第16話 一歩前進

「さすがにプロは違うよなあ」


 つやつやと砂糖でコーティングされた果物を見て、あかしはため息をついた。すると、後ろから肩をつつかれる。


金崎かなさきさん。今日は、ありがとうございます」


 得意げな顔をしている彼に、灯は会釈をする。


「俺の作ったケーキはどうだ? 一つ食べてみるか?」

「え、これ金崎さんが作ったんですか!? 全部!?」

「急なことだったから、全ては無理だった。ただ、このテーブルのは全部俺が作ったし、隣の卓はお母様とお祖母さまのもの。他は職人に依頼した」


 灯は壁際に並んだテーブルを見渡してみたが、どれがプロでどれが金崎家のものなのか、言われないと全くわからない。


「すごい腕前ですね……」

「パーティーのたびに自作していたら、めきめき上達してしまってね。ハハハ」

「先生、今日はお招きいただきありがとうございます」


 そっくりかえる金崎に、女性たちが群がってきた。主催者でありお菓子作りの腕も抜群となれば、ここでは主役だ。


「先生、あのモンブランはどうやって作ってらっしゃるの?」

「あら、私がタルト生地の焼き方を先に聞いたのよ」

「ずるいわ、私が先よお」


 女性たちは金崎をはさみ、勝手なことを言い合っている。


「──あら、こちらは?」


 ひとしきり張り合ってから、女性たちが灯に気づいた。


「俺の友人ですよ。彼の胃袋には底がなくてね。いくつ試食しても、素晴らしい感想をくれるんです」


 金崎にとんでもない紹介をされて、灯は内心呆れた。しかしこれで、金崎に近づきたい女性たちは灯にも話しかけてくるだろう。


「そうなの。よろしくね」

「あなたも何かお作りになるの?」

「いえ、僕は食べるの専門で……」


 案の定、どっと質問が寄せられた。灯はそれには、極めて短く答える。大事なのは自分が喋ることではなく、女性たちの口をゆるめることだ。


 幸い、姉でやり方はわかっている。徐々に女性たちの方が長くしゃべるようにして、主導権をうつしていった。


「あっちのテーブルに行ってみませんか? おすすめがあるんです」


 いつまでもみんな一緒では、秘密の話をしようという者がいない。金崎がタイミングを見計らってボス格を切り離し、遠くに連れて行った。


「……はあ、やっと行ってくれた」


 ボス格がいなくなると、顔がゆるむ人間が出てくる。灯は彼らに近づき、低い声でささやいた。


「やっぱり、あの人と一緒にいると大変なんですね?」


 少し水を向けてやると、女性たちはほっとした表情になった。


「そうなのよ。あの人さえ来なければ、この会ももっと楽しいと思うんだけど」

「素敵なレシピはグループの中だけで独占するくせに、リーダーですみたいな顔されてもねえ……」

「あの人、ほとんどの入会者には声かけないのよ。入れたがるのは、よっぽど上手い人かお金持ちだけ」


 普段からためこんでいたのか、悪口が一気に吹きだしてきた。灯はそれを、笑顔でうけとめる。


「だいぶ前だけど、入った人にかなりきつく当たってやめさせちゃったのよね」

「そうそう。しかも、それを全然反省してないのよね」

「反省と言えば、この前ね……」


 この愚痴は、金崎がボスを連れて戻ってくるまで続いた。


 それからグループを変えて、同じようなことを繰り返す。これが続くと、流石の灯も疲れてきた。


「あー……」


 壁にもたれて休む。そのままぼんやりと周囲を見ていると、盛り上がっているグループが目についた。その中の一人は腰が引けていて、明らかに帰りたそうだった。


「こんにちは」


 灯は金崎を引き連れて、そのかしましいグループに近づいていった。


「主催の方でしたわね」

「まあ、お話を聞かせてください」


 グループの面々が金崎に色めきたつ中、灯はそっとその中の一人に近づいていった。


「……あの。僕から言っときますから、先に帰りませんか?」


 灯がささやく。うつむいていた女性が、ぱっと顔をあげた。装いは地味だが、嬉しそうにした彼女の顔には品がある。


「助かります。ありがとうございました」


 彼女は本当に急いでいたらしく、灯に一礼すると会場からすぐに出て行った。


「鎌上くん、何をしてたんだ?」

「あの方が帰るというのでお見送りを」

「ああ、西村さんね」


 内心はどうか分からないが、残った面子は同情を顔に浮かべた。


「子供さんの具合が悪いって、たまに帰ることがあるのよ。今日も、無理してこなくてもよかったのに」

「田中さんに誘われたんじゃない? あの人、いつも強引だから」

「勇気くんもかわいそうよね。家族でテーマパークにも行ったことがないっていうし」

「あの人、そろそろやめるんじゃない? 子供さんが落ち着いたら、また始めればいいのよ」


 また辞めるという話が出てきたので、灯は気になっていたことを聞いてみた。


「退会って、そんな簡単にできるんですか?」

「できますよ。ホームページから申し込むだけだもの」

「昔は大変だったのよね。手書きで退会届、書いたりして」

「名簿も紙だったわ。懐かしい」


 女性たちは笑う。今はアプリで全部出来るので、とても助かると彼女らは言った。


「それはリーダーの人が処理するんですか?」

「一人じゃなくて、運営をやってる数人が担当みたい。ほら、あの水戸さんもメンバーなのよ」


 女性たちは、会場の中央にいる女性を示した。彼女は小柄でころころと太っていたがフットワークが軽く、いくつものグループを渡り歩いている。


「すみません、僕はちょっと外します」


 灯は話の輪から抜けた。ただし話しかけに言ったのは運営の女性でなく、白い花をつけた刑事の方だ。


鎌上かまがみくん、どうしました」

「うわっ」


 その時、いきなり後ろから声をかけられて、灯は縮みあがった。


「黒江さん……」

「どうも」


 今日の黒江は、完璧なタキシード姿だった。あまりに隙がなさすぎて、女性たちが遠巻きにしている。


「ラフな格好でいいんですよ?」

「パーティーにだらしない格好で来るなど、私の美学に反します」

「そうですか……」

「それより、気になる情報があったのでしょう? さあ、話してみてください」


 灯は黒江の隣をキープし、小声でささやき始めた。


「……なるほど。けっこう昔からある上に、出入りも激しい会なのですね」

「三番目の被害者の母親も、一時期いたかもしれません。一・二・四が重なった以上、その可能性は無視するべきじゃないと思います」

「そうなると、犯人がこのサークルに入った人間を狙っているのは確実になりますね。メンバーの中でシングルマザーの人だけを選び出せれば、警備も少ししやすくなるでしょう」

「主催者の一人が、あちらの女性です」

「わかりました。後は任せてください」


 黒江はそう宣言すると、優雅な早歩きで去って行った。周囲の女性が、夢から覚めたような面持ちで瞬きをしている。


「黒江さんが動いたとなると、かなり有力な情報を見つけたのね」


 別れ別れになっていた三代川みよかわが、ケーキの皿を手に戻ってきた。

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