ目になるのは「作るか作らないか」であって、「何人分か」ではないのだ。
「──それに、休む勇気をあんなに気にしてくれるのは友彦くんくらいなんですよ。クラスの中には『あいつは元気なのにサボってる』と言って、来なくなった子もいますから」
「ひどい話ですね」
金崎が顔をしかめた。
「本当にあの子が来た時はいつも嬉しそうで……」
「あっ」
不意に、話の途中で子供部屋の扉が開いた。バツが悪そうな子供たちの顔がちらっと覗き、再度扉が閉じてノックの音がする。
コントのような展開に、灯と金崎は仕事を忘れてつい笑ってしまった。
「……ごめん、母さん」
「忘れてたのね。まあいいわ、次から気をつけなさい。なにか用?」
「クリスマスのプレゼント、友くんと同じにしてほしいんだけど」
「なにがほしいの?」
「ドローン! カメラがついたやつがいい!」
「ドローンって、あの飛ばして遊ぶ玩具?」
「うん、今はそれでレースもできるんだよ! 友くんが見せてくれた動画、超かっこよかった!」
「危ないでしょう、そんなもの。それに、外でしか使えないんじゃないの?」
明らかに難色を示す紀子に対し、子供たちはヒートアップしていく。
「大丈夫だよ。絶対に、誰もいないところでしかやらないからさ」
「外で一緒に遊ぶのは、曇りの日だけにするから……おばさん、だめかな?」
「お母さん、ゲームばっかりするなっていつも言ってるじゃない」
「分かりました。その話は後で聞いてあげるから、とりあえず向こうで遊んでなさい」
「はーい」
子供たちが引っ込んでから、紀子はため息をついた。
「こんなところでよろしいでしょうか。これ以上は、知っていることもありませんし……」
「わかりました。ありがとうございます」
灯たちは礼を言って、西村家を辞去する。マンションを出てから、金崎がため息をついた。
「社長とかなり親しくて子供も居るが、被害はないようだな」
「やっぱりピエニは関係なかったんですかね。四番目の被害者は、ピエニなんてつけてなかったんでしょう?」
「ああ。アクセサリーの欠片もなかったよ。犯人がこだわっているのは、『シングルマザー』と『サークル』だけのようだな。全く、とんだ遠回りをしてしまった。またマスコミにたたかれる」
金崎はとぼとぼと歩き出した。その歩き方には、疲れがにじみ出ている。
「……元気出してくださいよ。全く手がかりがなくなったわけじゃなし、僕みたいに応援してる市民もいますから」
「そうかい」
灯は元気のない金崎を見ているのがしのびなかったので、とっておきのあれを出すことにした。
「口先だけじゃないんですよ。ほら、こうしてとっておきの贈り物も用意しましたし」
灯はいざというときのために撮っておいた写真を取り出した。この前のパーティー会場でとった、秘蔵の
「……あ、天使」
金崎はそれを見るなり、鉛筆のように立ったまま硬直して動かなくなった。
「あの、大丈夫ですか? 息してます?」
「…………」
「……僕、帰ってもいいですか?」
薬が効きすぎるとはこのことだ。そのまま灯は十分ほど待っていたが、反応がないので先に帰った。
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