第15話 パーティー・パーティー
「今まで名前が出た中だと、社長と近藤はシロ扱いだ。お互い一緒だったし、日中はほとんど取引先と会話をしている。宿泊先はホテルだったが、抜け出すような様子はどの防犯カメラにも写っていない」
「ああ、そういえば仕事だったって言ってましたね」
「逆にまずいことになったのが、
「やってないと言われても、すぐには信じにくいですよね……」
「新しい容疑者がなければ、弘臣は相当搾られるだろうな」
「分かりました。職場でも噂になってましたから、気になる情報があればお伝えします」
「お前の職場でか……」
「あの見所のありそうな若者は元気か?」
「元気ですよ。よく僕にコーヒーを買ってきてくれます」
「感心なことだ。大事にしてやるといい」
灯は常暁の言葉にうなずいた。本当に、明日何が起こるかはわからない。後輩も、できる時にねぎらってやることにしよう。
「
会議の四日後、週末目前の金曜日に
「み、みよかわさん」
女性から電話をもらうことなどほとんどない灯は、声が裏返ってしまった。
「よ、用事は特にありませんけど……」
「なら良かった。パーティーがあるんだけど、一緒に行かない?」
「パーティーって、タキシードとか着ないといけないやつじゃないんですか」
「大丈夫、大丈夫。私も普通のワンピースで行くから。気楽な会よ、主催は
灯は呆れた。今は捜査が大変な時なのに、何を考えているのか。
「──これは捜査の一環でもあるの。大きな声では言えないけどね」
「え?」
「常暁は誘っても浮くだけだし、自然な感じのあなたの方がいいのよ。一緒に来てくれない?」
ここまで言われて断る度胸は、灯にはなかった。
「分かりました。じゃあ、スーツのまま行きますよ」
「会社の前に車を止めるわ。後でね」
電話を切ってから、灯はスーツの上衣に消臭剤をかける。安物だが、少しでも見苦しくない方がいいだろう。
「あ──っ!! 先輩がなんかお洒落してる──!!」
……こういう時だけやたら目ざとい、ダメな方の後輩が大声を出してきた。
「デートっすか? デートっすよね? もしかして、この前の美人?」
「うるさいな」
相手は合っているので、違うと言えないのが辛いところだ。
「先輩、自分ばっかりずるいっす! 合コンやってって、俺があんなに頼んでるのに!!」
後輩はにじり寄ってくる。こいつにパーティーの存在を気取られたら、蛭のように吸い付いて決して離れないに違いない。
「今日は、彼女の好きなスプラッタホラーを見に行くんだ」
「げっ」
「脳と目玉が飛び散り、人間がダンゴムシに作りかえられてしまう注目作で……」
「うええ、もういいっす。あの人、あんな美人なのに趣味悪いなあ」
後輩が怖いのが嫌いだと知っていたので、なんとかごまかせた。三代川は普段から死体と触れ合っているからスプラッタなんて見ないと思うが、ばれなければそれでいい。
「ごめんね、待った?」
「いえ、今来たところです」
なんとか格好をつけた灯が会社の前で待っていると、三代川の赤い軽自動車がやってきた。灯は三代川に礼をして、助手席に乗り込む。
「はー……」
「ん? どうかした?」
灯は三代川の横顔にすぐに見とれてしまった。普段ひっつめ髪でノーメイクの三代川が、アップにして軽く化粧をしている。それだけでびっくりするほど色っぽくて、灯はしばらく言葉をなくしていた。
「あ、これ? ちょっと化粧、濃かったかな」
「い、いえそんなことは。とてもお綺麗です」
「そう、よかった。あ、シートベルトしめてね」
なんとかベルトを見つけ、灯はため息をついた。まだ顔がほてっている。──金崎がこれを見て、正気を保っていられるか心配だ。
「……そろそろ教えてくださいよ。どうしてパーティーが、捜査に役立つんですか」
「実はね。一番目、二番目、四番目の被害者の母親が、同じ社会人サークルに入っていることがわかったの」
「え!?」
「シングルマザーとはなんの関係もない普通のサークルだったから、つかむのが遅れたんだけどね。お菓子作りのアイデアを持ち寄ったり、試作品をみんなに食べてもらう集まりが多いらしいわ」
「なんか楽しそうですね」
「……中に入ってみると、そうも言ってられないみたいだけどね」
三代川は意味深に笑う。
「それって、どういう……」
「このサークルね、みんなで同じ物を作るわけじゃないの。だから元々お金があったり、料理がうまかったりする人が注目されて派閥ができるのよ」
「ははあ」
灯にも、三代川が言わんとすることが分かった。自分にはあまり起こらないが、姉がたまにその類いのことを愚痴る。
「で、見栄を張り合ったり、どこそこに入っただの離れただので騒ぐわけですね」
「そういうこと。で、その途中でトラブルがなかったか調べようと思ったわけ。直接被害をうけた家族には聞き込みしてるんだけど、その周辺となると数が多いから、一気に集めてみないかって金崎くんが言ったのよ」
金崎らしい提案だ。あくまでパーティーは金崎家が主催し、たまたま警察がそこに居合わせたという体を装うから、今日彼が警察として仕事をすることはないらしいが。
「金崎くんの家は地元の名士だから、そういうことをやってても不自然じゃないしね。で、乗っからせてもらったってわけ」
「なるほど」
「とりあえず参加者から情報を聞き出して。はじめは警察だと名乗っちゃだめよ。何かつかんだら、仲間の刑事に連絡して」
三代川は、胸に白い花を付けているのが刑事で、赤いのが一般参加者だと教えてくれた。
「分かりました」
話している間に車はさらに進み、立派なホテルの駐車場にとまった。笑顔でドアを開くドアマンに戸惑いながら、灯たちはホテルに入りエレベーターで会場を目指した。
十七階で降りると、赤い絨毯ときらびやかなシャンデリアが特徴的な廊下に出た。三代川に言われるままに進むと、大きな扉が見えてくる。
そしらぬ顔で受付をしているのは、捜査本部で見たことのある刑事だった。灯たちも関係者ということで、白い花を渡される。
それを胸につけてから扉を開くと、どっと甘い匂いが押し寄せた。菓子の匂いに化粧品や香水のそれが混じって、独特の雰囲気になっている。
部屋の中はがらんと広く、壁際に食事や飲み物のテーブルが置いてある立食スタイルだ。部屋の中央では、皿を手に持った女性たちが歓談している。スーツ・ワンピース可の会なのだが、女性陣はめいっぱいおしゃれしていた。
「わあ……」
しかし、灯がそれを見ていたのは一瞬だった。女性より、ずらりと並んだケーキに目を奪われる。チョコレート、ピスタチオ、苺、マンゴー、キウイ、柿……材料は様々で、見た目も全て華やかだ。本当に気楽なパーティーだったら、みっともないのを承知で全種類試している。
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