第17話 病弱な子供

「良かった、私はさっぱりだったの。ちなみにこれはやけ食い」

「……でしょうね」


 皿の上にぎっしり詰まったケーキを見て、あかしはため息をついた。


「少しは話せるかと思ったけど、やっぱりダメね。話題に興味がないことって、すぐ見抜かれちゃう」

三代川みよかわさん、料理しないですもんね」


 灯は昔、スーパーで会った時の三代川の姿を思い出していた。スレンダーな美女の買い物籠が、カップラーメンで埋め尽くされているさまは衝撃だった。


鎌上かまがみくんみたいに話もうまくないし、金崎かなさきくんの邪魔になってもいけないから壁の花やってたの。──で、一つ見つけたんだ」

「なんですか?」

「一人、ピエニと関係のありそうな人がいた」

「えっ!?」

「鎌上くんが先に帰してあげた人よ。流石に大人だから腕にはつけてなかったけど、バッグにチャームがついてたわ」

「全く気付きませんでした……」

「まだ会場に人がいるうちに、彼女の素性も聞いておいた方がいいわね。お願いしてもいい?」

「分かりました。そのかわり、一つだけお願いしたいことがあるんですが」

「なに?」


 灯はやることを済ませてから、当の人物に対する聞き込みを始めた。「西村」という名字が分かっていたから、探し出すのはそう難しくない。


 ただ、彼女の正体が分かった時には目当てのケーキがなくなっており、灯は力なく肩を落とした。




「……だから、いつまでも落ち込まないでくださいよ」


 次の休日、灯は金崎とそぞろ歩いていた。遊びではなく、聞き込みに行くのだ。冷たくなってきた風で、目の前の落ち葉が跳ねるように飛んでいく。


「三代川さんが来られないのは仕方無いでしょう?」


 三代川の車でここまで来るはずだったので、金崎は激しく落ち込んでいる。急に女性の死体が見つかったということで、彼女は戻らざるを得なかったというのに。


「そうだよ……そうだけどさ……」

常暁じょうしょうさんもいないから、のびのびできていいじゃないですか」

「あいつのことはどうでもいいッ」


 金崎は猫のように背中を丸めた。完全にすねてしまったようである。


「今はいいですけど、仕事はちゃんとしてくださいよ」

「……分かっているさ、僕もプロだ。この前の主催だって、よくやってたろう?」

「ええ」


 完全に仕事モードになっていた金崎は、三代川の方を見ることもなく無事に主役を務めた。そういうところには、灯も素直に感心している。


「さて、ここだな。マンションとしては中の上といったところか」

「人のうちになんてこと言うんですか。十分立派なマンションですよ」


 目的地には、ブルーの壁をしたマンションが何棟も建っていた。どの階にも幅の広い窓がずらっと並んでいて、大きなベランダもついている。日当たりも良さそうで、灯はここに住めと言われたら喜んでそうする。金崎はやはり坊ちゃん育ちだ。


 管理人に声をかけ、十階まで上がって目当ての部屋の扉をたたく。間もなく、タートルニットにスカート姿の西村が現れた。


西村紀子にしむら のりこさんですね。お忙しいところ、申し訳ありません。勇気くんのお加減は?」

「家におりますから、元気なものですよ。──詳しい話は、中で」


 灯たちは部屋に案内された。キッチンに二十畳程度のリビングがついた配置だ。パステルカラーの装飾は目に優しく、室内には花の香りが漂っている。


「勇気、入るわよ」

「なに?」


 紀子はひと声かけてから、リビングに面したひとつの扉を開いた。そこは子供部屋になっていて、勉強机や本棚が見える。しかし部屋の主はそこにおらず、カーテンが引かれた窓の反対側にあるベッドに寝そべっていた。


 細身で整った顔立ちの少年が、熱心に携帯ゲームで遊んでいる。勇気は母親似で、目元が特によく似ていた。


「ちゃんと宿題は終わったの?」

「やったよ」

「ならいいけど。お母さん、これからお客様と話をするから、こっちに入ってくる時はノックしてね」

「はいはーい」


 そう言って手を振る彼に、苦しそうな様子はない。返事だけすると、すぐにまたゲームに没頭し始めた。


「申し訳ありません。対戦ができるとかで、最近一人の時はあればかりなんです」

「大丈夫ですよ。お元気そうで良かった」

「……あの子の病気については、何か聞いておられるのですか?」

「いえ」


 金崎は首を横に振った。


「アレルギーに色々種類があることはご存じでしょうが、うちの子は日光にアレルギーがあるんです」

「そんなものでもなるんですか。……だから子供部屋にカーテンを」

「ええ。医学的には、日光じんましんというらしいです。日光が当たったところが赤くなったり、ミミズ腫れになったりします」

「それは……」


 下手したら、全く外に出られなくなってしまうのではないか。灯はそのことに思い至って、口を濁した。


「症状は日陰に入れば三十分ほどで消えますし、朝と昼に予防の薬を飲んでいれば軽くなるので学校にも行けます。──ただ」


 紀子はそう言って目を伏せた。


「あの子がわざと薬を飲まなかったり、日光が強かったりすれば症状が出てしまいます」


 そのため、今は勇気が薬を飲みこんだか紀子が見張っているという。それでも全て防げるわけではない。


「そういうわけで、あの子が学校から突然帰ってくる日もあります。だから私はあまり外に行かなくなりました。お菓子作りは、そのストレス解消のために始めたところもあるんです」

「では、サークルへの参加はご主人がいらっしゃる時に?」

「そうですね。勇気が一人の時に症状が悪化してしまったら、大変ですから」

「……これは皆さんにお伺いしているのですが、サークル内で何かトラブルを見聞きされたことはありますか?」


 金崎に聞かれて、紀子は少し首をかしげ考える。


「人の集まりですから、どうしても合わない組み合わせ、というのはあるようでしたが……そんなに深刻なものは見たことがありません。あのサークルが、そんなに危ない場所なんですか?」


 紀子が眉をひそめる。金崎がぐっと前のめりになった。


「今、世間を騒がせている連続殺人事件のことはご存じですか」

「もちろんです。浅はかなことですが、この前の事件まではどこか他人事でしたけれど」

「はい。西村さんに関しては、これからより気を配っていただきたいのです」

「……それは、どういう意味ですか?」


 紀子の顔が、ほとんど泣き出しそうになった。


「実は、被害に遭ったご家庭のお母様は、全てあのサークルに参加されていました」

「まさか」


 紀子は金崎の言葉を聞いてはいるが、理解したくない様子だった。

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